ホタルノヒカリ   作:燐檎あめ

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失ってしまったもの

 ドリームボーダーのとある一角で蹲るホタルの下へと、一つの足音が近づく。

 

 

 

「やっぱりここにいた」

 

「……星?……ごめんね、急に走り出してびっくりしちゃったよね」

 

 

 

 ホタルは気丈に振る舞おうとするが……赤く腫れた目元と震える声が、彼女の悲痛に満ちた内情を表していた。

 

 星はそんな彼女の元へと歩みを進めると、そっと隣に腰を下ろす。……何も言わず、ただ寄り添うようにそばに座る彼女の優しさが、今は只々ありがたかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「……うん、ありがとう。……リンは、どうしたの?」

 

「置いてきた。……連れてきても、ホタルが混乱しちゃうと思って」

 

「そっか……うん、そうかもね。……追いかけてきたのが君じゃなくてリンだったら、こうして気持ちを落ち着かせることもできなかったかも」

 

 

 

 恥ずかしそうに笑みを浮かべるホタル。しかしどれだけ取り繕おうとも……悲しみの色を隠すことはできない。

 

 ……本当は掘り返すべきではないのかもしれない。……それでも二人を会わせた者として、何よりも二人の友達(仲間)として知らなければならないと、星は意を決して訊ねることにした。

 

 

 

「……ホタルは、リンのことを知ってるんだよね?」

 

「……うん。リンは戦場で背中を預けあった相棒で……いつか一緒に星空に広がる世界を旅しようって約束した、あたしにとって大切な人だったんだ」

 

「そっか……彼が思い出そうとしてる大切ななにかっているのは、きっとホタルのことだったんだね」

 

「……思い出そうとしてるって……やっぱりリンは今、記憶喪失なの?」

 

「うん、そうみたい。……それも姫子やヨウおじちゃん……私と同じ、星穹列車の仲間が言うには、かなり特殊なケースらしい」

 

 

 

 曰く──彼は自分の名前も、生まれも、どのようにしてこれまで過ごしてきたかも覚えている。ただその中で、最も大切だったはずのものに関する記憶だけが……ぽっかりと穴の空いたように、黒く塗りつぶされているかのように、思い出すことができないのだという。

 

 

 

「覚えているのは、忘れてしまった記憶が大切なものだったっていうことだけ。……その記憶を思い出すために、リンは列車に搭乗してるって言ってた」

 

 

 

 "最も大切な記憶"──その言葉の意味を理解するとともに、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。

 

 彼にとって、自分と過ごした日々がそれだけの価値を持っていたことに対する嬉しさ。名前も顔も、共に過ごしたはずの日々のすべてを忘れられてしまったことに対する悲しさ。……忘れてしまったはずの思い出をたいせつなものだと言って、思い出そうとしてくれている彼を思うと様々な感情が溢れ、彼女の心を軋ませる。

 

 ぽたり、と……収まったはずの涙が一雫、彼女の頬を伝い夢境の地へと吸い込まれていった。

 

 

 

「……あたしね?リンが生きてたって知ったとき、すごく驚いたの。……ずっと、死んじゃったと思ってたから」

 

「だから、彼が生きていることがわかったとき……嬉しくて、思わず抱きついちゃった」

 

「……でもね、その後すぐにあたしのことを忘れちゃったって知って、悲しくて、逃げ出して……それなのに、忘れちゃったはずの記憶を大切なものだって思ってるって、思い出そうとしてくれてるって聞いて、あたし……」

 

「……嬉しかった?」

 

 

 

 ホタルは小さく、こくりと頷く。……そう、嬉しかったのだ。

 

 兵器として生み出され、戦場に生きて戦場で死ぬ……そんな戦いばかりの日々の中で、彼が自分と過ごした日々を大切なものだと思ってくれていたという事実が、たまらなく嬉しかった。

 

 でも……否、だからこそ──

 

 

 

「──思い出してほしいっ」

 

「あたしにとっても、一緒に戦った日々も、同じ星空を見上げながらした約束も……っ!」

 

