魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Sin17-1.「七日休みの不穏」

 この世界の動植物は全てナノマシン……もとい魔力に汚染されている。

 つまり繊維も染料もなにもかも汚染素材であり、これを除染せずに着ること、あるいは作製作業をすることはそのまま数年後の中毒死を意味する。

 故、何をするにも除染は必須であり、しかし除染をしてしまうと思うような手触りや色味が出ない、ということもあり……この世界の服飾業界は常にアイデアマンを求めている。

 

 除染して尚想像通りの色味や手触りを作り得る手段、もしくは。

 除染の必要がない服にする──そんな手段を。

 

 さて繁華街。

 実用的な繁華街であるここでは、食品も服飾も魔法媒体も素材も何もかもが売られていて、皆が皆ギラついた目で客を求めているし、他店での良さそうなアイデアは全て吸収するし、店を開きたてで相場を壊しかねない店には注意が飛ぶ。

 なにやら貴族における商会連合なども結成されているようで、そのあたりの治安は良い……のだけど。

 それはそれとして、なのだろうね。

 

「……なんか、注目を浴びていませんか」

「なに、シェリー。アンタこういうとこ来るの初めて?」

「はい……特別体験入学をする前は、普段家からあまり出なかったもので」

「成程ねー。ま、私達ってさ、世間知らずの右も左もわからない貴族御令嬢なワケよ。ケニスとコイツがいることはいるけど、まーほとんど考慮されない。目に付くのは……自分で言うのもなんだけど、綺麗どころの女の子、しかも見るからにお金を持ってそうな複数人の少女の集団ってワケ」

「ああ……つまり、カモでしかない、と思われていると」

「そういうこと」

 

 彼ら彼女らもまさかここにいるのが社会情勢も貴族情勢も知り尽くした始祖と次期当主らの組み合わせだとは夢にも思うまい。学生且つ初学生であるから社交界にもほとんど露出せず、実際スヴェナや生徒Cなんかはそうではない──とされている──がために、どれだけそういったリサーチを欠かさないものでも見間違える。

 即ち、相場もわからなければ品の価値さえも理解できない、けれど金払いは良い見事なまでのカモに。

 

 だから狙っているはずだ。虎視眈々と。

 少しでも目を合わせれば売り込みが来る。

 食べ物系統を学生が買わないことは誰しもわかっているから──やはり服飾。衣服、アクセサリー、ワンポイントにおひとつどうぞ。

 なんなら生徒Cと己がいることで、カップル用の品をいそいそ準備している者もいるかもしれない。

 

 あとはチキンレースだ。相手は貴族集団なので失礼があってはいけないと機を伺いつつ、けれど商売チャンスを見逃すこともしない。今か今かと息を殺して──。

 

「ああ、そういう意味では、もうすぐですね、パーティ。エンジェも出るのでは?」

「物好きよねシャニアって。……ま、そうね。姉さまがいなくなったから……私もドレスを新調しないと」

 

 それはもう、猛獣が獲物を見つけたが如く。

 シャニアとエンジェへすさまじい量の視線が向かう。

 服飾関係の店なのにそういった視線を向けていない店もいくつかあるけれど、そういう場所は……ああほら、先細りしているとはいえ平民ではなく貴族が売り子をしているじゃないか。

 つまり知っている、という話。

 

 そしてそういった事情に一切関係なくエンジェの発言でスヴェナが勝手に思いつめた表情をしているという話で──。

 

「ん、なんだチビ。もしかして金ねーのか? デルメルグロウの資金力がどれくらいかは知らねえけど、デルメルクラン(うち)より無いなら……ちっとは出してやらねぇこともねーぞ」

「ああいえ、一応、そういうことではなく」

「ケニスさん、あなたがお金を出すのなら、私が出すべきでは?」

「いや普段は気にしてねーけど本家御令嬢に奢ってもらうのは分家として色々思うところあるっつーか」

「……分家は分家同士助け合い、本家はそこに口を出すな、と?」

「んなこと言ってねーって……って、わかってて揶揄ってるだろ!」

 

