魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
それは少しだけ未来の、あるいは遠い過去の軌跡。
樹殻という空を覆う天蓋が全ての頭上に降りてくるその前に、似たような事が起きた。
正確にいうなれば起きたと錯覚した、が近いか。
遥か昔にいた「上位者」という存在でも、「アイメリア・フリス」、「その大本」、「モルガヌス・リープ」、「ルリアン・サークレイス」、「アイリポデパル」――そのどれもが知覚できずに、「気のせいか」と、「これ以上調べようがない」と判断した事象があった。
白銀。
熾天の空を覆う真黒なインク。ありとあらゆる存在へ上書きを行うと思わせる恐怖。
天災に等しき飛来物――それに、たった一人で抗わんとする白銀。
すべては夢だ。夢幻。直後沢山の上位なる者達が調べにいった時には何も無かったし、微細な空間振動さえもなかった。
ただ一人。
そのただ一人こそが、アルター・コルリウム。
そのときは誇大妄想家アルター・コルリウム。別軸の世界においては、誇大妄想家オルトコルリウムとして「予言テロ」を行ったとされていた存在になる。
彼はあれを夢だとは思わなかった。彼はアレを本気にした。
彼はアレを、自身が視た未来だと知覚した。
だから樹殻を作ったのである。新天地の製作など方便だ。丁度いい依頼が舞い込んできたから受けたに過ぎない話。地上を跋扈する
だって、そこが新天地となるのなら、真っ先にコルリウム自身が移住していればいい話だったから。
他の者が彼の真意を見抜けたなかったのはただ、あの夢が何も痕跡を残さなかったからと……本当にただそれだけの話。
かくして。
決して交わるはずのなかった二つの世界は、「アルター・コルリウム」と「オルトコルリウム」の二存在を楔として繋がれる。
法則も現象も何もかも違う世界は互いに影響し合う事を覚え、堅固であったはずの「世界の概念」「概念という名の外殻」にまで影響を齎すようになる。
あちらで起きた事件が、こちらでも。
こちらで起きた事件が、あちらでも。
あちらで起きた「北風と太陽」の事変は――こちらでも猛威を揮うこととなるのだ。
その証拠に、そいつは今出現した。
第五次魔法対戦が起き行く最中、樹殻の外側にそいつは出現した。
どの時代にもそぐわない黄金色をしたドラゴン。
マール・イー・ガースエンディエトハ。あちらにて「
樹殻の中にいたあらゆる
ヒトという種への怨嗟に燃えた彗星が目にしたのは、樹木で形成された球体。その中で蠢く塵芥たる人間。
牙が。口が。ブレスが。
そちらへ向くのは、あまりにも当然。
して、それは誰に止められる事も無く放たれ――このメガリアを、素通りする。
「不思議だ、という顔をしている所悪いけれどね。当然なんだよ、この結果は」
声。
姿は見えない。子供の声。
「今の君は存在感だけある幻像。時間軸が曖昧なんだ。こればかりは彼を誉めざるを得ない。彼がアルター・コルリウムを消し去る判断をしていたからこそ、この世界と君の世界は別軸になった。君は未だ重なっていない。投射された姿が見えているだけで、何に干渉することもできない」
「人間、では、ないな……」
「あはは、そうだね。僕は惑星外生命体だ。というより、君のような存在にそれほどの手傷を与えた存在が人間であるという事の方が驚きだけど……ま、どちらにせよ"今じゃない"。君という幻像と君の存在が重なるのはもう少し先の話。だから、それまでの間この世界の宇宙で少し遊んでいなよ。この惑星メガリア以外にも人間はいるからね」
彗星の神は、ぐるる、と唸って。
案外従順に、その声の通り……体をくねらせ、去っていった。傷を癒すつもりもあるのだろう。
