魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
無論、煤で作られた己にはそこまでの戦闘能力を望めない。夢幻空間であれば十全が行えたのかもしれないけど、それは己に効かない。
だからこの煤人形は対話のためのものだ。
「君のことは『無意識』クンと呼ぼうか、素直にね」
「それではこちらは、君のことを『意識』クンと呼ぼう。君に倣ってね」
こういう場面においては対称的である方が良い。
彼が煤色で且つ己本来の姿をしているというのなら、こちらも白スーツの姿へと戻ろう。
「『意識』クン。まずそれが君と己との違いだ。君は体面や舞台としての見栄えを気にする。どんな場面でも。だからこそ、人知れずアルター・コルリウムを滅したことに、得も知れぬ罪悪感のようなものを抱いた。エンジェに見抜かれて動揺したのは、彼女がそのことで君を嫌うかもしれないから、ではなく、自らの杜撰な作業を見せたくなかったからだろう」
「『無意識』クン。成程、君はありのままを好むのか。隠さず、臆さず。あるいは己という基軸のあるがままの姿に振る舞う。……乖離しているね。今の己と、あまりにも」
「見当違いな自己分析で結論を覆い隠すのはやめにしたまえ。己達は既存の生物と在り方を大きく異なっているものの、知的生命体であり意識生命であることに変わりはない。であれば、意識と無意識が乖離するなどあり得ない。その双方はどちらかをどちらかが補い合う表裏一体。こんな単純なことを今更諭される君でもないだろう」
そうだ。
己は確かに集合体だけど、だからこそ自我の一粒一粒はしっかりとした個を保っている。
レヴェロフ・ルラフ派生、ルリアン・サークレイス。感情を、愛情を欲す未熟なる個体。
「何度も言おう。見当違いな自己分析で結論を覆い隠すものではないよ、『意識』クン。──君に感情が無いなどと、誰が言ったんだ」
対話を始めて早々ではあるけれど……何か。
罅の割れるような音が響く。
「それは共通認識であると思っていたのだけどね。『無意識』クンから見て、違うのかい」
「
「元から有していた、と?」
「勘違いなんだ、『意識』クン。確かに君は感情について詳しくないのかもしれない。なんせ感情、あるいは愛情というものは、後から獲得することはできないのだから」
「──」
……それは。
いや、なぜそんなことを己の無意識である彼が知っている。
「そう絶望する必要はないさ。だからこそ君は既に獲得していると言っているのだから。気にする。欲する。願う。それらは全て感情から湧き出る衝動だ。人間の真似をしている程度では衝動の模倣まではできないんだよ、『意識』クン。己も
「……君は、本当に己の無意識なのかな」
「それはこちらの台詞だねェ、『意識』クン。君は本当に己の表面意識かい? 迷い、悩み、頼り。それら活動がどうして人間的でないと考えるんだ。何より君が言ったことじゃあないか」
──生命の次元階位を上昇させられるのは、人間と呼ばれているものだけ。
「それは……」
「当然己達も例外ではない。事あるごとに己は違うけれど、と前置きをする君は、なぜ勝手に法則の中から自身を弾く。それはなぜだ、『意識』クン。無個性で特別ではない君が、なぜ普通の法則から外れていると考える。既存生命の軛から外れているからなんだ。人間と違う生態をしているからなんだ。君という存在が人間でないことの証明になるのかい、それが」
……やり方はあまり好ましくないけれど。
対話、か。
「
「──げ!」
これ以上を読み取られないために煤人形を破壊する。
周囲を大きく巻き込む突き。ただし威力はそこまででもないそれは、一振りの剣によって防がれた。
「フィクサー気取りはいただけないね、テン」
「いや~……えへへ、なんか無駄なことやってるなぁって、ただそれだけで終わればよかったんだけど……あなたの生態を知るには丁度いいかと思って入り込んだ、ら!」
「!」
弾き飛ばされる。
ドクラバの煤が中央からはけて、周囲をドーム状に囲んでいく。相変わらず気の利く男だね。
「あなた、ただ怪物なだけで、中身はとっても脆いんだな、って。『何某さん』、もう少し私と踊ってみない?」
「生憎とダンスパートナーはもう決まっていてね。とはいえ、