 善人が気を回す結果になる、と。そういうわけである。

 

 さらにそこへ。

 

「お金……で言うとぉ、アンジーちゃんも湯水の如く使えるんじゃないのぉ?」

「……まぁ両親のお金だし、どれくらい使っても怒られなそうではある、のかしら」

「ちょっとアンジー、ダメよ。学生の内からそんな贅沢覚えちゃ、大人になってから苦労する……っていうか、エレクトニカロルスってそこまで資金力無かったでしょ」

「え、あー……そうだっけ? 欲しいものは全部パパとママが買ってくれてたし、よくわからない……みたいな」

 

 誰にも聞こえない、というか多分己とアンジーにしか聞こえないように作ってあるらしい特殊陣地からイリスの「貴族令嬢の解像度が低いの、どうなのですか。一応始祖でしょう私達」というツッコミが入る。

 イリスをキッと睨みつけるアンジー。いやまぁ、だろうなとは思ってたよ。アナのこの雑なフリからして……貴族社会の情勢はともかく、一般令嬢の基礎知識を始祖たちは持ち合わせていない。だってそんな経験してこなかったから。

 解像度の低すぎるエレクトニカロルス御令嬢ロールプレイ……に、本家次期当主たるエンジェはカンカン。その様子をニヤニヤ眺めるアナと……おや。

 

「カナビは……どこへ?」

「ん。……あれ、本当だ」

「カナビちゃんならさっきぃ、気になるものがあったから先行っててってぇ言ってましたよぉ? エンチャント触媒で良いのみつけたからとかなんとかぁ」

「……カモ最大手?」

「フィジクラッシュって、資金力どれくらいあるワケ? 大丈夫?」

「さぁ……?」

 

 生憎とここには肉体強化(フィジクマギア)の資金事情に詳しい者が一人もいない。

 ただわかることがあるとすれば、最近肉体強化(フィジクマギア)は様々なことが起こり過ぎていて、割と首の回らない状態になっているはずである、ということくらいか。

 

「手のかかる子たちね……風で探し……って、あ」

「ごめんなさい! ちょっと見るつもりだったんですけど、オススメされるものが全部良くて!」

 

 それなりの速度で駆けて追いついてくるは──ジャラジャラとアクセサリーを身に付け、着ていた制服を折り畳んでバッグにしまい、明らかに学生らしさのない服を着て、さらには己でさえも何に使うのかよくわからない雑多な触媒をこれでもかと抱えたカナビ。

 

「……繁華街に連れてきたの、ミスだったわ……」

「カナビちゃん、幾ら散財したのぉ?」

「散財って……あたしは必要なものを買っただけで、無駄遣いはしてないよ!」

「へー? でもたとえばこれ……ブラッディベアの延髄でしょぉ? カナビちゃん、自分で狩れるじゃぁん」

「え、だって自分で狩ると汚れるし探すのも面倒臭いし……それに安かったし!」

「だからぁ、いくらぁ?」

 

 カナビが「えーっとぉ」なんて言いながら金額を吐く。

 吐けば──頭を抱える数名。わなわなと震える生徒C。

 

「かんっぺきにぼったくられてるぞそれ、カナビ……」

「え!? だってブラッディベアだ……ですよ? しかも状態こんなに良くて、これなら充分……」

「ブラッディベアなら俺でも狩れるし処理は楽だし……その十分の一の値段で売ってても買わねえわ」

「それは、ケニスくんが魔法使いだからであって、あの店主さんは平民だったし……平民がブラッディベアを狩るってなったら、その努力込みで充分な値段でしょ……?」

「素材収集のバイトくらいいくらでもあるでしょ。特に肉体強化(フィジクマギア)の学生って結構そういう受けるじゃない。あんまりお金持ってない家の子は」

次元空間(デルメルサリス)も似たような感じだなー。小遣い稼ぎに平民の依頼受けることは結構あるぜ」

「全家そうなんじゃない? 四大元素(うち)もそうだし」

 

