魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
未だ
なんと
それが。
「爺ちゃん……どうしたんだよ、そんな……よぼよぼになって」
「よくわからぬ、としか……言えんのぅ」
老人と青年。
爺ちゃんという呼称の通り老人は青年の祖父であることに間違いはない。
ただ――少し前、昨日の時点では、筋骨隆々な老骨、
絶望しているらしき青年もまた、その身から精悍さが失われているように見て取れた。
「魔力の巡りが……とても悪い。バシリスさん、この薬を。落ちた筋肉をすぐさま戻すようなものではありませんが、突然失った筋肉量からくる苦痛は和らげることができるものです」
「ああ、ありがたい……。しかし、良いのか?
「申し訳ありませんが、不干渉は貫きます。僕たちが戦場へ出ていくことはありません。……ですが、こうして非戦闘員と成り果てた老人を治癒することが、それほどまでに咎められることには思えませんから」
「ああ、ありがとう、ありがとう……!」
本来、
すべての家に喧嘩を売ったに等しい状態であるのだから当然ではあるけれど、勿論宣戦布告が
特にこの島は非戦闘を……魔物との戦闘をこそ掲げていた村であったが故に、事件や破壊工作に飲まれるのは理不尽であったのかもしれない。
だからこの
「しかし……原因がわかりませんね。対象の魔力の巡りを悪くさせる薬、というものは確かに存在しますが、一夜でここまでの筋肉を削ぎ落すような劇薬、見たことも聞いたこともありません」
「薬が原因じゃないっていうんなら……魔法、か?」
「そう考えるべきですが、そんな対
「……確かなことは何も言えぬ。じゃが……一つ、普段と違ったのは」
老人は疲れたように深いため息を吐いて。
「長い……長い永い夢を見ていたような感覚が、微睡とともに訪れた。それくらいじゃ」
一滴も残さぬよう貰った薬を呷りながら。
彼は深く深く、そう呟いた。
世界地図。
そこに映し出されているものはそう言うに相応しいものだった。
「……どういうことだろうね、これは」
「気色が悪いったらありゃしないね」
それを眺めているのは二人。存在抹消の里におけるトップツー、ガエンとエギルである。
ダルク・クロノコミナを追っていた二人は、突然の急襲……何者か、としか形容のできない者にその存在を奪われはしたものの、既にダルクの魔力波長を記録していたが故にすぐさまその位置を特定。そうして今度はこちらからの急襲を仕掛ける予定……で、あった。
が。
「おいまた増えたぞ。これで五十四人目だ」
「やれやれ、『詐欺師』の詐術であれば恨み先が特定できて良いのだけど、なんでも彼はこの里へ助言をくださったそうじゃないか。となると、彼の仕業ではないことになってしまう」
「奴の言うことなんざ信じるもんかと思いはしたが、従った言葉の通りにしただけで犠牲者がぴたりと止まったからねぇ。ありゃ普通に里を興した者としての下賜ってところか」
「おっと五十五人目だ。……
特定した位置の「おかしさ」から、二人は以前のような場所の現像ではなく世界地図からの特定……つまり
するとどういうことだろう。ガエンが世界中に放っているウォーラークラフトの水、その式神がキャッチする魔力波長が、至る所から出ているではないか。
機構にはそういうことをしてくるジャミング装置を持った者もいるけれど、これは違う。
確実にダルク・クロノコミナがいた。五十三……否、五十五人のダルク・クロノコミナが。
今も尚増え続けるその数字は、さらに今までと違って姿を隠すことなく、堂々と
付け加えるなら。
「っと、一個消えたな。ま、キャレム・アレンサリスとダルク・クロノコミナは
「私の風でも使って真実を教えにいってやりたいところだけど、命を救われた恩と今の彼らが他家へ持つ疑心が相俟って、むしろ
「……結局あの魔力増幅の薬、作成者はわからないままかい?」
「調べようにも一瞬で気化してしまってどうしようもないそうだよ。それを抑えることのできる
そんなわけで。
存在抹消の里だけじゃない。今や全ての家が臆病風に吹かれたように閉じこもりかけている。
魔法大戦がここまで陰湿であったのはこれが初めて――少なくとも記録されている限りは――であり、皆どうしていいのかがわからないのだ。
だから、派手な会戦が無い。戦闘が起きない。
