魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
ぽん、と。
頭に手を置かれる。
それで、目が覚めた。
「……めっずらしいこともあるものね。アンタってうたた寝とかするんだ」
「ん……ああ、エンジェか。……少し疲れていてね」
「疲れるとかいう概念、あるんですね、一応」
そりゃあ、己はヒトではないけれど、一応生物の括りにあるからね。
コストを消費したのなら疲れもするさ。
「なにか悩み事?」
「今日はいつにも増して唐突だね。そしておかしな問いだ。己に悩みがあるように見えるのかい?」
「"やろうと思えばなんだってできるけど、やるかどうかが悩みどころで疲れてる"……って風に見えるわ」
「……大正解だよ、エンジェ」
その「見抜く目」。本当に……生命の次元階位が上がっているだけ、なのかな。
「ただこれは……君達では関われない話なんだ」
「なんでよ。というかとりあえず言いなさいよ。その上で何かしら手伝うとかじゃダメなワケ?」
「私も、ですか。私は一応色々なしがらみから離れた位置にいると思っていますが、一応」
「エレメントリーでもデルメルサリスでもない、フィジクマギアの問題に首を突っ込めるのかい、君達は」
問えば、途端にバツの悪そうな顔をするエンジェとスヴェナ。
だろうね。
エンジェの掲げる「いずれ魔王に」という思いを考えれば踏み入っても構わない話に見えるけれど、彼女は未だ「次期当主」でしかない。彼女のやらかしでとばっちりを受けるのは彼女の家族だ。未だ全責任を負える立場ではないというのは、今の彼女の大きく重い足枷となっている。
加えてスヴェナも、デルメルサリスに迷惑をかけたくない……という思いはゼロにしても、他家のごたごたに首を突っ込む面倒臭さはエンジェ以上に知っている。
「待ちなさい、なんでアンタがフィジクマギアのことで悩んでるのよ。貴族の話なんか関係ないでしょ」
「そう、一切関係のない己しか首を突っ込めない話、ということだ」
「う……」
少々……どころじゃなく、かなり面倒な問題が根差しているらしいフィジクマギアの事情。それは己の見たかった血筋争いも含まれているのだけど、それ以外の部分がデメリット過ぎる。
だから介入しておきたい所存……でありつつも、それじゃあ結局養殖と変わらないじゃないか、と思う己もいて。
あくまで人間同士の話だ。驚くことにコルリウムも関わっていない……正確にいうと直接的には関わっていない話だったから、どうしようかなぁ、と。
「……関わるかどうかは別として、話だけでも、っていうのも無理なワケ?」
「じゃあ聞くけどね、エンジェ。君、たとえ他家の話であっても、詳細まで聞いてしまった厄介事を気にせずにいられる
「無理ですね、一応」
「……無理ね」
無理だ。エンジェはどうにかして関わろうとする。
それが自らの、ひいてはエレメントリーの破滅の足掛けになるかもしれないとしても……あるいは違法な手段を使ってまで行うだろう。
話を聞くだけに終わらせる、なんて。エンジェには無理無理。
「『先輩さん』、ちょっといいですか」
「ああ、いいよカナビ。……じゃあ、すまないね、二人とも。心配してくれてありがとう。少し行ってくるよ」
「ちゃんと休憩とかしなさいよ。アンタが疲れるってことは、余程とんでもないことをした後だ、ってことだろうし……身体を労わりなさい」
「実際どうなんですか、一応。疲労が嵩んだ状態なら殺されたりするんですか、『一応平民の人』」
「とりあえず君には無理だねェ。君が
「……ですから、一応です。お気を付けて」
「うん」
力を込めて立ち上がる。
損耗率は七割を超過している。これは早いところ補給したいねェ。
「ホントに大丈夫なワケ?」
「使っていないだけの緊急手段ならいくらでもあるから、問題ないよ」
さて……どうしようかねぇ……。
歩きながら話す。無論、声はどこにも漏れていかない。当然の顔をして合流した始祖Dによって意識操作の結界が作られているから。
「それで、まずは第一評価を聞こうか、カナビ」
「あれらが素であるのなら、あたしの手で処断するくらいには……おかしくなってる。けど、どうにもそうは思えない。だからアナちゃんに協力してもらって、聖護魔導学園に在籍しているフィジクマギアの系譜全員の薬物反応を診てもらいました。その結果は」
「陽性も陽性ぃ~。視野狭窄を起こす興奮剤みたいなものが体内に残留してましたぁ。……ただ、アッシュクラウンの子が犯人であるとは思えない……というか、学園にいるネクロクラウンの分家が犯人だとは思えないというのが、贔屓目なしのわたしからの評価ですねぇ」
