世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

11 / 85
第11話:悪魔の屁理屈は無茶苦茶な件

 

 紫色の不気味な膜――結界に覆われた病院。

 

 その裏手に広がる山の木々の間、枝に腰かけながら、如月メフィラは退屈そうに足を揺らしていた。

 

 片手を丸め、望遠鏡を覗くように右目を細める。

 まるで劇場の特等席から、くだらない喜劇でも鑑賞しているかのような表情。

 

 世界を滅ぼせる暴君にして、天敵である姉がこの世界に降臨したというのに、妙にリラックスしている。

 

「ん?」

 

 ふと、退屈そうだった彼女の表情が一変する。

 彼女の視線の先では、契約したばかりの少年が、血を流し、黒剣に串刺しにされて死んだばかりだった。

 

 それを目の当たりにしたメフィラは――

 楽しげに、微笑んだ。

 

「おやおや、早速死んでしまったのかい?」

 

 吐息のように零れた声には、嘆きの色が一切ない。

 むしろ、どこか興味深げな響きすら帯びている。

 

 だが、次の瞬間――

 

「あぁ、なんてことだ!」

 

 突如、大仰な仕草で胸を押さえ、メフィラは芝居がかった声を上げた。

 腕を大きく広げ、深刻そうに空を仰ぎ――まるで観客に語るように、嘆きを朗々と紡ぎ始める。

 

「なんということだ! 僕の契約者が、こんなにも早く死んでしまうなんて! おぉ! 神は慈悲というものを知らないのか!」

 

 その演技のあまりの嘘くささに、もしここに演劇関係者がいたならば、眉を顰めていたことだろう。大根役者もいいところだ。

 彼女の芝居には、悲しみが一切ない。感情が欠落していた。

 

「うぅ……僕は悲しい……悲しいよ……」

 

 悲しみの演技は続く。

 

 どこからともなく取り出した真っ白なハンカチを、目元に押し当てる。

 だが、涙は一滴も流れない。

 

 むしろ、その口元には小さな笑みが滲んでいた。

 

「あぁ、悲しい……悲しい……悲しい……」

 

 呟くたびに、声色が変わる。

 涙を誘うかのような声、嘲笑するかのような声、幼子が駄々をこねるような声――。

 

 どれもこれも演技でしかなかった。

 

「だから――」

 

 そのハンカチの奥から、邪悪な笑みが漏れた。

 

「――今のはちょっと、なしだよね?」

 

 小首を傾げ、甘えるように、誰かに確認する仕草を見せる。

 

 当然、答えは返ってこない。

 彼女の契約者が死んだという事実は、決して変わるはずがないのだから。

 

 ……だが。

 

 如月メフィラは、あたかもその事実を認識していないかのように――

 いや、そんなもの、最初から存在していなかったかのように。

 朗らかに笑った。

 

「さぁ、死んだなんてそんな嘘に騙されちゃいけないよ? 立つんだ。僕の契約者よ」

 

 ――パチンッ!

 

 指が鳴る。

 

 

 その瞬間――

 

 

 世界が、彼女の詐欺(ペテン)にかけられた。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 天羽璃奈とモルヴェリアの死闘が繰り広げられ、戦闘の余波で半ば廃墟となった病院の一角は、形容しがたい混沌に包まれていた。

 

「あああああああああああああ――ッ‼」

 

 狂ったように悲嘆の声を上げ続ける天羽璃奈。

 聞いているだけで胸が痛くなる絶望そのものの声は、彼女の心境をこれ以上ないほどに語っている。

 

「あああああああああ! そんな! 嘘だよ! こんなの絶対に嘘ッーー!」

 

 彼女の目の前で無惨に転がっている愛しい人。

 彼の為に彼女は頑張っていたのだ。

 最後の最後まで、戦おうと気力を振り絞っていたのだ。

 だというのに――肝心の彼がいなくなってしまっては、何の意味もないではないか。

 

 天羽にはどうして地藤優斗がここにいるのか見当もつかない。

 いや、今の彼女には何かを考える、という行為自体が自殺行為になり得る。

 考えられない。何も考えたくない。

 この現実を認識してしまえば最後、彼女の心は粉々に砕けて心を持たぬ廃人になるだろうから。

 

『……』

 

