魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
胎動があった。脈動があった。鼓動があった。
震源地は守護された土地……ではなく、そこにほど近い場所にある寂れた教会。
この五千年間において現れては消え現れては消えを繰り返した様々な宗教の内のどれかだろうとされているその教会には、歳の頃十五、六くらいの少女を象った聖女像が存在している。
脈動は像から響いていた。誰にも聞こえない。陣地を展開する者にも、未来を視る者にも、何者にも感知されないその振動は──ふと、鳴りやんだ。
瞬きの間。
まるで初めからそこにいたかのように。
少女が……すやすやと健やかな寝息を立てる少女がいた。消え去った聖女像の代わりに、だ。
して、彼女は緩慢に目を開き、ぐーっと伸びをする。
「ん~っ! っぷはぁ……」
膝裏にかかるほど長い髪を垂らした少女。それを振って、邪魔に思ったのだろう、あることがわかっていた、という素振りで台座に置かれていた髪留めを取って、自身の後ろ髪を括り上げて。
「……ざっと四千年ぶりの外の空気。ちょーっと魔力濃度が高いけど、順応に問題は無し! さっすがイーリシャちゃん。調整は完璧だね」
声を、発する。
「まずは、観光でもしよっかな。その後はイーリシャちゃんに合流して~」
彼女は手を翳す。
夜明けは近い。
「おとぎ話を、紡ぎ直しにいかないと」
彼女の名は
あり得ざるモノ、である。
世界にある大陸は三つだけ。マキアン大陸、ルト大陸、イヴルース大陸。どの陸地も何十万年前であれば小さな、という枕詞のつくだろう面積しかないこれらが世界の全て。あとは海と小島だけ。
マキアン大陸には
最も栄えているのはルト大陸であり、聖護魔導学園もそこにある。
「流石に四千年じゃ地形は変わらないってことかな。……諸島が綺麗さっぱり地図から消えちゃってるのは……
少々物々しい雰囲気はあるものの、彼女が生を受けた時代より遥かに発展しているルト大陸のある繁華街。
そこで彼女はフルーツの盛り合わせを食べていた。
知らない果実もあればよく知る果実もあり、そしてその全てが高い魔力濃度を経た味をしていて面白い、という評価を下し……同行者をつつく。
「なんだよフェイブ。おかわりか?」
「違う違う。私だけ食べてるのもつまらないから、はいあーん」
「よせやい、おれに恋愛感情なんて高尚なもんはねぇんだ」
「その勘違いは微妙に気持ち悪いけど、要らないならいっか」
同行者の名はイシイ・コラルクリスタ。
この繁華街に居を構える武器職人だ。
聖護隊と土属性の
「
「あ、ひどーい。
「それが気色悪いって言ってるんだよ」
平時であれば「口調は些か粗暴だが人当たりは良い」と言われているイシイだが、フェイブに対してはとことん辛辣だ。
まるで旧知の仲であるかのように毒を吐く。
否。
「四千年前ぶりの再会なんだから、もう少し優しくしてくれたっていいのに」
「四千年前にも聞いたよ、それは。"気の遠くなるほど前を生きた者同士"、ってな」
本当に旧来の関係なのだ。
フェイブが生まれた四千年前から。いいや、彼女の意識が始まった云十年前からの付き合い。
「相変わらず人間観察を趣味にしてるみたいだけど、よく飽きないものだと思う」
「同じ人間が……それこそお前さんみてぇなのばっかりになったら流石に飽きるだろうけどな。人間ってのは毎度毎度別人なんだ、飽きようがねぇだろ」
何の捻りもなく。
イシイ・コラルクリスタの元の名は、ヘイズ・イシイである。
ただし上位者としてあった彼の力はほとんどが損なわれている。今の彼を上位者とするのなら、その力の根源は失われない意識くらいだろう。死しては新たな肉体を得て、また死しては新たな肉体を、を繰り返す霊害。
特異な力も知覚能力も有さない、ただただ永き時を生きているだけの武芸者。
「それで、今回は何が起きるんだよ」
「世界滅亡」
「……また、スケールばっかりでかくしやがって。もっと細々したものに目を向けろってんだ」
