世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第12話:地獄の先にしか活路はない件

 

 ここは地獄なのか。

 

 天羽は泣き叫び、霞む視界の中でそう思った。

 

 未だに拘束を解けていない彼女の眼の前では、地藤優斗が生き返り――そして、再び悪魔にその命を奪われる光景が繰り広げられていた。

 

 地藤優斗が持つ奇怪な能力は彼に死ぬことを許されないが、死王女は彼の生存を許さない。

 その戦いとも言えない一方的な殺戮が激化していくのは必定であった。

 

「た、助けなきゃ……!」

 

 天羽は涙に濡れた瞳で決意する。

 これ以上、彼が傷ついていく姿を黙ってみていることは出来なかった。

 

「我が主よ、高き天に君臨するお方――」

『ええい! 諦めの悪い小娘じゃ! 貴様は黙っとれッ!』

「ッ!」

 

 モルヴェリアの拘束が緩んだ隙をつこうと聖言による脱出を試みるが、これ以上厄介な敵が増えては叶わないと手を振り翳した死王女により、天羽は再び四肢と口を封じられた。

 

「――――ッ!!」

 

 全身に走る激痛を無視して暴れ回るが、無茶をして祓器解放をした天羽の霊力は既に底をつきかけていた。

 

「天羽――!」

『そらそら! 貴様に人を気にする余裕があるのか――?』

「ッ!」

 

 地藤優斗とてただで殺されているわけではない。

 

 話がしたい。その願いを叶えるため、耳を貸そうとしない死王女に言葉を届けるため、何とか生き延びようと努力をしていた。

 放たれる死の線を躱し、剣の乱舞を打ち払う。

 

 その洗練された動きは確かに訓練されたエクソシストのそれではあったが――しかし、地藤優斗はそんな自身の動きに振り回されていた。

 矛盾している。

 訓練しているのに、慣れていないなどと――。

 しかし、その矛盾は付き通される。 

 世界を詐欺にかける彼女によって。

 

 

“彼はエクソシストだとも”

 

 トリックスターが楽し気に呟く。

 

“さっきも言ったじゃないか。悪魔に立ち向かう人間をエクソシストと呼ばずなんと呼ぶんだい?”

 

 世界に詐欺をかけていく。

 彼の正体を誤魔化していく。

 

“それに、あの武器を持っているのはエクソシストだけだろう? そして当然、エクソシストであれば十全にアレを使いこなせるというわけさ。そんな当たり前のことをわざわざ聞かないでくれるかい?”

 

 悪魔と戦う人間=エクソシスト。

 エクソシストだから――戦える。

 エクソシストだから――エクソシストの武器が使える。

 地藤優斗が意味はないと分かりながらも教会で手に入れ、惰性で持ち歩いていたエクソシストの武器が使える。

 

 屁理屈だ。

 無茶苦茶だ。

 

 だが、如月メフィラにはそれが許される。

 

 上手く機能した「悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)」は、何の訓練もしたことがない地藤優斗を一定レベルのエクソシストに仕立て上げていた。

 

――しかし、そんな急ごしらえの外付けで立ち向かえるほど死王女は甘い存在ではない。

 

『下らぬ。そんな子供騙しがワシに通じると思うてか!』

「通じるとは思っていません! だから、僕は貴女と戦うのではなく、話し合いをするためにここへ――」

『くどいッ!』

 

 死王女が両腕を広げる。次の瞬間、地藤優斗は四方八方から放たれた数多の黒剣に串刺しにされた。

 

「がっ――!」

 

 激痛が襲い掛かる。

 これまでの人生で喧嘩すらしたことがない彼にとって、肌を貫通し、さらに全身を蝕む死の呪いは、狂いたくなるほどに耐えがたい苦痛であった。

 

 意識が落ちる。

 そして、地藤優斗は都合15回目の死を迎えた。

 

 だが、

 

『……本当に、ふざけた能力じゃ。ワシの力さえ戻ればそんな子供騙しの力、簡単に引っぺがせるというのに』

 

 忌々し気に呟く死王女の視線の先には、剣に貫かれたという事象を塗り替え、現世に復活を果たした地藤優斗がいた。

 

『しかし、人の身には過ぎたその力、あの愚妹が早々に貸し出すとは思えぬ』

 

 モルヴェリアは目に嫌悪感と――若干の畏怖を滲ませながら問い掛ける。

 

