魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
研究開発学術都市アンブロシウス。
元『COMPANY』跡地。
「……因果とは、巡るものだねェ」
花束を手に生成する。生花ではなく造花だ。硝子の造花。
少し、歩く。
昔を思い出すように。懐かしむように。
入り口から入って、インフォメーションを通り抜けて、量子エレベートポートに入って。立ちながら待つ、という時間は発生しない。徒歩の速度を緩めずに進めば、すぐそこが『OFFICE』だ。
それらを硝子で再現しながら歩いていく。
フロアについたら、全体を再現する。
──無人。
当然だ。……ああいや、今の今までは当然じゃなかった。当然になったのは、つい最近のこと。気付きを得たから、当然だったことにも気付けた。
民間企業であれど軍事複合施設に引けを取らない兵器群を売っていた『COMPANY』は、全徴兵の時にもその勇名を轟かせていた。『賢者』とは別ベクトルに尖った頭脳を持つ者ばかりが在籍していたし、己ほどではないにせよ危険地帯をその足一つで踏破できる職員が多かったから……全徴兵にあっても席を外さなかった者も多かったのだ。
中には自らの死を偽装してまで働きに来る者もいた。それくらいにはギリギリまで存在した『COMPANY』。
けれど、世界滅亡のあと、『COMPANY』はその姿を消した。中で働いていた研究員と職員。製品。備品。『COMPANY』の全てがこの世を去ったかのように、消えてなくなった。
「全生命の次元階位上昇。……間違った対象を指定し、それをこの星全体へとかけた愚行。ただし、行っていなければ……樹殻の捕食により全生命が命を損なっていただろう緊急回避。君達は智慧の名の下に全生命を救い、そして殺した。悔悟はあったのかな。それとも何を考える間もなかったのかもしれない」
波のように広がった次元階位上昇の効果は、偶然にも立地条件を満たさなかった五つのコロニーを残し、ありとあらゆる人間に適用された。
その結果──肉体は弾け、魂には封が為され、瞬く間にしてこの星は死の星と成り果てた。
当時の感情を覚えている。存在しないと勝手に考えていた感情。己に去来した──悲痛。
「そういうことも、あるんだろうねェ、って。……ああ、あの時に気付くべきだった。今までに経験してきた時代の移りと何も変わらなかったから……何も感じていないのだと考えたけど」
絆されやすいことなんてわかっていた。そういうパターンをなぞっているだけだと思い込んでいた。
この感傷は己から出たものではないと。"前の所有者"に引きずられているだけだと。……まさか。"前の所有者"にそこまでの情愛はなかったよ。なんせ金持ち連中の骨肉相食む血筋争いが観たい、なんてことを四六時中言っている人間だったからね。職場に対する愛情なんてものを持っているはずがなかった。
ああ、そうだ。
愛情なんだ、これも。
近いところにあった。足元にあったんだ。
「二者間の感情だけをそう呼ぶのではないと……そんなこと、誰もが知っていたのだろうけど」
似て非なるもの。けれど確かに似ているもの。
己がエンジェに抱きかけているこれは、ああ、確かに、己がここへ向けていたものと酷似している。
だから己は悲痛を覚えたんだ。
愚行に晒されるのが嫌で──その直前に、自ら手を下した『COMPANY』という存在。己の愛した人々の消滅に。
「らしくはないのだろう。樹殻に捕食されないために、誰かに悪用されないためにと、君達を連れ出した。殺して連れ出した。……救って殺した『賢者』と、殺すことで救いにしようとした己。なんだ、あの時『愚者』と名乗ったのは、間違いじゃなかったんだな」
世界滅亡の際、咄嗟に異次相へしまい込んだ魂たち。
それを硝子の『COMPANY』へと開放する。
強制的な次元階位上昇……それも対象指定を間違えたあの波に晒されていない魂。
「結末が見えている者達もいるのだろう。得意げに鼻を鳴らしている者もいるのだろう。……あるいは君達の中にも、限定的な未来視ができていた者がいたのかもしれない」
首に一文字が走る。