起きる前に魔法使いが、兵站が潰されていく。
「全てダルク・クロノコミナの掌中の上……とは考えられないな」
「ま、奴は野心家嫌い。戦争参加者の全てに野心があると考えればこの凶行にも納得が行く……が、そこまでの能力が無いというのも事実さね」
「協力者がそれほどまでに……あるいは鹵獲されたダルク・クロノコミナが良い様に利用されているか、だね」
「同じ人間を五十人以上作り出し、その全てに自身を自身であると錯覚させ、野心を持つ者へのシリアルキラーとして各地へ送り込む……なんて面倒なことを誰かがやっている、って?」
「理由、動機、手段。そのどれもが不明ではあるけれど、目的はわかったような気がするよ」
「……まぁ、そりゃね」
また一人増えた地図を見て、
二人は、異口同音に。
「これー、始祖ディアナを貶める作戦に思えてならないんだけどー、どう思う、シエルちゃん」
「自業自得ではありますが……そこまで恨まれるようなことを……いえしていましたが」
「あーもう、歯痒いわね。こちとら五千年間一回も魔法大戦に参戦してない鬱憤を晴らそうって意気揚々魔法編んでたのに、なにこの陰湿なやり方。第四次を思い出すわー」
最近「いつもの」になりつつあった学生姿から、始祖の姿に戻っての……お茶会。
シエル・クローヴィーの創り出した異次相に招かれたのは、当の始祖五人と、そして。
「己はエンジェの隣で、いらいらする彼女を宥める役割をするべきだと思うのだけどねェ。しかしよかったのかい? ここ、君達の秘密の空間だろう?」
「……あの子達抜きで話したいことがありまして、それをするには、こうするのが最も効率が良いと判断したまでです」
「アンブロシウスでも良かったんだけど、アンブロシウスだと今度はあたしたちの気が散っちゃうから……」
成程ねェ、なんて一切納得の言っていない相槌を打ちつつ。
「それで、話というのは件の魔法薬のことかい? それとも――この魔法大戦の終着点について、かな」
「そのどちらもと、もう一つについてですね」
「実際どうなのよ。ああ、あの子たちに漏らす気はないから。
「勿論ダルク・クロノコミナだね。ただ……恐らくは本人の意思ではないし、双方の事件において前身文明の技術が使われている。前者ではナノマシンの命令権限に関する技術が、後者ではナノマシンによる強化技術が」
「……強化人間。その逆、ですね」
「ああ。一夜にして筋肉量が落ちる、というのはそれだろう。魔法使いは皆生まれながらにして強化人間、ナノマシン技術により生み出された生物と言って過言ではない。だから、強化人間を作り出す技術に精通していた者が一人でもいればこの現象は簡単に起こすことができる。そしてそれを魔法薬の形に落とし込むのがダルク・クロノコミナの役割、と」
「でもー、自分で言うのもなんだけどー、そんなことされなくたってわたし、最初から世界の敵っていうかー」
そう、その通りだ。
双方の事件にダルク・クロノコミナの影があり、それが割れたとして……世間の敵意は
けれどそんなことは今更も今更。最初から敵視されている者にヘイトを集めて何の意味があるのかと言えば。
「んー、全部わたしのせいにしたい、とか?」
「存在が公となっている者であれば、その効果は高いだろう。けれどダルク・クロノコミナを鹵獲したのは『
「なら、復讐になるのでしょうか。コルリウムさんでしたか? その方の計画や目論見が失敗した理由の一端は、ディアナちゃんにあると聞いていますし」
「それ復讐になる? こいつが恨まれるのっていつものことじゃん」
「だから、恨ませたいのだろうねェ」
一様に疑問符を浮かべる始祖たち。
やれやれ、これは平和ボケになるのかな。
「君達に、だよ。君達が始祖ディアナを恨めば、始祖からの脱却運動なんて馬鹿な真似をした魔法使いを再び一致団結させることができる。彼等にはやはり始祖の力が必要であり、始祖の庇護されるべき存在であり、始祖と共に一丸となって始祖ディアナを打ち果たす必要がある――と」
「……色々言いたいことはありますが、仮にそうだとして、それが『
「コルリウムの返還要求をするんじゃないかなぁ、始祖ディアナ、君に」
「へ? わたし、コルリウムさんの魂なんて持ってないですけどー?」
「ま、責任の一端は己にあるのだろうね。色々な面倒事を嫌って己はコルリウムを消した。この世界から一片も残さず消滅させた。……果たしてその現象をコルリウムの手下、及び『