「まーでもこれは延命に延命を重ねた結果だからねー。本当はもっと昔に来ていたはずの何度かの滅亡をぎゅっとここに圧縮したから、世界滅亡なんて大事になっちゃってるってだけで」
「皺寄せを後世に、ってか。いつの時代の人間もそういうところは進歩しねーよな」
「過去へ戻ることは難しいから」
唐突に指を鳴らすフェイブ。
次の瞬間、二人は荒野を歩いていた。
「……おい、あの街には俺の店があるんだが」
「安心して。しばらく留守にする、って看板置いてきたから!」
「お前はまた、勝手にそういうことを……。つうか、聖護隊の騎士サマが食い逃げかよ」
「お金だって置いてきたよ? ……あ、待って。もしかして通貨が変わってるってことはない、よね?」
「あるから心配したんだよ。何度か前の大戦のあとから流通通貨が変わって──」
まるでその部分のテープが千切られたかのように場面が跳ぶ。
荒野から繁華街の隣町へ移動し終えたところから、再開。
「払ってきたのか。お前さんにしちゃ遅いように感じるが……」
「んー、なんかトラブルあったみたいね。多分私の姿を記憶してなかった店主さんと、私が一方的にお金を払うって言って去ろうとしたのが色々すれ違って大事に……ってことだと思う」
「じゃあなんでお前さん、追加の果物持ってんだ」
「和解して仲良くなってお土産貰ったからじゃない?」
「……っとに気色の悪い技だことで」
繁華街こそ賑わっていたけれど、荒野を挟んだ隣町は打って変わっての閑静があった。
寂れているわけではない。でもやっぱり賑わってはいない。
「こんな場所に何の用だよ」
「ここは経由地点。最終目的地は聖護魔導学園だよ」
「学園? ……なんだ、お前さん学生に興味があんのか」
「語弊のある言い方! そうじゃなくて、イーリシャちゃんに会いに行くの」
「確かにあそこは始祖が創設した学園だが、いねぇだろ。魔法を知り尽くした始祖が魔法の学び舎で何を学ぶんだよ」
「じゃあなに? イシイは私がいない訪問者目当てにここまで歩いてきたって言いたいの?」
言葉にすっと目を細めるイシイ・コラルクリスタ。
彼は知っている。目の前の少女の取る行動に無駄というものが存在しないことを。
必ず意味がある。必ず意味のある行動に
なれば。
「……何日か前のことだ。多分聖護魔導学園の学生だろう少年少女があの街に来てたことがあってな。その中に一人、やべぇ空気のやつがいた。ナノマシン汚染の一切がされてねえ服を着てたって時点で相当だが……ありゃフリスと同じ系統の何かだろうな」
「へえ。……フリスって、エルグお姉ちゃんが託したっていう曳航者だっけ?」
「その辺の細かい情報は知らねえよ。その時のおれはアクルマキアンにはいなかったからな。……で、そのやべぇ空気のやつに、所有者の魔力を少しだけ変換して蓄光する鉱石、なんてモンの製作を頼まれた。且つ、それを宝石のようにカッティングしてネックレスにしてほしい、とな」
「あれ、イシイって武器職人じゃなかったっけ」
「アクセサリーなんかの小物も扱ってんだよ。今の時代、武器一本じゃやっていけねぇからな。ああまぁ、最近は大戦がおっぱじまりそうなんで、護身具を買う奴は増えたが」
その時に注文されたモンがコイツだ、なんて言って、イシイ・コラルクリスタはその手から鉱石を生やしてみせる。
「今
「あんま大声で言うんじゃねえよ。偶然にも誰も聞いていないようにしてる、つったって発言したという記録は残るんだ。おれは今の生活をそこそこ気に入ってるからな、自ら進んで捨てたいとは思わねえ」
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。イシイは運命の潮流に流されないから、"本筋"にはもう関われない。あなたの運命はもう使い果たされている。それこそフリス? と一緒にいた時代に使い尽くしちゃったんだろーね」
「そうかい。そんじゃま、ゲスト出演の端役はここいらで退散しますかね」
歩を止めるイシイ・コラルクリスタ。既にここは隣町ではなく、あの町と聖護魔導学園のある土地を繋ぐ荒野だった。
