パズル&ドラゴンズ ~Sundara Alabēlā Lā'iṭa Pānī lilī ~ 作:ネイキッド無駄八
なにをしてたかって?
……デモンズソウルでヒャッハーしてました。楽しかったです。
さて、今話ですが少し慣れない書き方を最後の方でやってみました。
わや、めっちゃいづかったけん。
それでは、第六話。開戦です。
「ケケケ、よぉく燃えてんじゃねぇか。い~い火加減だろぉ?」
はじまりの塔、上空。
火の海と化した塔の屋上を眼下に、哄笑する人影がひとり。
「このオレ様を相手に余所見で御歓談ってのは、舐めすぎってもんだぜ。うっかり燃やしちまったとしてもそいつは不可抗力、ってやつだ。黙って燃やされる方がワリィ、ってな」
目前の惨状を、自らが引き起こしたものであるにも関わらずまるで一顧だにしない様子で、人影は更に気炎を吹き上げる。
「しかし、あいつが横に侍らせてた女。ありゃあ恐らく、インド神のカーリーだよなぁ。いきなりとんでもないのを引き当てたってことか。あいつ、なかなかど うして運はある方だったのかもな。ま、それもこうやって燃えちまってる以上、関係ねぇか。宝のモチグサレ、残念でした~! ケッケケケ!」
愉快でたまらないといった様で、腹を抱えて宙空で笑声を響かせる人影は、しかし、
「………あっつ!! ちょ、これ、あっつ!! どれくらい熱いって、ガオガイガーのOPくらいあっつ!!」
「確かに『鋼・鉄・粉・砕!!』のあたりなんて特に激アツだけれど、とりあえず落ち着いたらどうかしら。あなた、全く燃えてないわけだし」
「……へぇ?」
渦巻く炎の海を押しのける風、その発生源である睡蓮の女神と、その横で大騒ぎする口の減らない男の姿を視認し、警戒するかのように哄笑を少しだけ引っ込めた。
――――――――――――――
「俺のこの手が真っ赤に燃えるゥ! 勝利を掴めと轟き叫ぶゥ!! ぶぁあああくぬぇええええつぅううう………!」
「だから、あなたは毛一本たりとも燃えてないでしょうが。いい加減、暑苦しいを通り越してサムイわ」
「う、うるせぇ! 言ってみたかったんだよ一度! なんならお前も一緒にどうだ? 石破!ラブラブ天驚……!」
「本気でやめて」
ぎゃあぎゃあ大騒ぎしながらも、一度煮え湯を飲まされた経験から決して警戒は緩めず、神戸は上空の人影を注意深く観察していた。
外套を羽織っていることでどんな表情をしているのかは見て取ることはできなかったが、見下したような笑いは現れた時から変わらないまま、しかしこちらがたいした傷を負わなかったことが想定外だったのか、心なしか警戒を強めている様子だった。
(おっと、油断が消え始めてるな。もう少しヤラレた感を出したほうが良かったかな?)
ケンカにおいては舐められたら負けだと相場は決まっているが、生憎とここはストリートではなく戦場だ。
見よ、かの金ピカ英雄王が敗れたのも、慢心のせいだったではないか。相手が油断してくれているならそれに越したことはなかっただけに、神戸は今の状況を、少々良くないと判断した。
(って、おいおい。いきなりバトんの前提で考えてるじゃないか。落ち着け、俺はそんな野蛮な人間じゃないはずだろ?)
