魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
戦争の起こりは静かなものだった。
毎週の定期便として来ていたそれが領島の港、その倉庫へと収納され、商人が去って……いざ仕分けを、としたあたりで。
その担当者が、突然意識を失った。
無論仕分けを一人で担当させるなんてことはないから、すぐにその者は周囲の者の手によって運び出され、領島にある医院へと詰め込まれたのだが……原因は不明。過労による失神として処理され、担当者は病床に臥せることとなる。
──この事件はたったそれだけだ。
同様の事件が他の領島でも起きている、ということを除けば。
開戦宣言が成された直後ということもあり、それぞれの島を治める
その結果わかったのは、商人たちも同様の症状……原因不明の失神者が続出しているということ。
荷はいつも通りのもの。新たな人員を雇ったわけでもない。除染を怠った形跡もなく、荷である食材類に突然変異も見られない。
ただ、
「──結論から申し上げますと、これは所謂バイオテロに類するものでしょうな」
議会。そうとだけ銘打たれた
この奇妙な事件に対する対策会議。
「だが、何も検出されなかったのだろう? それとも
「結論を急きますな。我々の研究チームの出した結論は非常に単純なものでした。もう少しばかり落ち着いて話を聞いてくださりませぬか」
「む……ああ、すまない。我が領島で起きた事件故、気が立っていた。少し……落ち着こう」
四重の結界によって包まれた果物。
それが壇上に上げられる。皆が一斉にその果物の解析を試みるが、特に何かおかしな点があるわけではない。
「ナルヴァ、だな。ただの」
「ええ、この辺りでは珍しくもない果実ですが……」
「皆、私語は慎みたまえ。今は
「キャドラン老、フォローありがたい。……では話を続けましょう。これは確かにナルヴァです。どう解析、分析したところでそれは変わらない。ですが──。
また壇上へ上げられた者がいた。
纏う魔力から
少年。そう言って差し支えないのない子供は目隠しをされた状態でここへ連れられていて、その姿は。
「奴隷……ですか。いや申し訳ない、こちらの領島には無い文化でしてな、知識として知ってはいましたが……そうですか」
「労働従事者と言っていただきたいものですな。我が領島でも奴隷などという野蛮な制度は扱っておりませんから」
「それは、重ねて謝罪を申し上げる」
「いえ、隔絶された領島であれば知らぬ制度があるのは当然でしょう。そこまで気を荒げる話でもありません。……話を続けても?」
「ああ」
目隠しをされ、恐らく
結界を素通りする少年の腕。その様子から
少年の腕が結界をすり抜け、そしてナルヴァへと触れる。
直後──びくん、と跳ねた少年は、そのまま膝から崩れ落ちた。
無感情に無感動に彼を結界で包んでいく壇上の男性。
「今のは……急激な魔力量の上昇?」
「いや、魔力量というより魔力濃度の上昇が適した言葉だろう」
「外部に何を漏らすこともなく、人体の範囲内でのみ起こる魔力濃度の上昇か。加えて既にその痕跡は消え去っている。これは……」
ナルヴァと少年を注視していた者達が口々に考察結果を語り出す。
この議会に集められているのは、腐っても研究や実験に長ける者達だ。各家から排出されたそれのスペシャリストがここにいる。
「今のが全てです。このナルヴァには、我々
「……なればやはり
「決めつけは、どうでしょうな。魔法薬の調合など知識があればどの家の人間にも可能。魔法を組み込みやすい
俄かに騒がしくなる議会。
コン、と。
その場で最も年長である老人が床に杖先を突くまでそのざわめきは止まらなかった。
「
「クレメンテ老、仰る通りにございます。……ただ、対策は見出しましたが、治療法は見つかっていない、というのが現状です」
「……続けたまえ」
「はい。対策としてましては、検疫所を設立するべきでしょう。外部の商人は下手人の協力者に非ず、彼等も被害者。ですので、彼等は悪意を以て我々を貶めようとしているわけではありませぬ。それを踏まえて尚これらの荷は危険。よって、商人から降ろされた荷に対し、最大限の隔離を施した結界を通過させることで、荷の中にある食材に強制的な反応を起こさせます」
「……だが、それでは……
