ウマ娘を知らない競馬ファンがライスシャワーに転生した話   作:雅媛

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第五章 ライスシャワーのクラシック戦線
1 激闘の年を迎えて


 新年が明けて、サンデーサイレンスさんを加えたいつものメンバーで初詣に出かけていた。

 

 

「ふっふっふ、見ていなさい。今年こそ“超大吉”を引いて、勝利の女神になりますわよ!」

 

 

 マフラーをふわりと巻いたマックちゃんが、やたらと気合いを入れている。

 ……大吉に“超”はつかないと思う。謎のテンションだ。

 

 隣ではテイオーちゃんが、手袋をはめたままピョンピョン跳ねながら、

 

 

「じゃあボクは“神吉”引くね! 神級! SSR演出つき!」

 

 

 などと言い出す。二人とも、妙にハイテンションだな……。

 

 年末、よほど大変だったんだろう。

 一方は史上初の海外GⅠ制覇、もう一方は無敗の三冠ウマ娘。どちらも引っ張りだこだったはずだ。

 

 

「神とか超とか、どちらが格上なんだ?」

 

「一番強いのは凶ですよ」

 

「KYOU?」

 

「“強い”と書いて“きょう”と読む。それと同じ音の“凶”が最強なんです」

 

「なるほど。ならば余は凶を目指すとしよう」

 

 

 イクノさんが、サンデーさんに堂々と嘘を教え始めた。

 サンデーさんの妙にズレた日本知識の出所が、今まさに明らかになっている。

 

 このカオスをどう止めるべきか、一瞬悩んだが──やめた。

 ブルボンさんは相変わらず無言で眺めてるだけだし、まあ……いつものことだ。

 

 

「よし、神社に到着〜っ!」

 

「テンション高いなぁ……」

 

 

 先日、学園の森の中で偶然見つけた神社は、三が日にもかかわらず静けさに包まれていた。

 

 鳥居の前で並んでお辞儀し、手水舎で手を清める。

 さすがは良家のお嬢様たち、こうした作法は完璧だ。

 何も知らないサンデーさんは、皆の動きをじっと見て真似していた。

 

 賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。

 どうか、みんなが怪我なく走れますように──そう祈った。

 

 

「今のセレモニーだが、どんな意味があるんだ?」

 

 

 サンデーさんが素朴な疑問を口にする。

 私も詳しくは知らないが、テイオーちゃんが得意げに説明を始めた。

 

 

「まず、あの赤いのが“鳥居”。つまり、入り口。Gateだね。で、日本では入るときにお辞儀するんだ」

 

「なるほど」

 

「それから、手を洗ったところは“手水舎”っていってね──」

 

 

 テイオーちゃんはそのまま流れるように解説を続けていく。

 普段の言動に反して、本当に博識だよね、この子。

 こういうところ、サンデーさんとの相性の良さに繋がってる気がする。

 

 

「あっ、あそこにおみくじあるよ! 三女神くじだって!」

 

「わーい、早速おみくじバトルしよー!」

 

「おみくじバトル!?」

 

 

 ……感心していたのも束の間、すぐにおみくじに気を取られたテイオーちゃんが、謎の企画を立ち上げた。

 

 

「みんな、ひとつずつ引いて!」

 

「わかりました。負けませんよ」

 

「私が勝ちますわ!」

 

「Battleなら、負けられないな」

 

 

 皆ノリノリで、おみくじを引いていく。

 私も、ひとつ手に取った。

 

 

「ででん! 大吉ぃぃぃ!!」

 

「私は中吉。まあ、無難ですわ」

 

「凶。これこそ最強の証……」

 

「私は末吉ですね」

 

「私は小吉です。ライスさんは?」

 

「……大凶……」

 

「なにっ!? 私の凶を上回るとでもいうのか!」

 

 

 まだ誤解が解けていないらしく、サンデーさんが妙に絡んでくる。

 だが実際、これは完全なる“負け”である。

 新年のおみくじに凶はない、なんて話は嘘だったらしい。

 

 

「お、落ち着いて中身を見ましょう!? 内容が実はいいかもしれませんし!!」

 

「いや、まずマックイーンが落ち着きなよ……」

 

 

 どんよりした空気を察して慌てるマックちゃんを、テイオーちゃんがなだめる。

 そうだな、とりあえず中身を見てみよう。

 

 

「えっと……『悪しき運命に屈せず、心静かに歩めば、春には光が差す』?」

 

「ふむふむ。つまり“落ち着いて頑張れ”ってことだね!」

 