デンジャラスな方向に向きかけていた思考の舵を切り直し、神戸はもう一度この後取るべき行動を思案した。
相手が先に仕掛けてきた以上、こちらもやり返すのが筋なのだろうが、当然それをやってしまえば待っているのはよろしいならば戦争だの一択しかないだろう。
今はカーリーが防げてはいるものの相手の力量が未知数であることや、カーリーとは出会ったばかりで、己もこの世界での戦闘経験など皆無といっていい現在の状態で事を構えることは危険すぎる、などなどの理由はあるがそれよりもなによりも、
「戦う? ありえないな。わざわざ命を捨てるなんて、アホすぎるぜ」
極めて一般的な理論。行動を決定するに当たって、その一点のみで神戸には十分すぎる理由たりえた。
咳払いをした後、できるだけ友好的な態度と笑顔を心がけ、神戸は前へと進み出た。
「いやぁ、びっくりした。いきなりご挨拶じゃないか、死ぬかと思ったぞ」
「こっちはそのつもりだったんだけどなぁ。しぶといじゃねぇか。ちっと舐めくさりすぎたな、あんたらの力を、よぉ」
「ああああ、ちょっと待ってくれ。いったん落ち着いて、話を聞いてくれないか? なんだか、こちらとそちらとで誤解があるようなんだ」
にわかに闘気を膨らませた外套に対し、神戸は慌てて手で落ち着けとジェスチャーした。
察しはついていたが、やはり血の気が多い性格のようだ。慎重にいかねば、と思い直し神戸は続ける。
「暴力はよくないぜ? ここはひとつ、穏便に話し合いたいな。こちらの話を聞いて誤解を解いてからでも、戦うのは遅くないだろ?」
「誤解? ケケケ、んなもんねぇよ。オレの目的はハナっから、あんたらを燃やして灰に変えることだけだよ。話し合う余地なんざ、ねぇな」
「まず、そこなんだよ。出会い頭にいきなり燃やす、だなんて物騒じゃないか。そもそも、俺たちが争わなきゃいけない理由は、どこにもないだろ?」
「あんたにはなくとも、オレにはあんだよ。理由がな」
「理由……?」
発せられた言葉に、神戸はどこか引っかかるものを感じた。
外套は当初から依然として好戦的な姿勢だが、どうやら理由のない無差別暴力を振るうのが目的ではなかったらしい。確たる目的を持って自分たちに攻撃を仕掛けてきたようなのである。
(ふぅむ。キマってるアッパー野郎だとばかり思ってたが、なんか裏があるみたいだな。まぁ、ちょっかいのかけ方から見ても、どうせマトモな目的じゃあないんだろうが)
キナ臭いものを感じずにはいられず、外套の方も未だに剣呑な雰囲気を崩してはいないが、幸いにもまだ話を聞くだけの余裕はありそうな様子だった。
もう少し情報を引き出してみるか、と神戸は少し踏み込んでみることにした。
「なにやら、込み入った事情があるみたいだな。どうだろう、よければ俺にも聞かせてくれ……」
「せい!!」
……したのだが、突如横から気合が聞こえた後、神戸は耳のすぐ横を何か光弾のようなものが駆け抜けていくのを目撃した。
ちゅどーん、と実にいい音で光弾が爆ぜ、直撃した外套の姿はもうもうと上がる黒煙に隠れ見えなくなってしまった。
「……………」
「YES!」
開いた口がふさがらず呆然と立ち尽くす神戸と、その横でガッツポーズを取るカーリー。
傍から見ればその様は、「俺が奴の注意を引きつける。その隙にマヌケを殺っちまえ!」作戦が成功したようにしか見えなかったことだろう。
ドシャッ、と不穏な音がしたので見てみれば、煙の中から落下したのであろう、コゲコゲのボロボロな正しくボロ切れとしか形容しようのない物体が、地面で燻っていた。
黒焦げではあるが、それは先ほどまで神戸が会話していた相手が羽織っていた外套に間違いなかった。
「……一応、聞いておこうか。お前なに考えてんの?」
「愚かにも戦いの最中にご歓談してたから、隙を突かせてもらったわ。ちょろい奴ね」
