機動戦士ガンダムSEED FREEDOM AMBUSH 作:筆先文十郎
オーブ とある森。
軍服に着替えたソニファー・リーブランは自身のトレードマークである黒い炎を模した仮面をつける。
「本当に行くのか?」
ソニファーに背を向けながらソドが問いかける。
「……私一人でエリオス・テイラーという男と話すことに意味がある。でなければあの男は私の言葉に耳を傾けることはない」
ソドは拳を握りしめ、背を向けたまま言葉を飲み込んだ。止めたい。だが、彼女の決意が自分の声程度で揺らぐはずもないことを誰より理解していた。それでも言わずにはいられなかった。
「ソニファー、やはり──」
「『俺も行く』……などという妄言を言うつもりではないだろうな?」
「ッ!? そんなわけないだろう!?」
言い当てられてソドは慌てて否定する。
「いいか。これは私一人で行くから意味がある。もし私の命がかかっても、決して出てくるな。もし会談中に私の前に現れるというなら──私はお前を殺す!」
「……わかった、約束しよう」
ソドは両手の爪が肉に食い込み血が流れ落ちるほど握りしめながら見送った。
エリオスが指定された森のポイントを訪れると、そこには人が腰かけられる程度の岩に座る仮面をつけた女性がいた。
「お待ちしておりました。テイラー艦長」
「お初にお目にかかる。ソニファー・リーブラン」
警戒を緩ませないエリオスにソニファーはとってつけたような笑みを浮かべる。
「テイラー艦長。ここにいるのは私一人。自宅にいるようにリラックスを──」
「ミケールの右腕として多方面で動かれた貴女同様、私も軍艦を任されている身。暇ではないので呼び出した用件を言ってくれませんかな?」
「ふふっ、ゆとりがないと視野が狭まりますよ」
やれやれと両手を上げたソニファーは、真剣な顔で口を開く。
「キラ・ヤマトは生きている」
「……」
「正確に言えばキラ・ヤマトだけではなくシン・アスカ、マリュー・ラミアス、ムウ・ラ・フラガ、ヒルダ・ハーケンなどエルドアに参加したコンパスの主だった者たちはあの戦場から離脱した。……その後どこに行ったかは分かりませんが」
「……」
「そして。ユーラシア連邦がファウンデーション王国とエルドアに核ミサイルを落とした件について。あの事件を裏で糸を引いていた者、それは──ファウンデーション」
「ッ!?」
予想外の言葉に、エリオスは一瞬、目を大きく見開く。が、すぐに目を細める。
(あの事件の首謀者がファウンデーション……だとするとファウンデーション王国は自らの手で国民と国土を焼いたということになる……)
国の中枢を
それは大西洋連邦という国とそこに住む人々を守るために軍人を志したエリオスにとって到底受け入れられるものではなかった。
その可能性は有り得るかもしれない、と考えつつもソニファー・リーブランという女が自分を動かすための虚言と受け取る。
「……で。それを証明する物は?」
「聡明なテイラー艦長ならブルーコスモスという疑うべき存在が出す証拠よりもより確実な証拠を得る方法を知っているのでは? そしてその証拠を得る力も」
「……」
自分がソニファーの言葉を信じていないことと「キラたちが生きているということと、黒幕がファウンデーション王国であるのが事実であることを確かめる方法を知っている」ことを知っている敵将の言葉に、エリオスは不快感を出すことなく尋ねる。
「で、用件はそれだけですかな?」
「えぇ」
「それではこちらの用事に移らせてもらいます」
バッと手を上げると、ソニファーを囲むように銃を構えたガルガリンの乗員十数人が姿を現す。
「……有益な情報を持ってきた人間に対してこれはあんまりではないですか、テイラー艦長?」
「有益な情報を流せば見逃すなどという取り決めを決めた覚えはない。またテロリストにまともな交渉をすると思っていたか?」
「おぉ、これは一本とられましたな」
ソニファーは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら両手をあげる。
「そう言えば一つ言い忘れておりました」
ポンッ、と手を叩き、ソニファーはニヤリと笑う。
