ウマ娘を知らない競馬ファンがライスシャワーに転生した話 作:雅媛
さて、皐月賞の前哨戦として私が選んだのは――弥生賞である。
ステップレースの中では唯一のGⅡ。格の高さに加え、本番と同じ中山芝2000mという条件を経験できるため、ウマ娘たちの注目度も群を抜いている。必然的に、有力ウマ娘が集結するレースとなる。
……もっとも、ブルボンさんやタンホイザさんはスプリングステークスの方へ進んでしまった。
だから、今回は彼女たちの姿はない。
ブルボンさんが短距離向きなのは分かる。でも、長距離適性が高そうなタンホイザさんまでそちらに出るとは意外だった。
いや、南坂トレーナーのことだ。きっと、何か意図があるのだろう。今の時点で想像を巡らしてもしても仕方ない。
とはいえ、今回の弥生賞も楽なレースではない。
「やあ、ライスシャワー君。今日は負けないよ!」
「こんにちは、ヤマニンミラクルさん。私も今日は、絶対に勝ちます」
パドックでいつものように手を振っていると、声をかけてきたのはヤマニンミラクルさんだった。
2番人気のウマ娘。新潟ジュニアステークスで一度対戦した相手である。
その後、京成杯ジュニアステークスを制し、朝日杯では2着という成績を残している。
文句なしの実力者だ。
あのときは、デバフ戦法で思いっきり揺さぶって勝たせてもらったけど……。
今回は、きっと対抗策をしっかり立ててきているに違いない。
「オレも今回、借りを返しに来たぜ。前と同じって思うなよ?」
続いて声をかけてきたのは、スタントマンさん。
ホープフルステークスでしのぎを削った相手だ。もう一人のライバル、ノーザンコンダクトさんはスプリングステークスに出ると聞いたけれど、彼女はあえてこちらに合わせてきた。
彼女も、私を意識しているに違いない。
ただ、現状の重賞級メンバーというと、この二人くらいか。
もちろん、年が明けてから実力をつけてきたウマ娘も少なくないし、実績だけでは測れない。
でも、なんだか今回は有力どころがスプリングステークスに流れているような気がする。
いや、重賞級はもう一人いるのだが……
「5枠5番、サンエイサンキュー。5番人気です」
アナウンスの声に導かれるようにパドックへ現れたのは――サンエイサンキューさん。
今回のブルマ仲間枠である。
なんでクラシック路線ブルマ人口少ないんだよ…… 今回も私と彼女の二人だけだ。
……とはいえ、彼女がなぜ弥生賞に出てきたのかは正直よく分からない。
阪神ジュベナイルフィリーズではニシノフラワーさんに敗れたものの2着、そしてクイーンカップでは1着――ティアラ路線の有力候補であるはずだ。
それなのに、クラシック三冠の皐月賞へ向けたこのレースに出てくるとは……。
「アイツ、大丈夫かよ」
スタントマンさんがぽつりとつぶやく。
疑問に思っているのは私だけじゃないらしい。
そして、彼女の様子――どこかやつれているようにも見える。
電光掲示板の前走比較を見ると、体重も結構減っている。
なんとなく、嫌な予感がする。
でも今は自分のレースに集中しよう。
相手を気にしても、勝利は近づいてこないのだから。
本馬場入場の合図がかかる。
パドックでの高揚が、少しずつ張り詰めた静けさに変わっていく。
日が少し傾き始め、気温は低くもなく、風も穏やか。絶好のレース日和だった。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
パドックの出口で、マルゼンお姉様が声をかけて、軽く背中を叩いてくれる。
あたたかな掌の重みが、心の芯を落ち着かせてくれるようだった。
「行ってくるね」
そう言って本馬場へと歩を進めると、スタンドの歓声が一気に近くなった。
思わず背筋が伸びる。観客の視線が、確かに私たちに注がれている。
同時に、気持ちが切り替わる。
もう、怖がっている暇なんてない。
今日の主役も私なんだから。
「ライスちゃん、がんばってー!」
「かわいいー!」
スタンドからかけられる応援を聞きながら、コースに足を踏み入れる。
時々声援に軽く手を振りながら、スタンド前のゲート裏に移動する。
「――ふぅ……」
深く息を吸って、吐く。心拍を整えるように、ひとつ、ふたつ。
その横で、ヤマニンミラクルさんが黙々と蹄鉄を鳴らしながらウォーミングアップしている。
スタントマンさんは軽く助走を入れて、ぴょんと跳ねるように駆け出した。
みんな、それぞれの集中し始める。
私も集中を始める。
返し馬を終え、出走ウマ娘たちが次々にゲート裏に集まり始める。
「5枠5番、サンエイサンキュー、ゲートイン完了です」
係の人の声が響く。サンエイサンキューさんの姿が見える。
やっぱり、どこか元気がない。
なぜ必要もないレースに出る?
