機動戦士ガンダムSEED FREEDOM AMBUSH 作:筆先文十郎
「お疲れ様でした、パットン隊長」
索敵と警戒のためガルガリンの周辺をサンライズで飛び回った後。コクピットから降りたミレイユをヒイラー隊の隊長、ドラント・ヒイラーがほんの少しだけ口角を上げて出迎える。
「いや。私たちが戻るまでガルガリンをよく守ってくれた。ありがとう」
二つある内のもう一つの隊を任せている部下とその後ろに立つ隊員たちに、ミレイユは労いの言葉をかける。
「パットン隊長。今回の襲撃、どう思われました?」
「どう、とは?」
歩きながら尋ねるヒイラーにミレイユは聞き返す。
「今回の襲撃はドマ、エーロン、ライハ……そして昨日のオルドリンと違い、襲撃した規模が明らかに小さい。……まるでこちらの戦力を分散させるための囮……自分にはそう思いました」
「……つまり今回の襲撃は街の襲撃ではなくガルガリン。……と思っているのか?」
「おそらくは……」
「でもガルガリンを撃沈させて意味あるわけ? そりゃあウチは敵だから撃沈しておいて損はないけど?」
後ろにいたクレアが疑問を投げかける。
「確かにクレアの言う通り、ガルガリンを落とすのは意味がありますが。それよりも『ミケールが国境線を超えた場所にいる』というフェイクで今まで通り国家間の争いを招く方が効果は大きい」
「……もしかしたら敵にとってはガルガリンがいなくなった方が都合が良かった、のかもしれないわね」
乗り込んだエレベーターで、ミレイユは重い溜息をついた。
ヒイラーたちと別れた後。シャワーを浴びてバスローブを身体に巻いたミレイユはベッドに倒れ込んだ。
「セレーナ……」
静かに目を閉じる。まぶたの裏では最後にあった友と会話する姿があった。
『ミケールを捕縛する!?』
突然お茶に誘われたミレイユは開口一番驚きの声を上げる。
『声が大きいぞ、ミレイユ』
『ご、ごめんなさい……』
『まぁ、ここは防音だし盗聴対策をしているから私たち以外の人間に聞かれる心配はないけど……』
そう言って一安心する親友を見てクスッと笑うと再び真剣な顔になって話を続ける。
『我が軍の諜報部が用心深いミケールに悟られないように慎重に慎重を重ね、ついに掴んだ情報だ。諜報部の働きを無駄にする訳にはいかない』
『だからと言ってお前が行く必要が……』
セレーナは同期で一番の出世頭で近々に将官に昇進することが決定している。そのような重要人物が敵の最深部に踏み込むということにミレイユは言わずにはいかなかった。
『だから、なのだ。ミケールは慎重に慎重を重ねる狡猾な男。おそらく何千何万の歩兵と戦車や戦闘機、モビルスーツで取り囲んだとしても身代わりや秘密の脱出通路を使うなどして逃れ、再び世界に災厄を振る舞う。だからこそ確実にミケールがいる最深部まで警戒させることなく近づき、直接対峙して奴を捕まえるか殺せる人物ではないといけない。そんなことが出来る人物が私以外にいるか?』
『……』
その言葉にミレイユは黙り込む。厳格な軍人から妖艶な娼婦、あまり目立たない気弱なOLや町娘など様々な職種の人間を別人レベルで演じられる演技力。命の危機が目の前に迫っても視野の広さを保てる冷静さ。鍛え上げられた男性軍人数人を同時に相手にしても勝てる戦闘能力。
指揮官やモビルスーツパイロットだけでなく暗殺者としても優秀なセレーナ以外以上の人材を、ミレイユは知らなかった。
『わかった。もうお前を止めるような発言はしない。だけど約束してくれ』
ミレイユはジッとセレーナの目を見て、言った。
『生きて、私の前に現れてくれ。セレーナ・ハーベスト!』
『……フッ、わかった。約束するわ。ミレイユ・パットン』
微笑みながらセレーナは親友と約束を交わした。
セレーナ・ハーベストが生きてミレイユ・パットンの前に現れる。
その約束は……守られることはなかった。
ガルガリン艦橋
この日。テイラーはオルドリン自治区襲撃事件の翌日に起きたカイドリア自治区襲撃事件の報告を行っていた。
〈では……〉
「はい。残念ながらカイドリアに被害が出てしまいました」
テイラーはコンパスの総裁を務める女性、ラクス・クラインに向かって頭を下げる。
〈そうですか……〉
テイラーの報告にラクスの顔が曇る。
「では総裁。カイドリアで捕虜にしたブルーコスモスの『イルザにミケール大佐が潜伏している』というパイロットの証言を基に、ガルガリンは引き続き潜んでいると思われる箇所を調べつつ、付近にブルーコスモスが現れた際にすぐに出撃できるように準備しておきます」
〈……〉
「クライン総裁?」
〈あ、いえ……何もありません。テイラー艦長〉
慌ててごまかすラクスだったが、テイラーはその理由がわかった。
ミケールがイルザにいるという情報はコンパスをかく乱させるために偽情報ではないか、と。
しかしその情報が嘘であると言い切れる判断材料はない。もしかしたら本当なのかもしれないのに自分がそれに疑問を口にすればガルガリンの士気の低下を招く可能性もある。そう思ったラクスにその事を口にすることは出来なかった。例えテイラーが同じ考えであったとしても。それがわかったテイラーも「何かありましたか?」と明らかにしようとはしなかった。
〈お願いします……〉
ラクスが曇った顔で軽く会釈すると通信が切れた。
「ふう……」
思わずテイラーは天井を見上げる。
「仕方ありません、艦長。ミケールは一年以上もの間捕まらなかった相手。逮捕に至っていないのは当たり前と言えるかと」
「そういう意味じゃない……」
副官のサムソン・プレスコットの言葉をやんわりと否定して正面を向くと、どこか遠くを見る目でテイラーは語る。
「クライン総裁やヤマト隊長……多くの若者が貴重な青春を戦争などに費やしている。サッカーやチェス、ゲームなどに興じていた我々と違って」
「……」
「我々無能な先人が未来ある若者の自由や幸福、生命を戦争という無用の長物に使用させる……情けないと思わんか?」
「……」
自嘲気味に微笑むテイラーに、プレスコットは何も答えられなかった。
戦いは終わったはずなのに、艦内に漂うのは安堵ではなく、次なる嵐の予兆だった。