魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
普段見る事のない樹海の裏面──正確にいえばただの側面──に背を向けて、広々とある星海を眺める。
星を出たのは久方振りだ。ここまでの消耗は最近なかったから。
「ああ、わかったわかった。もう何十億年といるんだから、もう少し待つことを覚えてほしいものだね」
いつか述べたように、己は集合体である。あるいはアイメリア・フリスもそうだし、星海を漂う他の「寄生生物」もそうだ。
基本的に自我の強い個体がそれ以外を牽引し、特に争いを起こすことなく好きな時に好きに分裂して各々が好きなことをする。最終目標が合致している……というかそうすることが己達の本能であるために、たとえその分裂でこちらの集合体が弱体化したとしても問題はないし、分裂体が分裂前の集合体を凌駕したとしても願ったり叶ったり。要望があるならそれに付き合ってあげることも吝かではないし、邪険に思われるのならその星を出ていく。
まぁアイメリアは飽き性だから、アイメリア・フリスの戯れに一時力を貸したあと、すぐに彼を捨てて飛び去ったようだけど。
それと同じように。
己もまた、アイメリアと根源を同じくする集合体寄生生物であるために……分裂をすることがある。
集合体の中の一意識の増大。己が己に無い感性を以て対象を創り変えることができるのはそれら意識の力であり、対象改変を行うたびに意識は増大を繰り返す。
つまるところ──。
「よ、っと!」
ぽん、なんて軽い音を立てて、少なくとも他生物には不可視だろうソレが己から排出される。
己が出すことのない軽い口調。己がすることのない模索を経たのち、ソレが自己境界を形成し、カタチを持ち──。
「いやー……なんか悪いな」
「そう思うのなら、出せ出せと暴れないでほしかったよ。己があの場でヒトの形を保つのにどれだけ苦労をしたか」
「だから悪いな、って。あーあー。声ってこれでいいんだよな? 他の惑星、他の生物。それらはこれで会話してる……よな?」
「知識記憶を持ち出し忘れたのかい? ほら、これ」
「お、サンキュー! ……おーし同期完了! いやぁ、分裂なんて初めてのことだから、他の奴より手際よくいかねんだわ」
「君は基本己の分裂時には興味が無いとばかりに意識休眠をしていたからねェ。……今休眠をしている他の意識にも刺している言葉だけど。本来ならこんな別れの挨拶なんてせずに勝手に分裂して勝手にどこかへ行くものなんだよ?」
「だから悪かったて。怒んなよサークレイス。……と、そうか。ついでだし、今ここで俺の名付けしてくれよ。一応母体になるだろ、お前が」
これが分裂。
いや、本来は今述べたようにもっと簡素なものだけど、この自我は……最近の話で言うと、スヴェナの容姿や外へ翻訳される音声の造形を担当した自我だ。つまり相当クセがあるという話。そして彼が分裂を選んだ理由でもそこにある。
「
「おー、いいよいいよ、それで。んじゃ、次会うのは……いつになるかわかんねーけど、『星海を我々で満たすまで』」
「はいはい。『星海を我々で満たすまで』」
それだけ告げて、この自我……新生、アイリポデパルは樹殻世界を去っていった。
彼が己から分裂した理由はただ一つ。
──ショタロリ殺し、あんましたくねーんだけど!
