魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
生体センサーを素通りして、そこへ降りる。
そこ……あるいは底。
「『WEAPON LINE』本体への浸水無し。そして今尚稼働中……ということは、これは外でナノマシンを回収している機構がいるねェ」
何よりこの空間のナノマシン濃度が凄い。
魔法大戦を経ていない……まだ人間が呼吸する分には問題なかった頃の濃度だ。魔法使いが足を踏み入れたのなら、空気が薄い、と誤認するかもしれない。
ポールのように突き出たコンソールに対し、作り上げた肉体を翳せば……声が発声される。合成音声なのだけど、そうであるとは感じさせないもの。
──"マスター権限を確認。当施設名は『WEAPON LINE』クリアステム倉庫です。生産する機構を入力してください。"
「生産する機構は『WAVE CONTROLLER』、『STORM CREATER』、『QUAKE MINE』だ。加えて自律行動AIへ命令を下すよ。現在地上では暴走状態の強化人間が何体か暴れまわっていてね、こちらのオーダーを受け付けない状態にある。周辺一帯の戦闘可能機構を集結させてほしい」
──"『WAVE CONTROLLER』、『STORM CREATER』、『QUAKE MINE』の生産を開始いたします。クリアステム自律AIを起動。……地上に四体の強化人間を確認。ナノマシン汚染強度大。周辺の除去機を集結させ、ナノマシン除染を開始いたします。"
うん、まぁ旧世代の『WEAPON LINE』ではこんなものかな。
最新版じゃないのは……軍のどっかの誰かが横領でもしていたのだろうね。最新版に更新しない意味が分からないし。
今まで最終入力された機構を作り続けていた『WEAPON LINE』が新たなものを作るために別の挙動を始める。
特におかしくなっている様子もないあたり、自己メンテナンス機構は正常のようだ。
──"警告。上空五十キロメートル付近、樹殻警戒空域にて熱源及びナノマシン強度の高い個体を確認。迎撃しますか?"
「スクリーンを出してくれ。拡大もね」
──"スクリーン投影します"
上空五十キロメートル付近なんて、本当に樹殻スレスレの場所だ。
一歩間違えれば樹殻によってナノマシンが吸収されるし、さらに間違えたら肉体ごと持っていかれて圧縮されて
誰が何をしているのやら。
「……ん、始祖A?」
見間違い、ではないね。
あれは始祖A……だ。けれど、現行魔法使いは天上の地よりも高い所には行けないように設定されている。
だとすれば。
「管制システム、対象の周囲に量子テレポーターか、それに類する痕跡はないかな」
──"微細動ナノマシンを検知。拡大します"
始祖Aの頭上付近。
そこにあるのは……テリア・トーインタイムの糸を握っていた者がいた場所と似たのブロックノイズのような穴。
やっぱりそういう感じか。
始祖Aがやろうとしているのは……うん、完全版の
少女Aの魔王説が濃厚になってきたねェ。それで、時間移動の術自体はそれなりの技量を持つ者なら誰でも行使できるのかな?
何をどうしても過去に干渉したいらしい。それほど酷いのかな、未来というやつは。
「っ……!」
「やぁ、久方振りになるのかな、始祖アンジェリカ・エレメントリー。
「
放たれるは……己が想定していたものを遥かに上回る威力、範囲の魔法。
けれど魔法は魔法で、挙動も既存のものの延長に過ぎない。
違うことがあるとすれば。
「……危ないことをするなぁ」
「く……無理か!」
この
人為的なデザインの加えられた新たな
前身文明ではよくあることだった。
敵国のナノマシンをおかしくさせるナノマシンを作り出し、それをこっそり敵国内に散布。供給システムなどの重要資源に打撃を与える……そんな破壊工作。
勿論ナノマシンの型番を変えることはそれなりに至難だ。専門の研究者が一生をかけて作れるかどうかの領域。樹殻世界になって久しかったけれど、「新たに星を見つけることと同じくらいの難しさ」と言われていた。だからまぁ、偶然が重なれば未熟者でも作れてしまうということでもある。
けれどこれは、完全に新規の、それも現在のナノマシンの天敵となるよう
知識がなければこんなものは作れない。たとえ魔力が極小粒子であると気付き、すべての魔法は変化制限によって彩られたものだと気付けたのだとしても、これを作るには至らない。
やはり糸を引いているのは己か。しかし己にしては……随分と迂遠なやり方をする。
「創り変えるよ」
今──杖先で受け止め、そのまま停止させていた
それを分解し、違う魔法へと創り変える。
走るは赤雷。空間を摩擦する乱暴な力が干渉し合い、空間の折れ目たる黒と赤雷とがその色を作り出す。
さらには。
「っ、時空間ゲートが……!」
「それはまた、己は随分と適当な名前を与えたものだね」
見せられたのはこれで二度目なのだ。
まさか己が、対策の一つたりとも考えていなかった──などと。そんなことがあり得るはずもない。
未だ時への干渉はできないけれど、要はナノマシンを縦軸挙動させなければいいんだろう?
