「しょーこちゃーん!」「“さきこ”ですわ」   作:ああ

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2話

『遊びに行く約束ですが、○月△日でお願いしますわ』

 

 どうやら祥子(さきこ)は約束を覚えていたらしい。

 帰りに口約束で交わした遊びの詳細の日程は少し離れた時期にメッセージにて送られた。

 割と忙しかったのだろう、と学生は納得した。

 梅雨に差し掛かって雨が降るか降らないかで一喜一憂する時期。

 夏が近づいてきていることもあり、祥子が指定した日の降水率は0%だった。

 今日の授業が終わり、帰りのHRが終わった後の教室は喧騒に包まれている。

 目的の人物である祥子はいつの間にか教室にはいなかった。

 

(音楽室かな?)

 

 いつものことだろう、と学生は当たりをつける。

 スクールバックに最低限の荷物を入れてそそくさと教室から退出。

 迷うことなく音楽室に向かって直行───したところで出てすぐの廊下で祥子の姿が見えた。

 見えたというよりかは何かから逃げるように、急いでいる様子だった。

 

「……?」

 

 柄にもない姿だった。 一瞬だけ見えていたその顔は歪んでいた。

 いつもの綺麗な顔、気品さや優雅さを常に保っている表情には陰りと後悔と未練と、混ざり合った何かが表面に出ていた。

 下唇を噛み、今にも泣きそうな姿をそのままにすることを学生はしなかった。

 走ってきた方を見ると二人の生徒の姿が見える。別のクラスの人だ。

 

「……」

 

 特に声をかけることもなく、学生は祥子の姿を追った。

 遠くまで行っていたらどうしよう、と不安な胸中を抱きながら追いかける。

 突き当たってすぐの廊下で蹲っている祥子の姿がすぐに見えてきた。

 

「しょーこちゃーん」

 

「…………」

 

 声をかける。

 おそらく、いや間違いなく今一番放っておいてほしい状況なのだと思うが、学生はお構いなく話しかける。

 

「さきこですわ」

 

 その顔は学生が知るいつも通りの表情だった。

 能面を想起させる無表情にして、無感情にしか見えない、現実の二文字を全て知ったような顔を貼り付け直した。 無論、その壁は脆く、突けば狼狽えることを学生は理解していた。

 故に、ノンデリカシーに叩き込む。学生は顎に指を置いて、考える動作を祥子に示した。困惑した祥子を気にせずに、学生はやりたいことをぶつけた。

 

「今日このあと時間ある? 遊びに行かない?」

 

「……日程の約束はこちらからいたしましたが?」

 

「それとこれとは別! 今日バイトなかったよね?」

 

「……バイトは辞めましたわ」

 

「辞めましたわ!?」

 

「すべて」

 

「すべて!?」

 

「うるさいですわ!」

 

 目を見開いてオーバーリアクションを取らされてしまう。学生がペースを握ろうとしていたのに、気づけば祥子のペースに、というより明かされた情報に驚愕した。

 学生は祥子の事情を知らないが、バイトをこなさなければならない背景を理解している。

 祥子の口からは聞いたことはないが、普段の学生生活から察していた。

 祥子は羽丘女子学園の特待生だ。支払う学費を極限にまで抑えている。そして費用は祥子の懐から支払われる。平日から休日まで継続された労働の後は、祥子が隠している。話す理由がないだけだが。

 学生から見た祥子はお嬢様学校───学生は月ノ森女子学園*1と推察している。近辺にあるため───から訳あって転校してきた少女であると思っている。

 日銭を稼いで学生生活を過ごそうとしている。

 そんな彼女がバイトを全部やめた。

 

(嘘やん)

 

 学生、困惑。働く理由をなくしたと思われるが、その理由に皆目見当が付かない。

 宝くじが当たったと言われても納得しかける体制にいた。

 そのまま、“どしたん? 話聞こか?”と、断られる前提で言葉を発しようとしたところで、後方からガヤガヤと、知らない誰かの声が複数する。

 

「……あ、やば」

 

 それとして、先ほどまでのやり取りが廊下には声が大きく響き渡っていたのだ。

 反響して響くそれ、他クラスの生徒の耳に届くことだろう。

 ざわつきとともにちらほらと他の生徒が顔を見せ始めた。

 その様子を見た祥子は咄嗟に学生の腕を掴んでそのまま走り始めた。

 

