世界の為に推しとの恋愛を諦めようとしたらヤンデレ化された件   作:赤坂緑語

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第2話:別れた後は流石に気まずい件

 天羽璃奈。

 

 それは「十六夜のエクソシスト」において極めて重要な役割を果たすメインヒロインの名だ。

 人気投票では必ず2位以下の順位は取らない超人気キャラクターであり、この作品の顔の1人ともいえる。――そして、僭越ながら僕の元彼女でもある。

 

 天使のように可憐な容姿に、運動神経、成績共に優秀な完璧超人。

 さらに、裏の顔であるエクソシストとしての実力も飛び抜けており、特殊な“聖痕”を持っているという、正しく“選ばれし者”だ。

 

 だが、彼女の最も凄い点はこれだけのものを天から与えられていながらなお、謙虚で優しい性格をしているところだろう。

 

 弱きを助け、強きを挫く。

 自身が強者側でありながら、何の躊躇もなく苦しむ人に手を差し伸べることができる人間性。彼女は危険人物だらけのこの世界における数少ない常識人であり、文字通り天使のような人物だ。

 

 前世の僕もそんな彼女のことが好きで、あらゆる媒体のエンタメ作品を超えて唯一無二の“推し”だった。

 彼女が出ている作品は外伝であろうと全て見ていた。

 二次創作も見漁った。

 原作の結末だけでは満足できなくて。

 どうしようもない心の傷を負い、苦しみ続ける彼女が心の底から幸せと言えるような結末を探して、色んな作品を見ていた。

 

 そうして彼女のことについて知れば知るほどに、僕は彼女の存在に夢中になっていた。

 

 だから、そんな僕が()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったとはいえ、現実で彼女に出会って恋に落ちるのは必然であったのだろう。

 

「……ま、せっかく付き合えたのに別れるなんて訳の分からないことをしていたら意味ないんだけどさ」

 

 自分の愚行を思い出し、一人自嘲する。

 だが、後悔はなかった。

 

「僕じゃあ、悪魔の相手なんて出来るわけがないし」

 

 この世界の悪魔は恐ろしく狡猾で残忍だ。

 

 人質、拷問、脅迫は当たり前。

 攫ってきた人間に爆弾を埋め込んで、解放してエクソシストに渡したところでボンッ!という鬼畜戦法がデフォルトであると言えばヤバさが伝わるだろうか。

 だから、訓練されたエクソシストたちは人質ごと悪魔を殺しに行く。でなければ、無用な死体が増えるだけだから。

 

 だけど、天羽璃奈にその選択肢は取れない。

 彼女は、エクソシストをやるにはあまりに優しすぎたから。

 

 例えば、僕と天羽が付き合っている時に起きる最悪のケースを想像してみよう。

 

 自衛の手段を持たない僕はエクソシストの関係者として悪魔に連れ去られるだろう。

 天羽は助けに来てくれるに違いない。

 

 悪魔は僕を殺されたくなかったら言うことを聞けと言う。僕は必死に自分のことになんか構うなと叫ぶが、天羽には聞き入れられないだろう。

 彼女は誰のことも見捨てられない。そういう人だから。

 

 悪魔は悪辣に笑いながら服従した彼女の尊厳を心ゆくまで弄ぶ。

 玩具のように叩いて、壊して、彼女の涙を啜る。

 散々遊んで、人間への鬱憤を晴らした悪魔はやがてその遊びに飽きる。

 そして、僕のことを殺すと宣言する。

 

 泣きわめき、懇願する彼女の前で、僕はさよならも言えないまま無惨に殺される――。

 

 そんな結末が、見えた。

 

 妄想力豊かだと思った? 

