魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
無意識により意識を知りてからは、早かった。
今まで暖簾に腕押しだった「人格形成」が容易となったからだ。打てば響く。投げれば跳ね返る。他者と対話をすることで、己のカタチを知る。
そして、カタチが、その輪郭が明瞭になればなるほど……強く惹かれていく。
ここまで育っていたはずのアイメリア・フリス。あれを正反対にまで変えた愛情というもの。渇望する。覚えられたらいい、ではなく、強く求むる。
──けれど。
相談、というものをすることにした。
彼女に最も近しい感性を持っている相手──アンジーに。
「……ま、概ね同意するわ。だから私に聞かれても、って感じ」
「そう、か」
「"エンジェの思考が読めない"、ねぇ。別に元から読めていたわけじゃないんでしょ?」
「ああ。けれど今までは知らずとも良かった。今になって、それではいけないのではないか、と思い始めた」
「それ自体はとても良いことだと思うけど……どうしたものかしらねーこれ」
相談内容はそれだ。
人間としての殻を得て、真っ先に考えたことは勿論エンジェのこと。今彼女がどうしているか、どのような状態にあるのか。
推測と経験則、己の機能としての感知を交えて情報の整理を行っていたところ、最も大事な部分の欠落を感じた。
どうして、だ。動機。
彼女は世界征服をしたいと言った。自らがこの世の王となりて、争いを失くしたいと。
普遍的な願いなのだろう。王となることが争いを消す手段になっている。ただそれだけ。
博愛主義たる彼女の精神性を鑑みればそういう発想に行きついてもおかしくはない。
……本当に?
「例えば、アナ。あの子だって博愛主義といえば博愛主義でしょ。生きているモノを愛せないだけの博愛主義」
「そうだね」
「でもあの子は世界を平和にしたいとは思わなかったし、世界を滅ぼしたいとも考えなかった。死者しか愛せないなら全部殺してしまえばいいのに、"すべての血を自身の手元に集める"、っていうのを掲げてる。イリスもそうよね。あの子が愛しているのは魔法世界全体で個人じゃない。未来視なんていう隔絶した力を与えられて、この世で唯一移動しながら陣地を扱える、なんて状態にあって……やっぱり世界征服も世界滅亡も願っていない」
正しい。
公平な裁定者とでも呼ぶべき視点を有するあの二人は、しかし支配することに興味が無い。
アンジーとカナビは寄り添う選択をした。シェリーは自身の血筋だけは守るための選択をした。
世界を滅ぼす程度、そして支配する程度は容易であるはずの五人は、けれどそれをしなかった。
「前にスヴェナから話を聞いたことがあるんだけど、エンジェの人格形成において、博愛主義となるきっかけも争いごとを失くしたいと考えさせる場面も、特には思い当たらない、のだそうよ。……ああこれ、スヴェナから聞いた、って言わない方が良かった?」
「他者の口から割れても事実は隠蔽されるから問題ないよ。……どう思うかな、アンジー。支配欲というのは……生来より有するそれが、自然と膨れ上がることは……人間にとって普通のことなのだろうか」
「デフォルトの機能ではないと思うけど、そうなってもおかしくはないんじゃない? ……ただ、そうね。これは……恋愛経験の乏しい少女Aからの言葉なんだけど」
ピン、と人差し指を立てて、彼女は言葉を述べる。
「あの子が常に言っている、あんたを振り返らせる、って言葉。あれが引っかかっているのよ。多分……あの子はそのための行動を怠っていない。だから、そうね。そう……実は世界征服というのは」
あんたに並び立つための、見栄、って可能性もあるんじゃない?
