魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Sin18-2.「魔法大戦の兆し」

 眠り姫に覚醒を促す。

 自身の状況──姫抱きにされている、という状態には何の文句も零さず、恥ずかしがることさえせずに「降ろして」と彼女は言った。

 だから言われた通りに彼女をその場へと降ろし。

 

 一歩、前に出る。

 

「……ん? あれ……俺達なんでこんな……何もないところに集まったんだっけ?」

「良い気付きだね、ケニス・デルメルクラン。今しがたヒントを与えたとはいえ、今の今まで誰も気づかなかったことに君は気付いた」

 

 ざわめき。どよめき。

 エンジェ、スヴェナ、シャニア。特別体験入学生の始祖五人。そして生徒Cの計九人。

 

 さらには期末テストの採点を終えてゆっくりしていたはずのドクラバ、教師D、イレイア。

 直接の関係性やその値はともかくとして、「当事者」であり「いるべき」であると判断されたこの十二人。

 

 遠方でははじまりの五家の内、四大元素(エレメントリー)次元空間(デルメルサリス)肉体強化(フィジクマギア)が「最後の会合」を行っている……そんな最中。

 

 この十二人には、土地不足で年がら年中嘆いているはずの大陸──そこにある「何も無いところ」に集まってもらった。

 これからのことを考え、エンジェとシャニアの魔力はサービスで元の状態へ戻しておいたので、そこも問題ない。

 

「……お前、誰だ?」

「いやな感じだねぇ~。……君がその姿であるということは……何か良くないことが起きるってことだろぅ~?」

「わ、私達まで、よ、呼び出す理由が、わわ、わからない……」

「……」

「またもや良い質問だ、ケニス・デルメルクラン。己は誰か。君は一度己の姿を見ているけれど、それを意識できない。そういう処理を行ったから当然に。──して、初めましてをしておこう」

 

 ハットのつばを持ってそれを取り、優雅にカーテシーでも決めて。

 

「己の名は『愚者』。『執行者』ではなく『愚者』と、今はそう名乗ろう。その意味が分からない者はそのままでいいけれど、意味が分かる者は──構えた方が良い」

 

 瞬時に臨戦態勢へと移る始祖五人。

 一分たりとも隙は無く、己の一挙手一投足を注視して──ようやくそれに気が付いた。

 

「白スーツさん。……その背後にあるモノ、とぉっても見覚えがあるんですけどー、なんでしたっけ、それー」

「名前はまだつけられていない。生まれ落ちる前にエンジェとシャニアによって海底へと飛ばされたモノ。故に今名を付けるのであれば──『挽歌の再卵』、とでもいうべき存在かな」

 

 誰も気にしていなかった。誰も気づいていなかった。

 一般的な感性を持っているのならば、一目見て「気色悪い」と思うような肉塊。人間の手足が突き出た、体液や血肉に塗れた巨大なカタマリ。

 かつて『ジェヴォーダンの魔物』が学園を襲撃した際、二つの源が存在した。一つは地下にいた肉体強化(フィジクマギア)の当主落ち。彼は合成魔物(キメラ)である『ジェヴォーダンの魔物』、及び『ジェヴォーダンの巨人』の作成者だった。

 そしてもう一つがこの肉塊。聖護魔導学園の鐘楼に設置されていたこの肉塊からは、際限なく『ジェヴォーダンの魔物』が生まれ出で続けていた。あまりにも魔力抵抗が高く、あの時点の二人では破壊することの適わなかった燻ぶる火種。

 

 そんな危険物が見逃されていた。そんな危険物に誰も気づいていなかった。

 ──『挽歌の再卵』自身でさえも、だ。海底にありて水圧と魔力圧により休眠状態へと移行していたはずの『挽歌の再卵』は、自身が運び出されたことに今気が付いた。

 故に産声を上げようとして。

 

 全てをかき消す熱量に、押し黙ることとなる。

 

「おはよう、アリス・フレイマグナ。といっても君にとっては一瞬だ。あの時目を閉じて、目を開いた。その程度の時間でしかない」

「そうですね。ですが、自己認識と外部の認識が違うことくらいはわかっています。だから──おはようございます、ケニスさん、お姉さま」

 