 残念ながら、これは原作に収録されている覚醒していない主人公が悪魔に敗れた際に起きる最悪のエンディングだ。

 

 自分を十六夜蓮(しゅじんこう)と同格に持ち上げるのは恐れ多いが、これでも天羽璃奈の彼氏だった男だ。悪魔から同じような扱いを受ける可能性は非常に高い。

 

 この展開を防ぐために天羽璃奈につきっきりで守ってもらうことは物理的に不可能。

 であれば、僕が取るべき選択肢は一つ。

 彼女から離れることだ。

 そして、十六夜蓮に順当に天羽璃奈メインヒロインルートを歩んでもらうこと。

 

 十六夜蓮であれば大丈夫だ。

 彼ならば、天羽を幸せにしてくれる。

 彼の視点でいくつもの物語を見てきたからこそ強くそう思う。

 実際にこの世界ではクラスメートなので、直接話したこともあるが、原作通りの黄金の精神を宿していたので、その考えは確信に至った。

 

「……結局、力がなきゃ何も守れやしないんだ」

 

 苛立ちを込めながら呟く。

 ……恥ずかしながら本当のことを言うと、僕は十六夜蓮になりたかった。彼に転生していれば、莫大な霊力と“聖痕”で世界を救えるから。

 恥じることなく堂々と、天羽璃奈と恋人になることが出来るから。

 

 こんな何もない人間として前世の記憶を思い出すくらいなら、何も知らない方が良かった。何度そう思ったか分からない。

 

 だが、ないものねだりをしたところで仕方がない。

 

「僕は僕に出来ることをしないと――よし、あった」

 

 そんなわけで、一般モブAである僕は放課後になった現在、校舎裏でコソコソと隠れ潜みながらあることを確認していた。

 前世の原作知識ではここにとある人物が刻み込んだ術式があると記憶していたのだが、幸いな事に合っていたようだ。

 

「……まだ発動してないな。良し」

 

 ゲームにも登場する教会でもらった銀色の十字架を近づけてみるが、特に反応はないことからまだ動いていないことが分かる。

 霊力がない身の上ではこうやって劇中アイテムによる反応でしか発動の有無が分からないので非常に不便だ。

 ……神様、今からでも遅くないので霊力くれませんか? ダメ? そうっすか……

 

「発動していたら全部詰むからこれでいいんだけどさ」

 

 原作開始前に大きな差異がないかどうかの確認チェックだったが、何事もなかったようで何よりだ。

 まぁ、何事かあったところで元凶か元カノに泣きつくことしか出来ないので、この確認作業に意味があるかどうか怪しいところではあるのだが……

 あっ、ダメだ。泣きそう。

 

「帰ろ……」

 

 重要なアクシデントが発生してないことと自分の無力を確認できたので、もうここに用事はない。

 僕はのろのろと歩き出した。いつもなら学校を出たところで彼女と待ち合わせるのだが、もうそんな約束はない。これから一人で帰路につくと思うと、途端に言いようのない虚しさが込み上げてきた。

 考えないようにしていたが、僕はやっぱり彼女のことが好きらしい。

 馬鹿な話だ。失う前からその尊さを知っていたというのに、自分の身勝手で失って、案の定苦しんでいるのだから。

 本当に、我がことながら救いようがない。

 

「はぁ……」

「――溜息ばっかりついていると幸福が逃げちゃうよ?」

「ッ⁉」

 

 自分に嫌気が差し、思わず吐き出した溜息を揶揄うような声。

 僕は飛び上がりそうなくらいに驚きながら背後を振り向いて――衝撃のあまり卒倒しそうになった。

 

 そこには麗人がいた。

 藍色の美しい髪。怪しく輝く琥珀色の瞳。ゾッとするほど整った顔立ちに、どこか小悪魔めいた笑み。

 彼女が同じ学校の制服を身に纏っていなければ、どこか外国の貴族と勘違いしていたに違いない。

 

「き、みは……」

 

 掠れ、震える声で誰何する。

 金色の少女は笑みを深くし、

 

「初めまして。僕は如月メフィラ。どうぞよろしくね?」

 

 文字通り、この世界で一番会いたくない人物がそこにいた。

 

 

♰♰♰♰♰ ♰♰♰✜♰♰♰ ♰♰♰♰♰ 

 

 

 如月メフィラ。

 