『貴様……あの愚妹と契約するために何を捧げた?』

「……そんなこと、今はどうでもいいでしょう?」

『ハッ、確かにどうでも良いことであったな。今、ワシが考えるべきは――どうやって貴様の心を殺すか、であった』

 

 目にも止まらない速度で移動したモルヴェリアはその華奢な右手で地藤優斗の首を掴み、一気に締め上げた。

 

『一息に殺してしまっては死の恐怖も薄まろう』

「がっ⁉」

 

 酸素の供給を無理やりに立たれ、地藤優斗が苦し気に悶える。

 

『死ね。苦しみ、悶えながら、死ぬが良い』

 

 顔から血の気が引いていく中、地藤は咄嗟にポケットに手をやった。彼女の方から接近してきたことは僥倖だ。

 ここまでの距離に近づけたのであれば、可能性があるかもしれない。

 

「……、……い……」

 

 もう何度も味合わされた“死”の足音が聞こえる。

 少しでもそれに抗するように必死の形相で足掻きながら、地藤はポケットからそれを取り出した。

 

 ()()()()()()()()()

 地藤の苦しむ表情を楽しんでいる死王女はそれに気が付かない。

 

『貴様の戯言に興味はない。ワシに必要なのはただ一人――』

 

 首を絞める死王女の力加減は絶妙で、より長く地藤を苦しめられるように上手く調整されていた。

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

 もう楽になりたい。

 助けて欲しい。

 

 地藤優斗は心の底から救済を願い――取り出した十字架をギュッと握った。

 

 砕けたとはいえ、その十字架は高位の聖職者による祈りが込められた一級品だ。

 持ち主が心の底から救済を願うとき、その願いに答えようと輝きを放つ。

 

――死王女に砕かれた()()()()()()()()と共に。

 

『むっ……?』

 

 些細な違和感を察知し、モルヴェリアは首を傾げた。

 彼女の中で何かが身動ぎしているような感覚があったのだ。

 

 死王女の憑依は完璧に成功している。

 この身体の本来の宿主を決して傷つけないように、完璧に。

 

 さらに、彼女は悪魔としては非常に例外的なことに、持ち主の自我を自身の自我で侵食することを良しとしなかった。

 故に、憑依成功時の衝撃で眠りについていたものの、それは時間の問題であった。

 

(まさか……()()()()()()のか……?)

 

 想定よりも早い覚醒の予感にモルヴェリアは動揺する。

 彼女が目覚めることが嫌なわけではない。寧ろ大歓迎だ。彼女とは直接言葉を交わしたいと願っていたのだから。

 しかし、今は間が悪すぎる。

 

 この不届き者を誅してからではないと、彼女と話すことは出来ない。

 そう考えた死王女は、一度は緩めた手に再度力を込める。

 気道を圧迫され、吊り上げられた魚のように口をパクパクと動かす地藤優斗。

 その姿を見て死王女は留飲を下げて唇を吊り上げた。

 

 そうだ。それでいい。

 そのまま何もできないままに死に――

 

「ゆ……、い……ちゃ……ん……」

『ッ!』

 

 死王女は咄嗟に彼の首をへし折った。

 もっと、もっと、もっと苦しめるつもりだったのに、衝動的に彼の首をへし折ってしまった。

 

 それは、彼が途切れ途切れに発した名前に驚いたから――ではない。

 いや、それも要因の一つではあったが、もっと驚いたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことである。

 

『……唯……?』

 

 モルヴェリアは己の掌を見つめ、子供のような声で呟く。

 彼女自身に手を緩めるという発想は一切なかった。

 だとすれば、今、彼女の手が緩まったのは――

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

『ッ!』

 

 飽きもせずに復活を果たした地藤優斗を、モルヴェリアは訳も分からない苛立ちを抱えながら右脚で蹴り飛ばした。

 まるでボールのようにバウンドしながら吹き飛んでいく。

 

 有り余る膂力で首をへし折ったため、死んだはずだが――この後の展開など火を見るよりも明らかだ。

 

 白煙の中にゆらりと浮かび上がる人影。

 ふらふらと頼りなく……しかし、確かに己の脚で立ち上がってこちらへ向かってくる一人の少年。

 “死”をどこまでも愚弄するかのような――しかし、それでいて“死”を恐れてもいる少年。

 

『な、なんじゃコイツは……!』

 

 誰よりも“死”を知り――そして、誰よりも“死”を畏れるが故に、彼女はその存在に混乱する。

 

 異常だ。

 我慢強いとか、そういう次元を超えている。

 

 何がこの男を駆り立てるのか――

 

「は、話を……」

『ッ! 死ね!』

 

 何度目になるかも分からない懇願を死の線で吹き飛ばす。

 それは憎しみが込められた攻撃であると同時に、どこか少年への恐怖心も含まれた攻撃だった。

 

「ッ――――!」

 

 それと同時、何度目かも分からない、声にならない絶叫が響いた。

 

(もう止めてッ! お願いだから! これ以上、優斗君を苦しめないで!)

