世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
堕ちていく。
ここではないどこかへと、堕ちていく。
視界は滅茶苦茶で、走馬灯のように次から次へと色んな光景が流れては消えていく。
上下左右の判別も出来ないぐちゃぐちゃな空間の中、洗濯機に放り込まれた洗濯物のように振り回されながら、どこかへと誘われていく。
僕はろくに抵抗も出来ないまま――それでも璃奈への手だけは離さないように、ギュッと握りしめていた。
やがて、出口の気配が近づいてくる。
全身に寒気が走るほどの圧倒的な“魔”の気配。
肉食動物の巣に放り込まれるような感覚。
「璃奈ッ!」
「優斗君……!」
互いの手をしっかりと握り合いながら、僕たちは存在を確かめ合うように名前を呼び合う。
鏡の世界に放り込まれた時には恐ろしいほどの恐怖に囚われていたが、彼女がいてくれるなら、怖くない。
それに、行き先は分かっている。
僕は徐々に近づいてくる出口らしき光を見つめる。
やがて、僕たちの身体は出口から飛び出して――遂に到達した。
「ッ!」
灰色に包まれた空。
乱立する摩天楼。
僕たちが放り出されたのは、見知らぬ世界の空。
「優斗君! 私が翼を――」
未知の状況に目を白黒させていたのも束の間。
すぐに冷静さを取り戻した璃奈は、祓魔器を覚醒させて翼を展開すると言ってくれた。
頼りになると言うか、ありがたい申し出だったが、僕は首を横に振った。
「いや、僕が翼を出すよ!」
事情を説明している時間はないので端的な言葉になってしまったが、璃奈はすぐに頷いてくれた。
信頼が厚い彼女に感謝しながら、僕は銀と黒の翼を展開する。
そのまま手を繋いだ璃奈を抱き寄せ、お姫様抱っこにして空を飛び始めた。
「一先ず、何もなさそうなあのビルの屋上に着地するよ!」
「了解!」
魔力が多分に含まれた風に負けないように大きな声で言いながら、僕は翼を動かす。
そうして、結構な高さがあるビルの屋上らしき場所へ、彼女と共に着地することに成功した。
「ふぅ、急にごめんね? でも、璃奈に翼を展開してもらうわけにはいかなかったんだ」
「別にそれはいいんだけど、どうして――」
と言い掛けたところで、璃奈はハッとした表情を浮かべた。
「そうか、そういうことなのね。流石は優斗君。確かに、エクソシストである私の翼を展開するわけにはいかないわよね」
納得したような表情で頷く璃奈は、そっと空を見上げた。
僕も同じように空を見上げる。
「……いやぁ、なかなか壮大な光景だねぇ」
視界に映るのは、灰色の空と――摩天楼だった。
空から落ちてくる摩天楼。
現世では“ビル”と呼ばれる鋼鉄の塔が、何故か空から生えている。
この世ならざる異形の光景。
だが、驚く必要はない。
何故ならここは――
「魔界か。意外と、風情があるじゃないか」
現世を模したような、混沌とした世界。
無秩序の極み。
ここは魔界。
悪魔たちの世界である。
◆◆
「魔界っていうからには、もっとこう、赤黒い荒野が広がるファンタジーなところをイメージしていたんだけど……意外と現代的なんだね」
「現代的というには、ぶっ飛んだ場所だけれどね」
苦笑しながら璃奈の感想に相槌を打つ。
確かに、“魔界”と聞くと、大抵は荒廃した大地に悪魔の軍勢、そして聳え立つ巨大な古のお城なんかを思い浮かべるかもしれない。
だが、実際にはご覧の通り、現代的なビルが立ち並んでいたりする。空からも生えているあたり、相当ビルが好きらしい。
