ウマ娘を知らない競馬ファンがライスシャワーに転生した話 作:雅媛
先日からレースの練習をマルゼンスキーさんに教えてもらって始めたのだが、完全にドはまりしてしまった。
ウマ娘の本能に走ることが楽しいと刻み込まれているせいか、走ると脳内麻薬がドバドバ出るのだ。
もう合法ドラッグのレベルであり、走り過ぎて体を壊さないよう抑える方が大変である。
まあ体壊したら走れなくなるし、末永くこれを楽しみたいから、ちょうど良いところで止めるのは当然だが。
「ちょうどよい、の定義を今一度確認したいレベルね」
私の走りを見て、マルゼンスキーさんがそんなツッコミをよくしてくる。
まあ確かにマルゼンスキーさんより多く走っている部分はあるかもしれないが、フォームもしっかりしたマルゼンスキーさんの練習と、私みたいな幼女がパタパタ走っているだけでは練習の強度が違うし、脚部に常に不安があるマルゼンスキーさんと、それなりに健康な私では違うし、とは思うのだが……
「怪我の恐れが増さないギリギリのラインでやってるよ」
「それをちょうど良いとは言わないでしょ」
「でもトレーナーさんにも確認してもらってるから大丈夫」
私のトレーニングを見て心配するマルゼンスキーさんだが、これでもちゃんと監督を受けているのだ。
今までインドア派過ぎてまるで気づいていなかったが、マルゼンスキーさんのトレーナーさんが毎日家に来て、マルゼンスキーさんのトレーニング指導をしていた。走るようになってトレーナーさんの存在を認識した私は、マルゼンスキーさんへの指導の手が空いたときに私への指導をお願いしたのだ。
一流トレーナーの指導のおかげもあり、走りも徐々に上手くなっているように思えるし、体づくりのためごはんもいっぱい食べたら、背も少しずつ伸びている。
将来は目指せマルゼンスキーさんなので今よりもっと大きくなりたいところである。
「二人ともお疲れ様」
「あ、トレーナーさん、お疲れ様」
「トレーナー君、一通り練習は終わったわ」
そんな話をしていたらトレーナーさんがタオルを持ってきてくれた。
私はタオルを受け取るとそっとその場を離れる。
二人の時間をあまり邪魔するわけにもいかないのだ。マルゼンスキーさんはトレーナーさんにぞっこんだし、トレーナーさんもまんざらでもなさそうだが、おそらくトレーナーさんの方は年齢差を気にしているのだろう。なんせ歳の差15歳だ。私とマルゼンスキーさんと同じ年齢差がある。
とはいえ最近、毎日通うのが大変ということで、マルゼンスキーさんが泊っている離れにトレーナーさんが引っ越すことをついに認めさせたらしい。完全に同棲である。
私ができることと言えば、そんなマルゼンスキーさんの邪魔をあまりしないようにするだけである。こっそり一人でストレッチをしながらいちゃつく二人を見ていたら、トレーナーさんが私の方に向かってきた。
「ライスちゃん、ちょっといいかな」
「なあに?」
「今度交流競走会があるらしいんだけど参加してみない? メジロ家主催のものなんだけど」
「どういうものなの?」
ちびっ子レースみたいなものだろうか。交流ってついてるけど何が違うのだろうか。
「同じような年の子が集まってレースをするんだよ。集まる子もライスちゃんと似たような年齢の子ばかりだし、ライスちゃんの実力ならレースになるんじゃないかなって」
「へー、じゃあちょっと出てみようかな」
今のところ、レースと言うものをしたことがない。マルゼンスキーさんと私では実力差があり過ぎて併走もできないし、いつも一人で走っている状態だ。
そんな私の状況を見かねたのか、トレーナーさんがレースのイベントの情報を持ってきてくれたのだろう。できる人である。
そして、メジロ家と聞いて、ライスシャワーと言えばという一頭の馬を思い出した。
ライスシャワーと言ったら、メジロマックイーンとの一戦がやはり有名だろう。
天皇賞春二連覇という前人未到の記録を立てたメジロマックイーンが、三連覇を目指して出場した天皇賞春、そこでライスシャワーが内側から華麗に抜き去るのはやはりカッコよかったとしか言えない名勝負だ。
こちらの世界でどうなるかはわからないが、運命がある程度前世と同じように動くのならば、同じような勝負になる可能性はなくはない。
今回メジロ家主催のイベントと聞いているから、メジロマックイーンに会えるかもしれない。
参加すると答えつつ期待に胸を膨らませながら、レースめがけて練習を重ねるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今回のメジロ家主催の交流競走会は、一人で参加、というわけではなく、私の所属している家、クリ家から数人が参加している。
クリ冠というと変則三冠のクリフジが思い浮かぶが、私が所属しているクリ家はどうやらそのクリフジなども所属していたところのようだ。ライスシャワーはクリ冠を持っていないが、馬主さんはクリフジの馬主さんの息子さんであるというのは、前世の昔東京の競馬博物館で見た記憶がある。とはいえ現状、レースではあまり結果が出ているウマ娘がおらず、レース方面では没落した家と見られているので、私たちに注目は集まっていなかった。