 

 

 全部全部全部──とても、とても大切な思い出だから

 

 

 

「忘れられちゃったままなんて、そんなのいやだよぉ……っ」

 

 

 

 胸の内を吐露し、さらけ出したことで抑えきれなくなった感情が大粒の雫となってぼろぼろと溢れ出す。……一度溢れ出した想いはいくら拭えどもとどまることはなく、彼女の眦からこぼれ落ちていく。

 

 辛い、苦しい、悲しい、寂しい──

 

 

 

 ──忘れないで

 

 

 

 いやだ、いやだと涙を流す彼女の正体が、かの悪名高き星核ハンターの一人だと言っても誰も信じないだろう。……それほどまでに今の彼女の様子は痛々しく……悲しみに満ちていた。

 

 そんな彼女に星は寄り添いながら、"どうすればいいんだろう"と頭を悩ませる。

 

 此度の問題はバットで殴って"はい解決"といくような単純なものではない。……問題を解決するための答えは見えているのに、そこに至るための方法を見つけることが難しく──

 

 

 

(……まって、前にも似たようなことがあった気が……)

 

 

 

 ふと脳裏を過った違和感。思い出そうと彼女はうんうんと頭を捻り……ベロブルグでの出来事、そして自身がピノコニーに訪れてからやってきたことを思い出す。

 

 

(……そういえば、ブローニャはリベットタウンを見て回っていくうちに記憶を取り戻していった)

 

(二人の故郷の星は既に存在しないらしいから、直接見に行くことは不可能だけど……今ここには、リンの失ってしまった記憶について最も詳しいホタルがいる)

 

 

 

 確実に記憶を取り戻せる保証はないし、もしかしたら余計にホタルを悲しませることになるかもしれない。……それでも動かなければ何も解決しないと、星はとある提案をする。

 

 内容は単純明快、リンと過ごしたホタルの思い出を"鍵"として、ふとした拍子に手にすることとなった夢の国ピノコニーで己だけが行使できる不可思議な力──"クロックトリック"を実行する。

 

 

 

「クロックトリックって、前に何度か見せてくれた人の感情を操作する力だよね?……そんなこともできたんだ」

 

「うん。……人の記憶に入り込むためには、その鍵となるものが必要なんだけどね」

 

 

 

 最後の結末は必ずしも良いものだったとは言えないが、それでも失われた記憶を取り戻させたという実績もある。

 

 解決策を聞いたホタルは静かに目を伏せ……開き、覚悟の秘められた瞳で星を見据える。

 

 

 

「星、お願い。──彼の記憶を取り戻すために、力を貸して」

 

「もちろん協力するよ、友達のためだからね」

 

「……そっか……ありがっ」

 

 

 

 人差し指を添え、星は感謝の言葉を述べようとするホタルを遮る。

 

 

 

「確実に成功するとは限らないからね、その言葉は成功するまで取っておいて。……場合によっては最終手段を取る必要もあるし」

 

「最終手段……?他にも方法があるのっ?」

 

 

 

 クロックトリックという常識外の方法以外にも記憶を取り戻す手段があるのかと驚きを露わにする彼女は"ナナシビトってすごいんだなぁ"と感心の込められた目で星を見る。

 

 気を良くした星は饒舌に語る。曰く──最終手段ではクロックトリック以上に、ホタルの力が必要だという。

 

 

 

「ズバリ──攻めて攻めて攻めまくる!そしてリンを骨抜きにするっている寸法だよ!」

 

「おぉ、骨抜き…に……?……え、えぇっ!?なんだか話が逸れてない!?」

 

「逸れてない逸れてない!方針は決まったことだし、それじゃあ早速──」

 

 

 

 "呼びに行こう!"──と、行動に移そうとしたその時、敵意の込められた視線が二人を感じ取る。

 

 

 

「「……っ!」」

 

 

 

