魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
己は今。
壁ドン、というものをされている──!
「正直に答えて。アンタは……姉さんを、見殺しにしたの?」
「為す術も無く命からがら逃げ果せたことを"見殺しにした"と表現するのなら──そうだね、その通りだ」
勿論そこに好意的な感情など無い。
少女A。エンジェ・エレメントリーから受けるその尋問は、まぁ、当然といえば当然の詰問である。
一週間の休暇の後に学園へと復帰した四大元素の家系。そしてエンジェ・エレメントリーは真っ先に己のもとへやってきての、コレである。
いやはや、もう少しゴタつくと思っていたのだけどね。これではケニス・デルメルクランのコンプレックス刺激が進行しないじゃないか。
「アンタなら、姉さんを抱えて逃げるくらいはできたんじゃないの。なんで……そうしなかったワケ?」
「己は静観していたし、手を出してほしいとは言われていなかったからだ、と答えたのなら……君は今待機させている魔法の全てを己へぶつけるのかな」
「……」
「学園最上位のエレメントリー。そんな彼女が相討ちでしか殺し得なかった敵へ、勇敢と蛮勇をはき違えてでも立ち向かってほしかったと……そう言うんだね、エンジェ」
感情が抑えきれない、というのは理解できる。
今エレメントリーの家はてんやわんやだ。次女たる少女Aが長女となり、許婚やらなにやらもごちゃごちゃしていて、分家への処断も決まったばかり。
少女Aにはなんだかんだいって大好きだった姉を悼む時間もなく、まだ初学生の身空で次期当主としての落ち着きを見せなければならない。
だからこそ確かめねば、となるのだろう。
あの時彼女の姉が、「口癖だけで『一応平民の人』と呼んでいるわけではない」と言っていた……あの言葉の真意を。
「己を赦すにせよ赦さないにせよ、そろそろ態勢を変えた方がいいかもしれない。在らぬ噂がまた立つよ?」
「一つだけ……聞かせて」
「何かな」
「姉さんを見捨てた時。アンタになにか……感情は、あった?」
「無かったよ。己は彼女とは初対面だったからね」
「そう」
少女Aは一つ溜息を吐いて──ゴン、と。
頭突きをかましてきた。痛くないし、避けることは容易であるけれど、大人しく受けて痛がっておくべきだろうね、これは。
「……ここで変に罪悪感を抱いている、とか言われたら……魔法、全部ぶち当ててた」
「無感動無感情の方が己らしいと?」
「らしさもそうだけど、アンタがこの件で……この件に、どれほど嘘を吐いているのか確かめたかっただけよ」
「へぇ。見立ての割合は?」
「凡そ六割、ってとこ?」
慧眼だね。そもそも少女A''を見殺しにはしていないから、その後の諸々は無効だ。
「それで、己とはこれからも仲良くしてくれるのかな」
「ええ、巻き込まれただけのアンタを嫌うとか、そっちこそ私らしくないし。……ああ、けれど、一緒にいる時間はあんまり取れなくなると思う。エレメントリーの方が忙しくなっちゃってね」
「そうかい。なら、この機会を逃せば無いかもしれないから、紹介だけしておこうかな」
「紹介?」
適当な棒きれを拾って、それを上空へ投擲する。
棒切れはそのまままっすぐ飛んでいく……ことはなく、不自然な場所でその軌道を変えた。
「ッ、誰!?」
「……姉に向かって誰、とは。聞こえていないことを理解した上で一応言いますが、躾がなっていないのでは?」
空間を揺らがせて出てきたのはスヴェナだ。己と少女Aの会話が気になって盗み聞きをしていたから、丁度いいと思ったんだよね。
彼女は……まるで階段でも降りるかのように空間を一段一段降りてくる。習熟が早いね。感覚の天才たる少女Aと違って、理論で魔法を組み立てることのできる彼女ならもしや、とは思っていたけれど、これなら
ああ、けれど。
「姉……? 何を言っているの、この子」
「!?」
己がその芽を潰すような奴に見えていたのかな。
だとしたら、解釈が甘すぎる。
「紹介しよう、エンジェ。彼女の名はスヴェナ・デルメルグロウ。姓の通り、デルメルサリスの分家の子だ。君達が長期休暇を申請した次の日に編入してきた子だよ」
「……」
「一応……ええと、そうですね。エレメントリー本家の方だとは露知らず……その、失礼を……」
エンジェ・エレメントリーはスヴェナを凝視したあと、凄まじい速度で彼我の距離を詰め……縮んだ彼女の脇に手を入れて、持ち上げる。
持ち上げて──抱きしめて、頬擦りをした。
ん。可愛いもの好き、とかだっ──。
「姉さん!!」
……おや?
