魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Sin14-4.「愛し憎しの露呈」

 シャニア・デルメルサリス。

 境界という意味を込められて付けられたこの名前は、次元空間(デルメルサリス)という家にとっても特別な意味を持つ。

 隔絶。溝。区切り。エンドライン。スタートライン。

 魔法世界における宗教。始祖五人を崇め奉るそれとは別にある、漠然とした超常存在を崇めるその在り方において、「名前」とは強い意味を持つものとされる。

 その者の運命は名前によって左右され、名前によって最期さえ決まるのだと。

 無論、迷信だ。だというのなら数多の英雄や、それらに肖った名を受けた者達が、魔法大戦によって次々と死していった理由が見つからない。偉業を成さんとする名が、世界を変えようという名が、飢餓や愛憎といった「日常」によって死していく理由が見当たらない。

 

 それでも、名前には意味がある。

 名前こそがその者の魂を決める。魂の在り方。存在としての基準。戻ってくるべき軸。

 

 であるのなら、次元と空間を家名に持ちながら、境界を名付けられたシャニアの意義とは。

 

「シャニア? どうしたの、そんな思いつめた表情で」

「……エレメントリーの御令嬢」

「あのさ、前から思ってたけど、それやめない? 確かに最初会った時はお互いをそう呼び合ったし、まさかここまで仲良くなるとは……っていうか付き合うことになるとは思ってなかったケド。流石に他人行儀が過ぎるとか思わないワケ?」

「くせ……のようなものですから。距離を置いているつもりはありませんよ」

「そんなのわかってる……って、思いつめてるアンタに詰問するようなことした私が悪いか。ごめん」

「いえ……大丈夫です」

 

 ゆったりとした時間が流れる。

 ここは女子寮。シャニアとエンジェの部屋。

 休日である今日は、言い方は悪いがいつもの姦しい皆がいない。茶々を入れてくるケニスも、何かと癪に障る『彼』も。

 普段であれば休日だとしても学園に集まり、勉強会やら魔法の練度向上やらをする二人ではあるけれど、今日はケニスもアリスもスヴェナも「家の用事」があるらしく不在。そして特別体験入学生の五人と『彼』も「ちょっとせがまれてしまったからねェ、行ってくるよ」と言っていなくなっている。

 つまるところ、久方振りの二人きり、なのだ。

 

 そのゆるりとした時間を……シャニアは上手く使えずにいた。

 なぜって、つい先日「あんな」告白をしたばかりで。

 好きを自覚してからは……どこか、意識してしまう。さり気ない動作を目で追ったり、急な接近に動悸を起こしたり。

 

 だから今の今まで自己に没頭していたのだ。己の存在。名前。これからの魔法世界でやるべきこと。

 ……無論、そんな様子……「思いつめた様子」をしていたら、エンジェが彼女を心配に思わないはずがないのだが。

 

 加えて。というか、だからこそ。

 

「あの……エンジェ」

「なによ」

「私の存在が……『噂の平民さん』との隔たりになっている……ということは、無いですか?」

 

 そんな余計な言葉を吐いてしまうのである。

 

 

 直後返ってきた言葉は「はぁ?」だった。

 怪訝な顔で、というかなんなら少し怒ったような顔で。

 

「まさかそんなことで悩んでたの?」

「だ、だって」

「あのね。あの時も言ったけど、おかしいのは私の方なの。多分普通の人だったらばっさり断ってる。貴族の立場もあるし、アイツに『不義理だから』とか、色々理由を付けて。ただ私は……おかしいから。アンタもアイツも平等に好きになっちゃうヘンなやつだから、告白を受け入れた。あの時全く同じ説明したでしょ?」

「それは……はい」

「で。だから……無いのよ。誰かのせいで誰かとの関わりがどうたらとか、隔たりとか、差別とか区別とか。目の前で人を殺す奴にも愛情を注げるとかそういう話じゃないけど、でも多分そういう奴でも……アンタやアイツに注ぐ好意と同じくらいの好意を注げる。……むしろこっちが聞きたいくらいよ。どうしたらそういう風に考えられるワケ? 私だって娯楽小説とか劇とか観ることあるけど、一途って感情が一切理解できないし、邪魔になってるかもとか、嫌いになられたくないとか……本当にわかんない」

