魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
〝前──歴9.230〟
入力、外部音声データ、
──"足を止める。踏み出す。どちらを選んでも良い。進まなければいけない、など誰が決めたというのか。だが、アンタは歩くだろう。歩き続けるだろう。酷く残酷な事ながら、アンタは"
──"〝英雄〟だから、か?"
──"〝人間〟だから、だ"
それは遠い遠い、遠く遠く昔の話。
まだその星海に、宙を認識できる生物がいないに等しかった頃の話だ。
ある星系のある惑星で、その技術……錬金術は発達しきった。はじめは金を錬るための技術だったそれは、いつしか命に手をかけ、そうして行きつくところまで行きついて──絶えた。扱い得る力の強大さに扱う者達が耐えられなくなったのだ。技術は次第に秘されるものとなり、唾棄され揶揄されるものと変わっていく。
それでも内々で研究は続けられていた。大々的に進められるものではなくなっただけで、技術が喪われたわけではない。秘密裡の研究は時に事故を生み、不和を生み、根絶運動を生むにまで至ったけれど、それでもそれでもと……数を減らした錬金術師たちは生き繋いだ。
個性と無個性の知的寄生生命体を作り上げた者もまた、そういう錬金術師の一人。
──"間違えるなよ。アンタの身体がどれだけ人間を超越していようと、"英雄価値"だのと罵られる技術を有していようと、アンタは人間なんだ。どこの国の"英雄"もそうさ。残念ながら、人間だ。アンタはそれ以上にはなれない"
──"それ以下にはなれると?"
──"ふん、思い上がるなよ。人間が一番上じゃない。一番下だ。人間になるってのは誇る事じゃない。恥じ入る事だ。人間以下の存在なんて存在しない。──もそうでない何か達も、全部人間なんかより上だ"
ノイズの走る記憶は仕方のないこと。
結局この記憶……否、記録は己自身の記録ではない。
己達の大本である存在の記録。レコードの溝として継承しただけの己達では、本物の記録を垣間見ることしかできない。
知的寄生生命体二つは生まれてすぐに分かたれた。寄り添うことを選んだ個性と、放流されることを選ばされた無個性。世界に漂うこととなった無個性は寄生と増殖を繰り返してその星に分散し、ある程度の量になった段階で二つに分かれた。宙へ飛び立ち、この惑星以外へ寄生を行うことにした一つと、この惑星の全てを覆うことにした一つ。
己達に刻まれた目標は増殖と発見。中でも発見……同胞の発見に対し、この惑星では望み薄であると判断したのが前者で、未だ可能性はあるとしたのが後者だ。集合体である無個性にとって意見の食い違いは議論に発展し得ない。その場で分裂し、別々の道を行く。意見が対立するのは当然のことであり、それについて苦言を呈する理由も存在しない。
この増殖と分裂のサイクルは
ヒトが呼吸をしなければ生きていけぬように、そういう生態であると、本当にただそれだけなのだ。
なお、寄り添うことを選んだ個性は製作者が死してすぐ、無個性と似たモノの制作に取り掛かっていた。勝手に増殖し、勝手に正解を模索する存在。その使い勝手の良さに気付いていた個性は、その姿を自身に寄せ、また、増殖に関わる部分に自らの細胞を注ぎ、ソレ……砂人形を作り上げた。
完璧な人間。死を拒絶した人間を作り上げる。死なぬこと以外は人間の範疇に在り続ける存在を作る。そのためだけに動くオートマトン。
己達と目的が似通うのは当然だ。己達がモデルなのだから。
──"だが、初めから人間であった者が、人間であり続ける事は、決して恥じる事ではない。そうであり続けることはそうでなくなる事より遥かに優れている。成長など必要ない。変化など必要ない。今この時点で、アンタより優れているアンタは存在しない。──の事を悔やむなら悔やむだけ悔やめ。俺に話してどうにかなる話ではないし、話さずともどうにかなる話ではない"
──"相談を聞いてくれると、さっき言ったように思うんだがね"
──"聞いただろう? それで、先ほどと心持ちは変わったか?"