完全停止させてしまえば、少なくとも帰り道を封じることはできる。
さらにこの場を異次相に変更。完全停止したナノマシンの匣を作り上げることにより、外部からの観測・干渉を行えなくする。
「……やっぱり『愚者』か。それも、本物の」
「ああ、そうだとも。背が低くなったからといって、己を己でないものに見間違えることがあるのかい?」
「ある。未来じゃ……『愚者』、アンタの紛い物がいるから……あ、紛い物といっても偽物というか、必要な存在だけど」
「へえ……己の紛い物。うーん、己を量産することに意味があるとは思えないけれど、事実そうなっているのなら仕方がないのかもしれない。……それで、始祖アンジェリカ・エレメントリー。テリア・トーインタイムといい君といい、この時代にどんな用があるのかな。誰か殺して欲しい人間がいるのか、消し去ってほしい魔物がいるのか」
内外から干渉しようとする動きはあるけれど、この匣は壊れないよ。己が壊さない限りはね。
「……これを告げたことで、アンタが変わるなら、言う」
「内容に依るんじゃないかな。そしてその程度で過去改竄が可能であるとは到底思えないけれど、言うだけ言ってみたらいい。世界から何か抑圧されるというのなら、大サービスだ。己が君を守ってあげよう」
「それだよ」
むすっとした表情で始祖Aは言う。
……それ?
「具体的な時期はわからない。ただ『愚者』、アンタはこの時期のどっかで
「……」
「そして、アンタはどこかでアンタ自身を損なう。……アイツの言葉をそのまま使うのなら、機能を損なう、だったか。恐らくは聖護魔導学園の生徒を庇い、致命的な一撃を受け……今までできていたことができなくなる。それが……終わりの始まりだった」
絆される。庇う。
いまいちピンと来ないワードだね。それ本当に己かい?
「今のアンタは休眠装置にいる。魔法の知識はアンタが与えてくれたものだけど、それを確立させたのは私達魔法使いでしかなく、それが正しい方法なのかもわからない。アンタを無理させることはできないからだ。私達にとってアンタは唯一の希望。勿論全員がわかってる。知ってる。世界をこんな風にしたのはアンタだって。それでもアンタに縋るしか終末を越えられない」
休眠装置……は、普通に休眠装置のことだろう。
けど、肉体を持たない己には正直必要のないものだ。……いつも通り騙されているだけじゃないのかな、それ。己は休眠装置に肉体を置いて、君達風に言うなら霊体、あるいは精神体になってどっかをうろついているよ。
ただ。
「終末、というのは?」
「樹殻だ。……あと数年もしたら理解する。樹殻は私達を閉じ込めるに飽き足らず、私達の住処へと根を伸ばし始める。いや、あれが根なのか枝なのかはまだ判明していないが、それは私達魔法使いにとって天敵で……もうすぐ世界は"樹殻世界"から"樹塊世界"に名を変えるだろう、ってところまで来てる」
「ふぅん。だから過去に干渉し、己が絆される原因と思しき者を殺したり、別種の魔力を撒き散らして魔法世界の衰退を試みているわけか」
「ああ。ただ……イーリシャのやつがいるせいで、聖護魔導学園そのものへの干渉が難しいんだよ。こうやってアンタが遠征している時くらいしか接触できないし、生徒に近づきすぎると勘付かれる。イーリシャは大のために小を切り捨てるやつだけど、この時代のアイツはまだその辺りが甘い」
ふむ。ふむふむ。
「──それで、今の話はどこまでが正確なのかな、『天使』クン」
「……全て本当だよ、『悪魔』」
「っ!? おい『愚者』、アンタは世界の要なんだから、無理をするな!」
完全に固定したはずのナノマシンの匣。
そこに入れる人物など──当然己しかいない。
