魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
認証名、『アークトルバラン』。
大地を踏みしめる足は鉱石と見紛うほどに分厚く硬く、その先端は爪痕と呼ぶには悍ましい溝を刻み付ける。青色の毛並みは「生物感」とでも呼ぶべきモノを失わせ、夜な夜な人を攫ってはどこかで食い散らかすという。
注目すべきはその神出鬼没さと、一説には無限とも謳われているその魔物の背負うザック。
かつては人混みの中にさえ出没したという記録もある上で、誰にも気付かれなかったとの記述も。体高がそれほど高くないせいか、異様な見た目をしているというのに人間に気付かれることなく人間を襲う。
あるいはナノマシン技術において真っ先に作り上げられた「ステルス機能」の被害者であり利用者──『ジェヴォーダンの魔物』と同じく、遥か昔の人間が魔物化した末の種であり、それが繁殖した稀有な例でもある。
「そんな魔物の討伐依頼、ねェ」
「……アンタにこの話を持ってくるのがどんだけ筋違いか、ってのはわかってる。つーか、アタシたちだけでなんとかできねーようじゃ、名折れも良い所だからな」
「よくわかっているじゃないか」
「ただ……今、『戒律機関』はかなりの人手不足でね。君がくれた情報から洗い出された『戒律機関』上層部の膿。そこから繋がる糸の排除。自浄作用を再機能させるには、切り捨てるべき人間が多すぎたんだぁ」
「己には全く関係のないことだねェ」
「……真実」
「君はもうちょっと喋った方が良いねェ」
要約すると、その魔物が……絶滅したと思われていた、絶滅にまで追い込んだはずの『アークトルバラン』が再度出没したとの情報が上がり、狩人、冒険者、なんて呼ばれている魔物駆除係の魔法使いたちでは対処できないその魔物に『戒律機関』が動くことになった、と。
ただ『戒律機関』も『戒律機関』で色々あって人海戦術が使えないため、「大人数による一斉捜索」と「由来の知られていない名付けのされた魔物の討伐」の双方を解決できる存在──つまり、己、しかも既に辞めた身である『執行者』たる己の方を頼りにきた、と。
うーん。
「一応聞いておこうか、エドウィン。被害状況は?」
「バルーガ・フィジクマギアの領島、ブラウナール・クリプトマギアムの領島、ベン・フィジクアズマの領地。この三つで出没が確認され、その全ての地における十五歳以下の子供の約六割がそれぞれ連れ去られている……『戒律機関』に報告が上がってきたのが四日前のこと。その時点ではバルーガ・フィジクマギアの領島でそれらしき影を見た、程度の情報を手に狩人らが精査している段階で」
「ああいいよ、子細な情報は。被害状況がそれで、しかも加速度的に広がっている。言いたいことはそれだけだろう?」
「……うん、相違ないよ、『執行者』」
もしかして、己が血筋争いを見る……見たいと思うその趣味をピンポイントに邪魔しにきている存在がいるのではないか、と思うほどのタイミング。
しかも被害は全部フィジクマギアと来れば、一見して血筋争いの一環に見えなくもない。ただ被害が大きすぎるし、『アークトルバラン』は己も絶滅を確認した魔物。ヒトから魔物に変異した種だから同じことが起きる可能性はゼロではないにせよ、天文学的な確率となるだろう。それを考えるよりかは──。
「……未来送り、か」
「なんか心当たりあんのか、『執行者』」
「現在、己でも手を焼いている組織が一つあってねェ。過激派はつい先日殲滅したのだけど、どうにも腑に落ちないことが多すぎる。そんな組織の使う技術……魔法の中に、"対象物を遥か先の未来へ送る"というものがある」
「まさか……掃討作戦の時か、それ以前に……『アークトルバラン』の内の一体が未来へ、つまり現代へ送られていた、ということかい~?」
「己と君、そしてあの頃のメンバーの全員が絶滅を確認した魔物だ。それが今になって現れる理由として、あまりにも尤もらしいだろう?」
正直「ほら、厄介なことになった」という思いでいっぱいだ。『DOUBLE SCISSORS』は無害だったから良かったけれど、
……まぁ
考えるべきは上述のこと。