「……けれど、これで楔は二つに増えた。この世界に必要のない要素……"元気"が流れ込んでくるのも時間の問題だ。それまでに決着をつけなよ、ルリアン。ゆっくりしている暇は、案外ないのだからね」
声は天へと吸い込まれ……。
戦争が始まってから、大規模な戦闘が起きたのは二十日が経過したあとだった。
同じ貴族であるというのに奴隷のような扱いを受ける
彼らが一念発起し、全ての原因……
生憎と
故に領主館を襲撃し、速やかに片をつける──そのつもりだった。
「あー、なんつうの? 想像以上に戦慣れしてねぇっつーか、劣るとわかっている相手を闇討ちって考えが浅はかっつーか。……一応直近まで同じ系譜だったことが悲しくなるな」
「私達だって対人、対軍の経験値は浅いはずなのにねー」
「だな。だから、かける言葉があるとすりゃ」
運が悪かったな、と。
たった二人の少年少女によって……壊滅させられたのである。
同時期。
「一応聞いておきます、アンジー。なぜ私とあなたがコンビなのですか。あなたには見張る役目があるのでは」
「なに、ブリーフィングちゃんと聞いてなかったの?」
「いえ、すべて頭に入っています。ですから一応です」
「そんなの決まってるじゃない」
アンジー・フラッジロードは……その手に白烙を湛える。
「お熱いカップルを邪魔しないため。そして」
草木を掻き分けて現れるは二つ。
モーリーイールという魔物と……ブラックダフベという異形の魔物。
「人間相手よりこっちの方が手加減しなくて楽だから!」
「いえそれ、私とのコンビである理由になってな──」
正面から襲いかかってきた二つとは別に、地中から鋭利ななにかが伸びる。
それをいとも容易く凍てつかせ、スヴェナはため息を一つ。
「成る程、エレメントリーの魔法も実戦で使い、且つ見られても問題ない方を、ですか」
「そゆこと」
では、と。
「スヴェナ・フラッジロード。今宵がエンジェの率いる
「いいわねー、そうこなくっちゃ」
今宵の花火は、地上に上がる。
こんな時になのですが、と。
シャニアは「エンチャントされた拳」を「空間の罅」で受け止めながら、訊ねる。
「あなたの言う『家族計画』は、歴史においてどれほどの効果をもたらしたのでしょうか」
「本当にこんな時に、ですね。……他家に比べたら血筋争いは少なかった方だと自負していますよ。とはいえ水面下でケニスさんのような方が生まれてしまった以上、なんとも言えませんが」
落石のようなかかと落としを事も無げにいなし、粘性のある「空間」に下手人を放り込むシェリー。
よって二人は
「やはりこの男性にも『魔物化薬』の痕跡がありますね」
「魔法抵抗の意味で強化された
脱却運動をした分家なぞを守る理由のない二人。
ゆえ、興味があるのは仕組みの方。
誰が真犯人かを突き止めるべく、こうして戦場に現れたのである。
無論。
「ダルク・クロノコミナが真犯人ではないとすれば──」
「消去法が、機能してしまいますが」
魔法使い殺しのひ弱な拳を防いで、魔力薬の残滓を検知して。
二人はある方向を、しっかりと掴み取っていた。
そんな「ある方向」にいたのが──アナ・ネクログレイブとカナビ・フィジクラッシュである。
といっても二人が黒幕というわけではない。事実二人は別々に動いていて、偶さかここで出会っただけなのだから。
偶さか。あるいは、必定。
そこにあったのは、共同墓地と、そう呼ばれるものだった。
土地の少ないこの星での葬法は専ら火葬か水葬であり、埋葬、土葬となることはまぁまぁ少ない。
それでもこうした共同墓地が作られるのは、埋められたもの達の血筋が余程高貴であったか──もしくは「火葬や水葬では見つかってほしくないなにか」を有していた場合だけ。
そして、この魔法世界に始祖よりも高貴なる血など存在しないのであれば、必然理由は後者になる。
「あれー、ビアンカちゃんもきたんだー」