「あぁもう! なんでもいいから行きましてよ! (わたくし)を楽しませていただけるのでしょうね!?」

 

「もち」

 

「言葉が軽いですわ!」

 

 キャリーバッグを引っ張るように学生を連れ出した祥子は勢いそのままに校門から飛び出す。 直行するのは駅方面だった。

 いつもの帰り道の方向だ。 離れて離れて、学校から距離が置いてきたところでようやく祥子は息を整えれる場面を形成することができた。 ゆっくりと息を吐いて、一緒に連れてきた学生に目をやる。少し目線を上にやった。

 

「……失礼を。迷惑をおかけしましたわ」

 

「そんな畏まらなくても。遊びに誘っただけだし。慌てるしょーこちゃんが見れて眼福だし」

 

「何度さきこと言ったら……。はぁ、いいですわ。ともかく、もうこれ以上のことは言いません。この一言だけ置いておきます」

 

 ありがとうございます。

 

 たったの十文字には、先ほどまでの出来事に対する感謝と、この出来事には踏み込むなという警告の意味が込められていた。 学生と祥子の付き合いは数ヶ月にも満たない。 学生からの積極的なコミュニケーションによって作られた関係性でしかない。

 そこ以外の関係性に関しては完全に外野だ。あの日から校門前で待ち合わせをしている謎の月ノ森の学生も、先ほど廊下の後方で、おそらく話しかけていた二人の学生も、過去に祥子と何かしら交流があったのだろう。

 だろう、としか学生は思わない。 過去を知るつもりは学生にはない。言葉で祥子にそう言っても信用されないだろうが、その時は言い張る気でいる。

 

「ん、どういたしまして」

 

 中学時代の豊川祥子に、学生は興味がない。

 学生が知っているのは高校に入ってからの豊川祥子だから。

 入学して、初めて見た時に視えた、砂嵐や酷暑に見舞われても凛然と咲き続ける花のような輝きを持つ祥子にしか、学生は興味がなかった。

 

「じゃあこのまま行こうか。ちなみにリクエストとかある?」

 

「カラオケ以外でお願いしますわ」

 

「え、しょーこちゃん歌ダメなの?」

 

「……ダメなものはダメですわ」

 

「ピアノは弾くのに? 歌はダメなの?」

 

「…………ダメ、というわけでは。とにかく、ダメなものはダメですわ」

 

 CRYCHICを結成した時の思い出が祥子にはある。

 発起人である祥子が昨年立ち上げた五人組のバンドだ。とある日に月ノ森女子学園で演奏していたMorfonica*2に感銘を受けたことがきっかけだ。幼なじみを始めに誘い、そのままの勢いで、さらに三人を誘って結成した。

 交流を深める中でカラオケに行った記憶が祥子にあった。

 初めて見る場所、光景、体験、かけがえがなく、夜空に煌めく星のように輝いていた記憶だ。 故にこそ蓋を閉じておきたかった。

 

「え、えぇ……。いやま、いいんだけどさ。以外って、なんでもいいの?」

 

「はい。お任せしますわ。私のことを……エスコート、してくださる?」

 

 左手をこちらにあげる祥子。学生には手のひらが向けられている。

 何度か挙げたことがあるのか、その動作にはぎこちなさを感じない。

 祥子は今の状況を、遊びに出かけるという状況を楽しもうとしている。

 いつもの、貫いている無表情は少し崩れて、どこか綻んだ顔で学生を見ている。

 顔と言葉にから感じ取った感情に、応じない理由はどこにもない。

 

「…………」

 

 そっと、その手の上に右手を学生は乗せた。小さな手だった。しかしどこか乾いて、荒れている。その傷をひた隠しにしているような跡が残っているように感じた。

 優しく包み込み、学生は口を弧に描いて言葉を紡ぐ。

 

「お任せください。My Princess……

 

「なんですかその発音は。叩きますわよ」

 

「泣いてもいいですか?」

 

 

 学生が祥子を連れて行った先はゲームセンターだった。

 当然ながら、祥子は入店したことがなかった。

 

「……うるさいですわね」

 