「つまり、外部からフィジクマギアの系譜を狂乱に陥れようとしている何者かがいる、と」
「結論としてはそうです」
ふむ。……ま、辿り着かないか。
下手人は最上級生Cだからね。己が渡したアーティファクトだけかと思いきや、調薬師にまで伝手があるとは驚きだった。ま、誰か、というのは大体わかっているけれど。投薬量の相談をされたので色々返してはいたし、今までは痕跡の一切が見つからないように立ち回っていたようだけど……まさかここに始祖がいるとは思わないよねェ。
あとはどちらが先に気付くかの勝負、だね。
「あたしからは以上です。『先輩さん』の方はどうでしたか?」
「……結論から言うと、フィジクマギアの系譜の中で、
「えー? どういうことですかぁ?」
「……」
「その沈黙は、少しは知っていた、というところかな。そして、言葉の通りだよ。フィジクマギアの一部分家が同盟を組み、内部からフィジクマギア全体を破壊しようと目論んでいる。先日の『アークトルバラン』の件も、少しばかり過去を漁ったら……瀕死且つ休眠状態にあった『アークトルバラン』を捕獲し、その傷を癒すと同時にフィジクマギアの血の味を覚えさせて、わざと襲わせた、と出てきたよ。ま、想定以上の強さだったから、すぐに制御できなくなって……彼らの同盟傘下の領地が襲われる、という事態になっていたようだけど」
多分コルリウムの手下らの使う「未来送りの装置」も、そうポンポンと使えるものじゃないんだろう。
どうしても殺せない時の最終手段がアレ。だから『アークトルバラン』は瀕死だったし、この時代にそう多くの魔物や機構が送られてきていない。苦肉の策だということが知れたのは大きいね。
「還帰派、と言います。千年くらい前に出てきた集団で……言い分は、"
「ヘンなの~。自分から貴族位を捨てようとしてるってことぉ?」
「いえ、貴族位はそのままに、です。というかこの主張自体建前で、本音は"他家の雑用ばかりやらされているのが気に食わない"だと思います。実際フィジクマギアは魔法抵抗の高い魔物駆除や悪事を為す魔法使いの征伐、魔核の排除……と、他家の魔法使いでは成し得ない、あるいは難しい物事を請け負い、命を張る状況。自分たちも同じ貴族であるというのに自分たちだけが奴隷のように働かされていると……彼らはそう喚いていました」
そんな還帰派のフィジクマギアは、こう考えたのだ。
「フィジクマギアは増え過ぎた。高貴なる血……本家と数個の分家の血だけを残し、他は全て排除してしまおう、……と。そう主張しているようだねェ」
「はい。……何よりも悍ましいことは、彼らの心にあたしへの敬意が存在すること。本家と数個の分家に対してはしっかりと魔法使いである、と捉えているためか、あたし達には残ってもらって、他の有象無象を……自分たちを含めた薄まった血をこの世から消し去ろうとしているようです」
「ん~、意味わかんないかもぉ」
「彼らの望みは"貴重になる"こと。先細りし過ぎて最早平民と変わらない生活をしているエレメントリーを見て、そうはなりたくないと……貴族の地位は捨てたくないと、不満と保身が綯い交ぜになっているのが還帰派というものです」
そうらしい。己も
人間とはこうだったかな、と考えもした。けど、保身が入っているあたりが多少は人間らしい。でもそれだと君達の大多数が死ぬよね、というツッコミは、結局「自分たちは除外される」というバイアスから見なかったことにしているのだと思われる。
もう勝手にしてくれ、とは思ったけれど、フィジクマギアが全滅する結果は望ましくない。
ちなみに聖護魔導学園で血筋争いをしている家のほとんどは還帰派に入っておらず、だからやっぱりこの件は連動などしていなかった、とわかる。
どちらも原因が新旧の『
「正直な話をするとね、カナビ。還帰派に入っている魔法使いの人数は、君の把握している数をゆうに超える。その人数の意識をまとめて改革するとなると……できなくはないけど、あんまりやりたくない、という結論になる」
「元から『先輩さん』の手を借りるつもりはありません……と言いたいところですけど、その結果が『アークトルバラン』の事件、ですもんね……」
「ああ。君が甘かったから……見逃していたから起きた事件だよ、これは」
千年前に現れた時点で叩き潰しておけば、なんて。
そんな未来を考えられたとは思っていないけれど。
高貴なる血を残したいという考えも、雑用をさせられていることが気に食わないという考えも、自然だ。
