魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Sin17-3.「七日休みの不穏」

 未来というものは巨大な河川のようなもので、時間というのはそこを行く水流のようなもの。川幅があまりにも大きすぎるから、海洋に例えられて潮流とされることがある──そんなものでしかない。

 そして過去跳躍というのは、その河川で宙返りをすることだ。鮭が跳ねるように、くるりと。

 ただし、着地した場所がその河川であることは無い。絶対に。それほどまでに大きな河でありながら、再度水に潜り込んだ時、そこは別の河になっている。

 だから過去跳躍はできない。できるのは「別の世界の過去へ跳ぶ」ということだけで、「この世界の過去」へは行けない。よってタイムパラドックスが起きることは無く、その過去で何をしたところで現代に影響は出ない。

 

 ──けれど、一つだけ例外が存在する。

 それがこの惑星、メガリアだ。文明と知識の断絶を機に地球と呼ばせているこの星は、元々地殻というものが存在しない。

 正確に言えば最初はあったけれど、最初に住んでいた人類が無くしてしまった、が正しい。地殻をも資源として変換してしまった。ゆえに存在しない。

 この広い星海での括りにするならば『叡素励振惑星(ソフォンタイド)(Sophontide)』と呼ばれるもの。ただし他の星ではこういった知性体は発生しなかった。星海はとても広い上に別世界まであるから完全に無いと言い切るのは悪魔の証明になってしまうけれど、少なくとも己達は未だメガリア以外の『叡素励振惑星(ソフォンタイド)』を発見できていない。

 

 この例外たる星において、そこに住まう命は全て物質的且つ情報体であると言える。この星に在るだけで二重存在となり、円輪の年代記(CHRONICLE)をはじめとした「外的年表」に記録が刻印されていく。それはアカシックレコードと呼ばれたりアカシャの円盤と呼ばれたりと忙しいけれど、まぁ全て同じ意味だ。

 ただし、メガリアに住まう命にとって、冒頭で述べた「未来というものは巨大な河川で、時間は水流で、過去へ行くことは不可能である」ということは何も変わらない。

 住まう命にとっては、と表現したけれど、己達でさえも同じだ。一般的な生物の規範から外れた存在であってもこの縛りを抜け出すことはできない。

 

 よって、この話をするにあたった──さらに絞り込まれた例外が一つ。

 それがメガリアの創り出した神、虚構の神フレイメアリスである。

 なおこのフレイメアリスという名前はアイメリア・フリスのアナグラム……つまりあの虫が暴れまわっていた頃、それに倣ってつけられたものだから、正式な名称ではない。虚構の神という部分だけが正式名称で、あとは呼びやすいからそう呼んでいるだけに過ぎない。正式名称といってもメガリアがそう教えてくれたわけではないから、そこも呼びやすさ重視だけれど。

 とかく、虚構の神だけはこの「外的年表」に刻印されない。いや、刻まれた情報の改竄が可能である、というべきか。それは過去であろうと現在であろうと未来であろうと関係なく……まさに神に相応しき力を以て、『叡素励振惑星(ソフォンタイド)』、あるいは『THE RESONAT CORE OF THOUGHT』に干渉することができる。

 

 度々話に出てくることのあるマグヌノプスというものがこの惑星を物質的、生物的に見た時の「抗体」であるとするのならば、虚構の神は情報体、エネルギー体として見た時の「識別子」、あるいは「検出素子」。自己検査・自己整合維持装置、自己非自己判定装置であると言える。

 だからこそ何十万年も前、あの虫はマグヌノプスをこのメガリアから追い出すことに成功した。それは概念でありながら実体を有していたが為に。

 ただ虚構の神の方はどうしようもなく、千日手に追い込まれかけたところを当時の人間の助け……というか横やりによって討滅。追放は敵わなかったけれど、拡散させることには成功した。最後の足掻きで過去の改竄をされかけたようだけど、そこも人間が助けたとか。

 