 真っ先に思った感想を祥子は口にした。

 足を踏み入れた店内は黒一色のフロアリングに、壁面が見えなくなるほど設置されたゲーム台、入り混じる光に祥子の目は痛くなりそうだった。

 目の前には小さな球体型のゲーム台が置かれており、近づいてみるとお菓子の山が積まれていた。初めて見る光景に、祥子は感想に困った。初めて見るものに、どういう類のものなのか、祥子の中で答えを見つけることが出来なかったからだ。

 続けて。きょろきょろと周りを祥子は見渡す。駅前のゲームセンターは人がごった返していた。平日でも人数が多く、休日ならばさらに人が増えるのだろう。中には同じように学校帰りの人たちが集まっている。あるいは親子連れ、大学生か。

 クレーンゲームの誘導音。

 どこかで聞いたことのあるようなBGM。

 知らない誰かの叫ぶような声。

 何重にも混ざり合って耳に入ってくる音に祥子は慣れなかった。

 スッ、と祥子はなんとなく左側の光景を注視した。

 

「あれは……」

 

 自分よりも歳が上の男性が、なにやら大型の筐体の前で、自分が持ってきたものなのか、コントローラーと思われるものを巧みに操っているではないか。

 興味を抱いた祥子は気づかれないように近づいた。丸型スティックを指で挟んで押さえつつ、さながら鍵盤を弾くかのように指でボタンを叩いている姿がそこにはあった。

 

「なんなんですの、あの動きは……」

 

「格闘……あー、この手のゲームはキャラクターを操作するタイプだから反射神経が問われるんだよ。備え付けのものより自分のものの方が動かしやすいだろうしね」

 

「やけにガチャガチャ言ってますわね……、あ、負け……叩きましたわ! グーで! コントローラーに鉄槌を下してますわ! このままだと壊れむぐっ」

 

「……別の場所行こっか」

 

 画面にYOU LOSEの文字が表示されてヒートアップした男性に聞こえないように、祥子の口を閉ざして遠ざける。

 祥子の教育に悪かった。箱入り娘にはまだ早かったのかもしれない。

 直感と己のセンスを信じてゲームセンターに連れてきた学生だったが選択を間違えたのではないかと後悔し始めた。

 

 “エスコート失敗か……?”

 “いや、初めて体験してるっぽいからいけるか……?”

 

 思考で渦巻く不安。

 ヒヤリと背中に汗が流れる中、祥子の様子を覗くように見てみる。

 最悪なのは絶交を告げられることだけだった。祈るように見ている。

 

「いろいろありますのね……新鮮ですわ」

 

 多分いけそうだった。

 

 祥子にとっては、知らない世界を堪能しているだけに過ぎない。

 初めて目にする文化に触れているだけなのだ。少しずつ目を輝かしながら。

 クレーンゲーム、エアホッケー、音楽ゲーム、スポーツ系統、パチンコ、スロット、競馬。様々だ。ギャンブル系に関して、祥子はどことなく視界から外しているように見えたが。

 近場のゲームセンターの中でも最も大きな店舗であったため、ラインナップには優れていた。そうして見ていく中で、祥子はその筐体に興味を持ったのか、指を刺して学生に質問した。

 

「あれはなんですの?」

 

 指差した先にあるのは───いわゆる、パンチングマシーン。

 的に拳を当てることによって、その力を推し測るゲームだ。

 

「やってみる?」

 

 財布から小銭を出して祥子に手渡した。

 以前に、“奢る”ということを宣言していることもあっての行動だった。

 祥子の手を無理やり開かせて握らせようとしたが譲ってはくれない。

 

「う、受け取れませんわ。やるならせめて自分のもので……」

 

「まぁまぁそう言わずに」

 

「あっお待ちを……っ!」

 

 言いながら小銭を投入し、準備が完了された。 背中を押して筐体の前に立たせて、勢いでそのまま説明する。

 

「ここにあるグローブを手に嵌めて、起き上がってきた赤い的を殴るだけでいい。それも強く。パワーが高ければ高いほどいいから、嫌な思い出もここに乗せて出しちゃいなよ」

 

「嫌な思い出……ですか」

 

 断れる状況にはもうない。殴るための壁はスタンドアップしているし、液晶画面はすでにパンチが来るのを待ち構えているし、画面の奥にいるキャラクターも殴られ待ちの状態だ。

 

「……では、僭越ながら豊川祥子、拳を振るわせていただきます」

 

「丁寧すぎる」

 

 郷に入れば郷に従え。 息を吸って心を整えた祥子はさながら本番前の俳優のようだ。両足を肩ほどまで開き、腰を少しおろし、目を正面に据えて、目標に向けて右手を大きく振りかぶり───

 

「くそ親父ッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

(くそ親父?)

