魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
樹殻。
世界の九割が海に沈んだことで『暴風金属』は収まったものの、当然「ヒトが住む土地」というものは激減した。
かつてあったある国のように人々を電子化して土地問題を解決する、というのは元の肉体の都合上、そして管理問題やバグの発生上中断を余儀なくされ、そしてその国も水底へと沈んでしまった。
山の頂上だけでは土地も食料も賄えず、人口は激減。水上都市を作ろうとしたプロジェクトも沢山あったけど、その悉くが
そこに現れたのが後の世で『天才』、あるいは『大犯罪者』と呼ばれることになる「アルター・コルリウム」という科学者である。
彼は土地問題の解決のため、とある解決策を考え、実際に完成までこぎつけて見せた。
それこそが、樹殻。成層圏にて発芽し、根を張り、枝を伸ばして葉を伸ばして、新たな土地とする。
人類が成層圏で活動するための技術も作られ、これでようやく土地問題と食糧問題が解決するぞ、という頃合いで──人類同士の戦争が起きた。
樹殻なるは天上の地。であれば「誰が一番にそこへ住まうか」を問う宗教派閥もあれば、単純に自分たちの国が最も困窮が激しいために先に住まわせてくれ、と懇願する派閥。他、母なる地を捨てるなんてとんでもない、なんていう派閥もあれば、誰の許可を得ることもなく真っ先に飛び乗ろうとした者達もいて……世界は混沌に陥ることとなる。
そうしている間にも樹殻は成長を重ね、「土地」として充分な機能を有するほどの広さになってきた頃合いで……「アルター・コルリウム」がとんでもない発言をするのだ。
──"当然のことを言うのだが、樹殻が世界を覆ったその時には……もうこの星へは戻れないから、そのつもりで"
それは日常会話での一幕だった。
大勢がいる食堂での一言。本人にとってはなんでもないこと……彼の会話相手が「天上世界から釣り糸を垂らして海の魚を釣る、なんてこともできるの?」なんて無邪気に聞いたからこそ出た言葉。
戻り得ない。海は人類を陸地へ追いやった敵だが、海産物などは確実な食糧源であり、且つ沈んだ国々から遺物として採取できる「技術」は目を瞠るものばかり。
それを失うことはあってはならないと、戦争も放って「アルター・コルリウム」に即時の樹殻生長を止めることを促す国々。けれど彼は首を振った。
──"これまた当然のことを言うのだが、あれは一種の生命体。最早私でさえあれの生長を止めることはかなわないし、そんなことをすればあれ自身が反撃してくるだろう。"
──"君達が
──"持ち得る技術、環境、あらゆるものを使ってあの樹を作ったんだ──どう活用するかは君達の領域だろう、当然にね。"
この言葉に各国は「アルター・コルリウム」を大犯罪者として扱うようになり始め、樹殻の生長阻止を企てる者も現れ始めた。
しかし、同じくして「その通りだ」と……頼ったのは国々であり人々なのだから、「世界が海で覆われる」ことへ対応した時のように、人類側が変わるべきだとする者達もいた。彼らは各国の魔の手から「アルター・コルリウム」を守り続け、武装し、その集団だけで各国と渡り合えるほどの強さを手に入れ──そして。
その魂の輝きに目を奪われた樹殻により、養分とされるのである。
奇しくも現代と同じく雷と……樹雷、大轟雷と呼ばれた一瞬の出来事。樹殻より伸びた光速にほど近い枝の生長により「アルター・コルリウム」を守っていた者達は絡め取られ、養分となった。周囲を各国の大軍に囲われていた状況だったがために、「アルター・コルリウム」はその場で拘束。そこから一言も発することのなくなった彼は、その時代では最早古代の教科書で見ることくらいしかなくなっていた処刑……絞首刑にての死刑が確定した。
最も苦しみ、最も無様に、誰もが見得る場所で死ねと、そう言われたのだ。
そして刑の執行日。
絞首台をいつもの歩幅でいつもの雰囲気で登る彼は、その轡が解かれた瞬間に、最後の最期に、またとんでもないことを口走った。
──"さぁ、レースの開始だ諸君。当然だが、あの樹は生命。生長もすれば学習もする。その生育速度がいつまでも遅々たるものだと思っていたら、一瞬だぞ?"
──"ああ、ほら、見えるかね空が。陽光に照らされなくなった地域も多かろうが──その陽光の差すところが、徐々に狭まっている事実に気付いているかね?"
──"我が名はアルター・コルリウム! 当然のように道を違えた人類よ、指導者を失った人類よ──さぁ、生き残りを、存亡をかけたレースに興じるといい!"
