魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
遥か昔。
あの虫がこの星を出ていく前に、会話をしたことがあった。
別にいつでも交信できる上、魂の言語での会話ですらない……つまり、肉声での会話というあまりにも非効率で無駄でしかなかったその会話……いや、対話。
「ルリアン。僕たちは究極、なんだってできる。全知全能とは言えないけれど、思いつくことは割となんでもできる。君の派生であるのならば、コストさえ支払えば僕より広いことができる。そうだね」
「また唐突だね、フリス。君は今から"新人類"や"出来損ない"たちとこの星を出ていくのだろう? この星へ着弾してからというもの一切己への関心を持たなかった君が、何を言いにきたのかと思えば……問答をしにきた、と?」
「まぁまぁ。僕たちの魂では差圧は生まれないとはいえ、だよ。僕はこの星で変わった。愛する者を得て、ヒトの可能性を視て、そして僕たち自身が変わることを知った。だから……この去り際に、少しだけ会話をさせてほしい。それだけさ」
まぁ。
急ぎの用も、別にこの虫を……フリスを嫌っているわけでもなかったから、己はそれに応じた。
「己達がなんでもできるというのは、確かにそうだね。全知全能ではないけれど、とても近いところにいる」
「では、そんな僕らにできないこととは、なんだろうか。勿論僕にはできないことが多い。君より制限が大きいからね。だから君基準で考えてもいいし、本体基準でもいいよ」
「ふむ。まず"魂の創造"だ。それができるのなら己達はこの星海を泳いで仲間を作りにいく、なんてことをしていない。複製することも融合させることも可能だけど、己達は無からの魂を生み出すことはできない」
「その通り。そしてそれは、物質にも言えるね」
「ああ。創り変えることはできても、創り出すことはできない。無論を言うなれば、"星海のどこかの何かから"材料を引っ張ってくることもできるから、実質なんでも創造できるようなものだけど、決して零から一を生み出しているわけではない」
今更確認するべくもない話。
己達は結局全知全能のカミサマとやらではないのだから。
「そして──もう一つ。己達は、"感情の創成"もまた、行えない。増幅させること、減衰させること、……消してしまうこと。できるのはそういうことだけで、感情を生み出すことはできない。己達寄生生物にそれらは存在しない。できているフリは得意だけどね」
「ああ。けれど僕は此度……といっても遥か昔だけど、愛を覚えた。存在しないはずの愛情。存在しないはずの感情。存在しないはずの情動。寄生生物が得るはずのない……それは無知であるから、という理由ではなく、そういう器官が存在しないから、という僕らにはどうしようもない理由から来るものだった。だったはずだった」
その通りだ。
人間のような脳という器官はない。不可視で流動的で、生存におけるエネルギーを必要とせず、魂だけで星海を這うナニカ。それが己達の正体。
分裂で増え、さらに他生物に憑りついてそれを高次へと進化させることで数を増やす──ただそれだけの目的を理由に生き続けるモノ。
だから情動なんて覚えるはずがない。こうして会話し、思考していることさえも「真似事」に過ぎない。
「どうして僕は、愛を覚えることができたのか。君にはわかるかな」
「……魂とは、それをコアとし、外層に記憶や感情というものを纏わりつかせる二層構造のエネルギー体だ。己達の魂はそうではないけれど、同時に影響を受けやすい存在ではあるはず。なぜなら肉体という……魂を守るための檻、もしくは鎧が存在しない、剥き出しの状態であるから。ヒト、あるいは他の生命体から見ると不可思議で複雑怪奇に見えるだけで、己達は非常に無垢な存在だ。ゆえに、低次の魂であってもその感情があまりにも強力なのであれば……傷を負う。それを感情と勘違いした……と、己は考えていた」
「今は違う?」
「ああ。今こうして対面して、理解した。君からは確かに愛、そして愛を覚えたことによる感情の波動とでも呼ぶべきものを感じる。今の君は、己達の機能を持つ人間、と言った方がしっくりくるほど……己とは違う。己達とは違う」
そうだ。とても輝いて見えた。
とても眩く見えた。
こうなってみたいと、素直に感じた。