ようやくの思いで樹殻……『忘我の繭』から魂を引き出すことに成功したアルター・コルリウム。その成果に助力した者は始祖D。彼女の技術が無ければ樹殻から彼の魂を取り返すことはできず――しかしコルリウムの策略により、彼と始祖Dは敵対した。
その後、色々あってコルリウムらは逃げ出したが、途中でコルリウムが消滅する。
こうなった時、コルリウムの手下は何を考えるか。
「……わたしがコルリウムさんの魂を再び奪ってー、監禁している……みたいなことですかー?」
「恐らくは。何せ五千年もの間、誰に気付かれることもなくアルター・コルリウムの帰還を待ち続けた集団だ。その彼が一瞬で消えたなんて信じられないだろうし、思い込みも深くて当然。さらには検証の仕様もないと来れば……」
「なる、ほど? 彼らはどのような手段を用いてでもディアナちゃんからコルリウムさんを取り戻そうとしますね。ですが、ディアナちゃんの隣には非常に強力な存在がいて、常にディアナちゃんを守っている」
「だから、可能なら私達にアプローチをかけるなりなんなりして、ディアナを追い込ませたかった。……のに、分家連中が脱却運動なんていう馬鹿な真似をやってて、頼る相手が忽然と消えて」
「彼らは仕方なく愚かな魔法使いたちを煽ることにした、と。……なんというか、杜撰というか」
「アンブロシウスの技術者とは思えない計画性の無さっていうか……」
「ま、これは己が考えついた適当な話だ。己だって前身文明の技術者がそんな考えなしだとは思っていないよ。だからこうして君達についてきたのだし。何か有益な情報でも得られるのではないかと思ってね」
ま、それは空振りに終わったわけだけど。
……フレデリックからの頼みは少し後回しにするとして……この状況、どうしようかねェ。
一個人の魔力増幅は正直どうでもいいレベルだ。全世界の人間が、となると己自ら出向いて粛清を、というのを考えなければならなかったけど、未だ百人にも満たないのなら問題は無い。
問題となるのは今回
コルリウムを過大評価しているのは認めるけれど、過小評価すべき相手じゃない。
彼の手下がどんな手段を持ていたって不思議じゃないんだ。
「そんなわけで、魔法薬と終着点についてはこんな感じ。それで、君達のききたいこと、というのは?」
「……わかりました。あなたの考えの妥当性については私達で協議します。……聞きたいことは、以前交わした取引について、です」
ああ。
彼女らをアンブロシウスに上げる代わりにした取引か。
「"予言の日、約束の日。己に来るとされる弱体化。その内容がなんであれ、直接的な手を下すことはしないでほしい"……アレの意味が、気になり始めました」
「ふむ? イーリシャはわかるけれど、他四人も、かい? アンジェリカ、君なんて"そんなことなら当然でしょ"なんて軽い気持ちで受けてくれたように思ったけれど」
そりゃ『智者』は今も『
ただ他の四人は、なぜだろう。
「
「ただし、取引は取引。既にアンブロシウスへと上げていただいた以上、それを反故にすることはありません。……ただ、意図をお聞かせください」
「わたしは四人と違って白スーツさんなら何があっても大丈夫だろうなーって思っての承諾だったけどー、最近そうじゃないっぽい? から……聞きたいな」
「あなたが何も考えていないとはおもえません。そして正直に話します。直接の手出しをすることはありませんが……イーリシャちゃんが何かを隠して行っているように、私達も策を講じたいと思っています」
「あたしは今のことで精一杯だけど、同じ気持ち。それに……聖護魔導学園へ入学して、『愚者』さんと学生生活を過ごして、わかったことが一つあったんです」
それは。
「上辺だけかもしれないけど、あんたが死ぬの、ちょっと寝覚め悪いわ」
「その態度が演技であるとしても、私達はあなたの後輩となりましたので」
「イーリシャちゃんが本気すぎるから、これ絶対何かあるなーって」
「子孫がお世話になっていますから」
「みんな色々言い訳してるけど、言いたいことは一つ! 『愚者』さんがそんなに悪い人じゃないってわかったから……どうなるかは正直わかんないけど、信じてみたくなりました! 以上!」
……。
……わからないな。