 長い話になってしまったけれど、そんな往生際の悪い、あの虫をしても千日手を行うしかなかった存在が虚構の神であり──拡散したそのひと欠片が、今己の横で生徒Cやエンジェの様子を眺めているアリスに宿っている、と。そういうわけだ。

 

 前にも述べた通り、アリスにそこまでの力は無い。

 だけど、腐っても神の破片。「何かがあれば」、「何かある」可能性はある。あるいはこの星に散らばった破片の全てが彼女へと集中すれば、虚構の神の復活も──。

 

「……これ、いつまで続ける気ですか。どうせ答えなんて出ないですよ。始祖とケニスが話し合ったって最終結論は"説得するしかない"、もしくは"どうにかして逃がす"になるでしょう。後者の方が私はありがたいですけど、良くも悪くも面倒見の良いケニスとシェリー……シエル・デルメルサリスがそちらに結論を持っていくかどうか。話し合いの最中でありながら、億劫ですね」

「ドライだねェ。ちなみに"馬鹿なアリス・フレイマグナ"ならどちらを望むんだい?」

「後者ですよ。アリスが死にたくない、というのは共通項なので……ただ、生存本能に従っただけの死にたくないを言葉にし続けて、誰かを苛立たせるか、どこかでとても簡単なことで死ぬか。私が"馬鹿なアリス・フレイマグナ"で在り続けるのなら、それがこの物語の終幕でしょう。ま、聖護魔導学園から、そして貴族社会から逃げ果せたのなら……"馬鹿なアリス・フレイマグナ"をやめることは決まり切っていますから、『快晴の雷』をなんとか避けつつ世俗に関わらないどこかで静かに暮らすのが関の山でしょうけど」

 

 それは、どうだろうね。

 君に虚構の神の欠片が宿っている以上、その欠片は君を運命の潮流の中へと引き摺り込む。君が望もうが望むまいが、君は潮流の主流……己やエンジェという強い流れに引っ張られる。そこから抜け出すことは難しいよ。それこそ本来の力を持つ虚構の神にだってできないことだ。

 だから、どちらになろうが波乱万丈な未来が君を待ち構えている、とだけ予言をしておこうか。

 

「ま、つまらないというのなら違うものを観よう。丁度エンジェの方で動きがあったようだからねェ。君も愛しのお姉さまの方が見ていて面白いだろう?」

「……恋仲であるとはいえ、未婚の女性の……それも誰にも見られていないと思っているプライベートな姿を男性が覗く、というのは……どうなんですか、倫理的に」

「まさか君に倫理を問われるとは。けど、安心していいよ。本来己に性別なんてないんだ。君だって……たとえば着替えを行う時、そこに鏡があっても気にしないだろう?」

「鏡に意思があるとわかった瞬間叩き割りますけど」

「だとしたら君は一生着替えるべきではないね。この星にあるものは全て意思を持っているから」

 

 それは君の細胞一片一片も、魔力も、だけど。

 そして意思と呼べるほど強い自我はないけれど。

 

 揶揄われていると感じたのか、明らかに拗ねた雰囲気を出すアリスに苦笑して、『PROJECTOR』の立体映像を切り替える。

 

 映し出されるはエンジェ。

 エレメントリーの本家にある書庫で、これでもかというほどの量の本を積んで……その全てを凄まじい効率と共に読破し、伸びをしているエンジェである。

 

 

 ぷはぁ、と。

 さしもの彼女も、といった様子で大きな呼気を吐く。

 

「フレイマグナの結成秘話まで遡って……何も無い、とか。秘話ってほど秘話でもなかったけど。……っとに、あの子もアイツも、なに隠してんのよ……」

 

 エンジェの持つ直観は第六感とは違う。全ての段階を無視した察知能力……透視とか千里眼とか、サイキック寄りの能力であると言える。

 サイキックと言ってしまうと己達の使う力が出てくるけれど、それとも違う。当然マグヌノプス関連でも虚構の神関連でもない、今のところ完全に不明な能力。

 認識錯誤、偽装といったナノマシンや己のサイキックをも貫通するその直観は、けれどアリスには通じなかった。多分彼女も生まれて初めてなんじゃないかな、ここまでやって、ここまで考えて「何も掴めない」という感覚は。

