ウマ娘を知らない競馬ファンがライスシャワーに転生した話 作:雅媛
皐月賞を振り返って考える。
レース展開はよかった。
前は前で、後ろは後ろで争う中、真ん中でひっそりとスタミナを温存しつつ進行する展開は完璧だっただろう。
力も出し切った。
少し早めのスパートで温存していたスタミナを完全に消費しきり、ゴール板前を駆け抜けた。
準備もしっかりした。小手先のデバフ戦術に頼り切るのをやめ、弥生賞のころからより完成度を上げた走りができていた。
しかし負けた。
ブルボンさんのほうが想定外は多かったはずだ。
先頭をバクシンオーさんに取られるなんてまさに典型的だ。
100%で走った私と、想定外に対応したブルボンさん。
でも負けた。ハナ差とは言え負けたのだ。
その理由が全くわからなかった。
「そうね、レース展開は問題なかったと思うわ」
マルゼンお姉様との反省会、カレンチャンを抱っこしながら私はお姉様の意見を聞く。
カレンチャンのつむじに顔を埋めるとすごくミルク臭かった。
「実力的には五分ぐらい、展開はこちらが有利だったと思うし、そうするとなんで負けたのかわからないなぁと」
「うーん、そうねぇ…… トレーナー君はどう思う?」
マルゼンお姉様はお兄様に話を振る。
お兄様は思案顔で口を開いた。
「ライスちゃんは何でレースに出ているんだい?」
「うーん、走るのが楽しいからかな」
「ブルボン君はクラシック三冠をとるという明確な意思があるのは私も知っている。その差はどう思う?」
「……思いの差があるっていうこと?」
確かに抽象的に走りたーいだけの人間と、絶対に勝ちたい人間では意志の強さが違うだろう。
その差が最終的に微妙な差に表れた、といわれるとわからないでもない。
だがお兄様は首を振った。
「近いところはあるけど、たぶんライスちゃんがイメージする思いの差とは違うと思うな」
「むむ、どういうこと?」
「マルゼンスキー、君はわかるかい?」
「そうね。ライスちゃん、楽しいから走るのと、クラシック三冠を目指すの、どっちの思いが強いと思う?」
マルゼンお姉様が引き継いで話を進めていく。
考えるように、質問を重ねるのはお姉様たちのやり方だ。つべこべ言わずに走れ!という黒沼さんのスタイルとは真逆だが、私にはこちらの方があっていた。
「後者の方が目的が明確で強い気がするけど……」
「いいえ、走る動機に上も下もないわ。現に私は楽しいから走ってるだけだけど、走る思いの強さでも負けたつもりはないもの」
「ふむ……」
わかるようなわからないような……
「アイツが気に食わないでも、極度の負けず嫌いでも、クラシック三冠を取りたいでも、レースを愛しているでも、どれでも理由には十分なのよ。あとは純度の問題」
「純度?」
「そう、どうして勝ちたいか、を本当に理解しているか。その深さこそが意志の強さよ」
「それが、ライスがブルボンさんに負けているところ?」
「私が見る限り確実にね」
マルゼンお姉様は断言した。
「ということでどうやって勝ちに貪欲になればいいかと思って」
「無理だと思いますけど」
「そんなー!!!」
自分だけで考えていてもすぐに詰まってしまいそうなのでマックちゃんたちに相談したのだが、マックちゃんに一瞬にして切り捨てられた。
「だってライスちゃん、自分が好きな人と勝負を分けられないでしょう?」
「むー」
「ブルボンさんはそれができて、ライスちゃんはそれができない。それが勝負において差として表れている」
「むー」
「いい悪いではなく性格の差です。それで勝とうなんて無謀でしょう」
確かに私の中には大好きなブルボンさんの夢を壊していいのかという迷いが常にある。
一方ブルボンさんはそれはそれ、これはこれと割り切れるタイプだ。
マックちゃんの正論に私は一瞬にして打ちのめされた。
ぐへぇ、と私は机に伏せる。
「そもそもライス先輩が、ブルボン先輩に負けているところで勝とうなんて言うのが無謀じゃない」
「?」
「お互いいいところあるんだから、勝っているところで勝てばいいんじゃないかな」
「ふむふむ」
「例えば次のダービーが京都の3200mのレースだったらどう思う?」
「まあ、ライスが勝つよね」
さすがに現状なら長距離で負ける気はしない。
この超一流ばかりそろう場でも、その距離で怖いのはマックちゃんぐらいだろう。
「そういうこと。勝ってる部分があるならそれで勝てばいいんだよ」
「確かに」
自分の得意な点を生かすようなレースプランを考え、それに向いたように鍛え直す、この方針が一番だろう。
少なくとも同じ方法で勝てるとは全く思わない。だが、勝てる方法はみんなから話を聞いて見えたような気がした。
ということで予定を変えてダービー前にNHKマイルカップに殴り込みをかけることにした。
目標はずばりスピードアップだ。
短い距離を走ることで、早い展開、速い速度に慣れるのを目的としている。
今までブルボンさんは少しずつ長い距離に挑戦し強くなってきたが、私は勝てるレースをできるだけ走って勝利を重ねただけであり、その挑戦の心の差もあるのではないかと思ったのだ。
ということで適性外のマイルにあえて挑戦することにした。
『ライスシャワー、完全に抜け出した! これは強い!! 今、一着でゴールイン!!』
そして案外あっさりと勝ってしまった。
圧倒的なスタミナで先頭を取ってハイペースを維持しながらライバルをすりつぶすという戦略を取ったら皆脱落してしまったのだ。
私も私で3000mぐらいを走ったぐらい疲れたが、とはいえ長距離は慣れているのでその感覚で1600mを走るというのはそう難しい話ではなかった。
めぼしいライバルがいなかったのも理由だろう。
同世代のスプリンターやマイラーは決して層は薄くない。