そこから出現するは、透明なナニカ。普段見せることのない己達の本体。人間たらんとした寄生生命体。
「それでも……『愚者』たる己の蛮行を、許してほしい。己は君達を手放したくないと……ただただ、今は純粋に、そう考えているから」
本体の触肢が硝子へ触れる。
同時、ずっと持っていた硝子の花束を放り投げた。
花束は回転もせずに放物線を描き、『OFFICE』のフロアへとその身を衝突させ──ない。
忽然と『COMPANY』がその姿を消したからだ。
もう滅多なことではやらなくなった食事。同胞を作るのではなく、エネルギーとするわけでもなく。
意識塊を外部から取り込むその行為。
花束が落ちていく。消えた『COMPANY』のあった場所を、一直線に。
「君達は巡らない。君達は戻らない。君達は……この身と共に沈むのだ。あるいは本当に星海が我々で満ちた時、そこでようやく出られるのやもしれないけれど……少なくともそこまでは、共に征こう」
落下を見届ける前に転移する。
赤雷が迸ってその場を照らし、足を地につける。
ここは。
「お、帰ってきたか」
「ああ。感傷に浸っていた」
「悠長だよな、本当に。……いいのか? お前の弱体化ってのがさ、もし……死を意味するのだとしたら、エンジェに会えないかもしれねぇぞ」
「その時はその時だよ、ケニス。そして、そうなることは無い」
「言い切るじゃねえか。なんだ、愛の力か?」
愛の力。確かにそれは強力だ。
ありとあらゆるものを変質させる力がある。
けれど。
「惰性が故に己を救わんとする運命。打算が故に己を救わんとする運命。情動が故に己を救わんとする運命。それらが混在する中で、燦然と輝く……鬱憤に酷似した感情を向けてきている宿命」
強く強く、杖を突く。
「これほど強い潮流だ。受け止める者が死するのは、美しい結果とは言えない。救われるにせよ殺されるにせよ叱咤されるにせよ、己はそこまで生きなければならない。だから死なない」
「……っとに変わったな、お前」
「見違えるほど、だろう?」
エンジェに決別を告げたあの日から、既に多くの時が過ぎている。
今日、この日が。
あの山から陽が上ったその時が、"その日"。
世界征服などとうに終えている。
賢かった者もそうでなかった者も、皆等しく
あとは世界が救われるだけ。
あとは世界が終わるだけ。
「俺はお前らと違って楽観視ってものができない。常に最悪を想像するのが俺の個性だ。だから、言っておく。ケニス・デルメルクランであった時も、ケニス・ディンドコンゲンス、そしてケニス・フラッジロードである今も。『英雄平民』……いや、ルリアン。お前と友となれたことを嬉しく思う。"前"の俺とあいつの関係性は、息子で、敵で、最後はどうとも言えねえ関係で終わった。──此度。俺とお前は、立場を変えながらも、ずっと友だった。それを心から祝福する」
「最悪に終わらなければ恥ずかしいだけじゃないかい?」
「俺の恥で済むならそれに越したことはねぇだろ。だからまぁ、色々考えて、これも言い渡しておく。……次、あいつに会うことがあったら……伝えてほしい。"フリス。お前とも、今度は最後まで家族でいたい"、ってな」
「ああ……己にその力があったら、必ず」
返事に満足気な頷きを返し、槍を背負い上げるケニス。
その後ろ姿に少年性はない。
精悍な青年の後ろ姿がそこにあるばかりだ。
「三天王、だからな。一番槍は貰う。……じゃあな、ルリアン」
「ああ。さようなら、ケニス」
背を見送る。退去ではなく出陣だ。
あれなるは将の器であるからして。
「……なんか、男の子同士の友情って感じで……入り込みづらいですね」
「そういう空気を読む人間だったかな、君は」
「"馬鹿なアリス・フレイマグナ"は空気の読めない子ですけど、私は違いますから」
室温が上昇する。
滾ってしまって仕方がない、という様子のアリス。ケニスの去っていった方をチラチラと見ている。
「お世話になりました」
「君は最後まで自己完結だった。それでいいじゃないか」