 普段であれば「思いつけば」「答えが出ている」という異常が来ない。彼女がそれを異常であると理解する日が来るかはわからないけれど、こういう悩むという時間は彼女にとってとても良い時間であると言えるだろう。そういう意味でも……エンジェを悩ませる栄養素としてアリスにはそばにいてほしいものだね。

 

「エンジェ、紅茶を淹れてきました。どうですか、一休み、というのは」

「え……母さま、そんな、私なんかのために? あ、いえ、これは卑下ではなく、その……慣れていないでしょう? アートヴァーランを呼びつけもしないで、危険です」

「もう、エンジェったら。私は箱入り娘ではないのですよ? 私だってあなたと同じ年齢の頃には聖護魔導学園へ通っていたのですから、一通りの作法は身に付けていますとも」

「それでも父さまとご結婚なされてからは、身の回りのことは全て侍女が行っていたのでは?」

「いいえ。慌てふためくアートヴァーランや他の侍女の様子が面白くて、時折侍女の恰好をして兄さま……エンゲルグに給仕をしていましたから、まだまだ覚えていることもありますよ」

「何をしているんですか何を……はぁ。いただきます。折角淹れていただいた紅茶が冷めてしまうのは勿体ないですし」

 

 エンジェの母親、アイシア・エレメントリー。

 以前本家へ赴いた時ぶりだけど、どうやらエンジェよりもお転婆娘であったらしい。

 

 ……しかし、親の前ではしっかりしているんだねェ。アンタとかワケ? とか、君の口癖が聞けないとなんだか変な感じがするよ。

 

「七日休みとはいえ、突然家へと帰ってきて、挨拶もそこそこに書庫へと籠り切り。あなたは不勉強というわけではありませんでしたが、基本的に教えられた一から十を百をと発展させる子でしたからね。ここまで長時間籠り切りというのは……侍女たちも心配していましたよ」

「ああ……まぁ、どうしても調べたいことがあって」

「フレイマグナに関して、ですか」

 

 直観……ではないね。

 一瞬母親Aの目線が積まれている書物へ動いたのが見えた。成程、強かだ。流石は社交界を生き抜く女性の一人。

 

「母さまに隠し事はできませんね。……はい。直近で幾つもの罪を犯した分家。それらへと母さま、父さまは処罰を下しました。現当主ですから、当然ですが。……そして、唯一責任能力が無いと判断された娘……アリスだけは、次期当主である私に預けてくださいましたでしょう? ただ……その子が、その」

「あなたが罰さねばならないことをしてしまった、と。あなたは次期当主として罰を下さなければならない。けれど、……ふふ、情が湧いてしまったのですね。だから、罰を下さずに済む方法、あるいは罰を軽減できる理由を探している、というところですか」

「……申し訳ありません。次期当主として……褒められた行為ではないとわかって──」

「ふふふ、母はとても嬉しいですよ、エンジェ。()()()()()()()()()()()()()()()()()というものです」

「──え」

 

 ああ……成程。

 そういうことか。存外……強いな。いや、冷酷と表現するべきなのかな?

 

「どう、いう……。……まさか、私に情を持たせるために、アリスを私の監視下へ置いたのですか?」

「あなたの博愛主義に関して、兄さまも私も心配していましたから。だからこそあなたに恋人ができたと聞いた時、とても喜びました。ですがそれ以前から私達も私達なりに動いていたのです。"エンジェが特定個人に一定以上の感情を持つにはどうしたらいいか──"。その答えが、あなたに命を預からせること、でした」

 

 まるでペットか何かのようだ。

 アリスは……特に拗ねてはいないね。これは、母親Aがそういう人物であると見抜いていたか、分家の扱いなんてそんなものだと理解しているからか。

 

「エンジェ。あなたには酷いことをしたと思っています。好きに罵ってくれて構いません。あなたのためにやったこと、なんて恩着せがましい言葉を吐くつもりもありませんよ」

「……いえ。……。……姉さま……お姉さまが死した時でさえ、爺さまや婆さま、あるいは分家の誰かが死した時と同量の感情しか抱けなかった私が……確かに、ここまで……あの子の死を回避したい、と思えるようになったことは……成長、ですね」

