投下!
――マリーは悪い子です。
嗚呼…なんと罪深いことでしょう。
嘆かわしくも、背き歩み続ける私は酷く滑稽。手を差し伸べられる資格もありません。祈り、主へ許しを乞うのに。その実、私は贖いを求めてはいません。赦しを願ってはいないのです。
蠢く。胸の中で罪悪感と自己承認が蠢いて、心を乱して、何も分からなくさせます。この葛藤すらあやふやにしてしまいます。
澄んだ鏡、然し映る私の心は曇っている。顔を逸らしたくなる"罪"によって曇っています。鏡が澄めば澄む程、私の歪さを私自身に見せ付けてくる。
喉元まで出かかっている感情を吐露できない……そんな資格、私にはありません。自覚した罪を犯し、それでも赦しを乞うのはあまりにも傲慢です。耐えられないくらい恥ずかしい事です。
白い心に憧れる。あの大人のような、或いは大切な友達の為に叫んだ少女の様に。憧憬、それは自身が白くない証拠でもあります。
――長々しく語りましたが、とどのつまり。
お夜食が止まりません…!
◆◆◆
「つ、疲れました……」
シスターフッドの寮、その一室でマリーは本心を吐露する。
人前では
今の自分には少々重く感じてしまうシスターフッドの制服を脱ぎ、丁寧にハンガーへ吊るす。靴下や下着は洗濯機に入れ、自身は着慣れた部屋着に着替えた。
立て掛けてある時計に目を向けると、時刻は22時半。生徒同士の抗争に巻き込まれ、荒事に積極的ではない故に鎮圧にも時間が掛かってしまったのだ。
事後処理は正義実現委員会やヴァルキューレ警察学校・トリニティ支部の生徒に任せたが、疲労は確かにマリーの身体を蝕んでいた。
そして、ふと思う。
「……お腹、すきました…」
――晩御飯は既に食べた。
シスターフッドの仲間数人と共に、久々の外食をしてきたばかりだ。今晩はカルボナーラとシーザーサラダを食べた。
とても美味しくて、今も舌の上に味を思い出せる。頻繁には無理だが、友人とリピートも考えている。次はペペロンチーノやボンゴレビアンコも食べてみたいし、友人とシェアするのも良いだろう。
――然しお腹がすいた。
外食と言えば、最近はしていない。今日のそれも久々で、何処か新鮮な気持ちだったのは記憶に新しい。
そも、学生の身での外食は二通りの意味合いがある。普通に食事を目的とした場合と、食事が目的と言うより娯楽やコミュニケーションの場を設ける意味合い。マリーが思うに、友人達との外食は後者だ。
だからこそ、と言い訳をしたいワケでもないが。華奢ながらも普段から働き者で、育ち盛りの少女にとっては満腹と言えるほどまでに腹を満たしたとは言い難く。
――お腹の奥が鈍く鳴く。
暴食はシスターとして、一つの罪にあたる。誰に咎められる訳でもなく、誰に諭される訳でもなく。
淑女としてもはしたない真似は避けたいところ。それでも我慢が続かない自分自身にのみ、マリーは怒りを抱くのだ。
「……ああ、主よ……私は、マリーは……今日も、
即ち
着替えや入浴を経て時刻は両方の針がてっぺんを差す頃。少女はフラフラと立ち上がり――兼ねてより寄せておいた
「こ、こんな時間に…カップ焼きそばを…!ダメ……そんなの、ダメなのに……で、でも!今日は沢山働いて、遅くまで頑張ったから…きょっ、今日だけ…明日からはまた節制しよう…!明日から、マリーは頑張ります。だから、今だけは……」
――ふと、マリーは思い出す。
冷蔵庫にウインナーが入っている。それも普段使っている、安くて沢山入っている皮なしウインナーではない。少々値は張るが、ボイルしたあかつきにはパリッとした皮の避ける感覚と溢れ出す肉汁が約束された、あのウインナーだ。
「〜〜〜♪」
鼻歌交じりにお湯を沸かす。
開封したカップ焼きそばに加薬を入れ、ついでにウインナーを2本――否、今日だけの贅沢だ。首を横に振り、4本のウインナーを入れ、限界まで加熱したお湯を入れる。
――刹那、嬉しい誤算。
「………あっ、卵も賞味期限が近い………うん、ふふっ♡食べ物は、無駄にしたらダメだよね……うん、うん。これも、仕方がないんです…♪」
未熟とはいえシスターとして、食材を無駄にするのは
フライパンを加熱し、油で表面をコーティング。料理素人のマリーには適温など分からないので、適当な頃合いを見てフライパンに2つの卵を落とす。
軽く白身が白くなり始めてから油に数滴だけ水をかけ、フライパンに蓋をして火を弱くする。蒸し焼きに近い状態で、表面だけに火を入れて半熟を作るのが目的だ。
後はカップ焼きそばのお湯を捨て、ソース他諸々を入れる。その上に目玉焼きを2つ乗せ、追加でマヨネーズをかければ簡易で豪奢な夜食の完成だ。
ご機嫌な鼻歌交じりに座椅子へクッションを置き、白い折り畳み机を設置する。寮に最初からあった備品であり、故障の見られない現状で今更買い足すつもりもない。
