魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
がこ、という大きな音が鳴った。
「あー。テスト本気でうぜー……なくなんねーかな学園ごと」
「なくなるわけないでしょ。馬鹿なの?」
「うるせー……。お前はどう思うよ『正誤抑身』」
「己は好きだけどねェテスト。自己分析の機会なんてめったに無いんだ、それを他者がしてくれるというのなら、それに越したことはないだろう?」
「自己分析なんざ自分たちでできるんだから要らねえって話だよ」
「少なくとも学園側から見てできていないように見えるから行われるのだろうね、テストは」
大柄な男子生徒が荒々しくテラスに置かれた椅子に座り、その対面に己と女子生徒が座る。
いわゆる「いつものメンバー」というやつ。正確にはここにもう一人女子生徒が加わるし、元来の「いつものメンバー」は彼女なのだけど、彼女は今──。
「不謹慎なこと一個言っていいか。思い付いちまった」
「不謹慎なら言わないでよ。馬鹿なの?」
「"テスト期間丸被りで病気療養中とかアイツ最高だろ"……ってところかな、君が言いたいのは」
「さっすが『正誤抑身』。一言一句そうだ」
「はぁ、最っ低……。テストなんかより病気の方がつらいに決まってるでしょ。馬鹿ね、ほんと」
病気療養。
進級したばかりの頃に遭った「事故によって」「病気を患った」少女。
その際に膨大な魔力を喪ったがために、数ヶ月経つ今も病床に臥せっている。
「ま、
「アンタが不謹慎なことって自覚してるからそう切り出したんでしょ」
「そりゃそーなんだけど」
二人のやり取りに、「溜息を吐く」。
そうして「申し訳なさそうにする」。
「己がついていながら、面目ない限りだよ」
「っと、ホントに不謹慎だった。やめやめ。この話題になるとお前、すぐ自分を責めだすからなー。つーか相手吸血鬼とかって噂なんだろ? 学生にゃどーしようもないって」
「そうは言ってくれるけどねェ。己は一応
「机上の空論でしょ。何もできなかったからこうなってるんだから、今何かできたんじゃないかって妄想するのは無意味じゃない。はい馬鹿確定」
病気療養中の女子生徒が遭った事故。
それはこの学園に潜むとされている……そう噂されている吸血鬼に依るモノ。まだ噂の域を出ないどころか、そんなものが学園内にいるのなら聖護星見が黙っているはずがないと……ほとんどの場で一蹴されている噂話。
実際、そうだ。それほど安全だからこそ、多くの貴族がこの聖護魔導学園へ自分たちの大切な雛鳥を預けるのだから。
「すまないね、場をしらけさせるつもりはなかったんだ。……じゃあ気分転換に、今日の精神鑑定の話をしないかい?」
「いやどーいう気分転換だよ……」
「ま、話題が変わるならなんでもいいけど。それで、精神鑑定? なんか問題あった?」
「己は"あー、君は良いよ。言うこと無し。終わり"で解放されたよ」
「話広がらねーじゃねーかオイ。……俺は"君はもう少し貴族としての自覚を持つべきだ。粗野な態度と粗暴な言葉遣い。なにより全てを見下しきったその目は他の貴族の癪に障る"とかなんとか」
「なんて返したんだい?」
「"舐めてきた奴ら全員ぶち殺せばいいだろ。少なくとも
「最っ低……。はぁ、なんでこんなのが肉体強化の次期当主なのよ。四大元素の次期当主としてこれからも社交界でコイツと会話しなきゃいけないっていうのが苦痛で堪らないわ」
ま、肉体強化は強い奴が正義だからねェ。
しかし、その言い方だと。
「始祖ビアンカ・フィジクマギアにも勝ったのかい?」
「……あのばーさんは例外だろ」
「アンタって自分が強く出られない話になると声まで弱々しくなるのよね。馬鹿みたい」
「うっせー」
彼はどかりと椅子に座り直し、手を後頭部の後ろで組んで背もたれへ背を預け、足を組んで机の上に乗せた。
誰がどう見ても態度の悪い──そして素行の悪い行為。