どうしてフィジクマギア関連の地だけが被害に遭っているのか、だね。
学園内で起きている血筋争いが関係している……というのは思考の飛躍が過ぎる。まず連動する意味がわからないし、『アークトルバラン』は攫った魔法使いたちを食い散らかすから、血筋を奪うとかそういう次元の話に無い。
……フィジクマギアを滅ぼそうとしている、というのなら、理解は及ぶ……ような、及ばないような。
「んだよそのはた迷惑な組織は。これが終わったらぶっ潰してやんねェと」
「先日の聖護魔導学園占拠事件において主犯だった『
「……チッ」
正直無視したい。とても無視したい。
ただ……フィジクマギアが全滅する、というのは、己にとってもよくないことだ。そもそも己が『アークトルバラン』の絶滅に身を乗り出した理由の一つがそれ……人類では対処しきれない方向性の進化を遂げてしまったと判断したから。ナノマシン汚染によって魔物となったあれらを放置しているのは、ただ「その方がファンタジー感が出るから」でしかない。
人類の住処を脅かす魔物。人類に駆逐される魔物。そのどちらもが「魔法使いのいるファンタジー世界」にあまりにも合致していたから、前身文明の時点から邪魔者でしかなかった彼らをそのままにしたんだ。まぁそもそも食糧だったから、というのもあるけれど。
それを、そんな舞台装置の一種のようなものが人類を滅ぼしてしまう、というのは……いただけない。
子供は宝だ、みたいな言葉を吐くつもりはないのだけど、血筋争いを起こさせるならやっぱり子供は必要になる。
大人は言ってしまえば用済みの存在で、けれど子供を使って悪事を企んでくれる都合のいい生産装置、くらいにしか思っていないから……魔法大戦やらお家騒動やらでいくら死んだって構わないのだけど、子供だけを狙って殺しを続けているらしい『アークトルバラン』を見過ごせば、未来においてフィジクマギアが血筋争いの一切をしなくなる可能性も出てくる。お互いがお互いを守り合う貴族社会とか、何が面白いんだ。
天秤は……流石に、傾くかな。
「エドウィン、未来視は?」
「お……ということは、やる気になってくれたのかい~?」
「これを問うた時点で言うまでもないだろう。今回限りで、『執行者』に戻るよ」
「ありがたいねぇ。……ただ、未来視はダメだったよ。僕を含めて、数十人の
「連れ去られた後しか視ることができなかった。長期にわたって監視していても、突然子供が消えるところしか映らなかった。未来視でも意識できない……かな? まるっきり三百年前と同じだねェ」
「そういうことだよ~」
だから人海戦術が必要になったわけだし。
……ナノマシンによるステルス機能。あれはあくまでただ姿を透明にする……正確には視認やレーダーと言った、考えられる限りの視覚機器に対し、光や波が反対側へと通り抜ける、もしくは通り抜けた反応を返す、という仕組みをしていた。
これに汚染された人間が魔物となったのが『アークトルバラン』であり、だからこそ『アークトルバラン』は現在の魔法世界に対してメタを張ることができる。魔法使いによる察知や感知では『アークトルバラン』の姿を捉えることができないのだ。全部ナノマシン技術だから。
ただし、
三百年前、今回と同じように
なんと『アークトルバラン』はその繁殖サイクルの過程で独自の進化を遂げていて、まるで
意図的かそうでないかはわからないけれど、
というわけで、やっぱり被害地を人海戦術……大人数で囲んで殲滅する、という手法でしか討滅できなくなった『アークトルバラン』。けれど今回はそれができないとあらば。
「あー……アタシは生まれてねェ時代の話だから、わかんねェんだけどよ。お前らどうやって『アークトルバラン』の絶滅を確認したんだ? 意識できねェんだろ?」
「意識から外されているものだけを視る魔法、というものも存在しているのさ、クロエ・ザンクトサリス」
「じゃあソイツと
「それが、無理なんだよねぇ。僕達
「その未来視が故に、厄介事且つ他家の話だとわかっているこの件を前に現れるわけがない。……己は一人だけ所在を知っているけれど、彼女は今この星の反対側の海原でその日暮らしの生活をしているよ」