「魔法は人体と密接に繋がっている。切り離すことはそのまま魔法の瓦解を意味する……など、この場にいる者達に言うことではないが」
ですから、と。
壇上にいる男は、忸怩たる思いをしている、という顔を崩さずに言葉を続ける。
「ご判断を。治療法に関しては必ずや我々
「単なる魔力中毒ではない、ということか」
「はい。そこも含めて我々が治療法を見つけます。……必要とあらば、信頼できる
その上で、と。
「その上で、やはり背に腹は代えられぬでしょう。可能な限り信頼の置ける
「退ける自信がないか、
「今は見栄を張り合う時ではありませぬ。よって、是を。我々は非戦闘系の特化魔法分家。後方支援は得意であるという自負がありますが、攻撃力は無いに等しい。……この魔法薬の研究チーム、及び我々の研究施設は別の次相に隠してありますが、仮にそこを襲撃されたとなれば……対応できる人材はおりませぬ」
「ならば数名、攻撃に長けた魔法使いを派遣すべきか。万が一ということは何事にもあり得るのだから」
「そうしていただけるのであれば非常にありがたいですね」
議会は進んでいく。
会議は踊っていく。
それでも誰も不安を拭えない。それはあるいは、第四次魔法大戦の内情が秘されているから、というのもあるのだろう。
直近の魔法大戦にて
こういったバイオテロのようなことをしてくる手合いだとは誰も考えていなかったのだ。
戦場に出て、魔法の撃ち合いを、魔法使い殺しと完全な魔法使いスタイル……近接戦闘をほとんど行わない
その不安は当然他家への不信感にも繋がるし、智の源泉たる本家や始祖を頼ることができない──自身らが脱却運動を行ってしまったことで首を絞める結果となった──ことも相俟って、手探りで行わなければならない命の奪い合いに不安やストレスを訴える者も少なくはないことが予想できる。
少なくとも簡単な決着はつかない。
舐めてかかっていい相手ではないのは百も承知だが、これほどまでに敵が不利な状態にある戦争であるというのに……得体が知れないのだ。
少しでも対応を
──あるいは。
始祖が背後にいない、ということがこの不安を……絶対の自信、その根源を作り出せていないとは、誰も考えない。
思いついても考えないようにしている、が正しいだろう。
もう誰も、引き返すことのできない場所まで来てしまったのだから。
そんな彼らの元へ一報が入る。
彼女が
そして聖護魔導学園がこの戦争に対して独立した態度を取るという寝耳に水も良い所な話だった。
ふむ、と。
少し考える素振りをする。
「……これは、余計なことを……というかガエンは結局仕留めきれなかったのかな」
「申し訳ございません、『お館様』。ガエンもエギルも全力を以て追い詰めはしたのですが、既のことで何者かに鹵獲されてしまいまして」
「何者か。
「はい。……その場に居合わせた者の証言から弾き出した人物像で言うのならば……既存の魔法使いにも、我々のような二家の魔法を扱う魔法使いにも当てはまらない魔法を使っていたようで」
「それはたとえば、その場にあったものを瞬時に消すとか、逆に生成するとか、かな」
「流石にございます。加えて物体を固定する、あるいは無理矢理に他者の魔力を動かす、消費させる、というような魔法を使ってきた、とも」
……コルリウムの残党か。
加えて『
ナノマシンの制御権限に対してアプローチできる技術者がいるのだとすれば、少々厄介だ。
現状の魔法世界における魔力……ナノマシンは最低権限しか付与されていない。つまり、所有者権限しか存在していない。大気中のナノマシンにはそれさえも無い状態だ。
ここにそれ以上の権限持ち……己もそれなりの権限を有しているけれど、前身文明の為政者や技術者などの行使権限を有する者が現れると……魔法使いは簡単に無力化される。
結局ナノマシンというのは機械であり、あれらはそうであるが故に主を選べない。
魂とまでなればエネルギー兼情報構造体になってくるからまた別の法則が適用されるのだけど、トーメリーサを前提としたナノマシン技術は……とても乱暴に言うのなら改造しやすいというかクラッキングしやすいというか、とにかく絶対の行使権限を有することがとてつもなく難しいのだ。
