世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件 作:赤坂緑語
魔界で再現された璃奈邸。
そこにいたのは、殺されたはずの元悪魔王(ショタバージョン)だった。
状況を整理したらそういうことになるのだが、我ながら「なんだそれ」とツッコミを入れずにはいられないくらい理解不能な状況である。
僕は紅茶を嗜むベルファルドを見ながらため息をついた。
「…… アンタ、何してるの?」
「何って、見ての通りティータイムだぜェ?」
そう言って不敵な笑みを浮かべたまま紅茶を啜る元悪魔王。
「お前らも飲むかァ? こっちに着いたばかりで疲れてるだろ」
「…… いや、いらないよ。ただ、話は聞きたい」
僕は璃奈に視線を送ってから、ベルファルドの向かいのソファに腰を下ろした。
璃奈は少しためらっていたようだが、渋々刀を下ろすと僕の隣に腰かけた。だが、その眼光は鋭く、手は柄に添えられたままだ。ベルファルドが怪しげな動きをしたらすぐに斬るつもりだろう。
「話ねェ。いいぜ、ちょうど暇してたから、何でも答えてやるよ」
随分と鷹揚な態度を取る(元)悪魔王ベルファルド。
僕は決して油断しないように注意を払いながら、口を開いた。
「アンタ、メフィラに殺されたんじゃないのか……?」
「俺様を侮るな。確かに不覚を取ったが、いざという時のための備えはしてあったのよ」
「備え?」
「記憶と魂のバックアップを作っておいたのさァ。だから、本体の俺様は間違いなく死んでるぜ? 俺様はベルファルド二号だ」
けらけらと笑いながら悪魔王は自身の心臓を指さした。
「とはいえ、俺様の権能は丸ごとメフィラに持っていかれちまったから、今の俺様はただの絞りかすみたいなもんだ。『支配』の力は使えねェし、膨大な魔力もねェ。ただの下級悪魔さ」
「…… つまり、僕たちでも簡単に倒せると?」
「おうよ。そういうことだァ」
あっさりと肯定するベルファルド。
確かに、今の彼からは以前のような圧倒的な魔力は感じられない。
存在として完全に弱っているらしく、僕が指を振るだけでそれだけで消滅させられる気がした。
とはいえ、相手は元とはいえ悪魔王だった男だ。
言葉を鵜呑みにしないように気をつけながら、僕は質問を続ける。
「で、そこまでして生き延びた元悪魔王ベルファルドは、ここで何をしているんだ?」
「何って言われてもなァ。このバックアップは『支配』の力をインストールする予定で作ってあったんだが、肝心のそれがメフィラに奪われたせいで力が発揮できねェから…… ま、隠居生活をしていたってところだな」
「璃奈の家でか?」
「ここいいよなァ。前に来た時に気に入ってよ、老後はここで過ごそうと思っていたんだ」
とんだ迷惑である。
璃奈も隣で心底嫌そうな表情を浮かべていた。
「それじゃあ、今のアンタはメフィラに不意を突かれてろくな抵抗もできず、おまけにバックアップもうまく機能しなくて反撃もできず、諦めて人の家で紅茶を啜っているだけのショタニート…… ってことかい?」
「…… お前、性格が悪いって言われたことはないか?」
「いや、一度もないね」
本当のことを言うと、ベルファルドは何とも言えない表情を浮かべた。
「ったく、俺様も落ちぶれたもんだなァ。たった一度の油断ですべてを失って、こんな小僧にこき下ろされることになるとはよォ」
「これまでの悪行のツケが回ってきたと思いなよ。因果応報ってやつさ」
「ふん、人間共は相変わらずその言葉が好きなんだなァ。そんな胡散臭い言葉に、何の意味もありはしないだろうに」
鼻で人間の格言を笑い飛ばす様は、小さいながら確かに以前のベルファルドの片鱗を感じさせた。