「ディアナちゃんなら……来ると思ってたけどね、あたしは」
別々の用事で来たが、目的は同じ。
通ずるものがある。
「どーするー? 一回戦っておくー?」
「それ、得するのディアナちゃんだけでしょ」
「えへ、ばれちゃったかー」
じゃれあいながら二人が墓所へと足を踏み入れた、その瞬間。
土を掻き分ける音と共に、無数の人影が彼女らの周囲に出現した。
「あーあー、ビアンカちゃんってば、最初の頃のお化け怖いーはどこ行っちゃったんだろー」
「今でもお化けはドキッとするけど、これ殴れるし、原理わかってるし……」
「最初、わたしとあった時とか、わたしが連れてた無害な死霊を見ただけで気絶しそーになってたのにねー」
「昔は昔、今は今」
圧倒的人数差にありながら焦りを見せない理由は、当然二人が始祖だから。
そして。
「魔物化薬の本当の使い道……ありきたり過ぎてみんな盲点だったねー」
「『やがて同じ魔物と成り果てたのならば、死後、同じ
「ひゃあ、今日のビアンカちゃん手厳しー」
体表を覆うは生半可な魔力を弾く剛毛。
口からは涎を垂れ流し、胡乱な瞳は何を見つめたる。
血筋はややエレメントリー多めではあるが、多種多様。
彼らは『ジェヴォーダンの魔物』。
討滅されたもの、投入前段階で寿命を迎えたもの、ただの失敗作。
そして──今各地に現れている、ダルク・クロノミコナに「なれなかった」者達。
「『魔物化薬』……最終的に行き着く場所は、アリスちゃんが提示した通り、『精霊化』。数多幾重もの魂が集いて威を為す暴力の権化。同時に、時が経たば雲散霧消する楔無き命」
「野心家を嫌ってたダルク・クロノミコナが万一にでも野心家に力を渡してしまうような真似、するわけないもんね。……つまりこれは初めから自爆装置みたいなもの」
「
「びっくりするほどエコ精神ー」
ただしそんなものは墓荒らしにでも遇えば一瞬で露見する。
だから気付きかけていたエレメントリーやデルメルサリスのもとへは自ら赴いた。思考を制限するために。
「死霊や死体がいればいるほど強くなるわたしたちと、今回標的にされたフィジクマギア。そしてそんな未来を垣間見てしまえた──」
「私達
現れたるはイーリシャ。
ダルクの計算ミスはここだ。
まさかそんな「普通の魔法使い向けトラップ」に、始祖が三人も集うなど、欠片も考慮していなかった──それに尽きる。
「分け前は4:3:3でいーい?」
「いいですよ。全部あげると怖いですし」
「……そういうところが、イーリシャちゃんがディアナちゃんと同じように扱われる要因なんだろうなぁ、って」
大のためなら、小が犠牲になることを厭わない──それこそが始祖イーリシャ・クライムドールの真実にして、ディアナ・ネクロクラウンと利害を一致させられるポイント。
なんて。
その二人に文句の一切を言わないくらいには、ビアンカとて──。
というわけで、と。
実は味などよくわかっていない紅茶を飲みながら、戦局図……そういうアーティファクト、ということにしてある空間投影ディスプレイを見る。
対面には苦い顔をしたエンジェ。
「……なんで私、留守番なワケ?」
「ブリーフィングはしっかりしただろう?」
「でもスヴェナとアンジーなんか、おもいっきり魔法使ってるじゃない。なのに私はダメって……」
此度、
頭目が出るべきだという意見は勿論あったけど、それ以上に。
「じゃあ聞くけれどね、エンジェ。君はスヴェナやアンジーのように、自身の魔法から漏れ出でる余剰魔力を計算して戦えるのかい? "バカなアリス・フレイマグナ"ではなくなったアリスですらできていることが」
「む……」
そう。
己が頑なに魔法大戦を避けていた大きな理由がこれだ。
魔法の大量使用、及び覚醒や暴走による魔力濃度の上昇──。
それを任意に制御できないのであれば、戦場に立ってはならない。