 一方、黒剣を放った当事者であるモルヴェリアは怪訝な表情で倒れ伏す地藤優斗を睨みつけていた。

 彼のことは、一方的にではあるが知っている。憑依した際に唯の記憶を覗き見て知った。彼女は彼に対して悪い感情を持っていなかったので、モルヴェリアとしても特に何かをするつもりはなかった。

 ……天羽璃奈のあまりの悲しみ方と、彼女を助けるために飛び込んできたところを見るに、2人の間には何か密接な関係があったと容易に推察できるが、モルヴェリアからしてみれば関係ない話だ。

 罪悪感など抱くはずもない。

 故に、問題の焦点は地藤優斗の人間関係ではない。

 

 問題なのは――死んだはずの彼の指が微かに動いたことだ。

 

『……馬鹿な』

 

 “死”を司る女王の矜持に掛けて彼女は断言できる。

 あの少年は、間違いなく死んでいた、と。

 

 では――呻き声を上げなら立ち上がろうとしているあれは、一体何なのだ?

 

「えっ―――優斗、君……?」

 

 天羽の悲鳴が突如、ピタリと止んだ。

 涙に濡れた彼女の瞳の先では、剣に串刺しにされ、“死”の権能に全身を侵されて死亡したはずの元恋人、地藤優斗が身体中を震わせながらも動いていた。

 

 生きて、いたのだ。

 

 華奢な身体を貫いている無数の剣。

 全身から夥しい量の血を流している彼は、とんでもない苦痛を味わっているのだろう。

 顔は青ざめ、目は虚ろだ。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 しかし、彼は気力だけで無理やり立ち上がった。

 立ち上がってみせた。

 そして、あろうことか無理やりに――強がるように笑みを浮かべてみせた。

 

「……痛てて……あー、()()()()()()()

 

 その言葉を口にした瞬間である。

 彼の姿にノイズが走った。

 

 ザーッ、ザーッ、と彼の身体に奇妙な横線が走る。それはまるで壊れたテレビの画面を見ているようであった。

 奇妙なラグは僅か数秒のこと。

 絶句している天羽が一度目を閉じてからその目を開いた時、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 剣に貫かれていたことが嘘のように。

 貫いていた剣もまた、その存在が嘘のように姿を消していた。

 

「ふぅー、いや、本当に死ぬかと思った」

「優斗君ッ‼」

「あ、天羽。大丈夫? 怪我はない?」

「う、うん! 大丈夫だよ! 優斗、君、は……」

 

 天羽は言葉に詰まった。

 先程の異常現象が何を意味するのか、冷静な思考回路を一時的に忘却している彼女には考察も出来ない。

 

 だが、分かることは一つ。

 

 彼は天羽のことを助けてくれた。

 文字通り、その命を懸けて彼女を助けてくれたのだ。

 

 痛かったに違いない。

 苦しかったに違いない。

 あの呻き声が嘘なはずないのだから。

 

 だが、そんなことはどうでもいいとばかりに、いつものように微笑んで見せながら天羽を気遣う彼の姿を見て――天羽は頭の奥がじん、と熱く痺れたのを感じた。

 

 あぁ、これこそ彼だ。

 天羽璃奈が好きになった、地藤優斗だ。

 

 天羽は涙を流した。

 それは悲嘆の涙ではない。

 理屈も、理由も無視して――ただ、彼の行動と彼が生きていたことが嬉しくて、泣いていた。

 

「天羽……」

 

 嘗ての恋人が美しい涙を流す姿を見て、地藤は彼女の頬にそっと手を伸ばした。彼女は擦り寄る猫のように喜んで頬をその手に押し付ける。

 2人の体温が混じり合う。地藤は嬉しさと罪悪感がごちゃ混ぜになったような表情を浮かべながら、そっと彼女の頬から手を放して()()()()()()()()()()()()

 

「あっ――」

 

 離れていく体温を惜しみ、天羽が切ない声を漏らす。

 その瞬間であった。

 

――2人の感動の再会を切り裂くように、轟音を立てながら黒剣が飛来した。

 

 それは、先程まで地藤優斗の身体に突き刺さっていた剣だった。

 死の線よりも強力ではないものの、確かに“死”の力が宿ったそれを――

 

「危なっ」

 

 地藤優斗は事もなげに()()()()()()

 袖口より取り出し、伸縮した教会所属のエクソシストたちが扱う標準の十字剣で。

 弾かれた黒剣は宙を舞い、地面に突き刺さる前にただの魔力に戻って霧散した。

 

「えっ――」

『……』

 

 天羽は目を見開いて驚いていた。今のは――今の剣捌きは、間違いなく()()()()()()()()()()()()()()だ。

 まさか、彼は自分の同業者だったのか――?