「そういえば、悪魔たちは人間世界の文明がそのまま欲しいって話を聞いたことがあるわ。つまり、このビル群は私たちの世界をそのまま真似した――ってことになるのかしら?」
「そんな感じじゃないかな。……それにしては、クオリティが低い気がするけれど」
遠くから見ると圧巻の景色だったが、ビルに近づいてみるとよく分かる。
これは、見た目だけ真似た張りぼてのようなものだ。
実際に近くのビルを覗き込んで見ても、中身は全く作り込まれていない。
大方、ビルの見た目が気に入ったから作ってみた――程度のものなのだろう。
「取り敢えず、これからどうしようか……?」
「うーん、どうしようか……まさか急に放り込まれることになるとは思ってなかったから、何もプランを練ってないしね……」
慈悲ネリアめ。
せめて一日か二日くれれば、もう少し作戦を練られたのに。
「下手にうろついて悪魔たちに見つかっても厄介だし、難しいところだね」
「うん。僕は“
エクソシストに擬態することができる“悪魔の屁理屈”があれば、悪魔側に擬態することなど容易なことだ。
僕は試しに悪魔になってみることにした。
「“
かなり雑な屁理屈だったが、世界はあっさりと僕の存在を承認した。
身体中に魔力が満ちていくのが分かる。
この身体が、魔界の高濃度魔力に順応し、一気に力が増した。
さらに――
「優斗君、目が金色になってるよ。しかも、翼と尻尾まで生えてる……!」
何故か興奮した様子で僕の全身を舐めるように見つめる璃奈。
僕は彼女から手渡された手鏡を覗き込んで驚いた。
確かに、普段は吸血鬼の真紅色――もしくは擬態で黒くしている瞳が、黄金の色に切り替わっている。
さらに意識しなければ出せない銀と黒の翼もデフォルトで展開されており、極めつけは奇妙な尻尾が生えていた。
「な、なんじゃこりゃ……⁉」
「優斗君が持っている悪魔のイメージがそのまま反映されたんじゃないかな?」
尻尾を掴んで凝視していると、璃奈が納得のいく推測を話してくれた。
確かに、“
ここは悪魔たちが最も住み心地が良い“魔界”でもあるのだし、いつもよりも効き目が強いのかもしれない。
「可愛い~! 本物みたいだね!」
「……不思議なことに感触もあるんだよね。なんだこれ」
急に生えてきた尻尾を触りながら遠い目をする。
僕としてはすぐにでも切り落としたいくらいなのだが、璃奈は大層気に入ったらしい。
目を輝かせながら「さ、触ってもいい?」と手をにぎにぎさせながら尋ねてくる。
別に構わないので頷くと、璃奈は僕の尻尾を触りながら光悦とした表情を浮かべた。
「どう? 感触はある?」
「うーん、ちょっとくすぐったいかなぁ」
これまで存在しなかった触覚を触られているような感覚なので、何とも表現が難しい。
だいたい、尻尾が生えて可愛いのは璃奈の方で――
「あっ、そうだッ!」
唐突にナイスアイデアが思い浮かんだ僕は声を張り上げた。
目を見開いている璃奈の肩を掴み、彼女の瞳を覗き込んだ。
「なれるよ! 璃奈も!」
「えーと……何に?」
「悪魔に!」
「えっ……」
「そうだよ、すっかり忘れていた! できるじゃないか! 璃奈だってなれるんだ!」
「ご、ごめん優斗君。何の話……?」
おっと。僕としたことが思わず興奮してしまっていた。
冷静さを取り戻した僕は咳払いし、璃奈に向き直って言った。
「璃奈は、“
「うん」
「おまけに、悪魔王と契約をしたこともあるよね?」
「あまり思い出したくないけど……うん」