圧倒的だった。苦戦などなかった。
槍が翔ける。少年の身体は宙を駆け、体勢を整えては足元に面を出現させて跳躍し、三次元的な動きで敵を翻弄する。
轟音が響く。少女はその身に灼烙を湛え、時折『精霊化』する身を隠そうともせずに哄笑する。
空が割れる。少女の歩みを止めることはできない。一歩、また一歩ごとに空が割れ地が割れ、敵が無間に落下する。
白色に消ゆ。彼女は手を翳すだけだ。直射は降射へと姿を変えた。話し合いで解決しなかったが故の武力は、逆らう気の起きない覇道を天に還す。
「……」
「……エンジェ」
力による鏖殺。魔法による圧壊。
従わぬ者に差し伸べる救いは無い。強く強く強く強い──歴然とした彼我の差を見せつけて、恐怖と敵愾心の全てを担う。
「どうしたの、スヴェナ」
「これが……あなたの望み、なのですか」
「ええ、勿論。ただの虐殺ではないし、いいでしょ。私は最初に降伏勧告をしてる。争いを止めて、従え、って。ちゃんと名乗りもあげてる。──事実として、一部の貴族は賢い選択をした。これを児戯と捉えずに白旗を上げた。あっちはそうじゃなかった。ただそれだけ」
あっちと指差す先にあるのは屍山血河だ。
従わなかった──死するまで抵抗を続けた魔法使いの残骸。彼女の愛した世界。
「心が凍り付いては、いませんか」
「そんな無責任なことはしない。他者を支配するのだから、少なくとも私は、その罪を背負い続けないと」
「あなたは昔から何も変わっていないでしょう。一応、変わった側の身で言います。変わらないものが変わろうとすることは……酷い乖離によって、ぐちゃぐちゃになってしまうんです。私は……スヴェナとしてではなく、あなたの」
「その人はもういない。そうでしょ」
──スヴェナはそこで、ようやく察した。
昔から何も変わらない。……そんなことはないのだと。
「私は、ここにいますよ、エンジェ」
「わかってる。でも、そういうことじゃないから。……私はもっと強く、もっと上にいなければならないの。今のままじゃ、取りこぼしが多すぎる」
博愛主義ではあるのだろう。異常な精神性ではあるのだろう。
けれど、それはそれだ。
彼女は年頃の少女として、ちゃんと、真っ当に。
傷を負っているのだと……ようやく理解できた。
姉を失ったこと。
それは十二分に彼女を変えた。
告白をしたこと。
それは十二分に彼女を変えた。
戦争が始まった。
それは十二分に彼女を変えた。
少女はその時々で決意をしている。少女はその時々で覚悟を決めている。
姉に誇れる自分になる。彼に劣らぬ自分になる。その名に恥じない自分になる。
一見してずっと変わっていないように見えていた彼女は──。
「成程ねェ。けれどそれは、己にとってとても良い事だ」
黒土と赫血の戦場に、真白が舞い降りる。
少女の扱う灼烙にも似た純白。深く被られたシルクハットの奥に見える口元が悪魔のように笑ってさえいなければ、傷ついた少女のために舞い降りた妖精のようにさえ見えたことだろう。
真実──『彼』は妖精だったのやもしれない。ただし幼子を拐かす悪精の類であろうが。
「己は君のことを、完成された人間であると考えていた。既に大人の視点を持っていて、死するその時まで同じ高さから世界を見下ろしているのだと。……どうやらそれは酷い勘違いだったらしい。君の一切に目を向けていない思い込みだった」
「……なによ、いきなり」
「君に追いつくのではいけないと思ってね。エンジェ。君が己に振り向いてほしいというのなら、せめて己は君の前を歩いていなければならない。君がまだ少女であるというのなら、己が大人を示さなければならない。──隣に在るのではダメなんだ、エンジェ」
だから、と。
中空へステッキの底を突く『彼』。
そこから──波紋が広がっていく。
「
「……いつもより過激で、いつもより唐突。相談の無い問答無用の実力行使が大人のやることなの?」
「口では負けてしまうからね。そして己では今の君の心を氷解させることさえできない。その役目は己ではなく、君の隣を歩むと決めた者達のものだ」
「私に愛想を尽かしたの?」
「まさか。己は君を愛したいと思っている。渇望しているよ。……だから君は、傷ついた君でも、誇れる君でも、恥じない君でもなく、己が振り返りたいと思える君になるべきだ。君がこの世の王になったとて、君が世界から争いを失くしたとて、君が己の隣に並び立ったとて……その程度で振り返るほど軟派な男じゃあなくてね」
もう一度杖が突かれる。
赤雷が走る。次元震が響き渡る。
「
「!」
正しかった。
正しく問答無用だった。
波は戦場にいた少年少女を捉え、その身を彼方へと飛ばす。
彼方……聖護魔導学園へと。
さらにはそこへ強力な結界が発生し──彼女らは完全に閉じ込められる。出られなくなる。
抗議の声は届かない。『彼』はついてこなかったから。
だから、戦場に残ったのは。
「……一応、聞いておきます。もっと器用なやり方はできないんですか」
「生憎と、恋人に似て不器用でね。現時点で彼女を解かす術を知らない己では、こういう力業に頼ることしかできなかったんだ」