 複雑な感情が湧き上がる。

 疑念、驚き、そして微かな喜び。

 

 一方、モルヴェリアは一層鋭くなった視線で地藤優斗を睨みつけていた。

 

『……貴様、何者じゃ?』

 

 低い声で尋ねる。そこには、ありったけの警戒心が込められていた。

 傲岸不遜な彼女らしからぬ姿勢。

 それほどまでに衝撃だったのだ。

 自身の攻撃を受けても健在な男の存在が。

 

 立ち上がった地藤優斗はさり気なく天羽がモルヴェリアの射線から離れるように移動しながら答えた。

 

「初めまして、死王女。僕は地藤優斗といいます。そこにいる天羽璃奈さんと、十六夜唯さんの友人で――」

『貴様らの関係に興味などない。いいからさっさと、ワシの問いに答えよ』

「……ただの人間です。今日は、貴女に話があって――」

『そうか。死ね』

 

 戯言だ。

 地藤優斗の言葉をそう断じた死女王はその指先を彼に向けた。

 

死王女の指先(モル・ヴェス)

 

 先程の黒剣は様子見で繰り出しただけの小技に過ぎない。大した技量がないエクソシストにも弾ける程度の攻撃。

 だが、これは違う。

 天羽璃奈には全て躱されたが、当たれば問答無用で相手を殺す死の呪い。

 

 死王女の誇りそのものである死の線は直進し――地藤優斗に直撃した。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 悪魔と契約するとは、どういうことか。

 

 それは、人間が持ち得ぬ異質な力を手にすることを意味する。

 

 たとえば、大金が欲しければ、運命を操作する悪魔と契約すればいい。

 ほんのひと振りのサイコロで莫大な財を手にし、世界すら思いのままに動かせるだろう。

 

 気に食わない人間を殺したければ、"死"を司る悪魔と契約すればいい。

 指を鳴らすだけで、誰の命でも奪える"絶対の死"を振るうことができる。

 

 ――異次元の力を、我がものとする。

 

 それは、神に近づくということ。

 それは、世界の王になったという錯覚を抱くこと。

 

 だが。

 

 契約には、常に対価が伴うものだ。

 

 運命を操作した者は、その代償に"寿命"を捧げることになった。

 気に食わない者を皆殺しにした者は、その"最も大切な者"を喪った。

 

 悪魔との契約には、必ず悪辣な落とし穴が仕掛けられている。

 

 それが釣り合っていたのかどうか――当事者ではない僕には分からない。

 ただ分かるのは、契約とは、悪魔に己の運命の主導権を渡すことに等しいということだ。

 

 それを踏まえたうえで、如月メフィラが僕に提示した対価は――

 

 ある意味で、破格の内容だった。

 

 

悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)

 

 それが、如月メフィラの"権能"。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――それがこの力の本質だ。

 

 言葉だけならば、まるで悪ふざけのように聞こえるだろう。

 だが、これは本気の屁理屈だ。

 現実をねじ伏せ、世界を欺く、悪魔の詐欺。

 

 概念系の能力の中でも特に汎用性が高く、極めて強力な力ではあるが、作中では概念ごと力業で砕いてくる猛者が多い為、影に隠れがちだった。

 

 しかし、真面目に運用すればとんでもなく強い――というかチートな能力である。

 

 二次創作での登場頻度がとんでもなく多い便利能力であり、展開に困ったらとりあえずメフィラとこの能力にしておけば読者も納得するとかなんとか。

 

 この権能を得るために捧げた()()のことを思うと頭が痛いが、今は仕方がない。

 というか、手がなかった。

 

 これがなければ今頃――天羽も僕も、死んでいただろうから。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「おやおや、まーたかい? いやはや、もうちょっと頑張って欲しいんだけどなァ。ま、さっきまで一般人だった子に求めすぎても仕方がないか」

 