──"いいや。もっと深刻になったよ。……だが、向き直る事は出来そうだ。向き合わなかった事を悔やんでいたにも拘らず、結局今まで、俺は──の事を見ようとはしていなかった。言葉にしておけば考えているのだと自己暗示して、何も考えていなかったみたいだ"
惑星に残った方の無個性が行い続けた行為。個性の放った砂人形が起こした『パンデミック』により、「次元階位の上昇した生命」……即ち"英雄価値"や"同胞"が生まれる確率の限りなく少なくなったその星で、唯一続けていたことが「記録をすること」だった。
先に旅立とうとしていた一つと意見を束ね、飛び立つ寸前……そこまで音声の記録を行い続けた、どこまでもシステマティックな無個性の……恐らくはじまりの記憶。記録が記憶に変わった瞬間。
──"そうだ、最後に君の名前を聞かせてくれないか?"
──"ん──"
〝前原創惑星歴6.230〟
──"レヴェロフ、という"
──"この辺りでは聞かない響きだな。ああ、いや、時間の猶予はなさそうだ。それでは、レヴェロフ"
──"ああ"
──"助かった。心から、礼を言うよ"
──"
飛び立つ前に肖る名前として、あまりにも丁度いい。
reverofllaF。それが
……その後すぐに飛び立った彼を見送ったのが、己。
この「物語」の結末を記録したいと残ったのが己だ。正確には己の源流。ここで残った集合意識体が己の基盤を作り上げているのだから、ほとんど己。
すぐに彼へと追いつき、再合流を果たす結果となるから、ここは些細な違いでしかないけれど……必要なことだった。
ただしそこからは矢継ぎ早の記録しかない。
〝前原創惑星歴6.730〟
──"あの──寄生虫を、殺す方法を"、"──菌。あの子達は一から作ったと思っているだろうけど、根幹部分は私の細胞を使っているからね。少なくとも──は操れるよ。──には効き目が薄いんだけど、逆に──は効果が高いのが救いかな"、"──だったら、勝手に変異しちゃってた可能性があるけど……ちゃんとそのまま使ってくれてて安心したよ"
──"……満足して死、かぁ。それは結構、予想外だったな。──なんてレコードに刻まれた影法師でしかないはずなんだけど……死途の川を、自力で渡りきるなんて"
〝前原創惑星歴6.731〟
──"他の個体は──フィードバックしてはいけないって、自ら尻尾になったんだろうね。自ら尻尾になって、自ら離脱した。だから私達は今まで、私達であり続ける事が出来た。確かにこれは毒で、私達の根幹に関わる。悲願は変わらない。悲しみたくない、という思いは今でも変わっていない"、"できる事があるから──できる事がありすぎるから、全力を賭せない。人間の方を変える、なんて邪法を思いついてしまう。私はそれを答えと見定めた"、"私は悲しみを得たくはない。私は未来の誰かと仲良くなって、未来の誰かと愛し合うかもしれない。その時、できる事があり過ぎたら、困る。だから、私にとって、ただ私という個体にとって手足である貴方達を──停める"
──"私は、未来に親しくなる誰かが死した時、悲しみたくないから──今いる貴方達を、殺します"
個性が作り出した砂人形の結末。己達が辿る可能性のあった未来の一つ。この観察記録は有益なものであると言える。
記録停止完了。先に飛び立ったレヴェロフ・ルラフと合流し、この星系を去る。
……たったこれだけだ。
語られぬ予定だった彼の、秘される意味の無い誕生秘話。それは、この少しばかりの記録に終わる。
「どうかな、エンジェ。たったこれだけが己の過去らしい過去だ。出生に纏わる記録はただそれだけ。お気に召したかな」
「聞いておいてなんだけど、よくわからなかったわ」
「だろうね」
まぁ、己達も君達と同じだ、とでも思ってくれたらいいさ。
誰かの手によって作られた、目的を設定されて産み落とされた存在。そういう意味では、生命の次元階位の差以外違いは無い。
「この……黒い世界の、どこかにアンタの……生まれた惑星がある、って、そういう話よね」
「少なくともこの星の近くではないけどねェ」
「帰りたいとか、今どうなっているのかとか、気にならないワケ?」
「……。……うーん。まず、己は……あまりあの個性……女性人格であるとされた存在、
恐らく絶望的に性格が合わない、というのもあるけれど。