彼は首縄へ自らかかり、そのままぶらんと吊られ……死した。
大勢の前で、大勢が恨む前で。
その輝きをも、樹殻は見逃さなかった。
首をつられた、死したはずの彼は、直後に遺体
我先に我先にと天上を目指した人類。その多くが樹殻の裏側、つまり天上へと辿り着いたものの、帰ってくることはなかった。それは当然ではあるのだけど、それがなんとも不気味で……次第に、樹殻の中でいいと、この閉ざされた世界に根を下ろそうとする派閥も出てくることになる。
本当に移住は成功したのか。着地した瞬間、あるいはする直前にあの枝によって絡め取られ、「アルター・コルリウム」やそれを守っていた集団と同じく養分とされただけではないのか。
恐怖する人類はその時点の人口の四分の一ほど。だから彼らは見捨てられた。意見を無視された。そう思いたいのならばそうしていればいいと捨て置かれ……残りの人類は閉じつつある樹殻よりの脱出を目指し、そして。
……そして、世界は完全に閉じることとなる。
科学力が失われたわけではないから、そこから「中に残った者達」は十二分になった土地と共に新たな生活を始めた。
海中から発掘された「技術」によりナノマシン技術を確立させ、太陽を、昼夜システムを作り出し、……まぁ、後は知っての通りだ。
そこに至るまでに長い永い期間をかけたけれど、それでも人類は元の繁栄を取り戻し……そして、一度「出ない事」を選んだにも拘わらず「出る事」を目指した『賢者』によって、人類は消退した。
前身文明の敗北。
これがその粗方の話である。
「……というわけで、君達が『快晴の雷』と呼ぶものは世界を覆う樹殻、『
「戦い……つまりあの巨大な花が」
「そう。
「一応、つまり何十万年も前に人類がいたという話で、一応、その時代がすべての元凶、ということでよろしいでしょうか?」
「どうだろうねェ。これをしていなければあの時点で人類は絶滅していた。君達が生まれなかった可能性も大いにある。問題を先送りにしたことで未来を作った彼女を責めるかどうかは君達の裁量に任せるよ」
天上の地。ここは『快晴の雷』の影響を受けないから……帆船ごと持ってきた。己としてはエンジェと、そしてスヴェナに死なれるのが最大の痛手だからね。
他の命はどうでもよかったのだけど、その二つだけは避けなればならないと……つまり肉体的な死ではなく、魂的な死を避けなければならないと、この地の存在を露にしてまで取った緊急措置。
「話が壮大すぎて何が何だか、なんだけど……聖護魔導学園とか、他の場所は今どうなってるの?」
「己とスヴェナの知り合い……つまりデルメルグロウの者達によって守らせているけれど、いつまで保つかはわからないねェ」
存在抹消の里は、己の善意を無視して……各々のやりたかったこと、そして過去に遺してきた未練を守りに走った。
現状の自身とは関係のない「生前」の家々を守る姿はなんとも涙ぐましいものがあるけれど、結局は人間一人、魔法使い一人だ。樹殻からの略取にいつまで耐えられるかは正直わからない。
彼ら彼女らには使い道があったのだけどねェ、なんて思いながら、けれどその行動を許した。別に己は彼らを縛り付けているわけでもないからね。
「困ったねぇ~。回収した生徒や教師の治療をしようにも、これじゃあねぇ~」
「
「それはできないかな。この地は魔法を通さない。だからこそ樹殻もアプローチができない。そこに穴を開けたが最後、樹殻がここへ殺到してくるよ。ここは樹殻の養分……正直言って薄味だろう地上の人々より魅力的な養分がたくさん詰まっているからね」
自意識を保っていない人形たち。
それにはまだ魂を縫い留めてある。恐らくはあれらの方が樹殻の養分適性が高い。今各国各地で防御が間に合っているのは、地上の養分がそこまで美味しそうじゃないから、に尽きる。
もしエンジェやスヴェナが聖護魔導学園へ帰ったとしたら……聖護魔導学園は跡形も無く食われて消えるだろうね。イレイアの陣地なんか簡単に切り崩せるだろうし。
「り、『
「……確かに。幹部は完全な勘違いをしていたようだったけど、盟主と呼ばれる者はこの未来が見えていないとおかしいね。……彼等も利用されただけ、か」
「始祖たちはどうなのでしょう。特に始祖イーリシャにはこの事態が予見できていなかったとは思えないのですが……」
「だから不干渉だった、とも考えられるけどね。襲撃事件も占拠事件も、始祖イーリシャ・クライムドールであれば視えていた光景だろうに、何もしなかった。聖護星見の名が落ちようと、聖護魔導学園がどうなろうと関係なくなることを知っていたが故の行動なのであれば納得もいく。そうだろう?」
実際のところがどうかは知らないけれどね。
未来視は己がいたせいで上手く働かなかったことだろうし、ここのところすべての起点に己がいるせいで……彼女の未来視では、突如としてなぜか世界が昏迷に陥っていた、とかになっているのだろうか。
