魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
一方その頃。
聖護魔導学園の無い大陸……数えるほどしかない大陸の内の一つにて、その山は築かれていた。
死。死だ。
死の淵とかではなく……死によって築き上げられた山。
その麓で溜息を吐いている少女が一人。
「はぁ……。なんでこう……頭の悪い人たちしかいないんだろ」
「それが君の本音かい、始祖ビアンカ・フィジク──」
「きゃあああ!?」
突如として現れた気配と声に、「幽霊なんか克服した」と豪語していた彼女は、それはもう情けの無い悲鳴を上げるのである。
パチパチと燃える焚火。その背後で轟々と燃え盛る屍山。
「はぁ……驚いた。もう、今のはわざとです……よね?」
「今のはわざとだね」
「……『
「幽霊は克服したと聞いていたから、ついねェ」
少し前のぐったり感はなく、完全回復しているらしい『愚者』。
彼の変わらぬ様子に溜息を吐きつつ……燃え盛る屍山へと目を遣るビアンカ。
「言葉での説得は、難しいよ。彼らはあれを大義だと疑っていないようだったし」
「……慰めとかできるんですね、『愚者』さん」
「己は今人間の感情について猛勉強中だからね」
何の話だ、と思いはしたけれど、そういえばエンジェという少女と恋仲になっていた、と思い出した。
初めに話を聞いた時はビアンカをして「何をしているんだろう」と思ったものだけど、彼女に……エンジェに直接会ってからは、完全に意識を切り替えた。
「結局……危惧していた事態にはなった、か」
「フィジクマギアの全滅は免れました。七割が死にましたけど、それだけです。また増えますよ」
「おや、想像以上にドライな回答だね」
「あたしは言葉の通じない人、苦手なので」
誰も。
本当に誰も、話を聞かなかった。還帰派と呼ばれる過激派。それらに促した、「あたしたちはそんなことを望んでいない」という説得は、「始祖の意思も本家の意思も関係ない」という……あまりにも思想と信仰と理想と理性の乖離した答えによって弾かれる次第となったのだ。
このままではそれを望まない者達と還帰派が衝突し、それこそ全滅……死ぬことのないビアンカを除いた全員が死することとなる。
それを避けられただけ良かった。今彼女が考えるべきはそれだけだ。
「君はもう少し……どの血筋の子も全員家族! というような性格に思っていたけれど、違ったのだね」
「んー……まぁ、話が通じる内はそうだと思ってます。前の時もでしたけど、依頼されたのならやり通す、くらいはするので。……ただ、あたしはたとえ本家筋だろうと分家筋だろうと、家族じゃないと判断した瞬間に、その人を殺せる、ってだけで」
「なるほど、思い込みが激しい上に思い切りが良いのか。素晴らしいね」
「あはは……始祖の、他の四人からも似たような評価を受けました」
一度そうだと思ってしまうと、次に「違う」ということを……決定的な瞬間を見るまで、そうだと思い込み続ける。
一度割り切ってしまえば、どれほど信頼を置いていようと一瞬にして切り捨てることができる。
始祖の精神は変調しない。これは彼女が五千年間の間に得た処世術ではなく、元からそういう子どもだった、と言うだけの話。
「『愚者』さんは、彼らに改心してほしかった……んですか?」
「どうだろうねェ。君達も知っての通り、己はこの魔法世界を作って……だから、この世界で起きるありとあらゆる全てを自身の作品だと捉えている節がある。今回のような諍いはそういった絵巻物の一部であり、己が干渉すべきことではない。……けれど、これまた知っての通り、己は樹殻を破り得るような魔法使いの到来を望んでいる。一応どの血筋にもそのカタチに辿り着けるようデザインしたつもりだから……」
彼はそこで言葉を切り。
「大量虐殺は、とどのつまり母数を減らすこと。可能性の幅を狭めることを良しとしない己は、確かにいるよ」
「……樹殻を破り得る魔法使いの到来を望んでいる、って。あたしたちの中では推測として出ていましたけど、本人の口から聞けたのは良かったです。そして……それなら、大丈夫です。還帰派の中にはそういう子、いなかったので」