 

 喉を封じられながらも精いっぱい天羽は叫ぶ。

 ――だが、その願いは虚しく。

 

 また、彼は死んだ。

 

 首が刎ねられた。

 心臓が貫かれた。

 四肢が引き裂かれた。

 

 そのたびに、ノイズが走る。

 そのたびに、彼は生き返る。

 

 天羽璃奈の目の前で。

 何度も、何度も、何度でも。

 

 天羽璃奈は――そのすべてを見せつけられていた。

 

 愛する人が、無惨に殺される瞬間を。

 血を撒き散らし、痛みに喘ぐ姿を。

 その度に、無傷のまま蘇るという地獄を。

 

 拘束され、何もできないままに。

 

(いや……もう、やめて……っ……お願いだから……)

 

 胸が引き裂かれる。

 呼吸が乱れる。

 視界が滲む。

 

 "狂気"が、すぐそこまで迫っていた。

 

――発狂しないでいられるのは、彼が生き返るから。

 

 だが、それは救いではなかった。

 もし本当に死んでしまっていたら、きっと天羽璃奈の心はすぐに砕けていた。

 

 けれど、死んでいない。

 何度殺されても、彼は戻ってくる。

 

 それはつまり、また殺されるということだった。

 

 何度でも、何度でも、何度でも。

 

 地藤優斗は死ぬために生き返る。

 生き返るからこそ、また殺される。

 

――死が終わらない。

 

 それが、天羽璃奈にとっての最大の絶望だった。

 

 彼女の視線の先では、何度目かも分からない攻撃で死にながらも、諦めずに立ち上がろうとする彼の姿があった。

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 既に僕が“死”んだ世界は詐欺にかけられた。

 

 だから、これは幻肢痛だ。

 

 肺が焼けるように痛いのも。

 体の節々が悲鳴を上げているのも。

 全て幻肢痛だ。

 

 そう言い聞かせて――僕は立ち上がる。

 

 ガクガクと震える膝に渾身の力を込め、何とか地を踏みしめる。

 ぐらついた視界を無理やり持ち上げ、前を睨む。

 

 ……そうだ。何度倒れようと、僕は死なない。

 

 悪魔の屁理屈(ワンダー・トリック)が続く限り、僕は絶対に死ねない。

 

 “死”という概念を捻じ曲げ、人類が夢見た"不死"を僕は今、体現している。

 

――けれど。

 

 こんなものに、価値なんてない。

 

 何度殺されても、また目を覚ます。

 幻肢痛に見舞われる。

 目を覚ますたび、身体の感覚が"死の記憶"に焼き尽くされる。

 血が噴き出す感触。

 肉が裂ける感覚。

 骨が砕け、脳が焼き切れる寸前の恐怖。

 

 それがすべて、経験として積み重なっていく。

 

 ……死ぬのは、痛い。

 そして、何より、怖い。

 

 転生を経験した僕でも、それは変わらない。

 いや――むしろ、一度死んだことがあるからこそ、より一層、死の恐怖が突き刺さる。

 

 次に殺された瞬間、今度こそ本当に終わるんじゃないかと脳が錯覚する。

 また復活すると分かっていても、次の痛みを考えるだけで胃の奥が冷え切る。

 

 心が萎える。

 足がすくむ。

 全身が、本能的にもうやめろと叫んでいる。

 

 "逃げろ"。

 "諦めろ"。

 "もう戦うな"。

 

 このまま地べたに頭を擦りつけ、「もう殺さないでくれ……!」と懇願すれば――

 この悪夢は、終わるのだろうか?

 

 だが、それは出来ない。

 いや、するわけにはいかない。

 

 ここで心が負けたら世界が滅ぶ。

 天羽璃奈は――死ぬ。

 

 そうさせない為にここまで来た。

 己の過ちを少しでも正すために、ここにやって来たのだ。

 痛いから、苦しいからって――

 今更、引き下がるわけにはいかない――!