「To fly high, you have to crouch as low as possible.」

 

「おっ、サンデーさん、いいこと言うじゃない」

 

 

 春までに、何かあるのかもしれない。

 気にしすぎるのもよくないけれど──

 ほんの少し、胸の奥に留めておこうと思った。

 

 

 

 

 新学期が始まる少し前。

 吐く息が白く凍る早朝、私はトレセン学園のトラックを軽く流していた。

 

 

「うーん……」

 

 

 なんだか最近、調子が上がらない。

 

 別に体調が悪いわけじゃない。でも、走っても走っても手応えが薄い。

 スピードもキレも、自分の中の伸びしろがどこかで止まってしまったみたいだった。

 

 ざっ、ざっ、と霜を踏む音が冷えた空気に響く。

 

 

 正直、焦っていた。

 確かにホープフルステークスは私が勝った。でも、あのときの“私”のままでは、次は通用しないだろう。

 

 ブルボンさんにおいていかれる。

 ノーザンコンダクターさんやスタントマンさんだって、きっとすぐ追い抜いてくる。

 

 クラシックシーズンは、成長する時間でもある。立ち止まっている暇なんてない。

 

 練習量が足りないのかも――

 よし、今日は久々に坂路を死ぬほど走り込んでやろう。何か掴めるかもしれない。

 

 

「おはようございます。お早いですね」

 

「おはよう……えっと、タンホイザさん?」

 

 

 不意にかけられた声に振り返ると、マチカネタンホイザさんが立っていた。

 この時間に誰かと出会うとは思わなかった。

 

 南坂トレーナー担当のウマ娘で、イクノさんのチームメイトらしい。

 直接話すのはこれが初めてだけど

 

(マチカネタンホイザ。ノーザンテーストの最高傑作。前世の記憶によると、GⅠには手が届かなかったけど、実力は確かだった……)

 

 前世の知識さんは全く役に立たないわけではないけれど、この世界では、その戦績がまるごと変わることだってある。

 特に実力者なら油断なんて、できるわけがない。

 

 

「ライスさん、おはようございます」

 

「イクノさんもおはよう。二人で朝練?」

 

「はい。今年は、本気を出す予定ですから」

 

 

 そう言って、トラックの向こうからイクノさんが姿を現した。

 二人で一緒に自主トレ中だったようだ。

 

 

「……なにか、ありましたか?」

 

「え?」

 

「少し、雰囲気が張りつめていたので」

 

「そ、そうかな?」

 

 

 まさか睨んだりしてたわけじゃない……よね?

 けれど、イクノさんに見抜かれるくらいには気が張っていたらしい。

 

 ――まあ、相手がイクノさんなら。

 ちょっとくらい弱音を吐いてもいいかもしれない。

 

「最近、ちょっと伸び悩んでてさ。坂路を死ぬほど走り込めば、少しは感覚戻るかなって」

 

「なるほど。それなら、いい方法を教えましょう」

 

「えっ、なになに?」

 

「タンホイザさん。ライスさんと野良レースをしてみてください」

 

「なんで!?」

 

「なんで!?」

 

 私とタンホイザさんの声が、ぴったり重なった。

 

 

 

 ということで、イクノさんの思いつきで、タンホイザさんと野良レースをやる羽目になった。

 当然、トレーナーに許可なんて取っていないので、後で怒られるかもしれない。とはいえ、ライバル候補の一人の実力は見ておきたい。

 

 レースは芝2000メートル。トラックを一周ちょっとする距離で、皐月賞と同じだ。

 イクノさんの合図でスタートし、私はまず先手を取った。

 

 ある程度有利な位置を取って、展開を有利に進めないと。

 

 そう思った瞬間。

 

 ■ 先行ためらい      

 ■ 先行焦り        

 ■ 先行駆け引き      

 ■ 先行けん制       

 

 

「うそでしょ!?」

 

 すさまじい量のデバフスキルが、スタート直後から飛んでくる。

 タンホイザさんの様子が演技でない限り、このレースはあくまでイクノさんの思いつき。準備の時間なんて、ほとんどなかったはずだ。

 それでも、私が先行で行くことを読んで、短時間でスキルを使う準備をしていたのだろう。

 

「ぐふっ……」

 

 あまりの圧力と予想外のタイミングのけん制に、思わずよろめく。

 よろよろした走り方になった私を尻目に、タンホイザさんは慎重にレースを進めていく。

 とはいえ、何もせずにこのまま引き下がるのも癪だ。

 第一コーナーに入ったところで、こちらも仕掛ける。

 