これは……どういうことだろう。確かに認識錯誤の魔法は故意に解いたけれど、スヴェナと少女A''に共通点は存在しない。口調は確かにそのままだけど、声も顔も体格も違う。重心や足運びさえも違う。何より流れている血液は総組み換えをしてあるから、血脈のそれで気付くことはありえない。
「ああ、ああ! そういうことだったワケ!? だからあんな……曖昧な態度を取ったってこと!? ちょっと、それならそうと早く言いなさいよ!!」
「何のことかは全く分からないけれど、流石に衆目を集める大声だね」
「大丈夫よ、風で音は空へ逃がしてあるから。拡散しないわ」
「おお案外冷静……」
己もだけど、何よりスヴェナ本人が目を白黒させたまま戻ってきていない。
当然だ。自身がどれほど前と違うかは、本人がこそわかっていることのはずだから。
「も……申し訳ございません、一応、初めにふざけてしまったことを、謝罪いたします。ですが、私はあなたの姉では」
「無理よ、姉さん。私を騙すのは無理。口調がそのままなのもそうだけど、姉さんがたとえどんな姿になっていたって、私が家族を見間違えることはない。そんなこともわかってなかったワケ?」
興味深いな。
エンジェ・エレメントリーのナノマシンにそういった特殊構造は無いし、眼球やその他知覚器官にも平均的な人間以上のポテンシャルはない。
第六感というものは今までの経験則の集大成。女の勘……は今働くものではないだろうし……あとは、「愛」かな?
確かに愛情は奇跡を導く。己が仕込んだ「窮地に陥ると覚醒する」という構造式も、窮地以外……つまり愛情によって強制励起させることができる、というのを観測している。
愛とは最も近しい無我。
なれば家族愛、姉妹愛は……存在の変質さえも乗り越える、のかな。
いやはや、己は魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たいだけなのに、どうしてなかなか、好奇心の方を擽ってくれるじゃないか。
「スヴェナ。どうするかは君が決めるんだ」
「……『一応平民の人』。良いのですか、あなたは」
「それもまた一興、だよ。生憎と聖護星見の始祖からこれ以上の手出しを禁じられていてね」
ああいや、これが視えたから彼女は己に釘を刺しに来たのかな。ここで少女Aにまで改変をさせないように。
だとしたら脱帽だ。成程、消失したアンフィ・エレメントリーと突然現れたスヴェナ・デルメルグロウ。この二つを結び付けることは簡単ではあるけれど、星見であるからこそ更に根拠が……。
「私は……」
スヴェナがこれから何をしようとしていたのかは知らない。
ただ、己と少女Aの密会を覗き見するくらいには……妹のことが心配だったのだろう。
であれば。
「『一応平民の人』。一時的に空間を隔離する魔法を使います。その魔法を隠蔽する魔法は使えますか?」
「平民である己が魔法を使えるわけがないだろう?」
「そうですか。……まぁ、破られないようにすればいいだけですね。一応確認を取っただけです」
して秘術に近しいものが編まれる。
理論派魔法使いの極致……とは言い切れない実力だけど、彼女が辿ろうとしていた道の理解できる魔法だ。
空間の隔離。そして虚空の発生。うん、見事なまでの暗殺セットだね。
教師ドリューズの夢幻世界への誘いとは違う、以前使われていた粗雑な結界とも違う。
文字通りこの中庭が周囲の空間から隔離される。あちらの世界では侵入不可な空間が成立したというより、中庭という外辺から直線状までが繋がった、という状況になっているはずだ。
そして……禁術一歩手前、でもあるかな。
魔法は魔法というだけあって法則に依存している。これはその法則を壊しかねないものだからね。下手をしたら、聖護魔導学園にいる
中庭とそうではない場所の境界線。そこから先が、まるで画像を引き延ばしたかのように歪む。
正当に形を成しているのはこの空間だけで、境界線から先は……ま、行ってみればわかるだろう。
「これ……は」
