マリーは悪い子です   作:ブラウンドック

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マリー「あるのがいけない!あるのがいけない!!」


さん

 

「……嗚呼…マリーは、悪い子です……」

 

今日も少女は両手を合わせて嘆き悲しむ。

 

目の前には大きなバケツ。鼻腔を擽る甘い匂いは穏やかな夜更けには不相応に優しく、芳しく蠱惑的だ。約束された幸せに甘んじれないのは、果たして少女の理性なのか。或いは弱さ。惰弱な意志の発露。

 

世界の平和を願っていた筈なのに。その実はこんなにも脆く儚い。語る夢も、いつしか騙るものとなるのだろうか。

つい、出来心だったのだ。きっかけは何だったのか、マリーは覚えていない。幼い頃の夢か、もしくは友人の誰かが語っていただろうか。暇潰しに見ていた動画サイトで流れていたかもしれないし、フォローしているSNSのアカウントから発信されていた可能性だってある。

 

ただただ、目の前には()()があるのみ。

 

大きな()()に顔を埋めてしまいたい衝動を抑え、一人の少女は自己確認でもするかのように呟いた――

 

「………つ、作ってしまいました……バケツプリン…!!」

 

――――――――――――――――

 

時刻は日付けを超える間近。

 

良い子は寝る時間、そしてマリーは毎夜毎夜の夜食に勤しむ時間。それはルーティンのように。それは繰り返される日常のように。それは確定された演出のように。

普段から自身で抑圧している『欲』の発散こそが抑えられない食欲なのだろう。

 

大きなバケツを前にして、はしたなくも少女の口端をヨダレが濡らす。期待しているのだ、その甘美な至高に。

然し葛藤しているのだ。また繰り返す夜食、即ち暴食の罪。その罪悪感は確かにマリーの心を蝕む。

いっそ誰かに叱られたら、マリーも悔い改めるのだろう。然し現実は非情。育ち盛りで清廉潔白な少女は、例え毎夜毎夜の夜食に洒落込んでいたとしても肥える事もなければ虫歯になる事もない。身長も大して変わらないのに少しだけ胸は大きくなった。

つまり空腹に従っての失敗談は未だないのだ。寧ろ溜まる貯金を崩す先を見つけれたのはマリーにとっても朗報ですらあった。

 

「………いえ、覚悟を決めましょう。主よ……私は、食べ物を無駄にするのは、とても()()()()()と思います。しかし目の前には完成してしまった料理…義務です、これは義務なんです…!私は自分の犯した罪は自分自身で片を付けたいのです!!」

 

――言い訳(筋書き)は整った。

 

目の前にあるのは甘美にも醜い欲望の具現化。煩悩の生み出した産物なのだ。

 

それを貪ることに、これ以上とない幸福を想像してしまう。作った料理への責任感がそれを肯定する。否、食べるべきなのだと強制する。矯正されているのだ。

確かにマリーは抵抗した。乙女として抵抗した。然し責任問題を問われればマリーとて目の前の罪を贖わなければいけない。罪には贖いを。時には暴力、時には金銭、そして目の前のバケツプリンに対しては()()こそが唯一無二の贖いなのだ。

 

――ごくり、と喉が鳴る。

 

さて何処から食べようか。そう考えている時間が、マリーは好きだ。これ程大きければ皿に移すことも出来ない。大きなそれを折りたたみ机の上に置き、ただスプーンで掬って食べるのみ。

 

それなのに、迷うのだ。

 

穢れなき黄金の平面。端から攻めるか、或いは豪快に真ん中から掘り進めるか。味も質も変わらないのに悩んでしまうのは、きっと彼女が思春期だからだろう。

多忙な少女。デザートイーグルを片手に駆け回る日々には()()と思う事だってある。そんな中にある癒し、即ちプリン。こんな小さな事で悩める時間のなんと幸せな事か。

 

「これが、幸せ……えへへ」

 

だらしなく頬を緩ませる。

 

この幸せを誰かに共有したい。

 

気の赴くままに写真を撮り、然しバケツに入った薄黄色の面は存外に映ない。もっと性能の良いカメラなら或いは、と考えてから思考を打ち切る。

 

――目の前にはご馳走。

 