 

 そういう言葉を聞いて、シャニアの心の中で鎌首をもたげた一番の感情は──「一番になりたい」、だった。

 恥ずべきことだ。エンジェは心底自身の性質を悩んでいる。加えて自身は後追い、『彼』とエンジェの間に入り込んだ身。

 抑えるべきその感情は、でも。

 

「その顔よ。私にはそれができないの」

「え……」

「誰かの一番になりたい。他の誰かに目を逸らしてほしくない。自分だけを見てほしい。……アンタが今考えてるのって、そういうことでしょ」

「……心を読む魔法でも」

「使ってないわよ。そんなの四大元素(エレメントリー)の魔法にないし。顔を見ればわかるってだけ」

「母様たちからは、もっと沢山表情に出して、と言われるのですけどね……」

「表情を読んでるっていうか、顔を見ればわかるっていうか。……まぁ、そもそものスタートラインの話をするなら、私とアイツの間に愛情とか無いから、隔たりとか気にする必要ないっていうのが実際の話よ。これもあの時言った言葉だけどねー」

 

 愛情など無い。好悪などない。

 二人が恋仲になった理由は軽く聞いた。ただ……理解の及ぶものであったかと問われると、別だ。

 

「……ね、シャニア。アンタさ、天上の地でのこと、どれくらい覚えてるワケ?」

「天上の……地? あの、空に浮かぶ大地のことですか?」

「ああやっぱり、そんな感じなんだ。じゃあ『残照回廊(リメノンス)』のアジトを襲撃に行った時とのことは?」

「それは無論覚えていますよ」

「詳細は? 時系列とか、作戦とか」

「ですから──」

 

 覚えているに決まっている、と続けようとして……言葉に詰まる。

 記憶は鮮明なのに、言葉に出せない。

 

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「私もよくわかんないけど、あの場所ではアイツにとって余程知られたくないことが起きたみたいでね。こんな感じの……次元空間(デルメルサリス)とか死霊病毒(ネクロクラウン)が使うような認識錯誤、意識操作が入ってる。魔法使いじゃないアイツが使えるはずのないソレがね」

「……いえ、次元空間(デルメルサリス)の構築式ではない……ですね。死霊病毒(ネクロクラウン)の意識操作も……遠洋課業の時に解析しましたが、それとも別物です」

「へえ、流石は優等生」

「彼は……『噂の平民さん』は、平民でしょう。始祖シエル・デルメルサリスから箔を押された。……これは、なぜこんな……いえ、それより……エンジェ、あなたはこれを知って」

「当然知ってる。知ってるっていうか、それを込みで私から告白したのよ。アイツにしてはなんかとんでもなくロマンチックな場所でね。海の底の、日差しの入り込む白い塔。ほら、前にアンタとスヴェナがアイツにデートプランを叩き込んだことがあったでしょ? その時よ」

 

 解除ができない。

 構築式の次元に無い。まるで魂に、存在に、それそのものに枷がかけられているかのような感覚。

 それでいて気持ち悪さもない。狂ってしまうような感覚もない。異物感も異質感もない──なんでもない記憶喪失。

 

「だから、もう言うケド。これ、今のアンタなら聞こえるんでしょ? アイツ、人間じゃないんだって。……どう? 聞こえた?」

「……はい。聞こえました。……そして今の言葉を聞いて……記憶の制限が、取れたような感じがします」

「ふーん。そうなるように調節してたのか……は、知らないけど。これで話しやすくなった。覚えてるでしょ? 最後の最期。フィニアン先生を助けられなくて、全員が境界門(ワープゲート)で逃げた時、アイツはあそこに残って消し飛んだ。その後気付いたらみんな天上の地にいて、スヴェナが色々案内してくれて、アイツはケロッとした表情で帰ってきて……おかしくなっちゃったみんなを助けるために、ドクラバ先生とアイツは始祖ディアナ・ネクロクラウンのもとへ向かって、そうしてみんなを治療して」

