魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Step5-1.「前身文明の敗者」

 遠征課業は失敗に終わった……というより、暗躍していたと思わしき遺体の回収に始まり、この高頻度でのネームド……特殊な魔物の出現から、「遠征課業を見直す」という流れができたらしい。

 というのも、襲われた、細工されたのは己達の班だけではなかったようなのだ。

 スヴェナの班、生徒Bの班。他、上級生の班にも魔の手が及んだ、と。

 そして──それはおかしい、と。

 

「一応、学園のカリキュラムには守秘義務があります。どれほど些細なことでも外部に漏らすことは許されません、一応。ですので、ここまで詳細に、且つ敵が先手を打っている、と言う状況は」

「内部犯がいるとしか考えられない、ということですね」

「学園長イレイア・クライムドールに責任問題の圧し掛かる話だねェ。なんせ教師は彼女が認可した者だけ。先日のことを考えれば……聖護星見(クライムドール)という家自体にも他家からの圧力がかかるかもしれない、と。いやぁ平民には遠い世界過ぎて困る困る」

 

 ただし、これは同時に、ではあるが。

 

「生徒が犯人の可能性もあります。母数を考えればそちらの方が遥かに多いわけですし」

「だがよ、今回のことで……被害が出てる。自分も狙われるかもしれねぇって作戦なんか立てるか?」

「己らのもとに現れた魔物は見境の無い、正確にいえば知能の低い魔物だったけど、魔法使いが使役と呼べる程度に操作できる魔物であればどうだろう。あるいはすぐにでも離脱し、黒幕らと合流する、とか……まぁ、色々考えられるのではないかな」

「はい。実際私達も単なる魔核の掃除任務であると考えていれば、ツーマンセルの形を取っていた可能性もあったでしょう。そうなれば内部犯たる生徒が相方を始末するなり巣穴に引き込むなりして……ということもあるかと」

 

 元はケニス・デルメルクランのために集まった少女らではあるが、今はもうそんなこと関係なく集うようになっている。

 当然のように上のクラス所属の少女A、C、特進クラスのスヴェナがここにいるのはそのためだ。

 

 ……ところでその少女Aなのだが。

 

「シャニア・デルメルサリス。ケニス・デルメルクラン。……己が気絶したあと、彼女と何かあったのかい?」

「いえ……目覚めてからずっとあの調子で」

「何もしてねえっつうか、声をかけても上の空でよ。お前こそなんか知ってんじゃねえか? だってお前ら付き合って……うわツッコミも飛んでこねえ」

「案外命知らずなチャレンジをするものですね、一応」

 

 上の空。本当にそうなのだ。

 少女Aはずっと上の空だ。時折なにか呟いているけれど、それは言葉の形を成していない。己の耳でも聞き取れないからどの言語にも属していない……思考が漏れているだけだと思われる。

 自分が放った太陽直射(ソーラ・メイザー)に関することを考えている、と推測するのが妥当だけど、「例の件」があったあとだから深読みもしてしまう。

 

 ──他者を過去に送る技術。

 前文明……ナノマシンによる技術革新のあったあの時代でもできなかったこと。

 時とは干渉するものではなく、伸びていく枝に巻き取られるもの。それがあの時代の共通認識だった。

 少し時を遡ればまた違う解釈が出てくるし、タイムマシン、なんて机上の空論を叩いた学者もいたけれど、その全てが失敗に終わっている。

 

 ナノマシンの縦軸挙動。

 あの時観測したものはそれ。確かにナノマシンは横軸挙動しかしない。というかできない。

 人類が操るに至ったエネルギーの最終形態は結局熱エネルギーだった。火というものを手に入れた原始時代より何も変わらない──エネルギーへの理解が深まっただけ。無論副産物として……つまり、熱エネルギーを操った結果として他エネルギーにも干渉できるようになりはしたけど、人が人の意思を持って操ることができるのは熱エネルギーが限界で。

 それはつまり、ナノマシンによる相変化までしか操れなかったという話だ。

 

 己がそれに制限をかけてデザインしたものが魔法であるのだから、魔法とて同じことしかできない。

 四大元素(エレメントリー)はわかりやすいだろう。肉体強化(フィジクマギア)もやっていることは大体同じだ。死霊病毒(ネクロクラウン)も見方を変えた肉体強化(フィジクマギア)と言って差し支えない。