「…… アンタ、どうしてメフィラに討たれたんだ?」
「さァな。たぶん、俺様が目障りになったんじゃねェか? んで、ちょうど隙を見つけたから殺した。そんなところだろうなァ」
「いや、『できそうだからやってみた』で人を殺すなんて――まぁ、アイツならやるか」
やるかやらないかで言えば、やる方だろう。
隣で璃奈がぶんぶんと首を縦に振って頷いていた。
「ハハハハハ! うちのどら娘のことをよく理解してるじゃねェか。ったく、テメェらがもっと早く結ばれていれば、俺様もこんな目に遭わずに済んだかもしれねェのによォ」
「どんな責任転嫁だよ」
思わず呆れてしまう。
しばらく笑っていたベルファルドだったが、急に表情を引き締めると紅茶のカップをソーサーの上に置いた。
「まァ、アイツについては俺もよく分からねェところが多いんだ。生まれた時からよくないものが混じっていたらしくてなァ。どうにも話が噛み合わねェ」
「よくないもの……?」
「そうとしか言いようのない何か、さ」
意味深な笑みを浮かべながら、ベルファルドは紅茶を啜った。
「――で、そういうテメェらは何をしに来たんだ。観光かァ? だったら自分たちの町のレプリカを見てもしょうがねェだろ」
「魔界を観光したいのはやまやまだけれど、生憎と仕事で来たんだよ」
「へぇ、そうかい。おおかた、メフィラの討伐ってところかァ?」
「…… まぁ、そんなところ」
曖昧に肯定しながら、僕はベルファルドを睨みつけた。
「こっちの目的は話したから、そろそろアンタの目的も教えてくれよ」
「あァ? 俺様に目的も何もねェよ。力を失ったから隠居しているだけだって言っただろォ?」
「嘘つき」
端的に指摘すると、ベルファルドの黄金の瞳が細められた。
「アンタ、さっきこう言ったよな? 『そろそろ来る頃かと思っていたが、ドンピシャだったなァ。ここで待っておいてよかったぜェ』――ってさ。隠居生活だなんて適当なことを言っているが…… また何か企んでいるんだろう?」
僕の指摘を受けたベルファルドは、ニヤリと唇の端を上げた。
「さすがに鋭いな、小僧。俺様を殴り飛ばしただけのことはある」
「まだ王様だった頃のアンタだけどね」
「…… お前、本当にいい性格をしてやがるなァ」
呆れたように言いながら、ベルファルドは紅茶のカップをソーサーの上に置いた。
「試すような真似をして悪かったなァ。ま、元悪魔王の癖だと思ってくれ。で、さっきの発言のことだが…… お前らを待っていたのは本当だ。なにせ、お前らをこっちに送らせたのは、ほかでもない俺様なんだからな」
「「えっ」」
璃奈と声が重なった。
現世での出来事を思い出す。
あの時、僕たちは “教会” と取引をしてこちらへ飛ばされた。あの交渉は間違いなく僕の意志で行ったし、教会だって渋々承諾したはずだ。
だから、そこにベルファルドが関与する余地などなかった。
そもそも、教会が元とはいえ悪魔王と交渉するはずがない。
幾多の疑問が脳裏を駆け巡る中、ベルファルドはあっさりと答えを口にした。
「慈悲ネリアっていう、面白れェ女がいるだろ? アイツに頼んでおいたんだ。現世に都合のいい小僧がいるから、こっちに送り込んだらいいことがあるかもしれない、ってな」
「…… アンタの仕業かよ⁉」
「だから言ってるだろ。俺がこっちに送らせたって」
僕は思わずソファから立ち上がっていた。
あれは慈悲ネリアの突拍子もない行動だと思っていた――その裏にはベルファルドがいたのか。
とはいえ、こんなこと予期できないのも無理はない。
誰が、エクソシストの元帥と元悪魔王が繋がっているなんて予想できるだろう。
「メル友なんだ」
「マジかよ」
しかも、メル友ときた。