「これではまた暴走するだけでしょう。あなたに頼られる自分になれなかった、と」
「そういう方向性の努力なら問題ないさ。ただ、さっきまでの彼女はダメだ。怪物たる己に自身をアピールするため、より先鋭化した怪物にならんとしていた彼女は、目も当てられない」
ああ、見栄なのだろう。
エンジェ・エレメントリーはその精神性こそ異常であるが、他は年相応の少女である。何かそれ以外の特異なものを持っていても、生命の次元階位を突破していても、関係なく……「恋人に見劣りする自分が嫌い」な少女なのだ。
そうだ。全てを愛するあの少女にとっての唯一の嫌いは自身だ。
姉に劣っていた自分。周囲の特異性に埋もれる自分。過去の自分よりどんどん色あせていく自分。
自分自身にだけは愛情を向けられない。自分自身にだけは全愛を注げない。
ならば着飾るしかない。装飾するしかない。
できる自分で、できない自分を覆い隠すしかない。
「根拠のない直観が悪さをしていたと言える。あれはあまりにも都合の良い隠れ蓑だった。殻としてあまりにも最適で、エンジェはそれに甘んじた」
何を経ずとも真実に辿り着いてしまうが故に、最適解が見つかり続けた。
この時はこう振る舞えばいい、というのが……その理想が実現できてしまっていた。
ある意味で『彼』よりもシステマティックな振る舞いは、しかし『彼』の好みではなかったらしい。
「己が愛するエンジェは、ありのままのエンジェがいい。これはただそれだけの我儘なんだよ」
「……まだ……聖護魔導学園を出て一日ほどしか経っていないというのに、変わりましたね」
「己も殻を有していた。それが取り払われただけだよ」
「一応、あの子の元姉として言葉を紡ぎます。……ありがとうございます。今の転移には理がありました。エンジェは頭を冷やすべきで間違いありませんでした。そこからあの子がどの道を辿るかは自己責任でしょうが、子供の内であれば、たかだか一回のミス程度は許されるでしょう。あの子には……友達が多くいますから、一応、大丈夫です」
戦場に残った少女。
今までであれば無表情に事を進めるだけだった彼女の顔には、珍しく笑みが浮かんでいる。
「君はそこに含まれないのかな。転移気配を察知して空間剥離で逃げ果せた君は」
「含まれません。なんせ一度死した人間。別人となってなお、棄却するべき記憶を有し続けた、あり得ざる存在。死者は未練の存在。先程も……あの子に一度否定されているにもかかわらず、そして自身で否定したにもかかわらず、姉であることを主張しようとしました。ふふ、これが悪霊でなくてなんだというのでしょう」
「なら俺達の方がよっぽど亡霊だよ。な、アリス」
「ですねー。なんせ前世持ちですから。……でも、今ようやく気付いてびっくりしていると同時に……罪悪感が。……お久しぶり、になるんでしょうか……アンフィ様」
目を見開く少女。その視線を『彼』へと向ければ、肩を竦める悪魔がそこに。
「己はこの二人も絡め取ったつもりだったんだけどねェ。どうやら抜け出してきていたらしい。さらには隠蔽の穴……認識錯誤の効果範囲外で中の音を聞くとは、中々器用なことをするよ」
「良い機会だったんだよ。チビ、お前が何かを隠してるってのは伝わってたし、それがエンジェと『英雄平民』の共通認識であることもなんとなくわかってた。俺……はともかく、アリスが世話になったんだ。こっちからの恩返しの機会を狙うのはそう考えられねぇことじゃないだろ?」
「だから、転移に攫われたフリをして、全速力で戦場から離脱しました。後は風の感知と未来予測の合わせ技で拾うべき音だけを拾う魔法を創れば、それで終わり」
「アンフィ・エレメントリー。その名は俺でも知っている。
「不幸な事故というか……七割私のせいというか……」
ここで九割や十割と言わないところがアリス・フレイマグナの証左だろう。これがもしアリア・クリッスリルグであれば全責任を即断で背負っていたかもしれない。前世に全てを乗っ取られているわけではない。それはケニス・ディンドコンゲンスも同じだ。
「思い出話をするのであれば、君達をもう一度転移させることも吝かではないよ」
「……? 何を焦っているのですか、『一応平民の人』」
「君こそ悠長なことだね。己が今敵に回したのはあのエンジェだよ? 強力な結界、なんてものがどれほど時間を稼げると思うんだい。隣にはシャニアもいて、そうでなくともあそこには特別体験入学生の五人や教師陣、そしてテンがいる。彼女がしっかりと周囲を見渡せるようになったら、すぐにでもここへ戻ってくるだろう」
「成程。んじゃそれまでに体裁を整えておく必要があるな」
「『とんでもなく強い平民さん』がいるなら、全身精霊化しても戻してくれますよね!」
「あくまで交渉第一であることをお忘れなく。一応、私達もまた
そうだ。
焦らなくては。
あと二ヶ月。たった二ヶ月しかない。
──それまでに世界征服を終わらせて、彼女を待ち受ける魔王とならなければ……演出が地味になってしまうだろう?
