魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Sin21-4.「絶命絶死の懐抱」

 知覚外の轟雷が降り注ぐ戦場を向こうに、朗々と語る声が響く。

 

「君は覚えているだろうか。君が()()()()()()()()()()起きた、様々な不可思議を。『ジェヴォーダンの魔物(人間の合成)』、『ココダトレイルの大蜘蛛(生物機能の無い生物)』、『アークトルバラン(未来視を避ける術)』、『DOUBLE SCISSORS(剪断によるナノマシンの捕捉)』、『LINE MAKER(ナノマシンの濃度を測る術)』……その他諸々。説明がつかないにも関わらず、君は詳しく見ようとしなかった。当然、円輪の年代記(CHRONICLE)を確認すれば、すべての子細がわかることなのに」

 

 エンジェ。シャニア。ケニス。アリス。

 ドクラバも、テンも、スヴェナと始祖も……いない。

 

「この樹殻はね、平行世界の未来の『私』がこの世界の過去へ赴いて作り上げたもの。当然それに設定された"再捕食の日"はもう少し先になっていた。同時にできることも限られていたんだ。私の求める機能を有していなかった。だから学ばせた。土壇場での変更に多少の時を要したけれど、私の望む機能の全てを学習した樹殻は、学習に消費したエネルギーの補充のためにと開花をも早めた。それが三か月前のこと。だから始祖イーリシャ・クライムドールはその時点に至るまで君の弱体化に気付けなかった。……無論、樹殻の学習さえも予知して退避していたウォルチュグリファの異端児もいたけれど、どうせ一人では何もできないからね」

 

 戦場へ満ちる声が次第に少なくなっていく。

 貴族連合抵抗軍(レジスタンス)が……食い散らかされていくのが見えた。

 

天恵の樹液(エリクシル)。樹殻が捕食しなかったナノマシンの塊。これにそういう名前をつけたのは『私』なんだよ。当然にね。そしてこれは、樹殻が捕食しなかったナノマシンを圧縮したものではないんだ。ああいや、別側面があるというべきか。樹殻の中を通り抜けたナノマシン。だからまぁ、なんでもなく、私の支配下にあるナノマシン。海聖の森。『XENOVIA』。魔核のあった場所全て。君達が"そういうものだ"と思考を止めた天恵の樹液(エリクシル)は、その実私の目であったというわけだね」

 

 空が狭い。

 比喩表現でもなんでもなく、無数の枝が空を覆い尽くしているからだ。

 この枝が地上に届いたが最後、"再捕食"は始まる。五千年前『賢者』によって回避された、樹殻内部のエネルギーを根こそぎ食い荒らす行為。五千年の休眠から目覚めてすぐの朝食。

 

 そしてその最後は、もう少しで訪れる。

 

「雑談はここまでにしよう、『嘘吐き君』。君がUNDOを見せてくれないというのなら、久方振りに研究を行って、自分で辿り着くよ。そのために何人が犠牲になるかはわからないけれど、当然の代償だ。なに、善良なる存在を目的のための礎とする痛みは『残照回廊(リメノンス)』で学んでいるから、少しは耐えられる」

 

 何も言わない。何も返さない。

 ただ……空っぽになった戦場を見つめる。

 

「ああ、そうそう。君が書き換えを行わないことまで当然演算済みだ。なんせここは『叡素励振惑星(ソフォンタイド)』。そして君は、そんな情報体へ自身の身を繰り込んだ(コンバートした)存在。つまり今の君は他者とそう変わらない情報体。──困るのだろう、私が書き替えを手に入れては。当然、君が好き勝手できなくなるから」

 

 呼吸機能は停止している。心肺機能は戻していない。足を踏み出すこともできず、開いたままの瞼が空虚を焼き付け続ける。

 

「UNDOが手に入れば御の字。そして手に入らないのなら、君が自由に動く状態は好ましくない。だから何もしないでいてほしい。思考にロックがかかっていたところへ、さらに"所有者の消失"からの"新たな命令"。愛情を、心を、その全てを自覚したからといって、君の機能は変わらない。当然、君が述べたことだ」

 

 己の機能。

 

「さて、私は生き残るべき人間の選別に行ってくるよ。それが終わったら、樹殻が不純物の全てを捕食する。この星の表面の情報ごとね。その後、生き残るべき命と共に樹殻はその種子を飛ばし、他の惑星へ向かう。根を下ろした先で命と星表面の情報を芽吹かせ、負債や寿命問題の一切をクリアした真に美しい世界を作り上げる。当然そこに君の椅子はないけれど、君なら問題ないだろう?」