 次元空間(デルメルサリス)聖護星見(クライムドール)だけが異質に見えるかもしれないけれど、あれはただ量子テレポートの亜種運用をしているだけ。スワンプマン問題などとっくに解決されているし、生物の同一性など問題視すらされなくなっていた。

 ただし、聖護星見(クライムドール)の未来視に関してだけは別だ。あれは己由来の技術を使っている。ナノマシン技術でアレが可能なのであれば、少なくとも『賢者』たちは失敗なんてしなかったことだろうからね。

 

 こうして考えてみると……やはり過去への干渉の技術を編んだのは己、なのだろうか。

 あの時実験体Tを操っていたのは確かに少女Aだった。女性Aと言って過言でないくらい成長していた彼女。ただそれは、あの干渉行為の行使者が彼女であったというだけで、技術の開発者であるかどうかは別の話だ。

 今の少女Aを考えれば円輪の年代記(CHRONICLE)への干渉なんていう複雑なことができるようには思えない……けれど、あらゆる段階を飛ばして太陽直射(ソーラ・メイザー)まで辿り着いた実績ができてしまった。

 そうやって己の想像する段階や障害を破砕して結果だけを手繰り寄せるというのなら……彼女は本当に魔王かもしれない。

 スヴェナの正体を見抜いたこともそうだけど、彼女には何か……己でも知らないような何かが。

 

「おーい。おーいどうした『英雄平民』。呼ばれてんぞー」

「……ああ、すまない。考え事をしていたよ。ありがとう、ブランドン・フィジクトレス」

「珍しいな。考え事してても周囲を見てるってのが『英雄平民』だと思ってたが、案外そうでもねーのなー」

 

 いや、周囲は把握していたけれど、全て考えるに値しないこととして処理していただけだよ……なんて言葉は出さずに、そちらを見る。

 呼ばれている、という方を。

 

「……何用かな、教師シェルミー・デルメルクラン」

「君個人だけと話したいことがある。ついてきてくれ」

「現在教師陣は内部犯の可能性を考えて単独行動を禁止されている──はずではなかったのかな」

「だから僕もいるよぉ、やぁ『英雄平民』クン。僕のこと知ってるっけ?」

「無論だ、教師ドクラバ・アッシュクラウン。……ふむ、本当に用事があるらしい。シャニア・デルメルサリス、ケニス・デルメルクラン、スヴェナ。己の恋人を頼む。どうにも普段に況して頼りないからな。……おお、本当に重症だ。ツッコミが来ない」

「だろ?」

「ケニスさんといい『噂の平民さん』といい、くだらないチャレンジに命を懸け過ぎでは……?」

 

 己は避けられるからね。

 まぁなんだ、じゃれついていないで、行こうか。

 

 

 連れてこられた場所は──議事堂よりは狭いけれど、大広間と言って差し支えの無い場所。

 そこにずらりと並ぶは教師一同。本当に一同だ。

 対する己はただ一人。

 

 圧迫面接かな?

 

「それでは──」

「フェアに行こうよ、学園長イレイア・クライムドール」

 

 杖を突いて、大広間に敷かれていた陣地を割り砕く。

 器用なことをするものだとは思うけれどね。学園長Eを含め、この学園にいる教師、その聖護星見(クライムドール)の系譜の扱える陣地の全てを重ね合わせる、だなんて。普通は互いを食い合うものなのに、余程調整に調整を重ねたのだろう。

 ただ──それは宣戦布告と同じだ。

 

「一撃で……!」

「学園長、やはり!」

「いえ……だから私は意味が無いと言ったのですが」

 

 成程、短期間未来視でこうなることがわかっていたから無駄な労力をかけたくなかった学園長Eと、未知数すぎて己を怖がる大多数の教師陣。

 押し切られてしまったんだねェ。

 

「七人。──己に対し、敵対的、あるいは害意とも取れる視線を送ってきている教師がいるようだけど、この七人が内部犯、ということかな?」

「いいえ、その人たちはただの差別主義者でしょう。間引くに値しませんので無視してください」

「おや、その七人から奥歯を噛み締めるような音が聞こえたけれど、いいのかい? 生徒の身としては、教師陣の内部分裂など見たくはないのだけど」

「今は小物に時間をかけている場合ではない、と言っています。そんな人たちは勝手に自滅するのがオチですし」

 

 言うね。ほら、教師D'が爆笑を堪えているよ。彼は彼で別の問題がありそうだけど。

 

