魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
巨兵と精霊、技巧と精巧、樹海と始祖がそれぞれの戦いを繰り広げる中で、その一切を、そして貴族の合切を全て無視して一直線を貫く姿があった。
勿論エンジェとシャニアだ。暴風へ空間破片を合わせた裂傷の嵐を纏う彼女らには誰も近づけない。仮に近づけたとしても近付きたがらないだろう。
鬼気迫るとはまさにこのことだ。戦場において尚近付きたくないと思わせる迫力が彼女にはあった。
ケニスの懸念は杞憂だったわけだ。こうして敵対しながらでも話す機会に恵まれるのだからね。
よって、快く迎えようとした。三天王が整えてくれたマッチングに感謝しながら、大仰に、いつも通りに。
けれど──。
立ちはだかる、壁があった。
「……なんのつもりかな、古井戸」
「世界を救うためさね」
古井戸。エンジェたちの方にはスファニア。……ピオは伏兵かな。
この二人がそれぞれの前に現れ、距離を詰めさせまいとしている。
「約束の履行がまだなことを怒っているのかい? であれば今すぐにやってあげてもいいよ」
「いんやさ、先のままで構わねぃよ。世界を救ったら、って条件で十二分だ。──だから、あのお嬢ちゃんには会わせない」
「世界救済と恋人たちの逢瀬にそこまでの関連性があるのかい?」
「ああさ、絶対の未来からのお墨付きでな」
知っていたとも。
彼らがグリーフィーのもとで修練を積み重ねていたことくらい。彼女の未来視は『智者』を超える精度を有している。その彼女が用意した様々で力を蓄えていたことくらい。
けれどそれは樹殻対策なのだと思っていた。
まさか己対策だとは。
「しかしどういう采配なのかな。己を停止させたいのならスファニアを己に当てるべきだろう。彼女は己達に対する特効薬なのだから」
「約束の履行自体はしてもらわにゃならねぇんだ、なんでお前さんを壊さなきゃならねえ。俺達はただ、"その時"が来るまでにお前さんら二人を引き合わせねえようにするだけ。そのために全霊を賭し、そのために心血を注ぐのさ」
「……君は、己の欲するものが恋人との時間であることを知って、ああもの快諾をしてくれたのだろう?」
「今もその気持ちは変わらねえさ。ただ、ちぃっとばかし待ちなって話でな」
己がエンジェに会ってはいけない理由。己とエンジェが引き合わされてはいけない理由。
なん、だろうね。グリーフィーの視た未来だ、彼女の私欲とか私怨とか、選り好みが理由でないことだけは確実だけど……よくわからないな。
"その時"というのが己の弱体化の時だとして、まぁ、そこまで待てというのなら別に構わないけれど。
「んじゃ、行くぜ」
──草履の裏面が眼前にあった。
首を傾けて避ける。
おかしな話だ。己は城のバルコニーにいて、彼は城門の前にいたというのに。
会話している時点で声が近くにあった気がするけれど、今の一瞬で詰められる距離なのがまずおかしい。空間にはどの色の摩擦雷も走っていないから、転移したわけでもない。
さらには……曲がりなりにも己が創った城だというのに、作用点のズレただろうその蹴りの一撃が半壊を招いている。いやはや、あの星の"行き過ぎた英雄"を思わせる暴虐ぶりだねェ。
衝撃。伴い、視界が回転する。
「ん……ああ、そのまま蹴ったのか」
「避ける意味もないってかい?」
「いや……。前も思ったことだけど。……君は読みづらいね」
「あん?」
「己は色々なことを学習したけれど、別に己自身の性能や性質が変化したわけじゃない。どこまで行っても己には"人の思考を読み取って違う形に出力する"という機能が備わっている。だから、戦闘行動における接触程度でも相手の思考を読み取る機能が自動で働くのだけど……今の蹴りの際、君の思考は欠片も読み取れなかった」
「けったいな機能さね、そりゃ」
「君は別に無感情無感動というわけではない。けれど読めない。そういう対策を施してあるわけでも、何かこちらを阻害するものがあるわけでもない」
微かに踏み込みの音が聞こえた。ので、それがどの方向かを確かめることなく杖を突き出す。
直後、隕石の衝突でも止めたのではないかと思うほどの衝撃が杖全体を襲った。……背後か。最早驚く意味もないね。
「そいつ、が! どうしたよ!」
蹴り飛ばされる。……己は別に地面に立っているわけではないのだけどね。
固定座標をまるごと蹴り飛ばすとは……はぁ、どういう原理なんだか。
「以前、己のもとにある神が訪れてきた。彼は己に対し、救ってほしいものと創ってほしいものがあると頼み込んできた」