「本当かどうか、嘘かどうかは聞いていないよ。正確なのかを聞いたんだ。君が本当に弱っているのなら、わざわざそんな聞き間違いをしないと思うのだけどね」
「これはこういう時に使うべきではない、用法違いの言葉だけどね。その余裕がいつまでも保つとは思わないことだ。"その時"になって全てを理解しても遅い。この"樹殻世界"の消退を認めたくないのなら、君は素直に聖護魔導学園から離れ、俗世から離れ、二十年程をじっとしているべきだ。そうすれば……いざという時に皆を助けられる」
素直に。俗世から離れる。皆を助けられる。
どれもこれも己から出るワードとは思えなくて、思わずクツクツと笑ってしまう。
「知っているとも。己のことだからね。君が己やアンジェリカの言葉を信じないことくらいわかっている。……だから実力行使に出たのだし」
「なれば今、魔力の縦軸挙動に関する知識を己に与えればいい。そうしたら己は、この世界が樹殻などというものに閉じ込められる前にまで遡って、全ての過ちをなかったことにするよ。魔法世界というものが消えてなくなるけれど、人類の消退と比べれば些細な話だろう?」
「それをしたくないのさ。己は始祖たちにも、エンジェにも、シャニアにもスヴェナにもケニスにも……他、己と関りを持った全ての"子供達"に死んでほしくない。どうかな、己の口から出たとは思えない言動に、絆された、という言葉が真実味を帯びてくるだろう?」
そんなもの君が現れた時点で気付いているさ。
明らかに始祖Aを見る目が違う。孫娘を見る目というか、身内を見る目をしている。
「成程、素晴らしい『天使』クンのようだ。……それで、身体に鞭を打ってまでこの場に出てきたのは、まさかとは思うけれど己を説得するためだったりするのかい?」
「勿論だとも、憎たらしい『悪魔』。あの時にただ反対の意味を込めてと名乗った『愚者』が体を為すとは己でさえも思っていなかった。今の君は愚か者だよ、『悪魔』」
「おい馬鹿、協力してもらおうって立場なんだから喧嘩売るな!」
「ク──そうだね、その通りだ」
内心で零した笑いが『天使』クンと同調する。
……終末、ねェ。
「君が己だと言うのなら、今の己の内心を当てられるかな」
「"終末、ねェ。良いじゃないか、この惑星始まって以来のエンターテイメントだ。己の目的も己の願望も関係ない、倒すべき強大な敵に晒された人類が、しかし内輪揉めと保身から来る争いによって自滅していく様を特等席で眺めてやろうじゃないか"……と、そんなところかな」
「一言一句違わず、だねェ」
成程成程。
であれば、と。……停止したナノマシンの匣を消す。
「!」
「生憎とこの特等席を手放すつもりはなくてね。けれど、君達に干渉され続けるのは鬱陶しいから──希望を一つ作っておいてあげよう」
虚空より抜き放つはステッキ。
けれど今までのものとはあらゆる部分が違う。同じなのは見た目だけだ。
「己としては、いつか君達がそうしてくれることを願っていたのだけどね。特にエンジェ・エレメントリーの異様さは……かつての"星の意志"に匹敵するものがあると思っていた。けれど、己の遊び場を"状況が切迫しているから"なんて理由で邪魔されることの方が腹立たしい」
「っ……アンジェリカ! こちらへ来るんだ、早く! 巻き込まれてしまう!」
嗤ってしまう。なんだあの必死そうな己は。
始祖Aとも随分親しくなったようだし、多分少女Aや他の人間たちとも相当に深い縁を結んでいるのだろう。
血筋争いが見たい己はどこへ行ってしまったのかねェ。
それとも──遥か昔からのジンクス、「己という存在の望みは絶対に叶わない」が発動していたりするのかな?