初めは苦言を呈していた女子生徒も、もう何も言わない。言っても変わらない……男子生徒に直す気概が一切無いからだ。
「大変だねェ次期当主サマたちは」
「お前は……分家で四男で、特に政治とも関わらないんだっけ? ずっきーよなー」
「逆にプレッシャーとやっかみが凄そうだけど。次期当主でもないのにその強さと知識量でしょ? 馬鹿がわらわら集まってきそうだわー」
「来るねェわらわらと。けれど、己も同じことを言うよ。"舐め腐ってきた奴らは全員ぶち殺せばいい"ってね」
「ヒュウ、流石」
「魔力量だけなら始祖に匹敵するとか言われてるしね。私始祖みたことないけど」
「それは流石に盛り過ぎだよ。ただ本家当主よりは多いかな」
「ジューブンだろ」
他愛のない会話。
他愛のない時間。
期末テストから解き放たれた生徒たちの、安息の時間。
──それは唐突に切り裂かれることとなる。
「……?」
「どうした?」
「今……あっちで、悲鳴が聞こえたのよ。ってちょっと待ちなさい馬鹿! まず風で探ってから──」
「馬鹿はお前だよ。お前の耳を俺達が信用しねえわけねーだろ。じゃあそいつは確実に悲鳴で、今誰かが襲われてんだ。──ぶち殺してやるよ。俺の学園で舐めた真似するやつは全員な」
「ああ、行ってしまった。……正確な方向はわかるかい? 己も後を追うよ。彼が無理をしそうになったら、すぐに止めるから」
「ここから見て鐘楼の方角よ。あの馬鹿のこと、頼んだから」
「ダッコー、承ったよ。ああ一応、己に風を纏わせてくれたまえ。連絡手段がないからね」
「勿論」
肉体強化のスペックを遺憾なく発揮して走り去っていく男子生徒に追い縋る。
何か言いた気な顔をした男子生徒は、けれどすぐに意識を切り替え、その悲鳴の場所へと辿り着いた。
そこには。
「……んだ、こりゃあ」
「早速連絡手段が必要になった。……聞こえるかい。
初学生が三人。男子一人、女子二人。
三人が三人とも地面に倒れ──外傷はあるのに血だまりが無い。
「とりあえず応急手当をしよう。戦場座学の自己採点は?」
「満点だ。一瞬でいい、陣地作って包帯出してくれ。出血量はわからねえが、これをこのままにするのはマズい。──どう考えても釣り餌だろ?」
「だろうねェ」
陣地を作成し、魔力を調合し、包帯や軟膏を作り上げる。
作成されたそれをすぐに受け取り、適切な処置をしていく男子生徒。
「おい、意識はあるか後輩。何があった。簡潔に言え、俺が対処してやる」
「ぁ……。おれ……"──"のこと……守れなくて……」
「大丈夫だ。俺が代わりに守ってやるから」
「連れて……いかれた。魔物……血を、啜って……おれたちで、満足して、あいつは、保存食に、って」
「……。ソイツどこへ行ったかわかるか? 適当な方角でいい」
「あ、っち……」
倒れていた初学生が辛うじて指差した方向。
そちらにあるのは、集会棟だった。
「『正誤抑身』、此奴らの世話頼めるか。教師の到着まで守ってやってくれ」
「戦力を考えるなら、己が行った方がいいだろう。あるいは応援を待つか」
「すまん。フラストレーションが抑えきれねえ」
「……そうかい。二の舞はダメだよ」
「わーってるよ!」
駆け出していく男子生徒。
彼を見送り──自らの腹より突き出る女子初学生の手を「優しく握る」。
「ぁ……ぇ……?」
「安心するといい。君は今、操られているだけだ。恐らく君の血を吸った時に仕込んだのだろうねェ」
「ぁ……い、いや、ご……ごめんなさ、ごめんなさい……!」
「だから、大丈夫だ。己は聖護星見の系譜でね。たとえ首を刎ね飛ばされても死にはしない」
「止まらない、止まらない……手が、貴方を殺そうとする! き、斬って! この両腕、斬らないと……いや、いやぁ!」
重症だ。
ここは気絶させて……いや、それをすると術者に伝わる。
男子生徒の襲撃は奇襲でなければならない。そうでなければ彼我の実力差で敗衄するだろう。
もしそれが成功しても、勝ち得る確率は三割を切っている。