 

 己、は。

 

「──それではさようなら、『嘘吐き君』。ああけれど、当然の問いだけはしておこう。──結局見殺しにするのなら、君が覚えた愛とは、なんだったのかな」

 

 

 

 

 緑色のような銀色のような、それでいて無数の流星が群れなす魚のように泳ぎ回る空間。

 そこにエンジェとシャニアはいた。

 

「……」

「こ……こは? ……いえ、それより……エンジェ!」

「ん。あー。……私、()()()()()()()()?」

 

 シャニアがエンジェに抱き着く……けれど、その身をすり抜ける。

 何らかの魔法か瞬時に分析を開始しようとして、魔力を練り上げることができないことに気が付いた。

 

「確か、『快晴の雷』に貫かれて……アンタより早く死んだ覚えがあるんだけど」

「……」

「その後アンタも死んで、他の皆もやられて……。……だとしたら、なんでこんなこと覚えてるワケ、私」

 

 死さばそこで意識は途切れる。

 当然のこと。常識未満の大前提。

 

「あはは、真面目だね君達。そう難しく考える必要はないよ。死んだんだ、考えなければならないことは生者に任せて、死者は気楽に行こうよ」

 

 声がした。二人以外の声だ。

 まだあどけなさの残る少年の声。けれどどこか悦楽を孕み、底知れない畏怖を覚えさせる声。

 

「誰よアンタ」

「誰、か。ここは意趣返しにアイツの名前を名乗るのも良かったんだけど、まさかアイツの欠片を内包する魂があんな形で生まれているとは思っていなかったし、そのまま名乗るのはそれはそれで面白くないし。……そうだな、ここはカンビアッソ、とでも名乗っておこうか」

「そ。で、カンビアッソ。ここはどこで、アンタは何のためにここにいて、私達の意識は何のために残っていて──」

「理由なんか関係あるのかい? 死者でしかない君達に」

「──どうしたら、ルリアンの元へ戻れるのか。教えてくれる?」

 

 ざわめきがあった。この空間に満ちる力がざらついた。少なくともシャニアはそう感じ取った。

 表情など欠片も見えないのに、声の主が笑みを深めたかのような……猛獣の口の中へ入ったかのような、そんな感覚。

 

「死者は生き返らない。今更な話だろう?」

()()()()()()()()。少なくとも地球……ああ、アンタたちはメガリアって呼んでたっけ。まぁ、この星じゃそんなことはないのよ」

「……え、エンジェ?」

 

 遠い。

 今シャニアは明確に距離を感じた。心の距離ではなく、生命体としての距離。

 

 足元さえ見えないくらい遠く、高い場所。

 

「肉体の死は些末。霊魂の死は些事。宿る意思さえあれば何度だって自身を獲得し直せるこの星において、死も生も状態変化の一遷移に過ぎない。欲求を伴う意思こそが生命体を生命体たらしめるANSWER(基部)。逆に言えば、欲求を失くしてしまったモノは生命体になれない。重く永い倦怠感に身を苛まれ、沈んでいくしかない」

「ふむ……良い見解だ、というのは強がりだね。……正解だよ、"転換点"」

「カンビアッソ。アンタがこの星を出ていった理由はまさにそれ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……だからこの星を出て別の星へ向かった。愛する人を見届け、可愛らしい命を見届け、そうして……興味を持てるものがなくなってしまったから、情報に飲み込まれる前に、新しくできた同胞を連れていった」

「限りなく正しいよ。けれど君の友達が畏怖を抱いているのがわかるだろう? どうしてしまったんだい、エンジェ・エレメントリー。君の持つ直観は、どこに記録されているでもない事柄まで引き摺り出せるものだったかな」

 

 エンジェの瞳に揺蕩うは白金色。

 銀は世界の色だ。金は物質化した魂の色だ。青は霊魂の色だ。

 シャニアは当然覚えている。エンジェの瞳の色を。あのような色ではないことを。

 

「……白金色。成程、君の接続先は彼らか。いや、だとしても……少し知り過ぎだと思うよ」

「理由なんか関係あるの? この星の生き物ではないアンタに」

「僕は好奇心の塊だからね。気になるというだけで充分な理由になる」

「そう。なら、代価が要るわ」

「あはは、僕と取引をしようって? 流石は最後の"英雄価値"だ。いいよ、聞いてあげよう」

 