「いいえ。私はあなたに救われました。あなたが"演出"を気にしてくれたから、私は"前"を思い出せた。必死になって助けてくれる人を直視できた。お姉さまやご家族の……とてつもなさと、ありがたさに……多分、感化された。あなたと同じなんですよ、『とんでもなく強い平民さん』……もとい、サークレイスさん」
「君も己の名を思い出したのか」
「はい。正確に言えば、途中から効かなくなっていた、が正しいです。それでも効いていた方が滞りないと思いまして、ずっとフリをしていました。……スヴェナさんとの会話はもう面倒になって貫通できてしまっていたので、バレバレだった可能性はありますけど」
「器用だねェ。呼んでいるつもりになっているフリ、なんて」
「それが私達夫婦の取り得でしたから。……だから、お別れの言葉と言伝は、私からは言いません。ケニスと大体同じなので」
君とは敵対しかけた時期が二度あった気がするけれど……とは言わないで。
「ですから、言葉はこちらだけ。かつてフリスの母親だった私から、助言です。フリスもあなたも、諦め癖がある。熱心になり切れない欠点がある。……もし、お姉さま……エンジェちゃんとの間に大河が、絶壁が横たわったのなら、ともすればあなたは身を引いてしまうかもしれない。そうでしょ? でもね」
「……」
「諦めないで。今回の件でわかったと思うけど、あの子もまた諦めがちなの。自分の感情について押し殺しがち。その上で気丈に振る舞いがち。だから、どちらかが熱心に手を伸ばさなければ、その縁は簡単に千切れてしまう。──ちゃんと手を伸ばすこと。二人とも……チャルちゃんみたいな素直さ、持ってないんだから。いい?」
「善処するよ。……でも、大丈夫。感情を自覚した己は、ちゃんと……惜しめるから」
「ん。……それじゃ、また」
「ああ、また」
熔の精霊もまた去っていく。
室温が通常へと戻りゆく。
そうして、まぁ、流れ的に。
「君は出ないのかい、スヴェナ」
「一応、この二か月と少しの間は三天王として活動してきましたが、私が残った本来の目的は監視です。先程アリスさんも言っていましたが、ふとした時にあなたが諦め、全てを放り出さないよう見張るために私はこちらを選びました」
「なんだ、そうだったのか。……良かったのかい? 今日この日を以て、世界が終わるかもしれないのに。エレメントリーの本家家族、そしてエンジェ。共に過ごす存在がいたのに、己達と、なんて」
「世界滅亡を跳ねのけるために動いている人々がいて、あなたを想う強大な存在が数多くいて。今、現時点で、世界滅亡が訪れると……たかだか抱擁如きで全生命が死滅すると考えているのは、あなただけです、一応」
強い言葉に強い意思。
……本当に強くなったよ、君は。
「
「
「
「
「
スヴェナ・フラッジロード。
君についてはもう、己達の同胞といっても差支えの無い存在だ。
だから、意見を聞く。選択肢を与える。
いずれ自らの翼で巣立つ小鳥へ、空を飛ぶことを教える。
「
「
なら、この話は終わりだろう。
「もう知っているだろうけれど、己の名はルリアン・サークレイスという。最後の最後まで、よろしく頼むよ」
「
「……意趣返しが上手くなったねェ」
己が魔王となりてすぐに出てきた組織だ。内訳はほとんど始祖からの脱却運動をしていた貴族と同じ。結局得体の知れない頭がいる、ということが受け入れられない者達なのだろう。
ただし、在籍メンバーに
その際調薬師Dの問題も解決の色を見せた……のだけど、己の関わらない話であったから、その観測はいつかへ投げておこう。
抵抗軍は己が建てた城へ押し寄せんとしている。
城……遠洋課業の時と同じで、定めた場所へと城を築いたのだ。わかりやすいようにおどろおどろしい雰囲気の城を。
場所は『UMBRELLA』のすぐ近く。あの島とは別の『WEPON LINE』もあるから、機構の量も他地域と比べて多い。
座標で言えば、ここはかつての聖都アクルマキアンなのだろう。マキアン大陸が北西部。
大浴場上空。それはつまり、大聖堂直上であるとも言える。
「龍の生誕へ、あまりにもお誂え向きだ。学んでほしいものだね、君達にも」
城のバルコニーから眼下を見渡せば……その抵抗軍を蹴散らしに蹴散らす二つのうねりがあった。
無論、ケニスとアリスだ。