だそうで。
彼を抑えていた分の力を解放すれば……疲弊など綺麗さっぱりなくなる。まぁ損耗はしているので補充は必要なのだけど、エンジェに心配されるほどの疲弊はもう見せなくなるだろう。
あとは。
「いただきます」
ま、所有権など存在しないから、これは己がやりたくてやっていることなのだけど。
星海を漂う己達は、その航行の際に欠片程度の自我無き細胞片を残すもの。
そこから強い自我を獲得する個体もいれば、何億年と彷徨ったままの個体もいる。今回己が補充に使うのは後者だ。
己がこの星に来た時に産み落とした意識。あとはアイメリアが着弾した時にばら撒いた意識も回収し……アイメリア式、ならびに他の個体式になっている「在り方」を己式……言うなればサークレイス式に変更。それを補充とする。
「……大丈夫だとは思うけれど、心配だねェ。門出の時にまでそれを残す必要はないと、己達は知っているはずなのに」
アイリポデパルが去っていった方を見れば、彼が残した意識がポツポツと。
基本己もアイメリアも「己が趣味に生きる」ことを大前提としていて、それ以外のことは眼中にない。寄生生物としての本能は有しているけれど、それはそれこれはこれ。
だとしても基礎知識が損なわれることはない……はずなのだけど、アイリポデパルはどうにもこう……ポンコツ感が。
ま、彼が上手くやれるかやれないかは己の観測外。とはいえ、最後に彼が語っていた夢……「その惑星の生物は成体となって尚姿形は子供のまま、が望ましい! いやそうする!」が実現することを細やかながらに祈っているよ。
己はそっち方面、本当に興味が無いからねェ。
調査隊、と。
特に名付けの為されることなく結成されたメンバー。
これら六名を以て、現在聖護魔導学園にて起こっている違法薬物所持及び使用に関する調査と、その薬物の出所に関する調査を行うものとする。
「それじゃぁ、アリスちゃん。あなたの思い出の中にある、ネクロクラウンの分家らしき魔法使い。曖昧でもなんでもいいのでぇ、思い浮かべてみてぇ?」
「わ、わかりました!」
アリスの額にアナの手が翳される。
だからこういう「生者の意識に干渉する」ようなことは苦手であるはずなのだけど、
ぼんやりとしたアリスの記憶。それは当該のネクロクラウンの分家の青年が意識操作の魔法を使っていたが故であり、彼女の記憶力に依る話ではない。意図して覚えていられなくさせられている記憶だ。
それをアナは読み解いていく。靄のかかったような姿は、しかし意識分散によって散らされているだけ。人間の記憶に関してを弄るのならば、もっと強い照射か長期間の洗脳がなければ可能とはならない。アナはそれを知っている。故にこれは、ただ思い出し難くされているだけのもの。
散らされた意識を集め、元の形に戻し、その姿をアリスに取り戻させると共に、アナもまた読み取る。
ただしアリスが思い出した情報以上のことを彼女が読んでいる。
ネクロクラウンの分家。その全てはアナがデザインした実験生命体だ。
肌の色、瞳の色などの特徴的なものだけではなく、歯の並びや爪の形といった、「個人差が出て当然であるもの」からさえも情報を読み取ることができる。
結果。
「
「……わかった、ってこと?」
「とりあえず薬を作った調薬師の家は、ですけどねぇ。ついでに、サンプルは貰えなかったものの、アリスちゃんの記憶からその薬の構築式も割り出せましたねぇ。今フィジクマギアに使われている興奮剤と構築式が酷似しているのでぇ、まぁ、まず間違いなく同一人物による設計薬でしょうねぇ」
ここまでを読み取ることが可能、と。
なお、これをすることができなかったドクラバ・アッシュクラウンを責めるべきではない。他者の記憶にかかったプロテクトを解除し、その記憶が無意識程度にしか捉えていなかったものを多角的に分析したのち、膨大な記憶データベースから該当する構築式とデザインを重ね合わせる、なんて行為はアナ……ディアナ・ネクロクラウンにしか行えないことだ。
ドクラバ・アッシュクラウンの天才性は損なわれていない。だから落ち込まないでほしいなぁー、なんて独り言ちる始祖。
白スーツさん、あるいは『愚者』さん。アナが再現したいあの生物に認められた天才性は、そう簡単に損なわれていいものではないと彼女も考えるからだ。
「申し訳ありません、アナさん。私の記憶が正しければ、
「おやぁ? よく知っていますねぇ、シャニアちゃん。そうですよぉ、クロノミコナはつい……一年程前? くらいに領地、及び家自体の維持ができなくなって、取り壊しとなった家ですよぉ。ただあそこには三人息子がいたのでぇ、この薬を作ったのはその次男……ダルク・クロノミコナでしょうねぇ」
「どうして末弟、長男ではないと言い切れるのですか?」
「ダルクちゃんが全員殺したからですよぉ。兄弟も、家族も、使用人たちも。……そもそも家が維持できなくなったこと自体、あの子の仕業ですからねぇ」
だから、できればそのまま続いてほしかった、というのが彼女の本音であるけれど、同時に喜ばしくも思っている。
なんせそのダルク・クロノミコナは、使い魔を通して見た限り……ドクラバ・アッシュクラウンと同じく、「その家の完成形」であるように見えたから。
