魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
基本的に全寮制であり、学園と寮の間を行き来するだけの聖護魔導学園。とはいえ何も外部との接触が禁じられているわけでもないし、申請を出せば長期休暇や短期遠征を組むことができる。また、五大貴族の直系であれば、何の断りも無しに自宅通学も可能らしい。している者はあまりいないようだけど。
というわけで、ジェヴォーダンの魔物の襲撃から明けて翌日。エレメントリー、及びフレイマグナの姓、さらにはウォーラーバーン、イースリーグン、ヴィントルという「四大元素の分家」の姓を持つ者達は、一週間ほどの長期休暇を学園へ申請した。明るみに出た揉め事はそれが周知される前に解決しておきたい──とか、そんなところだろう。
「それで、どうかな。最上級生から初級生へと戻った気分は」
「……特には、何も。一応聞いておきますが、どのような返答を期待していたのですか?」
「ふうむ。これから始まるハッピーライフへの展望、とかかな。だってそうだろう? 最上級生の知識を持って初学生からやり直せるんだ。エレメントリーの魔法は使えないとはいえ、知識は腐らないだろう」
「口調による正体看破の可能性を考えないのですか」
「己との会話含めて、周囲に聞こえる音は全く別のものとなっている。だから己のことを『一応平民の人』と呼んでくれても何も問題ないよ」
エレメントリーの血筋がこぞって学園からいなくなった──その日に編入してきた初学生。
怪しまれないはずもなく。
「そら、君は
「一応、最低ですね。あなたの趣味ですか?」
「失われていなかった肉体が半分以下だったんだ。幼い姿になるのは致し方ないことだと思わないかい?」
少女A''。アンフィ・エレメントリーは、既に死した。偽造した死体とジェヴォーダンの魔物の一部はエレメントリーの家に届けてあるし、その偽造……というか偽装がバレることはない。アンフィ・エレメントリー本人の細胞から作ったクローンだからね。
そして本体であるアンフィ・エレメントリーは、スヴェナ、と名前を変えて……容姿を幼くした状態で新生させた。体内魔力を四大元素の制限から別のものへと組み直した上で、だ。
こんな感じで強くてニューゲームを始めた彼女には、しかし苦難が待ち受けていることだろう。とりあえず今は疑り深いクラスメイトに盛大に怪しまれ、「可愛いもの好き」のクラスメイトに存分に揉まれてくるといい。
とはいえ、胸中が尋常でないのは彼女だけではないだろう。
「おい、平民」
「うん? ……ああ、君は確か、デルメルクランの……すまないね、名前までは覚えていない」
「ケニスだよ。ケニス・デルメルクラン。……まぁ俺のことはどうでもいいんだ。お前、あの編入生と仲良いのか?」
「どうだろう。先程校門前で右も左もわからない、といった様子だったところを案内した程度の仲だから、君達よりは少しだけ、かな」
「……そうかよ」
デルメルクラン。
少年Cは「三面以上の空間把握に時間をかける」という理由でこのクラスにいる。ま、次元空間の血筋としては致命的な処理速度だ。妥当のクラス分けと言えるだろう。
そんな彼がスヴェナに興味を持つ理由はただ一つ。
己がアンフィ・エレメントリーをスヴェナへと変える時に施した魔力構造改変……その変換先が次元空間であるから、だ。
少年Cからしてみれば、突然現れた分家の少女、ということになる。己はスヴェナの身分を「あったこと」にしたけれど、記憶までは弄っていない。調べたのなら山ほどその血筋が「あった」という記録が出てくるだろうけど、記憶にはない……分家も、そして本家ですら知らない謎の分家が誕生したわけだ。
とはいえ少年Cが気にしているのはそこではない。彼には全体を考慮できるほどの知性がないから。
彼が気にしていること。それは。
「クソ……また追い抜かれるのかよ……今度はあんなチビに……」
ただただ、実力不足である己というコンプレックス、である。
前述の通り魔力適合率や適性は生涯において変化しないが、この学園があるように、その操作精度を上げることは本人の努力次第だ。
彼のポテンシャルは分家の中でも中の下ほど。本来聖護魔導学園に入ることのできる域にいない彼がここに通わせてもらえているのは、偏に彼しかいなかったから、という理由だけ。デルメルサリスの分家の子供で、男児である者が彼しかいなかった──女児であれば沢山いて、それらはちゃんと上級クラスでエリートエリートしているから、まぁコンプレックスは大きいだろう。