その力はまさに一騎当千。有象無象がいくら集まったところで意味を成さない。
……しかしどうやら、樹殻の方も"タイミング"を窺っているらしい。
あるいはアルター・コルリウムが設定した時間までそれは起こらないのかもしれない。
樹殻も『
──ふと。
何を意識したでもないだろうに、己が言葉を発しようとしたその瞬間……抵抗軍の一部が吹き飛んだ。
見遣れば、半透明の巨大な腕をぶん回す少女と、凄まじい速度で戦場を駆け巡って全てを投げていく少女の姿が。
「来たか」
「一応、あの方々自重するとかあるんでしょうか。偽りの身分の魔法しか使っていないとはいえ、隠す気があるのかないのかわかりません」
「ああそういえば、君、いいのかい? アナは仇敵だろう? 機会としては絶好だと思うのだけど」
「今更でしょう。それに、私がディアナ・ネクロクラウンに敵意を抱いていたのは自身の死に密接なかかわりを持っていると考えていたから。そしてエンジェを狙う兆しを見せていたからです。一応、それらは全て解消されている。であるのなら、過去の劣悪な功績がどうなっているのであれ、私から彼女へ向ける感情は"ちょっとひねた後輩"くらいのものです」
「……なら君はさしずめ、"卒業できずに中退して、再度入学してきた扱いづらい先輩"になるのかな」
「途中で死したことが退学扱いになるというのなら、そうかもしれませんね」
空間が割れ、雷と炎と風が迸り。
抵抗軍が彼女らへ魔法を向けても、その悉くが分解される。
しかし、始祖が露払いとは。
豪胆な配役だねェ。
と。
そんな始祖らの暴風の後ろで……煤が組み上がる。
巨大。巨大。巨大。
スケールの違い過ぎる巨人が降誕する。漆黒の剣を構えた真っ黒な騎士。この城と匹敵する高さを持つ巨兵。
「分家と本家には出力差がない、というのが魔法世界の常識だけど、
「ともすれば……ディアナ・ネクロクラウンの総出力をも超えているのでは?」
出力という一点だけを見れば……その可能性は、高い。
なんせ巨兵は更に更にと大きさを増している。
城よりも大きく、そして堅固に。抵抗軍から多種多様な魔法が飛んでいるけれど、欠片も気にしていない。
「
「抵抗軍はただ居合わせてしまっただけですから、一応」
「さて、どちらが出ようか。己が杖で受け止めてもいいし、君が空間で包んでもいい」
「どちらも必要ないでしょう。──ほら」
スヴェナの指差す先で立ち上がるは焔。
その身から溢れ出る力が魔力によって形を成す。めらめらと、ごうごうと。
現れたるは焔の精霊。
けれどそいつは、
重ねてけれど、身の丈の何倍もあるハルバードをその手に熾す
振り下ろされた大剣と振り上げられたハルバードがぶつかり合う。
焔と煤。そこに相性など存在しない。であるならば、後に残るは力の押し合いだけ。
──余波が広がる。煤の刃と焔の刃。双方の衝突地点から広がった波が抵抗軍を撫で、そしてこの城の外壁を撫でる。
「良い配役、なのかもしれません」
「ん」
「騎士テンはケニスさんが抑えるようです。となると、後に残るは始祖と……エンジェに、シャニアさん。学園長らはいないようですね」
「一人で始祖五人を相手にするつもりかい?」
「そこまで思い上がっているように見えますか?」
「君にとっては些事だろうとは思っているよ」
言葉に。
ここへきて、初めて……彼女は獰猛な笑みを見せてくれた。
「エンジェとシャニアさんは通します。代わりに始祖五人、全員貰います。因縁はあなたの方が強いでしょうが……基本的に私を舐め腐っている後輩へのお仕置きのようなものなので、一応」
「後輩いびりが得意な先輩か。怖いねェ」
「それと、監視の目は残しておきます。
重ねが解かれるようにして排出されるはスヴェナの複製体。
以前シェリーが使っていたものに似ているけれど、構造式が違う。……全く違うアプローチで同じものに辿り着いた、ということだろう。
「死はドラゴンの餌だ。わかっているね」
「無論です。始祖にできていることならば、私とて守ります」
ケニスもアリスも、あの五人も。
未だ死者を一人も出していない。
──前哨戦、だね。
己に辿り着いて──さて、何を成してくれるのか。
楽しみに待とう。