「この事実を今知って、あなたは行動を変えようと思うかしら。試されていたのならと、その子に関する情報収集をやめてしまう?」

「いいえ。……ありがとうございます、母さま。どうやら、本当に必要なことだったようです。……私はアリスに罰を下したくない。次期当主としてやらなければならないことをやりたくない。──この感情を……とても、嬉しく思います」

 

 肩をすくめてアリスを見遣れば、彼女はぷい、と顔を背けた。

 どうやら愛されていること自体は嬉しいらしい。いや全く、面倒な性格だねェ。

 

「ですが、母さま。もし罪の意識を持ってくださっているのであれば、贖罪として……協力してくださいませんか。部屋の外で息を潜めている父さまも勿論同罪です」

「う。……流石はエンジェ、我に気付くか。そして、親を脅し、顎で使うとは……いやはや、次期当主としての貫禄が出てきたな」

 

 父親A、エンゲルグ・エレメントリー。部屋の外にいたのか。

 この『PROJECTOR』の弱いところが出たね。あくまで再現映像だから、出力した部分以外は見えない。無論エレメントリーの屋敷全体を出力していれば見ることも適っただろうけど、エンジェ一人を見るためだけにそんな縮尺の狂った出力をしていたら、その時はようやく以て己が弱体化した時だよ。

 

「兄さま、くだらない話はそのくらいで。娘が困っているのですから、協力するのが親、でしょう?」

「わかっているが、くだらないとまで言うのはやめてくれアイシア。……今アートヴァーランがフレイマグナの本家へ乗り込み……もとい調査へ赴いている。そちらはアートヴァーランに任せ、我々は直感を使って話をしようではないか。エンジェ、お前の直観も用いて、な」

「父さまがたびたび言うなんとなく、というやつですか。ただ、今はできれば決定的な情報が欲しくて……」

「む? ──ふむ。ふむ……そうか、今はただのエンジェなのだな」

 

 ……どうやら彼にはわかっているらしいね。

 それが異能的なことである、ということは。あの時異次相に隔離した時もそうだったけど、年齢を重ねるうちに自覚するのかもしれない。自らが使う直感と直観の違いを。

 母親Aの方は第六感だ。凄まじいまでの情報収集能力と記憶力に依り、直感に似たことを行っているだけ。父親Aの方は直感。俗な言い方をすれば「勘が冴える」というだけ。ただし的中率百パーセント。そしてエンジェと父親Aが稀に見せる直観はサイキック寄りの話。

 この三人が行う会議は……見応えはともかくとして、とんでもないものになりそうだ。

 

「アンフィを呼べない理由はあるのか?」

「ちょ、父さま、それは」

「ん……ああ、大丈夫だ。恐らく今は誰も見ていない。見ている者がいる可能性はあるが、それは我々に害を為さないものだろう」

「エンジェ、大丈夫よ。論拠はないけれど、こういう時のエンゲルグは信頼できるから」

「……アイシア、それは普段の我が信頼できないと──」

「そこでイチャイチャされると話が進まないので言います。姉さまは、何かを知っている……らしいのです。それはあの子本人と、そしてアイツも同じで」

 

 観念して状況の説明を始めるエンジェ。

 エレメントリー夫妻はふむふむと相槌こそ打てども口を挟まずにそれを聞き──ポン、と。

 

 手を打った。

 

「どうやら記憶に幾らかの欠損があるが、それはすべて『エンジェの恋人』の仕業なのだろう。だからそこを考慮する必要はない。そして『エンジェの恋人』は我々に敵意を持っておらず、勿論お前にも同じ。であるのならば、『エンジェの恋人』はその娘……アリス・フレイマグナを、エンジェに必要な存在として認識するはずだ。つまるところ、お前が何をせずとも、『エンジェの恋人』が何らかの方法を使ってお前が罰を下さぬよう、あるいは下したとしてもお前の隣にいられるよう措置を図ってくれることだろう」