「それでは本題に入ってほしい。これほどの教師を集め、己だけを呼び出した理由。そして──己に頼みたいことを、聞かせてほしい」

「それはもう全てがわかっている、という風に聞き取れますが」

「つまり己の勝手な解釈で動いてもいい、ということかな?」

「……いえ。では、説明をさせていただきます」

 

 学園長Eは──居住まいを正す。

 

「『平民初学生』。私達教師陣は現在、聖護魔導学園は未曽有の危機に陥っている、と判断いたしました」

「そうかい」

「よって──貴方個人に依頼を出します。この学園に潜む悪意、その全てを駆除してくださいませんか」

「前に己と交わした約定について、忘れた、ということではないんだね」

「はい。これが都度確認の一つであると思ってくだされば結構です」

 

 成程、己の出した条件の逆利用か。

 中々強かじゃないか。

 確かに今己は巻き込まれている。そしてそうである場合、不可抗力である場合なら──『平民』とは言えない行為をする。己は確かにそう言ったからね。

 

「依頼というからには報酬が必要だ。学園内の膿を駆除することは、それなりの代価が必要になるだろう」

「っ……調子に乗りすぎだろう、平民風情──、ガ」

「はいはい、アーパラン先生、君はそろそろ静かにしていようねぇ~。……あ、大丈夫だよ学園長、成分自体は合法だからねぇ~」

「調合すると違法、というように聞こえるねェ」

「ふふ、僕は難しいことはわからないよ、『英雄平民』クン」

「成程教師失格だ。続けても?」

「ごめんねぇ遮っちゃって」

 

 はてさて。

 やりたいことからどんどん遠ざかっていくけれど……ま、外から伸びる魔の手には反応しなくていい、ということでもあるか。

 己の望む血筋争い。それを目論む教師、生徒は二十人以上いるからごっそりになってしまうけれど、さて……どんな代価を出してくるのか。

 天秤を持ち出させたら君の価値だよ、学園長E。悩んだ時点で価値があるからね。

 

「全生徒の『妖精の種(フィネシード)』の開示。それが代価です」

「……いいのかい? それは、本末転倒じゃないか」

「やはり知っているのですね。ここにいる教師一同、誰もそれを知らなかった上、詳細を話しても何が重要なのかを理解していない様子でしたが」

「誰も、かい?」

「はい、誰も」

 

 ふむ。

 

「とてもそうは見えないけれど」

「……どういうことですか?」

「己がその代価で頷くかどうか。自らの心臓にここまでの早鐘を打たせておいて、何も知らないってことはないだろう。──違うかい、教師シェルミー・デルメルクラン」

 

 全員の目が彼へと集中する。

 それでも表情一つ変えない教師C。ポーカーフェイスは流石だね。

 

「何の話だ、『英雄平民』」

「あまりこういう回り道は好ましくない。今ここで素直に吐けば楽に終わり得るというのに、抵抗だけはして見せるのか。はぁ、己は個々人の陰謀になど興味はないのだけどね」

「だから、一体何の──」

 

 動きは二つ。

 自然な動作で手を背に持っていった教師Cと──ノーモーションで魔法を行使し、彼を眠りの世界へと誘った教師D。

 

「……言い訳を聞く前に眠らせてしまっては意味が無いだろう、教師ドリューズ・ネクロレアニー」

「そ、そこまでの、かか、考えなしでは、ないわ。じ、事前に学園長には、かかか、確認を取っていたし、し」

「へえ」

 

 成程、私兵か。

 それは知らなかったな。

 

「ゆ……夢は、脳の整理。なら、零れ出る寝言は、ひ、秘めたる言葉を、吐き出すに同じ……夢幻独白(ネクロレアニー)

 

 ゆらりと立ち上がるは教師C。

 そして彼は、虚ろな顔で言葉を吐き出し始めた。

 

「取られるわけには……いかない。『妖精の種(フィネシード)』……学園生徒の初期段階における魔力、及び魔法の発展性に関する資料……馬鹿なやつらだ、その重要性を理解してないだと……。ありえない。あれがあれば、生徒の潜在能力さえも理解できる……必要な人材を見繕うことの意味を理解しないなら……なんのためにここで教師などというくだらぬことをしている……」

 