「はい……はい。どうして忘れていたのかわからないくらい、鮮明で……強烈な記憶です」

「今のでわかる通り、アイツ人間じゃないのよ。肉体が消し飛んでも関係ない、魔法が一切通らないって言われてる天上の地へなんでもなく入れる。始祖ディアナと相対して尚生還するどころか成果まで持ち帰ることができる。強い平民だ、なんて話じゃ説明つかない非常識。それは全て、アイツが人間じゃなくて、私達の知ってる魔法の法則の外側にいるから、で片付けられる」

 

 外側にいる。その言葉はしっくりと来た。

 だから……あの時、焦りに焦っていた時に聞いたエンジェの言葉もようやく理解できた。

 

 ──コイツはコイツで、人間の感情を理解できないけど、理解してみたいから、私と付き合ってる。

 

 それは彼が人間ではないからこそ出た言葉なのだと、今更理解できたのだ。

 

「私も相当だけど、アイツも酷いわよ? 多分アイツ、条件……アイツの中のなんらかの基準さえ満たしていれば、あとはどーでもいいみたい。私じゃなくてもいいってこと」

「……どういう」

「初めに見つけたのが私だったから、私を選んだってだけ。私が死んだってアイツは悲しまないし、私に危険が及んだってアイツは焦らない。守ってくれはするだろうけど、そこに感情なんかない。んー、私の見立てでは、スヴェナとシャニア……あとイリスもかしらね? アイツの基準を満たしてるの。……私は全員が好きだから、誰か一人を好きになる、ができない。アイツは人間じゃなくて、好きという感情を……あー、どうだろ、好きはわかるのかもだけど、愛情って感情を持ち合わせていないから、誰か一人を愛せるようになってみたい」

 

 まるで……これから討滅しようとしている強大な魔物についての作戦立案会議を聞いているようだと、シャニアは思った。

 とても、『彼』と結びつかない。『噂の平民さん』は、だって、普通に会話のできる存在で、否定しがちだし、シャニアの癪には障るけれど、他人を思いやる心もあって、誰かを護ることができて。

 

「だからそれ、全部収集してきたサンプルから作ったパターンなのよ。アイツは私達じゃ考えられないほど長い年月を生きていて、その間に気の遠くなる量の人間と接してきている。もしかしたら人間じゃないやつとも。そういう知性体の営みから作り上げた膨大なパターン。こういう時はこういう回答をするべきだ、って思考に、アイツ本来の嗜好を織り交ぜてる。だから人間っぽく見える。個性的な人間っぽくね」

「哲学的ゾンビ……というやつですか。死霊病毒(ネクロクラウン)についてを調べている時に……そういう概念に触れたことがあります」

「それとはちょっと違う……というか、上っ面はそうよ。外交的な部分はパターニングした回答を並べているだけの存在。内面は全く別のことを考えていて、全く別のプロセスで動いてる。言うなれば操り人形、かしらね。アイツの四肢には見えない糸が繋がっていて、それを上で動かしてる奴がいる、みたいな。あ、比喩よ。当然だけど」

「……そんなものでも、平等の好きを伝えられる、と?」

「話戻るわねー。ま、でもそういうこと。アンタが今感じたであろう、"理解の及ばない未知の魔物"がアイツだったとしても、私はシャニアやスヴェナに注ぐ好きを平等に注げる。告白されたのなら、ケニスとか、アリスとか、最近会ったばっかりの特別体験入学生組とか、クラスメイトの子とか、顔も知らない上級生とかでも。魔物でもいいわよ。私はなんでも好きだから」

 

 脳裏の警鐘が響き渡る。シャニア・デルメルサリスという人間に残された理性が囁く。

 

 身を引くのなら今だ、と。

 エンジェも、『彼』も……どこまで行っても普通でしかないシャニアには手の負えない存在である、と。

 そして、たとえそうしたとしてもエンジェはシャニアを嫌わらないだろう。『彼』も特に何とも思わない。

 