 ■ 悩殺術         

 ■ 独占力         

 

「うげっ」

「えっ」

 

 だが、タンホイザさんもタイミングを見計らっていたようで、同じタイミングで仕掛けてきた。

 コーナーの入りをつぶされ、二人して外に膨らむ。最初の駆け引きで負けている分、完全に並ばれてしまう。

 

 先行側として、これはあまりよい展開ではない。引き離そうとするが――

 

「ライスさん、かわいいですね」

 ■ 魅惑のささやき     

「ぐふっ……」

 

 加速体勢に入ろうとしたその瞬間、さらにスキルを差し込まれて大きくよろける。

 この人、どれだけスキルの使い方がうまいんだ。

 

 先行のアドバンテージをまったく稼げないまま、向こう正面へ。

 一度イニシアチブを取り返さないと、かなりまずい。少し前に出つつ、こちらからも仕掛けにかかる。

 

 ■ 八方にらみ       

 ■ トリック&トリート   

 

 けん制を入れつつ再度加速しようとしたその瞬間、タンホイザさんもスキルを重ねて潰しに来た。

 様子を見ようと振り向いたのがまずかったか。スキルのタイミングを見切られてしまったようだ。

 完全に相手のペースに乗せられている。一度状況を落ち着けないと――

 

 ■ クールダウン      

 

 一息入れてどうにか立て直すが、もうコーナーを回って、あとは直線。

 余裕が残っているタンホイザさんに対し、こちらはボロボロだ。

 立て直したタイミングが、すでに遅すぎた。

 

 ここから領域を使えば差し返せるか……? いや、さすがにそこまで奥の手は見せたくない。

 おそらく、タンホイザさんも同じように考えているだろう。

 必死に追いすがったが、結局私は追いつけずに負けてしまうのであった。

 

 

 

「お疲れさまでした、お二人とも」

 

「もうむりぃ……」

 

「キツイよぉ……」

 

 ヘロヘロになって芝に横たわると、冷たい空気にさらされて湯気がもわもわと立ち上る。

 地面の芝の冷たさが、逆に気持ちよかった。

 

「さて、お二人の課題が見えたと思うのですが」

 

「むーん」

 

「まあ、なんとなくね」

 

 タンホイザさんに負けたのは、駆け引きの差だ。

 マックちゃんやテイオーちゃん、サンデーさんやブルボンさんが私の立場なら、おそらく負けていない。

 レーススタイルが違うからだ。

 

 彼女たちは、みな自分の実力を最大限に高めて押しつぶしていくスタイルだ。

 多少の対抗策では崩せない相手だ。

 一方、私はというと、小手先の技が得意。今までは能力差で押し切ってきたが、これからはそうもいかない。

 スキルの精度と使用タイミングを上げていく必要がある。

 

 逆に言えば、純粋な能力で他人を引き離せる段階は、もう過ぎたということ。

 そりゃ、闇雲に頑張っても頭打ち感が出るわけである。

 

 練習内容を変えないといけないな。あと――タンホイザさん、無茶苦茶強いな。

 これは本当に油断できない相手だ。

 

 タンホイザさんのほうは、むんむんと唸っている。

 いまいち何が何だかわかっていない感じだ。

 

 

「ライスさん。タンホイザさんの課題は何だと思いますか?」

 

 

 イクノさんが尋ねてくる。敵に塩を送るようなことになるが、私の問題点をビシッと指摘してくれたイクノさんの顔を立てて、答えることにする。

 

 

「自信のなさ、だね。ライスと勝負になるのは、さらに言えば勝つのは、同期でも上澄みだけだよ。でもタンホイザさん、自分のことを“普通”って、よく言ってるでしょ」

 

「むーん」

 

「謙虚も行き過ぎるとマイナスなんだよ。自分の実力をちゃんと把握して、今必要な技術を伸ばさないと」

 

「むーん……」

 

 

 謎言語で返事をするタンホイザさん。

 自分の実力を、まだ理解しきれていないんだろうな、というのは感じる。

 正直タンホイザさんも私と同じ段階、つまり闇雲に能力を伸ばそうとする段階ではなくレース技術を磨く段階に思える。能力を伸ばす状況じゃないのに無理すると、怪我するだけだ。

 まあ、私も同じ方向に暴走しかけてたけど……

 

 おみくじにも言われたし、今は心を静めて一歩一歩進む時期なのだろう。




ネイチャ直伝デバフの嵐
お米はせんべいになる。

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