「流石ね、エンゲルグ。今の話でどこからそこに辿り着いたのか全く分からないわ」

「──だが、それでは満足できないのだろう?」

 

 ニヤリと笑う父親A。

 認識錯誤と偽装、さらに虚構の神のジャミングがあって尚、ここまで一瞬で辿り着くのか。

 末恐ろしいな。

 

「エンジェ。お前は今、"たとえそうだとしても、本当にそうだったとしても、自分の手であの子を掬い上げたい"と考えたはずだ。救うのではなく、助けるのではなく……勝手にどこかへ行こうとしている、お前の手元を離れようとしている大切なものを拾い上げたいと」

「……はい。それは、正しいです、父さま。だって悔しいじゃないですか。私とアイツは対等でなければならない。だというのに今回の件は全てアイツ任せ、だなんて……。それに、アリスを大切に想う心は……二人に芽生えさせられたのだとしても、私が得た感情。博愛主義という、私自身ですらどうしようもない枷から零れ出た、大切、という感情は……誰かに手綱を引かせるべきものじゃない。私が、私自身の手で手懐け、飼い馴らす必要のあるもの」

 

 発露が、あった。

 元々開花していたエンジェだけど……さらに強い光を感じる。

 

 あと少しで、己を灼いてくれそうな光量だ。

 最近は「彼女以外でも構わない」と思うようになってきていたけれど、ダメだ。

 

 彼女じゃないと、ダメだ。

 

「だから……あくまで"手伝い"に留めてください、父さま、母さま。答えを出すのは私の仕事です」

「ええ、勿論。どの道私にはあなた達のような答えを出す力は無いけれど、こうやって書物から情報を洗い出すとか、知っていることから計算や演算をすることなら得意よ。任せなさい」

「ああ、勿論だ。我の大切なものはお前たちであってフレイマグナの娘ではない。故、我が応援するのはお前のみ。勿論アンフィも応援するが、あの子は甘えん坊なところ以外、最早我らよりも高みへ行っているからなぁ」

 

 それには同意する。

 少女A''ではなくなった彼女。スヴェナ・デルメルグロウは、己でさえ予測していなかった高みに上り詰めつつある。それは生徒Cという天然物の影響もあるのだろうし、彼女本来の気質も関係しているのだろうけれど……あれは天才を通り越して傑物だ。理論だけではなく感覚まで手に入れた、恐らく魔法世界始まって以来、初めての出現となる魔導士。魔法使いたちを次のステージへと進める指導者の素質。

 ま、彼女が指導者足り得る気質かと問われたら……ノーコメントとさせていただくけれど。

 

「それじゃあ、エンジェ。そこ、退いてほしいのだけど」

「あ、はい。……えっと」

「アイシア、給水はしっかりとするのだぞ。昔のように四十八時間飲まず食わずで聖護魔導学園の禁書庫に籠り切り、なんてことはせぬように」

「いやですわ、兄さまったら。そんなやんちゃ、もうしません。それに……今はあなたがいてくれるのですから、時折様子を見にきてくださいな。そうして、集中し過ぎている私がいたら、止めてください。……あ、口吸いをして、でも──」

「聖護魔導学園の禁書庫……? そういえば、この家にも禁書庫がありましたね。ただ……あそこに秘められているのは、どちらも魔法に関することだけ。現状に関わることであるようには思えません。……少し、思考を吐き出します。父さま」

「ああ、手伝ってやろう」

 

 クネクネし出した母親Aを遮って、エンジェと父親Aによるブレインストーミング……らしき"何か"が始まる。

 

「アリスには責任能力がなかった。だから私の監視下になった。フレイマグナの家からもそうであると判断されていたから、尖兵として……死んでもいい存在として、アイツへ接触させられた」