「これは引用になるのだけどね。"英雄は凡人二人から生まれる"のだそうだよ」
それは、そうかもしれない。
それでもビアンカには還帰派を放置しておくという択はなかった。
「ああ、君を責めるわけではない。というか言葉に依る意識改革が不可能だった以上、あとやれることと言ったら洗脳くらいだったから……どの道だったよ。洗脳された、魂に翳りを受けた者は英雄にはならないし、その子供が栄耀を見せることもほとんどあり得ないからね」
「……そうですか」
「その証拠というのはおかしな話だけど、還帰派に『快晴の雷』が落ちることはなかった。そうだろう? 己が講じた対策三つ……それが機能する前から、ね」
「どういう……ことですか? 樹殻を破り得る魔法使いには、『快晴の雷』が落ちる、ってことですか?」
「おっと。んー、そうではないけれど、似た意味ではあるね。知りたかったら今度イーリシャ・クライムドールかディアナ・ネクロクラウンに聞いてみるといい。彼女らなら何か察しているはずだから」
その二人に聞くくらいなら無視をする。
……絶対に目を輝かせるし、絶対に面倒事になるから。
なお、ディアナ・ネクロクラウンはともかくイーリシャ・クラムドールまでそういう評価がビアンカにあるのは、彼女がイーリシャ・クラムドールの本質を見抜いているが為である、とか。
「けど……フィジクマギアの七割損耗。しかも始祖による制裁となれば、魔法世界は揺れるだろうねェ」
「そうですね。あたしに批判が集まるかもしれま……。……だからイーリシャちゃんは、あたしの入学を?」
「ああ、それはありそうだ」
基本、始祖には会えないもの。
彼女らがどこで何をしているかなど、本家の人間でさえもわからないことが多々ある。
そうして組まれるであろう捜索隊は、しかし誰もビアンカを見つけられない。
だって彼らが絶対に目を向けない場所にいるのだから。
「はぁ~……イーリシャちゃんの行動で、"珍しく"とか"意図がよくわかんないけど"ってものの大体がこれで……ちょっとは教えてくれたっていいのに」
「未来視の結果というのはね、伝える者の影響力が低ければ低いほど確定に近付くものなんだ。始祖なんて影響力の塊みたいなものに教えてしまえば、折角視た未来が瞬く間に崩れ去るだろうね」
「そういうものなんですか」
「そういうものなんだよ」
その魔法を創り上げた者が目の前にいるのだから、そういうものなのか、と頷くしかないビアンカ。
「というか、あれ。……『愚者』さんって、ディアナちゃんと一緒に聖護魔導学園の方の調査をしてたんじゃ」
「少年少女らだけでなんとかなるというから、己は休息させてもらったよ」
「……あの、一応ディアナちゃんとはお友達な身で言うんですけど……大丈夫ですか、色々」
「ああ、ディアナ・ネクロクラウンの身を案じているのなら大丈夫だ。その辺の気配りはしているよ」
「そんな心配するわけないじゃないですか……」
「……? なら何が心配なんだい?」
本気でわからない、という顔の『愚者』に、ビアンカは額を揉む。
そして理解した。ディアナのやることなすことなど、『愚者』にとっては些事同然。だから無関心なのだ、と。
「残党がいないか確認し次第、あたしたちも聖護魔導学園に帰りましょう。色々心配なので」
「君が心配するほど始祖ディアナ・ネクロクラウンは弱くはないと思うけれどねぇ」
他の子が心配なんです! という憤慨は口に出さなかった。
諦めで。
本家と分家に出力差はない。あるとすれば、できることの範囲だけ。
つまり、シャニア・デルメルサリスはアレンサリスの魔法も使い得る。だから勝負は一瞬……などということはなかった。
「うふふ、足手まといを連れてきたのは悪手でしたわね」
「く……」
執拗な……執拗なまでのアリス狙いの攻撃。
アレンサリスの魔法は殺傷能力が高い。というか加減の利かない魔法なので、食らえばアウトだ。
アリスの爆炎魔法は火力としては一級品であるけれど、まだ初学生ということもあり、狙いを定める必要があったり魔法名を言う必要があったりと、色々条件を有する。対して相手は最上級生のキャレム。そして未知数のダルクと来れば、シャニアはアリスに対して常に気を配らなければならない。
