魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
困った。
とても困った。
「……『
「いえ……昼夜システムに関係する内容は一つも吐いていません」
樹殻の中の疑似太陽を動かし、無理矢理に昼夜を作り出す……それが昼夜システムだ。
開発時期は終末演算機構『
樹殻で太陽光が遮られたがために起こった様々な至難を乗り越えるために作られたこれは、太陽光の代替としてしっかり機能するものに仕上がっている。
けれど、壊れている。というより。
「自壊や風化ではなく、破壊されているね、これは」
「樹殻の仕業、ですか?」
「恐らくは。コルリウムの手下や『
だからそういう「考えなし」をやるのはもっと知能の低い存在でないといけない。
「それで、『愚者』さんでも直せないのですか」
「修復は可能だよ。ただ……」
ただし、『
これはアイメリア・フリスの系統が好んで使っていたサイキックの型であり、己は"罅"くらいしかまともに使えない。
……修復は可能だ。だけど、今から《茨》の型を真似て、それの出力を取り入れるのは……あまり好ましくない。補充が必要になることもそうだけど、レヴェロフ・ルラフはアイメリア・フリスに近付いてはいけないのだ。レヴェロフ・ルラフはレヴェロフ・ルラフの型のままで愛情を覚えないといけない。根本を同じくするものである以上、アレと同じカタチになれば「簡単」であることを理解しているが故に。
つまりこれは……己の中の、小さな我儘か。
エンジェに言われた己を持つ、ということ。それを実行するのなら、これを封殺すべきではない。
「イリス。一つ問いを」
「なんでしょうか」
「己は以前、纏・フェイブに出会っているんだ。二十年後の未来、その再現映像の中で、だけど」
話をする。少女Tが己に接触してきたあの村。そこで視た様々を。
テンと名乗る、少女性を大いに残した彼女とは違い過ぎる……同一人物とは思えない女性とのやり取りを。
「彼女は本当に纏・フェイブなのかな」
「……。……まず、一つ。フェイブは立場によって性格を使い分けます。今の……無駄を嫌う反面明るく社交的である……立場の無い性格。もう一つは、厳格でありつつも面倒見の良い番外隊長、騎士テンとしての性格。そして……最も凄惨で、最も脚色や装飾を好む……『愚者』さんが言った通りの性格」
「最後の性格は、どういう立場の時に出るんだい?」
「目的を無くした時、です。私が彼女を封印した時もあの性格でした。そして今がああであるということは、何か大きな目的を持って出てきたのだろうことも推測できます」
「あるいはその時の性格こそが本来の性格である、かな」
「可能性は充分にあるかと」
ふむ。多重人格とか性格を使い分けるとか……そういう精神的なものには思えなかったけどねェ。
あれは明らかに別人だった。違う霊魂を感じた。
「フェイブが昼夜システムを破壊したと疑っているんですか」
「その再現映像の中で、彼女は《茨》……ああ、昼夜システムや『
「破壊したと疑っているのではなく、関連性があると疑っているだけ、と?」
「ああ。彼女は世界の触覚。樹殻と同等の存在とは言えない。ただ、燃料補給をしていてもおかしくはない。いわゆるつまみ食いというやつだ」
纏姓がフレデリックと同じく世界神の系譜……世界が作り上げた尖兵だというのを信じるとして。
その動力、あるいは扱う力が《茨》であることには何の奇妙さもない。《茨》は便利だからね、何かと。
ただあの虫がこの星を去ったことで、《茨》の恒久的供給手段は長らく失われていた。それを補うために昼夜システムから奪ったという可能性はゼロではないと考える。
世界の九割が海であり、三つの大陸はこのルト大陸側に寄っている。つまり、現時点で夜となっている側の面には他大陸の先端部分か群島くらいしかないわけだ。その夜になっている部分に住まう人間たちを不要と無駄と切り捨てたのなら、この所業にも納得が行く。
「立場の無い彼女、あるいは騎士テンの友人としての意見を述べるのであれば、彼女は効率的な善を掲げる存在。人間の生活サイクルに必要な昼夜システムを自らの益のためだけに壊すとは思えません」
「目的を失くした彼女だと見た場合は?」
