落ちこぼれ令嬢とヤリモクオペレーター 作:「あ」
入学から一か月程度、新しく住み移った部屋にまだ親しみは無かった。可愛らしい小物や心落ち着かせる観葉植物などと言った飾り気は一切ない、必要最低限の道具のみが置かれた質素な部屋。
起きて早々、着替えと歯磨きを済ませた唯花は、ジャージ姿ですぐさま部屋を後にする。
外へ出ると、早朝の肌寒さが身体を襲う。外廊下から下を見下ろすと、他にもジャージ姿で校舎へと移動する学生が目に付く。
唯花はそれらの学生と同じように校舎へと移動する。十分にも満たない程度の時間で校舎に着いた唯花は、校舎設備の中のトレーニング棟へと向かった。
まだ朝も早いというのに、トレーニング棟には多くの生徒が存在していた。トレーニング棟とは言うが、ランニングマシーンや筋トレ器具などの姿は見えない。
あるのはいくつも並ぶ椅子とその椅子の付近に置かれたヘッドゴーグル。生徒の多くはVR機器にも似たそれらのゴーグルを装着させ、椅子に座って両手にコントローラーを持つ。
唯花も他の生徒と同じよう、空いてる席に座ると、そのゴーグルを頭に装着させコントローラを握る。
途端に視界は電子世界へと変化していく。今日も今日とて始めたシュミレーション内にて、唯花は独り息巻く。今日こそは、と。
篠乃木唯花は鉄人である。
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世の中には三種類の人間が存在する。男と女、それと鉄人。
正確に分類するならば、男と女、更に女の中で5人に1人程度の割合で鉄人は生まれる。
鉄人とは、通常の人間に比べ、極端に身体が丈夫であり、度重なる実験の結果、ビルの十階から飛び降りても無事に着地できる程度の頑強さを持ち、筋力、動体視力などの身体能力は通常の人間と比べて七倍以上の能力を有する。
このように、鉄人は人と比べて高い身体能力を持つ存在で、その可能性や生物としての神秘は未だ十分に明かされておらず、研究は進んでいる最中だ。
だが、一つ判明している、鉄人を語る上で最も重要な要素がある。
鉄人はIBUに搭乗することが出来る。
正式名称をIron Battle Uniform、その始まりは100年ほど前、軍事目的で開発、運用された戦闘兵器である。
鉄人のみが持つと判明した莫大な生命エネルギー、それを別エネルギーに変換する技術が確立されたのが発端と言われている。
鉄人の生命エネルギーを原動力とするため、鉄人のみが搭乗でき、操作する事のできる人型戦闘兵器。
当時は戦争等で利用された兵器は現在、競技へと形を変えて利用されている。
鉄人のみが乗れる人型機械、それがIBUである。現在IBUを利用した競技シーンは世界から脚光を浴び、様々な国で国民的競技となっている。
それは篠乃木唯花の住む日本でも同様であり、唯花は現在、IBU競技者の育成を目的とした国内最高峰の育成機関、
一か月前に入学した唯花は所謂名家の出身であった。篠乃木家と言う、数々の有名なIBU乗りを輩出してきた、歴史と伝統のある一家。
そしてそんな家庭事情の中、唯花は”落ちこぼれ”のレッテルを貼られていた。
歴史的に見ても、優秀なIBU乗りが多い篠乃木家の中で、特に飛び出た能力を持たない鉄人。
加えて、歴代最優秀と呼ばれる姉の次に生まれた事が不運となった。唯花は常に姉と比べられ生きてきた。
国内最高峰の青月学園に入学できたのだ、彼女が優秀であることに疑いはない。しかし、その入学はギリギリ、特に実技試験で主席となった姉と比べればその才能の差は歴然であった。
入学初日、篠乃木を名乗ると誰もが羨望の眼差しを向けてきた。
『篠乃木って……あの?』『凄い……流石青月』
だが数日も経って、実技授業を経た後には、それも期待外れに変わっていた。
もう、誰も彼女の名前を取り立てて呼ぶ事は無かった。
それから一か月、午前の座学、午後の実技授業を終えた教室内は騒がしい。放課後どう過ごすか、そんな内容の会話が繰り広げられる。
例え鉄人であっても、その中身は年相応の少女である。まだ若い、高校生らしい快活なやり取りが辺りに響く。
しかし唯花は一人静かに席を立つと、教室を出る。彼女から誰かに話しかけることも、クラスメイトが彼女に話しかけることも無い。
向かう先は今朝と同じ、IBU用シュミレーターが置いてあるトレーニング棟。
トレーニング棟内は、まだ放課後になって間も無いためか、今朝よりは空いていた。
唯花は、シュミレーターの中から1台を選ぶと椅子へと座り、ヘッドゴーグルを装着する。
シュミレーターが起動するまでの間、視界が暗闇に覆われる。
深い闇の中、彼女の心にあったのは煮えたぎる熱の光。
心の中で叫ぶ。今日こそは……!