そこへやってきた正体不明の、しかし「聖護魔導学園」へ編入できるだけの実力を持つ少女。
まだ実力を見てすらいないはずの彼が歯噛みしているのは、スヴェナにかかっている認識錯誤の結界にある。無論己がかけた認識錯誤ではあるのだけど、
格上だと、そう感じているのだろうね。スヴェナ本人は
「しっかし……また女かよ、平民」
「不名誉な言い方だね、それは」
「事実だろ。エンジェ・エレメントリーと仲が良いってだけでもあり得ねえのに、アリスともいつの間にか仲良くなって、今度は謎の編入生であるチビ女と……」
「それほど彼女たちが慈悲深い、ということだろう。なんせ己は卑賤なる平民。とっかえひっかえできる立場にはない。そうだろう?」
「学園内だからもう気にしないけどよ、どの貴族に対しても余裕あり過ぎるその態度見てると、本当に普通の平民なのか疑わしくなるんだよな……」
ケニス・デルメルクラン。少年Cは、魔法関係にこそコンプレックスの多い人間だけど、それ以外の部分に関しては平凡……もしくは善良の領域といえる。「学園内でも貴族に不敬を働く平民は許さない」という生徒は数多くいるし、己のような者へと積極的に声をかけてくること自体も珍しい。聖護星見の始祖に見初められた者、など厄介ごとの塊でしかない上、近づいても平民なのでメリットがないからだ。
もしこれで己が何も知らない平民の立場であれば、彼を親友に思っていたかもしれない。エンジェ・エレメントリーとはクラスが違うし、性別が違う。アリス・フレイマグナは色々と無理がある。
他にも偏見の少ない生徒はいるけれど、少年Cほど善良ではない。
ただ、残念ながら己は血筋争いにしか興味のない『愚者』であり──彼に見出す価値は、彼のコンプレックスだけだ。
しばらく少女Aは学園に来ないだろうし、スヴェナの試用運転も兼ねて……彼の動向を追ってみるのもアリかもしれない。
「『一応平民の人』」
「どうしたのかな、スヴェナ」
「あなたとはどういう関係なのか、と聞かれました。なんと答えるべきか、一応確認を取っておこうかと」
「今彼には校門で出会ったばかりの仲だと説明したよ」
「そうですか。一応、私は昔からの縁だと説明しました」
「……確認を取ったのに事後報告なのかい?」
「ええ、一応ですから」
これは……あとで少年Cから詰められそうな展開だね。
この世界は閉じている。
かつての『賢者』たちが人類を昇華させようとしたのは、何も狂気的な信仰に陥ったから、というわけではない。
空の向こうには硬質な樹殻が存在し、それが惑星全体を覆っている──それがこの世界の有様だ。
その昔、土壌を必要とせず、成層圏で育つ樹木、なんてものを作り出した研究者がいて……なんて。
「知識として、そして神話としては一応、知っていました。時折降り落ちて来る
「閉塞感を覚えるかい?」
「はい、とても。……そして、『一応平民の人』。あなたの力にも恐れを覚えます」
「己の?」
「この天上の地は、あなたが作ったのでしょう?」
ああ。それは勘違いだ。
「己はこの地を浮かせただけに過ぎないよ。この廃墟群を作ったのは、この地で生活している
空を失った人類は太陽光を失った。それは人類だけの損失ではなかったし、流石に何とかしなければならないと……人類は仮初の朝と夜を作り出した。太陽光を再現し、死にかけていた動植物を救った。まぁ殺しかけたのも人類なのでマッチポンプも良い所だけど。
さらには天候及び水分の循環システムやら気体の割合調整システムやら……「ヒトが暮らすに適した環境づくり」を行い切ったのだ。その点は評価されるべきことだろう。同時に、それら科学力を以てしても空の樹殻は破れなかった。単純な火炎から爆薬、核、ナノマシンによるありとあらゆるものをぶつけて……樹殻は健在だった。
だから、閉じた世界なのだ。
彼らは……『賢者』たちはこの世界に未来が無い事を知っていた。医学の進歩により平均寿命が延びてしまったことも大きな原因かな。まぁとにかく、世界を滅ぼした『賢者』を恨む一般人たちが考えていた以上には、この世界は終わりかけていた、と。
正しかったのかどうかは知らないが、アプローチは良い試みだったのだろう。結果として人類は消退し、この世は己の遊び場となった、というだけで。
「ということは、あなたはデルメルサリスの人間なのですか?」
「いやいや。己は平民だよ。一応、ね」
「……成程。私達の知らない……別の魔力法則、あるいは魔法がある、と。そうでした。一応、エレメントリーの血をデルメルサリスのものへと変貌させるだけの力があるのでした」
