魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Stop3-3.「世界滅亡の予兆」

 魔法世界においてもドラゴンというのは畏怖の対象且つ半ば伝説上の生き物だ。

 普通に生息しているわけではなく、余程のことが無いと発生しない。機構の中には姿を寄せたものも存在するけれど、魔物であるドラゴンの方が強いとされている。

 魔物としてのドラゴンは全てに「理由の不明な名付けのされた魔物」であり、生態は事細かに記録される。

 最初の発生は四千と五百年前。最後の発生は三百年前。発生数が少ないために法則性はまだ見つかっていないものの、大枠の察しはつけられている。

 

 死、だ。

 多くが死した場所。人間の死が集まったその場所にドラゴンは発生する。

 

「……無論、通説だけどねぇ」

「それを始祖に説くことがどれほど無駄であるか、わからないあなたではないでしょう」

「そうだろうか。だって、おかしな話だと思わないかな。私では想像もつかない五千年前から……魔法世界が始まって以来、死など見飽きる程に起きた事象だ。死がドラゴンの発生を誘うのであれば、もっと多くのドラゴンが姿を見せていてもおかしくはない。あるいは先日の大誅殺にて発生していてもおかしくはない話だ」

「ビアンカちゃんのアレ、そんな風に呼ばれているのですね」

 

 大量の死が原因であるのなら、こんな地下霊廟の紛い物だけでなく、そこかしこにドラゴンがいておかしくない。

 けれど事実世界はそうなっていない。

 

()()()()()()()()()()()……というのが私の見解でね。つまるところ、ドラゴンが現れるためには大量の生贄が必要なのだ、という思考になる。ドラゴンというのは案外身近に存在していて、たとえば今、私達の目の前にもドラゴンの影があって、それらがふと気紛れを起こして現れようとした際に、多量の生贄を要する。二つの事象……ドラゴンの気紛れとこちらの世界の大量死が重なった時にだけ彼らは現れる」

「飛躍した考えですが、無い話ではないでしょうね。なんせ未だ彼らの生態は明かされていないのですから」

「だから、目の前の『合成変龍(メタドラン)』も、報告に上げられていない幾つかのドラゴンも、全てが"或る絶対"の兆候に見えてならない」

「……"或る絶対"、ですか」

「その反応は、心当たりがあると、そう見ていいのかな。始祖イーリシャ・クライムドール」

 

 イーリシャは溜息を吐く。

 そして、運命の潮流に身を任せるかのように、その呟きを世界へ溶かした。

 

「"その日"の先に、来ます」

「壮観だろうか。それとも絶望的だろうか」

「ノイズは多く、辿り切れはしませんが……面と向かって対峙しているのはあなたでも私でもなかったことは伝えておきましょう。これ以上の開示は未来へ余計な波を与えかねませんので、憶測で補完してください」

「充分な開示だ。ありがとう」

 

 悲痛な声と共に激しい震動が響き渡る。

 心配の色を見せる者はいない。信頼ゆえに、信用ゆえに。

 防御不可且つ不可視の絶対死たる攻撃──なぞ。

 その程度を攻略できないようであれば、二人はとっくに死んでいる。

 世界中から目の仇にされ、悪の枢軸へ真っ先に名の上がる始祖ディアナ・ネクロクラウン。

 未知の魔物や魔法使いへ率先して突っ込んで戦果を上げる始祖ビアンカ・フィジクマギア。

 

 対し、やってくることも発生原因までもが知られている魔物なぞ、何するものぞ、という話である。

 

 幻想はより強い幻想に挫かれる。

 死に集まり、死を誘う龍は──不死たる始祖によって打ち払われる宿命なのだ。

 

「……そうですね。こちらからの開示を充分だと受け取ったのであれば、そちらにも開示を要求しておきましょう」

「おや、始祖に知らぬもの無しというのは所詮噂だったのか」

「アンドリュース・ウォーラークラフト。私怨でダルク・クロノコミナを追っていると言っていたあなたでしたが……真意の方、早めにお聞かせいただければ」

「ふむ。真意も何も、私怨は事実だよ、イーリシャ・クライムドール。──私欲が混ざっているのは事実だが」

「奇遇ですね。私も私欲だけでここにいます。どうでしょう、互いに何かを抱える者同士、腹を割って話す、ということをしてみるのも一興だとは思いませんか?」

 

 ガエンは瞬時に崩そうとした。水の造形、分身体を。

 けれど、できなかった。

 外側から固められている。

 

