魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
その弱体化を防ぐことはできない。
彼女……イーリシャが『
未来。『彼』の弱体化は、エンジェ・エレメントリーが『彼』へ「恋人になろう」と持ち掛けた時点で確定していた。あとはどの時点となるかの話だけで、イーリシャが間に合っても、グリーフィーが間に合っても、誰も間に合わずとも……『彼』の弱体化は決定づけられた運命である、と。
本来『彼』に関することはノイズがかってしまって視えないはずの彼女の未来視は結論付けた。
方法は、実は至って簡単なもの。
彼女が未来視したものは『
未来視と計算機の未来の奪い合い。それが、超高精度の予知を可能とした。『彼』に関することに制限がかかるのはイーリシャだけだから、『
何も無い。挟める余地は、欠片も。
けれど、それでは困るのだ。
暴走、樹殻。その二つは確かに脅威で、グリーフィー・ウォルチュグリファの助けが無ければ解決できない話だったのだろう。
しかし、この二つの解決のために弱体化を直前にする計画は、イーリシャの視た未来の解決と酷くすれ違うものであると言えた。
グリーフィー・ウォルチュグリファが
だというのにその対策をしないのは、とても簡単な話なのだろう。
どうでもいいのだ。
怠惰のための勤勉を主目的とする彼女が避けたいのは、あくまで世界全体に降りかかる受難。『彼』の暴走は星の時系列を狂わせるから対処せねばならない。樹殻の抱擁はどの場所にいても絶滅に値するから対処せねばならない。
けれど、その後に訪れる"或る絶対"については、その被害を受けない場所に居さえすればいい。どれほどが死しても、どれほどが喪われても、完全な未来視を備える彼女には関係が無い。
「……それでは、困りますので」
弱体化は確定事項。暴走も確定事項。克己も確定事項であるのなら。
せめて"或る絶対"との戦いに対して駒をおく必要がある。
幸いにして"その時"においてはあの機械の女性が仕込みを行ってくれている様子。
ゆえ、それを好機にと便乗するのがイーリシャだ。
始祖たちには作戦概要を伝えてある。
一番の懸念点たるスヴェナも真っ先に取り込むよう指示をしてある。
樹殻に取り込まれることがないよう、そして魂の知覚が為されないよう外にダミーを置き、始祖さえも死したと思わせるトラップも作成済み。
それはあの共同墓地で見つけた技術……
未来送りの装置を含め、コルリウムの手下と呼ばれる者達は、魔法技術や超常技術を誰もが使える道具の形へ落とし込む術に長けていたことも掴んだ。それを応用する術も。
今後の魔法世界に必要な技術で、此度の"或る絶対"に対するアンサーでもある。
既にすべての仕込みは終えた。
あとは座して待つのみ。
「……恩を仇で返す、とは。まさにこのことなのでしょうが」
なんと言われようと、イーリシャ・クライムドールの目的は両親の罪の清算だけ。
人類の九割九分九厘を滅ぼした『賢者』に代わり、『智者』がその行く末の指揮を執るのだと。
天より降り注ぐ絶命の槍。
天を突き上げる致命の矛。
光条を会戦の合図とした直後から、天地の狭間は死の領域となった。
槍先から光線を放ち、その突撃槍を回転させることで超広範囲を殲滅するスファニア。
複数の砲門、複数の城壁を作り上げ、いつでも全員のバックアップができるよう構えているシャニア。
シャニアの用意した砲門を用い、樹殻そのものへ大穴を開く灼烙を撃ち出すエンジェ。
枝から枝へ、時には魔法をも足場にして跳躍し続け、絶命絶死の一撃が誰にも届かぬよう蹴り千切っていく古井戸。
爆風の無い空域は存在しない。攻撃の来ない場所は存在しない。
鍛え上げられた絶滅空間は、樹殻の枝の悉くを殺し尽くす。
けれど樹殻も負けてはいない。その枝と
それでも、ここに満ちるのは笑い声だった。
ハハ、ハハハ、ハハハハと──。
自らを逸した男の哄笑が響き渡る。
追い縋る枝を蹴り潰し、行く手を阻む龍を割り砕き。
彼を縛り付けていた「人らしさ」はもうどこにもない。
あれなるは"英雄価値"ですらない。
行き過ぎた英雄。到達点。
正しく、神の子。