あと少しで聖護魔導学園の結界圏内──その寸前で彼は踵を返し、緩慢な動作でその手に鉱石の槍を出現させた。
「……ありゃ、寝起きで読み間違えた?」
「大戦が始まりそうだとあの町では言ったがな。訂正だ。どうやらもう始まっているらしい。今のおれには遠方を感知する手段が無いんでこういうミスは犯しやすいんだが……それでもこれはやらかしだしお前さんのせいでもあるな」
「大丈夫? 手伝おっか?」
「誰も覚えてないとはいえ、聖護隊のお前さんが出張る話でもねぇだろ。……まぁなんだ、
いつの間にかフェイブとイシイの距離は開いていた。
彼は大勢の魔法使いに取り囲まれていて。
「お前さんが"本筋"に関わらないとか言うからだぜ、これは。世界から用済みとされた小道具は袖に引っ張られて舞台から降ろされる。──望むところでは、あるんだろうよ」
少女の視界がコマ送りのように過ぎ去っていく。
鍛え抜かれた身体を無理矢理痩せさせたような歪さを持つ魔法使いたちに集られ、一つ、また一つと傷を増やしていくイシイ。
吹き飛ばされ、貫かれ、首を断たれ四肢を断たれ、それでも戦意を失わない……どこか虚ろな目をした魔法使いたち。
彼女は見ているだけだ。手伝いを断られた以上、残る役割は傍観者だけ。
「知っているか、知っているかよ有象無象! これは長年の研究成果だ──"英雄は登場人物が少ないほど際立ちやすい"。人間が記憶できる人生の登場人物なんてそこまで多くねえ。それを減らせば減らすほど、際立っておかしな"英雄価値"が誕生しやすいのさ。ってなワケで」
ばくん、と。
魔力濃度が上昇する。
血を流しに流したイシイから蜃気楼のようなものが立ち昇る。
「脇役にもなれねえ木っ端は、小道具が持っていってやる。ありがたく思えよ。自身の片付けすらできねぇ幼体ども」
かつては暴走と、もしくは……覚醒と呼ばれていたそれを経て。
次の瞬間には、襲撃者の全てが倒れていた。
「……いつまで視てんだ、フェイブ。過去視なんかやめて、お前さんが行かなきゃならねえ場所へ行け」
肩で呼吸を上げる彼は、それでもまだ生きている。
彼は……血塗れの顔を俯かせることなく上げて、フェイブにそう告げる。
過去視。そうだ、この一連の全ては既に過去の話。
彼女はイシイに協力を断られて、すぐにその場を去ったのだ。だから、そう。
今フェイブのいる場所は、聖護魔導学園の門前。
「それじゃあまた。縁の接続役、ありがとね」
今生においてはもう会うことのない青年へ声をかけて……彼女は学び舎の門をくぐるのである。
学生服を着ていないにもかかわらず、フェイブへ奇異の目線が飛んでくることはない。
気色の悪い技こと「偶然見なかった場所をかき集めて」歩いているので、誰にも見つからないだけだ。
少し鼻唄を歌っても、なんなら四千年前に好んでいた聖歌を歌っても気付かれない。丁度誰も聞いていなかったから。あるいは選択的聴取の向こう側に消えていくから。
そうやって辿り着くのは──学園長室。
ノックノックノック。ここでようやく彼女の発した音が他者の耳に入る。
「はい? ……誰、ですか?」
「イリス・クライムドールちゃんのお友達でーす」
「……もう一度問います。あなたは誰ですか」
やっぱり
イレイアの警戒は当然なのだ。だって彼女は頻繁に予知を行っている。特に学園内で起きる事柄には注意深く目を走らせている。『彼』がいると上手く視えないことが多いのだけど、その『彼』は今
その来訪の一切を感知できなかったなんて、あり得ないのだ。
「──聖護隊、番外隊長テン。聖護魔導学園学園長及び
「……」
雰囲気が変わった。年頃の少女から、凛とした女性へ。
「その名を名乗る意味を、理解しているのですか」
「否。この名は私のもの。騙るには相応の覚悟を要するだろうが、自らの名を名乗ることにどのような理解が必要か」
「番外隊長テン。その名その役職の者の存在自体は知っています。ですが、始祖より当主たる私に告げられた"彼女の起きる刻"はもう少しばかり先。始祖イーリシャが未来を読み違えるとは思えませんから、必然テンの出現が早まることもないと考えます」