聖護星見(クライムドール)の魔法は未来視と陣地。この陣地の中では、すべての魔法が私の意のままとなるのです。それは当然、他家の分家の魔法にも同様の作用を引き起こし、況してやそれが魔法の造物であるのなら、接続されている霊魂までもを掴み得ます。ああ、ご安心を。操る、なんてことはできません。……ただ、あなたが非協力的な態度を取るのであれば、この分身体に割く霊魂量を調節していただく、ということもあるかもしれません」

「む……無茶苦茶を……!」

「何度も退避は促しました。ここに残っていたのはあなたの意思。あなたの私欲。たかだか二家の魔法を使い得て、世界の真相に近付く頭脳を持っていただけで、よくもまぁここまで調子に乗れたものです。それとも始祖イーリシャ・クライムドールという名に纏わる悪評の一切を聞かずに育ってきたのでしょうか。そうであれば、ここに刻んでいくといいですよ」

 

 ──始祖イーリシャ・クライムドールに関する()()()()()()()は、全て真実である。

 

「消すべきものは消してきました。残っているものにはそれだけの理由があるのです」

 

 声は。

 

 

 

 

 数時間後、存在抹消の里にて。

 難しい顔をしたガエンが何事かをぶつぶつと呟きながら歩き回っている。

 少しばかり心配になるその雰囲気に、しっかりと声をかける者があった。

 

「大丈夫ー? アンドりゅん」

「……ん、ああ。ラランか。……私自身に問題はないけれど、考えなければならないことが発生したのは事実だよ」

「考えるだけなら、アンドりゅんいつも涼しい顔でやってるじゃん! でも今はどこか苦しそう。ラランに手伝えること? アンドりゅん一人で大丈夫?」

 

 事実である。

 存在抹消の里。"名の軛"をはじめとして、様々な鎖から解き放たれた者の集う場所であるはずのこの里で、最も雁字搦めになっている男がガエンだ。それも自ら、という冠付きで。

 けれど彼がそれを表に出すことは無い。

 ラランのように察する者はいたとしても、彼のどこ吹く風な空気を崩せるものではないのだ。

 

 だから、そのガエンが目に見えて狼狽しているという事実もまた、少なくない不安を里の者達に与えていた。

 

「……。今、いつもの癖で断ろうとした。それを恥じ入るよ、ララン。これは里の皆にも関わる大問題だ。……私一人で決めるべきではないし、相談して解決する可能性もゼロではない。他者を巻き込むことに躊躇を覚えないことは、運命の潮流を把握するための大事な一歩なのかもしれない」

「えっと……」

「話をしよう。この里だけでなく、世界の存亡についての、大事な話を」

 

 そう、口にして。

 

 

 彼は来るだろう衝撃に耳を塞いだ。

 

「世界滅亡~!?」

「おい、流石に冗談が過ぎるぞアンドリュース!!」

「不安を煽るための誇張表現……というわけでもなさそう」

「じゃあ、本当に?」

 

 口々の不安は当然のこと。そも、上述の通りガエンがこういった不安事項を皆に漏らすこと自体があり得ず、況してや相談までしてくることはあり得ないと言い切れるほどに無いことなのだ。無論立場上対等と言えるエギルに少しばかりを漏らすことはあれど、こうも広くへ見せることはない。

 世界滅亡などという陳腐な言葉で表す程度には「どうしようもないこと」が起きるのだと理解させられる事態なのだ。

 

「始祖イーリシャ・クライムドールとの半ば尋問染みた対談で得られた情報だよ。ああ、聖護星見(クライムドール)系譜の諸君はそう心配そうな顔をしなくてもいい。これらは未来視で得られた情報ではなく、現在の様々から推測された情報だ。無論、未来視で得られる情報であっても関係ないそうだがね」

「関係ないってのは、どういうことだい」

「どれほど影響力のある人間が知ったところで変わらないのだそうだ。……齎された情報によれば、世界滅亡は二度起こる。一度目は樹殻の抱擁。二度目は最高位のドラゴンの成立。どちらも単一個人の力ではどうしようもない事態だ」

 

 先程あった、ガエンとイーリシャの擦り合わせ。

 ああも強制的な話し合いではあったものの、ガエンはほとんど損をしなかった。得られるものの方が多かった。彼の所見ではあるけれど、イーリシャ・クライムドールの悪評は、その行動より口下手なところにあるのではないかと思ってしまうほど……どこかぎこちない雰囲気を感じ取った。

 