 まぁ、そういう話だ。

 代価として出された『妖精の種(フィネシード)』は一種の記録装置。この学園に入園した時、全ての生徒があのアーティファクトに触れる。ああ、『通達のスクロール』なんかの超上位版だと思えばいい。というか普通に前文明の遺産だね。

 昔は関所や検疫所なんかにあったものだ。監視カメラの役割も持っているのだけど、それには気付いていないらしい。出力先が無いから当然と言えば当然なんだけど。

 

 あれには全生徒の初期ステータスとでもいうべきものが記録されている。

 そして今教師Cが言った通り、知識のある者が見れば潜在能力を見抜くことができる。つまり、どの生徒がどこまで才能を伸ばせるか、どんなことができるようになるのかを大まかに予測できるのだ。

 ちなみにクラス分けはこれによって為されている。力量云々は基本的に比例するものだから噛み合っているけれど、実のところ現時点での力量なんか欠片も見ていない、という話。

 ……そう、全てがわかるのだ。

 どの生徒に粉をかけておけばいいか、とか。将来自分の家の血筋と結ばせるにはどの家のどの分家のどの生徒が最も好ましいか、とか。

 血筋争いにおいて先手を取る……取り続けることのできるスペシャルアイテムといって過言ではないだろう。

 

 真面目な顔をしておいて、教師Cは家のことしか考えていなかった──悪意を以てこの学園にいた者の一人だった、と。

 

 興味を示さなかった者が多かったのは当然だろう。

 普段からちゃんと生徒を見ていればなんとなくわかることだし、何より「生徒を守る、教え、導く」という理念のもと行動している人間には利用価値が見つからない。強いて言えば効率のいい教導ができるようになる、程度のことだけど、生徒自身の意向を無視してまでやることではない。

 

 ──さて。

 

「確かに『妖精の種(フィネシード)』の開示は己に対しての代価となるよ。けれど、疑問が生まれてしまう。……学園長イレイア・クライムドール。君はどうして己にこれが必要だと思ったのかな」

「始祖シエル・デルメルサリスに会いました。これだけで納得してくださいますか」

「……納得はできる。ならば質問をもう一つ増やそう。君はそれに納得したのかい?」

「あなたの欲求は、私の手で阻止できるもの。この学園に巣食う膿に関しては私達ではもうどうすることもできないものになってしまいましたが、それ以外であれば全力を尽くします」

「成程、己に見せない努力をする、と」

 

 ふぅん。始祖CCと接触していたことも驚きだけど、成程ねェ。

 外からの魔の手。血筋争い。そういったものがこの学園で起きないよう目を光らせる。別に己が血筋争いを見たがっていることを止めはしない。勝手に見たがっていればいい、そんなものは起きないけれど、と。

 

 正しく宣戦布告だったわけだ。

 

「素直に感想を述べたいところだけど、まず答えを出そう。いいよ、その依頼を引き受ける。だから条件を教えてほしいかな」

「誰一人として殺さず、私の前に」

「ダッコー、学園長E。──四秒だ」

 

 大広間にいた八人の後頭部を蹴って昏倒させる。部屋を出て全棟を駆け巡り、抵抗も逃亡も許さず首根を掴んで引き摺り出す。

 それらをまた学園長Eの前に投げ出して、はい終わり。

 

()()()()今日休みだった生徒に関しては無理だったけれど、この二十六人が学園に対し悪意を持ち、外部へ手引きを行い、これから先のあらゆることへの干渉を行おうとしていた者達になる」

「……ドリューズ、フィニアン。自白の魔法と拘束をお願いいたします。『平民初学生』、陣地を敷き直しても構いませんか?」

「勿論」

 

 して、公開尋問が行われる。

 全教師の前で……虚ろ顔の二十六名が、これからの企て、そして今現在行っていた全てを吐いていく。

 

 中には己の見たかった「愛憎塗れた血筋争い」もあったけれど、まぁ、まぁまぁ。

 

 しかし、運がいいのか、背後に聖護星見(クライムドール)を飼っているのか。

 今日はたまたま休みだったみたいだね、少女C'……キャレム・アレンサリス。

 

 数十分をかけて、全員の独白が終わる。

 いやぁ、夢幻独白(ネクロレアニー)か。元からあの教室の生徒全員を夢幻に誘える、なんていう高度技術を見せていた彼女だけど、それは氷山の一角だったんだねェ。

 あまり興味が無かったけれど、この実力なら当主で間違いないだろうし、聖護星見(クライムドール)の完全な庇護下にあるとくれば……。

 