「『英雄平民』。お前の力で、世界全土へ声を届けるくらいはやったっていいんじゃねえか。その方が手っ取り早いだろ」
「映像もいけるなら……ケニス、何か今、適当にかっこいい仮面とか作ろう!」
「私はそのままでも問題ありませんね」
「ん……いや、あの。君達、これは遊びではなくてね」
「馬鹿お前、お前に娯楽が足りなくてどうするんだよ」
「常にへらへら笑っているのが『とんでもなく強い平民さん』、ですよね?」
「何より真剣で思いつめた雰囲気をしていては、エンジェに心配されますよ。一応、あの子の前を征く大人であるのでしょう?」
説得に……まぁ、『彼』は簡単に折れた。
絆されやすく、影響を受けやすく、何より心当たりのある『彼』。
「イイよねェ、か」
「ん?」
「いやなに……目的こそ植え付けられたものではあったけれど、そこに臨んだモチベーションは、今にして思えば己から零れた言葉だったな、と。そう考えたまでさ」
それは彼が魔法世界を作ろうとしたあの日の感情。
趣味の悪い世界作りに臨んだ彼の感想。
「ダッコー、三人とも。己も楽しんでいくことにするよ。……そして、悪魔のような笑みを浮かべて、容易くこの世を手中に収めよう」
「そうこなくっちゃな。……しかし三人ってのは収まりが悪くねえか。フツーこういうのって四天王だろ」
「一応聞きますが、普通、とは? セオリーがあるものなのですか?」
「へぇ……ケニスもなんだかんだ言ってそういうの好き……ああそういえば好きだったかも……」
そんなこと言われてもねェ、というのが『彼』の心境である。
血筋的に考えるなら、ケニスが
あとは死霊病毒か肉体強化がいればそれらしくはなる……が、そんな数合わせのためにパーティを組むようなことをしているわけでもない。
「……まぁ、考えておくよ」
よって『彼』が下した判断は、逃げ、であった。
いくら演出を好むからといって、登場人物を無駄に生やすことができないという点は……そこもまた、アイメリア・フリスとの違いなのかもしれない。
こういう事柄でも、『彼』の人間性は形を帯びていくのである。
して。
少なくないコストを支払って行われた全放映。「視界の真ん中」という相対位置に発生したスクリーンに映るは、三人の子供と一人の男性。
話の内容は簡素なものだった。
従属の意を示すのならば降伏の旗を。それ以外であるのならば、力を以ての侵略を。
告げる。告げられる。
退くに退けなくなっての戦争に非ず。
これなるは覇道の礎。歴史書にも刻まれない静かな戦いの火蓋。
そして、もう一つ。
暗躍なぞ、天火のもとでできると思うな、という……『彼』にしかわからない脅し。
たったそれだけの放映は、けれど人々に確りと焼き付けられた。
真に受けない者もいる。くだらないと吐き捨てる者もいる。
けれど誰もが感じていたのだろう。
なにか──起きてはいけないものが、起こされた、ということを。
あるいは。
「始まるよー、おとぎ話が。……私も、ちゃんと用意しないとね」
これこそが、迫りに迫った最終楽章である、と。