ウマ娘を知らない競馬ファンがライスシャワーに転生した話 作:雅媛
トレセン学園のカリキュラムは、午前中が座学で午後がレースに関する実技、となっている。
レースに関する実技と言っても走ることだけでなく、健康管理のための保険の教育や、ライブのための歌やダンスも含まれて、それなりに多彩である。
小学生時代不登校であった私も、トレセン学園は寮生活なのもあるので早々サボることもできない。
まあ座学の方はそこまで問題はなかった。何となく聞きながら、体を休める休憩だと思えばそこまで苦痛ではない。
問題は午後の実技のうちのトレーニングだった。
音楽や踊りは問題はない。いや、全然できないという点では問題しかなかったが、できない以上真面目にやらざるを得ない。最底辺の成績ながら必死に努力をしている。
だが、走るトレーニングに関しては正直退屈だし、かといって何も考えずに従うには運動強度が高い。入学当初の生徒を集めれば能力はバラバラで、画一的なものになるのは仕方ないとは思うが……
準備運動の時間が短すぎるし、走る速さは物足りないし、無駄に走る時間だけ長いし、ストレスばかりたまるものだった。
「ということでトレーナーさんを捕まえようと思うよ」
「どういうことですか」
「トレーナーさんが居ればもうちょっといいトレーニングができると思うんだよね」
朝一でないと人気の坂路がなかなか使えないのも、画一的でだらだらしたトレーニングをしないといけないのも、トレーナーと契約すれば解決する。
選抜レースでスカウトを待つのが普通と聞くが、こちらからスカウトしに行ってはいけない理由はない。
マックちゃんやブルボンさんも教官とのトレーニングに不満があるのだろう。特に私を止めることもなく、3人でトレーナー漁りを始める。
「それで、あてはあるんですか?」
「ひとまずいつも坂路のところにいるトレーナーさんがいるから声をかけてみよう」
「あのヤクザみたいな格好の人ですか?」
「そうそう」
まずはよく坂路のところにいる、白いジャージとサングラスのおじさんトレーナーに声をかけてみようと思った。
真剣にウマ娘たちを見ているし、悪い人ではないだろう。
「名前知ってる?」
「多分黒沼トレーナーですね。ハードトレーニングを課すことで有名で、ウマ娘を鍛えて育てるが座右の銘です」
「さすがマックペディア、良く知ってるねぇ」
「人を辞典みたいに言わないでください」
マックちゃんはメジロ家からの情報をよく覚えているので、いろんな情報を教えてくれる。クリの家とは天地の差がある情報収集能力だ。
あのヤクザみたいな人の名前から特長まで全部教えてもらった。
「でも熱血系かなぁ。ライスはあまり得意じゃないかも」
「私はちょっといいかなと思っています」
「私も」
「二人とも努力家さんだからね」
相性が良くなさそうだなと思った私と違い、二人はありだと考えているようだ。
そんな話をしているうちに、目的の人を見つけた。
「黒沼トレーナー、ちょっとお時間いただいても」
「なんだ?」
「ライスたちは新入生なのですが、トレーナーになってくれる人を探していまして」
「ふむ、主席のメジロマックイーンと問題児のライスシャワー、あとはミホノブルボンか」
「生徒たちのこと、すべて覚えているのですか?」
「目立つウマ娘だけだ」
挨拶して顔を見ただけで私たちの名前をすぐにいい当ててくるぐらい新入生の分析もしているとは、なかなかやりてそうだ。
それにしても問題児か…… まあ否定はできないけど、もうちょっと容赦が欲しかった。
「なら一度走りを見てやる。坂路1本行ってこい」
「はい、わかりました」
「はい」
「わかりました」
夕方のこの時間だと坂路の使用は予約制なのだが、黒沼トレーナーは枠を抑えていたようで、すぐに私たちの番が回ってきた。
トレセン学園の坂路はうちの坂路よりも長く、斜度もきつい。
1本でも全力で走るとくたくたになってしまう。
ヘロヘロしながら黒沼トレーナーの元に戻ることになったが、黒沼トレーナーはご機嫌そうだった。
「入学したてで坂路を走り切るとはいい根性だ。俺と契約してくれるなら歓迎しよう。ただ一人だけだ」
予想以上の評価に驚きつつも、だれが応じるか、考える。
トレーナー選びはウマ娘の直観に会う人を選ぶといいというが、私は正直あまりピンと来ていない。熱血系は正直勘弁だし、ハードワークを自分でするのは好きだが人に言われてやるのはあまり好きではないのだ。
考えていると、ブルボンさんが反応した。
「では私が、構わないでしょうか、ライスさん、マックイーンさん」
「ライスは構わないよ」
「私も構いませんわ」
「決まったようだな。よろしくな、ブルボン」
「よろしくお願いします、マスター」
「……マスター?」