元より連絡役として連れてきた少女だ。戦闘力としては数えていなかったものの、人質にされることまでは頭が回っていなかった。
シャニアは他の次期当主より実戦経験の多い魔法使いである。であるが、やはりまだ少女の域を出ない。こういう「悪辣さ」にはめっぽう弱い。
ただ。
「私より年下の少女が、あそこまで頑張っていますので──自身の不甲斐なさを言い訳に苦悶を漏らすのは、恥じ入るべきことですね」
視界の端に捉えるはアナ・ネクログレイブという少女。
特別体験入学生らしい年下の彼女は、恐らく『ジェヴォーダンの魔物』の亜種にして強化種であると思われる『挽歌の獣』と、互角かそれ以上の優位性を以て対峙している。
あるいは脳裏にあるスヴェナ・デルメルグロウという少女にしても同じだ。あの少女に関しては、既にシャニアより
無論、努力は欠かしていない。勉学にも打ち込んでいる。
それでも──シャニアは天才ではなかったのだろう。
であれば。
「
「あら……それ、禁術ではなくて?」
「不勉強ですね、キャレム・アレンサリス。
人体を如何とする魔法。空間を破壊する魔法。次元を複製する魔法。
世界に損害を齎し、且つ取り返しのつかない状況を引き起こす魔法。それらを禁術、禁呪と指定する。
「ならば、術者に修復を可能とする技量があれば、問題ありません」
「あなたは天才ではないのに、ですか?」
「勝るとも劣らない自負があれば」
シャニアはアリスを抱き寄せ……その耳元で、「申し訳ありません」と囁く。アリスが「へ?」なんて疑念を抱いている内に、彼女を次元の彼方へと追いやった。
「剥離空間内でさらに空間を剥離させますか。ふふ……いまのあなたはまるで」
「始祖シエル・デルメルサリスのよう、ですか? ──当然でしょう。そう変調しましたから」
それは本家の魔法使いだからこそできること。
始祖シエルの血を最も色濃く受け継ぐ彼女であれば、一時自身にシエルを重ねることだってできる。
無論多大なる負担がかかるし、一歩間違えれば精神が割断しかねないものだ。
だから、何度でも言おう。
シャニアには、そうなったところで「取り返しのつく」手段がある。だからできる。
無駄なリスクは背負わない。天才ではないから、秀才となりて、更に上を目指す。
「
声は……存外近くから聞こえた。
そしてその存外というのはあり得ないことだ。空間を支配する
「はぁい、助け船いち~」
いつの間にかシャニアへと迫ってきていた手。
それを死霊の腕が殴り飛ばす。
「……助かりました」
「初見で対応できるかどうかを見たかったけどぉ、まだちょっと無理だったねぇ。だから教えてあげる。
「若返ればいい、と。ありがとうございます、アナさん」
もう一度変調する。
そうすれば……休眠状態にあった各器官が呼び覚まされる。
理解する。いつの間にかシャニアは死のまどろみに居たのだ。肉体ではなく魂が老いるという現象には初めて遭遇したが、対応可能な魔法であれば問題はない。
「おや……僕、相性最悪ですね」
「やれと言われてできるあたりがおかしいとは思いませんの? 十二分に天才だと自尊しませんの?」
「ここにいたのが仮にエンジェやスヴェナさんであれば、アナさんの忠告無しに全てに気付き、対処までしていましたから」
「……ああ。今敵対しているというのにおかしな話をしますけれど、次期当主さま。あの子……エレメントリーの次期当主さまを基準にするべきではありませんわ。あの子、天才とか傑物とか……そういう私達基準の場所にいませんのよ? あれは恐らく生命として、魂としてのステージが違う。そんな存在ですわ」
「私の友人を化け物のように言わないでください。──そして、理解しています。基準が高すぎることくらい。けれど、私とエンジェは善きライバルであり、スヴェナさんは庇護の対象。そのどちらもに劣ることが当然と振る舞うのは、私の、私自身の矜持が許しませんので」
なにか。
何かに罅の入るような音が響く。
目を見開いたのはアナとダルクの二人。
「私の名前は