「愛した生徒、同僚。それらが内々に秘めていた企てにショックを受けているところ悪いけれど、これで依頼は終わった、と見ていいのかな」

「……はい。すぐ閲覧に行きますか?」

「いや、今は良いよ。他に気になることがあるし、考えたいこともある。その考え事に付随してそれが必要になるかもしれないから、その時に」

「わかりました。ご協力ありがとうございました」

「ああ」

 

 話は終わり。

 そうして己が踵を返そうとしたら……それを制する手があった。

 

「待ってよ、『英雄平民』クン」

「何用かな、教師ドクラバ・アッシュクラウン」

「学園長もだけどさぁ~、説明が足りないよ、それじゃあ。勿論話せないことだらけってのは理解しているよ? けどさぁ~、これから僕たちは君をどう扱えばいいのかなぁ」

「というと?」

「強いことはもちろん知ってたよ~? 何しろ『英雄平民』クンだ。君が見せたあの技術といい、普段から君がやっていることといい、到底平民とは思えない……けれど魔力も感じられない奇妙な存在。それが君だよねぇ~」

 

 素直だねェ。

 自身を取り繕うとしない姿勢には好感が持てるよ、教師D'。

 

「でも、学園に悪意を持ってる人間の選別とかさぁ~、『妖精の種(フィネシード)』に対する理解とかさぁ~……身体能力が高いだけ、博識なだけ、では済まされないものがあるよねぇ~? しかも学園長となんらかの約定を結んでて、さらに始祖まで絡んでると来たら……もういいんじゃないかい?」

「もういい、とは? 言葉は正確に扱いたまえよ、教師ドクラバ・アッシュクラウン」

「生徒たちには秘密にしてあげるし、これからも平民として扱ってあげるからさぁ~。──そろそろ正体を明かしなよ、『執行者』クン」

 

 おっと。

 ……おっと? 教師D'は人格こそ特異であるものの、他の部分でおかしなことはないと思っていたのだけど。

 

「教師シェルミー・デルメルクランの言葉を借りようか。何の話かな、教師ドクラバ・アッシュクラウン」

「この前新しい教師が入りかけたことがあったんだよ~。『戒律機関』から来た実戦を指導する教師として、ザンクトサリスとかいう旧いふる~い家柄の子がねぇ~。けど、結局彼女は教師になることなく帰っていったんだ。きっかけはただそれだけだよ~」

 

 きっかけはただそれだけ。

 つまるところ。

 

「言葉は正確に、と。そう忠告したはずだよ、教師ドクラバ・アッシュクラウン」

「これ以上を話しても良いと思わなかったからねぇ~、言葉を濁してあげただけなんだけど、まいっかぁ。──三百年前、この学園に吸血鬼が現れたことがあったんだよぉ。僕は記録で見ただけだけどねぇ。その時に来た『戒律機関』のエージェントが『執行者』。学園内の記録にはそれだけが残っていたよぉ~」

 

 まぁ、それくらいは残すだろう。 

 それで?

 

「だからねぇ、僕は三百年前の資料を片っ端からあたってみたんだよぉ。『戒律機関』は執念深い組織だから、この学園に獲物アリと見定めたのなら、大人しく帰るはずがない。大人しく帰る理由があったから帰ったんだ。その理由とは何か。それは『戒律機関』のメンバーと同等クラスの力量の持ち主がそこにいたからだ、ってさぁ。それもただ強さが同じってだけじゃない、同僚だったから帰ったんだ。力量の問題であれば、『戒律機関』は人員を大量投入するだけだからねぇ」

「随分と『戒律機関』に詳しいのだね、君は」

「そうだねぇ、なんでだろうねぇ。……で、まぁ、三百年前の資料はほとんど残ってなかったんだけどねぇ、『裁定』により駆除された吸血鬼、その被害者の遺族が近くの街に住んでいてさぁ。先祖の遺物の一つを見せてもらえたんだよぉ」

 

 ……想像以上だ。

 凄まじい行動力だな、教師D'。興味を持ったら止められないタイプと見た。

 丁度生徒が少なかった時期だったから時間があった、というのもあるのだろうけど……これは。

 