 あー、なるほど。

 カナビはそういう平民の努力込みでならこの値段で充分と考えたのか。確かに単なる平民が狩るには厳しい魔物だ。けど、今総攻撃をしている皆の言う通り、魔法使いであれば然したる苦も無く倒せる魔物である。魔法抵抗もほとんど持っていない、リーチも短い、視界も狭い……ただ血に濡れたように赤い毛を持っているからそう名付けられたブラッディベア。

 レッドベアやスカーレットベアというもっと強いベア種がいただけに、余っていた名前を付けられたら逆に名前負けした稀有な例。

 この世界、発見した魔物に片っ端から名前を付けていく……己の出す認証名以外はそうなっていくから、直観的な名付けのされたものから余り物でなんとか間に合わせた名前まで多種多様。そして新種であればあるほど、どれほど弱かろうとちょっと捻った名前をつけられがちなのである。

 

「まー……もう買っちゃったものは仕方ないにしても……アンタたちちょっと世間知らず過ぎでしょ」

「えー、エンジェ先輩、わたしは常識知ってますよぉ」

「私もです。世間知らずはアンジーちゃん、シェリーちゃん、カナビちゃんだけなので、一緒にしないでください」

「一応……私も着ているのでアレですが、こういう場所に学生服で来ること自体が常識知らずというのは……」

「それは無用なトラブルを避けるためだからねェ。……ところでアリス・フレイマグナ。君はずぅっとだんまりだけど、何か欲しいものとかないのかい?」

 

 極限まで気配を消していた少女A'へ話を振れば、とても恨みがましい目で見られた。

 遊園地では認識錯誤による誤認で自身の現状を忘れて楽しんでいた彼女だけど、今は違う。今は普通に落ち込んでいるし、普通にどう立ち回るかを考えに考えている時間のはずだ。だから余計なことをするなという抗議の目線だろうけど……残念。

 己がそんな隙見逃すはずがないだろう。

 

「そういえばそうね。アリス、欲しいものあったら良いなさいよ。買ってあげるから」

「ちょ……エンジェ。『噂の平民さん』も、それは意地悪が過ぎるでしょう?  だって……」

 

 もし、少女A'がこの七日間……いや、後六日の間にエンジェの判断を覆せなかったら。

 何か欲しいものを買えたとしても、何かしらの幸福を得たのだとしても。

 

 彼女の命は、そこで──。

 

「そんだけ期待してるってことでしょ。じゃ、エンジェ先輩? あの店にある白のドレス買ってくれない? お察しの通りエレクトニカロルスはそんなにお金持ってないから、お願い」

「……アンジー? 今、私、散財の危険性についてしーっかり叱ったと思うんだけど……聞いてなかったワケ?」

「だから私のお金じゃなくて、本家のお金に頼ったんじゃない。それともなに、フレイマグナには買ってあげるのにエレクトニカロルスはダメなの?」

「そういうわけじゃないけど……はぁ。はいはい、アンタもアンタで不器用というかなんというか。無駄な気を回すのはいいけど、その皺寄せがいつか自分に返らないよう上手く立ち回ることね」

「出涸らしになるまで本家から資金を搾り取って、最終的にエレクトニカロルスが本家になる、って話で合ってる?」

「話の逸らし方も下手だし……。イリス、シェリー。アンジーって学園外だと普段こんな感じなの?」

「まぁ……割と」

「そうですね。何かときっぱり物事を言うタイプなので、遠回しな言い方は死ぬほど下手です」

「あのあの、エンジェ先輩。なんで今あたしとアナちゃんを除いたのかなーって……」

「アナはどうせエンジェを揶揄う回答しかしないし、アンタはそんなことないって擁護しながら段々刺していくのが目に見えるから」

 

 うん。

 始祖五人……とわかっていないとはいえ、解像度が高いねェ。

 

 そして今アンジーにさらっと言われた言葉。少女A'に届いているのかどうか。

 

 期待している──エンジェの判断を覆す何かを。

 "馬鹿なアリス・フレイマグナ"を崩すことなく、できる何かを。……ま、エンジェとしてはとっとと馬鹿じゃなくなってよね、という意味合いも込めている叱咤なのだろうけど。

 