 口を出せない。シャニアは、ともすれば……気を抜けば一瞬でこの場から放り出されてしまう。

 そんな感覚を味わっていた。

 

「アイツが馬鹿をやる前に、私達全員を元の場所へ帰して。アンタには約束があったはず。アイツが今感じている、果ての無い空虚。それは愛情を持っているヤツしか味わうことのできない空っぽ。……一度あれを経験してしまえば、アイツはもう今までみたいな振る舞いができなくなる。それこそが弱体化。アイツに必要なことで、世界に必要なことで……避けようのない進化の過程。あの植物学者は自身の力でそれをアイツに与えたって考えているけど、違う。アイツにそうなってほしいと願った者がいたから、世界が答えた」

「それは誰かな」

「私に決まってるじゃない。アイツが"オーダーを受け取ろう"なんてくだらない言葉を吐いた時、私は意識的に、そして無意識的に願った。アイツに私と同じ世界を見てほしいと。だから……世界は余計な気を回した。人間になるための試練を作り上げた。それは"少し前の未来"で、似た機構の被害者がこの世界に現れていたから。月色の龍。彗星の龍。『三流台本』に阻まれて、ずっと現出できていなかった"或る絶対"」

 

 何の話かなどわからない。

 シャニアの知らない話。エンジェでさえわかっているのかどうか怪しい話。

 事実として横たわるは、彼女の口をついて出ていく、誰も知るはずの無い真相。

 

「愛を覚えた者達の喪失。アイツ……『永遠下降』をモデルに作られた砂人形の、覚えてはいけなかった"人間になるための経験"。此度の喪失を経て、アイツは人間性を獲得する」

「僕が君達を彼のもとへ帰したら、その知り過ぎている理由を教えてくれる。そういうことで合っているね?」

「アンタが持ち掛けた取引でしょ、カンビアッソ。それ以上があるとしたら、それはアンタが仕込んだ裏だけ」

「あはは、これは手厳しい。……凡夫。初め、君達を見た時、僕はそう感じ取った。特異な直観はあるけれど、それだけ。性格に異常性があるわけでも才能が突出し過ぎているわけでもない。正直彼のセンスを疑ったよ。でも」

 

 空間に扉が生成される。

 宮殿の扉を思わせるデザイン。

 

「エンジェ・エレメントリー。そしてシャニア・デルメルサリス。君達は紛れもない"英雄価値"だ。それも、ルリアン・サークレイスに入力ができる程のね。……此度の会話についていけなくて自信を無くしてしまったのかもしれないけれど、そこは安心していいよ、シャニア・デルメルサリス。エンジェ・エレメントリーは君が考えている以上におかしな子だった。これに勝る人間はそうそういないだろう。そして、誰も勝りたいとは考えないだろう」

 

 扉が一人でに開いていく。

 途端……抗いようのない誘いが二人の手を掴んだ。

 

「ここを潜れば現世に帰ることができる。サービスで衣服付きにしてあげた。懐かしくも面白おかしい"正装"をね。ただし、多少のタイムラグがある。そしてあの星のどこに出るかは僕でもわからない。帰ったら急いで彼を探すといいよ、二人とも。でないと君の懸念通り、彼は"馬鹿"をやるかもしれない」

「感動の再会もだけど、とりあえず一発殴らないと気が収まらないから……馬鹿はやらせないわ」

「あはは、威勢が良いね。それじゃ君の秘密を教えてくれるかな、エンジェ・エレメントリー」

 

 シャニアは垣間見る。

 緑色と銀色に包まれた世界。その涯にて燦然と輝く真っ白な少年の姿を。

 それは骨を思わせる翼を両側に広げ、大仰な仕草で左手を突き出している。その掌中に知恵を寄越せといわんばかりに。

 

「──私の愛の、その起源。私の意識はそれを覚えていない。物心つく前のことだから」

 

 背を向けつつ、エンジェは言葉を零す。

 冷たく冷たく冷たく冷たく──感情の乗らない言葉。

 

「生まれて、すぐ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あはは……。……冗談だよね?」

「真実よ、カンビアッソ。"次なる源"が記述し、"管理者"が叡素の裏に隠し、そしてアイツが掘り起こした円輪の年代記(CHRONICLE)。私は生まれてすぐにその存在を感知し、四大元素(エレメントリー)の魔法に記された空想実現を用いてそこへアクセスしたってワケ。私の意識が博愛主義になったのはそれが原因。私はそこで全世界を見て、その知識を無意識の奥底へしまい込んだ。全生命を愛する心はそこで生まれた。埒外の直観もね。……そして、世界はその事実を正しいことにするため、父さまと母さまもそうだったことにした」

