魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
黒煤の大剣と炎熱のハルバードがぶつかり合う様を背後に、騎士の長剣と
音の無い剣筋。無駄のない穂先。
戦場には大勢の人間がいるのに、二人の周囲には誰も近寄らない。
わかっている。
あれに巻き込まれても、邪魔をしても──あるのは死、のみだと。
既に打ち合い始めてから三桁に近い重なりがあった。
互いに絶対。互いに絶死。すべてが致命傷となり得る攻撃。
様子見という無駄も、小手調べという無駄も、一切が存在しない死線。
「──は」
「ハハ──」
呼気は一瞬だ。息を吸うための呼気ではなく、笑みを隠しきれぬがゆえの呼気。
ケニス・フラッジロードは人間である。確かに前世の記憶を思い出しはしたけれど、その頃の肉体のまま、というわけでもない。また、"英雄価値の成り損ない"だったその前世では、本物たちとまともにやり合うことはできない。
彼は特異な性質を有している。存在抹消が為されていないにもかかわらず、魔法を二乗している。
彼は約束を守る。果たさずして終わった約束も、いなくなってしまった約束も、今目の前に広がる約束も。
だから彼の槍は折れないし、弾き飛ばされることもない。
対するは騎士テン。纏・フェイブを名乗らぬ英雄。云十万年に渡る記憶と培われた技術。短い生を正しく使うために研鑽され続けた技巧を持つ人間の極致。『彼』とも打ち合える実力を持ち、始祖にも警戒される存在。
彼女は特異な性質を有している。魔法が使えないにもかかわらず、魔力を隷属させる圧力。
彼女は目的を果たす。そのために起きてきて、そのために死するのだ。
だから彼女の剣は止まらないし、淀みない。
「強き者よ。猛き者よ。伝わらぬ想いを聞こう。──なぜ、『何某か』についた。要らぬ世話であることなどわかっていただろうに」
「生憎とディンドコンゲンスは遠くの未来視なんてできねぇからな。目の前にある選択において、一番心に従えるやつを選んだ。それだけだ」
互いの得物は確かに特別だが、材質自体は特に珍しいものでもない。
けれど二人の武器は傷一つ負わない。激しい激しい衝撃波が周囲を叩くばかりで、折れることも曲がることもない。
速いのでも、力強いのでもない。
巧いのだ。二人が二人とも、巧い。
「ま、単純により仲の良い方についたってだけだ。深い理由はねえよ」
どこにどんな攻撃が来るのか。
この二人にはそれが見えている。世界から与えられた無粋ではなく、実力に裏打ちされた読み。
致命を堅固で受け、剛毅を柳のように回避する。互いに必殺の舞踏。だのに互いに無傷。
勿論戦場だ。流れ弾のような魔法が飛来することもあるけれど、それさえも読んでいたと言わんばかりの立ち位置を取り続ける二人。
笑みが零れる。
零すのは、より多く零すのは──テン。
「たった二度の! いや、一度と半分足らずの生で……我が呪いの宿命と張り合うか、少年!」
「まー、槍に乗せてるモンの違いだろ。お前、なんか崇高な目的があってそっちにいるし、やることやろうとしてんだろ。その点俺の戦う理由は友達のための時間稼ぎだからな。武器ってのは振り回すモンだ。なら、乗ってるモンは軽けりゃ軽いほど取り回しが利くってものだろ」
金属のぶつかり合う音が変質する。
硬質な音から鋭い音へ。風を切る音から大気を叩く音へ。
誰にでもわかることだ。
この戦いは拮抗している。この戦いに終わりはない。
ただし、今のままであれば、だ。
どちらかが集中力を切らせば、そこで終わる。余韻もなく、唐突に。
同時に、疲労の様子を欠片も見せない二人。
最巧と最巧の戦いは、もうしばらく続く──。
揺蕩う焔と意識の中で、アリス・フレイマグナは笑みを深めた。
以前も彼女……
ただ、あの時は敵方の準備不足、そして理解不足で勝負にならなかった。戦い自体は敵方のとんでもない策で覆されたけど、炎vs煤のマッチは炎の勝ちだった。
それがどうだ。
今彼の扱う煤は、焔の精霊と確実にせめぎ合っている。
「対策をしてきましたか……この短期間で!」
「毎度毎度ねぇ~、最後の詰めの前で死んだり、気を失ったりでぇ~、教師としての良い所、なかったからねぇ~?」