 呆気にとられた表情をする二人。

 今、記憶がよみがえっていることだろう。

 彼女の為に資料を集め、彼女の為に魔法大戦を引き起こすことまで決意したエンジェ。遠方では母親Aと父親Aもそれを思い出したに違いない。

 彼女の為に学園を出る決意を固め、アンジーとシェリーと共に作戦立案をしていた生徒C。この七日休みが終わる前に行うはずだった計画は総崩れだ。

 

 いいや、二人だけではない。

 当主として以外に……学園としてアリスの処遇をどうするかを会議していたのだろう教師陣も呆けた顔をしている。

 

 状況を上手く掴めていない、あるいは興味がないのは三人。シャニア、カナビ、アナ。

 そして──全てがわかっていた、とでもいうような顔をしているのが、イリスとスヴェナ。どちらもがどちらも違う理由での納得なのだろう。ノイズと……呆れかな、これは。

 

「アン、タ……()()()()()()?」

「慧眼ですね、お姉さま。はい。()はアリスですよ。ただ……初めまして、ではあるのかもしれません」

「どう、したんだよ……その腕。燃えて……いや、炎になって……」

「まず私の身体の心配ですか。流石ですね、ケニスさん。ただ、ご心配には及びません。これは炎熱熔魔(フレイマグナ)。私本来の魔法にして、私独自の……というと語弊がありますが、フレイマグナという家の集大成、最終結論であると思っていただければ」

 

 その轟々燃える腕を自在に動かし……『挽歌の再卵』を掴むアリス。

 肉塊が燃え盛ることはない。ただ、接続は為された。そして彼女は反対の手で……『濃縮還元版魔物化薬』を取り出し、誰の制止を待つことも無くそれを呷る。

 

 少女の肉が盛り上がることはない。異形と化することもない。

 けれど、周囲の魔力が彼女に飲み込まれていく。吸収しているというよりは、足る器に在るべきリソースが流れ込んでいる、と表現すべき光景。

 

「なにやって……早く吐き出しなさい! 私はアンタを救う手立てを持ってる! そのために父さまも母さまも動いてる!!」

「馬鹿アリス、どんな風に追い込まれたのか、どんな馬鹿な妄想をしたのか知らねえけど、それは絶対にダメだ! 逃げよう、俺と!! そうすりゃ、いつかはなんとかなる日が──」

 

 激昂する二人をそれぞれ止める影があった。エンジェはスヴェナが、生徒Cはアンジーとシェリーが。

 力なく、首を振る。

 

「ふぁぁ~……ダルクさんの薬の改良版かー、うーん、こんなに上手な構築式にできるなら、最初から貴女に頼めばよかったかもー」

「馬鹿言ってないで、戦闘準備。一応聞くけど今のあんた敵? 味方?」

「んー、まぁ味方かなー。このままだとわたし達も食べられちゃいそうだし」

「食べられる? 殺される、ではなくて、ですか」

「今のは比喩だけどー、実際どうなの、イリスちゃん」

「そこまで明かしておいて名前はそのままなんですか。……まぁ、食べられる可能性は大いにあるでしょうね。なんせあの()()にとって、私達は潤沢な魔力発生源。既にあの魔物の目には大量の魔力を発する食べ物にしか見えていないでしょうし」

 

 高熱が放たれる。

 独踊(アリス)熾烈煌煉(フレイマグナ)炎熱熔魔(フレイマグナ)の魔法の集大成にして最終結論。エンジェの放った白烙球(アルター・スフィア)が火属性の破壊力と貫通力、そして広域殲滅に着目した魔法であるとするのならば、彼女のこれは「ひたすらに純度の高い火属性」を求めた結果。

 本来"精霊"と分類されるこの魔法の使い手は、一つの行動を取った後に雲散霧消する。自滅犠牲増幅魔法。完全なる禁呪にして、完全なる敵対行為。

 けれど、それを抑える存在が『挽歌の再卵』だ。魔法抵抗の高いこれはこの熱量にあっても熔かされることなく存在できる。魔法抵抗が高いだけでなく、その中身のほとんどが四大元素(エレメントリー)の魔法使いであるが故に。