「樹殻、ねぇ。そんな本当にあるかどうかもわからないもので……」

「外に出ないからそういうこと言えるんだよ。少し前に『お館様』が対処を設置するまで、『快晴の雷』は何度も降り注いできてたよ?」

「知識では知っているが、どうにも信じがたいよなー」

「以前入ってきた『残照回廊(リメノンス)』のコたちが言ってた『忘我の繭』ってやつだよね」

 

 存在抹消の里の民の知識量はまばらである。

 この里に連れられてきて、『彼』に存在を塗り替えられて、世界に疑問を持つもの……だけではないのだ。むしろ世界などどうでもいいと軛から外れた者の方が多い。

 今まではそれでよかったとも言える。外界のことなど関係ないと、そのままでも良かった。ただ今回は。

 

「樹殻はある。そしてそれは、腹を空かせた凶暴な魔物のようなものでね。獲物を食らうその瞬間を今か今かと待ちわびている。……恐ろしいことに、私達は生まれた時点で既にそんな魔物の顎の中にいるんだ。樹殻は世界を覆っている。逃げだすことはできない」

「『頭領』の判断は?」

「ふん、『詐欺師』は私達の命運になぞ興味はないだろうね。というより……『詐欺師』は私達が意思を発露するその瞬間を待っているのだろう。付き従っている内はそれらしく振舞ってくれるのだろうけれど、それはアレを頭と仰ぎ見ているから、という理由に過ぎない。私達がそういう入力をする内はそう振る舞い続けるだけさ」

 

 殺気立つ者は……いない。

 ガエンの『彼』に対する叛意は今に始まった話ではないからだ。

 ただ、それだけで終わらない……スルーしない者もいた。

 

「『お館様』はどう動くつもりだと見ている? アンドリュース、この里ではお前が一番『お館様』の行動予測に長けているだろう」

「樹殻の抱擁については静観。ドラゴンの成立についてはその時彼がどうなっているか次第だろうね。少なくとも現状は、だが」

「……あの方が行動方針を変えることがある、と?」

「私は『詐欺師』本人ではないから難しいところだけど、少なくとも始祖も似た睨みをしているようだったよ。……ま、樹殻の抱擁と『詐欺師』については本当にやることがないからどうだっていいんだ。私達が気にすべきはその後、ドラゴンの成立の方でね」

 

 ガエンの口から語られるは、彼の推測と……その時に得られた始祖の反応。

 そして、本来彼の知るはずの無い『虚空龍(ヴォイドラン)』についての情報。

 

「タイミングがどこになるかは不明だ。樹殻の抱擁でどれほどの数が死ぬのかもわからないから、もしかしたら抱擁の死者がドラゴンの招来に必要な生贄となる可能性も勿論ある」

「アンタはそう見ちゃいないんだろ?」

「まぁね。私の推測では、この二つが経るタイミングは別……というかそれぞれがそれぞれに別個の主軸を有していると考えている。連動はしておらず、ただ襲い来るだけのもの。そして、であるならば、私達は二つのやるべきことを抱えていることになる」

 

 指を立てるガエン。二本指だ。その片方を折って。

 

「一つ目、抱擁が過ぎ去って、あるいは樹殻という脅威が消え去って油断しきった人々を守る。一度目の滅亡が何らかの手段で防がれたのなら、人々の気は確実に緩むだろう。私が二度目の滅亡を齎す者であれば、必ずそこを狙う。半ば自然災害的存在と考え方を完全に同調しているとは言えないけれど、なんとなくそんな感じがする。……私のなんとなくに賛意を示せないのなら出ていってくれても──」

「偽悪で話を逸らすな、アンドリュース。お前の言動が信じられないのなら、そもそもここに集まってはいない。なんだったらとっくに里を出ている」

「そうだよー! アンドりゅん、自分が案外信頼されてるって自覚無いんだもん、びっくりしちゃうよー!」

「はは、それはなんとも感動的だね。『詐欺師』と私の決定的な違いだ。……つまるところ、君達には最早何の関係もなくなった外界の魔法使いのために身体を張ってほしいんだ。あるいは君達を裏切った世界を。無論、世界のために、魔法使いのためにそれらを行うのではなく、自分たちの存亡のための戦いであることは忘れないでほしいのだけれど」

 

 反対の色を出す者は、いない。

 皆、望むところだ、という顔をしている。

 

「いいね。では二つ目。それら頑張りが敢え無く失敗と終わり、ドラゴンが成立してしまった場合……世界をドラゴンなんぞにくれてやるのは癪だから、私と一緒にそいつを倒してほしい。どうしたって戦闘には不向きな私だ、火力が足りなくてね」