「『正誤抑身』! 先生たちを連れてき……アンタ腹!」
「今君が言った通り、己は正誤抑身だ。身体の怪我はどうとでもなる。包帯と軟膏を作る時に陣地も敷いたから、余計にね。それより
「わかっている! "──"、お前は三人を眠らせろ!」
「外傷の処置をする……つもりだったんだけど、なにこれ、出血が無い……?」
「今は無いだけかもしれない! とりあえず
勝手に動く自身の腕を斬り落とそうとしていた
その頭部を軽く小突いて意識を混濁させる。そうしてその腕を己の腹から抜き……陣地による再構成で肉体を作り直した。
「君、一人だけかい?」
「いや、"──"が単身犯人を追っていったよ。当然だけど、己もそれを追いかけるつもりだ。ここは任せていいかな」
「……元来であれば教師が前に出るべきだが……実力を考えれば、君が妥当だ。頼むよ、『正誤抑身』」
「良い判断だ。──それではね、"──"。己と彼が戻ってこなかったら、調子に乗った男子生徒二人の馬鹿な末路として……笑い話として彼女に伝えてやってくれ。まぁ己と彼女は偶然その場に居合わせただけの薄い関係性なのだけどね」
「そんなこと言ったら負い目を負わせるだけでしょ、馬鹿。とっとと行ってとっとと帰ってきなさい。あの馬鹿連れて」
「ダッコー、君は良い当主になるよ」
「はいはい」
陣地を解除し──飛来する罐のようなものを蹴り落とす。
「!」
「さっきのは比喩ではないよ、教師陣。この場の守りは任せる」
「……ああ、任せろ!」
さて、と。
十中八九己の獲物の仕業だけど……エスカレートしているな。
初めはこっそりやっていた手口が、段々と人目を気にしなくなっている。……これは、早々に片を付けなければ被害も大きくなるぞ。
と。
「あ……えっと、『最上級生さん』、ですか? それも……聖護星見の」
「そういう君は、初学生だね。本家の子か。彼らとは友達かい?」
「いえ……たまに見かける程度で、クラスメイトでもないです」
「そうかい。……己は急ぎの用事があるからね。何か言いたいことがあるのなら、早めにお願いしたいかな」
少女だ。初学生なのだろう少女は、「えと」と少し言い淀んだあと……決意を固めたように、言葉を吐く。
「た……多分、集会棟の方は、囮です。本命は……」
あっち、かと。
そうして弱しく少女の指差す方向にあるのは……学園が授業などに使う材料を溜め込んである保管庫。
「──助言、ありがとう。ただ、囮であっても彼では負ける可能性があるからね。己はやはり集会棟に向かうよ。君は、できればその事実をあっちの教師陣に伝えてほしい。そして君は絶対にあそこへ行かないように。いいね?」
「わ、わかりました」
ここが初めての邂逅。
学園長ではなく、ただの初学生でしかなかった……本家筋の彼女と。
平民ではなく、最上級生であった己の。
「そこで隠れている君。彼女を護るんだよ」
「……言われずとも、です。私は騎士の一族ですから」
そうかい。それじゃあ。
そうして、集会棟へと辿り着く。
これ見よがしに捨てられた肉塊。その全てから多量の血液が抜き取られてはいるが、殺されてはいない。
保存食というのなら、今食べてしまっては勿体ないからねェ。
破砕音が響く。
「っと、ここも違ぇ」
「……君は。はぁ、相変わらずだねェ。もしやとは思うけれど、集会棟の教室すべてを破壊して回っているのかい?」
「あん? ああ、お前か。仕方ねえだろ、集会棟に入った瞬間知覚を潰された。だからこうして地道にやってんだよ」
地道が過ぎる。何教室あると思っているのかな。
まったく、これだから肉体強化は。
「一瞬だけ先を視る。守ってくれるかい?」
「そりゃ効率が良い。いいぜ、命に代えてでも守る」
自己に埋没し、「正誤抑身」の魔法を再現する。
動かす魔力、余剰魔力共におかしなところはない。誰がどう見ても「正誤抑身」の魔力運動。
そうして、見つけ出す。
「……音楽堂かな、ここは」
「ナイスだ! よし、急ぐぞ!」