「完全に垢抜けた、あるいは皮がむけたとでもいうのかな。古井戸……フリードは君の誕生日プレゼントを受け取り、真に神の座を得た。あれならもう解放してやる必要はないし、どこの星でも上手くやっていけるだろう」
「ああ。礼を言おう、ルリアン。……代価の支払いはいつを望む」
「不要だよ。それこそ古井戸が全て肩代わりしてくれたとでも思えばいい。己は彼に救われた。彼とスファニア、ピオ……あとはまぁ、自己都合だろうけどグリーフィーにも」
「そうか。であるのなら、神の身らしく問いを残して去ろう。使い勝手の良い『見た目』もあることだしな」
「問い?」
死滅空間より少し上。
樹殻にほど近い場所で、背中合わせに浮かぶ……すらっとした身なりの男性。
筋骨隆々で錫杖と翼が特徴のご老人はもういない。彼には人間社会に紛れるための姿をプレゼントした。
「貴公の前所有者の話だ。問う。あ奴がまだ生きているとしたら、貴公は動くか」
「動かないよ。というより、己にはもう……この星を離れる気がない。エンジェたちが寿命で死しても、生命体が欠片もいなくなっても、この星に住まい続ける。メガリアが寿命を迎えて消退するまで、永遠に」
「そうか。ならば零す言葉はない。──世話になった」
「寿命を持たない同士なんだ、またね、と言っておくよ」
「ああ、息災で」
ふ、と消える神。フレデリック。
彼がいなくなったことでこの空間が樹殻に認知されるようになった……けれど。
もう、関係が無い。
「防戦一方、機を窺うだけ。……そういうターンは終わったんだよ、アルター・コルリウム。常に言っていたじゃないか。樹殻なんていつでも滅ぼすことができる、って」
知覚できない速度の枝が身体に突き刺さる。そこから溢れ出る硝子細工の龍が肉体を蝕んでいく。
内側から鋭利な断面で割断されるその感覚は、まぁ、肉体に依存した生物であれば耐え難いものなのだろうけど……己は「人間になった怪物」なんだよ、コルリウム。
「己が、とっくのとうに、怒り狂っている、なんてのは──もう語るまでもないだろう?」
杖を向ける。そこに絡みついてくる枝。
まぁ確かにそれなら突き技は使えないけれど、それがなんだ。
結局のところ突き技はスケールを人間大に落とすための枷でしかなかったんだ。
己達の本来の力を知らぬわけではないだろう。
──黒雷が空間を叩く。
止まっているのに起こる摩擦。空間が空間を押し広げる。
杖先に溜まっていくのは赤黒い液体。そこに透明で球形のガラス瓶でもあるかのように、とぷとぷと蓄積していく。
「念動力の力場を無理矢理に収束して撃つ砲弾。フリスが好んで使っていたし、己も使い勝手の良さから使っていたけれど……あんなのただの力業なんだよ」
何を察したのか
ここにヤドリギでもつける気かと疑うほどの量に、零れるのは呆れの笑い。
「樹殻は樹殻。あくまで植物でしかない……んだっけ?」
この赤黒を見て、それを想起できた人間がいたのなら、その感性だけで同胞と評価してもいい。
「じゃあ君は、生存本能以下の頭脳しか持たない──馬鹿者だったと、ただそれだけだろうね」
放たれる。
弾速は非常に遅い。深く深く、朱よりも深い赤黒。
けれどそれは、追い縋る枝を、龍を、悉くを引き千切って進んでいく。
何物もその歩みを止めることはできない。何者もこれに追いつくことはできない。
──これなるは割裂。己の本体、魂を食らう裂け目。小型の星海。
「
着弾する。
樹殻の全天。すべてのしがらみを破り捨てた中心。
直後。
球体は、樹殻の全てを食らい始めた。
「……こ、れは」
「君は己のスケールを測り損ねた。己達がこの星で行ったことを視て、その程度しかできないのだと勘違いした。……
あるいは全盛期の樹殻であれば、今すぐに患部……全てを食らい尽くす割裂の球体だけを切り離し、無理矢理に宙へと飛び立つこともできたのだろう。
けれど命の選別、轟雷、そして古井戸たちとの戦争に力を使い過ぎたね。
己達などに構わず、目的の達成を妥協して生存を掴みに行っていれば起こらなかった敗北。
つまるところ。
「君はもう生存競争の舞台にいないんだよ、死人」
それと……どんな形であれ、
だってあれ、空が晴れることを予告しているようなものじゃないか。
──晴れる。
小型の星海に食い尽くされて、樹殻が消え去って。