「……っし! なんか、空気微妙だから……『英雄平民』!」

「ん。己は聖護星見(クライムドール)ではないけれど、今嫌な未来が見えたよ」

「エンジェとシャニアがもうすぐパーティなんだろ? で、エンジェはお前の恋人! っと、睨むなよシャニア、怖いから……。……で、だから、こういうのはどうだ。お前とシャニアでエンジェに合うドレスを見繕いあって、エンジェの気に入った方を見繕った方が勝ちってゲーム!」

「流石ですね、一応。空気は一切払拭できていない上に新たな火種になりそうなゲームをそこまで意気揚々と吐き出せるのはケニスさんくらいです」

「だよな、チビもそう思うよな!」

「……はいはい、そーですね。一応」

 

 エンジェを見る。

 肩を竦める彼女。

 シャニアを見る。

 鼻息の荒い彼女。

 

「……忘れているかもしれないけれど、己は平民だよ。君達貴族に比べると資金が」

「服の一着くらい俺が買ってやるよ! それくらいの小遣いはある! だから安心して選んでこい!」

「……色々言いたいことはありますが、異論はありません。ルールはどうしますか。相談の有無など」

「なんでもいいんじゃね? どんなアドバイスを貰おうが、最終的に選ぶのは二人なんだし。エンジェに直接聞いたっていいし、ここにいる女子全員に意見貰ったっていい。とにかくエンジェの新しいドレスを選ぶ! その優劣……っていうと商品に失礼だけど、そのセンスで勝負する! ……あ、エンジェ。ちなみにこれ嫌か? だったら話は無しなんだけど」

「私も色々言いたいことはあるけど、二人のセンスを見るっていうのはちょっと興味あるからいいわよ。あと、服が気に入ったら私がお金出すから。ああでも、どっちのドレスも気に入らない、って可能性も考慮しておいて」

 

 あー、うん。 

 えーと。

 

 どうし……ようかなァ。

 

 

 そのままの流れで始まったよくわからないゲーム。

 誰が得をするんだろう、とか考えながら、一人繁華街を巡る。

 

 なお。

 

「──兄ちゃん、一部始終聞いちまったんだがよ……ウチの品揃え、見ていかねえか!」

 

 とか。

 

「彼女さんにドレスを贈るなら勿論この店! 値段は少々張りますが、それに見合う品質ですよ!」

 

 とか。

 

「相談なら無料ですよー! さ! さ!」

 

 とか。

 

 普段の己からは考えられないほどの客引きを全て躱しつつ、一応考える。

 

 エンジェに似合うドレス。……一回天上の地へ行ってエンジェを複製し、複製エンジェに服の好みを訊く……というのではダメなんだろうか。

 ……複製エンジェ、好きなドレスの話とかしなそうだなぁ。かといって意識操作をしてしまうと本心がわからないし……あんまりにも合致し過ぎていると不正を疑われるだろうし。

 うーん。無難に行くならスヴェナに訊く、か? エンジェの好みを知っていそうだし。まぁ少女A'でもいいけど、今そういう気分じゃないだろうからなぁ。

 始祖五人は論外として……他……存在抹消の里にいる服飾関係の仕事に就いている者……は、いるにはいるけど己のことを蛇蝎の如く嫌っているから無し。

 

 えーと。

 うーんと。

 

「──お兄ちゃん。おかしな服を着ているな」

「ん?」

 

 途中から客引きが面倒になって気配を薄めていた己にかかる声。そちらへ向けば、上裸に腰布の……THE☆鍛冶屋みたいな男が。

 ……認識錯誤に届くか届かないかくらいのことをしていたのに、よく己に気付けたな。

 

「『鍛冶屋アバンチュールはなやか』……?」

「おうさ。初めまして、お兄ちゃん。おれはイシイ・コラルクリスタってモンだ。見ての通り鍛冶屋を営んでる」

「コラルクリスタ……四大元素(エレメントリー)の地属性派生の分家だね」

「ヒュウ、詳しいな。その通り。……ま、おれの出自なんてどうでもいい。その服……初めて見た。ちょっと脱いでくれねぇか」

 