「一つ目を承諾して、そっちを拒否するやつはいねーだろーよ」

「後者の方がシンプルでいいわー」

「構わないが、そんなものは光の下を生きる魔法使いにも手伝わせるべきだろう。私達だけの問題ではないのだから」

 

 というより、と。

 

「アンドリュース、お前……ラランが問いをかけるまで、どちらも一人でやろうとしていたのか?」

「筋金入りだねー。そもそもの私怨? だっけ。エギルとアンドリュースの二人が追ってた件。あれも手伝ってって言われたら手伝ってたのにさ」

「行使する実力が足りていない癖に他人を巻き込みたがらない秘密主義体質。ばっかみてぇ」

「散々な言われように辟易してしまうよ。……けれど、ありがとう」

 

 どれほど口調が似ていても、違う。

 ガエンは『彼』ではない。人並みの感情を持つ人間だ。

 

「そうだね、なら、そちらもお願いしよう。私とエギルが追っていた件のターゲット……ダルク・クロノコミナの話だ。つい数刻前、彼を追って辿り着いたその先にて、私はある道具を発見した。始祖との共同解析、及び考察の結果、残念ながら私の逆恨み対象はもう本人とは言えない存在になってしまっていたけれど、どうやらその意思は生き続けているらしい、ということまでが判明した」

「やっぱりあったか隠し事。それ、一人でやろうとしてただろ」

「君達には関係のないことだから、とね。……けど、巻き込んでみることにする。だから、お願いだ。世界滅亡を防ぐついででいいから、私に力を貸してほしい」

 

 潮の音が近づいてくる。

 意思を持つこと。それが真に求められていることだとガエンは推測したけれど、実はもう一つ『彼』の欲するものがある。

 とても簡単で、陳腐なことだけど。

 

 何よりも、克己こそが、大事な、大事な──。

 

 

 空間の破片が肉を断つ。

 先程までエンジェの声を発していたナニカが倒れ伏し……物言わぬ骸となった。

 

「一応聞いておきます。今のは私を処理するための招来、というわけではないと、本心から言えますか」

「疑り深いにも程があるでしょう。……以前ならいざ知らず、今はもう貴女を殺す意味がありませんから、しませんよ」

「あなたがどこか遠方へと連絡を取った。その瞬間に湧き出てきた魔物であるが故に、警戒しました。一応信じます」

「終わったの、スヴェナ。なら帰りましょ? いつまでもこんな場所に──」

 

 ナニカが現れ、体内に発生した虚空穴に飲み込まれ、消える。

 魔法使いの掃討が終わってすぐ、スヴェナとシェリーはこれに襲われた。とはいえ攻撃もしてこないナニカだ、特に疲弊する理由もなく殺しきれている。

 もし理由があるとすれば、声や顔は完全に同一で、その気配や魔力波までも似通っているが故に、精神疲労を来す、ということではあるが……そういう同情心などを捨てた二人なので、やっぱり何も問題ない。

 

「これで十体目……」

「前回出現時の疑似餌数を大きく上回っていますね。やはり通常のドラゴンとは何か違うのでしょう」

「ドラゴン?」

「『虚空龍(ヴォイドラン)』。『先輩』はそう呼んでいましたね」

 

 眉を顰めるスヴェナ。シェリーの言い方ではまるで、『彼』関係の魔物ではないと言いたげな言葉操りだからだ。

 

「世界中のどこにでもいる誰かが下手人だそうですよ」

「……思考中枢を有さない植物が合成魔物(キメラ)を作り、挙句は私達にぶつけてきた、と?」

「おや、一瞬で辿り着きますか。流石ですね」

 

 シェリーですら複製体から情報を得た時少し考えたのに。

 とはいえ言葉ほどの驚きはない。スヴェナという少女について、シェリーは高い評価を下している。エンジェ・エレメントリーは精神的に別次元の存在であるが、スヴェナ・デルメルグロウ、あるいはスヴェナ・フラッジロードは実力的に別次元の存在だ。ディアナが認めたドクラバ・アッシュクラウンと同じく、勝手に育ち、勝手に深奥へと辿り着く天才の類。

 始祖らはどこまで行っても「長く生きているだけの普通の少女」でしかない。むしろ不死に近い存在であるために必死さというものに欠けているから、現代を生きる魔法使いには「生存意欲による進化」という面で大きく劣る。

 その劣る面で、躍進した成長を遂げている相手がスヴェナとあらば、そこに差ができるのも仕方の無いことだろう。

 