嫌だ嫌だ、折角あの虫がこの星から出ていったというのに、呪いだけはそのままなんて勘弁してほしいよ。
──杖先にソレを出現させる。
赤黒ではない、黒。光沢のある漆黒。
「な……んだ、あれ」
「……液状化したブラックホールだよ。樹殻世界ではまずお目にかかれない……というより、もうこの世界では己しか引っ張り出せないものだ」
集束させる。
同時、バリバリと音を立てて放たれていた赤雷もまた杖先へと、空間の折れ目たる黒も杖先へと……いいや。
この場にあるありとあらゆるものが己のステッキへと集束していく。
「『天使』クン。余力があるのなら今すぐに元の時代へ帰った方が良いよ。その程度の距離だと確実に巻き込むからね」
「そうさせてもらおうか。アンジェリカ、手を」
「あ、ああ。……けど、希望って……何をするつもり──」
己と彼の声が重なる。
「何って」
今この時だけは、音の方が遅い。
「
ナノマシンを消滅させる樹殻へ向かって放つは一点突破の前身突き。
あらゆる兵器で傷つかず、あらゆる毒素に耐性を持ち、あらゆる干渉を飲み込んで己が養分に変えてしまう樹殻。
大気圏で成長する植物をコンセプトに作られたソレは、元来、
人類を破滅へと追い込んだ大罪人として絞首台に上るその時まで……いや、時代錯誤が過ぎる処刑方法で苦痛と共に死に行くその時まで、疑っていなかったはずだ。
「絆された、と言ったね。──何を勘違いしているのやら。今更だろう、そんなこと」
彼とも。
同僚たちとも。
聖護魔導学園の生徒とも。
実験動物として扱いながら、言葉を交わす相手としての情くらい持つよ、己は。
そうして、穿たれる。
樹殻全体で見たら小さな裂罅。けれど確実に開いた穴。
穴の外側の樹殻がそれを再生せんと動くけれど、適わない。
君が生物である以上、再生することは無理だと思ってくれていいよ。今君の一部は完全に死滅したのだから。
そして、それを補うように盛り上がるのならば、それが未来への贈り物となる。
樹殻が打ち破れない理由は「一枚であるから」という部分が大きい。
これで重なり合う部分ができたのなら……あとはいくらでもやりようがあるだろう。
どうせこれで
……あとはこの世界を、その終末とやらに導かないようにするだけだね。
ざく、と。
腹部から、異音がした。
「ふむ。己を敵対生物として認識し、殺そうとしてきたか。流石は自衛機構とは言っておこうか?」
けれど残念、吸えないだろう。
これは技を使うための仮初の肉体に過ぎない。君達が栄養分としなかった残骸を押し固めて作った物に過ぎない。
「君達もそこで大人しく見ていなよ。己はね、魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たいだけなんだ。正直それを存分に見て満足したのなら、こんな世界君にあげてやってもいいからさ」
どうせ、そもそもが残りかすだ。
あの虫が出ていったこの世界。大切なものだけを曳航し、これ以上の発展性が認められないと捨て去られた世界だ。
好きに食らい尽くすといいよ、
わざわざ「よいしょ」なんて言って降り立てば……五人からの恨みがましい目が刺さる。
「一応聞きます。どこへ行っていたのですか」
「少し未来を救いにね」
「もう少しマシな言い訳はないワケ? こっちは大変だったんだから……みなさいよこれ! 多分海中の遺跡か何かの蓋が開いたんでしょうけど、可食部の欠片も無い魔物魔物魔物!」
「魔法抵抗も高く……領地経営を行わないケニスさんと『噂の平民さん』にはここで戦力として戦っていただきたかったのですが」
「……ノーコメント」
「いや俺めっちゃ頑張ったけどね!? 戦力だっただろ、少しは!」
「ええ、少しは」
……やるなぁ。
周辺の機構が少なかったのもあるけれど、全て倒したのか。これはもう少し上の段階のをぶつけても問題ないかもしれない。
ま、異能力バトルなんて己は興味が無いからね。君達で全てやってくれて助かったよ。
己はね──とても興味があるんだ。
生徒E。君の持つその肉欲に。
──君は逸材だよ。是非とも残りの三週間で発露してほしいものだね。
「ちょっと、聞いてるワケ!?」
「聞いているよ。エンジェが一番頑張ったってことだろう」
「誰もそんなこと言ってない!」
ああけれど、少女Cだけは狙わないでくれ。己が始祖CCに怒られるから。