息もつかせぬ連撃。人体構造上蹴り技はそう連続してできないと思うのだけど、本当にでたらめだね。
まぁこっちもつく息がないから問題なく対処できるのだけど……ああ、防ぎきれなかった。
こうも防御を抜かれるのはやる気が無いからだろう。
今まではなんだかんだ言ってすべての戦闘行動に理由があったし目的があった。けど此度のは……待てというのなら待つよ、という態度であるというのに襲い掛かられている、という状況。やる気など出るはずもないというか。
加えてテンと違って古井戸の耐久力がよくわからないからねェ、反撃に出るのも難しいというか。
「その内、救ってほしいものは──そのまま、君だった」
「あん?」
「正確に言えば君の本体。今なお地球に囚われ続けている君達。それを解放してやってほしい、と」
杖を持つ腕にクリーンヒットする蹴り。そんなことで武器を取り落としたりはしないけれど、確実にこちらの速度を上回りつつあるね。
まぁ。
暇潰しになる、のかな。エンジェとシャニアも真面目にスファニアの相手をしているようだから、こちらも誠意を見せようか。
「知らん情報ばかりで困惑しかないが……それをやると俺はどうなる?」
「君の長い永い生に終わりが来る。君の異常な生命力に翳りが出る。普通の人間らしく傷病を負い、老衰を以て死に向かうようになる」
「ふぅん。なんというか、余計なお世話さね、それは。要するに俺を憐れんでくれたってことだろう?」
「ああ。だから勿論、この救ってほしいという願いについては、古井戸。君の意見をしっかり聞いてからだ、と返した。たとえどれほど縁が強くとも他人は他人。思いやり、慮り、心配しているから、という理由だけでの恩など迷惑でしかないからね」
首へ向かう蹴り。それを杖で防ぐ……ふりをして素通りさせる。
膝窩で引っかかる杖を起点にぐるりと腕をたわませ、その足へと絡みつくように這わせ──そのまま、投げる。
「っと──投げ技なんぞ使えたのか!」
「こちらは杖術と違って見様見真似だけどね。幸いにして己は視て覚えることについては得意だから、君相手にも使えるというわけだ」
「投げるだけ投げて叩きつけもしねえのはそれが理由かい?」
「己は別に君を壊したいわけではないんだ、襲い来る厄難を払っているに過ぎない。今のはただ、杖では捌ききれなくなったが故の判断だよ」
──脅威度、高。
思わず力加減の無いフルスイングを行ってしまった。
杖に衝突するは超重量の塊。これは。
「オールドフェイスの砲弾……! 恩を仇で返すとはまさにこのことじゃないかい?」
「これはお前さんから貰ったオールドフェイスじゃないんでな、セーフってことで。んで、礼を述べておこう。問答無用でその神とやらの願いを聞かず、俺の意思を尊重してくれたことを」
「ん、ああ。特に礼を述べられることでもないけれど……」
「だが、こんな時に話題へ出すんだ。脅しにでも使うつもりと見たが、どうさね」
オールドフェイス。古代人の横顔の描かれたコイン。
砲弾と表現したけれど、古井戸はこのコインを蹴り飛ばしてきただけ。でもその"だけ"は、死霊ではなく魂というエネルギー塊をそのままぶつけるようなものだ。魂を言語とし、魂を以て星海を航行する己達へはダイレクトな攻撃が可能となる。
その貴重性を考えればそんな使い方はできないと思うんだけど、一連のコトが終わればオールドフェイス要らずの生活を己が保障しているんだ、大盤振る舞いにもなるのかな。
「いや……脅しというか、君が望むのなら今それを与えてもいいと言おうとしただけだよ」
「あん? 俺の言ったことと何か違うか?」
「今普通の人間に戻れば、少なくともこの最後の舞踏会を楽しめる。そう考えての提案だ。君は……戦闘者の割に、戦闘をそこまで楽しんでいないように見えるから」
あくまで必要経費でやっているだけ。
そう見えて仕方がない。
「これも余計な世話に違いはないからね、押し付けることはないよ」
「……はぁ、本当に調子が狂う。お前さん、もう少し上位者然とできねぇのか。あの頃の上位者やフリスはもうちっと……人間の感情に一切の理解を持たないというか、機能としての理解はあっても共感はないって感じだったってのに……なんというか、ただ強いだけの人間を相手にしている気分になる」
「やりづらいかい?」
「直せって言ってるわけじゃねぇがな。やりづらいことはやりづらいさ。──ところでよ、俺とお前さんが相対してから、今でどれくらい時間が経ったかわかるかい?」
「ん……あと二秒で五分だね」
「──精度の良いタイマーだ。ピオより優秀さね」
ピオ?