エクソシストのトップと悪魔界の(元)トップがお友達とは――世も末だ。
「で、アイツからテメェらを近くの安全な場所に送ったって連絡が来てなァ。どうせお前のことだから、璃奈の家にでも寄ってくるだろうと思ってよォ、ここで張って待っていたってわけだ」
「ぐっ……」
悔しいことに、僕の行動はすべてベルファルドの読み通りだった。
自分の浅はかさに頭が沸騰しそうだった。
「――それで、そこまでして優斗くんを巻き込んで、あなたは何をさせたいの?」
僕が一人で落ち込んでいると、隣にいる璃奈が冷徹な声で問いかけた。
視線を向けると、彼女の表情は氷のように冷たい。
どうやら過去のことがまだ尾を引いているらしい。
「おォ、ようやく口を開いたか。元気そうで何よりだぜェ」
「…… あなたと雑談する気はないわ。さっさと質問に答えなさい」
刀の鍔を弾き、刃をちらつかせながらベルファルドを威嚇する璃奈。
ベルファルドは「怖い、怖い」と言いながら両手を挙げた。だが、ニヤニヤと笑っているので、まったく効果はなさそうだ。
「何をさせたいかって? 決まってるだろ。メフィラを、殺すんだよ」
黄金の瞳がギラリと輝いた。
権能を奪われ、魔力も大半を失ったはずの下級悪魔なのに、その声には背筋が凍るような覇気が込められていた。
これがかつて悪魔王にまで上り詰めた男か、と思うと思わず身が竦む。
「…… 実の娘なんだろ?」
「娘だからといって、狼藉を許していたら王どころか親失格だぜ、小僧」
まさか悪魔に親としての心構えを説かれるとは思ってもみなかった。僕が呆然としていると、ベルファルドは続けた。
「アイツが何をしようとしているか、だいたい見当はついている。このまま放っておけば、お前たちの世界だって危なくなるぞ」
「……」
「図星か。なら、利害は一致しているなァ」
けらけらと笑いながら、ベルファルドはソファから立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。璃奈も立ち上がり、刀を構える。
「同盟を結ぼうぜェ」
「……」
差し出された小さな手を見る。
ベルファルドは決して信用できる相手ではない。
悪魔らしい悪魔で、自分の利益のためなら平気で嘘をつき、人を裏切ることなどためらわない。
だが、宿敵である教会と手を組んでまで僕たちを呼び寄せたということは、彼が相当追い詰められている証拠だろう。
「…… 確認だが、これは “契約” じゃないよな?」
「もちろん違うぜェ。ただの口約束だ。だから、俺様が裏切る可能性は十分にある。まァ、その逆もまた然り、だがな」
けらけらと笑うベルファルド。
僕は隣にいる璃奈に視線を向けた。
彼女は何とも言えない表情を浮かべている。
本心では間違いなく、こいつと組みたがってはいないだろう。璃奈はベルファルドによる被害をまともに受けた人物なのだから。
ちなみに、僕もその一人だ。
だが一方で、この状況では手を組んでおくのが得策だとも思っている。
何しろ彼は、元とはいえ悪魔王だ。
魔界のことなら隅から隅まで知っているだろうし、メフィラについての情報も、頼まなくても次々と話してくれそうだ。
おまけに、良くも悪くも契約に縛られていない。
――その気になれば、いつでも始末はつけられるということだ。
「璃奈……」
「うん…… 分かってる。仕方ないよね」
小声で璃奈と言葉を交わす。
短いやり取りだったが、璃奈の考えは伝わってきた。
本心では絶対に組みたくない――けれど、状況が状況だけに、受け入れるしかないと覚悟を決めたのだ。
僕も全く同じ気持ちだ。
「ごめんね……」
「ううん。優斗君が謝ることじゃないよ」