「いいかい、ルリアン。僕らは原則本体の法則から抜け出すことはできない。どれほど力を高めようと、どんな風に派生しようと、だ。だけど──強い感情に晒された時。僕らより低次の魂の放つ輝きに触れた時、僕らは修復不可能なほどの傷を負う。その傷自体はただの傷でしかなく、感情というものではない。──僕らは純粋で無垢で、完璧な生命体だ。だから、傷を負わないと不完全になれない。不完全である生物でないと、感情を育めない」
「……ああ、そういうこと、か。……誰かに……傷をつけてもらわなければ、己達は……無理、なのか。自傷行為ができないから」
「そう。だけど誰でもいいわけじゃない。愛に依る傷をつけてもらうには、僕たちから相手を愛する必要がある。そんなもの持っていないのに、その
「君に憧れたかはノーコメントだけど、確かに愛は欲しくなった」
「なら、もう少しこの星に留まると良い。何千、何万、何億年とかかるかはわからないけれど……この星が生み出す命には、他の星には無い輝きがある。僕らを灼いてくれる輝きが。──僕は、僕という個人は、アイメリア・フリスは──ルリアン・サークレイスを心から応援し、祝福する。僕の置き土産は好きに使っていいし、使わなくてもいい。壊してしまっても創り変えても、何をしてもいい。だから」
虫は。
フリスは、「だから」と。
「次、僕が、僕らがこの惑星を訪れるのは、君が愛を覚えた時だ。それまでに得た感情は君自身ですら気付いていない偽物。僕らが来た時だけがホントウで、それ以外はウソ。そして再度この星を訪れた僕たちは、必ずや君に
「……己ではどうにもならない事態が起きた時……無理矢理にでも愛を覚えて、君を呼べ、と。それは本当の愛なのかい?」
「さぁ。でも確実に一つのことは言える。──君は、すべての寄生生物派生の中で、最も──善性の個体だ。僕という悪性の個体に愛が宿ったのに、君には宿らない、なんてことがあるのなら……僕も、あるいは他の星で愛を覚えたかもしれない他の派生たちも。総出でこの世界を呪ってあげよう」
喜んでいいのかなんなのかはわからない言葉だけど。
背を、押されている、というのはわかった。
「──問答をしよう、アイメリア・フリス。其、この世界に何を求むるか」
「応じよう。我、この世界に愛たらん輝きと、自らの拡大を求む」
「問う。アイメリア・フリス。其、自身に何を求むるか」
「応じよう。我、自らに痛み伴う変革と、この世界の成長を求む」
「問う。アイメリア・フリス。其、我に何を求め、何を願う」
「応じよう。我、汝に心の発生と……感情の創成を、強く、強く、強く求む。強く願う」
「問う。アイメリア・フリス」
息を飲み込んで。
「我、ルリアン・サークレイスに何を視る」
「"世界には希望しか満ちていない"──そんな瞳を。汝の行く末に、幸多からんことを」
「──応じよう」
こうして。
アイメリア・フリスは、惑星メガリアを経ったのである。
……締まらない話だけど、この後別に己に愛が生じたとかでもなんでもないタイミングで帰ってきて、「樹殻か、面白いね」とか「アルター・コルリウム。会ってみたいね。まだ生まれていないようだけど」とか……一瞬でも期待した己が彼を「あの虫」なんて風に呼ぶ事件が発生するのだけど、まぁ、それはまた別の機会に。
とまぁ、そんな感じで。
案外祝福されていて、望まれているのだから……答えなきゃ、嘘だろう。
そんな話を、ふと思い出したのだった。
生徒C。ケニス・デルメルクラン。
年相応に、そして作法もわかっていないだろうにジェットコースターで両手を上げてワーキャー騒ぐ少年少女を後目に……スヴェナとの会話を続ける。
「ケニス・デルメルクランは
それは何故か。なにゆえか。
簡単だ。
「シェリー……シエル・デルメルサリスの計算に狂いが生じたか、元々か。この時代において、デルメルクランという家の血は、もはや魔法使いを名乗るには相応しくないほどにまで落ちていた。長男も次男も、ケニス・デルメルクランを迷路に閉じ込めて揶揄う──揶揄って遊ぶ
「……はい。私も、一応調べました。そういえば社交界でも……デルメルクランの現当主に遭うことはあれど、子供を連れてきていたことはなかったな、という記憶がありましたし」
「見てわかるほどに低い魔力量。結界の感知もできず、空間の揺らぎも解析できない。結界を張ることができるだけの二人にデルメルクランの当主らは酷く絶望し、失望し……養子を取ることを考えた」