 それは「十六夜のエクソシスト」において極めて重要な役割を果たす(一応)ヒロインの名だ。

 一応、と付けたことからも分かる通り、彼女をヒロインと呼んでいいのかはだいぶ……いや、かなり抵抗がある。

 彼女について語りたいことは(悪い意味で)たくさんあるのだが、取り敢えずルート④のヒロインであるといえばそのヤバさが伝わるだろうか。

 

 ルート④:

 人類なんか滅びて当然なんだぜヒャッハー‼ 悪魔万歳ッ! 小悪魔系(本物の悪魔)ヒロインに堕落させられ、人類に牙を剥く「皆殺しルート」のヒロイン。

 

 はい。どっからどう見ても人類の敵です。

 見た目こそ美少女であるものの、その性根はシンプルに邪悪だ。

 

 そんな、世界さえ滅ぼせる女が微笑みながら僕の目の前に立っている。

 

 ぶわっと全身から嫌な汗が噴き出しているのを感じつつ、自己紹介されたからには何も答えないわけにはいかないと僕はカラッカラの口を開いた。

 

「は、初めまして……地藤優斗といいます」

「クスっ、同い年なんだから敬語なんて止しなよ」

「は、はぁ……」

 

 気さくな態度に絆され掛けるが、慌てて兜の緒を締め直す。

 この人は――いや、人ですらない。この悪魔は人を堕落させ、腐敗させ、破壊させることに快楽を見出す人外の生き物だ。

 隙を見せた瞬間に廃人にされてもおかしくない。

 

「じゃあ、如月って呼ばせてもらうよ。僕も地藤でいいよ」

「下の名前じゃダメかい?」

「初対面でそれは流石にちょっと……」

「むっ、そうか。じゃあ、今のところはそれでいいや。よろしくね、地藤君」

 

 ニコリと微笑む姿は麗人然とした容姿も相まって非常に魅力的だが、僕には鎌を舌で舐める死神にしか見えない。

 頑張って笑顔を返したつもりだが、多分顔は引き攣っている。

 

「こちらこそよろしく。……ところで、僕に何か用事?」

 

 警戒心を内側に隠し持ったまま尋ねる。

 尋ねながら考える。

 先程の術式の確認を見られていたのか? だから矮小な人間に興味が湧いた?

 だが、あれは彼女が仕掛けたものではない。あんな小さな――後々致命傷になるとはいえ、今は取るに足らないあの仕掛けをこの女が気に掛ける理由が分からない。

 ましてや、それをチラッと様子見しに来ただけの僕に絡む理由なんてもっと分からない。

 

 なんだ? この女、何が目的だ――?

 

「そんなに警戒しなくてもいいのに。別に取って食べたりしないよ」

「ッ!」

 

 心が読まれている、と驚愕するが、すぐにこの悪魔に開心術の能力はないことを思い出して冷静になった。今のはただ単に本人の観察眼が優れていただけのことだろう。

 悪魔は肩を竦めて僕の疑問に答えた。

 

「なに、一昨日に面白いものを見せてもらったからね。そのお礼をしに来ただけさ」

「一昨日……? まさか⁉」

 

 一昨日に何があったか。考えるまでもない。

 僕が天羽璃奈と別れた日。一方的に彼女を傷つけたあの日だ。

 この性悪悪魔、どっかから覗いてやがったのか……!

 

「いや~、あの女のあんな表情見たことなかったからね、実に面白かったよ」

「……あれは見世物じゃないぞ」

「僕にとっては見世物さ。この世の全てはただのエンタメ、娯楽だよ」

 

 ふざけたことを平然と宣いながら悪魔はニヤリと邪悪に笑う。

 

「フフフ……あの女の涙、舐めたらきっと美味しいんだろうね」

「お前……!」

 

 僕は相手が指先一本で僕をバラバラに出来る超越者という事実も忘れ、怒りに身を任せて睨みつける。

 

「おぉ、怖い怖い。そんなに睨まないでくれよ。――壊したくなるだろう?」

「ッ!」

 