それが「殻を破る音」だと気付いたのは──アナ。いいや、ディアナだけ。
あるいは遠方にいた『彼』も、かもしれない。
「喋り過ぎましたね。──それでは、さようなら。これなるは既存の魔法にはありませんので、未だ禁呪指定も受けていないでしょう」
次に動いたのはダルクだった。彼はどこからか取り出したナイフで自身の首を突き刺し──そして、硬直する。
いいや。
「……
「いいえ。まぁ、もう聞こえていないでしょうが、一応教えてあげましょう。──魔法名は、
そして、と。
伽藍洞の目と共に一言も発さなくなったキャレム・アレンサリスから目を外し、自身の首へとナイフを突き刺したダルク・クロノミコナへ目を向けるシャニア。
永遠の冥府から逃れるために自決を選ぶ判断は見事ですが、と言おうとして……違和を感じる。
「……?」
「えーい」
タイミングを待っていた、とでもいうかのように、『挽歌の獣』が頭頂から股下まで磨り潰された。勿論こっそり魂を回収した上で。
何事も無かったと……真実些事であったと、アナがシャニアの隣へやってきて。
「逃がしちゃいましたねぇ」
「……ダルク・クロノミコナ、ですか」
「そ。多分外側にアンカーがあって、この肉体が死んだらそっちに魂が引っ張られるように仕込んであったんですよぅ。空間剥離程度の結界じゃ魂の移動を止められないからぁ、今回は相手の判断が凄かった、ってことでぇ、そう落ち込まなくていいと思いますよぉ」
「……」
エンジェなら。スヴェナなら。
その兆候も。
「それより早くアリスちゃんを出してあげてぇ、空間剥離を解除して、エンジェちゃんたちにこっちが終わったことを知らせないとですよぉ」
「です……ね。そうでした」
ぽて、と排出されるアリス。元の景色に戻る空間。
直後、シャニアはぎゅっと抱きしめられた。
「へ……」
「大丈夫!? 怪我! 怪我とかしてない!?」
「あんだぁ、あのほそっこい……潰れた化け物。まさかこっちにも『ジェヴォーダンの魔物』が現れたのか?」
「
「だ、大丈夫です! ですからそんなに強く抱きしめずとも……」
そんなことより、今スヴェナの口から、普段の彼女からは考えられない程に冷徹な言葉が聞こえたような気がするのだけど、エンジェに抱きしめられていてそれどころではない。
ケニス……は、遠巻きにこちらを生暖かい目で見ているし、アリス……も、ケニスの隣に行ってこちらを生暖かい目で見始めた。
スヴェナはダルク・クロノミコナの死体に興味津々で、アナは……初めから興味が無い様子。
つまり、助けてくれる者はいないのである。
いや、いた。
「はいはいぃ~、エンジェクン、ストップストップぅ~。シャニアクンも疲れているだろうしぃ~、まずは休養とぉ~、報告をねぇ~?」
「ドクラバ先生……!!」
「んん~? 僕、生まれて初めてそういう輝かしい目を向けられたよぉ~? 何事ぉ~?」
「あなたは救世主です! ありがとうございます!」
「???」
ともかくとして。
これにて
ようやく会長の心休まる時が来ますね、と。
……なぜか未だに離してくれないエンジェに辟易しながら、シャニアはほ、と一息を吐くのであった。
その後。
かの『ジェヴォーダンの魔物』が再度出現したにもかかわらず教室で居眠りをしていたらしい『彼』や、丁度休暇申請を出していていなかったカナビ・フィジクラッシュの帰還があって……ようやく学園は平和を取り戻す。
聖護魔導学園内の全フィジクマギアが検査を受けることとなり、その体内に薬物があることまで発覚。さらにネクロクラウンの魔法により、その薬物を渡した者がキャレム・アレンサリスであることまで突き止められた。
彼女の沙汰は追って言い渡される……のだが、既に凄まじい罰を受けている上、どの道
──
疲弊した
今回の件の功労者にも関わらず責任を追及される立場となったシャニアと、それを守らんとする少年少女ら。そして……「自分たちがけしかけたくせに何を」という始祖二人の「損切り」までは秒読みで。
結果として「フィジクマギアの血筋争いはちゃんと楽しめなかったし思ったより呆気なく終わってしまったけれど、余りある
あと色んな魂が手に入ってほくほくなどっかの始祖も。