機動戦士ガンダムSEED FREEDOM AMBUSH 作:筆先文十郎
「おい、まだ来ないのか!? 俺がちょっと来ない内にここも随分とサービスが悪くなったもんだな!」
グレイブの怒り声が店内に響く。近くの客は露骨に顔をしかめ、スタッフたちは一斉に視線をそらして距離を取る。
金を払っていることを盾にした横柄さと、夜の仕事をどこか見下すような冷たい視線が、ミラージュの薄闇をさらに重く沈ませていく。
「おいおいおい!」
グレイブは苛立ちを隠そうともせず、テーブルを指で乱暴に叩く。
「チッ……いいから俺の相手を──」
「お、お待たせしてしまって……も、申し訳ございません……!」
突然聞こえた震える女の子の声に、グレイブは振り向く。
そこにはギュッと握った両手を胸元に置く女性スタッフが立っていた。
「……」
グレイブはジッと胸元のネームプレートを見る。
「
噓月の上に振られたルピをグレイブは見る。
ミラージュの女性スタッフはローズやオーロラなど花や風景といった源氏名をつけている。
しかし漢字を使った源氏名をつけているのは初めてだった。そのことにグレイブは疑問を持つ。
「あ、私……ハーフでして。だからこんな源氏名にしたんですよ!」
名前に触れられたのが嬉しかったのか、緊張した顔から一変してパッ! と明るい表情に変える。
「……ふぅ、なるほど」
(そういえばオーブなどの国では
グレイブは納得したように鼻を鳴らし、噓月の身体をゆっくりと上から下まで眺める。
艶やかな黒髪。月光を受けたような白磁の肌。切れ長の黒目は怯えたように揺れ、胸元でぎゅっと握られた両手が小刻みに震えている。
新人にしか出せない初々しさと、西洋人にはない東洋的な静けさ。薄闇のミラージュという店内が噓月という唯一無二の美しさを際立たせる。
「あ、あの……遅くなって申し訳ありません」
グレイブがまだ怒っていると思ったのか、噓月は俯き気味に頭を下げる。
震える声。
逃げないが近づきすぎない絶妙な距離。
その怯えながらも立ち向かう姿勢がグレイブの支配欲を静かに刺激した。
「まあいい。……座れや」
低く、命令するような声。
嘘月はビクリと肩を震わせ、一瞬だけ迷ったように見せてから──
「……は、はい……っ」
と小さく頷き、そっと席へ腰を下ろした。
その動きはぎこちなく、新人らしい初々しさと不安が滲んでいる。
そんな噓月を他の客やスタッフが心配そうに見る。
この時、客やスタッフだけでなく、すぐ近くにいるグレイブも気がつかなかった。
不安に圧し潰されそうになりながらも目の前の問題客に対応しようとする新人スタッフがほんの一瞬だけ、瞳に冷たい光が宿らしたことを。
「……」
「あ、あの……」
黙るグレイブに噓月は震える声で尋ねる。
「ごごご、ご注文をうかがっても……よろしいでしょうか……?」
「うかがうも何も、注文を聞くのが
隣に座る女の子をもっと困らせたい、泣かせたいという嗜虐心を刺激されたグレイブは不機嫌そうに返す。
「ももも、申し訳ございません! お客様のおっしゃる通りです!!」
涙目になりながら必死に頭を何度も下げる噓月に、グレイブは自分の言葉で怯えさせていると、どこか満足げな表情を浮かべた。
「……ふ、まあいい。注文を聞く気になったのなら、それで十分だ」
グレイブはわざと大きく足を組み換え、嘘月を圧倒するように注文を言い放つ。
「ウイスキーだ。ストレートで濃いめでな」
「す、ストレートですね……! あ、あの、銘柄は……?」
「何でもいい。強いのを持ってこい」
「わ、わかりました……!」
そう言うと噓月は転げそうになりながらも何とか耐えて、店の奥に下がった。
「ふ、悪くないな」
誰にも聞こえない大きさで、グレイブは呟く。
今まで会ったことのない、華やかな西洋人にはない、派手さこそないが控えめながらも確かな存在感を放つ東洋的な静かな美しさ。
自分に怯え従いながらも、涙を流しそうになりながらも決して倒れない強さ。
グレイブは噓月という新人スタッフを
(さぁ、どうしてやろうか……)
嫌らしい笑みを浮かべながら考えていると「お。お待たせしました……!」と呼吸を乱した噓月が両手でトレイを抱えて戻ってきた。
「ほう……」
感心したようにグレイブは笑う。
トレイにはグレイブの今の気分に合った銘柄のウイスキーとグラスだけでなく、小皿に盛られた簡単なつまみ、新品の灰皿、コースターまで揃っている。
「あ、あの……余計なこと……してしまいましたか……?」
震えながらグレイブの目の前に置いた噓月に、グレイブは眉を上げた。
「気が利くじゃねえか」
嘘月はビクリと肩を震わせ、胸元で両手をぎゅっと握りしめる。
「す、すみません……っ。あの……怒られないように……と思って……」
その怯えた反応に、グレイブは満足げに鼻を鳴らした。
「まあ、いいだろう」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうに隣に座る噓月に、グレイブは尋ねる。
「で?」
「え?」
「『え?』じゃない。俺に空のグラスで酒を飲め、と?」
「え!? わ!? は!? も、申し訳ございません!!」
グレイブの真っ当な指摘に、噓月は慌ててグラスに酒を注ぐ。
(……ほう)
グレイブは鼻の下を伸ばす。
噓月がグラスに酒を注ぐため身体をかがました際、胸元が開かれたドレスから豊満な谷間がグレイブの視界に飛び込んだからだ。
グレイブの口元にどす黒い笑みがゆっくりと浮かぶ。
(酒の前にたわわに実った二つの果実の感触を確かめさせてもらうか!)