そういえば彼女は、一体どこへ──。
「対象輪郭確定……完了。
回録。
「自分が『終末』さんのことを『終末』と呼んでいることにはちゃんと意味があります。あの人だけなら世界滅亡は起きないんです。あの人だけなら『終末』は概念のままで終わる。あの人が
海底。
「だとしたら、第一段階はエンジェのお嬢ちゃんと引き合わせねえことさね。最悪のシナリオはエンジェのお嬢ちゃんが段階を飛ばすこと、なんだろう?」
「はい。『終末』さんは変わりやすい。絆されやすい。克己なんて簡単で、心変わりなんてザラ。彼がどれほど人間らしくなったとて驚きはありません。その兆候は昔からあり、彼に声を届けられる誰かがいたのなら、もっと昔に変わっていてもおかしくはありませんでしたから」
「異論はねぇが、戦う必要あんのか? 俺も古井戸も……アイツならともかく、そのエンジェってやつを相手取るのは危ないだろ。少しでも力加減を間違えりゃ殺しちまう」
「まず、手加減などしていたら簡単に負けてしまう、というのが一つ。エンジェさんもシャニアさんも"踏破者"。あなた方を越えるべき壁と認識した瞬間、そのために必要な足掛かりを自身で創り上げてしまいます。……上手くは視えませんでしたが、スファニアさんに説明をするなら……アレキ、という方を思い浮かべていただければ問題ないかと」
「……ああ、最初は広い視野持ってんのに途中から何も見えなくなるほど集中するタイプか」
会話は弾む。会議は転がる。
「さらにもう一つ。御三方は魔力生命体ではないため、カムフラージュが必要なんです。魔力生命体っていうのはまぁ、自分たちのように生来から体内に魔力を持っている存在のことですね。今の時代の人間と魔物は全て魔力を有しています。平民でも大気の魔力濃度に適応するための魔力を有しているものなんで」
「カムフラージュを施さないと……目立つ、ということでしょうか?」
「はい。此度の戦場では、『終末』さんと騎士さんの策略によって戦闘が一部に集中する仕組みになっています。戦いを行う箇所では極度の魔力濃度上昇が起き、それ以外の場所ではほとんど起きない。見惚れることが精一杯、惧れることで精一杯、畏敬を抱くことで精一杯。
どちらもがどちらも、違う観点から無駄を嫌った結果の噛み合い。
「濃度上昇は普通飽和的に起こるものですが、その仕組みのように局所的に起きた場合、魔力素の勾配が生まれます。その流れに入ってさえいれば、御三方に魔力が無いことは周囲からわからなくなるんです。それは当然上空……樹殻からも」
「樹殻を殺すためにやってんのに、樹殻の視線を気にしなきゃいけないってのはちょいと及び腰な気がするけどねぇ」
「遮りたい視線は樹殻のというより樹殻を操っているモノの、ですね。万が一にも御三方の頭上に『快晴の雷』が落ちないようにするためだけの措置ですが、必要なことです。樹殻の狙いをエンジェさんに絞れなければこっちの作戦も瓦解するので」
グリーフィー・ウォルチュグリファは……無感情に謳う。
「『快晴の雷』。あれがやっているのは捕食じゃないんです。あれは『より良い依代』を見つけるために落ちるもの。その点御三方は良い素材になり得てしまうので、隠れないとダメです」
「アイツの弱体化ってのは、結局どうなるんだ。防げないのか?」
「防げません。というか、皆さんが……あるいは自分以外の全生命が考えるような弱体化は起きません。『終末』さんの存在としての格が弱体化する、というような話です。そしてそれは、確実に起きます。どうしようもないんです。自分が生まれるのがあと二十年ほど早ければなんとかなったかもしれませんが、無理でした。多分この辺の出生ペースも弄られています。完全に計算し尽くされたタイミングでそれは起こるので、起きてしまった後を考えるべきです。……それと」
彼女は見る。
今なお液体化したオールドフェイスのプールに浸かるピオを。
「ピオさんの行き着いた先にて獲得する"限定事象改変"を以て、最後の駒を作ります。その場での作成になりますので、デモンストレーションとシミュレーションは入念に行ってください」
「……はい」
思い出される記録はここまでだ。
掘り起こされる記憶はここまでだ。