アリスには潤沢な魔力とエンジェに匹敵する出力がある。だから、体格差や体積差は問題にならない。
とはいえ振り下ろされる剣を受け止め弾くのが精一杯であるほどには重い攻撃に、内心で唾を飲み込むしかない。攻勢に転じることができないのだ。
互いに巨体。故に打ち合いの数はそこまででもない。
けれど、十二分に──結果が見える。
「熔かされたそばから生成して……けれどそれなら、こんなにも長時間保たせることは難しいはず」
「うんうん、よく考えるといいよぉ~。ちなみに今回は
馬鹿を言えというものだ。
"馬鹿なアリス・フレイマグナ"をやめたアリスは、情報収集を怠ることをやめた。この二か月と少しの間、虚構の神の欠片探しも兼ねて世界全土を回るついでに、対自身を想定した時の脅威になりそうな魔法について調べて回っていたのだ。
脅威となる魔法はそれなりの数があった。元より
勿論『彼』からは魔導文字による出力アップの危険性も説かれたけれど、魔力素を熔かし得る炎熱の前に立ちはだかれるほどではないことはアリス自身が強く理解している。
そういう様々な点から見て、アッシュクラウンの魔法が
でも、現実として、事実として、これが織り成されている。
であれば受け止めるしかない。あり得ないことをあり得ないと嘆けるほどアリスの心は子供ではないのだから。
──否。
ドクラバ・アッシュクラウン。彼が教師を名乗る以上、生徒へ嘘を吐くことはないのだろう。
であれば、と……精霊の身にありながら、アリスは息を飲む。
「まさか……アッシュクラウンの全員を?」
「僕のこと、なんだと思っているんだいぃ~? 戦いのために親族を殺すだなんてぇ~、そんなことしないよぉ~」
「……けれど、私の直感は……これが間違っていないと告げています。殺したのが親族全員でないのなら……いえ、そういえばドクラバ先生の趣味は」
剣が振り下ろされる。
受け止めるハルバードから伝わる魔力。凝縮されている魔力素に雑味は一切ない。彼女が精霊という純粋な生命体であるからこそわかる濃淡。ドクラバ・アッシュクラウンの扱う煤の純度。
「自分、を?」
今度こそ……
「この二か月と少しの間で増やせたのは、たったの七千五百二十二体。──僕自身を
「霊魂の生成に成功した、と?」
「いんやぁ~、それができたらもっと出力が上がっていたと思うんだけどねぇ~? 試行時間が足りないだけなのか、それとも絶対の法則が横たわっているのか、新規の霊魂の創成は適わなかったよぉ~。だから僕がやったのはあくまで複製。僕自身の霊魂を切り分け、成長させて、還す。僕はネクロ系ではないから霊魂を見ることは難しかったのだけどねぇ~? ドリューズ先生に始まり、アナクンや『
霊魂の創成。それは『彼』にもできないことだと聞いている。
そして同時に、霊魂の複製に関しては……始祖すら辿り着いていない領域。『彼』も特殊な準備と手続きをしなければ行えない話。
どうだ。
ドクラバ・アッシュクラウン。彼に特異な部分はあっただろうか。
寄生生命体でも前世を覚えているわけでもない。始祖でもなければ呪いを湛えているわけでもない。生命の次元階位をこじ開けたわけでも、はじめから違う視点をもっていたわけでもない。
アリスの脳裏に響くのは、彼女の"前"において心から大切とした存在の──無邪気な声。
──"君は紛れもない英雄価値だ。誇りなよ、ドクラバ・アッシュクラウン。けれど……"
「どんな代償を支払ったのか、後学のためにご教授願いたいですね」
「霊魂の切り分けに伴う苦痛、なんて話じゃないよねぇ~?」
「重ね合わせ程度で強化可能なのであれば、『愚者』さんが様々な生物に試していてもおかしくはないので」
準備が必要と言っても、準備さえしてしまえば行えてしまうことだ。
人工的にここまでの魔法出力が望める個体を作り上げられるというのなら、『彼』が戯れに手を出していてもおかしくはない。
──なお、『彼』の名誉のために補足しておくと、全然そんなことはない……『彼』は自然とそうなることを望んでいるため自ら手を下すことはほとんどないのだが、これは単純にアリスの中の『彼』像が成している妄想である。
「流石だねェ。"馬鹿なアリス・フレイマグナ"、だっけぇ~? 家族からもそう判断される頃合い……物心ついた、とされるその前に魔導文字を修めていた天才。流石の慧眼だよぉ~」