 際限なく魔法使いの血肉を取り込み、魔力を取り込み、『ジェヴォーダンの魔物』として生まれ直させる肉塊。

 その性質を魔物化薬の構築式によって上書きし──発散される炎を魔力として取り込み続け、同時に魔力を炎として変換しながら吐き出し続けるモノに昇華したのがアリスの所業。

 

 早い話が"精霊"にコアが生まれた、という話だ。本来物理的な干渉のできない存在に生成されるコアは弱点である場合がほとんどだけど、この『挽歌の再卵』は高い魔法抵抗力と強い結合を有する。魔法での破壊はほぼ不可能で、殴ったところで移動させるだけ。さらに殴る、斬る、突くといったあらゆる攻撃の前に超高温の"精霊の血肉"が立ち塞がる。

 

 そんな超高温の熱波が放たれ……けれど瞬時に張られた結界によって防がれた。

 

「一応、熱は私が防ぎます。攻撃、よろしくお願いします」

「さっすが()。反応良いじゃない」

「私は理論型なので、炎熱熔魔(フレイマグナ)の家が最終的に辿るのだろう結論には()から辿り着いていました。そしてそれを"始祖アンジェリカ"が封じていたことにも。どうやら"始祖アンジェリカ"には一応の優しさがあるようで、人道に反するような魔法は悉くを焚書とし、後世に伝えない努力をしていると見て取れました。一応、そんなことをするから分家が暴走し、こうして"なぜ禁止されたのかもわからない"、あるいは"禁止されているのだからと突き詰める"ような魔法使いが生まれるのです、とは言っておきましょうか、一応」

「……始祖アンジェリカとは友達みたいなモンだし、伝えておくわ」

「ええ、そうしてください」

 

 防がれたことを受けて、温度が上がる。

 スヴェナの張った結界が()()()()()()のが見て取れた。

 

 軽口を叩いていた二人は理解する。思わず生唾を飲み込んだことだろう。

 

「……嘘、魔力素自体を熔かす温度って……じゃあ自分の魔力はどうなって……」

「皆さん! 防御、完璧じゃありません! 彼女を討滅するにせよ鎮静するにせよ、早めにお願いいたします! 一応私も新たな魔法を組み上げますが、間に合うかどうかはわかりません!」

 

 彼女の切羽詰まった声にようやく全員が動き出す。

 未だ必死に呼びかけようとする生徒C。覚悟を決めた目をするエンジェ。

 最早何を隠すこともやめて、名乗る分家の魔法以外も浮かべ始める特別体験入学生の五人。

 

 これは己が望んだ血筋争いの光景ではないけれど。

 いいねェ、と。そう評させてもらおう。

 

「その状態で意識を保つことができている。究極の保身だ、暴走していては意味が無いから、かな」

「はい。……しかし、呆れましたね。ケニスさん……まだ私が戻り得ると思っているみたいです。お姉さまはもう私を殺すことを決めたというのに」

「善性、あるいは覚悟の違い。しかし悲しいかな、エンジェが君を討滅したところで、遠方にいるアイシア・エレメントリーやエンゲルグ・エレメントリーに伝わることはない。二人はその勇気と善意を以て魔法大戦を引き起こすだろう。肉体強化(フィジクマギア)がプライドを曲げない限り、だけどね」

「私には関係のないことです。海の水さえも蒸発させることのできるこの身体であれば、ここで適当に戦った後、自分でコアを投げてどこかの海へ着水し、そこで……まぁ、ゆっくりと余生を過ごすこともできますから」

 

 そう、それこそが彼女の自己保身。

 辺境でゆっくり暮らす、という夢を捨てた訳ではないのだ。

 この惑星は九割が海であるために、諸島さえもない……本当に何も無い海域が存在する。メガリア自体、地球よりはるかに巨大であるから、……彼女の言う通り「魂の寿命」とでもいうべきものが尽きるまでゆっくり暮らすことは可能だろう。

 また虚構の神の性質も相俟って、彼女を見つけることは至難になる。一度隠れると決めてしまえばそれが明らかになることはほとんどあり得ない。

 