むしろその根底にある血の思想とでも呼ぶべきもの……始祖ら少女らが平等の名のもとに生まれた子供たちであった、ということを考えれば、貴族社会であるにもかかわらず……嫌だからこそ起きたこの「おかしな狂信」にも納得がいく。
全滅は困る。全滅しないにしても、純度の高い還帰派と本家だけが残る、というのも困る。これは血筋争いの一環ではあるのだけど、下手人が自ら血を減らしにかかるとは思っていなかったので、それも困る。
結果として、大きな消耗をしたにもかかわらず……得られたものがどう扱うべきか悩ましいもの、というのが、己に疲弊を与えている。
「それで、どうするのカナビちゃんー。聖護魔導学園内部で起きている薬物によるフィジクマギアの暴走とぉ、聖護魔導学園以外で起きている還帰派の対処。どっちを対応するのぉ?」
「……あたしは」
「こんなの『せぇんぱぃ』に頼る話でもないし、そもそもわたしたちが『せぇんぱぃ』に頼ってきたことなんてないし、でもカナビちゃんは一人しかいないし~」
実際そうなのだ。
これは始祖らが対応すべきこと。これでもしコルリウムが関わっていたのなら己は手を貸していただろうけれど、少なくとも還帰派に関しては己の干渉外。学園内のことについては……まぁ、多少どころではなく己が手を加えているので本当のところで「実際そうなのだ。」なんて言うことはできないけれど、それでも踏み切ったのは最上級生Cで、下地を作ったのは『
……そしてこれほどまでに困っている者がいたのならば。
「ねぇ、カナビちゃぁん。──取引、しなぁい?」
悪辣な笑みを浮かべる者が、始祖Dという存在である。
というわけで。
「エンジェちゃん、シャニアちゃん、スヴェナちゃん、アリスちゃん、ケニスちゃん。改めて初めましてぇ。特別体験入学生のアナ・ネクログレイブって言いますぅ」
「敬称がおかしくねぇ? 別に気にしねえけどさ」
「初めまして、アナさん。ネクログレイブのご当主とは何度か会ったことがありますが、あなたのような可愛らしい御令嬢がいたとは知りませんでした」
「ああ、パパは結婚したことも数年間周囲に隠してたくらいの秘密主義者なのでぇ」
「なるほど、確かに話していてそういう感覚を覚えたことはありますね。……疑いから入って申し訳ありません。シャニア・デルメルサリスです。よろしくお願いいたします」
「エンジェ・エレメントリーよ。どう考えても私の方が年上だけど、そう呼ばれてあげる」
「アリスの方が年上ですけど! お姉さまが良いなら良いです!」
「……一応、初めまして。……。……本当に一応」
挨拶を交わす少年少女ら。
いやはや、あの虫の好きそうなボーイミーツガールというか、青春だねェ。
「じゃあ挨拶はこれくらいにして……『せぇんぱぃ』、この人たちには全部言っちゃっていいんですよねぇ?」
「ああ、構わないよ。ただ、関わるかどうかは彼女ら次第だ」
「わかってますよぉ、そういう強制はしませんからぁ」
そうして、今聖護魔導学園で起きている薬物事件についてを話す始祖D……アナ。
取引があったのだ。
つまり、聖護魔導学園内部のことは始祖Dがどうにかするから、始祖Bには一旦外へ目を向けてもらいたい、と。
……始祖Eからの依頼で「始祖Dから目を離さない」ことを請け負っていた始祖Bは悩みに悩んでいたけれど、此度の『アークトルバラン』に類する事件がまた起きてはいけないと……子供が犠牲になることは良くないと、渋々ながらに承諾。
そして、始祖Dはこの件に関わる代わりに、「此度の件で死したフィジクマギアの遺体の一部」の要求をした。あまりにも隠す気のないその要求を、あろうことか始祖Bは承諾し……今に至る。
「また薬物……もしかして、『ジェヴォーダンの魔物』の時に魔物化薬を作ったヤツと同じ?」
「心当たり、あるんですかぁ?」
「あるけど、これに関してはアリスの方が詳しいでしょ」
「え。……い、いやぁ、その、アリスは下っ端といいますか……あの時は家からの命令で動いていただけなので、実はなぁんにも知らないと言いますか。あ、でもネクロクラウンの分家の誰かだとは思いますよ。魔力の使い方がドクラバ先生に似ていたので」
豪胆なものだ。目の前にその分家が、あるいは始祖がいるというのに。
ま、ドクラバや教師Dに始まって、少女A'の目に映ってきた
「ふむぅ。その魔物化薬って、サンプルはありますかぁ? わたしもネクロクラウンの分家の一人なのでぇ、成分分析から構築式を割り出してぇ、どこの分家がやっているのか、まで突き止められるかもしれないですぅ」
「それは本当かいぃ~? この僕でも突き止められなかったのに、君にはできるのかいぃ~?」
