機動戦士ガンダムSEED FREEDOM AMBUSH   作:筆先文十郎

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第4章-11 忍び寄る月

 高級クラブ ミラージュ。

 その店はグレイブが籍を置く基地に近く、軍人の利用が多い。ミラージュも軍の規律を理化しており、トラブルが起きれば即座に軍警備隊が駆け付けられるという軍人にとって安全な店だ。

 そのミラージュの店内は、柔らかな薄闇に包まれていた。

 壁には細長い鏡がいくつも埋め込まれ、間接照明の光がゆらりと反射しては、客とスタッフの姿を淡く歪めて映し出す。

 深紅のベルベットソファは沈み込むように柔らかく、黒いガラステーブルには淡い光が揺れている。

 ジャズの低い旋律が空気を震わせ、甘すぎない白檀の香りが漂っていた。──まるで月影が迷い込むために作られたような店だった。

 そんな店内で客と女性スタッフが静かに会話を弾ませる最中、夜の店の扉が乱暴に開かれた。

 入ってきたのは、ディガー・グレイブ。

 軍服ではないが、一度相手をしたならあの横柄な態度と濁った目つきは隠しようがない。

「よぉ、今日も飲ませてもらうぞ」

 その声が響いた瞬間、店内の空気が一気に重くなる。

 カウンターの奥でグラスを磨いていた女の子が、露骨に顔をしかめた。

「……最悪、来た」

「今日こそ誰か代わってよ」

「やだよ、あの人。前に胸触られたし」

「私も無理。あの人、話してるだけで気分悪くなる」

 小声のはずなのに、怯えと嫌悪が混じった声は隠しきれない。

 グレイブは気づいていないのか、はたまた気づいていて無視しているのかどっかりとソファに腰を下ろし足を組んだ。

「おい、誰でもいいから早く酒持ってこいよ。客を待たせる店なんて聞いたことねぇぞ?」

 店長が苦い顔をして、女の子たちを見回す。

 しかし、誰も目を合わせようとしない。

 全員が一歩、また一歩と後ろへ下がる。

「……おい、お前ら。誰か行けよ」

「店長、無理ですって。あの人ほんとに嫌なんです」

「今日、私指名入ってるんで……」

「私も他の席ついてますし……」

 女の子たちから言い訳が飛び交う。しかし店長も本当はわかっていた。

 誰も行きたくないのだ。

 だが、グレイブは金払いだけは良い上客(・・)。そして大西洋連邦の中将。

 店のことを考えれば追い返すことはできない。

 店長は深くため息をつき、視線を店の隅に立つ新人へ向けた。

 

 嘘月(うそつき)

 

 とある有名大学に通いお金を工面するために夜の仕事に飛び込んだ新人スタッフだ。

 背中まである艷やかな黒髪に幼さが残る可愛らしい顔立ち。その顔立ちに似合わない、成熟した盛り上がった胸とくびれた腰、ほどほどに盛られたお尻は多くの者が二度見するものがあった。

 嘘月の制服は、ミラージュ特有の華美なデザインだった。

 淡いクリーム色のブラウスは肩口が少し開いており、胸元のラインを強調するように柔らかくフィットしている。

 黒のタイトスカートは膝上までの丈で、動くたびにわずかに揺れる軽い素材。

 腰のラインが自然と浮かび上がり、新人らしい初々しさと大人びた色気が同居していた。

 背中の中ほどまでまっすぐに伸びた黒髪は光沢を帯び、ミラージュの薄闇の照明を受けて静かに揺れて、まるで夜の水面に落ちる月影のように淡く光っていた。

 派手な巻き髪でもなく、甘いアレンジでもない。

 ただ丁寧に梳かれたストレートは新人らしい初々しさと、どこか大人びた影を同時に(まと)わせていた。

 耳にかけた髪の隙間から、小さな月型のピアスがちらりと覗くことが出来た。

 その小さな月は、彼女の本当の姿を知る者がいないことを静かに示しているようだった。

 入ってまだ数日だが、お酒を作ろうとして客の服にこぼして必死に謝る姿は、店の名物のようになっている。

 客が初々しくてそれがいいと上機嫌になって店を後にするが、店長にはそれが気が気でならなかった。

(そんな女の子を問題客につけていいのか……?)

 店長は悩み、店の将来を考える。問題を起こしてしまう新人女の子と嫌がる経験豊富な女の子。辞めることになった場合、どっちの方が損失が大きいか。

 店長は決断した。

「……悪いけど、嘘月ちゃん。あの客、お願いできるかなぁ?」

「え!? わ、私がですか!?」

 嘘月は驚いたように目を瞬かせ不安げな表情を浮かべる。

「い、いや、でも……私なんかよりも先輩たちの方が良いのでは?」

「他に行けるやつがいないんだ。無理はしなくていい。嫌だったら言ってくれ!」

 店長の「嫌だったら言ってくれ!」と言いながら断らせるつもりはない強い言い方に、嘘月は身体を小刻みに震わせる。

「もし無事に相手にしてくれたら特別に日当の2倍、いや3倍の臨時ボーナスあげるから」

 

 臨時ボーナス。

 

 その言葉に苦学生嘘月は不安ながらも覚悟を決めた。

「……わ、わかりました。私、行きます!」

 その瞬間、店の女の子たちは安堵と同情の入り混じった視線を向ける。

 嘘月はそれを背中で受けながら、ゆっくりとグレイブの席へ歩き出した。

 後ろで不安を抱えながら問題客に行く嘘月を見守る店員たちは気づいていなかった。

 嘘月が獲物に近づく月影のように薄い笑みを浮かべていたことに。

 




ディガー・グレイブとどんな会話をして彼の心に近寄るかが考えられなかったので一旦区切ります。ごめんなさい。
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