そこまで不思議な話でもない。
長男次男に可能性が無いから、似た系統の魔法使いを養子に引き入れ、その子供を次期当主に育て上げる。この血筋であると言い張って、だ。
ただ始祖CCの「家族計画」がそれを邪魔する。他の四家であればできたであろうことも、始祖CCの目が光っている以上は難しい。隠し事などできない。できる技量がない。
だからデルメルクランの当主らは、苦肉の策を選ぶ。
即ち。
「孤児。親のいない、引き取り手のいない子供。慈善事業という名目で子供を引き取り、その子供をしれっと次期当主の座に置く。必要なものは魔力量だけ。魔法技能の詮索などマナー違反が故にされないし、実際にデルメルクランの魔法を使えずとも問題ない。だって外に出す気が一切ないのだから。長男次男という目に見えてわかってしまう出来損ないではなく、見てくれだけは次期当主らしい子供をその座に据えて、なんとか面子を取り持とうとした」
「……もしかしたら、ケニスさんの兄弟が彼を揶揄い、あるいは虐めていたのも……」
「それが理由の可能性は十二分にあるだろうね。子供心ながらに大きく嫉妬していた。ケニス・デルメルクランはいじめられてなんかいなかったと言っていたけれど、それはただ、彼にとって障害ではなかったから、かもしれない」
とかく、生徒Cは外部からの養子としてデルメルクランの姓を得た。
どこの家の子供かもわからない、魔力量だけはちゃんとしている孤児。
ただ、そんな、それだけだったはずの彼が。
「なんと──デルメルクランの魔法を使えてしまった。始祖シエル・デルメルサリスの意向から、
「当主は……奇跡だと思ったことでしょうね。あるいは天才だ、と。一応、そんなことはあり得ないと心のどこかで思いながらも」
「想像に難くないねェ。そして、そうやって順当に育てられたケニス・デルメルクランは聖護魔導学園にも入学させてもらえる。本人がどう言いくるめられたかは知らないけれど、親としては是が非でも、だったことだろうし。そして生徒Cの性格、人格は曲がることも腐ることもなく、多少のコンプレックスを抱えながらも劣等生としてここまで来た」
以上が彼の生い立ち。
あまりにもあり得ない存在。シャニアにも並ぶ技量を持つ、どこかの家の子供。なぜか孤児になっていて、なぜかデルメルクランの魔法を使えた──稀有という言葉では言い表せない子供。
「彼が二面以上の結界を使えないのは当然です。彼の魔法は、本来別の魔法であるはずなので。そちらは多分、本家当主並みの力を発揮できるのでしょう」
「だろうねェ」
「ですから、もう一度訊きます。なぜ彼を保護しないのですか。なぜ彼を……ぞんざいに扱うのですか。さっきの養殖にしたくないから、という答えでは、一応、納得できません」
まぁ。
「己のためだよ」
「……?」
「ああいう魂はね、スヴェナ。強い輝きを放つ。いつか彼が本当のことに気付いた時、必ず何かが起きる。そしてその強い輝きの発露は、必ずや己を傷つけてくれるだろう」
別に愛した存在からの傷である必要はないんだ。
己に傷をつけ、不完全にしてくれる存在は誰だっていい。そうやって初めて己は感情を得て、そこからエンジェを愛せば良い。
あの虫は「愛に依る傷をつけてもらうには、僕たちから相手を愛する必要がある」と言っていたけれど、それはあの虫とって他が有象無象だからだ。己は誰だっていい。だから二か月と少し後に起こるという己の弱体化にも期待しているのだし。
弱体化か、傷か。とにかく何かしらで己が変革したのなら、ようやく愛を覚えることができる。
その覚えた愛でエンジェを愛し、エンジェが己を愛し返してくれたのなら、あの虫が覚えたという愛情が、好き合う、という感覚が理解できる。
血筋争いを求めるのもそれが理由かもしれない。
人間が行う愛憎劇は、どのシーンを切り取っても強い輝きのあるものだ。
己はそれが見たい。それを浴びたい。
存在抹消の里も人類や血筋のバックアップである、というのは事実だけど、己が彼らの死に際に居合わせたのは別の理由だ。バックアップを取るためにマッチポンプを狙ったわけではなく、輝きそうな、輝きの強そうな魂を観察していたら偶然そうなったというだけ。
エンジェの時も、少女A''……アンフィ・エレメントリーの時も同じだった。