 如月メフィラは、黒剣に貫かれ崩れ落ちた契約者の姿を眺め、軽く肩をすくめた。

 その顔に、焦りの色はまったくない。

 むしろ、どこか楽しげですらある。

 

――己の契約者が"死んだ"というのに。

 

「死んだ……? 地藤優斗が死んだだって……?」

 

 如月メフィラは心底おかしそうに首を傾げた。

 

「いやいやいや! おかしい、おかしいよ! ()()()()()()()()()! 僕の契約者は死んでいないよ」

 

――地藤優斗は死んだ。

 

 それを受け入れるべく動き始める世界。

 死んだ者は死んだまま。

 それが、当たり前のルール。

 

 だが――その当たり前を、如月メフィラは許さない。

 

「だって、よく見てくれよ、世界君! 僕のこの手にあるものを!」

 

 如月メフィラは左手に持っているソレを宙に突き出した。

 彼女がどこか光悦とした表情で見つめるそれは、赤黒い肉の塊だった。

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッと一定の周期で脈打つそれは――

 

 心臓であった。

 

 契約者である、()()()()()()()であった。

 

「彼の心臓はこんなにもちゃんと脈打っているんだよ? これで死んでいるなんておかしいじゃないか!」

 

――しかし、地藤優斗は死王女の理で死んだ。

 

「なら、この心臓を止めてくれないと困るなァ。じゃないと、ほら。いつまでも勝手に生き続ける心臓がこの世界に残ることになるよ? それってさァ、処理上、おかしくならない?」

 

 "死"という概念に対する、あまりにも強引な屁理屈。

 まるでプログラムのバグを突くように、世界の認識に"待った"をかける。

 

――確かに理屈は通らない。だが――

 

「理屈が通らないなら、通さなければいいんだよ」

 

 契約の対価であると同時に、権能の起点ともなっている詐欺道具を掲げ、如月メフィラは語る。

 

「彼は死んでないことでいいじゃないか。心臓が止まっても生きているなら、それは人間じゃない。彼は人間だよ? おまけに、神に仕えるエクソシストだ。大目に見てあげてもいいんじゃない?」

 

――エクソシストだと?

 

「あぁ、エクソシストだとも。悪魔を殺すために武器を手に取って戦う人間――これをエクソシストとして呼ばずして、何と呼ぶんだい? ほら、彼は祝福された銀色の十字架も持っている敬虔なる信徒だよ」

 

 ツッコミどころしかない、捏ね繰り回された無茶苦茶な屁理屈だ。

 

 しかし、屁理屈も如月メフィラが口にすれば現実となる。その特異な権能と混じり合いながら、世界に溶け込んでいく。

 如月メフィラの詐欺(ペテン)に、世界が騙されてしまう。

 

 やがて、地藤優斗の身体はノイズに包まれ――何事もなかったかのように復活した。

 

「――そうそう、それでいいのさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼を死に至らしめようとしていた事象の方が間違っているのさ」

 

 如月メフィラは自身の思い通りに修正された世界を見て不敵に笑った。

 

 ちなみに、死ぬときに味わう苦痛は修正されるまではきっちりと存在しているので、地藤優斗はきっちり2度の死を体験している。

 肉体的な損傷が消え去ろうとも、精神に刻まれたそれはかなりのものだろうが……そこは如月メフィラが気にするところではない。

 

 頑張れ、男の子だろう? 

 適当な声援を送っておくに留める。

 

「フフフ、姉上の全盛期なら“死”という概念を無理やり押し付けて僕の権能など無視できていたのでしょうが……今の貴女ではそんな無法は押し通せない」

 

 契約の対価として受け取った美味しそうな心臓をぺろりと舐め、悪魔は光悦とした表情で語る。

 

「さぁ、我が契約者よ。頼むから――姉上から上手く世界を救ってくれよ?」

 

 その顔は、大好きなヒーロー映画を鑑賞する純粋な少女のようであった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「優斗君ッ!――って、え……?」

 

 死の線が直撃し、胸に大きな空洞が開いた。さらに全身に死の呪いが巡る。

 また彼が死ぬところを見ることになるのか――。

 天羽は今にも発狂寸前の声で叫び、すぐに困惑した。

 

 胸に空洞が空いた彼の姿にノイズが走る。

 それは先程も目にした異様な光景。

 天羽の予感が正しければ、これから起きるのは――

 