グレイブはウイスキーの入ったグラスを受け取りながら、わざとゆっくりと噓月の方へ身を寄せる。
「え?」
不自然に近づかれたことに噓月が動揺する。
その反応を楽しみながらグレイブの手が胸元に行こうとした瞬間。
ゴドンッ!
「きゃっ!?」
グレイブが噓月の胸を触る前に噓月が声を上げる。
噓月が持ってきたガラス製の灰皿が床に落ちたのだ。
噓月は慌てて身をかがめ、落ちた灰皿を拾おうとする。それによってあと少しで胸に届くはずだった距離は自然な形で離される。
「す、すみません……灰皿を落としてしまって……!」
噓月は顔を赤らめ、胸元で両手をぎゅっと握りしめる。
「……まぁ、いい」
灰皿を拾い上げる嘘月の震える肩を見て、グレイブは鼻を鳴らした。
本命は逃した。だが──怯えたその反応は、悪くない。
そう自分を言い聞かせる。
気を取り直し、グレイブは噓月に自分がどのようにして中将まで出世できたなどの自慢話をしていく。
「わぁ! グレイブ様ってすごいんですね。私の父も軍人だったので……」
一瞬、噓月の顔が曇る。
(そうか。こいつの父親は戦死したのか……)
『軍人だった』という言葉と噓月の反応にグレイブは察する。
(……触れちゃいけねぇ話題ってのは、どこにでもある……)
その後グレイブは軍の話を避けて、自分が今まで食べた高級料理などの話に話題を変える。
「へぇ、それってどんな料理なんですか?」
目を輝かせながら話を聴く噓月に、グレイブは話をつづけながら噓月の肢体を舐めるように見まわす。
(胸もデカいが尻もいい形をしてるじゃねぇか……これは確認しないとな!)
グレイブが隣で話を続けながら、さりげなく嘘月との距離を詰めようとした、その瞬間。
「そういえば、しり──」
「えっ!?」
嘘月の言葉に、グレイブはビクッと肩を跳ねさせ、伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。
嘘月はきょとんとした顔で首をかしげる。
「え、どうかされましたか……?」
「い、いや……話を続けろ」
グレイブはわざとらしく咳払いし、何事もなかったかのように腕を組む。
嘘月は小さく頷き、続けた。
「そういえば、知り合いから聞いた話なんですけど……」
(……な、なんだ。
グレイブは内心で胸をなでおろし、何事もなかったかのように嘘月の話に耳を傾けた。
その後グレイブは隙あらば噓月の身体を触ろうとするが、その度に噓月が酒をこぼしたり、店員に呼ばれたりなどして
気づけば、店内の照明が少しずつ落とされ、他の客たちも帰り支度を始めている。
「お客様。申し訳ないのですが」
表向きは申し訳なさそうに声をかける店長にグレイブは舌打ちをする。
「……もう閉店かよ」
いくら自分が上客で大西洋連邦の中将でも、店の閉店時間をねじ曲げるほどの横暴はしない。
グレイブは、そういう
嘘月の方を横目で見る。
嘘月は深く頭を下げたまま、グレイブの機嫌を
「本日は……ありがとうございました……」
その震える声に、グレイブは不満げに鼻を鳴らす。
(……チッ。逃げられっぱなしじゃねぇか。だが──次はこうはいかねぇ)
噓月を怖がらせたという満足感と噓月の身体を堪能できなかった不満を抱えながら、グレイブはミラージュを後にした。
「本当に……ありがとうございました」
冷たい光を瞳に宿らせ、嘘月は静かにその背中を見送っていた。
もう読者の大半はわかっていると思うので書きますが。
39歳が18歳に化けるのは無理があるだろう(;^_^A
あとセクハラしようとするグレイブをどう回避するかなどに手間取り投稿が遅れました。申し訳ございません。