小さい頃、憧れていた。大きなバケツに沢山のプリン。お菓子の家に誘われた少女のように、マリーの心は昔から今に至るまでバケツプリンに釘付けだった。

未だ鼻腔をくすぐる甘匂。優しいミルクと淡白な卵の香りは自然と頬を持ち上げる。少しだけほろ苦いカラメルの匂いもまた耐え難いアクセントとしてマリーの舌を湿らせた。

 

「勿体ない、けど……主よ、全ての食材に感謝致します……いただきます…!」

 

今宵の小さな宴。マリーの夜食を止められる人間など存在しないのだ。

 

形の良い鼻をスンスンと動かして甘味の暴力に身を任せ――手前の黄色へと大きなスプーンを差し込む。

ぷにゅんと揺れる断面。もし誰かがこの場に居たら、きっとマリーも理性の仮面を被り揺れるプリンの断面に儚さを想い、幸せすぎる自分への憂鬱に溜息をこぼしていただろう。

 

然し部屋に一人。マリーの暴食を咎める者も居なければ、猫を被り理性の仮面で偽る必要性もない。

 

「はむっ……んっ。んんっ〜〜♡幸せです(ひあわせれふ)……♡」

 

咀嚼なんて必要なかった。

 

舌で潰し、上顎と挟むようにして喉に流す。刹那――優しい甘さが脳を痺れさせて包み込んだ。小さくて、それでもマリーが日々感受している幸福。

ただただ、筆舌に尽くす必要もなく――()()()()のみ。健康なんて二の次、機能性なんて邪道。この美味しいお菓子こそが正義だ。世界の理だ。神の御意志なのだ。つまり『解』だった。

 

「んっ、はむっ…んくっ。えへ、えへへ…」

 

不思議と笑いが込み上げてきた。

 

深夜テンションと、蠱惑的な(夜食)に酔っているのだろう。いっそプリンにストローを刺して飲みたくなる衝動を辛うじて残った理性で押し込み、一箇所をスプーンで掘り進めた。

 

掬い、咥え、潰すように飲み込む。その繰り返しの果てに湧き出るのは――即ち、()()()()()()()。手作りしたそれは期待通りに開けた隙間から登り、黄色の渓谷を濃い茶色で犯す。

何か悟ったような気分になったマリーはまとまらない思考のままに、またプリンをスプーンで掬い、カラメルソースを纏わせる。

 

そのまま一口。

 

――瞬間、弾ける苦味と甘味の奇跡的相性(マリアージュ)――

 

「………あ、尊い…」

 

マリーは全てを理解した。

 

世界はプリンなのだ。つまりプリンを食べれば皆が救われる。世界が平和になる――否、偶像崇拝のように。この世にプリンが存在している事こそが平和の証なのだ。薄めたプリンも二つ食べられるプリンも、全ては平和の礎となる為の布石。

 

悟ってしまった世界は目の前のバケツプリンのように広くて、開放的な閉鎖空間だ。故に少女は願う――将来はプリンになりたい、と。

 

「………………はっ…!あれ?い、意識が飛んでいた…?」

 

軽く一呼吸。そしてプリンを一口。

 

「うんっ、美味しい♪」

 

既像品ほど滑らかではない。洗礼された甘さでもない。それなのにマリーが好ましく思えるのは、手作り故のジャンクな部分なのだろう。

雑で良い。味が濃くても良い。多少は尖っていた方が好きだ。"完璧"と"完成"は決して同一などではなく、マリーが好むのは後者だ。雑な舌触りも過ぎた甘味も、それが正解だった。それこそが完成なのだった。

 

仕込みとでも言うべきか。思い付きとは言え、昼間から作った甲斐が有る。苦労は空腹と同様にスパイス足り得るのだ。

 

もにゅ、もにゅ。背徳的なまでに、罪の塊は喉を素通りする。淡く柔らかい感情が自分の中に溢れるのを自覚し、やはり頬が緩む。

 

 

 

 

やがて半分ほど食べ進め、ふと思った。

 

「……喉乾いたなぁ」

 

甘い物は嫌いじゃない。寧ろバケツプリンを食べる程度には好きなのだが、食事と称するには一つのバランスも必要ではと考える今日この頃。

 

以前のカップ焼きそばは炭酸水で塩味を炭酸の刺激ごと喉に流して爽快感を求めていたのだが、今は万能飲料の炭酸水は少しばかり合わない。

 