「ファウンデーション軍に通じたどこかの国がオーブを牽制しようと兵を集めているとか」
「……」
捕縛を命じようとしたエリオスの腕が止まる。
「まだ行動に移していないので正規の国はどうすることも出来ませんが……。その国にとある
「……」
その言葉にエリオスは考える。
(この女は策士。どこかの国がオーブに兵を向けるという情報はフェイクの可能性は高い。しかしもしそれが本当なら最悪……)
先の戦いの黒幕はファウンデーション。そしてキラたちは生きている。
虚言と思えるソニファーの言葉だが、もしそれが本当ならばオーブはファウンデーションと戦う可能性が高い。オーブがファウンデーション以外の国とも戦い、その結果負けるという事態は何としても防がなければならなかった。
そしていかなる目的があったにせよ、守るべき国と国民を核ミサイルで攻撃する国が大西洋連邦に利をもたらすとエリオスには思えなかった。
「もしオーブ出兵前にパルチザンが暴れたら……その国はオーブに兵を差し向けるどころの話ではないでしょうねぇ」
試すように笑うソニファーに、エリオスはゆっくりと手を下に下ろした。エリオスの動きに包囲した乗組員は静かに銃を下ろす。
「ふふっ。テイラー艦長の賢明な判断に感謝します」
そう言って立ち去ろうとするソニファーは、仮面の奥で一瞬目を見開いた。
視線の先。そこには明らかに動揺するミレイユの姿があった。
「せ、セレーナ……」
ミレイユは目元を黒い炎を模した仮面で隠したグラマラスな女性に向かって呟いた。
死んだと思った親友が生きている。ブルーコスモスの幹部として。
生きていたという安堵と喜び、その親友が敵となっているという事実にミレイユは固まってしまった。
「……」
親友の面影を見て動揺するミレイユに、ソニファーは言った。
「ミレイユ・パットン……お前のことは知っているぞ。数々の危険な局面を持ち前の頭脳と操縦技術で乗り越えた女傑、セレーナ・ハーベストと親友と呼べる間柄だったとか」
「ッ!?」
(何を言っているんだ、この女は?)
目の前の女が何を言おうとしているのか分からず呆然とするミレイユ。そんなミレイユを馬鹿にするかのように、ソニファーは言った。
「そのセレーナ・ハーベストは私が殺した。このソニファー・リーブランがな!」
醜悪な笑みで「ハハハッ!」と笑いだすソニファーに、ミレイユは激昂した。
「貴様ァァァァァッッッ!!」
パンッ!
銃声が森に、空に響き渡る。
「……」
ソニファーの頬から一筋の赤い液体が流れ出た。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
怒りで震える銃を握る手を下ろし、殺意の炎を宿したままソニファーを睨みつける。
「今は生かしておいてやる。だが次会った時……お前の最期だ!」
「ふっ、それは亡きセレーナ・ハーベストも望んでいることだろう……その時まで、せいぜい生き残ることだ」
嘲笑しながら夜の森へと背を向けて歩き出すソニファーを、ミレイユは黙って見るしかなかった。
森を抜けて周囲に誰もいないことを確認したソニファー・リーブランは仮面を外し、上を向いた。
「……そう。セレーナ・ハーベストを殺したのはソニファー・リーブラン。……ミケールの言葉に惑わされた、セレーナ・ハーベストにある弱き心が」
予定していた準備をするように部下達に連絡をし終えたソニファーはふと空を見た。
空に輝く美しい月を、目に涙を溜めたセレーナは見ることが出来なかった。
「ソニファー」
振り返るとそこにはソドが立っていた。
「よく耐えてくれた」
自分を守ろうとした戦友。その戦友に「動くな!」という命令を下しそれを実行したことに感謝を述べる。
「なぁ、ソド。少しの間、お前の背中を借りたい。……いいか?」
「あ、あぁ……」
後ろを向いたソドの背中に、ソニファーは身体を預ける。
「ソド。お前の背中は大きいな。そして……温かい」
「……ソニファー」
ソドは背中にすがりつく女性の名前を優しく呼ぶ。それが合図だった。
「う、う、う……ウワァァァァァァァッッッ!!」
ソニファーは泣いた。まるで子どものように。二度と取り戻せない宝物を失ったかのように。