「今の流れで撃つのかよ!? 絶対そんなテンションじゃなかっただろ!! これから俺が華麗なネゴシエーションを見せつけて、無血で初勝利を飾るシーンの予定だったんだよ! 台無しじゃねぇか!!」
「なによ、こちらはもう機先を制されているのよ? それも薄汚い不意打ちで。今さら話し合いもなにも成立する余地はないわ」
「憎しみの連鎖は誰かが絶たなければならぬ、って師父も言ってただろ! そんなんだからイシュヴァールの民が死ぬんだよ! あと、『薄汚い不意打ち』って、完全にブーメランだからな!」
「あえて言いましょう。勝てばよかろうなのだァァァァッ!! 」
「戦いの神からそんなセリフ聞きたくなかった! もっと正々堂々とした強さを見せつけて欲しかった!」
神戸は嘆きのシャウトを上げた。そのテンションはほぼ素のツッコミではあったが、眼前の脅威が無くなったためであろうか、心のどこかで緊張の糸が緩んでいたのは否めなかった。
しかし、その余裕も掛け合いの間、ほんのわずかしか持続しなかった。
いや、できなかったというべきか。
―――――劫―――――
恐ろしい轟音を伴って吹き荒んだ熱波が、もうもうと上がっていた煙を残らず吹き飛ばした。
「……あれ、なんかデジャヴ?」
「様式美、って言うんじゃないかしら。ギャグの基本は繰り返し、っても言うし」
「たしかに、今の状況はギャグじみてヤバイかもしれないけどな……」
巨大な炎。
煙が晴れ渡り、目に飛び込んできたソ(・)レ(・)を、神戸はそう幻視した。
その火種は、ひとりの人間。
その人間が纏うは、赤く、朱い、炎の如き力の奔流。
目視が可能なまでの激しさをもってその身から赤々と吹き上がる力―――魔力は、『巨大な炎』と、そう形容する他なかった。
「…………テメェら…………」
そして、外套が焼け落ちその素顔を白日に晒した襲撃者は、中空に浮かんだ位置はそのままに神戸たちを睥睨し、ドスの利いた声を発する。
その声が耳をすり抜けていくのを感じながら、ともすれば眼前の燃え盛るオーラのそれよりも大きな衝撃を、神戸は受けていた。
襲撃者の容姿は、彼の予想を大きく裏切るものだった。
まずは体格だが、外套のせいで判然としなかったその身の丈は神戸より10cmほど低い160後半。己よりも小柄なその体躯に、まず神戸はひとつ目の驚きを得ていた。
そして今までで最大の驚愕は、その容貌にあった。
予想よりも遥かに若かったその年の頃は、おおよそ18、19と神戸とはほぼ同年代。
切れ長の凛とした眼差しに、頭頂部でポニーに結われた長い黒髪が目を引く、隙のない刃を感じさせる美貌。
そう、『美貌』。
中性的な顔立ちではあるものの、それは見間違えようもなく美しい女性そのものだった。
そう。襲撃者の正体は、
「女だったのかよ……」
声質や口調、態度など諸々からすっかり男だと決めてかかっていた神戸は、その素顔に驚きを隠せなかった。
あるいは平和な場であったなら、結構な美人の類に入るその相貌に見蕩れていたかもしれないが、しかし残念ながら今の神戸にはその余裕は許されなかった。
「ずいぶん、舐めたマネこきやがったじゃねぇか、オイ……?」
その表情をありありと憤怒の色に歪めながら、襲撃者は爆発寸前の怒りを無理やり堰止めてでもいるかのような恐ろしい声音で神戸たちに言葉を投げかける。
「こっちが大人しくしてりゃあつけ上がりやがって…… テメェ、いい度胸してんじゃねぇか…… アァ?」
それを受け、はっと何かに気づいたかのようにカーリーの方へ向き直った神戸。
「オイィイイイイイイイイイ!! 生きてんぞあいつ!! なんでキッチリ始末しとかねぇんだ!! なんのための不意打ちだったんだよ!?」