 今まさに、あれほど正体を秘していた始祖たちが……別に明かさずとも対処できたであろう始祖たちが自分たちの正体を露見させたように。

 今まさに、普段のエンジェやスヴェナであれば瞬時に見抜けたであろう「この状態のアリス」の攻略法を霧中に落としてしまったように。

 

 欠片とはいえ虚構の神の性質を上手く利用できている。

 "馬鹿なアリス・フレイマグナ"である必要のなくなった彼女は、まぁ、普通に。

 

 "この時代の魔王"と称されておかしくない存在となったわけだ。

 

 と。

 炎の精霊と言えるほどの(おお)きさまでその身を伸ばしたアリスに匹敵するものが現れた。

 煤の怪物。煤の巨人。

 

「すこぉしぃ~、おイタが過ぎるよぉ~? アリスくぅん~?」

「この四日間のせいで忘れられていたとは思いますが、既に退学届けは出しています。あとでご自身の机を確認していただければ」

「うぅん、成程ぉ。ずぅっと違和感はあったけどぉ~、ドリューズ先生のもとで学んでいるのにぃ~、一切成長が無かったのはぁ~、そういうことだったんだねぇ~」

 

 ドクラバ。ドクラバ・アッシュクラウン。

 かつて始祖Dのもとへ赴く時に見せた、肉体の煤化。アプローチはヒールクラウンにも似ていて、結論はフレイマグナに類する。

 炎と煤の戦いであれば、煤が勝るのかもしれない。なんせ煤とは燃えカス……既に燃えたあとのそれは、燃えることがない。

 

 本物の煤であれば、だけど。

 

()、ぅぅ~!?」

「アンジーさんの独り言は聞いておくべきでしたね、ドクラバ先生。──私の熱は、魔力素……言葉として馴染みがないのであれば魔力でも構いません。それさえも熔かします。次元空間(デルメルサリス)の結界を形作る魔力も、アッシュクラウンの煤も、肉体強化(フィジクマギア)が纏うエンチャントも……全て」

 

 ですから、と。

 炎の精霊が腕を前へと突き出し……煤の巨人の腕に触れた。

 その瞬間、「消失」が起きる。

 魔力素……つまりナノマシンが融解したのである。ただこれもアンジーが呟いていた通り、ナノマシンの融解温度にまで達しているというのなら、なぜアリスのナノマシンが熔けないのか、という問題になってくるけれど、その答えはとても簡単だ。

 

 別に、彼女とて溶けている。

 際限なく炎が生み出されているだけで、際限なく溶け尽くしている。……これで世界のナノマシン濃度が下がってくれたらよかったんだけど、産出と熔解を同時に行っているからプラマイゼロだ。現状維持。濃度が上がらないだけ充分だけどねェ。

 

「このように、あなたでは私に触れることさえ」

「──なぁんて」

「!?」

 

 一閃。袈裟懸けに振り下ろされるは黒い剣。

 消失したはずの腕はそこにそのまま存在し、両腕を以て下ろされた剣は炎身を確実に切り裂いた。

 ……が、それだけだ。元が炎であるのだから、すぐに戻る。ただ……アリスは疑問に思ったことだろう。

 

 なぜ無事なのか、と。

 

「僕は教師だからねぇ。まだ確認していない退学届けを見るまではぁ~、ちゃぁんと教えてあげるよぉ~。……少し前、学園が占拠される事件があっただろぉ~? その時僕は、面白い血筋の魔法使いを鹵獲したんだぁ~。有名な家ではないのだけどねぇ~、強力な魔法を使う家でねぇ~? ──偽装世界(フェイククラウン)、って言うんだけどぉ~、知っているかなぁ~?」

「……知っていますよ。世界を騙すことのできる死霊病毒(ネクロクラウン)の分家。ただ、永続させられるわけではないので、騙しに騙したあと、どこかで治療を受ける必要がある欠陥魔法。短期決戦という意味では間違いなく最高峰にいる魔法であると思いますが、本体が弱ければ何の意味もない魔法」