「待ちたまえ。教室へ入った瞬間に魔導トラップが発動するようだねェ。たとえフィジクマギアの魔法抵抗でも粉々になるほどの威力だ」
「……んじゃどーしろと。一回発動させて避けて、もっかい突っ込むか?」
「何よりこちらは囮だと、今しがた聖護星見の本家筋から情報を貰ったよ」
「
鋭いな。これは流石のフィジクマギアだ。
「つーか、扉開けた瞬間、教室入った瞬間にドン、ってんならよぉ」
「……一応聞いておこうか。君はなぜ、音楽堂の方角へ向けて拳を引き絞っているのかな」
「
「再建費用は?」
「学園の危機かもしれねーってのに、弁償しろとは言ってこねえだろ」
「ふふ、また学園長の胃に穴が空くね」
「治しゃいいさ、クライムドールなんだから」
つーわけで、と。
彼はその引き絞った拳を──リリースした。
直後起こるは大規模破壊。えーと、一応建物全体を強化して、崩落事故を防いで、と。
……出来上がるは音楽堂までの直通通路。人のいない時間帯で良かったねェ。
そして視界の中。視線の先では……今まさに初学生だろう女子生徒の首筋へ牙を立てんとする男の姿があった。
「
「
刹那、瞬きにも満たない時間で、男子生徒の姿は男の眼前にあった。
反応も何もできない、といった様子で……その顔面へと拳が突き刺さり、ぶち飛ばされる。
「っらぁ!!」
「魔導トラップがあると言ったばかりだけど?」
「お前が解除したのを聞いてたから突っ込んだんだよ。それで、容態は?」
「……気絶しているだけだね。恐らくは薬品の類で意識を奪われているだけ。体内の血液にも魂にも問題はないよ」
「そりゃ良かっ──」
言葉は最後まで紡がれない。
「……成程。囮というか、分身か」
「──ほう? 初見で我が術理を見抜いたのは貴様が初めてだ。褒めて遣わす。──して、死ね。我は女の血しか飲むつもりはない」
「先程の初学生は? 彼、普通に男だったけれど」
「あまりになよなよしていたのでな、見間違えた。気付いた瞬間に吐き出したよ」
「可哀想に。今度一言一句違わずに伝えておくよ」
「それは酷なことをするものだ。──だから正そう。貴様はここで死し、その言葉が少年に伝わることはない」
男は──変質した牙と長い爪をゆらりと魅せて、これまた瞬きの間に己へと肉迫した。
避けられない距離。
だから、避けない。
「っ!」
「……おや、攻撃しないのかい?」
「貴様……聖護星見に連なるモノか!」
「
「
「案外勤勉だね。それで、どうする? 今ここで君と戦い、消滅させてあげてもいいけれど……己としては君に逃げてもらって、本体のいる場所へ案内してもらいたいんだ」
言えば、苦虫を噛み潰したような顔になる男。
理解したのだろう。
逃げるという選択肢は存在しない、と。
「……初めから一個しか答えがねーもんを"どうする?"なんて聞くんじゃねーよ。そんなんだからお前性格悪いって言われんだぜ」
「おや、結構な重傷そうに見えたけれど、もう復活かい。それと、そんなことを言われたのは初めてだよ。陰口は感心しないね」
「安心しろ、言ってるのは俺だけで、今陰口じゃなくなったから」
「素晴らしい開き直りだ。応急処置は何分保つのかな」
「骨にまでは届いてねえからな。失血量で考えりゃ十一分。激しい動きをすりゃ半分以下が妥当かね」
「そうかい。休んでいる、あるいは教師たちのもとへ戻って治癒を受ける、という選択肢は?」
消える。
男子生徒の身体が──前へ。
「あるわきゃ、ねーだろ!!」
これまた音速に近しい拳──は、しかし。
「学ばぬか、少年。一度通じなかったのだ、二度目は止められる。──して、我を前にした生存時間が十一分とは、甘く見られたものよ。……鏖殺する」
「同じ言葉を返そうか、
消す。
其を間違いだと設定する。
聖護星見の中でもとりわけ異端。
その魔法とは──陣地に入った万物の行く末を決め、正すこと。そしてその陣地は円形に非ず。指定した地点から不定形に伸ばすことのできる……暗殺特化の聖護星見。攻撃力と範囲の特化がアドクロスならば、ガイアファクトリアスは音もなく余韻も無く対象を消し去ることに長けている。