「それについては面目次第もないわ。流石にあれで決まるとは思ってなかったけど、まるでこたえてないなんてね。ちょっと驚いたわ。ところであなた、たった今ものすごい勢いで馬脚が現れてる気がするけど、大丈夫かしら」
「結果論だよ結果論! 俺は元々ふっかけるつもりは無かったんだ! それを勝手にお前が! しかもちゃっかり討ち漏らしてんじゃねぇか! どうしてくれんだ! 考えうる限り最悪の状況だよ!」
「ちょっと自分の思い通りにならないとすぐにキレ出す。まったく、ゆとりはおそろしいわ。少しは胆の据わったトコロを見せなさいよ。男じゃない」
「さては開き直る気だな!? お前ホントにタチ悪いのな!」
またしてもわぁわぁと騒ぎ始めた神戸とカーリーを前に、襲撃者の忍耐は限界を迎えていた。
「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ……うるせぇんだよ、やかましいんだよ。ペラ回してんじゃねぇぞ雑魚野郎が……」
こめかみをヒクつかせ、獰猛に犬歯を剥き出して低く、低く唸る。
「もういい加減やめにしようや。こちとら散々我慢してやったんだ、そろそろいいよな…? 燃やしちまって、イイよなァ…?」
それが、フラッシュポイント。導火線の終着点。
火が点いてしまえば、もう止まらない。
一層激しく燃え上がる赤き揺らめきと共に、叫びが爆ぜた。
「終わらせんぞォォ!! シヴァァァァア!!!!!!」
哮りと共に、空を爆焔が駆け巡り覆い尽くし、赤く染め上げた。
「うぉおお…………!?」
「ッ…! 思ったとおり…! この炎、やっぱりあなたしか居ないわよね…………!!」
今までとは比較にならないほどの熱量に、神戸は思わず目を覆い後退し、逆にカーリーは目を細め不敵に笑み、一歩を前へ進み出た。
そして炎は収束し、ひとつの形を得て襲撃者の背後に傅いた。
たなびくは赤き衣に、流れるは銀の髪。纏った炎とは対照的な青色の身体は筋骨隆々と逞しく。その手に携えるは三叉の戟。主の敵を見据える峻厳な眼差しは、抱えた矛のそれより鋭く――
「―――仰せのままに、我が主よ」
炎を司りし破壊神、ここに顕現せり。
――――――――――――――
「いやっははは…… 『覚えがある』って言ってたのは、これのことだったのか。カーリー…」
眼前に現れた新たな、そして大きな脅威に、神戸はひきつり気味な調子で問いかける。
射抜くような破壊神の視線に対し、臆することなく向き合っていたカーリーは投げかけられた問いに対し、正面に向けていた視線を、ちらと横に滑らせる。
「全てを破壊し、無に帰す0(ゼロ)の炎。あれほどのものを扱える奴はそうそう居ないわ。でも、正直信じられなかった。まさか、人間風情に従いてるとはね。そんなタマじゃ無いと思ってたんだけど、人も、もとい、神も変わるものね」
「ん? …あー、そっか。シヴァ神って、確かお前の……」
「そ、だーりん。ね?」
にこっと笑みを浮かべて、しなを作ってみせたカーリーに対し、シヴァはその厳格な眼差しをピクと僅かに動かしただけで、応じることはなかった。
彼もまた、視線を相対している神戸たちから切り、傍らの主に語りかける。
「…とは言え、我が主よ。この戦、おそらく生半には行きますまい。ゆめ、油断召されぬように」
「ンだと? オイオイ、しっかりしてくれよ。日和ったか? 破壊の神の炎は弱火か? いくら相手が殺戮と暴力の女神だからって、それでびびるなんざぁ、情けないとは思わねぇのか?」
「ご冗談を、我が主よ。申し上げているのは女神ではなく、あの口の減らない男の方です」
「ケッ、ますますもってありえねぇぜ。俺があの雑魚相手に遅れを取るってんのか? 笑わせんじゃねぇよ」
「貴方の気性は、時に炎の神のそれよりも激しく燃え上がる。その怒りが貴方の足元をすくうことになりかねないと、そう申し上げているのです。ああいった手合いは、そういった技に長けていると見える」