「褒め言葉は素直に受け取っておきましょう。ありがとうございます」
「うんうん、学生は素直が一番だねぇ~。だから、ご褒美に教えてあげようねぇ~」
轟と……黒煤騎士の背に黒翼が生える。
違う。あれは煤だ。それがジェット噴射のように噴き出して、剣の重みを増しているのだ。
ピシ、と。
あり得ない音が響く。
「君だよぉ~、アリス・フレイマグナ」
「わ……た、し?」
「『精霊化』、だっけぇ~? 明らかに魔力とは違う法則によって成り立つその身体。──サンプルはさぁ、沢山あったんだぁ~。君もそうだし、『愚者』クンも魔力以外の法則を見せつけてくれた。極め付きは、テンクンだねェ。彼女に宿った毒素にも似た力はぁ~、明らかに魔力じゃないねぇ~? そうでありながら魔力へ残す痕跡がとても見覚えのあるものだったんだぁ~。……あの時君、僕を攻撃してくれただろぉ~? とっておいたよ、戦闘記録。その全てをねぇ~」
ハルバードだ。音の出どころは。
炎熱で固めた常識外の武器。そこに罅が入り始めている。
「君の霊魂についた侵蝕痕跡。君の身から放たれた魔力を外殻とする無造作な力。君達が使う力の残す痕には同様のパターンが存在した。……けど、残念ながら、『精霊化』なるものを僕の身体でやろうとすればぁ~、弾けて消えるだけだ、ってわかったんだぁ~。あれは
「それ、私たちの秘奥も秘奥ですが……気付きましたか」
「まぁねぇ~? 火種の無い業火。水分無しでの巨氷。当然の如く行われる天候操作に、見映えの良い錬金術。これらを四大元素と
そうだ。彼の言う通り、
最もできることが少ないように見える。最も魔法らしく、そして拡張性が無いように見える。
違う。
「とまぁ~、『精霊化』が空想実現に長けた魔法でしか御しきれないというのならぁ~、『精霊化』と似たアプローチの魔法を創ってしまえばいいだけの話だよねぇ~? それもサンプルがたくさんあったよぉ~。スヴェナクン、シャニアクン、エンジェクン、そして五人の特別体験入学生。意識的、無意識的問わずに禁を破って新たな魔法を創り出してきた子供達だぁ~。……生徒ができるんだから、教師だってできておかしくないだろぉ~?」
だから、創ったよ、と。
黒煤騎士の背翼がどんどん巨大になっていく。
その姿はさながら。
「『天魔化』、と。そう言うらしいねぇ~?」
「らしい、とは?」
「テンクンだよぉ~。僕のこれを見て、過去に思い当たるものがあったとかでねぇ~?」
叩き割られるハルバードの柄。炎熱で作られたそれが破壊されることなどあり得ない。アリスの出力が落ちたわけでもない。
事実そうなっている以上どうしようもないが、これにだって原理はあるはずだ。『精霊化』ができなかった代替として『天魔化』なるものをしたというのなら、『精霊化』ではないアプローチが発生しているはずだ。
速度、威力の観点とメリットデメリットを鑑みて、黒煤騎士の斬撃をまともに受けるアリス。
少なくない存在の消失。腕部の炎が千切れ、制御を離れて暴発する。その際の衝撃波で周囲の魔法使いの大勢が吹き飛んだけれど、この程度で死ぬのならそれまでだろう。
それよりも今の斬撃だ。
「傷口に……滞り?」
腕を生成しようとして、上手く炎を錬ることができないことに気付く。気付いた瞬間患部をさらに抉ってパージするアリス。そうしてしまえば再度腕を生成することは容易だった。
つまり。
「なる、ほど。《茨》と"毒"を参考にしたから……『天魔化』は、侵蝕の性質を有している。とすると支払った代償も等号で結ばれますね」
「うぅ~ん、教師としては複雑な気分だなぁ~。教え甲斐のある子だと思っていたんだけど、天才が過ぎるねぇ~?」
「制御、利かないんですね。その魔法は勝手に相手に入り込んでしまうし、勝手に侵蝕してしまう。あなたが無制限の魔力を持っているのではない以上、相手に入り込んだ魔力は少なくない損失となる。……いえ、さらに言うなら……ああ、なるほど。先程霊魂を切り分けたと言っていましたが、堰を作ることが叶わなかったと見ました。いいんですか、ドクラバ先生。あなたは攻撃のたびに自らの魂を消費している。私、諦めは死ぬほど悪いので……打ち合いの最中に死んじゃうかもですよ?」