 

 それに、()()()()()()

 

 先程首を絞められた時の死王女の反応。

 間違いない。まだ、手遅れではなさそうだ。

 悪魔と契約した僕が言うのも皮肉なことだが、神の加護はまだ生きているらしい。

 

 希望は見えているのに、諦める理由なんてない。

 

 だから、もう一度、立ち上がる。

 痛みを噛み殺しながら、胸を張る。

 まっすぐに前を見据える。

 

 そして――

 

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰

 

 

 

 地藤優斗は何度目かの死を迎えた。

 

 そして、何度目になるか分からない復活を迎えた。

 

『ッ!』

 

 キリがない。

 モルヴェリアは忌々しそうに唇を噛み締めた。

 次いで、何か違和感が拭い去れない胸部に触れる。

 

(なんじゃ、この感覚は……神の加護? エクソシストの猿真似をしているあの小僧の力がワシに届いたとでもいうのか⁉)

 

 全盛期のモルヴェリアであれば気にすることさえなかった小さな違和感。

 しかし、今の弱体化しきった彼女には致命傷となり得る可能性もある。

 

 不快の元になっている少年ごと消え去れと願い、死の線を放つが――

 やはり少年は立ち上がる。

 

『おのれ……!』

 

 苛立ちが頂点に達した死王女は両腕を大きく広げた。

 

『我が妹よ! メフィラよ! どうせ見ているのであろう⁉ ワシはここにいるぞ! 正々堂々と出てきたらどうじゃ! 殺し合いが望みなら、小間使いではなく貴様が来いッ――!』

 

 黒い魔力を放出し、既に荒地となっている病院内をさらに破壊しながらモルヴェリアはどこからか覗き見しているであろう妹へ声を張り上げる。

 彼女の手を煩わせるこの茶番を終わらせるには、大元を叩くしかないと悟ったから。

 

 返答は、なかった。

 しかし、気のせいでなければどこかで何かが笑った気配があった。

 苛立つモルヴェリアを小馬鹿にするような気配が。

 

『ッチ、あの恥晒しめ……!』

「……彼女は出てこないですよ。殺し合いが目的じゃないですから」

 

 死を受けても、死なない。

 死んでも、死んでも、死んでも――ゾンビのように、何度でも立ち上がってくる。

 

 何度殺されようとも。

 何度命を奪われようとも。

 

 まるで"死"そのものを否定するかのように。

 

『ッ』

 

 その迫力に押されたのか、死王女は一瞬だけその手を緩めた。

 ほんの刹那。

 

 しかし、それは十分すぎる"隙"だった。

 

「話し合いましょう、死王女モルヴェリア」

 

 地藤優斗は、ひび割れた唇でゆっくりと言葉を紡ぐ。

 呼吸は荒く、足は震え、顔は死人のように真っ白だ。

 

 だが、彼の意志だけは――まるで不死鳥のように、燃え盛っていた。

 その手には砕かれてなお、聖なる輝きを失わない銀色の十字架が握られている。

 

「我々の今後について。十六夜唯ちゃんと、それから十六夜蓮君のことも含めて」

 

 モルヴェリアの瞳が、かすかに揺れた。

 

『……なに?』

 

 唯一の安全ルートは、もはや原型を留めていない。

 BAD ENDを爆走中――いや、それどころか、どのルートを選ぼうと詰んでいた。

 

 現在の状況はルート②に最も近いが、それでは世界は滅びる。

 ルート③でも、世界の半分が消滅。

 ルート④は論外だ。

 

 選択肢が尽きた。

 勝ち筋は、どこにもない。

 

 ならば諦めよう――というわけにはいかない。

 PCの電源を落として終わりというわけにはいかないのだ。

 この世界には、確かに生きている人々がいるのだから。

 

 だから、地藤優斗は考えた。

 考え直した。

 

 どこにもないのであれば――()()()()()()()()()()と。

 

 この状況を逆手に取り、新たなハッピーエンドを目指す。

 そのための第一歩が、ここだ。

 優斗は息を整え、狙い澄ましたように言葉を放った。

 

「構わないよね? ――唯ちゃん

『貴様ぁ! 誰の許しを得て軽々しく――っ⁉』

 

 己の契約者の名を呼ばれ、激昂したモルヴェリアが腕を振り上げるが――次の瞬間、ピタリと彼女の動作は停止した。目を見開いたまま、ここではないどこかへ視線を飛ばす。

 