「……っか、ぁ~! ……正直助かった!」
「いや、君が突っ込んでくれたからアレに隙が生まれたんだ。持ちつ持たれつだよ。……それより、傷……実はもう厳しいだろう」
「ああ、盛りに盛った。爪の先が背骨にまで達してる。俺の強靭な骨が無けりゃ胴体真っ二つだったってわけだ。だから……この初学生と俺、頼めるか。こいつはともかく俺はちぃと重いぞ」
「構わないけれど、今の敵は分身……本来の力の三分の一も有していない雑魚だよ。君はそんなのに瀕死へと追い込まれたんだ。これを告げる意味、わかるよね?」
「……テストになんざ喚いてねーで、もっと強くなれ、だろ。……自己分析なんか欠片もできてなかった。良い期末テストだったよ、本当に」
「よろしい。それじゃあ眠ると良い。君のさらなる躍進に期待しているよ」
「ハ──ったく、誰……目線、なんだ……よ──」
気丈に振る舞っていた男子生徒の意識が落ちる。
ま、簡易的な処置をして、と。
「……尻尾を出してくれて本当に助かった。後は君を仕留めるだけで、己の仕事は終わり。もうすぐ己は『正誤抑身』から──『執行者』へと戻るよ。それまでの余生、幸福に生きるといいさ」
そうして、己も。
かたん、と椅子に座る音が鳴る。
「終わったぁ! ──へへん、座学、実技、実戦……自己採点……千二百点は固い!」
「ということは、ケアレスミスでマイナス百五十点くらいですか、一応」
「……チビ。お前さ……もうちょっと手心とかさ」
「いや、千点超えただけでも奮闘した方でしょ。最初に見た時なんか、百点取れるか怪しかったのに」
「そこまでじゃねえよ!?」
期末テストは終わりを迎えた。
精神鑑定まで終わって、生徒たちは思い思いの感想……というか自由を満喫している。
己達もこうして中庭に集い、疲れからぐでーっとしている者もいれば、尚も自己採点、あるいは実技と実戦で上手く行かなかった、納得行かなかった部分を詰める者もいる感じだ。
「『英雄平民』、お前はどーよ」
「己は免除されている試験があるからね、君達とは比べられないけれど……ま、自己採点は満点かな」
「アンタはケアレスミスとかしなそうよね……。しかも見直しとか一切せずに。学生舐めてるワケ?」
「知っていることを問われて、それを書くだけ、やるだけなのだから、見直す必要が無いだろう?」
「うわ……。……今の一言で俺ちょっと『英雄平民』のこと嫌いになりかけたわ」
「同意します。私も一応自己採点は満点でしたが、学生として今の発言は許せません、一応」
ヘイトが高いなぁ。
けど、その点で言うなら。
「イリスとシェリーも、そうだろう?」
「座学はそうですが、実技と実戦では少々苦戦しましたよ」
「私もです。特に
彼女らの言う苦戦、疲労は、まぁ「手加減するのに苦戦した」し、「知らないフリをするのに疲れた」だろうけど。
「座学が満点なだけいいんじゃないかな……あたし、あんだけ自信満々で言ったのに四問落とした気がする……」
「カナビちゃんはぁ、大問見て理解浅いまま思い込んでぇ、その後の問題も意気揚々と解くからぁ、そうなるんだよねぇ」
「……まるで見ていたように……まさかカンニング?」
「まっさかぁ。カナビちゃんの答案カンニングしたって得るものなんにもないでしょー? あと落としたの四問どころじゃないよぉ」
「え! ど、どこ……っていうかやっぱりなんで知ってるの!?」
そういうアナは……まぁ座学は故意に何問か落としたのだろうけど、実技と実戦はどれほどやったのだろうか。
実戦は縛りがあるからいいにしても、実技は……
「『せぇんぱぃ』、わたしそんなことしないですよぉ。ただ……膨大なリソースを吐き出してぇ、強制的に、みたいなぁ?」
「ああ……そういえば風の感知にずっと蝙蝠が引っかかってたわ。ホント気を逸らされた……ったく、やるならやるって言いなさいよ」