 この往来で、服を脱げと。

 いやまぁそういう意味ではないのだろうけど……。

 

「意図と用途を聞かせてほしいのと、商人の端くれであるつもりがあるのなら、代価を要求しようかな」

「意図は珍しいモンを見たから。用途はおれのインスピレーション刺激。代価は確かに言う通りだ。金はそこまでねぇが、武器ならなんでも鍛ってやるぞ」

 

 こういう……なんていうのかな。

 地域密着型というか。確かに四大元素の分家だけど、完全に平民と同じような生活をしている分家というのは数多くいる。特に四大元素は産めや増やせやで拡大に拡大を重ねてきた家だからねェ。

 しかし。

 

「この服は普通の学生服なんだけど、何がどう珍しいんだい?」

「自然由来じゃぁねえだろう、その服。一度も魔力が通ってねぇ。はじめっから除染された状態で作り出されたみてぇな服だ。とりあえずおれはンなもん見たことねぇから、手に取って調べてぇ」

「へえ」

 

 目が良いな。

 確かに己の服は市販のものではない。肉体を構築する時についでに創り変えたものでしかない。

 それを見抜くということは……研究員C'''''ことMr.カランコロンのように、除染に対して敏感な感覚器を有しているということ。

 

「武器は不要だよ。持ち合わせがある」

「だったら金か。平民じゃ考えられねえような金も用意できる。一応貴族の端くれだからな。……その服を調べる代価なら、借金だってするさ」

「いや、お金にも困っていないね。友達にはじまりの五家の次期当主がいるんだ。彼ら彼女らにねだればどうとでもなるよ」

「……発言自体は最低だが……心が籠ってねぇ。金にも武器にも頓着の無い平民たぁ珍しい。──代価を要求するとお兄ちゃんは言った。じゃあ、要求してくれ。おれはそれを用意し、その服を調べる」

 

 コラルクリスタ。結晶を生やすことのできる地属性の分家。

 ふむ。

 

「己の要求した通りの性質を持つ水晶を作り、それを譲ってほしい。それが君にできたのなら、この服を……あるいは布地の方も提供しよう」

「……いいのか? おれはお兄ちゃんが見抜いた通りの魔法使いだ。つまり、何の努力もなく魔法で水晶を作っちまえる。それじゃ……代価として釣り合わねえだろう。少なくともおれが損をするか、努力をしなけりゃダメだ」

「己が要求した通りの水晶を、と言っただろう? それができるのならなんだっていいよ」

「つまり、そいつが無理難題ってぇわけだ。良いだろう、どんな性質を求めるよ、お兄ちゃん」

 

 渡りに船……というにはあまりにタイミングが良すぎるけれど。

 己はこれを選ぶよ、エンジェ。

 

 

 

 して、再集合の刻限となった。

 結局女性陣はいくらかの買い物をしたようだし、なんなら生徒Cも……そして少女A'にも荷物が増えている。

 ま、遊びに来たのだしね。散財したかどうかは知らないけれど、ひやかしだけじゃあつまらないだろう。

 

「そ・れ・で? シャニアのはもう見せてもらったけど……アンタ、なんで何も持ってないワケ?」

「生憎とドレスを選ぶセンスというものは持ち合わせていなくてねェ。だから、君は君自身の選んだドレスで社交界に行けばいいさ。ただ──」

 

 懐から取り出すは──ネックレス。

 簡素な作り。ともすればみすぼらしいとも取れるソレを、エンジェへと渡す。

 

「これを付けてほしい。己が選んだ君へのドレスだよ」

「……? 何か……特別な魔法でもかかってる、とか?」

「分析は得意だろう? 好きに調べたらいいさ」

 

 魔法なんか何もかかっていないけれどね。

 あのイシイという男も……なんでもなく"名の軛"から外れていたあの男も、己の要求に首を傾げていたから。

 