「へいへい、了解了解。要は、ノせられんなってことだろ? せいぜい気をつけといてやるよ。もっとも、そんな暇があるほど長引けばだけど、なァ? オイ」
五月蝿そうに話を切り上げた襲撃者は、改めて眼下の神戸たちを睥睨し、ニィと肉食獣の如き笑いを浮かべた。
「なぁカーリー。なんかお前、シカトされてないか? 旦那と何かあったの?」
「まぁ、失礼しちゃう。我が家は家族円満ハーレムそのものよ。側室たちとは多少険悪でも、だーりんとはラブラブちゅっちゅだわ。脱線したけど、要するに言いたいのは、あれはたしかにシヴァ神には違いないけど、私が知っている『彼』ではないってことよ」
「んん? 私が知ってる『彼』とは違う? どういうことなんだ?」
「パズル&ドラゴンズのシヴァ神は、リアルゴッドである私の旦那とは何の関係もございません。二次創作です、ってことね」
「あー……リアルゴッドって、お前まだその設定続ける気なのか?」
「かさねがさね失礼ね。私はホンモノよ、ホ・ン・モ・ノ! おわかり?」
「はーい、わかりましたー。あなたはほんものの神様、カーリーでーす」
「どうしましょう。ほんの一瞬、とても口には出来ない低俗な衝動に襲われたわ。このやり場のない気持ち、どこにぶつけてくれましょうか。とりあえず、あなたのドテッ腹でいいかしら?」
「すみません本当にゴメンなさい。もう二度といたしません」
「なぁシヴァ、あいつら見てると異常に焼き尽くしたくなるんだが、どうすればいいと思う?」
「敵のペースに乗せられてはなりません。と言いたいところですが、私もたった今同じ心を抱いてしまいました。これは早急にあやつらを消し炭にしなければなりますまい」
両陣営共にお互いのパートナーとコミュニケーションが取れたところで、場の空気が一気に緊張感を増した。
「やれやれ。できることなら、戦いは避けておきたかったところなんだけどな。ままならないもんだよ、ホント」
「安心しろ。戦いになんざなんねぇよ。これから始まんのは、ただの蹂躙なんだからな。ちっとは抵抗してくれよ? つまんねぇから………」
「あんたを殺したくない、そう言ってるんだ」
襲撃者の台詞に割り込むように、神戸はきっぱりと言い切った。
しばし呆気に取られた後、襲撃者は愉快そうに話の接穂を継ぐ。
「……聞き間違いかもしれなぇからもう一度聞くが、テメェ、ひょっとしてオレらに勝つ気でいやがんのか?」
「逆に聞くけど、負ける要素はどこにあるんだ?」
「あまつさえ、オレらを殺せる気でいやがんのか?」
「くどいな。耳が遠いのか? 二度も言わせるなよ」
「………ケッケッケ。ホント、おもしれぇよ。テメェ」
あくまでも不敵な態度を崩さない神戸と、俯いて肩を震わせ静かに笑う襲撃者。
「あら、あっちはなんだか楽しそうね。ほら、あなたもそんな仏頂面してないで、私と楽しく御歓談でもしましょうよ?」
「……抜かせ、軽佻浮薄な女狐が。貴様との会話など、何の意味もあるものか」
「ひどい言い様ね。ウチの減らず口とは違って、私は真摯な精神の交流の機会を設けたいだけよ。これからやり合おうという相手の心様くらい、知りたいと思うのが当然じゃないかしら」
「ならばなおさら言葉は必要あるまい。精神の語らいこそ、戦いの中であるべきだ。戦いの女神である貴様なら、それが分からぬ道理はないだろう?」
「……ふふ、今ので十分よ。あなたは私の知る彼ではないけど、その心意気、ただただ見事。あなたの言うとおり、後は拳で語るに限るわね」
「貴様に褒められたところで、何も生まれんよ。俺はただ、我が主の命を果たすのみ」
破壊の神は三叉戟を翳し、女神はその瞳に闘志を漲らせる。
臨界点は、すぐそこだった。