璃奈の意思を確かめ、気持ちをひとつにした僕は、ゆっくりと右手を差し出した。
陶磁器のように白く細い少年の手が、僕の手に触れる。
「――同盟成立、だなァ」
「ああ」
吸血鬼の力を受け継いだ者と、悪魔に対抗するエクソシストと、かつての悪魔王。
奇妙な顔ぶれのメフィラ討伐チームが、ここに誕生した。
ニヤニヤと嬉しそうに笑うベルファルド。
僕はすぐに手を離した。
「さて、それじゃあ早速行動を始めよう」
「おいおい、急ぐなァ。もっとゆっくりしていけばいいのによォ」
「僕たちは早く目的を果たして帰りたいんだ。のんびりしている暇はない」
「ったく、人間はせっかちだねェ」
悪態をつくベルファルドだが、メフィラを相手に遅れを取り続けることほど恐ろしいことはない。
紅茶を飲んでくつろいでいる時間など、どこにもないのだ。
「それで、メフィラはどこにいるんだ? 魔王城のような場所にいるなら、その位置を教えてくれ」
早速、情報を求めてベルファルドに問いかける。
「あァ、それなら――」
ベルファルドが答えようとした、まさにその瞬間のことだった。
「――っと、まずいなァ。確かに時間はなかったか。アイツが来やがった」
「アイツ?」
独り言のようにつぶやくベルファルド。
何のことか尋ねようとした時、僕と璃奈も遅れてその気配を感じ取った。
「「ッ⁉」」
全身を圧倒する重圧。
今にも喉元に牙を突き立てられるかと思うほどの、純粋な殺気。
固まる僕たちを前に、ベルファルドは不敵な笑みを浮かべた。
「おい、テメェら。最初の試練だ。これから手ごわいのが来る。とにかく逃げろ。戦おうなんて考えるなよ」
「さっきから何を言ってるんだ?」
「追手が来たのさ」
ベルファルドは、まるで雨が降るのを見ているかのように、呑気な口調で告げた。
「追手だって?」
「メフィラだって馬鹿じゃねェ。俺様のバックアップの存在に気が付いて、追手を放ったのさ」
「……ちなみに、その追手の名は?」
嫌な予感がひしひしとしていたが、聞かないわけにもいかないので尋ねる。
ベルファルドはあっさりとその名を口にした。
「四騎士の一体、
告げられたその名に、再び体が凍りつく。
知っているどころの話ではない。
その名は、恐怖そのものだ。
「上手く撒いたつもりだったがァ……異邦人であるテメェらの匂いを感知して来たのかもしれねェな。ま、何にせよアイツとはまともに戦う方が馬鹿だ」
ベルファルドは軽い口調で告げると、軽快な動作で指を鳴らした。
「――俺様は姿を隠しておく。あとは任せたぜェ」
その声が消える間もなく、ベルファルドの全身が濃厚な黒い霧に包まれた。
霧は渦を巻いて収縮し、次の瞬間には艶やかな漆黒の羽を広げる一羽の鴉へと変貌を遂げ、軽やかに宙へと舞い上がった。
「ちょっ、待っ――!」
なんという逃げ足の速さか。
慌てて鴉になったベルファルドに手を伸ばすが――遅かった。
次の瞬間、轟音とともに天羽邸が砕け散った。土壁が粉塵となって弾け、床は裂け、建物そのものが根本から抉じ開けられるように崩れ落ちる。衝撃波があたりを薙ぎ払い、瓦礫が嵐のように飛び散った。
「璃奈ッ! こっちへ!」
「うんっ!」
僕は咄嗟に魔力を練り上げ、背中から生やした翼を硬質化させて即席の大盾を築くと、璃奈を腕に抱き寄せるようにしてその内側へ引き入れた。轟々と唸る暴風と飛来する破片から身を護る。
風と粉塵が晴れた先に、それはいた。
真っ白な毛並み。
筋肉が蠢く狼の巨躯。
満たされることを知らない、飢えた獣の視線。
四騎士の中でも最も凶悪かつ厄介と恐れられ、飢えという名の摂理をその身に具現化した存在。
飢狼フェンラバ。
その巨体が、ゆっくりと、しかし確実に獲物へと牙を向けた。