であれば他の魔法使いなど塵芥。
……尤も、どれほど完成形を集めたって白スーツさんは作れないとわかっちゃったけどぉ、なんて……自嘲気味に嗤うアナ。
「そいつがなんで
「それについてはなんともぉ。ただ……構築式から読み取れる感情を視るに、どうにも"野心を持つ魔法使い"というものに対して並々ならぬ思いがあるみたいですねぇ」
「やってることは最悪だが、やろうとしてることは大義のあるモン、ってことか?」
「ケニスちゃん、どうしてそう思ったんですかぁ?」
「いや……なんとなくだがよ、前の事件も今回の事件も、割を食うのはそういう"野心を持った魔法使い"だろ? 『ジェヴォーダンの魔物』になっちまったエレメントリーの分家。今回の件だって、学園の中でいくら暴走しようが、最終決定権が始祖にある以上……どう考えたってリスクリターンが見合わねえ。そういうのを扇動して……やり方はほんっとうに最悪だとは思うけどよ、なんとなく"膿を出そうとしている"って風に感じるんだわ」
ほう、とディアナは心の中で嘆息する。
エンジェ・エレメントリーとスヴェナ・デルメルグロウに関しては『愚者』からの忠告を……そして彼からの期待を向けられていたから、注意を払っていた。
けれど、こんな。
こんな……特筆すべき才能も無い、ディアナをして
そして、
違うのだと。これは変質に依るものだと。
彼が今覚えた「なんとなく」は、融合させられた魔物の魂がさせる偽の直観。偽といっても間違っているわけではない。いわば嗅覚に等しいものだ。
やっぱりコルリウムさんの置き土産には、まだまだ何かありそう♪ ……なんて感想を抱きつつ、彼女は彼を肯定する。
「多分正しいと思いますよぉ。ダルクちゃんはそういう思想を持っている……けど、ケニスちゃんの言う通り、やり方がダメダメだから、結果的に人類の敵となる。快楽殺人者ではなく、本人的には魔法世界の救世主。そんな感じでしょうねぇ」
「……
「そう、ですね。多分それが正しいのでしょう。……誰にも導いてもらえなかったが故の歪み。それは悲しいことです」
「
少し笑いかけるアナ。
スヴェナ・デルメルグロウ。彼が彼女に施した認識錯誤は、本人が困惑するレベルのものだ。しかも思ってもいないことを言わされている場合がほとんどなので、彼女は勝手に「自身の感情について正しく理解はできていないけれど、それでも善たろうとする幼子」という「設定」にされているらしかった。少なくとも周囲は……エンジェ・エレメントリーと彼、ディアナとビアンカ。それ以外はスヴェナをそう思っている。
ちなみにディアナ達にも同様の認識錯誤と偽装がかけられているけれど、あそこまで酷くはない。何か恨みでもあったのかと思うほどの乖離は、曰く「己の意思じゃないからねェ」らしい。その辺りはよく知らない。
「そのクロノミコナってやつの魔力波、再現できたりする? 私とシャニアの最大感知で洗い出せるかも」
「ああ……それが一番手っ取り早いですねぇ。じゃあ、再現しますからぁ、覚えてくださいねぇ?」
「……すげぇ。そう簡単に他人の魔力波なんか再現できるモンじゃねえだろ。……くっそ、やっぱ特別体験入学生ってのはすげぇやつってことか……」
「
「慰めになってねーよ、チビ。……ま、こうやって腐っても何にもなんねぇことはわかってるからな。一応礼は言っておくよ」
やっぱり気付いてるんだぁ、なんて思いながら、ディアナはダルク・クロノミコナの魔力波を再現する。
アリスが欠片も覚えていないダルクの魔力波。それ故に記憶からの抽出ではなく、ディアナが使い魔を通して見たダルクの魔力波となる。
して。
「……いた」
「いました。……園内、それに……これは、鐘楼? ……しかも……
「その何者か、が彼を学園に手引きした張本人、なんじゃないかなぁ。
流石に舌を巻くというものだ。
今ディアナが魔力波の再現をしてから、秒数にして一秒を越えていない。その刹那で聖護魔導学園の全て、あるいはその周囲に及ぶ範囲を感知・察知し得る実力。口に出していないだけでスヴェナも同じことをしていたようだし、彼女らも彼女らで恐らくアンジェリカ、シエルにとっての「完成形」なんだろうねー、なんて。
「捕まえた」
「ちょ……エンジェ、まだ証拠も揃っていないのに、実力行使は……」
「相手が
血相を変えるエンジェ。同時、どうにも聞き覚えのある「遠吠え」が聞こえた。
「嘘でしょ……!? 海底に沈めたのに!」
「別個体……いえ、調薬師がそのダルクさんだというのなら、新たに作った個体かもしれません。ですが、量と規模を考えるなら、早急に対処すればいいだけです」
「えーと……今の、もしかして『ジェヴォーダンの魔物』か?」
「間違いないです! アリスは色々なことを棚に上げて保証します!」
とはいえ一度斃された魔物だ。ディアナたちが出張るまでもないかもしれない、なんて考えていたら──彼女の身体に
直後、ディアナは別の場所にいた。
「……おや。助けてくれてありがとうございますぅ、スヴェナちゃん」
「
「へえ。……いいんですよぉ?