「ほう、おかしなこともあるものだ。捨て駒であるのならば、此度お前達の足を引っ張った理由はなんだ。まさかフレイマグナの家に忠誠心があると?」

「アリスは勉強ができない。だけど魔法は使える。威力を抑えることができないから、劣等生だった。でも、今回の期末テストで、実技、実戦共に低い点数を取った」

「どうやってだ。常に最大威力を出すことしかできない魔法使いが、どうやって低得点を叩き出す。フレイマグナの魔法を考えれば、狙って外したところで雑多な魔物程度消し炭にできるぞ」

「アリスに足を引っ張る意味はない。アリスは魔法の威力調整ができる。だというのに劣等生のクラスにいた。フレイマグナの家から良い様に使われないために偽装していた? いいえ、それではダメだった。使える者でないと判断されたから捨て駒にされたのだから、使える者であると判断されていれば、そんなぞんざいな扱いは受けなかった」

「おかしなことを言うものだ。それでは、まるで」

 

 答えは、出さない。

 続きを促す父親A。

 

「それじゃあ、まるで……あの子は自身の立場も、自身の技量も、全て完全に把握していて……今回のことは、何か……私と家の双方から板挟みになった結果、どうしようもなく弾き出すしかなかった演算結果……みたいな」

「期待されてはいけない。期待に応えてはいけない。期待に沿える実力を有していてはいけない。期待に沿える実力を有していなければならない。──どうしようもないのなら、最も損の無い方を選ぼう。我ならばそうするし、お前でもそうするな」

「死が……最も損の無い結末だとは思えない。……むしろ、死なないために、私から罰を受ける選択をした。もし期末テストで高得点を出していたら、責任能力を問われる。そういう評価で罰を受けるより、最後まで要領が悪く、馬鹿なままに罰を受けた方が……得だった」

「恐らく初めは違う理由だったのだろう。逃げ果せると判断していた可能性が高い。フレイマグナの最高純度の血……掠った程度で魔物を消し炭にする魔力量。並の者ではその娘を殺せぬだろうな。エンジェ、お前とて無傷とは行かぬだろう。いや、戦闘になる前に逃げられる可能性もある。水が苦手であったと聞いているが、それさえもブラフだとしたら……水と火、風と火、土と火。あるいは三属性複合魔法。劣等生だとしてしか認識していないお前であれば油断もしようさ」

「賢く強かに立ち回ることが可能で、努力すれば私達と同じ位置に来ることができる、という評価より……死に物狂いになれば私から逃げ果せる、という評価の方が、まだ低い。アリスはそれを選ぶつもりだった。けど」

 

 直観は働いていない。

 けれど、直感と直感の相乗が……疑似直観に近いものを組み立てている。やれやれ、これでは母親Aが可哀想だね。それでも書物を捲る手を止めないのは、エンジェが「決定的な証拠」を欲しがったから、かな。

 

「『エンジェの恋人』がフレイマグナの娘の前に現れた。それによりフレイマグナの娘は方針を変えた。より魅力的な案を提示されたからだ」

「あの子の評価が低いままに、あの子が生き永らえる方法……みたいなところ、でしょうね。そしてそれは多分……姉さまと同じ」

「あるいは似た何か、だろうな。……おっと済まない、最終結論はお前が出したかったか、エンジェ」

「いえ、もう答えは出ていたので。……だから姉さまは先に辿り着くことができたのですね。多分、境遇が似ていたから」

「やもしれん。だがエンジェ、ここまでは全て憶測。我とお前の憶測の重ね合いでしかない」

「はい。これでは……あの子の罰を軽減できません。むしろ罰を下す必要が強まってしまった。さらにあの子の望まない、高い評価のままに」

 

 だから、と。

 二人は母親Aを見る。

 

 そこには──。

 

「もう……今の話を聞いていた私の焦り様、わかる? 二人がとんでもない速度で答えに近づいていくものだから、何とか間に合わせないと、って……久しぶりだわ、この感覚。あぁ、気持ちいい……」

「アイシア、エンジェの前だ。はしたないぞ」

「ああ、ごめんなさい……。でも許して? 私、こうやって頭を使う時が一番気持ちいいのよ。……ああ、そう。それで、ほら。()()。どうかしら、この記述。使えると思わない?」

 