己がそこをなんとかする……というのは、悩ましいところ。それをしてしまうと魔法使いが生まれ難くなるというか、一人の魔法使いが生まれ出でるのに己の許可が必要になってしまうというか。それは少しばかり以上に面倒臭い。
「存在抹消の里における被害状況はどれくらいかな」
「二人にございます。どちらも
「
「つかぬ事をお聞きしたいのですが、『お館様』。未だ
「……その問いは、少しばかり妙すぎるよ、ジャック」
「……」
「ああ……そうか。昏倒したのがユリエなのか。それは君も焦るだろうね。……己はあくまでこの里を興した者であって、君達の指導者ではない。信仰するのは勝手だけど……余計なことを考えて己を利用しようとするのであれば、報いを受ける。忘れないようにね」
「……申し訳は、ありません」
ユリエ。ジャックの恋人で、
というかだからこそそこまで移動能力に優れるわけでもない彼が此度の連絡役を買って出た、ってところかな。
「あるよ。確立はしているし、誰にでも治療は可能だ」
「……!」
「けれど、教えることは無いかな。自力で辿り着くか、
「ならば──ぐ!?」
それなりの苛立ちを露に何か言葉を発そうとしたジャック。
けれど、言葉は吐き出されなかった。……彼の口へ、風の膜がへばりついたから。いやそれだけではない。彼の肉体を縛り上げる土の蛇、首へと添えられる次元の破片、肉体へ作用する直前で止まっている意識操作のベール。
「過激だねェ君達も。まだ彼は何もしていないというのに」
「する可能性があった。それだけで充分です。この場にいる者を代表して謝罪を、『お館様』。ジャックの熱量に情を覚え、彼を送り出しましたが……まさか『お館様』を敵視するとは思いもしませんでした。我々の判断不足により『お館様』を煩わせたこと、ここに深くお詫び申し上げます」
「情。……愛情は人を変えるね、ミーネル」
「誓って言いますが、私は既に」
「ああいいよ、君の過去について言及したわけじゃない。……とにかく、存在抹消の里で同様の被害が起きたということは、外部から持ち込んだ"お土産"が原因だろう。特にラランのための種が怪しいと睨んでいる。君達だけで作物を作るのならば、これは起きないはずだからね。防ぎたいならそこを徹底するといい。治療法は彼に告げた通り、自分たちで、だ」
「はい。ありがとうございます」
ま、彼等は人間だ。
一枚岩でも一辺倒でもいられない。そして愛情は時として信仰心さえも捻じ曲げ、短絡的な行動に走らせる結果を作る。
これもまた己が学ぶべきニンゲンの一部だろう。
「努、忘れないことだねェ。魔法の大会や競技ではなく、これなるは戦争。外野でいたいのならば外界に出ないこと。誰かを守りたいのなら何かを喪う可能性も見出すこと。この世は等価交換では成り立っていないけれど、ゼロからイチを作り出すことだけはできないのだから」
「しばらく会わぬうちに随分とポエミーになったものだな、『ルリアン』」
「……驚いた。君に接触するのはもっと先で、もっと何か重要なタイミングだと思っていたよ」
「私は息子が元気でやっているかを見にきただけだし、お前に頼みがあってこの星を訪れたに過ぎない。この星の運命も、人間の行く末も、私には関係が無いからな」
「それはその通りだ。──して、何用かな、『フレデリック』」
己の隣に現れたるは、筋骨隆々な老人。
両肩より生えた翼があまりにも"あまりにも"であるけれど、これは偶像としての姿でしかないから、彼に責は無いだろう。
フレデリック。
本物の地球における、神。
「──救ってほしいものと、創ってほしいものがあるのだ。どちらも神ゆえに手を出せぬ領域。あくまで生命体であるお前……否、貴公であれば、と」
「いいよ、話は聞こうじゃないか。己も君に聞くべきことがあるからね」
さて。
場が渾沌としてきた。
世界よ。虚構の神を封じられたメガリアよ。
君はここからの激動を上手く享受することができるかな──。
ところで。
「話は一切関係ないんだけど、君ずっとその姿のままなのかい? 不便じゃないかな」
「なんだ、変えられるのか?」
「偶像神の姿を変えるとなると流石にノーコストとは行かないけれど、可能ではあるよ」
「ほう。……こちらの頼み事のどちらもが果たされたあと、お前に余力があるのであれば、頼もう」
「ま、どうせ君に偶像を見出す民はもういないわけだからねェ。」
とか、なんとか、あったとか。