「……ついてきたのですか、『一応平民の人』」
「巻き込まれたんだよ」
「そうですか。まぁ、構いません。……エンジェ。一応言っておきますが、今から話すことは他言無用です。決して他者に知られてはならないことなので」
抱き上げられて、というか抱きしめられたまま、何を気にすることもなく彼女は話を始める。
少女Aに対し……少女A''ではなくなった彼女が。
「あなたが気付いた通り、確かに私は元アンフィ・エレメントリーです。ですが、アンフィ・エレメントリーは死にました。ジェヴォーダンの魔物……でしたか、一応。あれとの戦いで油断をして、無様に死にました」
「……そっか」
「はい。これは事実です。問題解決能力の話をしておいて……そんなものはなかった、ということです。いえ、そんな悔悟はもうどうでもいいことですね。一応、私の魔力量にも限りがありますので、手短に話を済ませます」
スヴェナは、顔をこちらに、右腕をエンジェ・エレメントリーの抱擁から引き抜いて、指を差す。
「私は一応、アレに救われました。『一応平民の人』。彼は私を殺したジェヴォーダンの魔物を難なく殺し、さらには私の命を繋ぎました。一応、どのような手段を用いたのかは聞きましたが、聞き出せませんでした」
「そう……なんだ」
「彼は平民ではありません。確実に魔法を使う者です。ですが、はじまりの五家のどれにも属さない魔法を使うものと推測されます」
「わかってる。私だっていつまでも姉さんの妹のままでいるつもりはないから」
ギュン、とこちらを向くスヴェナ。その程度は自分で解除できるようになりなよ。己がかけている認識錯誤がたった一つだけだとでも思ったのかい?
「う……空間が攻撃をうけていますね。本家筋に気取られたようです。……いいですか、エンジェ。これから先、どのような場、どのような時であっても、私の生存を誰かに認知させることを禁じます。そして今の私、スヴェナ・デルメルグロウとアンフィ・エレメントリーを結び付けることも……一応、禁じておきます」
「それは……姉さんが生きていることを知ったら、酷い事がおきるから?」
「はい。恐らくエレメントリーの家は掴んでいることと思いますが、今回の件の黒幕は一応、
「私の記憶に間違いがなければ、そうだと思う」
「当然です。
まぁ、容易に想像できるね。
元より諦めの悪い始祖Dだ。彼女の辞書に諦める、という字があるのかわからないくらいには。
「これ以上の付加価値をつけてはいけないのです。
「またいなくなっちゃうの、姉さん」
「……」
空間に罅が入る。付け焼き刃の次元空間じゃ、本家本元の総攻撃にそう長くは耐えていられない。
美しき姉妹愛もここで一旦終了かな。己はスヴェナ以外には手を出せないからね。今外を……隔離空間を攻略しようとしている生徒らの妨害は不可能だ。
「あなたの姉はもう、死んだのです。……独り立ちなさい、エンジェ」
「
「気にしない、で済む問題ではないのですよ、エンジェ。一応、始祖へと挑もうとしているのですから、当然そこには」
「私はエンジェ・エレメントリー。死した姉さんの妹。だけど、その姉さんが私に独り立ちをしろ、というのなら、
「詭弁です。一応、時間がないことはわかっていますよね?」
「どうせ殴りにきてるのはシャニアだろうし、あの子なら話せばわかってくれるから。いい? 私は姉さんの妹ではなくなって、エレメントリーの当主になることが決定している。
割れる。硝子が割れるように、空間が壊れていく。
中庭は本来の中庭の様相を取り戻し──。
己は己で、こちらへ向かってきた「無空の矢」を避けた。
「……おかしいね。
「稚拙な四連構造式でありながら、美しいまでに組み合わされた空間隔離魔法。使い手が誰であるかなどすぐにわかりました。あの編入生の子ですね」
「おや、耳も聞こえなくなったのか。これは大変だ。知覚器官は
「そして、この練度にしては堅固な壁を破ってみれば、エレメントリーの御令嬢と編入生が互いに抱きしめ合っている状況。それを遠くから眺める少年一人。──誰が黒幕かは、丸わかりでしょう」