一方飛ぶ鳥を落とす勢いのメジロ家主催ということでメジロのウマ娘は多く、そんな中にメジロマックイーンはすぐに見つかった。
馬のメジロマックイーンはどちらかというと不細工といわれる馬だったが、ウマ娘のメジロマックイーンは紫がかった白い芦毛が美しいお嬢様ウマ娘であった。体格もよく、強そうな風格を漂わせている。だが……
「メジロ家の子たち、なんだか怖いんだけど」
「本当だねえ」
同行していたクリバロンちゃんがそんな弱音を吐く。メジロ家の皆さんは、やる気十分なのだが、家のメンバー同士の空気感があまりよくない。同じ家ということで私と初対面のクリバロンちゃんですら多少は話すのに、メジロの皆さんはお互いとまるで話さないのだ。
メジロライアンもいるが、何というかピリピリしているし、メジロルイスとか言う聞いたことないウマ娘は若干偉そうだ。そしてメジロ87年組三羽烏の最後の一人、メジロパーマーは影も形もない。どういうことなんだか。
小学校低学年までしか参加できないこの交流会で、メジロの3人は優勝候補なのだろう。恐らくあの偉そうなルイスとか言うのが最有力候補なはずだ。
「まーまー、バロンちゃん。あんまり緊張しすぎず、楽しんで走ることだけを考えようよ」
「そ、そうだね」
なんにしろ、バチバチやりあってるあっちは置いておいて、さっさと準備運動を始める。
競走馬は全体的に怪我が多いが、ライスシャワーも怪我が多い馬であり、3歳時に1回、6歳時に1回、そして7歳時骨折をし、最後は予後不良になっている。
馬と違いウマ娘は脚を骨折しても命に直接かかわるわけではないが、走れなくなることには変わりがないため、ケガには細心の注意を払っていた。具体的にはウォームアップ、クールダウンの徹底と食事を十二分に取ることである。ライスシャワーはあまり食が太い馬ではなかったと聞くが、幸いこちらの体は詰め込めば食べられないわけではなかったため、かなりしっかり食事はとっている。そのせいか今のところ身長も伸びており、体格も前より良くなってしっかりしてきているとマルゼンスキーさんのトレーナーさんのお墨付きだ。
ウォームアップ、クールダウンといった準備運動の徹底をするべく、皆がまだざわついている中、一人ストレッチを始める。小さいころからストレッチをしていると体が柔らかくなるというし、私なりにかなり頑張っているところだ。
こういった怪我防止のためのメニューはマルゼンスキーさんのトレーナーさんと考えたものだ。脚部不安が常にある中、マルゼンスキーさんを最後まで走らせ続けたトレーナーさんの腕は素人の私が聞いていても素晴らしいものとわかった。その分実行するのに手間がかかるが、それはしょうがない。
「ご熱心ですね」
「ふぇ?」
集中をしていて人が近づいてくるのに気付くのが遅れた。
顔を上げるとそこにはメジロマックイーンがいた。
「集中していたところを邪魔して申し訳ありません。でも今日のレースの意気込みを感じまして」
「はぁ、別にいつもだけどね」
熱心にストレッチをしている私を見に来たらしい。傍から見るとレースの準備に熱心に見えるのだろう。
実際はいつものルーチンワークに過ぎない。
しかしメジロマックイーンが話しかけてきた意図は何だろうか。牽制か、友達になりたいのか。
少し考えて、友達になりたいのだろうと決めつけることにした。なんせ往年の名馬メジロマックイーンの名前を継ぐ子だ。仲良くなって損はないだろう。
「暇を持て余してるなら一緒にやる?」
「え?」
「ストレッチ。けが防止にもいいらしいよ」
あと、ストレッチは二人でやった方が押したり引いたりができるので効率がいいのだ。
クリバロンちゃんはどこかへふらふらと遊びに行ってしまったし、一人でストレッチをしていたのだが巻き込んだらちょうど良さそうである。
少し躊躇したメジロマックイーンは、そのまま私の横に座って同じように前屈を始めた。
「ライスはライスシャワーだよ。ライスって呼んでね」
「え?」
「自己紹介」
「ああ、失礼しました。メジロマックイーンです。よろしくお願いします」
こちらは相手の名前を知っていたが、相手はこちらの名前を知らないだろうと思って念のため自己紹介である。
しかし何て呼べばいいか。メジロさんだと同じ名前の人の数が多いし、マックイーンさんは長い。
「じゃあマックちゃんって呼ぶね」
「お好きにどうぞ。ところで……」
「なぁに?」
「レースまでまだ1時間以上ありますけど、準備運動には早くないですか?」
開脚前屈をしながら、マックちゃんが尋ねる。
「うーん、ライスとしては、ちょっと時間たりないかなと。いつもだと1時間半ぐらいかけてるからね」
「それはまたずいぶんと、レースへの意気込みがすごいですね」
「? いつもって毎日だよ? レースは今回初めてだし」
若干話がすれちがっている気がしたので訂正する。