「ウンウン、よぉく勉強しているねぇ~。というわけでぇ~、僕はそんなフェイククラウンの血筋をぉ、自分の血に混ぜたんだぁ~」

「──は?」

 

 驚いた声を出したのはアリスだけど、地上にいるアナやスヴェナも驚きの顔をしている。

 

「そう驚くことでもないだろぉ~? むしろサンプルは沢山あった。『残照回廊(リメノンス)』がそういう存在をこれでもかってくらい作ってくれていたしぃ、()()()においても治療されるまではそういう状態にあった生徒や教師がたっくさんいたんだぁ~。──あとは原理を見抜いて、動物実験を重ねて……僕に適合させるだけだよぉ。同じ死霊病毒(ネクロクラウン)の血だから、やりやすい部類でもあったしねぇ~」

 

 無論。

 そんな簡単な話ではない。決して。

 あれは……『残照回廊(リメノンス)』がそれを可能としていたのはコルリウムという天才がいてこその話。それが誰にでもできるなら『A』も『B』も特別扱いされない。番うことでしか血は混ざらない、という魔法世界の常識が覆る。

 つまるところ、ドクラバ・アッシュクラウンは、試行回数こそ必要とはすれど……アルター・コルリウムという大天才に匹敵する発想力を有している、ということだ。

 

「『とんでもなく強い平民さん』。私に構っている暇があったら、彼を保護すべきでは?」

「今の己は『愚者』だよ、アリス。そして既に彼の才へは目を付けていた。己も、始祖ディアナも」

「そうですか。それで、あなたの感想は?」

「どちらも素晴らしいから、優劣は付け難い。ただ……残念だけど、死霊病毒(ネクロクラウン)はそもそもが戦闘向きじゃない。アナでさえ今有効打となる魔法を考えている最中だからねェ、ドクラバ・アッシュクラウンでは勝ち目が無いよ」

「わかっているよぉ、『執行者』……ああいや、『愚者』クン。というより、そのために僕が来たんだぁ~。今みんな、戦闘向きである魔法使いのみんなが策を講じているだろぉ~? ならぁ、勝ち目が無くとも、負けることもない僕が壁として時間稼ぎをするのはぁ~、最良の判断と言える……違うかぃ~?」

 

 ふむ。

 普通の魔物、普通の魔法使い相手であればそれはYESだ。けれど。

 

「違うよ、ドクラバ・アッシュクラウン。君のソレは悪手だ。君は天才だけど、埒外のものへの対応力は無い。下準備と調査において君の横に出る者はいないのかもしれないけれど、咄嗟の事象については弱い」

「──『其、滅天の使者。其、凍結の火炎。其、炎熱熔魔(スルトル)の名を持つ者』。独踊(ARICE)熾烈煌煉(FLEIMEGNA)

 

 炎が文字を象る。どこからか呟きが零される。

 そうして世界が、熱で満たされる──。

 

 

 何も無かった更地は焼け焦げた……焦げ落ちた荒野へと変貌した。

 誰もが臥せり、誰もが意識を落とした空間。

 

 一人残った炎の精霊は溜息を吐く。

 

「……いつからですか、ドリューズ先生」

「あ、あなたが魔導文字を描いたしゅ、瞬間に、発動した、たわ。い、命の危険を、感じた、たから」

「魔物と化したとはいえ、高い知性を持つあなたにならば効果的だろうと思いまして。私がドリューズを守りますし、()()()()()も協力してくれますし。聖護星見(クライムドール)の二大防護があれば、防御力の低いドリューズでもあなたに接近できるものとして考えた、ということですね」

「イレイア学園長に、イリスさん、ですか。確かに陣地と私の炎は拮抗しますから、良い判断です」

 

 が、と。

 熱が放たれ……夢幻の荒野が熔け落ちる。

 

 煤の巨人はいない。意識を失ったドクラバはもう後方へ戻されている。

 これもまた時間稼ぎだ。魔導文字による威力の底上げを図ったアリス。その隙をついて、彼女の意識を夢幻空間へと引き摺り込んだのが教師D。普段からアリスの授業を受け持っている彼女であればこそ、気付かれずに夢幻独白(ネクロレアニー)へ誘い込むことができたのだろう。