そういう意味ではグリーフィーに頼るのも手ではある……けど、嫌がるだろうねェ。
なんせ彼女が活躍してしまえば、彼女を勘当したことになっている本来のウォルチュグリファの声が小さくなる。
……生徒E、イズ・アドクロスがああもの暴挙に出ることができたのは、彼の予知能力があまりにも低かったから、なんだよねェ。
「今己の中にある手段は二つ」
「被害の少ない方でお願いするよ~」
「量と質なら?」
「量の少ない方だねぇ」
「じゃあ、地図上から島を一つ消すことになる。後処理は任せるよ、エドウィン・ハルスマクリア」
「うひゃあ、タスクが増える増える……」
……そういえば、ハルスマクリアは……違うアプローチでヒールクラウンと同じような魔法を手に入れた家だけど。
彼らの間に蟠りが無いのなら、『
というわけで、被害に遭った島と土地に最も近い島を買い取った。『戒律機関』が。
土地の少ないこの星だ。当然そこも貴族の領島だった……けれど、その辺りのネゴシエーションは『戒律機関』の仕事なので己は特に内容を聞いていない。わかるのは現在目の前の島に人が一人もいない、ということだけ。
……なんだけど。
「はぁ……今からでも帰る気とか、無いかい、ディアナ・ネクロクラウン、ビアンカ・フィジクマギア」
「帰りませんよぉ。わたしが学園へ通っているのは、わたしの命が狙われていて、それを『せぇんぱぃ』に守ってもらうため。その『せぇんぱぃ』が学園を休むというのなら、ついていくに決まっているじゃないですかぁ」
「そしてその監視役があたしで……。イーリシャちゃんから、"身内のこともあるのでしょうが、あの二人から目を離さないようお願いいたします"なんて頭まで下げられちゃったら……ねぇ? それに今回の事件、被害はあたしの子供達みたいだし……」
己一人の方が楽だったんだけどねェ。
あと……いや無いとは思うんだけど、エンジェとの時間を削ってまで行うこの休暇申請にこの二人を連れていく、というのが……どうなのだろう、彼女はどういう思いで己を見送ったのだろう、とか、色々考えてしまうよ。
嫉妬、という感情……エンジェにあるのかな。
「……言っておくけれど、今から行うことは外道も外道のトラップだよ。ディアナ・ネクロクラウンはともかく、ビアンカ・フィジクマギアは……」
「いちいち長いので、アナ、カナビでいいですよぉ~。……それと、ビアンカちゃんは『せぇんぱぃ』が思っているより純情じゃないですよぉ?」
「そ、その言い方は含みがある気がするけど……うん。『愚者』さんがやる外道なんて今更が過ぎるし、そもそも今回は人々のため、なんだよね? だったら……その手段がどれほど劣悪でも、大丈夫です」
「ふぅん。……己のことを幽霊と呼んで怯えていた君はもういないわけだ」
「もう、それ、最初の邂逅の時だけじゃないですか! いつまで引き摺ってるんですか!!」
人間、第一印象こそが全て、だからねェ。
「……じゃあ、始めるけれど。余計な口出しをしてきたな、と思ったら……そうだね、最近発生した『ココダトレイルの大蜘蛛』という魔物の腹の中に詰め込ませてもらうよ」
「あー……報告に上がってた、消化機能を有さないヘンな魔物……でしたっけ」
「粘性の高い糸がこれでもかというほどに詰め込まれた場所に、こぉんないたいけな少女二人を詰め込むんですかぁ? 『せぇんぱぃ』って、そういう趣味が……と、とと。冗談、冗談ですよぉ~。今のは余計な口出しじゃなくて、ジョークじゃないですかぁ~」
「はぁ……己は有言実行型だというのを忘れないように。──それじゃ、創り変えるよ」
赤雷が走る。
少なくないコストを支払い、島に対して行う改変は……
「っ!?」
「……やっぱり、白スーツさんはできるんですねぇ~」
現れたるは五百七十人の
今この島はターゲットとなったフィジクマギアの系譜、その子供らの巣窟となった。
「……泣き声が」
「気にすることはない。あれらは子供の姿をしていて、子供らしい振る舞いを見せる肉人形だ。発露しているように見える感情も、そうセッティングされたからやっていることに過ぎない。……尤もそれを見抜けるのは作った己だけだけど」