「まぁ、そんなところかな」
さて、と。仕切り直しを入れる。
「適当なところに座ってほしい。これからのことを話そう、スヴェナ」
「学園内ではできない話、ですか。一応」
「そういうわけでもないのだけどね。己は割合開示を好む性質だ。秘密の口外はできなくしてあるけれど、知る権利そのものは平等に与えられたものだと考えている」
「……」
「まず──そうだな。己は五大貴族、魔法使い五家の血筋争い、及びそれに伴う犠牲について、一切の感慨を有していない」
「でしょうね」
「ただし同時に、特化した分家の血や直系の本家筋が途絶えてしまうことを勿体ないと感じる気持ちはある」
といっても本家筋自体はかつての少女Aがいくらでも作り出せるだろうから、これは蓄積された記憶の話だ。
貴重さで言えば分家に軍配が上がる。
ようやく、だろうか。
警戒した面持ちは崩さずに、スヴェナは適当な瓦礫の上へと腰を下ろした。
「君は自身と自身に起きたことについてを話すことができない。伝えることができない。ただし、己は君の行動を制限しない。今エレメントリーの家で起きている"本家と分家の立場逆転"に関する話や、"ヒトの
「当然のように知っているのですね、とは。一応言っておきましょう」
「それは一応が過ぎる。今何が起きているのかを知るなんて、たとえあの樹殻の向こう側にいたってできることだからね。……話を戻すけれど、つまり、だ」
ホログラムを用いて浮かび上がらせるは、エレメントリーとデルメルサリスの家紋。さらにはネクロクラウンのものも加える。
「君は自由にしていい。今の身分はデルメルサリスの分家、デルメルグロウだけれど、その身分のままエレメントリーの話に首を突っ込むのも良いし、デルメルサリスの内側を覗いてみる、というのもいいだろう。君自身にもデルメルサリスの手は伸びてくるだろうし。そして、そうではなく、デルメルサリスのことを一切気にせずにネクロクラウンへ報復へ行くこともできる」
ジェヴォーダンの魔物を作ったのはネクロクラウンだ。加えてエレメントリーの本家と分家が争っている理由、その火種を作ったのもネクロクラウン。
ぶっちゃけこの世で起きる悪い事のだいたいはネクロクラウンが関わっているか、デルメルサリスの端っこの方の分家が関わっている……そう言い切ってしまえるくらい、少女Dの一派は好き勝手やっている。
だから、始祖に打ち勝てる力をどうにか身に付けて、一代にしてネクロクラウンを潰す、というのもまぁ、それはそれでアリだ。少女Dはしぶとく生き残るだろうし、彼女さえいればいくらでも復活できるのがネクロクラウンだから。
「ただし、死さば今度こそもう一度は無い、とは言っておこう」
「それこそ一応が過ぎるでしょう。……一応聞きますが、その三つ以外を選んでも構わないのですよね」
「無論だ。己を殺さんと頑張ってみてもいいし、自死を選んだって構わない」
「わかりました。──では」
体内に──虚空が発生する。
いや、構わないとは言ったけれどね。
何もそんな、完全再現をしなくとも。
「次元空間の魔法の使い心地はどうかな」
「お爺様やお婆様が他家の血筋を分家と番わせたがったことにも納得が行く、とは言っておきましょう、一応」
それだけ言って──彼女は消えた。
同時、己の耳入ってくる肉の潰えた音。……まぁサービスかな、これは。
「この天上の地へは、正規の手段を取らなければ出入りできないようになっている。格好良く去ったところ悪いけれど、自分の魔法に圧し潰されてちゃあ世話無いよ」
「……死さば今度こそ次は無い、ということが真であるかの確認です。一応」
「はいはい」
うん、やっぱりエンジェに似ている。エンジェが似ているのかな、これは。
さて、魔法の操作技術向上だけが聖護魔導学園の授業内容ではない。
ちゃんと知識を学ぶコマもあるし、五大貴族についてを学ぶ、歴史を学ぶ授業もある。
己にとっては今の人間が歴史をどう認識しているか、という点での面白みのある授業だけど、流石にスヴェナにとってはつまらないものであったらしい。
既に常識となったことを学ばされる感覚は……己を基準にするべきではない、か。
「で、で、では、スヴェナさ、さん。
タイムリーだな、なんて思いつつも。
どこまで話すかは己も興味がある。
「……一応、世界の中心から、天上の全てへ伸びているという
「そ、そう、良い理解、といえます。ただ、万病に効果があるかどうかは、な、悩ましいところ、だけど」
「一応、
「ええ、ええ、良い理解です。もう、大丈夫、よ」
ぐりん、とこちらへ振り向いてくるスヴェナ。