「戦っている最中にでも霊魂流出を防ぐ術を編み出してみせるよぉ~」
「霊魂流出が為されなければ『天魔化』は維持できないんじゃないですか? 諸刃の剣……それも、扱いを違えずとも時間で自滅する刃。──いいじゃないですか。楽しくなってきました。タイムアップによる勝利とか、
「タイムアップが来る前に僕が君を抑え込めばいい話でもあるねぇ~」
新たに炎のハルバードを作り出すアリス。
黒翼をたわませ、大きく距離を取るドクラバ。
──次の瞬間、再度の衝突と……凄まじい熱風が戦場を覆い尽くした。
ところ変わって。
「
荒野だった戦場に突如森が出現する。
森……ただし生えているのは植物ではなく空間のねじれ。一見してガラス細工にも見えるそれらは、素早く細かい枝を一斉に展開し、触れた者を問答無用で無間へと落としていく。
「……ふん」
「あ、シェリーちゃん拗ねてる~。ま、そうだよねー。同じオールラウンダーとして見たら、スヴェナちゃんはもうシェリーちゃんを越えちゃってるしー」
「戦闘経験値くらいじゃない、シェリーが勝ってるのって」
「しぇ、シェリーちゃんにもいいとこあるから、落ち込まないで! ね!?」
「……」
拗ねるシェリー。ケラケラ笑うアナ。追い打ちをするアンジーとカナビ。無言のイリス。
始祖……もとい特別体験入学生の五人はその森に閉じ込められていた。
「森の外縁部……空間剥離が為されましたね。これ見よがしに私の教えとは違う構造式で。……しかも数秒ごとにパターンが変わる……はぁ、どんだけ几帳面なんですかあの子」
「超火力で突破は?」
「前にエンジェさんとシャニアにかけた"素敵空間"と同じですよ。空間的なアプローチ以外を許さない結界。そして空間的なアプローチは技量的に術者を勝っている必要がある。……あなた達の言う通り、技量の一点で見ればあの子は私をとっくに超えているので、お手上げです」
「じゃあイ……リスの陣地で突破、とか」
「あ、いえ、その……無理ですね。……いえ、シエ……リー……さ、ちゃんに外縁を見極めてもらって、そこに陣地を敷けばなんとかなるかもしれませんが」
森に人影が現れる。
硝子細工の人影。貌の無い戦士たち。
「狙いは足止めと時間稼ぎってところかしら。んじゃシェリーとイリスはこの空間の突破を。私とカナビ、アナは二人の護衛ね」
「はいはーい! 勢い余ってイリスちゃんが無理って言ったこと成し遂げちゃってもいいんだよねー?」
「当然でしょ。ああそうだ、シェリー。あの敵って触れちゃいけない系?」
「周囲の木々と同じでしょうね。とはいえ魔力を無差別に落とすことができる、というわけでもないと見ましたので」
「常にエンチャントして戦え、ってことだね。ありがと、シェリーちゃん!」
ああ、ある意味で幸いにして、だろうか。
"そのこと"に気付いたのは、三人が三人同時だった。
「……ここってさ、もう誰も見てないわけだよねー」
「ずっと溜まってたフラストレーション、吐き出すに丁度いい場所ってことね」
「もしかしてそれ込みであたしたちを覆ってくれたのかな、スヴェナちゃん。だとしたら──」
他の戦場と同じく笑顔が零れる。笑いが漏れる。
笑みとは即ち牙を剥きて威嚇すること也。
「舐めてくれるじゃない。
「わーい全力戦闘だー!
「久しぶりの全身全霊がまさかアナちゃんと肩を並べてのことだとは思わなかったけど……ちょっと嬉しいかも。
青雷が走る。
空間を叩くは膨大な魔力。しかしびくともしない空間剥離。
どれほど堅固なのか。どれほど暴れていいのか。
通常空間でさえ使用の許されない、"お茶会"で使用禁止が決定した魔法は、今ここで編み出したテストの何も通していない魔法は。
スヴェナ・フラッジロードは、始祖を閉じ込めるために……どれほどを見積もってくれたのか。
「どーせ私達は本命じゃないんだし、そんなに頑張らなくていいからね。イリス」
「そーそー! 無理そうならシェリーちゃんも参加してあそぼーよ! あ、イリスちゃんもねー」
「あんまり虐めるとかわいそうだよ二人とも……。気にしないで、できることをやってね、イリスちゃん」
直後はしゃぎ始める三人。
彼女らを眺めて……シェリーが呟くは。
「なんだかんだ言ってカナビが一番圧ありますよね、イリス」
「……はひ」
とか、なんとか。