『……唯……?』

 

 変化は劇的だった。

 これまで傲岸不遜、唯我独尊の死の女王として振舞っていたモルヴェリアは震える声で一人の少女の名を呼ぶ。

 

 背筋が凍るほどの魔力の放出は止み、全てを威圧していた強者のプレッシャーが霧散する。

 悪魔四騎士、死王女モルヴェリアとしての威厳すらも失い、彼女はまるでただの少女のような顔で立ち尽くしていた。

 

 今ならば地藤にも撃破できそうなほど隙だらけのモルヴェリアだが、彼は決して仕掛けようとしなかった。

 

 ただ銀色の十字架を握りしめたまま、事の推移を祈るようにして見つめている。

 

 先程まで地獄が繰り広げられていたことが嘘のような沈黙の時間は暫く続いた。

 その間、モルヴェリアの表情はコロコロと目まぐるしく変化し続けており、それだけ見れば感情表現が豊かなただの少女のように見える。

 

 言葉を発することは殆どないモルヴェリアだったが、時折「だが!」「しかし!」などと葛藤をにじませる独り言をブツブツと呟く。

 

 黄金の瞳が揺れる。

 唇が、何かを押し殺すように震える。

 

『……主がそういうのであれば、仕方あるまい……』

 

 やがて、自身の中で決着がついたのか。

 死王女は地藤優斗を一際強く睨みつけると――その目を閉じた。

 

 静寂が訪れる。

 まるで、世界の色さえ薄れていくような感覚。

 

 次にその瞳が開かれた時、黄金の魔眼は消えていた。

 そこに宿っていたのは――

 十六夜唯の、本来の美しい()()()()

 

 彼女はゆっくりと顔を上げ、優斗を見つめた。

 

「先輩……」

 

 まるで叱られるのを待つ子供のような、それでいて置いてけぼりにされたことに怒っているような視線。

 複雑に交錯する感情を滲ませながら、か細い声で知り合ったばかりの彼を呼ぶ。

 

 どうやら――賭けには勝ったらしい。

 

 十六夜唯が、赤い瞳でこちらを見つめている。

 それは彼女自身の意志を宿した、間違いのない目だった。

 

 原作中盤以降のように彼女自身が既に狂っており、こちらの話を全く聞いてくれないような状況に陥っていないようで安心した。

 これならば、話し合いが出来る。

 

――ふぅ。

 

 地藤優斗は、内心でこっそり息を吐く。

 ほんの数秒前まで、死の無限ループに叩き込まれていたことを思えば、こうして立っているだけでも奇跡に近い。

 

 だが、それを悟らせるつもりはない。

 賭けに勝った男は、それなりの態度を取るべきだろう。

 

 だから、彼は努めて気さくな笑みを浮かべ、軽く片手を上げる。

 

「やぁ、さっきぶり。元気そうで何よりだよ」

「……皮肉ですか?」

 

 脊髄反射的に皮肉を返してしまった十六夜唯は慌てて口に手を当て――だが、引くに引けないのか、キッと力のない視線で睨みつけてくる。

 

「まぁ、多少はね」

「ッ!」

 

 その微妙に気に食わなそうな反応に、優斗は少しだけ満足する。

 あぁ、やっぱりこの感じは間違いなく十六夜唯だ。

 

――第一関門、突破。

 

 だが、これで終わりじゃない。

 ここからが本番だ。

 ここからが勝負なのだ。

 

 逃げ場のない戦場。

 後戻りのできない状況。

 

 ならば、もう決めるしかない。

 

――戦うのか、救うのか。

 

 優斗は、静かに覚悟を決める。

 その目は、十六夜唯をまっすぐに捉えていた。

 

 ……とはいえ。

 

 散々殺してくれたことを考えると、

 ここで一発くらい意趣返しをしても、罰は当たらないだろう。

 

 だから、彼はほんの少しだけ唇を吊り上げ、軽く肩をすくめる。

 

 そして――

 

「――神様じゃなくて、悪魔が君に優しくなるとは、意外でさ」

 

 満面の笑みでそんなことを言ってみた。

 

 




どこにも逃げ場がないと分かった瞬間、うじうじ悩んでいたのが嘘みたいにはっちゃけて別人みたいに状況に立ち向かう人って偶にいますよね?

地藤君は、そういうタイプです。

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