「事象の辻褄合わせ……まぁ、メガリアにできるんだ、世界にできておかしくはない、か。うん、取引としては上々だ。……それじゃ、帰ると良い。君と君たちと、そして彼の道のりに、ささやかでも幸あらんことを、ってね」

 

 終わりの雰囲気だった。

 だから──次に彼女が口を挟んだことは、どちらにとっても意外だったのだろう。

 

「なぜ……世界はエンジェに、そうも力を貸すのですか?」

「へぇ……?」

「ん、ちょっと意外だったけど、答えてあげる。そっちはもっと簡単。なんせ私は──」

 

 扉を潜る。疑問を浮かべたシャニアの手を引いて、エンジェがその扉を潜っていく。

 この場で、二人の会話に口を挟む。

 それがどれほどの運命力かを彼女は知らないから。

 

「ある聖樹とある世界を、同時に救った存在の重複だから」

 

 二人は。

 

 

 現世へと帰還した。

 

「……っと。……シャニア、大丈夫?」

「え? ……あれ……え?」

「あー、覚えてないか。大丈夫、私もほとんど覚えてないから」

「はい?」

 

 降り立った場所。

 暗い場所だ。昼夜システムの破壊で年中夜になった場所だろうか。

 

「でも、やるべきことは覚えてる。私達を失ったと思ってるアイツの前に言って、失意の底なあの馬鹿の顔を蹴り飛ばすのよ」

「そ……う、ですね。そう……でした。確か……突然エンジェが動かなくなって……。……エンジェ!!」

 

 エンジェへと抱き着くシャニア。()()()すり抜けない。

 一瞬それに安堵して、何に安堵したのかを忘れ……もう一度、腕の中にあるぬくもりに安心を覚える。

 

「ちょっとシャニア、まずは周囲の安全確認! ここがどこなのかわからないんだから……諸々が終わってからよ、再会を喜ぶのは」

「あっ……は、はい。そうでした。……とりあえず周囲を検知します」

「私も風の感知を……したいんだけど、なにこれ。カンビアッソの趣味?」

「かんびあっそ?」

 

 これ。

 とりあえずの明かりにと火を出したエンジェたちの視界に映る、お互いの姿。

 フード付きの赤茶コート。パンプキンを思わせる帽子。黒のインナースーツに白いブーツと白手袋。

 

 ……いくら今が魔法世界という時代であっても、ここまで奇抜な恰好をしている者は少ない。というかいない。

 

「……でも、少し可愛い」

「えぇ? シャニア……案外変なシュミしてるのね。前に選んでくれたドレスは良かったのに」

「ざ……雑談はこれくらいにして、周囲の安全確認! エンジェが言ったことですよ!」

「はいはい、わかってるわかってる。……でも、気付いてるでしょ」

 

 気付いているか。

 それは勿論だった。シャニアとて、初めに魔力を錬った段階で気付いている。

 

「魔法が阻害される……上で、この……硬質で軽い足音。火が照らす地面や壁の感じ」

「樹殻の枝、でしょうね。……遅かったのかしら。カンビアッソが座標を間違えるとは思えないから……ここはちゃんと地表付近で、ただどこに降りたかわからない、程度なはず。ということはやっぱり、地上はもう枝に飲まれていると考えるべき、か」

「どう……しましょう。この壁が樹殻だというのであれば、私達の火力では……」

 

 二人とも、樹殻についての知識はしっかりと頭に叩き込んでいる。

 二か月と少しの間があったのだ。座学を怠ることは無かった。

 

 だからこそ現状の絶望が分かる。

 だからこそ──。

 

白絶世界(クド・リガ)

 

 彼女に、エンジェに、諦めるという言葉は存在しない。

 

 熱の感じない真白の炎。彼女の手に現れたのはそういうモノ。

 

劫滅世界(シ・ユールァン)

 

 もう片方の手に現れたるは黒色の炎。こちらにも熱がなく、真っ黒な光が周囲を照らす矛盾を見せる。

 