サクラバクシンオーにニシノフラワー、マイルならシンコウラブリィにトロットサンダーといった名馬がいる、むしろ層は厚い時代だ。
だがそういった前世知識で有名なウマ娘は全く出ていなかった。大体が成長途中かクラシックに流れたため奇妙な空白時期になっていたようだ。
そもそもこの時代だと2000mのNHK杯があったはずの時代だからなぁ……
というか出てしまってから気付いたけどこれ松国ローテだし、怪我しないように注意しないと……
脚の感覚も異常ないから大丈夫だと思うんだけど。
「疲れが残ってたら出たくてもダービーは回避だからね」
「はーい」
レース後、マッサージされながらお姉様にもくぎを刺された。
本来直行も考えていいローテーションだし疲れは出るよねぇ……
とはいえ皐月賞、ダービートライアル、ダービーというローテーション自体は見かけないものでもないし、そこまで無茶というほどのローテーションではないと思うのだけれども……
その後、幸い特に問題もなくダービー当日を迎える。
小雨が降る中、レースは行われることになった。
バ場状況は重、私には有利な環境だ。
『7枠14番、ライスシャワー、二番人気です』
『前走のNHKマイルカップでは強さを見せつけましたが』
『ダービーは少し長すぎるように思えますが好走を期待したいですね』
今回私は2番人気となった。
とはいえマイラーっ気を出してしまったのでブルボンさんとはずいぶん人気に差がついてしまっている気がする。
おててを振りながら隣の枠になったブルボンさんを見る。
いつも通りえっちな勝負服だが非常に落ち着いた態度を見せていた。
『7枠15番、ミホノブルボン、一番人気です』
『無敗で皐月賞を制した彼女には、ぜひ無敗の三冠を目指してほしいですね』
ブルボンさんが強いというのはよくわかっている。
いくつか方法を考えても勝てるヴィジョンは容易に見えない。
今回もいつもとまた違う方法を使うことを考えていた。
それには今回の枠はちょうどよかった。
いつものようにゲートに入り、いつものように手を合わせて祈る。
レースの無事を、皆の無事を。
勝利は祈らない。それは自分の手でつかむものだから。
一瞬の静寂の後、ゲートが開きレースはスタートした。
素晴らしいスタートを切るブルボンさんの後ろにピタッと張り付く。
マーク戦法。馬のライスシャワーとその騎手が得意とした方法だ。
いままでやらなかった戦法をウマソウルの導きに従って私もとってみることにしたのだ。
散々他者研究をしてきた私にはマーク自体はそう難しい方法ではない。この体と名前に馴染む戦法と考えれば有利に事を運べるのではないかという期待もある。
一方で問題もある。マーク戦術は必然的に直線に入ると並んで叩き合いになる。
五分五分で競い合えば勝てないだろうという予想であり、その時点で私の方が有利である必要があるのだが…… 最後私の方が有利な状況になるかは読めなかった。
今までこういったばくちのような結果が見えない戦法は取らなかったのだが、今回はあえてこんな方法を取った。なぜなら私がどこまで『ライスシャワー』であるかを知りたかったのだ。
本当にライスシャワーなら、マーク相手を間違えなければほとんどのレースで勝てるのではないかと思う。そのマーク相手を間違えないというのが難しい部分でもあるのだが…… ライスシャワーも絶不調のトウカイテイオーをマークして惨敗したことがあるし……
何にしろ自分が何かということを探るのがこのレースであった。
ちなみに自分では自分が『ライスシャワー』という馬である意識は正直ほとんどない。
名前以外に共通項がなさすぎる。マイルGⅠで勝つライスシャワー号とか嫌だよ普通に……
だがそれは私の考えでしかない。勝つヴィジョンがあまり見えなかった以上、こういった手を使うこともまた戦術と思う。
細かくスキルを使いつつ、ブルボンさんの後ろをぴったりとキープする。
マーク外しに芝を蹴り上げたり、細かくポジションを変えたりといったことをブルボンさんがしてくるが、この程度で私のマークは外れない。
今までのように強力で大きなスキルは全部封印している。細かい調整以上のスキルを使うとマークが崩れるためだ。
いつもと違う静かなレースを私が動かしたのは残り1000mを切ろうというところだった。
向こう正面から第三コーナーにかけての下り坂で一気に加速する。
そのままブルボンさんに並んで競い合う。
仕掛けるには明らかに早いタイミング。だが、スタミナ勝負に持ち込むならこれくらい早くて問題ない。
残り1000m、私とのダンスに付き合ってもらうよブルボンさん。
スパートに近い速度の私にブルボンさんもギアを一段階上げてついてくる。
ここで突き放されると不利と判断したのだろう。
そのままコーナーを走り抜けて、第四コーナーを抜けようとするタイミングで……
ブルボンさんが本気のスパートを掛けた。
こちらもさらに加速する必要がある。
心を開放し、心象風景で世界を埋め尽くす。
一面の薔薇
暗い夜が降りる中、そこを"ライスシャワー"が切り裂いていく……
いつもと違う何かが自分の中から、ライスシャワーの中から解放され、いつも以上の加速と速度で私はスパートに乗った。
東京の長い直線、二人で延々と競い合う。速度負けはしていない。とはいえ勝っているわけでもない。スタミナは切れかかっている。あとは気合の勝負……
になったら勝てない訳で、さらにもう一段階スキルを使わせてもらう。
最後の力を振り絞ってさらに一段階速度を上げる。
それでも突き放すこともできず、私たちは並んでゴール板前に飛び込んだ。
結果はぎりぎりで私のほうがハナ差で勝利した。
いろいろ学ぶことの多いレースとなったのであった。
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