 ただしそれも魔力で編まれたもの。こうして熔かされる結果に終わるし、二度は効かない。

 

 でも──それで充分だった。

 

「『複層式(マルチバレル)空間腔綫砲塔(デルメルアクセル)』……行けますか、次期当主、シャニア・デルメルサリス」

「はい。負けることはあっても……足を引っ張ることがあっては、いけませんから」

 

 照準が合う。

 千飛んで二十八層に重なる円筒形の空間。魔力の線形は几帳面なまでの螺旋を描き、腔綫を描くことで架空のジャイロ効果を実現。

 シェリー・クローヴサリスとシャニア・デルメルサリスによるその完璧な砲塔に装填されるは──真白の球体。

 

「良い? これも本来は禁止だからね? 禁呪も禁呪、っていうか知ってちゃいけないものなのよ。しかも自己流アレンジ入ってて威力上がってるし」

「別に本を読んで知ったとかじゃなく、考えついただけなんだケド。っていうか私にそこまで言えるって、結局アンタ何者なワケ?」

「……まだ気付いてないこと、ある? いやまぁいいけどさ。とにかく今はその魔法の維持に集中して。白烙球(アルター・スフィア)だっけ? 魔法名と魔法そのものの形を保つ。それだけを意識しなさい。今からこれが高速で飛ぶんだから、認識を外さないように」

 

 超小型の疑似太陽。いや、恒星と表現すべきか。

 それが砲塔に詰められる。本来であればこれも魔力を……ナノマシンを熔かす温度を持っているけれど、そこはアンジーの腕の見せ所。彼女が放たれる熱を全て内側に反転させ、さらには球体を砲弾の形へと形成し直している。

 他者の魔法に干渉する魔法。少なくともエレクトニカロルスの魔法ではない……というのに察しの悪いエンジェは、まぁ虚構の神のせいで直感力が落ちているのだろう。

 

 使える魔法を検索して、「死霊病毒(ネクロクラウン)では太刀打ちできない」と判断したアナは既にサポートへ回っている。

 ドクラバ然り、白烙球(アルター・スフィア)の干渉やアリスの熱によって起きる火傷などの傷然り、あらゆる負傷を即時治癒するサポーター。世界の敵の一人として名前の上がることの多い始祖ディアナ。けれど彼女がひとたび治癒へと意識を切り替えたのならこうなる、というわけだねェ。

 

 そして最後、得意の殴る蹴るが意味を成さないカナビと、未だ諦めきれないでいる生徒Cは。

 

「……ケニス先輩……ううん、ケニスくん。暴走と覚醒、というものを、知っている?」

「い……きなり、なんの話を」

「時間が無いから、聞いて。知らないのなら教えてあげる。あたしたち魔法使いは、その全員が暴走と覚醒を行うことができる。極限まで追い詰められた状態、発奮が度を過ぎた場合、何か特殊な力場、あるいは魔力にアテられた時。色んな状況で起きるそれは、基本的には禁忌。身体に多大なる負担を落とすから。……でも、君は……あの子、救いたいんでしょ?」

 

 あの子、と。

 カナビだけはアリスを魔物扱いせずに言う。

 既に白烙球(アルター・スフィア)は装填された。腔綫による螺旋は、アンジーによる射出は秒読み段階。

 何が起きても大丈夫なようにアナが待機し、教師Dを連れて聖護星見(クライムドール)の二人も退散した。

 

 この状況になって尚、諦めていない──諦めていない生徒Cを、カナビは高く評価したようだった。

 

「あ、当たり前だ。こんな……馬鹿みてぇなこと、看過できるかよ。アイツが何を背負っているのかは知らねえし、興味もねえ。あ、いや、話したいっていうんなら聞くけど……こんな、みんなの敵になってまでやらなきゃいけないことだってんなら、俺は自分の運命を焚べてでもアイツの手を引っ張ってどっかへ連れていく。馬鹿な事考える必要のない場所に、覚悟なんかしなくていい場所に」