白劫絶滅(カルパ)()第二世界(ディティク)……」

「それ……既存の魔法じゃありません、よね」

「ああ……まぁ、自覚を経たことで、できることの幅が広がったっていうか。シャニア、五秒くらい目を閉じてなさい。じゃないと失明するかもしれないから」

 

 黒白を合わせた炎。

 不可思議な……幾何学的な模様を吐いては消してを繰り返すその焔がエンジェの手より放られる。

 

 大人しく従うシャニア。

 果たしてそれは正解だった。

 

 熱はない。

 これなるは空想実現。熱を持たない、何が燃えているわけでもない……ただただ対象を燃やし尽くすという概念の炎。

 

 樹殻の壁へと着弾し、それと同時に極光を撒き散らし、樹殻の壁を炭化させていく。本来、仮に燃やすことができたとしても炭になどならない樹殻を。

 真っ黒な残骸へと変わった樹殻の枝。他の場所から生え伸び、その穴を埋めようとしても……できない。

 熱はない。だが、植物……生命体が抱く原初の恐怖としての炎がついている。消えない炎。触れてはいけない炎。めらめら、ごうごうとさんざめく産声。

 

「もう大丈夫よ、シャニア」

「はい。……え」

 

 次にシャニアが目を開けた時、そこに映っているものは、真っ暗な部屋などではなかった。

 トンネルだ。その外壁に熱の無い炎が張り付いたトンネル。黒白の炎が躍るそこで、エンジェが手を差し伸べている。

 

「急ぎましょ。世界全部がこうなっているのだとしたら、私達が一度死んでから結構な時間が経っている可能性がある。アイツ、自分の中で折り合いをつけたら行動が早くなるタイプだから……間に合わないかもしれない」

「それは理解できますが、こうも世界が埋め尽くされているとどこに向かえばいいか……」

「それについては大丈夫」

 

 掌に純粋な魔力を浮かべるエンジェ。彼女の手にある魔力は、その一部がある方向へ吸われるようにして伸びて行っている。

 方向は、トンネルの先。

 

 真っ暗なはずの、遮るものが沢山あるはずのその先で──輝きが手招きをしている。

 

「……光?」

「ネックレス、よ。アイツがくれたネックレス。所有者の魔力を少しだけ変換して蓄光するネックレス。その光の特性は、さほどでもない光度にもかかわらず、どれほど離れていても必ず見ることのできる導星(しるべぼし)。遮るものがあっても、どれほどの苦難困難が阻んでも、私達はあの光を辿ることができる。私はあれを肌身離さずつけていたから……当然、あそこで死んでいる私の肉体についたままなのよ」

「先ほどもさらりと言っていましたが、死んでいる……のですね、私達は」

「ええ、完膚なきまでに。ただ、正確に言うとあの肉体は宿主を失っているというべきなのよね。"現在の意思"を消し去られたから、"現在"に縛られた肉体は宿主を失って倒れた。けれど私達は()()()()()()()()()。だから存在できているし、だからこうして樹殻から相手にされない。……ああほら、少し前に話題に上がったドラゴン。今の私達はあれと同じなのよ」

「現出を今か今かと待ち望んでいる裏面存在、ですか」

「そ。肉体が壊されない限り、私達はもう一度自身の肉体に触れることで生き返ることが可能になる。"魂の再獲得"を魂側からやろうって魂胆」

 

 で、と。

 エンジェは……挑発的な笑みをシャニアに向ける。

 

「このまま私達の肉体のところまで私がトンネルを作ってあげる、というの良いけど……アンタ、私におんぶ抱っこでいいんだっけ?」

「……」

「シャニア・デルメルサリスは私の恋人の一人だけど、もう一つの肩書きは捨てちゃっていいワケ?」

 

 正直な話をすれば。

 シャニアはもう追いつけないと思っていた。知識の面でも魔法の面でも、今のエンジェはとても遠い所にいる。隔絶した世界にいる。

 シャニアが一歩一歩を可能な限り早く速くとしているうちに、エンジェは飛んでいってしまう。

 

 無理だ。彼女に追いつくなんて。せめて下限であることすら難しい。

 

「……と、諦めるようであれば……初めから私は、あなたをライバルなどと言っていません。──良いでしょう、エレメントリーの御令嬢。焚きつけられてあげますから……焚きつけた責任は、取ってくださいね」

「当然じゃない。アンタだって私の恋人なんだから」

 

 できるはずだ。

 スヴェナ(あの子)は辿り着いてみせたのだから──シャニアにだって。

 

 空間を撫でる──。

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