「どうせエンジェちゃんが帰ってくるまでは無駄を省けないわけだし、久しぶりに思いっきし身体を動かしたいし! ──聖護隊番外隊長、騎士テン。人類の極致にして世界の尖兵が我が正体。問おう、『何某か』。貴方はなんだ」
雰囲気がガラっと変わる。
そうだね、『無意識』クン。途中までは本当に己の無意識だったのだろう君の言う通り、意識と無意識は表裏一体。決して別の人格、性格ではない。
目の前の女性Fを見ると、それを思い知らされる。
「己は……そうだな」
人間であるらしいナニカ。
感情を持つらしいナニカ。
それでも変わらないことがあるとすれば。
「愛情を思い知りたいだけの、怪物価値、とでも名乗っておこうか」
足を踏み出す。
突く。突く。突き入れる。
一秒間に七度の刺突は、しかしその全てが往なされ、受け流される。
目が良いとかの次元ではないね、これは。全ての突きの軌道が見えている。どこに何が来るのかを理解している。
彼女が生来持つとされている先見の明。それを戦闘中の第六感へ織り込んだ、ケニスの行う"寸前の予測察知"に似た回避。
往なしの間に挟まる切り上げ、切り下げ、剣による刺突攻撃の全てに杖を間に合わせ、相殺。杖も剣も互いに破損し合っておかしくない衝撃が大気を伝うけれど、双方の得物に破損はない。代わりに地面や煤の結界が時折罅を増やしていくだけだ。
「ハ──中々やるな、『何某か』。大きな力に胡坐を掻いた怪物かと思いきや、技術を有するか!」
「君でさえ理解できないほどの遠い時間の中で培ってきた技術さ。ただ、確かにそうかもしれない。衝動を持たない機構なら、技術を自ら覚えるなんてことはしなかったのだろう」
「何を契機とした、怪物よ。技術の巧拙に極みを求むるは、弱き存在であればこその考えだ。強きとして生まれ落ちた貴方が技を湛えようとした理由はなんだ!」
ステッキの頭を腕で転がし、柄を短く持って低めの突きを入れる。
一度は防ごうと剣を地に刺した女性Fだけど、直後に何かを察して大きくバックステップをした。
結果、剣の腹に穴が開く。
「羨ましかったからだよ。武というものに全霊をかける人間が。ああなってみたいと考えて、極めた。生憎と全力は賭せなかったけれどね」
「成程怪物価値。言い得て妙だな」
無手となった彼女は、しかし地に刺さった剣へと手を翳す。
すると剣が一人でに飛び上がり、女性Fの手中へと収まった。さらには、剣の腹の穴も消えている。
「騎士の一族が、魔法かい?」
「望みだ。私は続きを望んだ。今貴方が観た二つの奇跡は、世界がそう応えたに過ぎない」
「そこまでの権限を渡すとは、己が考えている以上に切羽詰まっているみたいだね、世界は」
愛娘、か。
纏姓の恩寵……戦闘者となると厄介だね。
彼女が望んだ通りの世界になる。それは
剣が手中になければ戦闘続行ができない。だから剣は彼女の手の中へと移動しなければならなかったし、剣に穴が開いていては打ち合えない。だから剣は自らの瑕を埋める他なかった、と。
破格にも程がある大盤振る舞いだ。……だからこそ、彼女の活動時間はそう長くないのだろうけれど。
そして、とはいえ、でもある。
「
「ほう、学習能力が高いな」
すれ違いざまの背面強襲。
それは今までの往なしと違い、既のことでの回避を彼女に与える。
「望まない未来を得るものではない。願わなければ世界は君のためには動いてくれない。そうだね」
「その通りだ、『何某か』。もっとも、平時の戦いにおいては戦闘中の先読みなどしていないがな。貴方のような強者にのみ行う無礼だ、承知せよ」
「つまり」
懐へ入る。
未だ己のいた場所を見つめている女性Fへ、踏み込みよりも更に早い突きを繰り出す。
「
攻撃は。
……がうん、という鈍い音と共に、阻まれることとなる。
「此方がギリギリ人間であるが故に、先にわかっていてもどうしようもない速度での強襲。やはり智ある怪物がヒトの技を学んだ存在というのは恐ろしいものだ。いつの時代も、な」
「今までにいたかな、そんな相手」
「かつては上位者、あるいは使徒と名の知れていた者達の中で、武人系の入力、と呼ばれていた者達。あれらが今の貴方と似通っている。私はそれらとの交戦経験を持っているから、なんとか対処もできる」
彼女の手の中にある剣は、四振り。
続けるために世界が寄越した手段ではなく、間に合わないことを知っているがゆえの防御力の底上げか。