「う……」
遠く離れた場所からでも聞こえてくる泣き声、喚き声。そして母親や父親を探す声。
あからさまに気分の悪そうな顔になった始祖Bは……しかし、目を離さない。……始祖の少女らの精神は変調しない。成長というものができない構造になっている。
だからこれは、強い強い意地。彼女は今でも幽霊が怖いだろうし、非道を許すことはできないはずだ。
それでも、必要なことだと割り切る……割り切ろうと頑張っている、というところかな。
「『アークトルバラン』に連れ去られた魔法使いの生存率はぁ~?」
「ゼロ。彼ら彼女らは既に死している。食い尽くされている。己は死した子供達の複製をこの島に配置したに過ぎない。──ただし」
一人、二人、三人四人。
島の中から子供達が姿を消していく。
「その複製は真と全く同一のものであり、『アークトルバラン』が選り好みをして連れ去るだけの価値のあった少年少女だ」
「つまりぃ~、極上の餌、ということですねぇ~?」
「ああ」
魔物の食事嗜好なんて知らないけれど、『アークトルバラン』は被害に遭った三つの地域の子供を「全員」でも「手当たり次第」でもなく、選んで攫っていっている。加速度的に被害者は増えたけれど、数がいるなら一日で全員持っていかれていてもおかしくはなかった。
つまるところ、少数の個体が自らの好みに合致した子供をそれぞれ攫い続けている状況にある、というわけだ。
少数……いや、恐らくは二体か三体だろう。無条件に無抵抗に対象を攫い得る状態で、五百七十人しか攫えていない、ということは、数もいなければそこまで空腹でもないということ。
魔物は成長すればするほど食事量も増えていくものだから、被害状況から考えられる『アークトルバラン』は成体が二匹と幼体が一匹程度であると見ている。
あとは観察するだけだ。
あの魔物が一度に攫えるのは一人まで。だから、全く同時に消える子供が三人を超えたら……少し多く見積もって四人を超えたら、既に未来送りに遭った『アークトルバラン』の全てがこの島に来ていると見て問題ない。
そうなれば。
「──四人同時の消失を確認した。少し身構えているといいよ、二人とも。──創り変えるよ」
またも赤雷が走る。
ただし今度は、超広範囲に。
今更異変を察知しても遅い。既にこの島は外界から隔離されている。
ナノマシン耐性がどれほどあっても関係ない。これは
消す。
世界を改変する。この星からあの島を消し去る。無かったことにするのではなく、無いことになる。
島も、子供も、『アークトルバラン』も、そこにあったナノマシンも。
「きゃー」
「危ない!」
身構えているといいよ、と言ったのをちゃんと聞いていたようだね、始祖Bは。始祖Dの方はなんとかなる、とでも思っていたのかな。
ならないさ。
これほどの量のナノマシンが消えたんだ、流入するナノマシンの奔流は……通常の人間が耐えられる威力じゃない。これだけで
身体が持っていかれそうになった始祖Dを掴む始祖B。彼女自身は……おや。
「大気中の魔力を蹴っているのかい? それ、君達がイレイアに探らせていた己の技術の一つだろう」
「ヒントを、聞いたので! できるようになるまで、頑張りました! ただできれば、今はそんな雑談とかナシで!!」
へえ。凄いな、素直に称賛するよ。
それは己の「魔力を用いずに魔力に干渉する技術」とほぼ同等だ。
……精神は変調せずとも、技術は積み重ねられる。研鑽できる。……いやはやなんとも、人間というのは。
「まぁこの後
「へ──」
流入したナノマシンがぶつかり合い、拡散し……故に蹴っている方向への流れが発生し。
「きゃ──!?」
「あーれー」
始祖二人は、遥か彼方へと飛んでいった。
始祖Dに緊張感がないのは……ま、さっきので吸い込まれようが今回ので吹き飛ばされようが、本当のところでは本当に「なんとかなるから」だろうね。
……さて、
普通に消耗が激しいから、『戒律機関』から報酬をたんまりふんだくってやろうと思う。
あとは、ついでに……意図してフィジクマギアが狙われたのかどうか、についても調べるか。
こっちは己が関与することではないのだけど、ついで、だからねェ。