なぜ体調調整がうまくいってないのに出場を強行した?
どうしても引っかかる部分があるが、今はひとまず忘れよう。レースに集中しなければ。
「1枠1番、ライスシャワー、ゲートに向かってください」
係員にうながされ、私はゲートへと歩き出す。
スタートまではあと少しに迫っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『美しいターフが広がる中山レース場、馬場状態は絶好の良バ場です』
『今日は各ウマ娘の好走が期待できそうですね』
沸き上がる声援と実況が響く中、私はゲートの中で静かにスタートを待っていた。
『三番人気はサクラセカイオー。これまで2戦2勝、無敗での挑戦です』
『少し落ち着きがない様子ですが、レースが始まれば変わるかもしれません』
『二番人気はヤマニンミラクル。やや不満そうな様子ですが、気合は十分』
『そして一番人気は――ライスシャワー!』
『ホープフルステークスの再現、期待がかかります!』
私は手を合わせ、心の中でレースに感謝を捧げる。
最初はなんとなく、途中から周りへのウケのためにやっていたが、そろそろ習慣のようなものになりつつある。
深く息を吸う。
一瞬の静寂。
そして――
『スタート!!』
『各ウマ娘、揃った綺麗なスタートです!』
『さあ、誰が前に出るか注目です!』
スタートは上々。
最内なので、前がふさがれないように前進すると、スタントマンさんが外からわずかに先に出ようとした。
しかし私はその横から、自然に前へと立った。
このレース、前に行きたいウマ娘が少ない。
必然的に、先行勢の中で一番積極的な私が先頭に立つ展開となる。
『先頭争いは1番ライスシャワーと4番スタントマン。その後ろに2番パレスフォンテン、5番サンエイサンキューが続きます』
『全体的に様子見のムード。先頭に立つ判断、吉と出るか凶と出るか――』
予想通りの展開。ならば――
私は先頭のまま、中山の急坂を一気に駆け上がった。
このスキルは、自分のレースを見直し、自身の強みを模索した末に辿り着いた答え。
馬のライスシャワーが淀(京都競馬場)で強かったのは、アップダウンに強かったからだという説がある。
私もまた、その名を継ぐ者。
そして、小さな頃から死ぬほど坂路を走ってきた。
坂道が得意でないわけがない。
中山の急坂をものともせず、ぐんぐん引き離していく。
『ライスシャワー、快調に飛ばしています!』
『1コーナーから2コーナーへ!』
そして向こう正面――中山はここから下り坂になる。
つまり、さらなる加速ポイントだ。
勢いを乗せて、下り坂を駆け抜ける。
後ろからのけん制の気配もあるが、距離があればデバフスキルの効力も薄れる。
ここまで届く“圧”は、そよ風程度だ。
『先頭はライスシャワー! 4バ身後方に4番スタントマン!』
『その後ろに2番パレスフォンテン、5番サンエイサンキュー』
『3番ヤマニンミラクル、8番サクラセカイオー、7番アサカリジェントが続きます』
『後方からは9番ダッシュフドーと6番セイショウマインドがタイミングを計っています!』
ここまで前に行くと後続が焦って詰めてくるかと思いきや、案外落ち着いている。
――ならば、このリードを維持したまま仕掛けるだけだ。
『まもなく第4コーナーに入ります!』
コーナーで一瞬だけ息を入れると、後続が一気に迫ってきた。
ならば、ここだ。
スパートに合わせて、デバフをばらまく。
そして、自分だけが抜け出す動きへ。さらに――
今回は、いつもと違う領域の使い方だ。
《Drain for blue rose》が周囲の活力を奪って自分のスピードに転化する「強奪」タイプなら、
この《Bless of blue rose》は、自らの内なる意志を高めて進む「強化」タイプ。
領域は内面世界の反映といわれる。
つまり心の在り方次第で、領域の性質も変えられる。
工夫の末に生まれた、私だけの新しい力だ。
『さあ、ここからスパートに入る!』
『中山の直線は短いぞ! 後ろの娘たちは追いつけるか!?』
もう、誰もついてこられない。
後方からの領域が、かすかに触れる気配がする。
だが、遅い。
『ライスシャワー、完全に抜け出した!』
『リードは4バ身! これは強い!!』
『ライスシャワー、今ゴールイン!!』
完全に自分のレースを押し通し、弥生賞を制したのだった。
「くっそ……完全にやられた」
「ふふん。ライスは、常に進歩してるんだよ」
悔しがるスタントマンさんに、私は勝ち誇った笑みを返す。
今までむやみにばらまいていたデバフは、冷静に分析すれば無駄が多かった。
本当に必要なのは、タイミングと自分の強みを見極めた一撃。
私は、自分の得意分野、坂道での力を磨き直した。
そして、それが見事にかみ合ったのが、この弥生賞だったのだ。
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