機動戦士ガンダムSEED FREEDOM AMBUSH 作:筆先文十郎
ガルガリン艦長室。
エリオスは深く息を吐き、通信回線を開いた。
「……こちらガルガリン艦長、エリオス・テイラー。ミレニアムのアレクセイ・コノエ艦長、応答願う」
数秒の沈黙。
やがて、澄んだ女性の声が返ってきた。
〈こちらミレニアム、通信士アビー・ウィンザー。回線は良好です。……コノエ艦長にお繋ぎします〉
通信が切り替わり画面にコノエの姿が映る。その顔はエリオスを確認するとわずかに緩んだ。
〈テイラー艦長、無事で何よりです〉
同じ志の元に集った仲間の無事に喜ぶコノエに、エリオスも微笑みで返す。
「ありがとうございます、コノエ艦長。……さて、早速ですが」
エリオスはまずエルドアに参加したキラを始めとするコンパスの安否、そして総裁ラクスの所在を確認する。
その後。二人はゆっくりと先の戦い──エルドアでの出来事へと話を移していった。
切り出したのはコノエだった。
〈テイラー艦長。そちらでは何が起きたのですか?〉
「……」
どこから話せばいいか思案しながら、エリオスは口を開く。
「アークエンジェルの予備戦力としてイシュタリアを出発したガルガリンは、一定の距離を保ちながら追従していました。
しかし、ヤマト准将の判断によって戦況は急速に混乱。
アークエンジェルが突如進路を変えたため、代わって前線の掩護と指揮を執るべく、ガルガリンは急速前進を開始しました。
その矢先、ブルーコスモスの伏兵に遭遇し交戦。何とか撃退したものの、継戦能力を失い戦場を離脱せざるを得ませんでした」
〈……〉
「突如通信が取れなくなった後のことはブルーコスモスの攻撃に対応するので精一杯で……詳しいことがわからなく申し訳ありません」
申し訳なさそうにエリオスは頭を下げる。
それは事実だった。しかし同時に語らなかった事実もあった。
ファウンデーションの兵士、リデラード・トラドールが誤認ではなくミレイユを
エリオスはそれを言わなかった。否、言えなかった。
それはあまりに常軌を逸し、あまりに危険で……自分でも信じられない事態だった。
そして何より、もしもこの件にコノエが黒幕側として関与していたのなら、敵に情報を渡すことになる。
聞いた者を混乱に
言うべきではない。
言えば取り返しがつかない。
エリオスはわずかに息を吸い、表情を整えた。
「……以上が、ガルガリンが把握していた範囲の状況です。戦場全体の詳細は……残念ながら確認できていません」
それは嘘ではない。
しかし
画面の向こうで、コノエの瞳がわずかに揺れた。
エリオスの言葉の端に潜む、何かを隠している気配を敏感に感じ取ったのだろう。
〈……なるほど。それは大変でしたね、テイラー艦長〉
しかしコノエは聞かなかった。問い詰めることも深く探ることもせず、ただ静かに受け止めた。
その態度は「あなたが言わないのなら、今はそれを尊重する」という意思にも見えたし、「こちらも言えないことがある」という沈黙の告白にも見えた。
コノエは続けて、イシュタリアで待機していたミレニアムが何をしていたかを淡々と説明した。
通信障害、核迎撃態勢、核ミサイルの爆発から逃れるため潜航しファウンデーション王国を離脱したこと。
やがて必要最低限の情報交換が終わる。
〈……では、また改めて。テイラー艦長〉
「ええ。……コノエ艦長」
短い言葉を最後に、通信は静かに途切れた。
通信が途切れた瞬間、艦長室に静寂が戻った。機器の微かな駆動音だけがやけに大きく響いた。
「……」
エリオスはしばらく指先ひとつ動かせなかった。
胸の奥に残ったのは同志と真実を共有できなかった後悔と、同志と思っている相手を疑わざるを得ない自分への嫌悪だった。
自分の心の乱れに気づいた時のコノエの表情が脳裏に浮かぶ。
(……気づかれたな)
だが、それでも言えなかった。
言えばすべてが崩れる。
疑念は確信に変わり、味方は敵に変わり、戦場の混乱は政治の混乱へと飛び火する。
そして何より──
(もしコノエ艦長が黒幕側だったなら……)
その可能性を完全に否定できない自分がエリオスには何より苦しかった。
「ふうっ……」
エリオスはゆっくりと息を吐いた。喉の奥に残る苦い緊張がまだ消えない。
キラ・ヤマトの暴走。
報復にしては行き過ぎたユーラシアの核ミサイルの発射。
ミレイユが聞いた声。
核の落下地点。
ブルーコスモスの伏兵。
どれも繋がる素振りがありながら繋がらない。
(真実は……どこにある?)
艦長室の静寂は、まるで迷宮の入口に立たされたかのように、エリオスの思考を深く沈めていった。