 

 どでけぇ声とともに殴り降ろした。それなりに響いた殴打の音。振りかざされた拳からゲームはポイントを測っていく。そうして出てきたスコアに、学生は引き笑いをした。

 

(た、たけぇ〜〜……)

 

 学生は以前パンチングマシーンを遊んだことがあった。

 祥子のスコアは学生より一回り多かった。

 心の中で学生はドン引きした。

 

「なかなか楽しいですわね」

 

 祥子は───ご満悦だった。

 それはそれとして、祥子を怒らせないようにしようと、学生は強く思った。

 なお、パンチングマシーンは一度のコインの投入で三度は殴らせてくれる。

 このため、

 

「フンッッッ!!!!!!!!!」

 

 

 普段聞かない声と、普段なら行わない動作によるパフォーマンス。

 この日のパンチングマシーンのスコアのトップ3は祥子が占めた。

 

 ぶん殴ってスッキリしたのか、どことなく肌に艶が出てきた祥子を続けて案内していく。 いつもと同じ無表情なのにどこか微笑んでいるように見える。

 ストレスを溜めに溜めているのなら発散させたい、というのが学生の第一の目標だった。 それに該当しているゲームをと、あれこれ考えていたが、最終的に祥子が興味を持ったものをそのまま遊ばせようと学生は画策した。

 

 

「! 見てください。あそこに銃が置いておりますわ。違法なのでは……?」

 

「あ~……」

 

 よくあるガンシューティングのゲームだ。

 終末世界で襲いかかってくるゾンビを撃ち殺すゲーム。

 

「あれもコントローラーだから。さっきのグローブ然り、格闘ゲームやってた人が持ってたものと同じでね」

 

「私の知らない世界ですわ……」

 

 恐る恐る祥子は銃を手に持って、引き金を画面に向かって、祥子は躊躇いながらも弾いてみる。当然ながら銃弾は出てこない。巨大な画面はデモプレイの様子が映されており、決められた流れに則って動いている。

 祥子は備えて置いてある説明文を上から端まで読み込む。中身と内容を理解したのか、祥子は学生の方を向いた。口角が吊り上がっていた。

 

「面白そうですわね。一緒に遊んでみません? 協力プレイ、というものが出来るみたいですわ」

 

「よしやろう。背中は任せてね」

 

「後ろから撃たないでくださる?」

 

「そこまで私の信用ない?」

 

「冗談でしてよ」

 

 割と本気で言っていそうな冗談を受け止めて、ゲームは始まった。

 スタートからの流れはシンプルだ。 ゾンビが襲いかかる。コントローラーである銃をターゲットに合わせて引き金を弾く。銃弾には限りがあり、加えてリロードする回数もまた制限がある。全部で三ステージほどあるが補充されることは一切ない。

 このため、限りある状況の中で最後まで生き残ることができるかが肝となる。

 

「……あら。一発で仕留めてしまいましたわ」

 

「うっま……」

 

 学生は以前ガンシューティングを一人で遊んだことがあった。

 祥子のプレイスキルは学生より一回り上だった。

 心の中で学生はドン引きした。

 

「この調子で行きますわ、よ!」

 

 ゾンビの弱点は少なく、頭か心臓の二つに設定されている。人間のものと大差はない。

 先ほどまでの───恐る恐る引き金を弾く祥子はどこにもいない。 ゲームに慣れ親しみ始めた祥子はそのままヘッドショット、リスキル、クリティカルヒット。

 ゾンビにも、相方の学生も出番が存在しなかった。

 

「しょーこちゃんうまいね。昔なんかやってた?」

 

「やってませんわ! というか貴女も撃ちなさい! 一応は相方なのでしょう!?」

 

「これ私いる?」

 

「いりますわ!」

 

 とはいえ、ステージ1が祥子一人で済ませられたとしても、ステージ2以降は易々といかない。

 

「ゾンビが……加速!? まずっ───」

 

「しょーこちゃんは私が守護(まも)るッ!」

 

 即座に照準を合わせて目標に向けて引き金を弾く。よどみのない動作は祥子に襲い掛かろうとしたゾンビを駆逐した。

 