「……し、死ぬかと思った」

「優斗君ッ!」

 

 彼の復活だ。

 まるで死んだという事実自体を否定するかのようにして無傷で復活した地藤の姿を目にし、天羽は歓喜の声を上げた。

 

『貴様……ッ!』

 

 一方、モルヴェリアは激怒していた。

 それは、2度に渡って自身の能力を無効化されたから――ではない。

 

『知っているぞ! そのふざけた能力! それは、あの愚妹の力じゃな――⁉』

 

 その力の正体を看破したからだ。 

 モルヴェリアはありったけの憎悪を込めて地藤優斗の背後にいる悪魔ごと彼を睨みつけた。

 

『貴様、あの妹と……()()()()()()()()()()()ッ!』

「―――えっ」

 

 地藤優斗は恥じ入るように視線を逸らし、

 天羽璃奈は呆気に取られたような声を漏らした。

 

「悪魔と、契約……?」

 

 エクソシストとして育てられた彼女にとって、その言葉は禁忌そのものであった。

 悪魔は全て滅ぼす。そしてそれは――悪魔の協力者ともいえる契約者も例外ではない。

 だから、彼はエクソシストに殺されることになるだろう。

 そして、その役目は、もしかしたら自分が――

 

「優斗、君……うそ、だよね……?」

「……」

 

 地藤優斗は答えなかった。

 その沈黙が、何よりの答えであった。

 

「そんな……」

 

 まるで、足元の世界が崩れ落ちていくような感覚。

 

 命を懸けて自分を救ってくれたと思ったら、死んでしまい――

 かと思えば、生き返り――

 かと思えば、悪魔と契約を交わしていた。

 

 二転三転していく状況に、心が耐えられない。

 

 彼を殺さなければならないのか。

 彼は、エクソシストの敵になってしまったのか。

 

 ――そんなはずがない。

 

 天羽の表情が悲しみに歪む。

 

(天羽……)

 

 誰よりも傷つけてしまった彼女への謝罪が必要なことは重々理解しているが、しかし今は世界の危機だ。

 

 地藤はモルヴェリアを真っすぐに見つめ、口を開いた。

 

「確かに、僕は貴女の妹君と契約しました。しかし、僕は貴女と戦うつもりなんてありません。僕はただ、貴女と話を……」

『話など聞くものか! あんな性根が腐った悪魔と契約する人間なぞ――信用できぬわッ!』

 

 怒り狂ったモルヴェリアが右腕を振るう。次の瞬間、素早く伸縮した黒衣が地藤優斗の首を撥ね飛ばした。

 

「ッ――――!」

 

 天羽が思わず目を逸らす。次に起こる事象が分かっていても、決して目に入れたい光景ではなかった。

 驚きで目を見開いた地藤の首が地面に落ち――ノイズが走る。

 

「はっ――はぁ、はぁ、はぁ……生きてる……?」

 

 またしても死をなかったことにした地藤は全身から冷や汗を流しながら首元を押さえた。

 

『おのれ……! なんとも忌々しい能力だ! だが……貴様、死への耐性があるわけではないな?』

「ッ!」

 

 図星だった。「悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)」が、どれほど馬鹿げた理論を現実に押し付ける力であろうと、万能ではない。

 

 たとえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に、彼女が「モルヴェリアを打倒できる存在」を屁理屈で作り出すことはできない。

 自分ができないことを能力で無理やり成立させることは不可能なのだ。

 

 また、人の精神に直接作用するような屁理屈も世界を騙すことは出来なかった。

 精神を誘導するような小細工であれば可能だが、

 何度殺されても折れない心を精神誘導で作り出すことなど出来やしない。

 

『ハハハハハ! そうか、そうか。そうであろうとも。死は本来、一度きりのものだ。幸運な奴だな。それを何度も味わえるとは!』

「ま、待ってください! だから、僕は話を――」

『くどい! 何度でも殺してやるとも! 貴様が死を受け入れる、その時までな!』

 

 焦りながらも必死に話し合いを提示する地藤の言葉を切って捨て、モルヴェリアは凶悪な笑みを浮かべて権能を振り翳す。

 

 

 そして、戦いと呼ぶこともできない一方的な蹂躙劇が始まった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。