「……普通の、水晶? 肌触りは良いけど……」

「エンジェ先輩、わたしにも見せてくださいよぉ。『せぇんぱぃ』からの贈り物とか、興味津々なのでぇ!」

「なんか危ないもの仕込まれてないか私も見とく」

「一応、私も調べます」

「空間から測位しますか。イリス」

「……未来視を、と? 無理ですよ。この人なので」

「あたしが本気で殴っても壊れない、みたいな話だったりして!」

「本気でやる気なら止めるぞカナビ……」

「や、やだなぁ、やりませんよ!」

 

 好きに調べると良いよ。

 何かわかることがあるとすれば……まぁ、可能性を持っているのは、始祖五人か、あとはスヴェナくらいかな。

 

「調べるのは後でいくらでもできるだろう。それで、センス勝負の結果は?」

「圧倒的にシャニアだけど」

「だろうねェ。うん、負けでいいよ」

「……何故でしょうか。勝ったというのにこの……言い知れぬ敗北感。その程度の争いで恋人としての優劣は決まらないのだから、勝っても負けてもどうでもいい、とでも言いたげな余裕……。私は真剣に選んできたというのに……」

 

 ごくり、と。

 生唾を飲む音が聞こえた。

 

「……」

「へえ? あの六人が気付かないのに……君が気付くのか」

「……。いいえ、アリスは何も気付いてませんよ。喉が渇いたので唾を飲んだだけです」

 

 成程、腐っても虚構の神。

 あの異質さは、作った本人ですら理解し得ないものだったけど……いいね、良い収穫だ。

 

 そして、当然だけど今の会話は何の隠蔽もしていない。

 だからエンジェが少女A'と己を強く見つめているけれど……周囲の興味に圧されて、こちらに来ることができないでいる。

 

 何かあると。

 そう思わせるに充分な会話だったねェ。

 

「わか……らない。え、普通に悔しい。ちょっと、なんなのこれ」

「『せぇんぱぃ』……わたしから見てもぉ、普通の水晶にしか見えないんですけどぉ……?」

次元空間(デルメルサリス)の魔法を駆使しても判別不能……というか、ただの水晶ですね、これ」

「クローヴサリス、デルメルクラン、デルメルグロウでもダメですか。となると、本当にただの水晶なのかもしれませんね」

「いやいや、『英雄平民』がそんなもんを渡すわけねーって!」

 

 信頼が無いねェ。

 己が普通にアレを気に入って、普通に買ってきたかもしれないじゃあないか。

 

 と、そこで。

 ずっと黙っていた……言葉を発さないようにしていた少女A'が……意を決して、というように、口を開く。

 

「お……お姉さま」

「なに、アリス」

「それ……。……誰に、何を言われても……その、外さない方が、良いと思います。お姉さまが要らないなら……アリスが、欲しいくらいです」

「ふぅん。……やっぱアンタたち、何か知ってるし、何か通じ合ってるんだ。この七日間……私はアリスを見定めるための期間にしたつもりだったけど、案外私の方が試されてたりして」

「さて、どうだろうね。ま、これで勝敗も決まったことだし……エンジェ」

「なに?」

「シャニアともう少し繁華街を巡ってきなよ。この勝負のせいで、シャニアは買い物ができていないだろうし、君との時間も欲しいだろうから」

「それは私も言おうとしてたことだけど……アンタは良いワケ? 私がシャニアに取られちゃっても」

「そんな蠱惑的なセリフ、君に似合わないよ。いいから得難い親友とのショッピングを楽しんできなよ。己はそこを邪魔するほど無粋ではないというだけさ」

 

 して。

 留意すべきは"イシイ"の名を持つ男性。

 あのタイミングの良さと、ちゃんと要求した通りの水晶を作り得る実力。

 

 ……未来視の魔の手を感じるねェ。それも『智者』に気付かれないよう、巧妙に仕掛けてきているとなれば……下手人は絞り込めてしまうけれど。

 いいや、だからこそ、だ。

 

「無用だよ──そのためのネックレスだ」

 

 手を出すのなら、その手が割り砕かれる程度の覚悟はしておいてもらわないと。

 己が大切に想おうとしている相手に触れようとしているんだ。──最早敵は、この世界全てだと思いなよ?

 

 吐いた言葉は、天へと導かれ──。

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