「楽しい剣舞ではあったが、煤使いの彼の疲弊が無視できないほどになっている。次で決着としよう」
「驚いた。君、他者を思いやれるのかい?」
「騎士である私は、だがな。他の私に他者を気遣う心など無い。──行くぞ」
魔力が集約する。
騎士の一族。魔力は持てどそれを使うことのできない、受け皿の一族。
眼前の女性……確か元の名前をフィリアといったはずの
それら付加要素が、己の設定した血筋を無視して、魔力を……ナノマシンを強制的に隷従させている。
ナノマシンは機械だ。意思も恐怖もない。
けれどこれでは、まるで。
「貴方は正しく怪物だ、『何某か』。だが、感情を知る怪物であり、衝動を持つ怪物である。──なれば、人間の極致の立場から、敢えて貴方を人間と呼ぼう。互いに本気ではないことなど承知の上だが──こと、武においての本域であれば語り合える。さぁ見せてみろ、現代の人間!」
「正しく怪物の立場から、君を怪物と呼んでしまいたい気持ちでいっぱいだよ、騎士テン。けれど、お礼はしないといけない。己の無意識を装って、己に高説を垂れてくれたことへのお礼をね」
「意気や良し!!」
腰だめに構えられた剣。いつの間にか一振りとなっているそれに集約した魔力。
空間の歪みを引き起こし、
これが武によって引き起こされた事象であるとは誰も思わないだろう天外再編。
であれば、演出を好むという己の我慾を育てようというもの。
無粋なことはしない。ただただ、迫る力の流れ、その全てを見極める。
そして、絡め取る。
君達が従うべきは、己なのだから。
「
赤雷が生じる。空間と空間が叩き合う摩擦によりて起きる事象。
カウンター技であり、相手の力が強ければ強いほど威力を増すこれを以て、彼女の紫雷をも飲み込もう。
紫を食らい尽くして、赤は朱へと身を染めて──さらなる最奥の門を叩く。
「
色を様を、黒へと変えた雷。
己達が本来扱う魂の言語によって上限を取り外された「ただの突き」は──己が辿ってきた足跡、その全ての重みと知ってほしい。
「チ──」
舌打ちなんてするんだねェ、なんて考えながら、彼女を吹き飛ばそうとして。
その気配に、気が付いた。
「……ふむ。これは……語るに落ちると、そう表現していいものなのかな」
黒雷の一撃に事象改変が追いつかず、双方の圧力に挟まれて消滅した剣。
その再構成を世界が行う前に己の攻撃が辿り着いてしまったのだろう。こちらには殺す気がなかったので寸止め予定だったのだけど……過剰反応してくれたらしい。
「君は関係ないんじゃなかったのかな、テン。──ならば、今君の身体を守っているソレを、どう言い訳するんだい」
「……てへ」
騎士としての立場ではなくなったらしい女性F。彼女に絡みつくようにしてその身を守っているもの……《茨》。
昼夜システムの破壊者。やっぱり君なんじゃないのかな。
随分と無理をさせてしまったドクラバに処置を施したあと、彼女のもとへ戻る。
「あー……あはは。えーっとね、これは違うんだよね……」
「意識して操れない、ということを言いたいのかな。だとして容疑者である事実は変わらないというか、犯人である可能性が色濃くなっただけだけど」
「えっと……その……」
以前己が出会った纏・フェイブ。『智者』の言葉通りなのであれば、彼女は立場によって性格を使い分け、その能力さえも大きく変貌する……という可能性がある。よって、目的を失った時の纏・フェイブにしか《茨》を自在に操れない、というのも別に納得のいく話ではあるのだ。
問題は、今こうして宿主を守らんと《茨》が出てきていることそのもの。
「昼夜システムの破壊について咎めるつもりはないよ。どうせあと少しで不要になるものだからねェ。だから、聞きたいことは《茨》についてだ。君はそれを理解して使っているのかな、テン」
「……」
「君のような存在が理解していないものを使うわけがない、というのはそうだ。説明を無駄と感じるのも正しい。では問いを変えよう。《茨》はこの世界とは根源的な属性を異とするもの。なんせ己の……というかアイメリアの広めた力だからね。だからこそ、世界の尖兵たる君とは根っこの部分で相容れない。──随分と懐かれているようだけど、元来それは君を縛り、傷つけるものなんだよ。それを押してまで使用している、という理解でいいのかな」
きょとんとした表情になる女性F。
……なんだ?