ミルクと卵、その優しい甘味を邪魔したくなかった。無論、普段であればコーヒーやお茶で口の中を休めている。然し今、このバケツプリンというビッグウェーブに抗いたくはない。そうマリーの心が囁くのだ。

ふわふわとした頭で立ち上がり冷蔵庫を覗いて見る。相も変わらず種類が多いわけではないが、律儀に買い溜めしているので量だけならばある。

 

炭酸水は合わない。コーヒーも断念。オレンジジュースも、パックの紅茶も今は気分ではない。

いっそ白湯も相性は悪くないのでは、と思考するが刹那、天啓が舞い降りる――

 

物色すること十数秒――()()を徐ろに手に取り、喉を鳴らした。

 

「………ごくりっ……倍、プッシュ…!主はそう仰るのですね……っ!!」

 

――()()

 

バケツプリンのために大量に買っていた物の残り。軽く揺らせばコップ二杯分程度は残っている。出来過ぎた偶然はいっそ運命的。降って湧いた奇跡を受け入れるのもまたシスターとしての役目。

 

「残っているのであれば、()()()()()よね♪」

 

菓子だろうとご飯だろうと、夜食に対しては一切の妥協をしないのが彼女だ。弾む足取りで取ってきたコップに牛乳を注ぎバケツプリンの前に戻る。

冷たい牛乳を軽く口に含み、はしたなくも泳がせてから喉に流す――瞬間、マリーは再び全てを悟った。

 

「あっ―――そっか。全ては、プリンとミルクで構成されていたんだ……」

 

牛乳に滲むプリンの風味は宛ら、寒い冬が明けて暖かい春に吹く新しい風。何も変わらない筈の其れは然し気持ちを一新させる。

胸の奥がチリチリと焦げるような激情ではない。例えば一人暮らしのアパート、何気ない一室に想い人が訪れるような。形容し難い暖かさが、そして同時に発露される冷たさ。全てが尊いのだ。

 

唇を濡らすミルクを艷めく舌で撫でて、人肌でぬるくなった一滴すらも残すまいとする。

 

またスプーンで掬い、時にはカラメルも絡めて。口内に充満した甘味をミルクで優しく流す。これが楽園(エデン)。これこそが小さな至高。

大人になったら、これにブランデーを滴らせるのも良い。少しだけ飽きたら、醤油を付けてウニ味、というのも試してみても良いだろう。ホイップクリームで童心に帰るのもまた一興。

 

 

 

――斯くして、プリンは無限の可能性を残して完食される。

 

達成感と満足感。同時、また夜食をした堪え性のない自分への羞恥。胸を占める夢心地と現実味の狭間、基本的には"良い子"で在ろうとする少女の心を蠱惑的に蝕む感情だ。

深く、深く。様々な感情の入り交じった吐息を漏らして。一日の終わり、日付が変わる数歩前にマリーは今日も言うのだ。

 

「――ご馳走様でした」

 

まるで一日の安泰に感謝を告げるように。合わせた両手でやっと、マリーの一日は終わりを迎えた。

 

 

さて、明日は何を食べようか。

 

今日はスイーツで攻めたので明日はご飯系でいくべきなのだろう。外食も選択肢の一つで、深夜ラーメンというモノにも興味がある。

夜の散歩がてらにコンビニチキンやジャンクフードの食べ歩きをするのもまた楽しそうだ。休みの前の日だったら食指の赴くまま学園外に遠出するのも良いだろう。

 

 

一日を終えた少女が想うのは明日への期待と、小さな願い。願わくば、満足な食事を。美味しい夜食を。SNSで実質的な爆破予告をしている美食研究会のツイートに『いいね』を押し、片付けと寝る準備を進めるのだった。

 

 

◆◆◆

 

伊落マリー

 

・バケツプリンで満足シスターちゃん。今日は朝から甘い物の気分だったので、衝動的に昼間からバケツプリンを作って夜食に備えていました。あるのがいけないので、作ってしまったプリンは食べきります。あるのがいけないのです。ちゃんと歯磨きをしてから、ぐっすりと眠りました。明日はしょっぱい物を食べたいシスターちゃん。

 

 





マリーに食べさせたいモノ募集

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