「アンジーさん、テスト期間中は魔力使用禁止のはずですが……風の感知、とは?」
「へ!? あ、いや……そ、そう。エンジェとスヴェナならわかると思うけど、私の家のエレクトニカロルスって、魔力を使わない、とか無くて……」
「まー、そうね。多分教師もわかってるから大丈夫よシャニア。エレクトニカロルスは生きてるだけで魔力使っちゃうの」
「へぇ、そういうモンなのか。……あれ、でも……エンジェならわかる、はわかるけど、なんでチビまで?」
「一応、全家の魔法は勉強しましたので」
「真面目過ぎだろ……」
キッとアンジーを睨みつけるスヴェナ。
本当に申し訳なさそうにしている彼女を見て、その睨みはすぐに霧散したようだけど。なんでもない失言だったのだろうね。
「……で。……問題の……アリスは」
「う……うぅ、うぅううう!」
終始俯いていた少女A'は……エンジェに話を振られて唸り出す。
「あー……。……よし、ちょっくら教師陣に直談判入れてくるか!」
「やる気があったことはこの場にいる全員が認めていますからね。自主退学に関する考慮にそこを含めないようお願いするくらいはできるでしょう」
「実際何点だったんだい? 自己採点はしたんだろう?」
「ちょっと、『先輩』。傷口に塩どころか
「というか、点数を聞いてもいないのに皆さん失礼過ぎでは? 実は上手くいって唸っているだけという可能性も……」
まぁ。
"馬鹿なアリス・フレイマグナ"に限って言えば、勿論そんなことはなくて。
「……点でした」
「なんて?」
「……多分……三百四十点くらい、でした……」
天使が通る。
「えっと……座学だけで、だよね?」
「全体を……通して……」
精神鑑定も点数がつけられる。つまり十五教科あり、一教科百点。
千五百点満点が最高値の──三百四十点。"馬鹿なアリス・フレイマグナ"であればケアレスミスを考えて、マイナス五十点か六十点は固い。
「……よし! いますぐに教師へ頼み込みに行くぞ! 大丈夫、先生たちはそこまで鬼じゃない!」
「そうね、こういうのは一刻を争うわ。少なくともアリスにやる気がなかったことはないって伝えないと」
「仕方ないなぁ。わたしたちも行ってあげますよぉ、アリスせ・ん・ぱ・い」
「エンジェ、あなたも……。……エンジェ?」
……気配を消す。
これは彼女の問題だ。
「アリス。私、言ったわよね。
「……はい」
「この点数、おかしいでしょ。だって実技と実戦ならアンタは満点取れたっておかしくはない。なのに取ってない。──やる気、実はないんじゃないの?」
そうだ。"馬鹿なアリス・フレイマグナ"は、魔法の威力だけは一級品。
威力を落とすことは未熟ゆえにできずとも、威力を上げることはできる。
だというのに三百四十点。実技と実戦の九百点は、満点でもおかしくないのに。
「……」
「……勉強会とは名ばかりでしょ。わかってるの? みんなの勉強時間を奪って、アンタは教えてもらってた立場。ケニスも同じだけど、ケニスはしっかり成果を出した。それに比べてアンタは何? やる気がないっていうか……わざと手を抜いた?」
「ち、違います! そんなことはなくて、アリスは!」
「じゃないとおかしいって言ってんのよ。座学で点数落として落第ギリギリ、なら私だって先生へ懇願しにいってあげたけど……実技と実戦までそれは、無い。況してや精神鑑定もその様子だと適当にやったんじゃないの」
「お姉さま、違います、アリスは本気で……」
誰も口を挟めない。
そういえばそうだ、と。……誰しもが思ってしまったから。
「……。……アンタ、なんで今気配消したワケ? なんか知ってるの?」
「おや、矛先を己に向けるのかい、エンジェ。気配を消したのはこの空気が面倒だったから。それだけだけど」
「何か知っているなら、話して。……じゃないと私は……エレメントリーの次期当主として、アリスを殺さなくちゃいけなくなる」