そんな攻撃的な発言、フィルタリングされるに決まっているだろうに、何をそんな睨みつけてきているんだ。
教師ドリューズはネクロレアニーという
ここで何か反抗をする……ということはなく、普通に席へと着くスヴェナ。
「なんだよ今の目線……俺をライバル視してんのか?」
「ああ、デルメルグロウとは何か確執でもあるのかい?」
「ん……ドリューズ先生が怖いから小声で話すけどよ、……まぁ、確執はない、というか、デルメルグロウなんて家があったなんて知らなかったくらいだ。そんくらい細い分家の子なんだろうけど……単純に俺は、俺よりすげー奴に嫉妬するようなちっせぇやつって話さ」
「向上心があるのは良いことだと思うけどね。ところで教師ドリューズがアムフィアリアスモアも真っ青な顔でこちらを睨んできているけれど、ここから回帰する術はあるかな」
「無い。……大人しく罰を受けるしかねーよ」
「潔いね。そういうところは好ましいよ、ケニス・デルメルクラン」
顔を傾けて、人間を眠らせる魔法を避ける。
大人しく夢の世界へと旅立った少年Cにグッドラックを送って、己は肩を竦めて。
「罰を与えたいのなら、罰を与える能力のある者であるべきだ──そうは思わないかな、教師ドリューズ」
「ど、どうでもいい御託をなら、並べなくともいいわ! ルールには、従いなさい!」
ごもっともである。
というわけで、そうであったことにさせてもらおう。
さて、ケニス・デルメルクランと『平民』が罰を受けている間、少しばかり学園の屋根の上で羽を伸ばす。
その隣に降り立つ者があった。
「……おや、こんな早いタイミングで己に接触してくるとは思わなかったよ、少女E」
「イーリシャ、です。イーリシャ・クライムドール。……星見で見ても、頭痛がするだけですから。こうして直接会いにきました、『愚者』さん」
少女E。あるいは老婆E……いや、見た目が見た目だから、始祖Eと呼ぼうか。
彼女は己の隣に座って、聖護魔導学園を見る。
「何をするつもりなのですか」
「視たから、アンフィ・エレメントリーへ余計なことを言ったのではなかったのかい?」
「視えなかったから、言ったんです」
その結果。
「成程、彼女が視えなくなったから、直接問い質しにきたのか」
「そうです。アンフィ・エレメントリーさんの存在が、この世界から消失しました。死による喪失ではなく、消失。こんなことは、この五千年間において……三度ほどしかありませんでした。その全てにおいて、『愚者』さん。あなたの影がありました」
「恐ろしい話だね。けれど、面白くもある」
「何が、ですか」
「君達五人の始祖は、歴史を口伝した。生き証人として。けれど捏造もした。己らが単なる一般人であった事実などの隠蔽は構わないけれど、己に関することまで捏造をした」
世界の中心から天上へと伸広がる
その樹木には──精霊が住まうと、魔法使いたちは始祖から教えられる。
「『白染の精霊』……なんて、己はそこまで良い存在に見えていたのかな」
「悪しき存在として描けば、企みを持つものが利用せんとし、あなたに近づきかねない。私達は……ディアナを含め、『愚者』さんの情報は公開しない方が世のためとなる、と合議しました。誰もあなたに興味を持つことのないように、と」
「ふぅん。まぁ、それが裏目に出た、という話だよ、始祖E」
立ち上がる。
「アンフィ・エレメントリーは深淵を覗いてしまった。だから、帰ってこられなくなった。魔法時代が始まってから消えたフィジクマギア、デルメルサリス、クライムドールの一人ずつもそうだ。君の星見にそれが現れなくなったことにはしっかりとした理由がある」
「……もう一度聞きます。『愚者』さん。真実、この世を作ったと言っても過言ではないあなたは……これから、何をするつもりなのですか」
この世を作った、は過言かもしれないけれど、何をするつもりなのか、は簡単だ。
「己は見たいだけだよ。君達の生き様を。そのためだけにこの舞台を用意したのだから」
「なれば……劇作家が既に幕の上がった舞台へ手を出すような……そんな愚かしいことはやめていただけると助かります。この世は今を生きる私達のものなので」
「過去の人間である君がそれを言うのかい?」
「興醒めだ、と。そう言いました。……それでは」
それなりの高さのある学園の屋根。そこから飛び降りて、着地の衝撃を漏らすことすらせずにスタスタ歩いていく始祖E。
中々、言うようになったじゃないか。
少しばかり凄みがたりないけれど、いいよ。
聖護魔導学園の生徒に手を出すのはスヴェナまでにしておこう。これもまた、サービスで、ね。