「感謝します! ですが、私を守護るおつもりならまず名前を間違えるのはおやめなさい!」

 

 まずはそこだった。

 祥子が反応できない範囲を学生が慎重にカバーしていく。

 学生のゲームスキルは、平凡より上程度。流行りのゲームを1日1〜2時間遊んで蓄えた経験を応用しながら遊んでいる。

 対して、祥子にはゲームの経験が皆無だ。今日が初めてである。

 祥子にあるのは幼き頃から学びを得てきた英才教育、それに付随する習い事。 これらの、決してゲームスキルに密接するとは思えない活動内容が紐付き、高まった集中力と精密性は今この場で発揮されていた。

 

(ハイスペックだよな、祥子ちゃんは)

 

 ひとりでに勝手に学生は納得する。

 自分のプレイスキルは上であると粋がることも豪語することもできない。

 

 変則タイプのゾンビも処理したところで最終ステージに突入する。

 

「弾数が足りませんわね……」

 

 巨大で肥大で大型なボスゾンビは、当然ながら急所を一度撃ち抜いたところで倒れることはない。 襲いかかるゾンビの群れをいなしつつ、的確にダメージを与えなければならない。流動的に、水が流れるように発生するゾンビの群れを祥子が仕留め、その隙に学生がボスゾンビにダメージを与えていく。残弾に余裕のある学生がダメージソース源になるのだが……百発百中の祥子に対し、学生の精度は甘々であった。

 

「……っ! 弾が切れましたわ。ですが増援はもう来ないようです」

 

 画面右上でオペレーターらしきキャラクターがそう報告する。

 つまり、学生とボスゾンビのタイマンになるのだが───

 

「私一人で仕留めてもつまらないよね」

 

 特殊コマンドがこのゲームに設定されていた。

 自分がリロードできる回数券を譲渡することができるようだ。

 

「……そんな強がりを見せずとも。素直に助けてほしいって言えばいいですのに」

 

「いいとこ見せたかったんだよ。察して?」

 

「嫌ですわ!」

 

 祥子、リロード完了。ターゲット目掛けて、発砲。発砲。発砲。

 何を思い描きながらゲームを遊んでいるのか、学生には計り知れない。負けじと学生も続けて応戦。弾数がお互いに切れかかってきたところで、ボスゾンビの身体は爆発四散した。

 

「やりましたわ!」

 

「やったね!」

 

 パンっと。二人でハイタッチを交わした。

 

 

「レーシングゲーム、というのもあるのですわね。

「───車の運転、心が躍りますわ。今の私にとっては非日常体験の一つですもの。

「あら。こちらのゲームでは対戦ができるのですのね。

「どうですか? 私と勝負しませんか? 格の違いというものを味わっていただきましょう。

「それとも、私に負けるのが怖くて逃げますか?」

 

 誘いに乗っかって、学生はレーシングゲームのドライバー席に座り、ハンドルを握りゲーム内のスポーツカーを運転する。半周回っても祥子は未だに一位の座から降りていない。 初めは最下位でいたのに、コツを即座に掴んだのか。アイテムを駆使しつつこちらを抜き去ったのだ。

 

「あら、この程度ですの?(笑)」

 

 学生を煽りそのまま爆走した。

 学生は以前レーシングゲームを一人で遊んだことがあった。

 祥子の立ち回りは学生より一回り上。学生はソロプレイで一位を奪取したことがなかった。

 心の中で学生はドン引きした。

 

 だとしても、それで心が揺らぐほど柔な精神を学生は持ち合わせていない。

 学生の辞書に記されているのは勝利と祥子の漢字二文字だった。

 

「───上等」(どうやって勝てと?)