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「34……」
もうすっかり暮れてきた空の下、夕日に照らされた校舎の屋上に唯花は立っていた。彼女の艶やかなブロンドの髪が風に揺れて靡く。
シュミレーターが叩きだした総合評価点、34点。それが唯花の心に暗く影を落とした。
唯花は屋上の柵にもたれかかりながら、その数字を吐き出す。
決して低い点数ではなかった。新入生にしては、と言う枕詞がつくことを踏まえれば、だ。
唯花は、それこそ全霊で、彼女の全力を尽くしてシュミレーターへと臨んだ。だがその結果はいつもと同じ、代り映えのしない数値だった。
これは彼女の努力が足りていないという訳ではない。
篠乃木唯花と言う鉄人は、常に努力を惜しまない性質だった。勉学でも、スポーツでも、彼女は常に以前までの自分を超えるよう、改善し、挑戦し、また改善してきた。
これまで、その繰り返しで乗り越えられない壁は存在しなかった。唯一彼女が心から切望しているIBUの操縦の技術を除いて。
IBUの操縦は、そう簡単なものでは無い。有名なIBU競技者の鉄人はかつてこう答えた。
「IBUを乗りこなすという言葉の意味は、全速力で走りながら、掌の上にトランプタワーを組み立て、頭の中で常に五桁の暗算を行い、それら全てのパフォーマンスを最高レベルで行うという事だ」
つまるところ、IBUの操縦には全身を使うレベルの運動能力に加え、極めて繊細な技術力と操作のための演算を行う必要があるということだ。
青月学園は国内最高峰のIBU競技者育成機関だ。当然その設備も最新のモデルの物が使用されている。
つまりあのシュミレーターは何処までも忠実に実際のIBU搭乗時の感覚を再現しており、またシュミレーターが出した点数は唯花の才能を表していた。
IBUの競技者としての門は狭い。この学園でさえ、将来名が知れ渡る様なIBU乗りは年に数十名程度、更にその中で上位ランカーになるのは一人二人いるか程度だ。
上位ランカーは、入学時点でシュミレーターで70点近くは出していると、何処かで聞いた気がした。
屋上から見える景色は眩しくて、学園の中央のアリーナにて実機練習を行っているIBUの姿が遠くに映る。
実機練習が出来るのは、授業を除くと成績の良い生徒のみになるらしい。
ひどい話、学園から卒業するまで、数回しかIBUに乗れなかった生徒もいるとか。
そんな、自分にもありえる可能性を考え、思考が弱気になる。唯花は胸に詰まった憂鬱を吐き出すように、深呼吸をした。
それから再び心の炉に火を点ける。
(絶対……私は……!)
「「絶対諦めたりしない!」」
その瞬間、屋上には二つの声が重なり響いた。一つは唯花のもの、もう一つの声は男のもので、唯花の背後から聞こえた。
屋上には、自分以外にもう一人居た。唯花がその事実を把握したのは、言葉を言い切った後であり、聞こえた男の声に驚き、唯花は振り返った。
そこには夕日を背後に、同じくこちらを振り返る男の姿があった。ツーブロックでショートの黒髪をしており、身を包む服は唯花と同じ青月学園の学生服であった。
どうやら男子生徒の方も唯花の存在に気づいていなかったらしく、意外そうなものを見る目で唯花を見つめていた。
「……私以外にも、居らしたのね」
数秒の沈黙の後、唯花の方から男子生徒へと声をかける。男子生徒の方はと言うと、唯花の存在を認知するなり黙ったままで、唯花を見定める様に眺めていた。
唯花はその一方的な視線を不快に感じたため、屋上からさっさと離れようと決意する。
「……見苦しい姿を見せましたわ、それでは」
そう言った後、校舎へとつながる扉へ近づき、扉を開こうとドアノブに手を掛けた時だった。
「待ってくれ」
背後から再び、男子生徒の声が聞こえる。内容は静止を呼びかけるものだった。
顔を見て分かったが、唯花と男子生徒の間に面識は無かった。つまりここで初めて出会った初対面同士である。
それだというのに、唯花が去るのをどうして止めるのか、唯花には想像つかなかった。
しかしこのまま呼びかけを無視してこの場を去るのも非情な判断に思えた。
唯花はドアノブから手を離すと、再び振り返り男子生徒と向き合った。
「……何か、用でしょうか」
唯花がそう聞くと、男子生徒は咳払いをした後、口を開いた。