「………イタミ」
「え?」
不意に、顔を上げた襲撃者が独り言のような調子でぽつりと何かを口にした。
聞き返す神戸に、襲撃者は続けて言葉を投げる。
「イタミ=ストラーロ。今からお前を消し炭にする奴の名前だ。冥土の土産に持ってけや、雑魚野郎」
「………俺の名前は雑魚野郎じゃない。神戸、神戸智己だ。覚えてお家に逃げ帰りやがれ、バーサーカー女」
名乗りを上げた襲撃者――イタミに、あくまで飄々と神戸は応じた。
そのまま己が相棒、カーリーに歩み寄る。
「…へっ? あら? あらら?」
「後悔すんなよ? 言っておくが、俺たちには勝利が約束されてるんだ。戦いの女神は、今まさに俺に微笑んでくれてるんだぜ?」
驚くカーリーの腰を右腕で抱き寄せ、左手でビシッと敵を指差し、神戸は高らかに宣言した。
「これより、全ての勝利は俺の物、ってな!!」
「………吹くじゃねぇか。つくづく、くだらねぇ……」
対するイタミも、全身に戦意を剥き出しにして、高らかに吼える。
「これより、一切合切燃やして壊す!! 灰も残さねぇ!! 全壊しだ!!」
――――――――――――
「ちょ、ちょっと驚いたわ。大人しそうな顔して、結構やるのね、あなた……」
唐突に神戸に抱き寄せられたカーリーは、覚えず顔が熱くなるのを感じた。
突然のことに心臓が跳ねまわり、いつもの余裕がどこかに吹き飛んでしまった。
大いに焦ったカーリーは、次いで起こった新たな刺激に、更に余裕を失った。
「ひゃ、ひゃん!」
腰を抱き寄せた神戸の指が、今度は背中を撫でるようにつつーっとなぞり始めたのだ。
腰砕けになりそうになりながら、カーリーは吐息混じりに神戸を叱責した。
「ちょ、こら! どうしちゃったのよ! あんまり調子に乗ってると、お、おこるわよ!」
「…………」
「あ、や……! ……んん!」
その声が聞こえているのかいないのか、構わず神戸の指は彼女の背を這い回り続ける。
よりにもよって戦いの火蓋が切って落とされんとするこの時に、なんでこんな……!
意図も掴めない神戸の行動と、湧き上がる謎の感覚に、カーリーは理性の手綱を手放す寸前だった。
「も、もう許して! 背中は、背中は弱いの! おねが………い?」
刹那、カーリーは何かに気づいた。
「………………」
「……………?」
神戸の指は、相変わらず無言のまま、背中を撫で回すのを止めていない。
しかし、その動き。その動きに、カーリーは気づいた。
「……………パ?」
神戸の指は今、たしかにカーリーの背でカタカナの『パ』と、そう動かされた。
指運は、まだ止まらない。
『ズ、ル、デ、キ、ナ、イ、ダ、セ、ナ、イ』
「………………ええっと」
パズルデキナイ、ダセナイ。
「……………」
つつーっ。
『ド、ウ、ヤ、ン、ノ、ヤ、リ、カ、タ、×』
「……………」
ドウヤンノ、ヤリカタ、×。
「……………」
『パズルできない、出せない。どうやんの、やり方、×』
「……………………………」
「……………………………」
息も絶え絶えだったカーリーは、ぴた、と唐突に全ての行動を停止させた。
ぎぎぎ、と神戸の方へ顔を向ける。
冗談でしょう? とその顔は語っていた。
神戸は、つとめて彼女の顔を見ないようにしていた。
「いぃいいいいいいくぜぇえええええええええええ!!!!!!!!」
眼前では、檻から解き放たれた獣のように凄まじい速度で、イタミとシヴァが進撃を開始していた。
――神戸&カーリーvsイタミ&シヴァ。
はじまりの塔、屋上。召喚の場。
二柱の神の激突の火蓋が、切って落とされた。
後のあたりは書いてて非常にカユくなりました。もう二度とやらない。
さて、不安要素満載で開幕した唐突のボスバトル、どうなってしまうのでしょうか。
それでは次回、シーユーレイター、アリゲーター!