目玉焼きを作ったフライパンを手早く洗い、他に食器を出すのも後片付けが手間と考え、割り箸を出す。
これも憂いなくリラックスし、疲労を労う為だ。
祈るように手を合わせ、唾で唇を湿らせてから自然と食前の挨拶をする。
「…いただきます」
――鼻腔をくすぐるジャンクな塩味。
半熟目玉焼きを割るのはまだだ。
まずは素の焼きそば。先程までは熱湯に浸していたのに、毎回のように不思議と熱くも食べれない程ではない。待ちきれず箸でつまみ、音を出して啜る。
濃いと感じるソースも二口、三口と続けるごとに舌が慣れて旨味を認識する。微かな青海苔の芳ばしい香りは食欲を増進させ、半熟目玉焼きの黄身と絡む事でカップ焼きそばに淡白な味を追加し、飽きが来ない。
慣れ親しんだ味、安心出来て安定しているジャンクな塩味。
「はふっ…ん、んっ…!」
端に寄せていたウインナーを齧り――子気味良い音が鳴る。僅かに唇から漏れる、熱過ぎない肉汁は旨味を濃縮していた。
2つの目玉焼きに4本のウインナーを追加したカップ焼きそばは多量にも見えたが、然し食べてみると意外にも少ない。淡々と減る器を目の前に何処かノスタルジックな、それこそ罪を犯しながらも後悔のない幸せを得ているような、マリー自身でも言語化に悩む感情が心の片隅にはあった。
小さな口で麺を啜り、ウインナーを食べ進め。やがて
爆発的で、ジャンクな塩味。そんなのを食べ続けるば当然――
いつもならば水やお茶でも満足しているが、今は今日だけの豪奢な夜食だ。少女の我儘は少女自身で肯定する。
何か、この塩味を洗い流すような物が良い。上塗りするジュースや牛乳は論外、出来るなら味以外の何かが欲しい。
そう――炭酸だ。口の中で暴れて、喉を刺激して、次の一口を助けてくれる炭酸が良い。ジュース以外の炭酸、甘みのない炭酸。
「えっと、確か冷蔵庫に……うんっ、あった」
――色々と身体に良さそうな炭酸水。
炭酸水は体に良い、そんな漠然とした情報はある。然しマリーが炭酸水を飲む理由とは、日々の夜食に対する罪悪感の払拭に他ならない。
トリニティ総合学園に入学し、寮暮らしを初めてから今の今まで続けてきた夜食。だが体質か、或いは日々の運動が功を奏したのか。体重や体型が大きく変わることはない。
「んくっ、んくっ……けぷっ……あ、ああ…何と
不思議と笑みが零れた。
深夜テンションとでも言うべきなのだろう。お腹が膨れて眠くなり、普段の自分なら絶対にしない所業を経てつい笑ってしまった。
冷たい炭酸水を喉を鳴らして飲み、少し冷めて硬くなったカップ焼きそばを掻き込む。
思えば、晩御飯はパスタで夜食も麺だ。特段、マリーが麺が大好きな訳でもなく。寧ろカップ焼きそばのジャンルが麺類である前に比較的簡易なジャンクフードである故に、無意識下で同じ麺類でありながら別物として扱っていたのだろう。
「……ふぅ、ご馳走様でした………はぁ」
――食べきった刹那、
またやってしまった。疲労、炭酸水、空腹。言い訳ならば幾らでも思い浮かぶが、それでも罪悪感はある。鈍く心臓に――否、胃袋に重みがかかる。
誰に咎められる事もない。事実、マリーの犯す
普段から贅沢をしないので食費が過剰な訳でもなし、言うなれば本当に
ならば――必然、マリーの行動指針はいつも通りの方向へ定まる。
「……う、運動増やそう…!」
無論、明日の朝には忘れている。そして深夜に思い出して再度決意する。思えば昨日も一昨日も同じ事を繰り返している気もするが、満足感と程よい眠気の前には全てが些細な事だ。
取り敢えず今日は布団を整え歯を磨き、軽いスキンケアをしてから気持ち良く眠る。明日には明日の風が吹く、今日よりも少しだけ聡い明日の自分に全てを投げるのみ。
明日は何をしようか。朝御飯、お昼御飯、晩御飯にお夜食。おやつを作って皆に振る舞うのも楽しそうだ、もしかしたら誰かが美味しいケーキと紅茶を差し入れてくれるかもしれない。
弾丸が飛び交い週に一度は爆発で建物が半壊する世界。酷く曖昧で、平和な時間。遠くで爆発音が聞こえた気もするが、それもまた日常だ。
ヒンヤリとした布団を被り今日の出来事を反芻する。掃除したり勉強したり、爆発したり崩壊したり、食べたり飲んだり食べたり食べたり。
いつも通り、良い一日だった。
「ふぁぁ〜……おやすみなさい…」
目を瞑り数秒、頭上のヘイローが風に溶けるように消える。こうしてシスターの一日が終わり、また学びの日々に備える。
夢の中で大きなパンケーキを頬張り、幸せな空間に浸るのだった。
◆◆◆
伊落マリー
・満腹爆睡シスターちゃん。育ち盛りなので三食腹九分目にオヤツ、お夜食まで完備するシスターちゃん。まだ未熟なので仕方なし、と自分に言い訳をして今日もお腹いっぱい食べます。だって育ち盛りなので。