 

 強くは言うが勝算が浮かばない学生であった。

 

 敗色濃厚だがこのまま負けるのも癪なので、アクセルペダルを気持ち強く踏んで加速を試みる。アイテムを駆使し、なんとか祥子の操るスポーツカーの後ろで近づけるも、しかし前に進めることができない。祥子のドライビングテクニックが学生と比べて段違いだった。

 進路を常に塞がれるため、車を轢こうとしたところで衝突音しか聞こえない。

 それが何秒間も続き、ファイナルラップに突入した。

 

「……」

「……」

 

 レースは停滞化した。 読める展開など面白みに欠けてしまう。 気まずさが漂った。

 その空気を嫌がったのか、祥子は運転しながら学生に質問する。

 

「そういえば、前々から聞こうと思っていたのですが」

 

「うん?」

 

 それでも前の画面から目を逸らさないまま、祥子は自分にとって重要な質問をぶつける。

 

「私にここまで構う理由はなんですの?」

 

「好きだから?」

 

 即答だった。疑問系だが。

 

「……解答になっていませんわよ」

 

 呆れながら、言葉に軽さを感じてなのか、祥子は少し不機嫌に小言を漏らす。

 

「いいや、本当だよ。しょーこちゃんが好きだから一緒にいたいと思っているんだ」

 

「本当に好きならば、そもそも名前を間違えないでくださります? だいたいこんなののどこを好きに─── 」

 

「まず顔。特に目がいい。不撓不屈の意志を感じる常に前しか向いてない目が特に好き。見たくもないリアルを見せつけられても前進する姿勢しか見せない、その意志の強さが見えるのがいい。

「構成するパーツも素敵だ。目、鼻、口、諸々含めて汚れが何一つ見えない。どこかで汚れていそうな部分も隠すか、隠せる努力を身につけたのか、隠す必要がないのか、私にはわからないけど痕跡が一つ一つ垣間見えるように見れてとても好きだ。

「髪の先までそう。前も触れたことがあるけれど、リボンも含めて常に、どんなに時間がかかろうと、そもそも時間がなかろうと必ず身だしなみを整え、清潔感を保ち続けている。いいよね。私なんてめんどくさいからショートにしてるのに、祥子ちゃんは私の知ってる限りはいつも同じヘアスタイルをしている。

「立ち振る舞いから行動に至るまで全てに気品さを感じるのがいい。祥子ちゃんの昔のことは何一つ知らないけれど、おそらくまぁ、育ちがいいんだろうなと、思わせてくれる行動が見える。勉強の姿勢、少量ながらも食事の作法。気品に華麗に優雅に自分を保つ、その心が好きなんだよ。

「ピアノを弾いている姿が一番好きなのかもしれない。祥子ちゃんは基本的に笑わないけれど、演奏している時だけは幸せそうに弾いているんだ。その横顔がとても好きで、その顔がほんっとうに好きで、気づけばずーっと目で追っている。

「ピアノを弾くその手も好き。今日初めて触れたそれはちょっと乾いてきたけど、ピアニスト特有の豆とか、あとは色々と積んできたのか、少し荒れた跡があってよかった。努力の跡を感じてとても好き。

「たまたま同じクラスで、友達も羽丘にいないものだからたまたま隣の席にいた祥子ちゃんに話しかけただけなんだよ、最初は。いつの間にかここまで思うようになっていたんだ

「まぁ諸々ひっくるめて言うと一目惚れみたいなものだね……、祥子ちゃん?」

 

「───」

 

 学生からは祥子の様子が見えない。ハンドルを手に掴んで顔を下に伏せている。言葉として文字に起こすことができない音を口から発している様子しか学生は見えなかった。

 耳元が赤く染まっている。 手がプルプルと震えている。

 尚もレースは続いている。

 

「今の全部嘘ね」

 

「はっ!?」

 

「よし抜けた。はい私の勝ち! しゃあっ! 一位! 一位だ! 優勝だ! ウォォあっいった!?」

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

 叩く*3。叩く*4。叩く*5。 学生の制服めがけてそれらをそこそこの強さで当てる。

 祥子はキレた。

 結果として、学生は不細工に勝利を納めた。

 一息置いて、学生は弁明する。

 

「……いや嘘って言ったのは動揺させるためであって全部本当のことだから。ほんとのほんと。祥子ちゃんが好きなのは不変だよ」

 

「……その“好き”っていうのはどういう意味で言っておりますの?」

 

「どっちだと思う?」

 

「質問を質問で返さないでください。ふむ…………」

 

 そう言いながら祥子は顎に手を置いて考え、答える。

 

「友達として、でしょう?」

 

「正解!」

 

「はぁ……私も好、嫌いではありませんわよ。友達として」

 

「なんで言い直したの」

 

「聞かないでくださいまし」

 

 