「あれ……アッシュクラウン先生じゃないですかぁ♪ 少年少女の会話を盗み聞きですかぁ?」
「わざわざ結界まで張って、何かとんでもない話をしていると……ある人からのリークがあってねぇ~? 僕としては、というか教師としては、学園内部の厄介事に生徒だけが関わるというのは見過ごせないしぃ~、何より未だ裁かれていないネクロクラウンの分家の誰かがまた関わっているとなると、最悪の場合も考えられちゃうからねぇ~」
最悪の場合。
つまり、ハメられたフィジクマギアと何も知らないネクロクラウンの戦争、か。まぁ、確かにね。
さらにはエレメントリーまで参戦してくる可能性もある。聖護魔導学園の信用問題という点で、クライムドールが手を貸すかもしれない。
そうなったら……始まりかねないね、確かに。
「早期解決が望ましく、君達初学生には縛りも多い。どうかなぁ~、この件、僕に任せて、君達は何も聞かなかったことに、というのはぁ~」
「魔物化薬の分析もできないのに、ですかぁ? アッシュクラウン先生」
「その言い方だと、突き止められるかもしれない、どころじゃなく、突き止められる絶対の自信がある、というように聞こえるよぉ~?」
「じゃあ言い切りますけどぉ、ありますよぅ。魔法を使ってつくられた薬なら、わたしは全て見抜き得ますよぉ」
突然始まったネクロクラウン同士のバチバチについていけていない周囲を置き去りに、二人はまだまだ続ける。
「言うねぇ~。ネクログレイブは死霊術の家だろぅ~? 薬についてそんなに詳しいのかいぃ~?」
「そんなものは生まれてすぐに極めちゃいましたからぁ、わたしの半生は知識の収集に使っていますよぉ」
嘘ではないね。だって始祖は始祖になった時点でその魔法を完璧に極めているのだから。
「……
「? 何がですかぁ?」
「そういうことなら構わないよぉ~。調査も好きにやると良い。僕らは僕らで動くけれど、学園内で調べたい場所で、立ち入りの許可が必要な場所があったら僕に言うと良いよぉ」
上体を机に倒したままそのやり取りをみて、少しだけ笑う。
始祖D、彼は君が認めた天才なんだよ。行動力の権化で、推測と憶測の化け物。嘘を吐かなければ全て辿り着かれてしまう傑物。
これはもうバレたね。そして……カナビの正体にもアタリをつけたことだろう。
「それじゃあ、僕は行くからねぇ~。……けど、面白いこともあるものだねぇ~。君
なんて言って。
ドクラバは手をひらひらさせながら、去っていった。
「……? アッシュクラウン先生って、いつもあんな感じなんですかぁ?」
「概ねそうね。でも賢い人だし、知識量もとんでもないから……頼りになる先生よ」
「普通につえーしな、あの先生。前にドリューズ先生の夢幻で戦わせてもらったことがあるけど、文字通り手も足も出せずに終わったよ」
「アリスもです。正面突破も搦め手も行けるオールラウンダーな先生で、アリスは結構尊敬してます。疑似的な爆発も使えますし!」
「いえ、アッシュクラウン先生の"性能"はわかっているんですけどぉ、性格の方は」
「だから、概ねそう、なのよ。掴みどころはないし、話の途中で何かを察して帰っちゃう。多分途中まで話したら、そこから先の……話の終着点までが読めるんだと思う。なんで学園で教師やってるのかって思うくらいには凄い人なのよ」
それは、そういえば確かに。
彼、どうして聖護魔導学園にいるんだろう。その善性はわかったけど、教職である意味あるのかな。
「……ふぅん。ま、許可も得られたことですしぃ、早速調査にいきましょぉ! サンプルの薬の入手と、今出回っている薬物の入手、あわよくば出所まで探したいですねぇ」
「こういうの経験あんのか? めちゃくちゃ手慣れてるように見えるが」
「いえいえ~、むしろ初めてというか、調査される側が多かったといいますかぁ。だからとってもわくわくしてますよぉ」
あれだね。
犯人は探偵の心がわかる──みたいな。
あとは苦虫を噛み潰したような目で君を見ているスヴェナに寝首を掻かれないようにしたら完璧だと思うよ。
「じゃあ、頑張ってくれたまえ。今回己は休息するよ」
「あー、なんかめちゃくちゃ疲れてるもんな、お前。いいよいいよ、いつも働き過ぎだし。今回は俺達に任せろ」
「先に言われちゃったけど、そうね。これは家同士の諍いじゃなくて学園の危機の一つだし。アンタはそこで突っ伏してなさい」
「本当につらい場合は医療室に連れていきますが……」
「本当につらくなったら己で行くから問題ないよ」
……お言葉に甘えて。
肉体はここで寝かせて、消耗したコストの回収にでも行こうかな、己は。