「っ、ちょ、おい! 他家の話に首突っ込むのがタブーなのはわかってるけど、どーしてそうなんだよ!」
正当な判断だ。
なんせこれでは、少女A'は……故意に皆の足を引っ張ったと、そう思われて仕方がないのだから。
"馬鹿なアリス・フレイマグナ"であるためには、ここで成果を出してはならず。
しかし出さなければ、"馬鹿なアリス・フレイマグナ"で居続けてしまっては、エンジェの恩寵を受けることはできない。
板挟み。
「シャニア。ごめん、言いたいことはたくさんあるって顔だけど、これウチの問題だから……ケニス、どうにかして」
「はい。……最良の判断を期待します、エレメントリーの御令嬢」
「シャニアまで何言って──」
生徒Cが消える。空間剥離か、まぁその類の魔法だろう。
そうして。
少女A'を擁護する者は、一人もいなくなった。
「話して。それとも、何も知らないを貫く?」
「どうかな。話して何かが変わるとは思えないし、それほど重要な話でもない。確かに己はアリス・フレイマグナに関する秘密を一つ握っているけれど、このテスト結果に関係するものではない」
「……」
「……」
さて、この嘘は……君の直観にどう作用するか。
「……アンタにとって、アリスはどうでもいい存在でしょ。特筆すべき事項も無ければ、何かひっかかるものがあるわけでもない。……なのに庇う」
「酷い言葉を吐くものだね、エンジェ。特筆すべき事項のない人間がいるのかい、この世に」
「少なくともアンタ基準ではいるでしょ、大量に」
ほとほと理解者だね。
それで。
「じゃあ、それでいいよ。己にとってアリス・フレイマグナはどうでもいい存在だ。──なのに己は彼女を庇っているし、彼女の秘密を隠している。それは何故だと思う? ああ、惚れた腫れただの、くだらない話はやめてくれよ?」
「言わないわよそんなこと。……。……わからない。いつもは……わかるのに、今はわからない。……アリスに何かあるワケ?」
おや。
──エンジェの直観が、少女A'に……虚構の神の欠片を抱く少女に、通じない?
それは……少しおかしな話だね。
「それじゃあ、保留にするのはどうだろうか。七日休み。その間、己達は各々過ごし、時には遊び、時には勉学に励むのだろう。鬱屈とした思い、巡らせねばならない思考を頭の片隅に置きながらそれを謳歌するというのは難しいことかもしれないけれど──今、わからないままに沙汰を行うよりは、ずっと良いはずだ」
「まぁ、そうですねぇ。他家の問題ではありますけどぉ、今判断するには材料が足りな過ぎるのとぉ、──『せぇんぱぃ』の行動に何の意味も無いと考えるのは……浅慮が過ぎる。そうでしょう?」
「私は擁護できる立場でも批判できる立場でもありませんが、一応……エンジェ。告げておきます。──真相はシンプルですが、感情は複雑です。一応私には答えがわかりました。七日後、何もわからなかったら、私に聞きに来てください」
流石だねェスヴェナは。
元次期当主なだけある。
「……わかった。七日間、保留にする。……シャニア、ケニスにはそう説明しておいて。あと……空気悪くしてごめんね」
「構いませんよ。あなたの言い分は正当性がありますし。さて、皆疲れたでしょう。今日のところは帰ってゆっくり眠って、前に計画を立てた通り……七日休みを有意義に使いましょう。それでいいですね?」
「うん、あたしはいいよ」
「私も良いけど……はやいところケニス出してあげなさいよ。空間剥離、一回食らったことあるけど、回避以外の目的で落とされると無限に続く空間で怒りもなにもぶつけられなくて苛々するだけだし。ね、シェリー」
「アンジーちゃんは関係なくぶち抜いて来ましたけどね……」
まぁ、そんなこんなで。
当事者の少女A'を置き去りに──場は解散となった。
……さて、どうなるかな。
こういう青春ストーリーはあの虫の領域だけど、己も一応楽しめるから……今度観測結果だけ送って、何か謝礼の類を貰うのもいいかもしれないな。恩は売るだけ売っておくのが吉だ。