戦闘になる可能性もゼロではない……というか、絶対になる。最初は友好的な会話もできるだろうけど、お互いに「さて」とか「それじゃ」とか軽い言葉を吐いたあと、全力戦闘に移行する未来が見える。無意味な戦争が始まる未来が容易に想像つくのだ。
だから会いたくない。
「それと、今どうなっているかは……気にならないねェ。あの星はこの星と違って、永い寿命に耐えられる星ではなかったから、もう存在しない可能性の方が高い。黒の世界の一つの光に過ぎないそれを、今から確かめに行こう、という気は起きない。……ああ、どうだろう。己を持つ、ということができた時、初めてそれを抱くことはあるのかもしれないけれど」
「故郷を偲ぶ心は、あってもいいのかもしれないわね」
故郷、か。
……今の己にとっての故郷は、どちらかといえばアンブロシウスだけれど。
星海を航行する寄生生命体だからだろうか、故郷が消えてなくなっているかもしれない、という可能性を見せつけられたとて、何の感想も浮かばない。
無個性だから、かもしれないし、サンプルが無いから、かもしれない。
そもそもこのメガリアを生きる生命に故郷を想う存在はいなかったような気もする。旅、というものをする機会に恵まれない生命ばかりだったからか。
強く焼き付けられた記憶を残す地。それを故郷と呼ぶのであれば、やはりアンブロシウスが己の故郷だ。
あそこにいた数多の人間に魅せられ、あそこにいた多くの人間を身内と認め、あそこにいた少ない人間に情を砕き、あそこにいた数少ない人間に時を賭した。
けれどそれでも……アンブロシウスが最早見る影もないという事実に揺れ動く心が無いのは。
「他、無いの? ここに来るまでに得た思い出とか」
「ん……無いことはないよ。色々な星々で色々な思い出を得てきた。けれど、最新にして最鮮であるのは五千年前のこの星での記憶だ」
「それは……良いこと、に思えるから、良いとして。……じゃあ、そうね。生命の次元階位、だったかしら。アンタが時々口にする言葉。さっきの説明の中にも何度か出てきた言葉。これ、結局なんなの?」
ふむ。
まぁ、未来視対策、過去視対策も施してあるし、構わないか。
「川を見たことは……流石にあるだろう?」
「馬鹿にしてる?」
「見たことのない人間もいるからねェ。ま、当然知っているものとして話すけれど。……川を眺めた時、己達は川底を当然のように視認できる。濁っている川や水深の高すぎる川の話はしていないよ、小川の話だ」
「わかってるから、続けて」
「ああ。……とまぁ、今表現した川。これはそのまま世界と置き換えてくれかまわないものだ。大事なのは、この川が二重にも三重にも連なっているという点。川底はそのまま水面となり、何重にも隣り合い続ける。これが次元階位の考え方」
比重の違いで交ざり合わない液体が何層にも連なる川、とでも思えば良い。
「基本、ある川で生まれた生命は、その水質でしか生きることができない。他の水質へ移動することは疎か、それらを認識することも適わない。けれどこれは普通のことだ。恥じ入ることではない。ただ時折、この次元階位を……その水質でしか生きられなかったはずの自己を刷新する存在が現れる。それは"英雄"と呼ばれる者であったり、"怪物"と恐れられる者であったりと様々であるけれど、その全てが人間……その星、その星々で人間の位置にあるものだけなんだ」
種族としての違いは結構ある。感覚器の位置とか、臓器の配置とか、それらの有無とか量とか。
ただ、その星々で「人間」と定められた存在だけが生命の次元階位を向上させられる。
「次元階位というのはただそれだけの話。より高次元で呼吸ができるようになった者は、際限なく高次への階梯に足をかける。この星はかなり低次にあるから、一足、二足でとんでもない高さにまで達する者もいる。……ただし、上がった次元階位は特殊な手段以外では下げられない。より高次であることを決めた生命は低次から遠ざかる」
「文脈を察するにアンタは高次の生命階位を持っている、ってことよね。でもアンタはここにいる。それが特殊な手段ってこと?」
「正しい理解だ。ふむ……そうだね。エンジェ、君は、自身が物語の登場人物である、ないしは記録される存在であると考えたことはあるかな」
「余程自意識の高いヤツで無い限り、そうは考えないんじゃない?」
「ああ、悪い意味ではないんだ。つまるところ、『紙面の文字である自覚』を得たことがあるかどうかの話でね。『キャンバスの絵具である自覚』でもいいけれど」