ブルボンちゃんのトレーナーの呼び方が独特すぎて、私もマックちゃんも首をかしげるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、ひょんなことでブルボンさんのトレーナーが決まったが、まだトレーナー探しは続く。
続いて狙ったのは新人トレーナーだ。
良い感じの初々しいトレーナーさんを騙して丸め込めないか、なんてことを企んでみる。
「上手くいくとは思いませんけど」
「そうかな」
「トレーナーは難しい試験を突破してきたエリートですわ。私たちの浅知恵でどうなるとも思えません」
たしかにそうかもしれない。とはいえほかに候補もないので、手持無沙汰な新人っぽいトレーナーさんに声をかける。
よし、あそこにいる女性から行こう。なんか熱心そうに見ているし。
「こんにちは、お時間よろしいですか?」
「僕に御用かな?」
「はい、ライスたちは新入生なのですが、担当してくれるトレーナーさんを探しているところなんです!」
「熱心ですね」
ちょっとボーイッシュな感じの美人さんだなと思うが、うーん、何というか手ごたえいまいちというか、やる気がないというか。
新人なのに珍しいタイプだと思う。
新人のトレーナーって結構がつがつしていると聞いていたが。
「ちょっと練習見てくれませんか?」
「それは僕が奈瀬の娘だからかな?」
「……ナセ……誰……?」
急に知らん名前が出てきたので困惑しつつマックちゃんを見る。
マックペディアも首をかしげながら考えているようだ。全く心当たりがないわけではないらしいが、すぐにピンとは来ないらしい。バッジがピカピカしてる新人さんまでは網羅していないのだろう。
「単に一番熱心に見てるヒトだったから声かけただけだよ。まま、いいから練習見てって」
「ちょ、ちょっと?」
なんか拗らせてそうな雰囲気をまとっていたがスルーして練習を見てもらおう。
ヒト娘がウマ娘にパワーでかなうはずがないのだ。
「あまり引っ張り過ぎると怪我してしまいますわ」
「ならマックちゃん抱き上げちゃって」
「仕方ないですわね」
「ちょ、ちょっと!?」
確かに引っ張り過ぎて腕を怪我しても大変だ。
なら抱き上げてしまえばいいのだ。パワーならまだしも身長的にあまり高くない私ではちょっと厳しいなと思ってマックちゃんに頼むと、マックちゃんも案外ノリノリで新人トレーナーさんを抱き上げた。
意外とマックちゃんもノリノリのようだ。
そのまま黒沼トレーナーとブルボンさんのいるところに戻る。
二人は今後の予定を相談していたようだが、こちらを見つけて黒沼トレーナーが声をかけた。
「二人とも、どうしたんだ。文乃を抱き上げて」
「黒沼さん、この人知り合い?」
「ああ、弟子の娘だ」
「弟子の娘!?」
黒沼さん年齢いくつなんだ。
見た感じ若いとは思っていなかったがそれでも40まではいっていないと思っていた。
しかし、弟子というならサブトレーナーとしてこの文乃トレーナーの父と関係していたことがあって、そのサブトレーナーがトレーナー資格を取るぐらいの年齢だということだから…… 60ぐらい行っていてもおかしくない。
「文乃トレーナー。連れてきておきながら自己紹介まだでしたわね。メジロマックイーンと言います」
「ライスはライスシャワーだよ」
「ミホノブルボンです。先ほどマスターと仮契約しました」
「……奈瀬文乃だ。それで黒沼さん。3人とはどのような関係です?」
「さっき逆スカウトを受けてな。走りが悪くなかったから一人引き受けたところだ」
「……」
文乃トレーナーが私やマックちゃんを見る。
さっき、ナセの娘がどうこう言っていたし、多分お父さんは有名なトレーナーなのだろう。
で、多分だけど親の七光りが嫌だといってると。
そういうのもあるんだな、と親になんだかんだで甘えっぱなしの私なんかは思うが、マックちゃんは違ったようだ。
「文乃トレーナー、私、メジロマックイーンですの」
「さっき聞きましたよ」
「私、メジロですのよ」
「そうですね」
「そうひとまとめにされるの腹立つのですよね」
「え?」
「へ?」
マックちゃんの唐突なカミングアウトに私も変な声を上げてしまった。
「やれメジロなら天皇賞がとか、メジロの三番目とか、メジロなら勝って当然とか、ルイスやライアンの方が素質があるだとか、私は私なのに本当に腹が立ちますわ」
ヤバイ、知らなかったが、マックちゃんもいろいろ溜めていたようだ。
あとルイスやライアンの次といわれるのそんなに嫌だったか。私としてはマックちゃんの方がすごい気がするけれど、あの二人の才能はすごいし、そっちが上みたいに言う人がいたのは私も聞いたことがある。
「文乃トレーナーも、お父様のことで何か嫌な経験をされてきたのでしょう。私はそれが何かは正確には知りませんが……」
マックちゃんが文乃トレーナーに手を差し伸べる。
「私たち、仲間になれると思いませんか? クソったれな奴らを見返してやりましょう」