「うん。君、とってもいい子だね。あたしは君みたいな子が魔法世界に現れてくれてとっても嬉しい。……肉体強化(フィジクマギア)は地に落ちた。あたしはそう判断した。だけど、若い魔法使いの目には光が宿り、未だに消えていない。あたしが目指した理念、あたしが夢見た"魔法使いの世界"はここにある」

 

 ──特殊な魔力が集約する。

 それはエンチャント。肉体強化(フィジクマギア)に許された魔法の内、他者へ行うことのできる付加魔法。

 

「炎熱耐性、魔力耐性、分解耐性……ううん、あたしにできるすべての守りを君につけた。その上であたしは、君をあの子の中心にまで運んでいく。あのアリスって子は多分覚醒状態にあって、並の魔法使いじゃ太刀打ちできない。ただあの子から殺意や害意を感じないから、みんなを打ち負かしたら一人で逃げるつもりなんだと思う」

「……言葉はもういいよ。つまり、俺も覚醒して……あの馬鹿アリスを連れ戻せ、ってことだろ?」

「単純明快! そういうこと! 大丈夫、必ずあたしが君をあの子の中心にまで運ぶ。その瞬間あたしの肉体は消滅するけど、肉体強化(フィジクマギア)にはそれをものともしない魔法があるから安心して。というかあたしの心配より自分の心配ね。君が覚醒できなかったら、君の意思、そしてあの子の意思に関わらず……君、熔けて消えちゃうと思うから」

「どーでもいいや、そんなこと。怖がらせたいなら人選ミスだよ。──俺はもう覚悟を決めた。あんた、本当の名前は? カナビっての偽名だろ」

 

 炎が躍る。

 今度こそ夢幻ではない……現実に魔導文字が描かれる。

 その隙を狙い、砲塔から白烙の砲弾が発射された。回避不可の一撃。熱対熱。魔力をも熔かす灼熱と、己の突きさえ寄せ付けない破壊の熱。

 

 砲弾は発射直後に着弾する。それほどの速度を受けて、けれど炎の文字は止まらない。

 拮抗は赤雷を生み、それでも、それでもと文字が紡がれ行く。

 

「──ビアンカ・フィジクマギア。行くよ、ケニスくん! あと、これはちゃんと答えてほしいんだけど」

「この状況でくだらねー質問したりすんじゃねーぞ、フィジクマギアの婆ちゃん!」

「あの子のこと、好きだったりする?」

「……ああそうだよ! 俺はアリスが好きなんだ! だから──だからここまでやる! 悪いか!」

「ううん、全然! それが聞けて最高!!」

 

 今しがた放たれた砲弾よりもソレは速かった。

 速度という点において、紫電一蹴(エレクトニカロルス)にさえも勝る爆走。

 始祖Bの出し得る最高速度は音を超え、光にさえも肉迫し──生徒Cを、少年を。

 

 灼烙の精霊へと届ける。

 

 ……天が輝く。樹殻の枝。『快晴の雷』。

 目を付けたようだけど、遅い。というか邪魔をしないでほしい。

 

 今……天然物が、開花をするのだから。

 

「俺の名はケニス(KOENIG)デルメルクラン(KRISLELG)!! 惹き合わされた魂がそれを告げんだよ──出ていけ邪魔者、俺のアリス(ARIE)に何しやがる、ってな!」

 

 生成されるは槍。次元空間(デルメルサリス)の魔法や、二面以上を使えない結界ではない。

 あれは、あの槍は……確実に今、その場にあったナノマシンが「創り変え」られたもの。けれどナノマシンの材質をしていない。あれは……機奇械怪(メクサシネス)の槍だ。

 

幾世不渝(EVEN IF DEATH DO US PART)……!」

 

 ──それは、あるいは。

 彼が一度は「価値」と見定め、その仔となることを決め。

 二人が「価値」を失いて尚、彼を愛し続けた存在の証明。

 

 この世界は閉じている。

 あの二人を君が外に連れていかなかったから、二人はこの閉じた世界を流転し……再度巡り合ったんだ。

 

 なんて感傷に浸れるほどの関係値を持っていないから、これは君へ贈ることにするよ、フリス。

 少しは見直すといいさ。君の嫌いな凡夫の意地をね。

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