「己は君達に途方もない運命を背負わせた張本人で、魔法世界という箱庭を作り上げた存在で、前身文明という高度文明を消し去った者で、今なお君達の子孫らの争いを望む『愚者』だ。そんな己のために動いてみたい、信じてみたい……というのは」
「いいじゃない。あの子……エンジェと愛し合ってみたい、愛を覚えてみたい、って言ってるあんたに感化されただけよ。怪物が愛を覚えてまともになるとか、王道過ぎてクサいけど、でもみんなから愛されているから王道って言うんだし」
「『愚者』さんが今何を考え、どんな決断をしたのだとしても……多少は、同じだけの時を過ごした者として、歩み寄りたいと、そう願いました」
「前にも話したけど、白スーツさんにいなくなられたら嫌だから、ってのもあるケド~」
ああ、けれど、だとしたら。
己の出した取引材料は……その意図は、君達の意思に反するかもしれない。
「……話すのは別に良い。けど、先程もシエル、君が口にした通り、決して反故にするのはやめてほしい」
「勿論です」
「そうかい。なら」
単純なことなんだけどね、と前置きをして。
「――弱く、なってみたいんだ。己という生命は生まれた時から上位者であり、感情を知らぬ化け物だったから。もし……君達と同じくらい、何もできなくなったら。もし、君達に守ってもらわねばならない程、どうしようもなくなったら。……己が遭遇した未来、『天使』クンのように……必死になる、という機会に恵まれたのなら」
それは。
それはどんなに。
「それはどんなに、良いことなんだろう、と。……そこで初めてエンジェを愛せるかもしれない。あるいは誰かを嫌い、憎めるかもしれない。己は常々羨ましかった。フリスという先駆者。アイリポデパルという新参者。他、己と同じ化け物であるにも関わらず、ちゃんとした感情を有する怪物たち。……君達が思っているよりも己は空っぽでね。この話し方でさえ譲り受けたものに過ぎず、この……感情に憧れを抱く姿勢さえ、模倣したものに過ぎない。シエル。君に話した、己が血筋争いを望んでいるというあの話。あれですら……実は本当の願望じゃあないんだ」
魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい。
かつてそう願った者がいて、けれどそれは叶わなくて。
ただ最期にその化け物は、己を頼った。
機構でしかない、物語を綴り織り、観測するシステムでしかない己に願望を擦り付け、死した。
己とは集合体だ。寄生生物の集合体。
だけど、アイリポデパルがそうであったように……己の中にある寄生生物は大きな感情を持っているのに。
己という自意識だけは、何も無い。
無我。その境地として生まれ出でたのが己。アイメリア・フリスが「無計画」であるのなら、己は「無我」であり「無私」だ。
これを悲しいと思うことさえ埋め込まれたものなれば、己に残された……否、初めからある欲求は、「欲我」。
己という個人が欲しい。それが生まれて初めて得られた欲。だから己は
なんでもできることが、どんどん己を削っていくと……知っているから。
「今の話を聞いて尚、己の弱体化を望まないのかな、君達は」
「え、当たり前でしょ」
「むしろやる気が出てきました」
「白スーツさんってー、自分のことについては全然知らないんですねー」
「最悪取引を反故にしてでも、という自分がいます」
「あたしも! というかようやく『愚者』さんを見ることができて、わかったことが一つ!」
びし、と己へ指を指して。
「エンジェちゃんと出会えてよかったね、『愚者』さん! あの子じゃなかったら……今の『愚者』さんはいないし、そうあろうとも思えてなかったと思うので!」
「そーねー。あれもあれで怪物だけど、あの子で良かったわ」
「魔法大戦などさっさと終わらせてこちらの対策会議に移りましょう。久しぶりですね、ここまでのやる気は」
「しかし、案外馬鹿でしたね。なんでもできるからなにもできなくなりたいとは……なんというか、ありきたりが過ぎるというか」
肩を竦める。
君達が話せというから話したのに、酷くないかなぁ。
「白スーツさんにできないことはたくさんありますよー。今だってわたしたちの気持ちの遷移、わかってないでしょ?」
「そういう話ではないけれどね」
「大丈夫大丈夫~。だって」
彼女らは、異口同音に締めくくる。
「もう理解してるから、そんなこと!」
……よくわからないけれど。
期待でも、してみようかな。