「つまり、璃奈は“
「⁉」
璃奈の紫の瞳が最大限まで見開かれた。
「その手があったか⁉」と言わんばかりだ。
「あっ、もちろん一時的な擬態だから本当に悪魔になるってわけじゃないし、嫌なら別にいいんだけど――」
「なる!」
「えっ?」
「なるわ! 私、悪魔になる!」
嘗てエクソシストの優等生だった少女は、何の躊躇もなく、喜んで「悪魔になる!」と宣言した。
きっと、彼女の母が見れば泣くだろう。
――璃奈を散々苦しめたのだから、是非泣いて欲しい。
「えっと、自分で言っといてなんだけど……いいの?」
璃奈が興奮しているのを見て逆に冷静になれた僕は、念の為に最終確認を取る。
勢いだけで突っ走っているように見えた彼女だが、意外にも冷静な顔で頷いた。
「うん、いいよ。だって、悪魔しかいないこの世界でエクソシストの気配を放っていたら間違いなく襲われるだろうし、潜入暗殺作戦みたいなものなんだから、素性を隠すのは理に叶っているでしょう。それに――」
「それに?」
璃奈は少し照れくさそうに頬を赤く染めながら言った。
「……優斗君と同じになれるのが、嬉しくて……」
「――――」
思えば、彼女は自分が人間であることに少し負い目を感じているようなところがあった。
僕は悪魔と契約を交わしている上に、原種の吸血鬼の力も持っている不死の存在だ。
いずれは全盛期で成長が止まって不老にもなるのだろうし、璃奈が人間のままでいるのならその差は永遠に開いていく。
この“魔界”限定のこととはいえ、種族の垣根みたいなものが取り払われるのは嬉しいことなのだろう。
「分かった。そう言ってくれて嬉しいよ」
僕は素直な気持ちを伝えながら、彼女に手を差し出した。
璃奈は笑顔で同じように手を差し出してくれる。
二人の手が交じり合う。
僕は、能力を発動させた。
「“
さらに。
「さらに、彼女は元悪魔王ベルファルドとも契約を交わしていた存在である。エクソシストが悪魔王と契約を交わすなど、あり得るはずがない」
「普通はそうだよねぇ」
自分に呆れたように苦笑する璃奈。
僕も思わず笑ってしまった。
確かに、あの時の璃奈の行動力は凄まじかった。
結果的にそれが契機になって互いの想いをぶつけ合って、今もその時のことが役に立っているのだから――人生というのは分からないものだ。
「――つまり、天羽璃奈とはエクソシストにあらず。地藤優斗同じく、“悪魔”である」
魔界で効力を増していると思わしき“
そして――璃奈の身体に変化が生じ始めた。
まず、その紫の瞳が僕と同じように黄金に染まった。
彼女には紫が良く似合っていたけれど――黄金もまた高貴な雰囲気を醸し出していて、良く似合っている。
次に、何故か頭の上にちょこんと小悪魔のような耳が生まれた。既に顔の横に耳があるにもかかわらず、だ。
さらに、背中には彼女がいつも使っている純白の翼の代わりに、蝙蝠のような形の羽が生えた。
最後に、尻尾だ。
お尻のところから生えたその尻尾は大変キュートで、ハートのようになっているその姿は正しく、僕が想像する小悪魔そのもので――
「か、完璧だぁ……!」
僕は思わず呟いた。
これぞ正しく“悪魔”。
いや、“小悪魔”だ!
まさか、生きているうちに小悪魔璃奈を拝めるとは夢にも思わなんだ……。
僕は今、感涙のあまり泣きそうになっていた。
ありがとう、神様。
いや、ここは魔界だから悪魔様か。
もう誰でもいいから、璃奈にこの造形を与えたもうた存在に心からの感謝と賞状を送りたいッ!