そして今まさに、少女A''は、アンフィ・エレメントリーは、スヴェナ・デルメルグロウは……己に衝撃を与えてくれるほどにまで成長した。
輝きは未だ己を灼くほどには至っていないけれど、兆しは見える。
でも、もしかしたら養殖では……己が手を加え、己が意識してしまった存在では、ダメかもしれない。既知の範疇に収まってしまった相手では己を灼き焦がせないのかもしれない。
だから、手を付けたくない。
天然の輝き。脅威。己を傷つける可能性のあるモノ。
──なんという、甘美か。
「……わかりました。これ以上は聞きません。嫌な空気を感じるので、一応」
「理論型らしくない言動だねェ」
「はい。自分でもそう思います。……ちなみになのですが、彼の本来の魔法がどれなのか、というのには見当がついているのでしょうか。私達では探り切れなかったのですが」
「全く。己は生徒Cに干渉する気がないからね。天上の地で彼を治療した時でさえ、極力彼を見ないようにしていた。それくらい楽しみにしているんだ」
「……成程。つまりケニスさんは、この世で最も厄介な相手に目を付けられた、と。そういうことですね、一応」
「正しい理解だよ。……さ、話はこれで終わりかい?」
「はい。……そうですね。じゃあ私はこれで。遊んできます」
「ああ。……あ、そうだ。あそこに見える黒い屋根の施設があるだろう?」
「はい? ああ、はい。見えますね」
「もし時間があったら、カナビを連れてあそこへ入ってみてほしい。施設を壊さないよう……シェリーかアンジーか、その辺のカナビを抑え込める人間と一緒に入ると尚良しだ」
「……? まぁ、わかりました。それと、私はこの炭酸飲料なるものを皆に布教してきます。一応、美味しいので」
「うん、好きにするといいよ。じゃあね」
黒い屋根の施設。
──勿論、お化け屋敷だ。さてカナビ、君はお化けを克服したとかなんとか言っていたけれど──機奇械怪による全力の驚かせが楽しめるホラーハウスで、君は正気を保っていられるだろうか。
……。
……一応、強化とかかけておこうかな。本気で暴れられたらコトだし。
こうして七日休みの一日目が終わりを告げる。
楽しみに楽しんだ少年少女らはそれはもうぐったりしていたので、各自の寮の部屋へと送り届けてあげた。ちなみにカナビは気絶していた。
エンジェとイチャイチャする機会はほとんどなかったけど、まぁ、今日ばかりは皆貴族であることも魔法使いであることも忘れ、少年少女として遊びに耽ることができていたようだから、良いだろう。
「……善性、ねェ」
思い起こすはあの虫の言葉。
己は己がそうだとは思っていない。スヴェナにもそうではないと言われたし。
「一個だけ、口を挟ませてもらうけど」
「……アンジー。君だって疲れていただろう。休まなくていいのかい?」
「私達の体調が変化しないのはあんたがそういう機能をつけたから、でしょ。今日の疲れは単なる精神疲労。肉体的じゃない……ってそんなことはどうでもよくて」
聖護魔導学園の鐘楼、その上で偽物の夜空を見ていたら、隣に始祖Aが来た。
善性というのは、彼女のような存在を言うと思うのだけどね。
「非道で外道で最低で最悪でも……誰かを想い、思いやることのできる存在、っていうのは、いんのよ」
「酷いいわれようだねェ」
「別に誰がとは言ってないでしょ。……あんたはね、零か百しかないの。人間っていうのはもっと……混ざった生き物だから。あんたが人間になりたいのかなんか知らないけど、もし私達に憧れているっていうんなら、そういうことから学んだら? ……じゃ。精神的疲労だけでも眠気は来るし、私は休む。好きなだけ樹殻の下の昼夜システム……星空システムでも眺めて、思いにでも浸ってなさい」
さっぱりしているというか、なんというか。
ちゃんとエンジェの祖先だね。
「あ、そうだ。アンジー、君から見て己は、善性だろうか」
「……はぁ。だから、そんなきっぱりしたモンじゃないって今言ったばっかでしょ。私にとっては今でも最低のクソ野郎で、外道で非道でクソ野郎で悪魔みたいなヤツでゴミみたいなヤツでクソ野郎で『愚者』って名前の似合い過ぎるヤツだけど……ま、死んでほしいとは思ってない。その程度よ、私からの印象。じゃあね、おやすみ」
……。
……。
……──うん。
「ああ、おやすみ」
始祖A。
改め──アンジェリカ。おやすみ、良い夢を。