ウォームアップがストレッチ1時間のランニングその他動的ウォームアップが30分の計1時間半、クールダウンも似たようなものである。
確かに長いが、ケガをしないために必要といわれると手を抜くわけにもなかなかいかない。
とはいえ、今回は時間があまりないので、ストレッチは早めに切り上げる必要があるだろう。
普段やっているウォームアップ、クールダウンの話をしたらマックちゃんは少し引いていた。
「毎日そんなにやってますの?」
「トレーナーさんが考えてくれたのだしね」
「トレーナーさんが今からついていますの!?」
「ライスのトレーナーさんではないよ。マルゼンスキーさんっていううちに居候してる人のトレーナーさん」
最初パッと見たときのマックちゃん印象は、お嬢様然として近寄りがたい感じだったが、話してみると案外反応が良いし、面白い人である。
「マルゼンスキーさんですか。あの有名な?」
「マックちゃんが今想像している人であってると思うよ」
「すごいですわねぇ」
「メジロ家だって、すごい先輩いっぱいいるでしょう?」
「まあ……」
目をそらすマックちゃん。
マルゼンスキーさんが名ランナーなのは間違いないが、メジロだって成績で見たらもっと上の人だっているはずである。だが、そういう人との交流はマックちゃんにはないのだろう。メジロ家の中にもいろいろあるのかもしれない。さっきもギスギスしていたし。
クリ家の方だって大人たちの派閥や駆け引きがきっとあるのだろうがレース関係はもうあきらめているため、子供たちにあまりそれが波及していない。
一方メジロ家はレースでいま盛り上がっている家だし、子供たちの間でもいろいろ派閥争いがありそうだ。
あまり触れすぎるのも悪いな、というのは察した。
「なんなら今度うちに遊びに来てよ。マルゼンスキーさんもトレーナーさんも大体いつもいるから」
「あら、楽しみにしていますわ」
おうちに誘ったら笑顔で返事をしてくれた。社交辞令かもしれないが、乗り気じゃなくても無視してちゃんと招待してあげよう。
マックちゃんとのんびり話しながら、軽くストレッチをして、準備運動をしているうちにレースの時間になるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
肝心のレースだが、なんか勝ってしまった。
慣れの問題もあるから勝てるとは思っていなかったのだが、案外私は速いようだ。
勝因だが、レースの駆け引きも偶然ながらばっちり決まってしまったことだろう。
序盤中盤は前に行く子、おそらくマックちゃんか、あのルイスとか言う子が行くだろうという読みを前提に、その後ろにぴったりついてスタミナを温存する作戦を私は取ったのだ。
スリップストリームと呼ばれる現象があり、人の後ろに入ると風の抵抗がなくなるどころか追い風になるため、上手く使うとかなりスタミナ消費を抑えられるのだが、それを存分に使わせてもらった。本来ならば、後ろについている人を突き放したり、左右に振ってその恩恵を受けさせなくしたりするのが定石らしいと本で読んではいたが、もっと上位のレース、それこそトゥインクルシリーズの上位のレースならまだしも、ちびっ子レースレベルではそのようなことはできないようで簡単にルイスとか言う子のスリップストリームを使わせてもらった。
そして終盤になれば後は抜け出してゴールに飛び込むだけという、好位抜け出しの典型的なレースをやったら何か勝ってしまった。
メジロの子らはレース慣れしてそうだったのもあったので、案外あっけないな、というのが正直な感想であった。
「ライスさん、お疲れさまでした」
「マックちゃんもお疲れさま」
「予想以上にライスさんが速かったです」
クールダウンのストレッチをしているとマックちゃんがあいさつしに来た。
クールダウンを一緒にやるのかと思いきや、このまますぐに帰ってしまうらしい。負けたから反省会とかなのだろうか。
「今回は負けましたけど、次は負けませんよ」
「楽しみにしてるね。あと、今度遊びに来てね。手紙送るから」
「はい、そちらも楽しみにしています」
そういってマックちゃんは帰っていった。
よく考えたら友だちが初めてできたかもしれない。そう考えると非常に楽しくなってきた。
去るマックちゃんの背を見送りながら、私は相変わらずストレッチにいそしむのであった。
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メジロマックイーン(5歳)
誕生日 4月3日
身長 108cm
体重 意外とがっしり
スリーサイズ B56・W49・H62
メジロのお嬢様ウマ娘。脚の負担を心配して多少絞っている。
この小説のメインヒロイン
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ミホノブルボン
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