「え。……あれ、もしかして……心配されてる?」
「心配……とは少し違う。杞憂に近いかな。君は君という存在の圧だけで魔力を含めた万象を従わせる力を有しているようだけど、そこへ《茨》を巻き込むのは……申し訳ないけれど、余計なリスクを抱え込んでいるようにしか思えない。自身で制御できない全方位攻撃機構を持つ味方なんていてほしくないだろう?」
「あ、成程。私の心配じゃなくて、あの子達の心配なんだ。……へぇ~」
ふむ。その反応は……これも人間らしい衝動、ということなのかな。
「んー、と、まぁ安心してよー。この《茨》は確かに私を守るために出てくるし、それは私の意思が介在しないコトだけど、この《茨》からは攻撃に関する機能を全て奪ってあるから」
「君を守るためだけの存在である、と?」
「正確に言うなら、私を他存在に殺させないようにするためだけの存在、かな。私が死ぬときは外傷や病魔、寿命ではなく、必ず《茨》による侵蝕……"毒"、"罅"、"種"による自壊での死だけ。魂に根を張った呪い。これがあるから私の魂は衰えることなく世界に現れ続けるし、これがあるから私に安寧は訪れない」
「……呪い、というんだ。誰かにかけられたものなのかい」
「引き受けたもの、が正しいかな? この肉体……騎士の一族が受け皿である、っていうのは知ってるけど、纏一族自体が実は
つまり、何を参考にしたわけでもないけれど、己が作った騎士の一族のプロトタイプがこの星には存在していた、と。
これはレヴェロフ・ルラフの下調べ不足じゃないかな。
「ある日私は、影としか表現できない存在に会った。そいつは自らを亡霊だと言っていた。この世界に現れるにあたって、世界の裏側に身を潜めようとしたら、《茨》の強襲、及び絡め取りを受けて、世界の中に引き摺り込まれた、って。それで、当時の私は纏姓としての慧眼も無ければ兵としての武力も無い、そのことにコンプレックスを抱えた十七歳のただの女の子だったから──それこそが自身の運命なんだと考えたの。そして、亡霊の中で蠢いていた《茨》の寄生先を強引に自身へと移し替えた」
「……亡霊、ね」
「たったそれだけのことが私の始まり。肉体年齢が十七になれば必ず《茨》による死を迎え、次の時代、また次の時代へと渡る呪い。世界の尖兵たる私と《茨》の相性は確かに良くないけれど、星の尖兵と人間を繋ぐ存在という前例がこの星にはいたから、収まることができた」
マグヌノプス、か。
確かに似ている。その生き方も、あるマグヌノプスに影響を受けた女性……アルベーヌにそっくりだ。
いや、だから、時系列的に考えれば……女性Fはアルベーヌというプロトタイプに倣った結果なのかもしれない。
「という感じで、この《茨》があなたの大切な子たちを傷つけることはないから、安心して。……そして、うん。認める。昼夜システム……だっけ。あの機構を破壊したのは私。……なんだけど、直接手を下したわけじゃないから……」
「君が目覚めたことを受けて、昼夜システムの中の《茨》が自発的に君の傘下になった。それが真相かな」
「あ、うん。そういうこと。これは本当に知らなかったんだけど、昼夜システムの根幹システムはこの大陸にあるんだねー。……丁度イリスちゃんと再会した時くらいに飛び込んできて、珍しく焦った、とか……てへ」
「それについては己のミスでもあるかな。昼夜システムの根幹は元々別の場所にあったのだけど、海面上昇や樹殻の形成、魔法大戦の起こりといった様々を経て、その場所に安置しておくことが難しくなって、たびたび場所を変えていたんだ。そして、此度の配置が聖護魔導学園の地下だった。真相としてはこれだけなんだよ」
その証拠に、女性Fと己達が出会った時はまだ昼夜システムも正常稼働していたしね。
疑似太陽が止まった時間を考えれば、いつ破壊されたのか、なんてすぐわかることだった。
「つまり、不運な事故だった。ただそれだけだ。だから咎めることも責めることもしない。……並んで、もう一つ。君が困っている、苦しんでいるというのなら、その《茨》をどうにかすることも考えるよ。ただこればかりは時期が危うい。樹殻がどうにかなってから、という条件付きになってしまうけれど……どうだろう」
「……んー、成程。周りのコたちがあなたを救おうとしている理由、ちょっとわかったかも」
「ああ、己の弱体化についての話か。……そうか、今の甘んじて受け入れる、というスタンスは、約束をしている者達への不義理になるんだね。……そうか、そうか」
どこまで弱体化するかはわからないけれど、もしものことを考えるのなら、レヴェロフ・ルラフにコンタクトを取っておくのもアリかもしれない。
アイメリア・フリスとアイメリアは互いが互いを利用し合うような関係性だったけど、己とレヴェロフ・ルラフは兄弟のような関係性だからね。そこに遠慮も配慮もない。
「そっちは気にしてないし、これ以上は私の役目じゃない、って話! 《茨》については、いいよ。これは私が望んで引き受けた呪いだから」
「ダッコー。ただ、遠慮は不要だからね」
「ん。……第一印象と評価がここまで短時間で変わること、あるんだねー」
さて、無意識との対話、そして……人間の極致からの諭し。
良い対話だったと言える。
あともう少し対話を重ねて、自分を形成し直そう。そうして……彼女のもとへ、駆けつけないと。