 視線の先には、こちらに向けて駆けてくる無数のナイトメア劇団。恐竜型やゴリラ型など劇団の中でも比較的強力な個体が五体、その他雑多のナイトメア劇団はパッと見で二十体以上おり、これらを突破するのは中々に骨が折れそうだと星は顔を顰める。

 

 

 

「本っ当にタイミングの悪い……ホタル、一点突破で突き抜けよう。………ホタル?」

 

 呼びかけても反応がなく、いったいどうしたのだろうかと振り返ろうとしたその時──

 

 

 

「ねぇ……」

 

 ──邪魔しないでよ

 

 

 

 ──底冷えするような声が耳朶を打つ。明確な怒りを携えた声が隣に立つ可愛らしい少女の口から発せられたことに対して星が己の耳を疑っている合間に、ホタルは一歩、また一歩と劇団へと自ら歩みを進めていく。

 

 ……気づけばこちらに敵意を向けていたはずの敵は立ち止まっており……それどころか、どこか怯えのようなものが見え隠れし、中には後退っているものも見受けられる。

 

 しかし怒れる少女はその怯えに気づいた様子はなく、一体残らず殲滅しようと鉄騎を身に纏おうとし………徐ろに、その動きを止めた。

 

 一体今度はどうしたというのだろうか……ホタルの視線はナイトメア劇団に注がれたままだが、その表情は怒りを携えた無の表情から驚きへと変わっていた。

 

 ……否、よく見ればその視線は劇団ではなく彼らの頭上のその先に向けられており、つられて星が目を向けたタイミングで──一筋の光が、夜空に煌めく。

 

 真っ直ぐにこちらへと向かってくる光は劇団の頭上に到達すると急降下、勢いを落とすどころか加速しながら墜ちるそれは衝突のその瞬間──青い炎を立ち上らせる。

 

 すべてを焼き尽くすような獄炎は、しかしてホタルと星にはほんの僅かな熱すら届かせずにナイトメア劇団のみを飲み込み、殲滅。……程なくして炎が収まると、そこには一騎のグラモスの鉄騎が立っていた。

 

 現状、グラモスの生き残りは二人しか確認できておらず、内一人であるホタルは当然ながら選択肢には含まれない。……となれば必然、現れた鉄騎の正体に該当するのは一人しかいない。

 

 

 

「リン、どうしてここにいるの?待っているようにって言ったはずだけど」

 

『すまない。なんでかはわからないけど、ただ待っているのは駄目な気がしたんだ』

 

「……まあいいか、呼びに行く手間が省けたし」

 

「良かった、もしスラーダを奢れって言われたらどうs「いいねそれ、折角だしオークロールと一緒に奢ってもらおう」……くそ、また墓穴を掘っちまった……!」

 

 

 

 鉄騎装甲を解いて姿を表した直後に顔を手で被いうなだれるリンと、してやったりといった様子で笑みを浮かべる星のやり取りに──

 

 

 

「本当に、変わらないなぁ」

 

 

 

 ……とホタルは懐かしさを感じ、思わず笑みをこぼす。

 

 そんな彼女の様子に、列車組の二人は顔を見合わせ……ホタルへと、優しい目を向けるのであった。




ちょくちょく自分の別作品もお気に入り登録してくださってる方を見かけ、思わずにんまりしてしまう作者です(´艸`)

いやあ、やっぱり執筆したものを投稿して、お気に入り登録してくださる方が増えたり感想貰えたり高評価貰えるのは、何時になっても嬉しいものですね。当小説を見つけ、読んでくださる読者様方には感謝の念でいっぱいです(ㅅ´꒳` )カンシャー


他作品も同時執筆している都合上、投稿期間に多少の空きが出ることもあるかもしれませんが、確実にエピローグまでは持っていきますので是非お付き合い頂ければと思います。……と言うよりエピローグまで書きたくて書き始めたまであるのでね、既にプロットも組んでありますし途中で投げ出すなんてそんな勿体ないこと出来ませんから。


……因みに最新話は短めではありますが、明日or明後日投稿予定ですよ((ボソッ…
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