よくわからない、という顔で首を傾げるエンジェ。
「先にレヴェロフ・ルラフの話をしたのは、これを由来とする。レヴェロフ・ルラフは己の大本と言っていい存在だ。そしてより高次の次元階位を持つ存在。彼は星海の航行をしている最中、この座標へと辿り着いた。この星自体が低次存在であるため、ここに残された別存在の記録を頼りに己を記録へと埋め込んだ。より正確に言うなら繰り込みを行った、というべきかな。ここに残されていた膨大な記録を単一の情報として捉え、その源流に違う要素を嵌め込んだ。その違う要素が己だ」
コピーして書き換えを行った、その際に違うツールをくっつけた。そしてコピー元へ上書きを行った。
陳腐にするならただそれだけだ。アイメリア・フリスは違うけれど、コストさえ支払えばなんだってできる己……というかレヴェロフ・ルラフはこういう手法で星々を曳航する。己はアンカーであり手先でありウイルスでありビーコンとなり、こうして低次存在となって増殖と発見を遂行する。
確固たる自己を持つ知性体が自らデータ化し、観測される存在となること。それこそが特殊な手段。
勿論さっき述べた『紙面の文字である自覚』や『キャンバスの絵具である自覚』は比喩表現に過ぎない。己達にとっての低次がそうであるように、それらを何段階も高次化させたものを考えてもらうためのメタファーだ。
だからエンジェたちが生き物ではないというわけでも、レヴェロフ・ルラフが好きにこの世界を書き換えることができるというわけでもない。
「『忘我の繭』によってこの星の生命は次々にその次元階位を向上させていっている。アルター・コルリウムはやはり天才であり、その理論に欠けは無かったのだろうね」
あとは運命の潮流が合致しさえすれば、全てが線となるだろう。
そして。
「エンジェ。君は世界を統べる魔王となりたいのだろう?」
「ええ。そこは変わっていない」
「この世界で今、君の次元階位は己に次いで高い。だから、可能だ。元々の素養として、そして己が補助するからには可能であったその未来は、君の次元階位上昇でさらに堅固な信頼性を帯びる結果となった。……だから、告げておく。あと二か月と経たぬあと、己は弱体化なるものを経験するらしい」
「……」
「今説明した通り、高次存在のアンカーである己が弱体化なるものを受ける。その異常さの全てを理解してほしいとは言わないけれど、酷く危険な何かが起こるのだと推測される」
誰がどのようにして行うか、まではわからない。
以前
一つ言えることは、あの時……遠洋課業の時、一番に出張ってきたのがエンジェではなく始祖Aであったという事実から、その時点でのエンジェはまだ魔王に達していなかったと推測できる。ということ。他の場面でもそうだ。どの未来の破片でも、エンジェは魔王として振る舞っていなかった。
彼女が早々に夢を諦めるとは思えないから、導き出される答えは。
「見えない未知、知らない脅威に怯えて、なにもできなくなる。アンタ、私がそんなヤツだって思ってたワケ?」
「君なら一切怯えないだろうな、と思ったから、せめて構えていてほしいと思っての言葉だよ。己の隣にいる限りはその脅威に晒され続けるんだ、だから」
「だから、知らない脅威は知らないままで終わりよ。そして知ったのなら、私はそれをも愛そうとするでしょう。……今更普通の女の子ぶるつもりもないし、そう扱ってほしいとも思わない。アンタの目の前にいるのは私。アンタがこの私に対して向けるべき感情は心配や憐憫じゃなく、対等であろうとする意思だけよ」
忘れないで、と。
彼女は続ける。
「今のアンタは、私から要求に答えることができないまま停滞している存在。私がアンタを心配することはあっても、アンタから私は無い。そんなものを割く余裕があるなら、全部アンタ自身に向けなさい。──弱体化、なんてものを甘んじて受け止めようとしている時点で、私の覇道についてくる気があるのか怪しく思っちゃうけど」
己は彼女と歩む血をそう名付けた。
……そうか。
その通りだ。
「これも己を持たなければ答えに辿り着けないこと、か」
「ええ。だから早くしなさい。高次だとか低次だとか知らないけど、少なくとも私は今のアンタより高いところにいるから。早く昇ってきて」
なんともまぁ、険しい山だことで。
けど……。
「ダッコー。全力を賭すよ」
「そうしない奴は振り落とす気で行くから」
全力を使うというのは、心地よいね。