「充分に可能性があります。それにより起こる悲喜交々をさえも面白い装飾だと考えるのが纏・フェイブです。ただ……どの彼女であっても、その行動には必ず意味が生まれます。無駄なことはしないというより、世界が彼女を祝福しているかのように、必ず無駄にならないんです」
だろうね。
古井戸と同じだ。彼の一挙手一投足は洗練されているけれど、彼がただの人間であれば「だからなんだ」で終わる行動がほとんどだ。だというのに彼は最前線で戦い、生存を掴み続けている。そこにはやはり、"彼のしたことは何も無駄にならない"というルールが発動しているのだろう。
地球の神、フレデリックの加護による力が。
纏・フェイブも同じ。ベクトルが違うだけ、だ。
「結論として、彼女は本当に纏・フェイブなのか、という問いに対しては、証拠は存在しませんが恐らくそうであると考える、という返答になります」
「ああも相対して尚、恐らく、という言葉しか出ないのかい?」
「今のところはよく似た別人であると言われても否定の材料を出せませんから」
賢明だね、色々と。
「彼女のことは視えないのだね」
「はい。ただ、『愚者』さんのノイズとは違い……どちらかと言えば『アークトルバラン』を視ようとした時の感覚に近いものであるかと」
「ああ……そうか、認識錯誤の元来の使い道を知っていたんだ、対策もできるか」
認識錯誤を
何の暗号化もしていない未来視なんか防げて当然か。
「それで、昼夜システムは直さないんですか?」
「そうだね、直さない。なんせあと二ヶ月もすれば樹殻がどうにかなるんだ。君達が樹殻によって滅ぼされるにせよ、逆に打ち破るにせよ……本物の陽光はもうすぐ手に入る。そうなればこのシステムは邪魔であり、無駄にしかならない。纏・フェイブはそれがわかっていたんじゃないかな」
「……どうせこの天変地異も私のせいにされるんでしょうね」
「いいじゃないか。樹殻の活性が強まれば、そういう有象無象もいなくなるだろう」
「どうでしょうね、それは。……『愚者』さんの不要に思った廃棄場で、必死にもがく影だってあると思いますよ」
おいおい、己は存在抹消の里を廃棄場だなんて思っていないよ?
「まぁそんなところだ。効率と己自身の心持ちから、昼夜システムは直さないことに決めた。話はこれで終わり。……ということで己は戻るけれど、イーリシャ、君は?」
「ついでなので、もう少し『
「いいよ。それくらいなら頼まれよう」
……纏・フェイブは言っていた。
あの時点での未来は三つ。樹殻の一人勝ちか、グリーフィーらが間に合うか、イーリシャが間に合うか。
それは多分、己のスタンスを鑑みても……確実な未来予測なのだろう。
だけど、今回。
己は己の我慾で力をセーブした。
それが……結末にどう作用するかは、少しばかり楽しみである。
話した。ちゃんと、洗い浚い。
昼夜が変わらないことについての混乱は……まぁ、世界全体へ発信するような権限を持つ者がいない、ということもあって保留となった。
どの道今は戦争中且つ始祖からの脱却運動中。もう頭なんていないようなものだろう。
……と、己が静観の構えでいたら。
「もう少しくらいは……弁えられると思ったんだけど」
「うん?」
「なんか、我慢ならないから。──ちょっと予定を繰り上げるけど、世界征服しようかしら」
「……ちなみに聞くけど、手段は?」
「ドクラバ先生とドリューズ先生、それとアナにも色々相談しててね。
「単一個人を強制的に昏倒させる魔法、かな」
「ええ。それで彼我の差を理解してくれるのならまずそれで。してくれないのなら、素直に力を比べる。始祖からの脱却運動とかいうのをやってるクセに、一向に魔法使いとしての新たなトップを立てようとしない。私はこれを好機と捉える」
まぁ、好機は好機だろうね。
「君達魔法使い……というか貴族にとっては、影が薄いとはいえ国というもの自体が頭とは思えないのかな」
「随分と前から国なんてお飾りじゃない」
「それはそうなんだけど、君がそれをいうのは色々……」
一応この大陸、この国にも王族というものが存在し、王家というものも存在する。ただし、王家に迎えられた時点で今までの経歴、その血筋の全ての繋がりを失うことになるから……王家に迎えられることは追放とほとんど同様の意味を持つ。
なんせ王家というのは世代交代のたびに"同系統の血"で"最も執政に才覚あるモノ"を受け入れ続けてきた血だ。純血であればあるほど良いとされる魔法世界において、自ら混ざり物になりにいく者などいない。