「問います、シェリー」

「なんでしょうか」

「あなた達五人では、天幕を破ることはできなかった。一応、その認識で合っていますか?」

「はい。私達五人がそれぞれの最上を用いても、あるいは五人全員で協力しても……あれは破れなかった」

 

 また湧いて出た十一体目のナニカを、その口が開く前に殺傷して。

 スヴェナは大きく呼気を吐く。

 

「疑似餌とドラゴン。──舐められたものですね。『一応平民の人』に当てて対処されたのだろう魔物を私達へ再投入し……数を増やした程度で対処できなくなるだろうと、空の植物は無い頭でそう考えた、と」

 

 大気から熱が奪われる。

 空間が凍結していく。

 またも湧いたナニカは、しかしその場で釘付けとなり。戦場に注いでいた血は、パキパキと音を立てて結晶となっていく。

 ぼんやりと光る童女はその身体を浮き上がらせ──。

 

ILLISION OF UNCONNECTEDNESS(纏ろわぬ幻想に夢を見なさい)……」

 

 青雷が走る。

 声と認識できない唸り声のようなものと共に、その場から天へと槍を突き立てた。

 空間凍結(フリーズサリス)氷結城槍(アイスランスル)の合わせ技……ではない。

 シェリーですら一目では判断しきれない、複雑な構築式をした魔法。単なる力業ではないし、二家の魔法を重ね合わせただけでもない。

 完全にオリジナル。完全に既存の魔法の枠組みから外れた魔法。

 

 凍結したままに流動するその槍の穂先は──確実に樹殻の身を捉え。

 そのまま、激しい破砕音をあたりへ撒き散らし始めた。

 

「……大気中の魔力へ強制的な所有者指定を施し、破砕されたその瞬間から充填するを繰り返す式……ですか」

「始祖の目は恐ろしいですね、一応。……多少の効果はあったとみます。なんせ、件のドラゴンとやらが私の槍氷に向かっているようですから」

 

 少しずつ、少しずつ。

 天幕へ辿り着いた氷が枝を伸ばすかのように氷結面積を増やしていく。それが嫌なのか困るのか、上空にいたらしい『虚空龍(ヴォイドラン)』が氷へ噛みついているのが見て取れた。

 ──しかし、その程度の衝撃では破砕しない槍氷。むしろその顎へも枝を伸ばし……硝子の龍を凍り付かせていく。

 

 舌を巻くのはシェリーだ。

 大気中の魔力。即ち待機状態にあるナノマシンへ、構築式から所有者変更を行うなど……前代未聞が過ぎる。プログラム自らが自らの稼働に最適なハードウェアを探して宿っているようなものだ。それがどれほどあり得ないことなのかなど語るべくもない。

 "階段を上った"様子もなくのこれだ。

 

 期待してしまう。

 もしかしたら、と。

 

「残存魔力量は、どれくらいでしょうか」

「そこまでは使っていません。効率化を施してありますから、一応。とはいえ全世界を覆うほど、となると難しいですね」

 

 スヴェナの保有魔力量はエンジェ・エレメントリーやシャニア・デルメルサリスに大きく劣る。多い方ではあるけれど、当然始祖の誰にも並び立てないほどしかない。

 そんな彼女の「そこまででもない」発言から考えて、本当に効率化を……効率に効率を重ねたような魔法なのだろう。

 

 あり得ないと頭りを振るシェリー。

 そんな魔力量で拵えた魔法で、ここまでの効果を見込むことは……難しいを通り越して無理だ。

 ならば秘密は、あの唸り声のようなものにあるのだろう。

 

「貴女にその気があるのなら、新たな次元空間(デルメルサリス)の魔法として登録するのもありでしょう。……いえ、覇道天還(フラッジロード)名義でもアリですが」

「普通の魔法使いには使えませんから、公表なんてしませんよ、一応」

「片方の血はそうでしょうね。ですが、凍結した空間で流動的な動きを構築する、というのは次元空間(デルメルサリス)の魔法の一部でしょう。防御手段にも攻撃手段にも革命が起きると思いますが、それでもしませんか」

「世界が始祖の言葉に耳を傾けるようになったら考えます、一応」

 

 善処する、という意味だ。

 それでも有益な譲歩であったと言える。

 

 ──槍氷の枝は未だ生長を続けている。

 ここは果たして、突破口となり得るのか。

 

「内外から、良い風が吹いているように思いますよ」

「一応、何の話ですか?」

「どこかの誰かに向けての言葉です。悪しからず」

 

 いつかどこかの『彼』へ、言葉を残して。

 

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