「良いですか。戦闘可能時間は接敵からの五分間だけ。それまでに『終末』さんとエンジェさんを指定の位置にまで動かし、時を待ってください」
──
叫ぶ。
「エンジェ!!」
ヒトの形など要らない。全てをかなぐり捨てて彼女の盾たらんとする。
「当然ダメだよ、『嘘吐き君』。それは君の愛と心の代償だ」
声。
突き刺さる。己の肉の檻に、本体に……樹殻の枝が。
関係ない。そんなものは後でどうとでもなる。だから、と手を伸ばして──。
己の知覚可能速度を優に超える速度での『快晴の雷』が、彼女に落ちたのが見えた。
目を見開く。わかってしまったからだ。
誰にも見えなかった極光のあと、ぱたりと倒れたエンジェ。突然のことに駆け寄るシャニアと……表情の読めないスファニア。
わかってしまった。
無い。
いない。
もう、無い。
死んだのではない。消滅したわけでもない。
ただ……この『
「……それが狙いで……なら、あの時現れたコルリウムは」
「当然、囮さ。『私』が遺した設計図。『私』が残した計画書。それらを読んですぐ、私よりも大人であったという『私』は……少し考えが足りなかったのだと気付けた。ナノマシンの縦軸移動はそんな力業には屈しない。それでできるのは世界移動だけだとね。故に私は君たちの前で消失マジックショウを行ったというわけさ。まるで世界間を移動したかのように見せかけ、樹殻の中へと避難した。あとは君の知っての通りだ。君は外部の叱咤激励を受け、『私』をこの世から消し去る。世界の内側からではなく外側からのアプローチ……この惑星が情報体であることを最大限利用した、外部ツールによる書き換えでの"存在消滅"」
どれほど精査しても無い。
シャニアに抱かれているのはただの肉体で……この時間軸に、エンジェの魂は存在しない。
「お手本、ありがとう。君が見せてくれたお手本のおかげで、私はこの力を手に入れた。樹殻を用い、対象の存在情報を直接書き換える力。世界を掃除するための力。……けれど強大な力にはいつだって保険が必要なんだ。どのような操作も
「……元に、戻す」
「そう。君にとっては簡単なことだろう? ──エンジェ・エレメントリー。彼女を生き返らせるには、今までのやり方ではいけない。存在抹消による存在切替では成し遂げられない蘇生。現時点における全てが書き換わった今、
いない。
いない。
いない、のなら。
「なら、話は単純だ。当然、過去から引っ張ってくればいい。数秒前の過去から何らダメージを負っていない少女の魂を引っ張ってきて、今の彼女へ上塗りをすればいい。──さぁ、『嘘吐き君』。再度のお手本を私に見せてほしい。それさえ手に入れたのなら、美しい世界を約束しよう。ディアナ・ネクロクラウンや悍ましき野心家たちを消し去って、美しいものだけの世界にしよう」
は、と。
本体を肉の檻へと戻して、鼻から呼気を零す。
「……どうして私は鼻で笑われたのかな」
「己に人間性を求めすぎじゃないかな、アルター・コルリウム。エンジェ・エレメントリー。確かに己は彼女を愛していたけれど、どうしてその程度の存在のためにおかしなコストを支払わなければならないんだい? 別に、もう愛情がなんなのかはわかったのだから、未来に希望を託すでも良いし、ここで世界が滅亡するのなら別惑星に行くでもいい。──君にむざむざ手法を与えるくらいなら──」
パチ、という音。
次いで……倒れる音。
「──……」
「今のがシャニア・デルメルサリス。遠くで戦っている者達の名前はなんだったかな。ついでにこの戦場にいる有象無象も食らってしまおう。なぁに、当然の如く訪れる時間に、地域によって多少の前後があった。ただそれだけさ」
「告げたはずだよ、コルリウム。それをするのなら己は別惑星へ行くだけだ。君におかしな技は与えない」
「勝手にしたまえよ『嘘吐き君』。私は今、この美しき世界に巣食う虫を駆除しているだけなんだから。
だから。
「君が何もしないというのなら、何もしないで見ていてほしいな。君の周囲の人間が死に絶えていくさまを。君を慕ったすべての人間が、君のその諦めの犠牲となるさまを。なぁに、当然、愛着が欠片も存在しないというのなら、瞬きの間にも満たない時間だろうからね」
空が狭くなる。
そうして。
轟雷が──。