「憶測だけで己を殺そうとした、と。流石に恐ろしいね、貴族の学園は。平民の命が軽い軽い」
眼前。
に、あった貫手をしゃがんで避ける。側頭部に現れた蹴りもまた躱して、反対側に出現した剣を下からの肘鉄で弾く。
うん、スヴェナとは比べ物にならないね。次元空間魔法を取り込んでの格闘及び剣術か。昔はそれと
「シャニア・デルメルサリスと申します。初めまして、『噂の平民さん』」
「ああ、初めまして」
割れた世界が収束する。中庭の境界線は元通りになって、周囲の景色も元の学園へと戻る。
拳──は、大きくバックステップをしての回避だ。
振り抜かれるはずのそれは途中で止まり、虚空に蜘蛛の巣状の筋が入って、その『空間の破片』が飛び散った。いやぁ危なかったね。普通に避けていたら裂傷どころじゃ済まなかったよ。
「ま、待って、シャニア!」
「待ちません。学園内でこのような魔法を使ったそちらの生徒には追って沙汰を言い渡しますが、それより『噂の平民さん』との戦いの方が大事です」
「うん? 何かを怪しんでの行動、と言ってなかったかな」
「そんなもの方便です。エレメントリーの御令嬢……私という真っ先にライバル視すべき相手がいながら、エンジェの口から出てくるのは貴方のことばかり。『噂の平民さん』──是非とも、一手お手合わせお願いしたく思っていました」
「お願いしたいなら、お願いしてから仕掛けるべきだと思うのだけれどね」
剣ではなく、先程割られた空間の破片。それらを操っての攻撃は、どこかエレメントリーの氷礫を思わせる。それでいて殺傷能力はこちらの方が上だ。氷礫は重みがあるからどちらかというと殴打の攻撃だけど、これはただただ鋭利だから剪断、ないしは貫通攻撃と言える。
つまり、当たったら血を流さなくてはいけないし、致命傷を受けたら死ななければならない……非情に面倒臭い攻撃、というわけだ。
となると……無手は、厳しいかな。
よって。
「スヴェナ」
「?」
彼女は何も知らないだろうけれど、「まるで彼女が名前を呼ばれてそれを行った」かのように空間を歪ませ、そこから一本のステッキを錬成する。
丁度避け切れない攻撃……剣と破片の挟撃が来ていたから、抜き取ったステッキでそれら二つを受け止めて、すぐさま反撃……ではなくバックスプリングでさらに距離を取る。
これ以上の距離を"詰める"のは、スヴェナが行った秘術と同じくらいには禁術になってしまうからね。彼女を追って咎めると言った手前、そこを犯してくることはないだろう。
さて……久しぶりの得物をくるくると回して地面に突く。
昔の出張姿の頃はよく持っていたけれど、白スーツになることがなくなってからはほとんど使っていなかったものだ。
ここまで揃えたのならハットとモノクルまで出したいところだけど、今の学生姿には似合わな過ぎるから断念しよう。
「成程……避けるだけではなく、杖術使いでもあった、と」
「割となんでも使えはするけれど、こういう杖状のものが一番肌に合っている、というのは否定しないよ」
「ちょっとアンタも、なんで戦う気なワケ!? たとえ貴族と平民であっても生徒同士の決闘は禁止よ、そんなのシャニアが一番わかってるでしょ!」
「決闘ではないから、だろう?」
「ええ、規律会に属する者として、身分偽装の疑いを晴らすためにもここで戦っておく必要があるでしょう」
身分偽装の疑い?
はて……それは本当に知らないことだね。始祖Eが何か言ったのかな。
「『噂の平民さん』……あなたには、デルメルグロウの血縁者なのではないか、という疑いがかかっています。違うというのなら、どうして彼に嘘を吐いたのかお聞かせ願えますでしょうか」
彼、と。シャニア・デルメルサリスの促す先にいたのは……とてつもなくバツの悪そうなケニス・デルメルクラン。
ああ……分家だからね。本家からの詰問には逆らえなかったのか。
ふむ。己は別に異能力バトルに参加したいわけではなく、血筋争いが見たいだけなのだけど。
……これはいわゆる、身から出た錆、だったりするのかな?