「わぁ! 私にも尻尾が生えた! これ、可愛いね!」
「分かる。すごく、可愛いです……」
悪魔モードに切り替わり、年頃の少女らしくはしゃぐ璃奈を見ながら、僕は魔界に来て良かったと思っていた。
もうこれだけで、僕は仕事を果たしたと言えるだろう。
だからもう帰っていいかな? ……ダメですか。ですよね。
「――ゴホン! さて、何とか悪魔に擬態することには成功したから、これで早々に襲われることはなくなったと思う。とはいえ、悪魔たちは身内に容赦しない奴も多いから、油断は全くできないんだけどね。その上で、これからどうしようか?」
このまま璃奈の可愛さを称える回にしてしまっても良かったのだが……如何にほのぼのしていても、ここは魔界。敵地なのだ。
契約まで交わした任務もあることだし、早々に動き出さないとまずいだろう。
璃奈もまた表情を引き締め、頭の耳と尻尾をピコピコと動かしてから頷いた。可愛い。
「まずは、ここが魔界の中でもどこにあたるのかを把握するのが先決だと思う。それからメフィラがいると思わしき魔王城の場所を探し当てて、計画を立ててからそこへ向かう――こんな感じはどうかな?」
「完璧だよ、璃奈。完璧だ」
璃奈はクールな表情で頷いたが、尻尾が感情を表すようにうねうねと動いていた。可愛い。
「となると、まずは話が分かる悪魔を見つける必要がありそうだね。そいつからここと、魔王城の位置関係について聞き出そう」
「そうだね」
「穏便に話し合いができる奴ならいいんだけど、そうじゃなければ戦闘に突入するだろうから、武器がいるね。けど――」
「悪魔に擬態しているとはいえ、今回は私の“十銀銃”は使えないね。使えば流石にエクソシストってことがバレちゃう」
僕は頷きながら、持ち前の武器である刀を虚空に召喚した。
「璃奈、今回はこれを使って」
「えっ、これって優斗君の刀だよね? いいの……?」
「いいよ。僕は原種の吸血鬼だから爪でも戦えるし、“
「……分かった。そういうことなら、ありがたく使わせてもらうね」
何か言いたげな璃奈だったが、僕が差し出した刀を恭しく受け取り、そして鞘から抜いて素振りを始めた。
「うん、かなり使いやすいね。……霧島先輩の刀っていうところが複雑だけど」
なるほど、そこも引っ掛かっていたのか。
だが、鏡の世界の霧島先輩から受け取った刀は、璃奈によく馴染んでいた。
どこかでも話した通り、璃奈は本来剣士の適性の方が高いのだ。
あまりにも基礎スペックが高いせいで万能型に見えているだけで、本来はゴリゴリのインファイターである。
流石に世界最強の剣士の座は慈悲ネリアで確定だが、剣だけに集中すれば璃奈はあっという間に世界でも五本の指まで上り詰めるだろう。
初めて握った刀にもかかわらず、流麗な剣技を披露する璃奈を見つめながら、僕は満足げに頷いていた。
一度見てみたかったのだ。刀を振るう璃奈を。
しかも悪魔モードとなれば、言うことはない。
こうも見たいものが見えるとは――もしかしたら、魔界は結構、僕に向いている土地なのかもしれない。
「――OK。結構馴染んできたよ。これならすぐに実戦でも使えると思う」
「頼もしいね。それじゃあ、早速悪魔を探しに行こうか」
刀を鞘に仕舞った璃奈は頷き、蝙蝠のような翼を広げて宙に浮いた。
普段から翼を展開できる彼女だ。翼を使った空中浮遊はお手の物なのだろう。
僕も慣れた翼を広げ、空中へ飛び上がる。
そのまま璃奈と並んで飛行を開始した。
「それにしても、魔界は全部がこんな感じなのかな……?」
空からも地面からも生えている摩天楼の間をすり抜けるように飛行しながら、璃奈が疑問を口にする。
僕は彼女と同じようにビル群を交わしながら答えた。
「いや、それはないんじゃないかな? 魔界ではしょっちゅう喧嘩が起きていたらしいし、紅の戦君が力を振るったエリアなんかは荒野になっていると思う」
「あぁ……確かに……」
数か月前の壮絶な戦いと、バルナハルトの圧倒的な力を思い出した璃奈が遠い目をしながら同意する。