世界に空が取り戻される。
「……。……そうだな。……うん、まぁ、二度も負けたのなら、贈る言葉はこれだけだ」
「最後の言葉はないんじゃなかったのかい?」
「これはアルター・コルリウムからではなく、ただの亡霊からの言葉だよ。……お幸せに」
消える。アルター・コルリウムの残骸も、樹殻も。
消えて、消えて。
凄まじいまでの激震が世界を襲った。
皆の元に降り立つ。
「無事だったか。まぁ色々言いたいことはあるが、まずコリャなんだ。震源地が掴めねえ地震は初めてだぞ」
「次元震だから、震源地なんてないよ。これはとても強大なものが現出しようとする兆候だねェ」
「なんだ強大なものって。そんなものグリーフィーは……。……ああ、なんか言ってたような」
言っていただろうね。
こんなもの、彼女が知らないわけがない。
まぁ……残業か。
この規模のものは古井戸やエンジェらには手に負えないだろうし。
「──ルリアン」
「なにかな、エンジェ」
「死なないって約束できる?」
「己が死ぬことはほぼあり得ないよ」
「相手がそのほぼから漏れる存在だとしても?」
「それは直観かい? ……まぁだとしたら、本気でやるだけだ」
「だから、約束できるか聞いたの。全身全霊をかけても無理な敵だとして──」
少しばかりおかしくなって。
己らしくない行動を、する。
真剣で神妙な顔の彼女。
その額に──キスを落とした。
「……は?」
「行ってくるよ、お姫様。世界が救われたあとに追い打ちの滅亡だなんてあんまりだ。後に残るのが禍根であれ大団円であれ、後日談として片付けられるものじゃなきゃね」
飛び上がる。
地上からとんでもない金切り声が聞こえてきたけれど、無視しよう。
全ては帰ってから、だ。恥ずかしいから後にして、なんて言われていたことだしね。
さて。
宙へ来てみれば、現出せんとしているものの正体は丸わかりだった。
月色棚引く巨体。
──地球に比べてさらに巨大な惑星メガリア。その大きさを優に超える巨体。
「……これは、骨が折れそうだ」
「はい。それでは困るので、旅行へいってきてください」
「え?」
声は背後から。
始祖イーリシャ・クライムドール。
言葉の意味を聞く前に、己は──。
気が付くと荒野にいた。
「……流石にね?」
──
ん。
……ん?
「
聞き馴染みのない声があった。
振り向けば、ボロ布と包帯だけの影、としか表現できない存在が。
「君は?」
「
「何がといってもなのかわからないな」
「ああ……。説明はしなきゃ、か。曲がりなりにもボクの苦しみを解いてくれた子への恩返しでもあるわけだし」
亡霊はその口を再度開く。
出てきた言葉は。
「ここは……樹歴も皇国歴も立ち上がっていない頃のメガリア。君から見て過去。アイメリア・フリスという隕石が着弾する前の惑星」
「そうなのか。まぁ、そういうこともあるのだろう。となると、イーリシャはナノマシンの縦軸移動を発見したのかな。いやはや脱帽とはこのことだね」
「受け入れ早いね……」
「驚いたところで何かが変わるのかい? それより、己を過去に飛ばしたということは、時間をかけてでも何かを習得してほしい、ということだろう。その辺の案内もあると見ていいのかな、亡霊クン」
問えば、亡霊は溜息を吐いた。……肺とかあるんだね。
「せっかちだね。……まぁ、それが求められていることだよ。君は喜怒哀楽を覚えた。人間になった。……けど君にはまだ足りていないものがある。それを覚えさせるためだけの云十万年。とはいえ、この旅の最中のどこかで君がそれを獲得できたのなら、ボクが全霊を以て君を未来へ送る。そういう手筈になっている」
「せっかちが求められていること。……。……ふむ。理解はした、といったら……驚くだろうか」
「驚いたところで何か変わるの? 今までの君の生を視れば、理解はしていても実感はしていない、がほとんどじゃないか。言ったはずだよ。君がそれを獲得できたのなら、だ」
痛いところを突かれた。
けれど、こんな嘘を吐くくらいには獲得していると考えてもらっていいんじゃないかな。
「ついでに、あれを一撃で葬ることができるよう、力を蓄えていくのもいいかもね……」
「それは難しいな。己の上限以上の化け物だよ、あれは」
「知ってるよ、君よりもずっと」