「いや、こちらこそ、偶然とはいえ盗み聞くような真似をすまないと思ってな……よければ、言葉の前後について聞いてもいいかな?」
男子生徒の尋ねる内容は、唯花の個人的な事情に深く踏み込むものだった。要件を聞いた唯花は言葉を返す。
「失礼ですが、私と貴方はまだ会って数秒程度の仲だと思います。その程度の相手に話せる程、軽い話では無いので」
ので、この辺で。そう言って再び立ち去ろうと考える唯花だったが、それを遮るように男子生徒が口を開く。
「なるほど、あー、なるほどな。君の事情は理解した、なら別の提案だ。俺の話を聞いてくれ」
唯花に要件を断られた男子生徒は、今度は別の提案をしてきた。
「……貴方の話を?」
怪訝な表情で男子生徒の要求を反芻する唯花。男子生徒は唯花の表情を確認すると再び話をし始めた。
「あぁ、俺の個人的な話だ。まぁ聞いてみてくれよ。」
そう前置きすると、男子生徒は個人的な話とやらの内容を語り始める。
「君にも分かると思うが、俺はオペレーター科で、今年三年生になったばかりの生徒だ」
オペレーター科。それは青月学園に存在する学科の一つで、唯花が所属するIBU科の生徒がIBUの操縦技術を学ぶ学科とすれば、オペレーター科は名の通り、生徒のオペレーターとしての技術、また実績を育むための学科である。
オペレーターとは、平たく言ってしまえばIBU乗りをサポートする司令係の様な存在だ。
現在IBUの競技シーンでは、競技者一名につき一名のみオペレーターを同伴する事が許可されている。
無論、原則上オペレーター無しでも競技に参加する事は可能であるが、そんな鉄人はほとんど存在しない。
それ程オペレーターと言う存在はIBU乗りにとって必要で、相棒と言ってもいいレベルで影響を与える存在なのである。
そんなオペレーターの卵、それが目の前の男子生徒の正体であった。
鉄人には女性しか存在しない。故に同じ学園に存在する男子生徒は確実にオペレーター科の生徒なのである。
その前提情報があったため、唯花にとって目の前の男子生徒がオペレーター科の生徒であるという事実はそこまで衝撃的では無かった。
「でだ、俺の言いたい事はただ一つ、俺を君の担当オペレーターにして欲しいってことだ」
だが、その次、男子生徒が放った言葉に唯花は衝撃を受ける。
「それは……オペレーター契約の持ち掛け……という認識でよろしいのでしょうか?」
唯花がそう訊ねると、男子生徒は特に感情の起伏を見せるでもなく、淡白に「あぁ」と返事をする。
唯花は顎に手を当て、考える。この提案にどう答えるべきか。
普通に考えるなら、屋上で偶々出会っただけの男をオペレーターに選ぶなど、思慮の足りない選択となるだろう。
オペレーターはIBU乗りにとって非常に大切な存在、言い換えればオペレーターがどれほど優秀かでIBU乗りのステータスが決まると言っても過言ではない。
加えて、唯花を悩ませる理由はもう一つあった。それはオペレーターの存在の希少性だ。
有名IBU乗りであれば、契約を持ち掛けてくる優秀なオペレーターなど、正に星の数程いるだろう。
だが、それは上位ランカーなど一部の存在のみだ。一般のIBU乗りは優秀なオペレーターを選べる程の余裕はない。それどころか、まだ新入生の唯花にオペレーターがつくなんて、余程才能を認められなければ無理だろう。
だからこそ、例え学生の身分とは言え、将来有望なオペレーターと契約を結べる事はまたとない好機なのだ。
オペレーター契約は鉄人側に主導権のある契約ではあるが、そもそも契約を持ち掛けられること自体が希少なのだ。
目の前の男子生徒からの契約を受け入れるか否か、これは人生の分岐点とも捉えられる。
「……貴方の、実績は?」
数秒の思考の後、唯花が出した結論は、目の前の男子生徒の実力を見極める事だった。
これはIBU科、オペレーター科の生徒両方に共通する事ではあるが、例え学生であっても公式戦に参加することは可能である。
さらに言えば、例え公式戦までとは言わずとも、学内で行われる摸擬戦で優秀な成績を収めれば、それは十分な実績となる。
唯花は男子生徒の実力を見極める判断材料として実績を求めた。
「実績、か……実際の公式戦に関して、言える事は無いが、強いて言えば、学年成績で言えばトップだな」
特に誇るでもなく、それが当たり前の様に語る男子生徒であったが、言葉を聞いた唯花は対照的に、驚愕に表情を染める。
(学年成績、トップ……!?)