「っ!? ……
そこはちゃんと真意通りの変換になるんだ~、とはディアナの数少ないツッコミ。
「今のは……
「いえ、
「うそ……キャレム先輩、ってこと?」
どうやら今の下手人は彼女らの知り合いであるらしかった。
ただ、このメンバーの中で、真っ先に狙ってくるのがアナ、というのは……中々やる魔法使いなのかもしれない。
「手分けをしましょう。キャレム・アレンサリス、及びダルク・クロノミコナは私とアナさん。現れたと推察される『ジェヴォーダンの魔物』はエンジェ、アリスさん、ケニスさん、スヴェナさんで対処願います。エンジェ、教師陣への伝達は」
「もうやってあるし、もう動いてるみたい。だからそっちへの人数、もう一人割いても問題ないわ」
「……であれば、連絡役としてアリスさんを頂きます。どちらも危険ですが、こちらは未知の危険があります。そのあたり問題ありませんか、アリスさん」
「大丈夫です! お姉さま、ケニス、スヴェナちゃん! 頑張ってください!」
「前々から思ってたけどお前俺に対してだけ扱いおかしくねぇ!?」
青春だぁ、これ。
そんな……それこそ『彼』が思いそうなことを頭に浮かべながら。
調査隊は大した調査もせずに二手に分かれることになった。
して。
聖護魔導学園の大鐘楼に、その二人はいた。
強烈にして凶悪と言わざるを得ない、四属性複合魔法による拘束。
「キャレム先輩。……そして、ダルク・クロノミコナさん」
「あら、本家の次期当主さま。この魔法はご友人のエンジェさんのもの、でしょう? 彼女に解いてくださるようお願いしてくださらない?」
「無駄な問答は無しにしましょう。学園内での違法薬物の所持及び使用。他、罪状はいくらでも出てくるでしょうが……あなた達を拘束するに充分なものばかりです」
そんな形式ばったやり取りに興味の無いディアナ。彼女は改めてダルク・クロノミコナを視る。
使い魔を通さない形での視認はこれが初だ。そして……確信する。
彼が調薬師で間違いなく、そして。
「シャニアちゃん、ちょっと下がってぇ」
「──っ!」
良い反応だ、と思う。
アナの忠告に即座にバックステップしたシャニア。彼女の居た場所を、ひょろりと長い腕が突き破る。出元にあるものは空間の揺らぎ。
「避けられた……というより、そちらの子の助言に従った、という感じでしたわね。これほど早く全てが露見したのは、その子の功績あってのこと、ですか」
「認めるんですね」
「今更でしょう? ……はぁ、もう少し楽しみたかったのですが、これは私も一服盛られていましたか?」
開く。閉じられていた……けれど円弧を描いていた青年の口が。
「ええ。手引きには感謝しています。……ですが、貴女はやり過ぎました。理由はただそれだけ」
「ふふ、そうですわね。私がやり過ぎるなんてことは本来あり得ませんから、順序が逆のように思いますけれど……今言っても仕方のないことでしょう」
空間の揺らぎより、細身の魔物が出てくる。
記録されている『ジェヴォーダンの魔物』、使い魔越しに見たそれら、及び『ジェヴォーダンの巨人』とも姿は違う。どちらかというと『アークトルバラン』に似ているようにも見えるけれど、なんにせよディアナの知識に無い魔物だ。
一応、彼女は新たな分家……つまり実験動物を作るにあたって、他家の血や魔物について詳しい自負がある。それらに自身の血を混ぜ込むのだから、当然に。
恐らく『彼』に次いで知識を有するだろうディアナの知らぬ魔物ということは、これもまた新たに作られた魔物。
「皆さま、初めまして。ご存知のようですが、僕の名前はダルク・クロノミコナと言います」
「呑気なことですわね。でも、初対面の方もいますし、私も自己紹介をしておきましょうか。キャレム・アレンサリスですわ」
「アリスはアリスです!」
「アリスさん、律儀に付き合わなくてもいいです。それよりもう少し下がってください。そこは魔物の射程内に思いますので」
良い空間把握能力だ、とも思ったけれど、当然でもあった。なんせ彼女は