「ああ……そもそもが勘違いだ、イレイア・クライムドール。イーリシャが私の起きる刻を計ったのは未来視によるものではなく、自身の設置型陣地の抑え具合から行った推測でしかない。私の復活を直接視たわけではない」
「そんなことをあなたが知っている理由は」
「私に対し理由を問うか、当代当主。それは些か私への理解が足りない。……この部屋を訪れたのはいち早くイーリシャに取り次いでもらうためだったが、中止だ。当代当主、貴女はまだ知らぬことが多いらしい。邪魔をしたな」
言葉を落とし、返事が来る前に瞬きをするフェイブ。
それだけで目の前の景色は一変していた。聖護魔導学園が学園長室の扉から……フェイブも来たことがない場所へ。荒野と森の境。山肌と麓の境。そんな場所。
「──え、人……女の子? 大丈夫、アンタ。ここ結構危ないと思うケド、一人?」
「あー……。ちょっと待ってね」
イシイが「気色の悪い技」と言ったこれは、酷く便利であると同時にどうしようもない不便さが付き纏う。
"望んだ時間を手繰り寄せる技"と呼ばれていたそれ。といっても時間に干渉しているわけではないので、こういうトラブルが起きる場合がある。
「……一人、みたい。けどおっかしいな、イリスちゃんに会うために選んだ道なのに……あなた、誰?」
「こっちのセリフだけど。で、まぁ間違ってはいないんじゃない? 私達はこれから帰ってイリスたちと合流する予定だから、イリスに用があるなら私達についてきたらいいと思うわ」
「んー、
魔法ではないが、その現象があまりにも魔法的過ぎることから
自他共にそれを強制させる……四千年前の彼女が戯れに覚えた「気色の悪い技」の一つ。
「すまないね、エンジェ。最終調整に手間取ってしまって、少しばかり遅れてしまった」
「別に、今回私何もしてないから文句を言う立場でもないわ。お疲れ様」
「ありがとう。……それで、彼女は何かな」
「迷子みたい。イリスを探してるらしいから、連れていくことにしたわ」
「ふぅん。……。……へぇ」
フェイブは即座に理解した。
あのタイミングでイシイと再会したことの意味と、彼の発言の理由を。
彼が作ったという鉱石を首にかける少女と……明らかにただならぬ気配を纏う人間ではないナニカ。
「いいね。エンジェ、楽しいものが見られるかもしれない」
「楽しいもの?」
「ああ。いつも冷静沈着ぶっているイリスが、素っ頓狂な声を上げるところだ。腰を抜かしてしまうかもしれない」
「……さっきの話を聞いた時も思ったんだけど、アンタって無個性を謳う割には悪趣味よね」
「おや、この個性は嫌いかい?」
「直せって言ってるワケじゃなくて、単純に悪趣味だな、って思うだけ」
「それは素晴らしいことだね。己に色があるのなら、それを貫くのも良いことだろう。……なんていつものようにじゃれ合っていると、彼女が待ち惚けを食らってしまう。そうだエンジェ、彼女の名は?」
「聞いてなかったわね。アンタ、名前は? ある?」
エンジェという少女はこのナニカと随分仲が良いらしい。
一見して特に変わったところの見受けられない少女。血中魔力はかなり多いし、その触覚は多数のナノマシンに作用し得るようだけど……それだけだ。
それだけにしか、視えない。
──それだけにしか視えないという事実にフェイブは舌を巻いた。
だってそんなわけが無いから。
フェイブの人生における"登場人物"がそこまで平凡になることはない。それは決定事項だ。
であるのならば、外観からはわからないものを持っているのだろう、と結論付けて。
「あ、じゃあ改めて初めまして。
「へえ、聖護隊の。ああ……私はエンジェ。エンジェ・エレメントリー。コイツは」
「好きに呼ぶと良いよ、
知識が入り込む。
この
だけど、意趣返しは必要だと考えるのが彼女なので。
「じゃあ、『何某さん』で!」
「……構わないけれどね」
肩をすくめるナニカこと何某さん。
どうやらフェイブの意趣返しは成功したらしかった。
──合流する。受け皿のためにと分散していた傍流が、また本川に戻ってくる。
大海までは、もう少し。