マックちゃんの言葉が汚いですわ! まったく誰の影響だろうか。え、もしかして私? ブルボンさんが私のことを指さして、黒沼さんが頷いている。
文乃トレーナーはマックちゃんの手を取った。
マックちゃんは文乃トレーナーと契約するということは明らかであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、マックちゃんとブルボンさんのトレーナーがすごい勢いで決まったが、私のトレーナーは全く見つからなかった。
マックちゃんと一緒に居たときには声をかけてもそれなりに対応してもらえたが、私だけだと目をそらされる。
なんでだ。
ちょっと入学前不登校で、ちょっと教官のトレーニングに毎回不満を言ってやり込めていただけのカワイイ女子中学生じゃないか。
うん、私でも目をそらすな。
自分の日ごろの行いを振り返ってみたらそう確信した。
引かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で突撃を繰り返したが、残念ながらこの日はこれ以上成果が上がらなかった。
しょんぼりしながら、トレーナー室のある建物を歩いていると、見知った顔を見つけた。
マルゼンスキーさんとその旦那であるトレーナーさんだ。
トレーナーさんの方は中央のトレーナーだからいてもおかしくないが、マルゼンスキーさんがいるのは珍しい。
どうしたのだろうか。
「マルゼンさーん、トレーナーさーん」
「あら、ライスちゃん。こんなところで一人でどうしたの?」
「トレーナーを逆スカウトしようとしたんですが、ライスのこと見るとみんな逃げちゃって……」
「あらあら」
マルゼンさんが苦笑する。
まあマルゼンさんも私の評判を知ってるだろうし、その理由も見当がつくだろう。
「ブルボンさんとマックちゃんはトレーナーさんと契約できたのに……」
「あらあら」
「くやしいー!!!」
地団駄を踏む。こういうのは運が絡むし、日ごろの行いも影響するので残念ながら当然というべき結果ではあるのだが、それはそうとして結構悔しい。
私にも運命の相手としてのトレーナーさんが欲しいのだ。
「もう、仕方ない子ねぇ」
「だってぇ……」
マルゼンさんが頭を撫でてくれるので少し落ち着くが、やっぱり悔しいなという気持ちは消えない。
「トレーナーを探しているなら最初にうちに来てくれればよかったのに」
「? マルゼンさんのところ?」
「そうよ、私もトレーナー資格取ったし」
そういうマルゼンさんの豊満な胸にはトレーナーバッジが輝いていた。
「マルゼンさん、トレーナー資格取ったんですか?」
「ええ、引退して暇を持て余すのも何だったから」
そんな片手間みたいな感じで取れるような資格ではないはずなのだが、とはいえ、そんなことがやれてしまう程度にマルゼンさんは天才肌だしなぁ……
「ということで、マルゼンスキートレーナーはライスシャワーちゃんをスカウトするわ♪ お姉さんと最速を目指さない?」
「は、はい!!」
マルゼンさんとなら上手くやっていけると思う。というか今まで散々お世話になってきた、大好きなお姉さんだ。相性が十分いいことはわかっているし。
散々大騒ぎして、なんだかんだでいい具合に自分の担当トレーナーを決めることができたのであった。
「じゃあ今後についてだけど、選抜レース、出るわよね」
「でますよ」
「じゃあ今のところは仮契約にしておくわね」
「? なんでですか?」
「トレーナーが正式についている子は選抜レース出れないもの」
よく考えたら選抜レースはトレーナーを決めるために実力を見せるレースだ。正式にトレーナーがついているのに出る意味はない。
ブルボンさんもマックちゃんも、仮契約にしてたのはそういう意味もあったのか。
「具体的なトレーニングについては今日は遅いし、明日また決めましょう」
「はーい。あ、そういえば」
「なにかしら?」
「マルゼンさんのことなんて呼べばいいかな?」
担当になったからにはトレーナーさんと呼ぶべきかとも思ったが、私が今までトレーナーさんと呼んでいたのはマルゼンさんの旦那さんだ。
混同しそうだし、別の呼び方が良さそうに思うが、何がいいだろうか。
「なんでもいいわよ」
「うーん」
何でもといわれるとまた困るところではあるのだが…… ここは本能に従って衝動的に思いついた呼び方を言うか。
「マルゼンお姉様♡」
「ふふ、何その呼び方。可愛いけれども」
「なんでもいいならこれにするよ、お姉様♪」
「いいわよそれでも」
小さいころから世話を焼いてくれるお姉ちゃんみたいなものだし、お姉ちゃんも考えたのだが、もう少しひねりが欲しくなってこんな呼び方にしたが……
妙にマルゼンさんのツボに入ったみたいなのでこれで行ってみよう。
どういうキャラ付けかまるで分らないが、深くは気にしないでおく。
何にしろ私にもトレーナーが無事きまり、トレーニングにも精を出すことができるようになったのだった。