ただ……下がるのは「もう少し」だけじゃ足りないかもねー、などと思いつつ、二人の意識に干渉してさらに下がらせる。
この行為に反応したのはダルクだけ。
彼は「ほう」と小さな嘆息の後、アナに目を向ける。
「そちら……名乗り返してはいただけないでしょうか。御同輩であるようなので」
「わたしはアナ・ネクログレイブですよぉ。でもでも、御同輩、だなんてぇ……反吐が出るので、やめてくれますかぁ? ネクロクラウンの分家はみぃんな始祖ディアナのイメージを払拭するために善行を積んでいるというのにぃ、あなたみたいな魔法使いが一人いるだけでぇ、回復した信用が地の底に落ちてしまうんですよぉ」
もしここにスヴェナがいたら、誰が言うんだ誰が、という視線でも向けられていたのだろう。
ただ、今話しているのは「アナ・ネクログレイブ」なので。
「……似た
風を切る音がした。
咄嗟に突き出した腕が魔物の細腕に絡め取られ、千切られる。
「アナさん!?」
「
腕を生やす。不格好なので服も作る。これは
「肉体治癒に長けたネクログレイブ、ですか。聞いたことが無いですね」
「ああ……そういえばそうでしたねぇ。ならこうするべきですかぁ?」
アナはぐ、とその小さな拳を握り、緩慢な動作で突きを繰り出した。
何をしているのか、という問いが誰かから出る前に結果が出る。
ぐちゃ、という……肉と水の潰れる音と共に、『挽歌の獣』が巨大にして不可視の拳らしきもので磨り潰されたのだ。
「
「空間を剥離します! アナさん、アリスさん! 全力でお願いいたします! ──
「それは、ありがたいことですね。キャレムさん、僕らの運命はここで終わりのようですし、どうですか──僕らも全力戦闘、というのは」
「うふふ、あなたの口から全力、なんて単語が出ることに驚いていますけれど、いいですわよ。ただ……私達が手を出す必要、ありますの?」
金属と金属が衝突したような音が響き渡る。
それは腕と拳にぶつかり合いにて生じたもの。
磨り潰されたはずの『挽歌の獣』と死霊にて象られた不可視の拳のせめぎ合い。
「ざっと見積もって、十八人。ただし全員"当主落ち"相当の
「ご慧眼、お見事です。その十八人は、かつて聖護魔導学園を襲ったあの巨人らを蒔いた者達。あなた達が恨むべき首謀者らにして、最期まで進むことを選んだ者の末路」
「わたしは恨みとかないですけどぉ……まぁ、やり残しのしたことではあるかもしれないのでぇ」
特に罪悪感などはないけれど、『
彼らのやり残しを彼女が片付けるというのは中々に皮肉であるが──同時に。
「シャニアちゃん、アリスちゃん。そっちの二人、任せましたよぉ。わたしはこの魔物と遊んであげますからねぇ」
「──お気を付けください」
「はぁい」
「アリスさん、最大威力を準備しておいてください。前線は私が張ります」
「は、はい!」
基本的にはネクログレイブの魔法しか使わない、という縛りを設けた上での魔物駆除。
今はいないビアンカちゃんの真似事~なんて口笛を吹きたくなる気持ちを抑えながら──アナは『挽歌の獣』に対峙する。
「理性も知性も無いとは思いますけどぉ、一応聞いてくださいねぇ。──『ジェヴォーダンの巨人』は『せぇんぱぃ』が頭頂から股下までを磨り潰したみたいじゃないですかぁ。なら、わたしもそれに倣いますよぉ」
保有する魂。その内の二パーセントほどを取り出して、身体に纏う。
「『挽歌の獣』の挽肉は、どんな味がするんでしょうねぇ?」
無論、この魔物を相手取ると決めた理由はただ一つ。
──質の良い
ディアナ・ネクロクラウン。『彼』を作れないことはもうわかっているけれど、別に諦めたわけではない。
むしろ他家の血をもっともっと蒐集して、質の良いものだけを集めて……今度は自身の血の混じっていないものによるアプローチにて、『彼』を作る。
そんな彼女の目的にこれでもかと適した魔物が用意されたのだ。
据え膳食わぬはネクロクラウンの恥である。
ここに。
この学園内で、最も不純な動機による全力戦闘が始まろうとしていた。