彼らのような悪魔にとって、ビル群が密集しているこのエリアは戦いにくくてしょうがないだろう。
死王女など「邪魔じゃっ!」の一言でこのビル群をビームで消し飛ばしている図が容易に想像できる。
だから、恐らくここは魔界の一角に過ぎないと思う。
――今にして思えば、悪魔がほとんど見当たらないところを見るに、慈悲ネリアは飛び込んだ僕たちがいきなり奇襲を受けないような場所を選んでくれたのかもしれない。
彼女にそんな気遣いができるのかどうかは大いに疑問ではあるが。
そんなことを考えながら飛行を続けている最中のことだった。
僕たちの目の前に、新しい景色が広がった。
高層ビルの代わりに住宅が立ち並び、大きめのスーパーマーケットが複数見受けられる、ごく普通の街。
山に囲まれたこの町は台風の影響を受けにくく、観光地というわけではないが古い歴史をもつ立派な場所だ。
先程まで上からも下からもビル群が生えていたのが嘘のように、見覚えのある現世の街並みが広がっている。
「……ねぇ、璃奈。なんかこの街、やけに見覚えがあるんだけど……」
「奇遇だね、優斗君。私もだよ……」
見覚えがあるどころではない。
僕たちの目の前に広がっているのは、僕たちの街そのものだった。
「ここって魔界のはずだよね……? もう現世に帰ってきた?」
「そうであって欲しいけど、残念ながらそういうわけじゃなさそうだね。所々、クオリティが低いところがある」
そう言って、璃奈は「あそこの建物は本当はこうだった」「あの橋はもっとこうなっていて」など、細かい違いを教えてくれた。
ぶっちゃけ僕には全然違いが分からないが、璃奈には分かるらしい。
取りあえず、流石璃奈様最高! と言っておいた。
彼女は照れていた。可愛い。
「でも、どうして僕たちの街のパクリが魔界にあるんだろう?」
別に“魔界”という場所にロマンや刺激を求めていたわけではないが――いつもの街並みを見ると、何となく肩の力が抜けてしまう感じがある。
暫く考え込んでいた璃奈だったが、何かを思いついたように手を叩くと口を開いた。
「あれじゃない? 現世侵攻のための訓練場、とか」
「あぁ、なるほど。鏡の世界みたいな感じか」
悪魔たちにとって、十六夜蓮がいる僕たちの街は重要な場所だ。
現世での戦いを有利に進めるために地形を丸ごと再現した、と考えれば納得はできる。
「ここが悪魔たちの訓練場になっているという読みが当たっているとすれば、何体かは悪魔がいそうだね」
「うん。それじゃあ、味方のふりをしながら近づいて捕縛、尋問といこうか」
随分と物騒なプランだが、これは僕たちの身の安全を掛けた潜入任務なのだ。
多少ダーティーな手段を取るとしても仕方はないだろう。
そもそも、相手は悪魔だ。加減は不要である。
「その前に提案なんだけどさ――僕たちの家に寄ってみない?」
「えっ?」
僕の提案を受けた璃奈は目を丸くした。
「いやさ、ちょっと気にならない? 僕たちの家がこの世界ではどんな感じで再現されているのか」
「気にならないわけじゃないけど……いいのかな、遊んでいて」
根が生真面目な璃奈は、任務に専念すべきかどうか悩んでいるようだ。
僕は慌ててフォローを入れる。
「いやいや、遊ぶわけじゃないって。ちょっと見るだけ。どうせ探索のために町には降りるんだし、ちょっとくらい立ち寄っても時間の無駄にはならないって」
「……まぁ、確かにちょっと見ていくくらいなら問題ないよね」
少し考えていた璃奈だが、結果的に頷いてくれた。
僕は笑顔を浮かべ、翼を広げる。
「よし、それじゃあ早速行こう!」
率先して飛び出す。
流石に住み慣れた町ということもあって、家の位置はきっちり把握している。
璃奈は後ろから「待ってよ~」と可愛らしい声を上げながら慌てて追いかけてきている。可愛い。
僕たちの飛行速度はかなりのもので、あっという間に璃奈邸に到着した。
「この屋敷も随分と精巧に作られているね」
先程の適当なビル群が嘘のようだ。