 この二人にとって、世界とは。

 全てが好きだから、全て無価値である彼女と。

 全てが無価値だから、全て既知となる彼の。

 その双方向の「平坦」が作り上げるもの。

 

 そこに「境界」の所在などない。

 なんせこの二人は、たとえ世界が真っ白なだけの何もない空間になったところで、何とも思わないだろうから。

 

「でも」

「……シャニア?」

「だったら……私が間に入れば、エンジェも『噂の平民さん』も……感情を手に入れられるんじゃないかと、今、思いました」

「ちょっと、私は普通にあるわよ。アイツも別に無いワケじゃないと思うけど」

「じゃあエンジェ、あなたは『噂の平民さん』が誰か……アンジーさんやアナさんと腕を組んで歩いていたとして、何か思いますか?」

「別に。まぁなんか苦労してるんだろうなー、とは思うけど。あの二人我が強いし」

「なら逆に、エンジェ、あなたが私や……あるいは他、同性異性関係なくその相手とだけ長い期間を過ごしたとして……彼が何か文句を言ってくるように思いますか?」

「無いでしょ。そこまで暇じゃないし、アイツ」

 

 理解する。

 この博愛主義の怪物と、初めから人間ではない怪物が持ち得ないもの。それは。

 

「私が……いつになるかはわかりませんが、あなた達に"嫉妬"を覚えさせたいと思います」

「嫉妬?」

「ええ。今は全く理解できないでしょうけど、それがシャニア(CHANIA)としての責務だと考えますので」

「また……この子は小難しいことを」

「つきましてはエンジェ。──『噂の平民さん』とだけその……ロマンチックな場所? に行ったのはズルいので、私ともデートしましょう」

「……それ、アンタが嫉妬してない?」

「当然。私は普通の人間ですので」

「散々自虐しておいてなんだけど、酷くない?」

「どちらも人でなしなら、人扱いする意味もありませんから」

 

 宣言をして、さらに彼女は。

 シャニア・デルメルサリスは──「それと」と虚空へ目を向ける。

 陽の傾いてきた空に。何も無い空に。窓を越して、そこに。

 

「あなたにも嫉妬させてみせますから。首を洗って待っていてください、怪物さん」

「──ああ、楽しみにしているよ、シャニア」

 

 それは幻聴だけど。

 シャニア・デルメルサリスはここに、正式に開花した。

 

 

 ……その夜。

 

「~~~!」

「……いつまでそうしてるワケ? 明日普通に登校だけど、大丈夫?」

「か、風の結界でも張って、放っておいてください! ああ……まだ顔が熱い! 私は……何を調子に乗って……!」

「別に普通のことなんじゃないの? あんな場所で勢いだけで告白したみたいなもんなんだし、心の整理は必要でしょ。不安で眠れない、とかなら手でも握って眠ってあげてもいいけど」

「そ──それです! そもそもそういうノーガードというか、私は別に構わないけど、みたいな態度が……こんな不必要な没入を生んで……」

「……? 私達って付き合ってるんでしょ。じゃあ、良くない? まぁ学生の内に、って倫理観はあるのかもだけど、女同士だし……肌を重ねるくらいのこともするんじゃないの、一般論」

「は……はぁ!? ななな、何を言って……エンジェ! あなたが読んでいるという娯楽小説や劇! それが教育に悪いんです! 今度全部見せてください! 検分し、検閲し、問題のある蔵書は焚きます!!」

「大声出し過ぎだって。今消音結界張らなかったら寮長来てたわよ」

「んー。だったら文句はスヴェナに言ってくれる? 私の趣味、大体スヴェナっていうか姉さまの趣味だから

「後半一つも聞き取れませんでした! つまり『噂の平民さん』の仕業ってことですか。──前言撤回します。『彼』はエンジェの情操教育に悪いので、排除します……!」

「ま、あとちょっと暴れてれば疲れて眠くなるでしょ。結界張ったままにしておいてあげるから、早く寝なさいよー」

「こ……この……!」

 