ただ徒に魔力適正の低いものを殺す「流行り病」が再出現してしまうからね。
特にエンジェは興が乗ると周囲が見えなくなる悪癖がある。毒のし込み合いという静かな立ち上がりから一気に場のボルテージが上がった今の戦場へ彼女が赴けば、何かを発散するかのように魔法をバカスカ撃つことは目に見えていた。
これは己、スヴェナ、アリス、アンジー、シャニアの共通見解である。
「まぁ、安心しなよ。聖護魔導学園が襲われたのなら君に出向いてもらうことがあるかもしれないし、『ジェヴォーダンの魔物』や『ココダトレイルの大蜘蛛』みたいなのは君に対処してもらう必要が出てくるだろう。前世を取り戻したといってもケニスとアリスが落ちこぼれ魔法使いであることに変わりはないんだ、敵からしてもあそこは狙い目だろうし……『挽歌の獣』が量産できてしまえば、コアを同じくするアリスは強制的に下がらせる必要が出てくる。融合してしまいかねないからね」
だから、と……一切納得の行っていない表情の彼女に苦笑しつつ、少しだけサービスをする。
戦局図。その中のいくつかに、座標を表示させたのだ。
一見して何もないいくつかのポイント。当然彼女は興味を持って、身を乗り出してくる。
「ここは?」
「過去、第一次、二次、三次において各家の拠点が建てられていた場所。配置は戦略的であったりどうしても守らなければならないものがあったりと理由は様々だけど、見ての通り今は無人。これがどうしてだかわかるかい?」
「順当に考えるなら、戦略的価値が無くなったからか、その守るべきものってやつが無くなったから……じゃない?」
けれど、と……彼女は自分で口にした言葉を否定する。
「この辺りの岩山とか、奇襲にはもってこいね。一方的に身を隠せて、魔法の撃ち下ろしができる。こっちの双子岩なんか挟撃にぴったりじゃない。……この池も、エレメントリーを筆頭に水中で身を隠す手段があるならどうにでもできる広さがある……」
「けれど、使われていない。理由は?」
「使われなくならざる意味があった……? 魔力濃度の上昇……は、こんなピンポイントに起きないとして」
「いや、最後の池についてはそれが正解だ。この池はたとえ君でも五分と浸かっていれば魔力中毒に陥る濃度をしている」
だから、他。
戦争に使えそうなのに、なんなら今現在その近くの道を通る集団があるのに、使われていない理由。
「魔核……?」
「……君は生徒に向かないねェ。ま、その通り。これら戦術的有用地点には、魔核がある。どの時代の魔法使いも挙って排除しようとしたけど、何度取り除いてもそれは現れた。強大な魔物と共に。だから、ほら」
先ほど横路を行っていた魔法使いの集団がバラけ始める。
魔物に気づいたのだろう。意気揚々と敵の背後を取ろうとしていた彼らは、そのまま餓えた魔物の夜食へと成り果てたわけだ。
「守るべきものがある。それはどうやら人間だけではなかったみたいでねェ。いつしかこのあたりは不可侵の森になっていた……のだけど、彼らには伝えられていなかったか、文献がなかったか。ああ、今から行っても間に合わないよ」
「それくらいわかってるけど……。……魔物がそうまでして守りたいものって、なに?」
「さて。自身の子供か巣穴か宝物か。あるいは魔核そのものか。どうとだって考えられるよ。何せ相手は理性が通じない……通じないとされている魔物、なんだから」
「ご丁寧に含みのある言い方をどうも」
「それで、興味は?」
「湧いたわ。掌の上にしか思えないけど……口車に乗せられるのも一興でしょ。学園の守りは学園長たちがいるんだし」
それでこそだ。
さて、じゃあ一応自発的に……ひた隠しにされている魔物の巣穴へと、夜のデートと洒落込もうじゃないか。
フラッジロードのトップツーが指を咥えて戦局図を、っていうのは、やっぱり似合わないしね。