もはや自分の家となりつつある璃奈邸の外観は何度も目にしているが、特に変な点は見当たらない。
本当によくできているとしか言いようがない。
「もしかしたら、鏡の大公がこの町を作ったのかもね」
見慣れた屋敷を眺めていると、璃奈がそんな推測を口にした。
確かに、それはあり得る話だ。
僕たちが巻き込まれたあの鏡の世界は、特によくできていた。
鏡の大公は魔界にこのエリアを制作してから、自分の能力でもう一つの世界を創造したのかもしれない。
「どうせだから中に入ってみようか」
「うん」
冒険――失礼、任務は始まったばかりなので特に疲れているというわけではないけれど、一息つけるのであれば大変ありがたい。
僕と璃奈は、特に鍵が掛かっていない璃奈邸へと足を踏み入れた。
「……流石に内部は手抜きか。まぁ、鏡の世界でもあるまいし、丸々再現されている方が怖いけどね」
家の中はすっからかん――とまではいかないまでも、現世を正確に再現したとは言い難い出来だった。
まぁ、悪魔たちにとって大事なのは戦場になる場所の構造などの把握であって、家の中などはどうでもいいのだろう。
「……ねぇ、優斗君。気のせいじゃなければ、紅茶の匂いがしない?」
「えっ」
玄関口から内部を観察していた僕は、耳元で囁かれた璃奈の言葉を受けて真顔になった。
鼻を動かす。
璃奈の言う通り、微かに茶葉の匂いがした。
「――璃奈、武器を」
「うん」
璃奈は僕が渡した刀を抜刀した。
僕は吸血鬼の爪を伸ばして臨戦態勢を整える。
二人で視線を交わし合い、頷き合ってから、僕たちはリビングにあたる場所へ突入した。
現世では座り心地のいいソファーとテーブル、テレビが設置されていた場所だが、この世界でも何故か二つのソファーとテーブルが置かれていた。
そして、そのソファーに、一人の少年が腰かけている。
美しい、少年だった。
艶やかな銀色の髪。
黄金の瞳。
あまりに整い過ぎた顔。
いいところの出なのか、蝶ネクタイにスリーピースの小さなスーツを身に着けている。
ただ、下は膝小僧が見える短パンだった。
少年はソファーに腰かけ、足を組みながら優雅に紅茶を啜っている。
僕たちが武器を手に飛び込んできたのを見ると微かに目を見開くが、すぐに余裕たっぷりの笑みを浮かべると、紅茶のカップを皿の上に置き、口を開いた。
「――おぉ、久しぶりじゃねェか、小僧」
美しいテノールのボイスが織りなす、粗暴な口調。
「そろそろ来るころかと思っていたが、ドンピシャだったなァ。ここで待っておいて良かったぜェ」
親しげな声を聞き、僕と璃奈は思わず固まった。
油断しないように互いの武器を構えながら、視線を交わし合う。
「ん? なんだァ、その顔は。せっかくの再会なんだからよォ、もっと嬉しそうな顔しろよ」
璃奈の視線は言っていた。「誰? この子?」
僕も言いたかった。「誰? この子?」
目が黄金なので悪魔関係者なのは明白だが――どうにも敵意が感じられない。
僕はゆっくりと爪を下ろすと、尋ねた。
「えっと……どちら様かな? 坊やとどこかで会ったこと、あったっけ……?」
「テメェ、俺様の顔面を殴っておきながら、この面貌を忘れたのかァ?」
呆れたように笑いながら右頬を指さす美貌のショタ。
璃奈がビックリしながら見つめてくるので、僕は慌てて首を横に振った。
ショタを殴ったりしたら刑務所行き待ったなしだ。
そもそもにおいて、僕は誰かを殴ったりなんかしない。
僕は紳士なんだ。
……まぁ、時には拳を使わざるを得ない場面もあったけれど、それにしたって相手は紅蓮の戦君や、その前に戦った
「あっ」
と、そこで急に記憶が結びついた。
銀髪に、黄金の瞳。
人外の美貌に、粗暴な口調。
「あ、あああああああああああ――!」
いた! いたわ! 僕がつい最近顔面を殴り飛ばした奴がッ!
美貌のショタを指さし、僕はその名を口にした。
「あ、悪魔王ベルファルドッ!」
美貌のショタ――いや、急激に若返った(元)悪魔王ベルファルドはニヤリと笑った。
「言っただろ? 生きてたらまた会おうってな」