 母親Aが二人に見せたるは、禁書でも歴史書でもない……法律書。

 といっても魔法世界全体の法律ではなく、あくまでエレメントリーの規則を示す書物だ。

 

 そこに、あった。

 

「"魔法大戦等、有事の際における犯罪者の登傭"。……成程、フレイマグナの娘を犯罪者であるとした上で、参謀、秘書、従者……なんでもいいが、エンジェの部下として傍に置かせるか」

「……確かにそれなら。けど、今が有事の際かと言われると」

「そうねぇ、緊張状態にはあるけれど、まだ平和。──なら、起こしちゃいましょうか、戦争」

 

 流石に──流石に、映像のエンジェも、そして己の隣にいるアリスも目を剥く。

 そんな簡単に吐いて良い言葉ではない。

 

「か、母さま、それは軽率が過ぎる発言では……」

「なによ、いいでしょう? 今が有事の際ではないのなら、有事の際にしてしまえばいい。丁度燻ぶった火種が転がっていて、丁度四大元素(エレメントリー)は巻き込まれる立ち位置にある。エンジェ、誰でもなくあなたが起こした行動によって、ね」

「我は賛意を示そう。先にも言ったが、我が大切とするものはエンジェとアンフィの二人だけ。ああ、アイシアも大切だがな。無論エレメントリーという家を捨てるわけではないが──これはただ、優先順位の問題だ。そして、その優先順位において、最上位にあるエンジェがそれを必要とするというのなら、魔法大戦でも徹底抗戦でもなんでも行おう。結果誰が犠牲になろうと、我はそれを行うし、何と罵られようともその命を背負おう」

「今アンフィは次元空間(デルメルサリス)になっているのだったかしら? なら丁度いいわね。次元空間(デルメルサリス)との癒着、してしまいましょうか。あ、勿論肉体強化(フィジクマギア)にも"お話"に行くわよ。形だけの戦争にして、終わりにしませんか、って。それで彼らが了承してくれたのならそれで良し。その際の功績にフレイマグナの娘を理由に入れて、功罪を帳消しにしてしまうのもアリね」

「了承しないのであれば戦うまでだ。──無責任と言う勿れだぞ、エンジェ。当主とはこういうことができる存在で、故にこそそこで発生する全てを背負う存在だ」

 

 いやぁ……参ったね。

 魔法大戦。魔力濃度が向上するからあんまりやってほしくはないけれど、エンジェのためなら、確かに仕方がない。

 加えて二ヶ月弱先の「己の弱体化」に丁度間に合いそうな話じゃないか。

 

 役者も舞台も揃ってきた。そんな感じがするよ。

 運命の潮流に我が物顔で()を置こうとしている者にはしっかり痛い目を見てもらうけれど……これはこれは。

 

「その保身が魔法世界に大戦を持ち込んだようだ。どうかな、感想は。アリス・フレイマグナ」

「アリスはよくわかりません」

「じゃあ、君は?」

「……お人好しと言えば聞こえはいいですが、傍迷惑な家族ですね。あと、責任転嫁でしょう。私の保身が、ではなく、あの夫妻がお姉さまに感情を抱かせるため行ったことが、です。トリガーの押し付けはやめてください」

「アブソリディエだよ。そこはとっても嬉しいです、嬉しすぎて泣いてしまいそうです、とでも言うべきだ」

「……前も言っていましたけど、それなんですか。アブソリュート?」

「ああ……アブソリディエは……んー、まぁ、ナンセンスだ、という意味だよ」

「……」

 

 そんな不満顔で見ないでほしいかな。

 しかしこうなってくると……あっち。生徒Cと始祖二人の結論が気になってくるし、丁度あそこも四大元素(エレメントリー)次元空間(デルメルサリス)の癒着だし。

 

 素晴らしいじゃないか、世界。

 不穏をここまで楽しみにするのは久方振りだよ。

 

「はぁ……ま、もうストレスの無い生活が送れるなら……良いことかもですけど」

「違うストレスが発生しそうだけどねェ」

 

 主に胃に穴が空く、みたいな。

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