青月学園は国内最高峰のIBU競技者育成機関だ。それはつまり、IBU競技者を志す鉄人からすれば、最も質の高い教育を受ける事のできる学園であるという事だ。
当たり前の話だが、入学倍率も最も高い。篠乃木家内で落ちこぼれと言われた唯花だが、世間一般的に見れば、その才能は上澄みだ。
それほどまでに青月学園は選ばれた者のみが通う事の出来る狭き門なのである。
だが、これは鉄人の話。オペレーターを志す者はその遥か多く居る。
オペレーターになるのに『鉄人である』と言う前提条件は必要ない。故に青月学園オペレーター科への受験は多くの人間が可能であり、また多くの人間がその定員から外れていく。
つまりオペレーター科に通う者はIBU科よりも更に狭い門をくぐり、青月学園に通っているのだ。
そんな真に優秀な者のみが入学できる青月にて、学年のトップの成績を収めていると、目の前の男子生徒は言っているのだ。
「……ま、疑うよな。いいぜ、希望なら成績表でも何でも出してやるよ」
男子生徒は懐からスマホを取り出すと、その画面をこちらに見せてきた。画面の中身は学校から発信された成績が映っており、そこには確かに学年トップと言われてもおかしくない数値が乗っていた。
「あくまでオペレーターとしての成績だけだがな、これが今俺が見せられる実績だな……で、どうするよ?」
男子生徒はそう言うと、返事を求める様に唯花の顔を見つめてくる。
唯花はまだ、返事がの内容が決まらないままであった。
正直、条件だけ見れば破格である。シュミレーターで34点の自分に、学年トップの生徒がオペレーターにつくと言っているのだ。これほど良い提案は無いかもしれない。
だからこそ、唯花の脳内には疑問が浮かんでいた。
男子生徒の立場で、自分を選ぶ理由が無いのだ。
唯花と男子生徒は初対面、数秒間程度の会話しかしてないし、ましてやIBUに関する能力など分からないはずだ。
なのに、何を理由にこの男子生徒は契約を持ち掛けてきたのだろうか。
「……もう一つ、いいですか。貴方が、私を選ぶ理由は?」
これを聞かずして契約を受け入れるわけにはいかなかった。
唯花が訊ねると、男子生徒は少し考えた後、答えた。
「……その質問に答えるには、俺の目的を話す必要がある。今からそれを話すが……いいか?」
その言葉を告げた途端、男の纏う空気が変化したのを、唯花は肌で感じ取った。
さっきまでの何処か軽薄な印象を受けた男子生徒とは別人の様な、そう思わせる程の真剣な表情だった。
唯花はその表情に、これから始まる話の内容を想像し、固唾を飲む。
「……かまいません」
そして決心した唯花は大きく頷いてからそう答えた。
唯花の返事を聞いた男子生徒は、ゆっくりと、大きく深呼吸をし、そして遂に口を開いた。
「俺…………実は童貞なんだ」
「は?」
その言葉を受け、唯花と男子生徒の間に実に数秒間の沈黙が流れる。
それは唯花がその言葉の意味を飲み込むまでに要した時間であり、結果的に唯花には何もわからなかった。
分かったことはただ一つ、目の前の男は真剣であるという一つの残念な事実だけであった。
「だがな、俺をそこら辺の童貞と一緒にしてもらっては困る。俺は童貞を捨てるなら、絶対美人で胸のデカい女の人とって決めてんだ」
そして男子生徒は思考の追い付かない唯花を無視し、自分の思想について語り続ける。
「俺がオペレーターになるって決めたのは童貞捨てるためなんだ。何故なら鉄人は美人ばっかりだからな、俺は美人で胸がデカい鉄人で童貞を捨てるためにこの学園に入学した」
まるで自分は正しい事を話してると言わんばかりに、濁りの無い真っすぐな瞳で頭の可笑しい言葉を並べていく男子生徒。
「い……い、い意味が分からないわ!!そ、その貴方はその、ど、童貞……を捨てるために入学って、それと私に契約を持ち掛けるのに、なんのかん、けい……が……?」
そこまで言って、唯花はようやくその結論にたどり着いた。
男子生徒は人差し指を唯花の胸の辺りに向け指さすと、その言葉を告げた。
「俺が君との契約につける条件はただ一つ…………
S〇X!!!!!」
男子生徒の高らかな叫び声は、夕暮れの屋上によく響いた。