 とか、なんとか。

 あった、とか。

 

 

 肩を竦める。

 

「それでシャニアが己をああも睨んできている、と」

「そういうこと。スヴェナ関連に制限つけたのはアンタの責任なんだし、回りまわってアンタのせい。っていうかあの場にシャニアもいたんだから、巻き込んじゃえばいいのに」

「へえ、驚いたな。君の口からそんな言葉が出るなんて。始祖ディアナに狙われる──その対象にシャニアも含まれるかもしれない危険なことだよ、それは」

「別にアンタ護るでしょ。私にもシャニアにもスヴェナにも何の感情を持っていない……そんな今だって、何か起きたらちゃんと護る。どうでもいいから護る。どうでもいいから、護っても護らなくても変わらないから、心象が良くなる方を選ぶ。……違う?」

「つくづく理解者になりつつあるねェ。もしかして君もそうだから、かい?」

「私は逆だけどねー。……それで、昨日何してたのよアンタたち」

「己達?」

「特別体験入学生の五人とどこに行ったのか聞いてるの。私の風の感知範囲から突然消えたあたりで追うのは諦めたけど……」

 

 ふむ。

 じゃあ、話に肖ろうか。

 

「それは嫉妬かい、エンジェ」

「あのね。私今どっかの誰かさんのせいでどっかの誰かさんが夜じゅううるさくて、ちょっと寝不足でイライラしてるの。余計な問答やめてくれる?」

「おお、怖い怖い。ここ教室だよエンジェ。中庭じゃないんだ、三属性複合魔法を浮かべるのは止めた方が良い」

「大丈夫よ火属性含んでないし」

「何が大丈夫かわからないねェ。……ま、隠すことでもない。あの五人、共通の"思い出の場所"があるらしくてさ。ただそこは……一般には入れない場所でね。だから己が連れていってあげた、というわけさ。無許可で」

「……アンタ、それもパターニングなワケ? それともアンタの素?」

「さてね」

 

 少なくとも己は、人間というものの愛憎までは記録してこなかった。

 それがサンプルとしてあるのなら、愛情についてもっと詳しかったんじゃないだろうか。

 

 ──不要なものと。あるいは……それは己の分野ではないと、大昔に切り離してしまったから。

 

「なんにせよ、だ。エンジェ」

「なによ」

「期末テスト。己や君は大丈夫だろうけど……うん、教えている感じ、アリス・フレイマグナがとてつもなく不味い。期末テストまであと一週間にして、進捗度二十三パーセントといった所だ。ケニス・デルメルクランとカナビには申し訳ないけど自主練に徹してもらって、アリス・フレイマグナに全員がかりで詰め込まないと……」

「……最悪自主退学ね」

 

 そう。普通はそんなことないのだけど、アリス・フレイマグナはそもそもが学園襲撃事件の首謀者の一味。それを知るのは一部の教師陣のみだけど、エンジェの預かり、監視下であるから許されている部分が多々ある。

 そこへ成績が悪い──言い方を変えればやる気が無いと思われるような結果を出してしまうと。

 

「落第さえ逃れられたらいいんでしょ。ならあと二パーセントじゃない?」

「落第を逃れられる基準を百パーセントとしているよ、己は」

「……」

「……」

「……余計なことに気を回している場合じゃない、っていうのはわかったわ」

「君が本気になってくれて嬉しいよ」

「私も、アンタがアリスを気に掛けてくれて嬉しいわ。私のためにそこまでしてくれてありがとう」

「いいね、皮肉を覚えたエンジェは味がある。余程良い教育者に恵まれたのだろうねェ」

「ええ。この世に鏡というものがなくて心底安堵しているわ」

 

 す、と。

 横合いから──教本が差し込まれる。

 まるで己とエンジェを隔てる境界のように。

 

「授業、始まりますので」

「……」

「……」

 

 肩を竦めたのは──勿論、己も、エンジェも、だ。

 露呈というか、最早露出だねェ、あれは。

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