「『戒律機関』は暴虐の塊だねぇ~。駆除はするけど周囲の被害なんて考えない。けど、『執行者』と呼ばれていたメンバーだけは違ったんだよぉ~。必要とあらば潜入するし、人目を気にするし、何より二次被害を出さないよう努力する。──そして、駆除対象によって被害にあった存在に対して礼を尽くす。僕が訪れた家は物書きの家系でねぇ~、三百年前のご先祖サマ、遺族であるその人も随筆を残していたんだぁ。──曰く、真白の衣に身を包む、片眼鏡の青年。手には見慣れぬ引き車と杖。──絵描きの才もあったみたいでねぇ、挿絵があったよぉ」

 

 これがその写し、と。

 教師D'は、煤で再現したのであろう写し絵を取り出す。

 

 そこに描かれていたのは……確かに己だった。

 とはいえ今の少年姿ではない、青年姿の己だ。

 

「曰く、彼は間に合わなくて申し訳なかった。己がもっと早くに来ていれば、もっと早くに気付いていれば。そうとだけ謝罪を入れ、去っていった。……だってさぁ」

「奇特な『戒律機関』のメンバーもいたものだねェ。で、それが己だと? この絵はどう見ても大人に見えるけれど」

「僕たちの始祖、ディアナ・ネクロクラウンの趣味は知っているかなぁ、『英雄平民』クン」

「唐突だね。死体蒐集、だろう?」

「よく知っているねぇ。そうだよぉ~、変わった人でねぇ~、引き取り手のない死体とか、殺人現場に残された血とか、忌避されて然るべきものをなんでもかんでも集めるのがあの人の趣味なんだぁ~」

「そろそろ長いよ、教師ドクラバ・アッシュクラウン」

「──三百年前に殺された吸血鬼(ダンピール)。その遺体を持っていないか尋ねたらさぁ~、勿論持っている、ってさぁ。そして……死霊としてなら会話することもできる、ってさぁ、言ってくれたんだよぉ~」

 

 ざわめき。

 そりゃそうだ。死霊病毒(ネクロクラウン)の死霊の方を扱い得る分家は限りなく少ない。大部分を本家……というか始祖Dが握り潰しているから。

 だから、ネクロクラウンが死霊を操ることができる、という事実自体が眉唾物になりつつある。それは死者の蘇生とはまた違うのだけど、それに似た奇蹟を起こせるのか、と。

 

「その吸血鬼(ダンピール)は快活に話してくれたよぉ~。自分を殺した『執行者』のこと。口調や特徴も全部ねぇ。年齢以外、君だったねぇ~」

「そうかい。年齢は重要ではないのかい?」

「君こそくどいよぉ~、『執行者』クン。いいじゃないかぁ、もう。僕たちは君を平民として扱う。君の目的を聞くことはない。ただ──君が本当は魔法使いで、僕たちは君をそこまで心配する必要も警戒する必要もない、って。そう教えてくれよぉ~。君が『執行者』なら身分が保証されるんだぁ~、これから先、最も疑わしい君を疑わなくて済むようになるのは、僕たちにとっての最大のメリットなんだよねぇ~」

 

 ふむ。

 まぁ、いいか。

 とりあえずここにいる人間が善良であることはわかったわけだし。

 

「いいよ、認めよう。己ははじまりの五家に属さない魔法使いだ。魔力を感じることができないのは、君達に感知可能な魔力を使っていないから。これでいいかい?」

「ありがとう、それでいいよぉ~。──じゃ、皆。彼に今たっくさんの疑問を持ったと思うけど、それは彼の安穏を脅かすからねぇ~。知りたかったら各自調べて、各自納得しようねぇ~」

「ど、ドクラバ先生、あ、ありがとうございます。わわ、私の夢幻に無理矢理入ってくる異物、ど、どう扱おうか、迷っていた、いたので」

「風の感知をすり抜けて移動していたのもそういう理由か……次元空間(デルメルサリス)なのではないか、という疑いがまだ残っていたが、これで一応晴れた、か?」

「いやー、始祖シエルの言葉は欠片も信じられなかったから、理由がわかってすっきりしたよ!」

 

 ──ま、好きに思うと良いさ。

 それよりも己は学園長Eに興味があるよ。

 

 果たして君は、本当に……己の見たいものを止められるのか。

 だってそれ、他家への内部干渉に他ならないだろう? ──つまるところ、全家を敵に回す覚悟があるってことだ。

 

 いいじゃないか。

 デメリットをメリットが勝ったよ。今回の勝ちは君に譲ろう、イレイア。

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