その点グリーフィーはちゃんと対策を取っていたね。海上は海中のナノマシン濃度のせいで、紛れる。木を隠すには森みたいな話で、海上を小舟で移動するようなモノを樹殻が狙うことはないだろう。
「……私達ができることって、ないワケ?」
「君達が『快晴の雷』に対して何の対抗策も立てられなかった時点で、かな。もしこれまでの歴史の内で対抗策の一つでも講じることができていたら話は変わっていただろうけれど、それができないのならここを出るべきじゃあない」
「
「スヴェナさん、
樹殻が養分集めを終わりにするのを待つ、が択の一つ目。ただしこれは現実的じゃない。
なれば。
「
「無理だねぇ~。核が海底にあることも要因の一つだけど、あれから出ている……花粉みたいなもの。遠目で観察していたけど、『快晴の雷』の一つと接触した瞬間、『快晴の雷』側が消滅していたからねぇ~。あの極小の粒が大気中に散布されていて、恐らくはあの花を守るように配置されていて、さらに範囲を拡大しているとあらば……あの空域に近づくことさえ危険、だろぉ~?」
「よく見ているね、教師ドクラバ・アッシュクラウン。そう、
つまり、ナノマシンでさえもアレには勝てない。ナノマシンより小さい粒でありながら、ナノマシンよりも高性能且つ破壊力の権化。
ま、あんなものを投入しなければならないほどまであの二人を追い詰めた当時の人類が凄い、というのはそうなんだけど。
己としても困っている。これじゃあ
そうなったら……またイチからやり直しか、もしくはエンジェとスヴェナを連れて
「一応聞きます。あの花の動力源はなんでしょうか」
「奇しくも樹殻と同じく人間だね。そうではなかった時期もあるのだけど、管理者がいなくなってからは逆戻りした、というべきかな」
人間の魂を食べるだけの機械、からは発展したはずなのに、管理者がいなくなっただけで
……同時に、樹殻については褒め称えていたね。「アルター・コルリウム」に会ってみたかった、とも言っていた。その時点で樹殻も「アルター・コルリウム」も生まれ出でていなかったにも拘わらずだ。アレは星観航行にシフトしてから自身の能力を隠さなくなったのが悪い所だよ、本当に。
エンジェを見る。
彼女はさっきからずっと熟考している。正直無理なものは無理と言ってあげたいところだ。魔力……ナノマシンを基軸に頂上の力を使っている時点で、現代の魔法使いは樹殻にも廃徊棄械にも勝てない。なんなら
勿論そうなるように己がデザインしたのだから当然なのだけど、というか、だから当然に……無理なのだ。どんな魔法を考えつこうと、何をしようと、花粉にも枝葉にも勝てない。
本当にどうしようもない。
「ねえ、アンタ」
「なにかな」
「『
「そういえば、そうだったね」
「それっておかしくないかしら。アンタの話が全部本当なら、あの種子は魔法世界が始まる前からあったもの。なのにその発芽に魔法世界の因子が必要になるワケ?」
「……」
たし、かに。
そういえば……なぜ
あれの起動法は全く別のもの。ナノマシンなんて一切関係ない。だというのに種子状態にあった
加えて、盟主とやらには発芽以外の目的があるとも言っていたか。
この状況で何ができるというんだろう。『
そうでもしなければ果たせないことがあったとしたら、それはなんだ。
「……スヴェナ。この地の使い方をエンジェたちに教えてあげてほしい。生徒たちが起きたら、そっちのケアも」
「一応聞きます。私の認識錯誤はどこまで外れていますか」
「かなり緩和させているよ。……というわけで、エンジェ。己は少し出てくるよ。君の発言を聞いて、調べたいことができた」
「アンタに危険はないの?」
「己は樹殻にも
もう隠す意味もないから、肉体も服装も変える。
懐かしの白コートにハット、モノクル、ステッキにキャリーバッグ。
これでいた期間が長いからね、これが己の正装だよ。
「『執行者』……」
「悪名高い戒律機関の最高戦力、だねぇ~」
「その時は黒スーツで行っていたからなぜこっちで認識されているのかわからないのだけどね。……まぁ、そういうわけだ。己に関する話もスヴェナや教師陣から聞くといい。大体のことはわかるはずだから」
さて。
「ちゃんと帰ってくるんでしょうね」
「当たり前、かな。今の己にとって最も大切なものはエンジェ、君だよ。次点でスヴェナだ。それをおいて逝くことはあり得ない。……ま、己は調査をしてくるだけだ。世界への解決法を思いついたのなら、どんどん固めておいてくれていいよ。己が帰ってきた時、己を驚かせられるように」
赤雷を纏う。
虚空や空間を使っての移動、なんて手間はかけない。普通に転移するよ。
「オルボワール。世界の秘密は現代を生きる人間が解き明かすべきだ。己の小旅行のあと、君達に成長があることを期待しているよ」
「目に見えた"困っている人"は必ず助けること。私からの課題よ、『
「ダッコー、善処するよ、己の愛しい
そうして己は、パチ、と。
天上の地から消えたのだった。