 頭の上から氷水をぶっかけられたような感覚。

 一気に全身の体温が下がり、怒りで燃えていた頭が強制冷却される。

 死ぬ、殺される。

 先程までの威勢はどこへやら。僕は彼女の一睨みで戦う為の気力をへし折られてしまった。

 

「フフフ、いい子だね。自分の非力さを良く分かっている。身の程を弁えた子は好感が持てるよ」

「……」

 

 情けないことに、僕は何も言い返すことが出来ず、かと言って完全に心が折れて屈服することもできずにじっと如月メフィラの瞳を見つめ続けることしか出来なかった。

 

「ま、そんなわけで今日は挨拶とお礼をしに来ただけだよ。――君とはまた近々会うことになるだろうしね」

「……なんのことだ」

「とぼけなくてもいいよ」

 

 スッと如月メフィラの身体が近づいてくる。距離を取りたくて仕方がないのだが、金縛りにでも掛ったように身体が動かない。

 ふわり、と男を惑わせる甘い匂いが香る。

 キスが出来るくらいの距離まで近づいてきた悪魔は僕の耳元でそっと囁いた。

 

「――アレは下らないものだが、気が付いたのは褒めてあげよう。いずれ来る祭りの時には、一緒に踊れることを期待しているよ」

「……さっきから何の話をしているんだ?」

「まーたとぼけちゃって。何も知らない人間がアレに気づけるはずがない。エクソシストなら殺してやろうかと思ったけどただの人間みたいだし、ふーむ」

 

 興味深いね。

 

 聞いただけで脳髄が溶けそうになる声で彼女は所感を口にした。

 流石は人気絶頂の声優さんを使った特上ボイスなだけある。僕は思わず惚けそうになるが、前世で散々聞いた声と言うこともあり、何とか気合で踏みとどまり、悪魔を睨みつける。

 

 如月メフィラは面白そうに目を細めた。

 僕のなけなしの抵抗も、彼女からすればただの戯れに過ぎない。ペットの犬がキャンキャン吠えているようにしか映らないだろう。

 

「ま、そういうわけで今日は挨拶に来ただけだよ。今後ともよろしくってね」

「……誰がよろしくするか」

「フフフ、すっかり嫌われたみたいだね。悲しいよ」

「嘘つけ」

 

 邪悪な笑みを見ながらツッコミを入れれば、やはり悪魔は楽しそうに笑った。

 

「それじゃあね、地藤君。また会おう」

 

 もう二度と会わないこと願う。そんなことを心中で思いながら、ようやく解放された僕はその場を後にしようとするが――

 

「おっと」

「ッ! 何を――」

 

 いきなり右腕をグッと掴まれ、その場に引き留められた。悪魔に身体を掴まれている。その事実にゾッとしながら如月メフィラを睨みつければ、彼女の顔が近づいてきて――えっ?

 

「そういえば伝え忘れたことがあったのを思い出してね」

「ちょっ……近いんだよ……!」

 

 まるでキスをするかのように顔を近づけてきた彼女は、甘い吐息を僕の顔に浴びせながら、邪悪な笑顔で言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これまでと口調は変化していない。何か邪悪な術を使った様子もない。だが、その一言を聞いた瞬間、僕はこれまでの中で最大級の悪寒に襲われた。

 

 悪魔は笑っている。それは、それは楽しそうに嗤っている。

 その笑みと視線は僕からは如月が邪魔になって見えない校舎の角に向けられていて――

 

「いやぁ、楽しくなりそうだ」

 

 堪えきれない、とばかりに楽しそうな声を漏らし、如月メフィラは欧米人が挨拶でするように僕の頬に軽くキスをしてから悠々と立ち去って行った。

 

「……」

 

 一人残された僕は如月メフィラが特に楽しそうな笑みを浮かべていたことに嫌な予感を覚えながら、如月メフィラが視線を送っていた場所を見る。

 

「あっ――――」

 

 そこには僕が傷つけた最愛の人――天羽璃奈が顔面蒼白で立っていた。

 

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