こうして、最終決戦を目前にして、長い永い旅が始まって。
──その無駄が全部、省略された。
ガツンと仰け反る。
……さっきと場面は変わっていない。目の前には巨体が現出しかけていて、樹殻は晴れていて、背後には大事な人がいて。
ただ、魂に貯蔵された記憶が莫大に増えている。そして……メッセージも。
──"君さ……変わりやすいって言われてたから、獲得もすぐなんだと思ってたけど……案外覚えが悪いっていうか、物事と遭遇した時にまず言語として噛み砕いてしまう癖、消した方が良いよ"
──"あと、ボクの呪いを引きを受けてくれた子。
──"最後にソレは、ボクからのプレゼント。一応、永い間を旅した君への。それなりに……楽しくはあったから。あとは、頑張って"
手にあるものは、いつもの杖ではなく……細剣。
銘を「
「はぁ……」
思わずため息を吐く。
どいつもこいつも、無駄を楽しむということを知らな過ぎる。
己のような寄生生命体であっても修行パートはあってもいいだろうに。
ただ……ああ、とても効果的だったよ。
百云万年のお預け。効いた効いた。
「
返事はない。というか、ドラゴンの言葉を解する術を己が持っていないから。
だから、というか、最初から、というか。
君の事情なんて──どうだっていい。
巨体、巨龍。
その口に七色の何かが収束していく。まだ全身が現れきっていないにも関わらず、だ。
ああ……うん。
とても煩わしい。とても、とても。
だって。
「──己は早くエンジェとイチャイチャしたいんだよ。折角、ようやく、すべての感情を得られたのに……焦燥感なんてものを覚えさせられるためだけに、ここまで長い間恋人と会えなかった己の気持ち、君にわかるのかな」
知らぬ、という声が聞こえた気がしたけれど、まぁ幻聴だろう。
知らなければならない。君さえ現れなければあの時点で終わっていたことだ。それを君が引き延ばした。
万死に値する。
「
一突きにする。何かを放出しようとしていた口ごと、その頭蓋を。
焦り。そして心待ちにするということ。どうなってもいいではなく、自分でなんとかしたいと思うこと。
それこそが、生きること。
意欲を持つことこそが──己を人間足らしめる感情と知ったから。
突き刺した頭蓋。激しく暴れる月色の龍を、更に更にと押し込んでいく。
ああもう、しぶといな。そもそも己はこんなバトルバトルしたことをしたいわけじゃないんだよ。エンジェが魔王になって、世界中から目に見えた争いが消えたら……あとに残るのは内々の争いごと。即ち血筋争いだ。
前所有者の目的も現所有者の目的も、そして己自身の目的も全て満たせる世界がすぐそこにあるんだ。
なんでこんな別世界の産物なんか相手にしなきゃならない。なんでこんなどうでもいい相手に孤軍奮闘しなければならない。
ああ──苛々してきた。
「怒るし、苛立つし、焦るんだよ!! 人間の寿命は短くて、あと数十年しか共に居られなくて……そのための時間を、なんで君なんかに使わなきゃならない!」
だから、蹴る。
マール・イー・ガースエンディエトハの頭蓋を蹴って、大きく大きく助走距離を取って。
「
──"やれやれ、だねェ"
そんな声が聞こえた。
直後充填されるコスト。万象を作り替える力。万象に干渉する力。
この世をデータとして観測し続けるレヴェロフ・ルラフから貸し与えられる演算能力。それを、本体の四分の一まで上限突破してもらって。
「
削り、切る!
世界は見上げていた。
全天に映る巨龍と、それに立ち向かうたった一人の存在を。
世界は美しい。世界は美しい。世界は美しい。
悲劇を否定する純美は、ここにも。
そうして砕け散った月色の龍と──降り注ぐその欠片たち。それぞれが龍の仔としての性質を内包するそれが誕生したのなら、あるいは。
「──出番だ! 出番が来たぞ!」
「全世界、全血筋! 助けてやったんだから、その分くらいは働けよ!」
樹殻による抱擁。命の選別。
それによって死したと思われていた大多数の人々がここにいた。
学園、始祖、存在抹消の里──今まで死したと思われてきたありとあらゆる潮流。
予言されていた世界滅亡は回避された。
あとは、この後始末を、この世界で生きる人間がつける。
ただそれだけの話である。