執政能力と魔法の才覚は全くの別物だからねェ。
始祖と本家が魔法使いたち全体への実権を握る形となっている現状、王家の声を聴く魔法使いが少ない、というのもある。領地や領島の分配さえ本家筋が行うことだからね。国の介在する余地があまりにもない。
王家が行うのは国の維持だけ。ただし戦争への舵きりなんかは国の独断でも行えるから、この魔法大戦が長引けば国の、あるいは王家の存在を身近に感じることも多くなるかもしれないけれど……現状だって
「今朝も
「堕落ここに極まれりだねェ」
「だから、弛みきる前に、全体の頭を叩いて従わせるべきでしょ。このまま放っておいたら、魔法使いはただの暴徒になる。
「素晴らしいね、エンジェ。では己も──」
「アンタは留守番よ」
──え。
「君の隣にいさせてくれる、という話は」
「だってまだアンタ自分を持ってないじゃない。いつまでって期限は設けなかったけど、それに胡坐を掻かれても困るし。昨日の今日なのは理解してるけど、だからこそ早くしなさい。大丈夫よ、もうアンタはその後ろ髪を掴んでいるんだから」
「……早く同じステージへと上がって、追いついてこい。そういうオーダーでいいのかな」
「ええ。ただ、勿論私一人で世界の全てを変えられる、なんて思ってない。だからこその
自分を持つ。
己を獲得する。
……難しいよ。なんせ『魂の再獲得』は既に通り越した階位だ。そこをまた、というのは……。
「勿論私もついていきます」
「お、ようやく告げたか」
「じゃあ行きましょうか、お姉さま!」
「ええ、そうしましょう。……ただ、アリス。もうアンタの正体はわかってるんだから、その取り繕った声色やめなさい」
「ぶーぶー。今生の私は"馬鹿で可愛らしい"が通じるんだから、時々こういうことさせてくれたっていいのにー」
「エンジェ、もう出るのですか。……頃合いを見て私達はスイッチします。ですが、一応もう一度言いますが、くれぐれも力に溺れることのないよう──」
「安心して、スヴェナ。私はもう大人だから」
「そういうことでは──」
離れていく。出ていく。
思い付き、ではないらしい。根回しは済んでいたのだろう。
ぼうっとその姿を見送って。
そのまま、時が過ぎていく。
己。ルリアン・サークレイスの我慾。
愛情は知りたいけれど、アイメリア・フリスになりたくはない、という我儘。
それ以外の欲は……なんだ。
骨肉相食む血筋争いが見たい。
……これは"前の所有者"の願い。ルリアン・サークレイスが元来持つものではない。
エンジェを王にしたい。
……これは現恋人がエンジェだから。ルリアン・サークレイスが元来持つ願いとは言えない。
弱体化し、人間と同じ身の丈になってみたい。
……これは"あの砂人形"を思い出しかけていたが故の焦がれ。できることが多すぎると全力を賭せないことを知らされた彼女に薫陶を受けた。
空っぽだ。
やはり己は……入力がなければ、ただの。
軽く、両頬をはたかれた。
「……アンジー」
「あんたって案外脆いのね。それとも惚れた弱みってやつ?」
「いや……どうにも難しい課題を出されてね。飲み込むこともかみ砕くこともできなくて、悩んでいた」
「
……どういうことだろう。
もしやアンジェリカには……己が自己を獲得するための術がわかっている、とでもいうのか。
「廊下挟んで盗み聞きしてるカナビも、空間の隙間みたいな場所から同じく盗み聞きしてるシェリーも、堂々と使い魔這わせて盗聴してるアナも、みんなわかることだと思うから……ま、私だけがあんたに何かを言ってやる、とかはしないことにするわ」
「そうかい。それじゃあなぜ声をかけてくれたのかな」
「きっかけくらいは良いでしょ。それがないと、あんたあそこでずっとフリーズしてただろうし」
正しい。
nullにアクセスし続けることを強要されているようなものだ。結果を掴めないからエラーを吐きたいのに、それをさせてくれないコマンドが働いている。だから処理をし続けなければならない。
「あんたは案外人間味があるのよ。あんた自身がそれを頑なに否定するだけでね。──じゃ、感情の大先輩からのありがた~いお言葉はここまで。あとは自分でやんなさい、自分の課題なんだから」
言って、ひらひらと手を振って……どこかへ行ってしまうアンジー。
己にある人間味。
それは、そう見せかけているから、ではなくて、だろうか。