 ゲームセンター内で過ごすうちにいよいよ夕日が西に沈んだ。

 喧騒に包まれたゲームセンター内の声も今はある程度収まっている。

 二人、学生と祥子は入室していた巨大な箱から出入り口にあるカーテンから出ている。 お互いの手の元には写真があった。

 

「プリクラ……盛るにしても人の顔でここまで付与できるものなのですね」

 

「しょーこちゃんのそれは過剰なんよ」

 

 星型から菱形のエフェクト、目の巨大化、ハートマーク、数え上げればキリがない。

 現代のSNSで、人によりよく見られるために過度に演出できる“映え”に祥子は困惑を覚えていたし、編集している途中からあれやこれやと付け加えた

 結果としてお互いの姿見に原型は残ってはいないものもあるが、これもまぁ思い出にはなるだろうと学生は納得した。

 

「それにしても、しょーこちゃんとのツーショ。最高だね。額縁に入れておこうかな」

 

「さきこですわ。私との写真にそこまでの価値は「ある」……即答で断言しないでくださいまし」

 

 やれやれと息づいたところで次はどうするかと学生は思案する。 このまま食事に誘ってよいものか。提案が通るならどこまで足を運ぼうか。 駅前ならば……と、思考を加速させ、唸っていたところで祥子のスマートフォンが鳴った。

 

「! 失礼」

 

「あぁうん、気にしないで」

 

 学生の言葉に答えて祥子はゲームセンターから出て対応を行い始めた。

 

「……」

 

 家族か? その言葉が浮かんび、付随して数時間前の祥子の言葉が脳裏に走った。

 

 『くそ親父ッッッ!!!!!!!!!』

 

 あの場で、パンチングマシーンに対して拳を振り下ろすゲームにおいて、真っ先に放った一言。 学生にとっては衝撃的な言葉に感じていたが、同時に本心として固めている言葉なのだと察していた。

 家庭に事情があるし、おそらくそれが原因で過多にバイトをしていたのだろう。

 祥子はやめたと言っていたが。

 

(なんで辞めたんだろ)

 

 祥子の事情を、本人を口にせずに外枠だけ掴み、所作と行動から祥子の本質を理解していた学生だが、故にこそ、そこに着地するロジックが浮かばなかった。というより、浮かんだ答えに納得しなかったとも言えるが。

 考え、考えあぐねて、答えが浮かぶことのない暗闇の中に身体を投じかけたところで祥子が戻ってきた。 その顔は昏く。目線を下に映し、下唇を強く噛んでいる。 持っている数世代前のスマートフォンを、皹が入ってしまいそうなくらいに強く握りしめながらも、祥子は学生の方に近づいてくる。

 

「申し訳ございません。ここで帰らせていただきますわ」

 

「……そっか。じゃあお開きだね」

 

「……それだけ、ですか?」

 

「? うん」

 

 無理やりとはいえ学生が祥子を誘ってここまできたのだ。 事情が挟まって解散ならば、否定する理由はない。感情だけで考えれば口惜しいほどではあったが。

 

「約束した日もあるし、また。今度は一日中遊ぼっか」

 

 だから誘う。関係なしに、考慮なしに、遠慮なしに。 それが祥子にとっての救いになるかは不明だ。少なくとも、今日学生が目にした祥子ならば一緒に来てくれる可能性があると踏んでいた。

 凛然と、目を合わせて、その言葉に真意を持たせる。

 

「そうですわね。その日を楽しみしております」

 

 その言葉に裏はない。社交辞令でもなければ、こちらに向けての配慮もない。

 投げられた言の葉に応えた。 学生にとってはそれで十分であった。

 

「じゃあ、また明日。プリントした写真飾っといてね〜!」

 

「考えておきますわ」

 

 おそらくしないだろうという確信があった。

 こんな日々が続けばいいと、学生は漠然と考えながら帰宅した。

 そして───

 

『誠に申し訳ございません。約束はキャンセルさせていただきますわ』

 

 

*1
お嬢様学校。幼稚舎から高等部まで存在し、学生たちが通う羽丘女子学園から離れた先にある。祥子は高校入学前まで月ノ森に在籍していた。

*2
月ノ森女子学園に所属する一年生が結成した5人組のバンドグループ。中学時代の祥子は、母親を失った後、開かれた演奏会でMorfonicaの音楽を幼なじみと体感した。

*3

*4

*5
スクールバッグ

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