己自身が頑なに否定している、というのは。
──結局その日、エンジェが帰ってくることはなかった。
夜にならない永昼の下、考えを続ける。
とはいえ己一人では己を生み出せないこともわかっている。……だから、対話が必要だった。
「そ、それで、なぜ私がい、一番なのか、かしら」
「学園という括りで言えば、己を一番よく見ていたのが君だからね、教師ドリューズ・ネクロレアニー。何か知見を得られるのではないかと思ったんだ」
「きょ……教師として、せ、生徒の人生相談をう、受けるというのは、まぁ、妥当、な、なのだけど……」
ドリューズ・ネクロレアニー。
イレイア・クライムドールの懐刀にして、夢を拡張する魔法というかなり珍しい系統の魔法を使う家出身の女性。
ネクロクラウンの魔法は大きく分けてネクロ系とクラウン系に分かれ、前者が死霊に関する魔法を、後者が現実世界に干渉する魔法を扱う。その中で、ネクロレアニーはネクロ系にありながら作用する場所に脳を含む例外中の例外。意識操作とも認識錯誤ともまた違う、魂との対話におけるスペシャリストであると言える。
「つつ、つまるところ、あ、あなたには欲求がないか、から、我慾への理解が浅い、という、こ、ことよね」
「そうだね」
「ななな、なら、一度、自らの無意識と対峙してみるというのは、は、どうかしら」
「無意識との対峙?」
……言っている意味はわかるけど、知らない概念だ。
どういうことだろう。
「い、意識と無意識は、表裏一体の関係にあ、あるけれど、それぞれはそれぞれで、別個の人格と、と、呼べなくもないの。ああ、あなたは魂の治療をしたのだ、だから、これくらい知っていると、お、思うのだけど」
「ああ、それに関してはわかる。というか違わなければ、学園内での
「そう、そう、そそ、そう。その理解でいいわ、わ。……ね、ネクロレアニーでは、その無意識のか、型を取って、夢幻空間において殻を形成させて、て……対象を、自分自身と争わせる、と、という、魔法があるの。あああ、あなたに従来の魔法が効果あるかどうかは、わからないけど……」
ほう。
面白そうではあるな。
ただ……彼女の言う通り、彼女の魔法は己に効かない。夢幻空間へも自らの手で赴いていたわけだし。
ただ残念がることはないだろう。なんせ。
「ドクラバ・アッシュクラウン」
「おんやぁ~? よく僕が覗き見をしているってわかったねぇ~」
「君は教師ドリューズ・ネクロレアニーのことを気に掛けているからねェ。たとえ己相手でも任せきることはないと思っていたよ」
「ああ、まぁ、監視の理由は半分だけ正解だよぉ~」
「半分? 残りは?」
「君が珍しく悩んでいるようだったからぁ~、教師として何か力になれないかと思ってねぇ~。……そして、力になれるみたいだぁ~」
素晴らしい。話が早いというのは本当に良いね。
「ドリューズ先生ぇ~? 夢幻空間に僕を取り込んでぇ~、『英雄平民』クンの殻を僕に重ねてくれるかぁい~?」
「そそそ、そんなことをしたら、最悪ドクラバ先生の精神が支障を……!」
「大丈夫だよぉ~。受け取った全てを受容せずに煤へ流すからねぇ~」
一瞬不可解な顔をして、怯えるような雰囲気を出して……少し経ってから、あり得ないものを見るような目をドクラバへ向ける教師D。
己も表情が豊かに変わるのならそういう反応をしていた可能性はあるよ。
ドクラバが吐いた言葉は、簡単に言えば「聞こえてきた音を音として認識せずに、けれどペンで波形として書き起こすよ」的なことだ。
「む、夢幻空間にいる間は、肉体を動かすことはで、できない、わ」
「裏技があるんだよぉ~。大丈夫大丈夫ぅ~」
「ど、ドクラバ先生のことは信用しているけ、けれど、流石に検証を行ってか、からでないと、むむ、無理よ」
「いいよぉ、検証なんていくらでも付き合うよぉ~」
「……わ、わかったわ。ご、ごめんなさい。検証と調整に、じ、時間をもらうわ」
「こちらが頼んでいる身だからねェ、勿論待つよ」
己の無意識。
そんなものと対峙できるのなら、時くらいいくらでも渡そう。
この一時さえ支払えば彼女のもとへと赴けるというのなら、安い買い物である。
「……」
「……」
「ん。……どうしたのかな、二人とも」
「い、いえ……」
「青春だなぁ~、って思ってねぇ~?」
「……?」
君達が合同で魔法の検証をすることが、かい?